神戸まろうど通信

出版社・まろうど社主/詩と俳句を書く/FMわぃわぃのDJ/大阪編集教室講師など多様な顔を持つ大橋愛由等の覚え書き

第11回「〈日本・韓国・在日同胞詩人共同 尹東柱詩人追悼の集い〉

2023年02月12日 08時31分05秒 | 文学

第11回「〈日本・韓国・在日同胞詩人共同 尹東柱詩人追悼の集い〉は〈2月13日(月)〉に開催します

今年(2023年)も、〈日本・韓国・在日同胞詩人共同尹東柱詩人追悼の集い〉(金里博・大橋愛由等共同主宰)を2月13日(月)に同志社大学今出川キャンパス内の尹東柱詩碑前で午後3時から行います。寒い季節です。みなさん、暖かい格好をして参加してください。この〈追悼の集い〉は若くして、1945年2月16日に日本国家に殺された詩人・尹東柱を追悼する詩人たちの朗読会です。

 

今年はひさしぶりに、器楽演奏を依頼しました。彌月大治氏です。フラメンコ・ギタリスタとしてカルメンでなんどか演奏を聴いていたのですが、津軽三味線も演奏するというバイリンガルなひとです。そこで今回は、津軽三味線を演奏してもらい、その激しい叙情をもって、尹東柱への追慕といたしたいと思います。

 

☆名称/第11回〈日本・韓国・在日同胞詩人共同尹東柱詩人追悼の集い〉

☆日時/2月13日(月)午後3時に現地(同志社大学今出川キャンパス内「尹東柱詩碑前」)集合。

☆構成/現在決まっているのは以下のとおりです。

〈1/開会挨拶・大橋愛由等(共同主宰者・図書出版まろうど社代表・詩人)〉

〈2/あいさつ 金里博(共同主宰者・在日共同代表・詩人)〉

〈3/尹東柱作品朗読〉

〈4/献花〉

〈5/器楽演奏(津軽三味線・彌月大治)

〈6/詩人たちによる書き下ろし詩の朗読〉

(会場は戸外です。それでなくても京都は底冷えがします。十分暖かい格好をして自衛してください)

 

過去4回の集いの際に作成した冊子が以下のサイトで見ることができます。

日本・韓国・在日同胞詩人共同尹東柱詩人追悼の集い〈2019年2月18日〉7回目

https://melange-kobe.seesaa.net/article/481596924.html

 

日本・韓国・在日同胞詩人共同尹東柱詩人追悼の集い〈2020年2月10日〉8回目

https://melange-kobe.seesaa.net/article/481580561.html

 

日本・韓国・在日同胞詩人共同尹東柱詩人追悼の集い〈2021年2月15日〉9回目

https://melange-kobe.seesaa.net/article/481580759.html

 

日本・韓国・在日同胞詩人共同尹東柱詩人追悼の集い〈2022年2月21日〉10回目

https://melange-kobe.seesaa.net/article/496768946.html

 


第180回「Mélange」例会〈2月26日(日)〉+第11回「〈日本・韓国・在日同胞詩人共同 尹東柱詩人追悼の集い〉ほか

2023年02月11日 08時44分56秒 | 文学

神戸からの詩と俳句を中止としたメールニュースです。

 

寒い日々がつづきます。みなさま、いかがおすごしでしょうか。

わたしの身近にクラシックのピアニストが二人いて、そのふたりとも志向する音楽内容が異なり、大いに刺激を受けています。わたしはいままで、ジャズを聴いてきて、近年は、YOUTOBE番組(FMわぃわぃ「南の風」)で、奄美のシマウタを紹介しているという音楽歴の持ち主です。ジャズはインプロビゼーション(アドリブ)、シマウタは口誦性ゆたかな民謡。いずれもクラシックのように楽譜というテキストがなくても演奏可能な音楽世界です。

先月は三年ぶりに〈奄美ふゆ旅〉に行ってきました。文学短報にその感想記を書いています。

 

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◆1.―第180回「Mélange」例会〈2月26日(日)〉→第一部読書会は詩人・にしもとめぐみ氏の「アポリネールを語る」+第三部は冨岡和秀氏の最新詩集『詩的言語集 霧の本質』出版を祝う会です

◆2.―「Mélange」例会のスケジュール/「月刊Mélange」の誌名を「月刊MAROAD」に変更しています

◆3.―第11回「〈日本・韓国・在日同胞詩人共同 尹東柱詩人追悼の集い〉は〈2月13日(月)〉に開催

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 ◆1.―第179回「Mélange」例会〈2月26日(日)〉

180回目の「Mélange」例会は、2月26日(日)にカルメンで開催します。 

第一部読書会(pm1:00~3:00)の語り手は、詩人のにしもとめぐみ氏です。テーマは「アポリネールを語る」。予定していた話者が突然キャンセルしてきたので、急遽にしもとめぐみ氏に依頼してうけていただきました。感謝です。かつて「ユリイカ」で刊行された「アポリネール特集〈1979/1月号〉」を読み直しています。ギヨーム・アポリネール(1880-1919/享年38歳)は「20世紀フランス詩の扉を開く詩人であることと、象徴主義とシュルレアリズムをつなぐ架橋的役割を果たした詩人」(滝田文彦)と位置づけられています。詩も、文字を図表化したカリグラムを創出したり、短編小説を執筆したりと、多彩な表現者です。

また同日の第三部として、詩人・冨岡和秀氏の最新詩集『詩的言語集 霧の本質』(エディションクロノス刊)の出版を祝う会を催します。 

 第一部「読書会」(pm1:00~3:00)。第二部「合評会」(pm3:15~6:00)、第三部「懇親会」の構成です。

会場は三密を避けるための対策を講じています。身体の調子が悪い方は、出席をご遠慮ください。

第三部は、懇親会です。詩人中心の会です。みなさん、自在に語って楽しんでおられます。今回も大いに語りましょう。

この会は誰でも参加できます。第一部「読書会」のみの参加もOKです(ただし講師へのカンパ500円が必要)。

 

――――――にしもとめぐみ氏からのメッセージ――――――――――――★

『アポリネール詩集』について

   
日本で「枯れ葉」と「ミラボー橋」はよく知られているシャンソンだと思う。
「ミラボー橋」の作者がアポリネール(1880年~1919年)である。


ミラボー橋

ミラボー橋の下をセーヌ河が流れ
われらの恋が流れる
わたしは思い出す
悩みのあとには楽しみが来ると

日も暮れよ 鐘も鳴れ
月日は流れ わたしは残る

月日は流れ  わたしは残る    堀口大學  訳ギヨームアポリネール
 
サンボリスムとシュールレアリスムのちょうど中間に位置し、一方で現代詩の始祖とよばれるように新しい詩の多様なこころみに先鞭をつけるとともに、伝統的な美しい抒情詩を数多く残した詩人である。彼はまた20世紀の前衛美術の勃興期にあたりその理論的指導者としての役割もはたしたが、短編小説の領域でも、古いものと新しいものが混淆した独自の幻想的な名篇を少なからず残した。
                                            『独身者の箱』澁澤龍彦 より

略年譜の紹介をしてカリグラムの詩やアポリネールの詩を紹介します。私の好きなアポリネールの詩を数篇、にしもとめぐみ訳でしてみました(笑)。  

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△第二部(pm3:00~6:00の詩の合評会は、午後3時すぎからスタートします。6時すぎに終わることを目指していきます。

△「月刊MAROAD」2023年の連載記事について。

①タイトル=連載小説「海猫堂店仕舞記」(2023年も好評につき続行掲載) 作者=千田草介さん 

②評論・エッセイ「想像力の彼方へ」(2023年も連載続行)大西隆志さんが詩・状況を縦横に語っています。

③2022年1月号から、あらたな美術関係の連載が始まっています。担当は美術家の原田哲郎さん。タイトルは「珈琲タイムレッスン(大人の絵画教室)」

④諸井学さんの連載小説「マルクスの場合」も好評連載中です。

173号からピアニストで詩人の原田ひでよさんが新しくエッセィの連載をスタートしています。

⑥176号から小説家で詩人のリチャード・パーカーさんの連載小説が始まりました。

⑦にしもとめぐみ氏がフランス語詩を翻訳する「詩の森から」の連載を開始しました。

 

△この会を運営しているのは、神戸を拠点とする詩のグループ「Mélange」。代表と事務局は私・大橋愛由等。詩の会(二部構成)をほぼ毎月開催しています)。

 

■会場:スペイン料理「カルメン」電話:078-331-2228(阪急三宮駅西口から北へ徒歩1分)創業1956年の神戸でも有数の老舗レストランです(2022年11月に創業66年を迎えました)。毎週土曜日にフラメンコライブを開催しています。 

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◆3.―「Mélange」例会のスケジュール/「月刊Mélange」の誌名を「月刊MAROAD」に変更しています

 

2005年の創刊以降、「月刊Mélange」の誌名で親しんできましたが、通巻170号(2022年2月27日発行)から「月刊MAROAD」に変更いたしました。これは、創刊から17年が経過して、参加構成メンバーが大幅に入れ替ったことから、現在の誌友・詩友たちとの連帯を確認し、今後の表現活動の切磋琢磨を願うために変更するものです。(ちなみにMAROADとは、一見外国語のようですが、日本語の「稀人」または「客人」を語源としています。来訪神という意味です。折口信夫民俗学における中心概念のひとつです)。ちなみに例会の呼称は当面、「Mélangeの会」を継承いたします。

 

「月刊MAROAD」170号~178号の誌面は以下のサイトで見ることができます。16~20ページで構成されています。

https://melange-kobe.up.seesaa.net/image/MAROAD170.pdf

https://melange-kobe.up.seesaa.net/image/MAROAD171-eb379.pdf

https://melange-kobe.up.seesaa.net/image/MAROAD172.pdf

https://melange-kobe.up.seesaa.net/image/MAROAD173E29885.pdf

https://melange-kobe.up.seesaa.net/image/MAROAD174.pdf

https://melange-kobe.up.seesaa.net/image/MAROAD175E29885.pdf

https://melange-kobe.up.seesaa.net/image/MAROAD176-584e1.pdf

https://melange-kobe.up.seesaa.net/image/MAROAD177.pdf

https://melange-kobe.up.seesaa.net/image/20MAROAD178.pdf

 

「Mélange」月例会の日程です。

(講演者の敬称略・開催場所はすべて神戸三宮のスペイン料理カルメン・開催時間は毎回午後1時。第一部「読書会」第二部「合評会」第三部「懇親会」の構成)

 

予定ですので変更する場合があります。その際には、この月報最新版をご覧になって確認してください。

 

2023年の例会日程と「読書会」の講師とその内容です。(敬称略)

〈2023年〉ついて決まっている講演者と講演内容(予定を含む)をお知らせします(敬称略)

☆3月26日(日)181th 講演者/江口節/「石牟礼道子の文学世界について(仮題)」

☆4月23日(日)182th 講演者/高木敏克/ギリシア悲劇を語るシリーズ②「メディア」(参考文献=①エウリピデス作「メディア」ちくま文庫『ギリシア悲劇Ⅲ エウリピデス(上)』②DVD「王女メディア」パゾリーニ監督、主演マリア・カラス)

☆5月28日(日)183th 講演者/野口裕/「攝津幸彦の俳句世界を語る」

☆6月25日(日)184th 講演者/佐竹秀雄(国語学者、武庫川女子大学名誉教授)/テーマ未定

☆7月30日(日)184th 講演者/京谷裕彰/シュールレアリズムについて

◇8月19日(月)第26回ロルカ詩祭/2023年はちょうどロルカの命日(8/19)の開催となります。(8月の例会は休会します)

 

◆3.―第11回「〈日本・韓国・在日同胞詩人共同 尹東柱詩人追悼の集い〉は〈2月13日(月)〉に開催

今年も、〈日本・韓国・在日同胞詩人共同尹東柱詩人追悼の集い〉(金里博・大橋愛由等共同主宰)を2月13日(月)に同志社大学今出川キャンパス内の尹東柱詩碑前で午後3時から行います。寒い季節です。みなさん、暖かい格好をして参加してください。この〈追悼の集い〉は若くして、1945年2月16日に日本国家に殺された詩人・尹東柱を追悼する詩人たちの朗読会です。

 

今年はひさしぶりに、器楽演奏を依頼しました。彌月大治氏です。フラメンコ・ギタリスタとしてカルメンでなんどか演奏を聴いていたのですが、津軽三味線も演奏するというバイリンガルなひとです。そこで今回は、津軽三味線を演奏してもらい、その激しい叙情をもって、尹東柱への追慕といたしたいと思います。

 

☆名称/第11回〈日本・韓国・在日同胞詩人共同尹東柱詩人追悼の集い〉

☆日時/2月13日(月)午後3時に現地(同志社大学今出川キャンパス内「尹東柱詩碑前」)集合。

☆構成/現在決まっているのは以下のとおりです。

〈1/開会挨拶・大橋愛由等(共同主宰者・図書出版まろうど社代表・詩人)〉

〈2/あいさつ 金里博(共同主宰者・在日共同代表・詩人)〉

〈3/尹東柱作品朗読〉

〈4/献花〉

〈5/器楽演奏(津軽三味線・彌月大治)

〈6/詩人たちによる書き下ろし詩の朗読〉

過去4回の集いの際に作成した冊子が以下のサイトで見ることができます。

日本・韓国・在日同胞詩人共同尹東柱詩人追悼の集い〈2019年2月18日〉7回目

https://melange-kobe.seesaa.net/article/481596924.html 

日本・韓国・在日同胞詩人共同尹東柱詩人追悼の集い〈2020年2月10日〉8回目

https://melange-kobe.seesaa.net/article/481580561.html

 日本・韓国・在日同胞詩人共同尹東柱詩人追悼の集い〈2021年2月15日〉9回目

https://melange-kobe.seesaa.net/article/481580759.html

 日本・韓国・在日同胞詩人共同尹東柱詩人追悼の集い〈2022年2月21日〉10回目

https://melange-kobe.seesaa.net/article/496768946.html

 

 

☆姫--------------------------------------------------------------------------------------------◆

 

 

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以上です。


「Mélange」例会(175回目/2022.7.31)+第25回ロルカ詩祭(22.8.20)+姫路文学学校スタート(22.7.26)

2022年07月15日 08時30分30秒 | めらんじゅ

神戸からのメールニュースです。

7月、猛暑がつづきます。

安倍晋三元首相が銃殺されました。

要人が狙撃されたことについて思い出すのは、明石市出身でアナキスト俳人である和田久太郎(1893-1928)です。関東大震災のどさくさにまぎれて大杉栄と伊藤野枝ら3人が、甘粕正彦憲兵大尉によって虐殺された(1923年9月16日)ことにたいする復讐のため、震災一年後の1924年9月1日、服役中の甘粕ではなく、陸軍大将福田雅太郎(事件当時は戒厳司令官)を背中にむけて至近距離から狙撃するが空砲に終わり失敗。逮捕され無期懲役に。収監中の秋田刑務所で自裁します。一方の甘粕は1926年に「仮釈放」され、夫婦そろって官費でフランス留学に向かい、のちに満州国(現中国東北部)にかかわっていくのです。

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◆1.―第175回「Mélange」例会〈7月31日(日)〉→第一部読書会の話者は詩人の月村香さん

◆2.―「Mélange」例会のスケジュール/「月刊Mélange」の誌名を「月刊MAROAD」に変更しています

◆3.―姫路に新しい文学共同体〈姫路文学学校〉が誕生します〈7月25日(月)に第一回会合〉

◆4.―第25回ロルカ詩祭は〈8月20日(土)〉に開催します 

◆5.―文学短報=A/――兵庫県立美術館の特別展「兵庫県立美術館開館20周年 関西の80年代」(再掲) B/――元 正章牧師のはがき通信「益田っこ」99号)C/――琉球弧在住の詩人・高良勉氏のMAIL転送

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◆1.―第175回「Mélange」例会〈7月31日(日)〉

175回目の「Mélange」例会は、7月31日(日)にカルメンで開催します。 第一部読書会(pm1:00~3:00)の語り手は、月村香氏(詩人)です。テーマは「アンドレ・ブルトン『溶ける魚』を読む」。参考文献は、①『シュルレアリスム宣言』『溶ける魚』巖谷國士 著 岩波文庫 ②『シュルレアリスムとは何か』巖谷國士著 ちくま学芸文庫 ③『ダダ・シュルレアリスムの時代』塚原史著 ちくま学芸文庫  

――――月村香氏からのメッセージ――――――――――

☆ それが、あまり美しく、謎であるとき何を現しているのだろうと問う。しかし理解できないとき、わたしはどうすればいいのか。その時は、おそらく、「それ」は、美しくも謎でもない。当たり前に、「それ」を視界から外せば、楽になれる。しかし、もっと「それ」を明らかにしたいと思うとき、その狂おしい限界のむこうに、シュルレアリスムが現れる。 今回は、フランスのアンドレ・ブルトンの小品集、ガリマール社のジャンルとしては、poesie.(詩)に分類されている、『溶ける魚』を読んでゆこうと思います。 今回のわたしのレジュメにはゲーム(実践)もありますし、テーマに沿った下手な絵も沢山、しかし、内容は濃い、乞うご期待、月。 ――――――――――――――

☆ 第一部「読書会」(pm1:00~3:00)。第二部「合評会」(pm3:15~6:00)、第三部「懇親会」の構成です。 会場は三密を避けるための対策を講じています。身体の調子が悪い方は、出席をご遠慮ください。 第三部は、懇親会です。詩人中心の会です。みなさん、自在に語って楽しんでおられます。今回も大いに語りましょう。 この会は誰でも参加できます。第一部「読書会」のみの参加もOKです。

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★ △第二部(pm3:00~6:00の詩の合評会は、午後3時すぎからスタートします。6時すぎに終わることを目指していきます。 今回も意欲的な作品をお寄せください。 〈合評会詩稿〉作品の締め切りは7月21日(木)です。意欲的な詩稿・句稿をお待ちしています。  

合評会への詩稿は「月刊MAROAD175号」に掲載。合評会当日にみなさんに配布(無料)します。

△「月刊MAROAD」2022年の連載記事について。

①タイトル=連載小説「海猫堂店仕舞記」(2022年も好評につき続行掲載) 作者=千田草介さん 

②評論・エッセイ「想像力の彼方へ」(2022年も連載続行)大西隆志さんが詩・状況を縦横に語っています。

③2022年1月号から、あらたな美術関係の連載が始まっています。担当は美術家の原田哲郎さん。タイトルは「珈琲タイムレッスン(大人の絵画教室)」

④173号からピアニストで詩人の原田ひでよさんが新しくエッセィの連載をスタートしました。

△この会を運営しているのは、神戸を拠点とする詩のグループ「Mélange」。代表と事務局は私・大橋愛由等。詩の会(二部構成)をほぼ毎月開催しています。

■会場:スペイン料理「カルメン」電話:078-331-2228(阪急三宮駅西口から北へ徒歩1分)創業1956年の神戸でも有数の老舗レストランです(2021年11月に創業65年を迎えました)。毎週土曜日にフラメンコライブを開催しています。 

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2.―「Mélange」例会のスケジュール

「月刊Mélange」の誌名を「月刊MAROAD」に変更しています 2005年の創刊以降、「月刊Mélange」の誌名で親しんできましたが、通巻170号(2022年2月27日発行)から「月刊MAROAD」に変更いたしました。これは、創刊から17年が経過して、参加構成メンバーが大幅に入れ替ったことから、現在の誌友・詩友たちとの連帯を確認し、今後の表現活動の切磋琢磨を願うために変更するものです。(ちなみにMAROADとは、一見外国語のようですが、日本語の「稀人」または「客人」を語源としています。来訪神という意味です。折口信夫民俗学における中心概念のひとつです)。ちなみに例会の呼称は当面、「Mélangeの会」を継承いたします。

「月刊MAROAD」170号~174号の誌面は以下のサイトで見ることができます。いずれも16ページで構成されています。 https://melange-kobe.up.seesaa.net/image/MAROAD170.pdf

https://melange-kobe.up.seesaa.net/image/MAROAD171-eb379.pdf

https://melange-kobe.up.seesaa.net/image/MAROAD172.pdf

https://melange-kobe.up.seesaa.net/image/MAROAD173E29885.pdf

「月刊MAROAD」174号(最新号)は以下のサイトで

https://melange-kobe.up.seesaa.net/image/MAROAD174.pdf

「Mélange」月例会の日程です。

(講演者の敬称略・開催場所はすべて神戸三宮のスペイン料理カルメン・開催時間は毎回午後1時。第一部「読書会」第二部「合評会」第三部「懇親会」の構成) 予定ですので変更する場合があります。その際には、この月報最新版をご覧になって確認してください。 コロナ事態などで、急に変更する場合があります。ご注意ください。

2022年の例会日程と「読書会」の講師とその内容です。(敬称略)。

◇8月20日(土)第25回ロルカ詩祭(8月の「Mélange」例会は休会=伴奏者は、ギタリストの田村太一さん(演奏者が変更されています)下記に詳報。

☆9月25日(日)176th 講演者/Dr. Paul Allan Moss/テーマ「アメリカから赤穂へ―文化・言葉・獣医をめぐって」(仮題)

☆10月30日(日)177th 講演者/木澤豊/好評の「宮沢賢治を語るシリーズ」木澤さんからのメッセージです。「ご無沙汰しました。明日(6月18日)から入院し、手術になります。期間は2週間、あとリハビリになります。順調なら、このあたりで、賢治レポートにとりかかります。てーまは、「アメニモマケズ」と「虔十公園林」を語ってみたいと思っています。」よろしくお願いいたします。みなさんに、お会いしたいな。途中、様子、連絡いたします。」

☆11月27日(日)178th 原田哲郎(美術家)/「現代美術考(仮題)」

☆12月/休会します。

◆3.―姫路に新しい文学共同体〈姫路文学学校〉が誕生します〈7月25日(月)に第一回会合〉 

詩人の大西隆志氏があらたに〈姫路文学学校〉を立ち上げるための準備室をスタートさせました。その第一回会合が、7月25日(月)に姫路市内の「ブックカフェギャラリー・クワイエット・ホリデー」で開かれます。〈姫路文学学校〉は隔月開催。「講義」と「創作合評」の二部制で、第一回目の「講義」担当者は、私・大橋愛由等。テーマは「津村喬という選択―身体・食・気功・焼酎・ノンセクトラディカル」。

以下、大西氏の「お知らせ」を貼り付けます。

--------お知らせ------------姫路文学学校準備室スタート-------大西隆志-----------------------------◆

文学の響きが時代錯誤的になっている今の時代に、ささやかで小さな試みを始めます。 かつて神戸には「市民の学校」があり、今も大阪には全国的な規模の「大阪文学学校」が存続しています。個人的に二つの文学を基調にした学校に縁をもたせてもらいました。五十年前のそんな経験がいまだに創作の面白さのワクワク感を保っているのです。 まずスタートを切ります。二カ月に一回程の開講ですが、ゆっくりと小規模でやります。講義と創作合評の二部に分かれています。講義のほうは文学、文学につながる哲学思想、社会科学などの文化を中心にして、幅広いジャンルを取り扱います。創作合評は、自作の詩歌(詩、俳句、短歌、川柳)、小説、エッセイなどを相互に語り合います。われわれの文学学校は、姫路というトポスに立脚しつつも、同時に地域性を超えた創造力あふれる文学や表現を発信するメディアであることを目指したいと思います。 スタートは、詩人、俳人、編集者でもある大橋愛由等氏による講義です。

第一回目 日時・7月25日(月曜日)13時30分~17時

会場・ブックカフェギャラリー・クワイエット・ホリデー(Quiet Holiday)2階 姫路市本町68番地

連絡先・090-3714-9387(書肆風羅堂・大西)

◎参加には、自作の詩歌又は小説、エッセイを持参。10部程コピーして下さい。持参できなくても合評会には参加し発言して下さい。 一部の講師には500円のカンパ、ワンドリンク発注必要です。長時間でもあり菓子等の持込は可能。 自作の作品は当日に配布するので、詩は1~2篇。俳句・短歌・川柳は10句、10首程度。 小説、エッセイは1200字(原稿用紙3枚)程度。

1部講座は13:30より質疑応答含め1時間30分程度。休憩を挟んで17:00まで創作合評。 楽しくワイワイとやります。

大橋愛由等氏の講義内容は下記のようになります。

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テーマ=「津村喬という選択―身体・食・気功・焼酎・ノンセクトラディカル」

津村喬(1948-2020)について語ろうと思う。評論家、気功師、社会運動家…とさまざまな顔をもつ彼をひとことで紹介するのはよそう。その多様な活動領域そのものが津村喬のありようであり、戦略であるからだ。彼がわれわれ、そしてわたしに示したのは、マジュリティーな情況に拘泥し、かつなびくことの安住さに対して、津村は〈もうひとつの選択=オルタネイティヴな選択〉を示し続けたことである。「あなたの常識、わたしの驚き」は彼が口火を切る時の常套句のひとつであり、その言葉は全共闘運動に連動したノンセクトラディカルという選択、バブル期における生活(特に食)の現場からの異議申し立て、気功という緩やかな身体作業にこめられた効率主義との対峙、「焼酎ブームから焼酎を守れ」をスローガンとした焼酎を介しての〝周縁へのまなざし〟などへ、リゾーム的につむがれていく。この多様なかかわりそのものが、セクト、立場の差異を超えた緩やかな連帯をつなぎあわせるひとびとの共闘/共生を重要視する21世紀型運動体そのもの(アナキズム的なといった表現でもいいのかもしれない)を具現しているのだ。

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主催・姫路文学学校準備室、書肆風羅堂 連絡・姫路市西今宿3-1-9-702(書肆風羅堂)

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◆4.―第25回ロルカ詩祭は〈8月20日(土)〉に開催します  

今回で25回目となります。スペインの国民的詩人であるフェデリコ・ガルシア・ロルカが、1936年8月19日に、ファシストによって銃殺されたその日の近くの土曜日に行う詩の朗読会です。ロルカ生誕百年にあたる1998年からはじめました。卓越した詩の朗読者が集合する関西でも珍しい詩の朗読会です。毎回この朗読会には、器楽演奏者による伴奏がつきます。今回はギタリストの田村太一さんです(演奏者が変更しています)。音楽ジャンルをこえて活躍されているソロギタリストです。YOUTUBEでいくつか演奏の動画を見ることができます。

詩祭は、第一部「ロルカ詩の朗読」(5:30pm~)。第二部「ロルカ的世界に身を委ねた自作詩の朗読」(6:30pm~)となります。 現在、朗読者を最終調整中です。

☆〈 詩祭スケジュール 〉 出演者は、午後1時に会場のスペイン料理カルメンに集合。「8月19日詩集」を作成。 午後2時から、今回の伴奏者の田村太一氏とリハーサル開始。

8月20日(土)午後5時 開場  開会あいさつ

[ 1部 ]PM5:30~PM6:00 ロルカ詩の朗読

(今回は、ロルカ詩の朗読に加えて、ロルカの同時代人のスペインの詩人であるマチャードとアルベルティのロルカ追悼詩と、アイルランドから国際旅団の義勇兵として共和派側に参戦して戦死したチャーリー・ドネリーの詩を朗読予定です。チャーリーはなくなる直前、叛乱軍側の銃撃をさけつつ 〈Even the olives are bleeding オリーブさえ血を流している〉、と語り、その言葉が英語圏でスペイン内戦を象徴する言葉のひとつとなったのです。)  

〈1部と2部の間に〉ギターソロ演奏

[ 2部 ]PM6:15~PM8:00 詩人たちのロルカ的世界にゆだねた自作詩朗読  

閉会あいさつ

 

―――第25回ロルカ詩祭の案内文-----------

大橋愛由等

それは〈詩人たちの戦争〉だったのかもしれない。スペイン内戦(1936-1939)は、共和派側と叛乱軍側におおくの犠牲者がでた。われらのフェデリコ・ガルシア・ロルカは1936年8月19日に故郷グラナダでフランコ叛乱軍によって銃殺されている。このフェデリコの死は、同時代のスペインの詩人たちにとって衝撃が大きく、マチャード、アルベルティは追悼詩を書いている。内戦が終結したのち、二人は共和派側であったために、ピレネーを超えてフランスに逃げる。しかしマチャードは心労のために客地で死去。アルベルティはなんとかパリに逃れたのちアルゼンチンやローマで亡命生活を余儀なくされた。この戦争で忘れてはならないのは国際旅団という名の多国籍義勇兵が多く参加したことである。アイルランドの詩人チャーリー・ドネリーも参戦。「Even the olives are bleeding(オリーブさえ血を流している)」という言葉を残して戦死している。この内戦が導火線となって第二次世界大戦が勃発していることを忘れてはならない。ちょうどこの構図がそっくりそのまま今のロシアによる〈ウクライナ侵攻〉→〈第三次世界大戦〉にも連関しそうで、怖い。

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以上、よろしくお願いいたします。

(今年は第一部ロルカ詩の朗読で、上記の、マチャード、アルベルティ、チャーリー・ドネリーの詩を朗読予定です。)

◆3.―文学短報

A/――兵庫県立美術館の特別展「兵庫県立美術館開館20周年 関西の80年代」(再掲) 8月21日(日)まで兵庫県立美術館で「県立美術館開館20周年 関西の80年代」という美術展が開催されています。この展覧会は、先に紹介した「ミニマル/コンセプチュアル ドロテ&コンラート・フィッシャーと1960-70年代美術」が、1970年代の美術界の顕著な動向の紹介なら、今回の展示は1980年代の関西を中心とした美術動向を紹介するものです。1970年代はコンセプチュアルアートなど、どちらかというとモノトーンな作品が多かったのですが、1980年代に入ると、その反作用なのか色鮮やかさと爆発するような大胆な形状のオブジェが並ぶ作品が多くなっていきます。こうした80年代の美術動向をリアルタイムで展示・紹介していたのが、兵庫県立近代美術館(県立美術館の前身)が企画・開催していた「ART N0W展」です。実はわたしはこの展覧会をほぼ毎年見学。はじけるような作品群をみて、80年代を生きていることをわたしなりに実感していました。ジャズでいえばフュージョンが主流になっていく時代とほぼかさなります。

B/――元 正章牧師のはがき通信「益田っこ」99号   島根県益田市の益田教会で牧師をしている元(はじめ)正章氏が発信しているハガキ通信を転載しています。元氏の出自は神戸市(県立長田高校卒業)ですが、両親はともに奄美群島出身です。

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□ ■「益田っこ」(99)「ちひさなものがたりの幾きれかが・・・」                                           2022年7月

「益田っこ」も次回で100号を迎えます。5年余り、地道に続けていれば、そうなったというまでのことです。いったい誰に向けて、なぜ書こうとしたのか、所詮は自己満足にすぎないと言われればその通りなのかもしれませんが、「これらのなかには、あなたのためになるところもあるでせうし、ただそれっきりのところもあるでせうが、わたしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだが、わけのわからないところもあるでせうが、そんなところは、わたしにもまた、わけがわからないのです。」(『注文の多い料理店(序)』宮沢賢治)と、答えるほかありません。  何を言いたいのか、曖昧模糊としているでしょうが、「どうしてもこんなことがあるやうでしかたないといふことを」書きたかった。それでどうであったのか、「足元を深く掘れ、さらば泉を見いださん」と願えども、「蟷螂の斧」であれば、「負け犬の遠吠え」であったかもしれません。   日常の風景は、私がいようがいまいが、ちっとも変わっていません。たそがれ時の散歩、いつも歩きなれた道を通っている、そうして今日も一日が暮れていきます。学生時代に観たフランス映画、ブレッソン監督の「バルタザールどこへ行く」が、ふと脈絡もなく蘇ってきます。主人公のロバ(バルタザール)は何一つとして言葉を発しません。ただ哀しくも辛い現実の証しとして、その場に居合わせています。そして最後には、官憲の手によって銃殺されます。それがイエス・キリストの十字架とも重なります。主題曲として流れていたシューベルトのピアノソナタ20番が切なく響いています。「なぜ、わたしをお見捨てになったのですか」。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

《島根からの一本の矢》

ウクライナ情勢を共に考えよう   益田市民に告ぐ、ロシア軍によるウクライナ侵攻が始まって、はや4ヶ月以上が経ちました。そのニュース報道に触れるたびに、侵略戦争というものが、いかに暴虐非道な戦争犯罪であるかを目のあたりにしていながら、これといって何もできない無力さを思い知らされます。それも、今や共に武器対武器の消耗戦となり、ますます戦況は泥沼化する一方で、平和への道のりは遠のくばかりです。ミサイルの撃ち合いで、街が破壊され、多くの人の命が奪われ、そうして戦争に勝利したところで、せいぜい武器製造会社を儲けさせるだけであって、それが一体何の益となるのでしょうか。今この戦争にあって大事なものは、無数の砲撃ではなく、「一本の矢と歌」ではないでしょうか。 ロングフェローの詩「矢と歌」でもって、平和の尊さと有難さを訴え、私たちの行くべき道を示したいと願います。皆様方の参加をお待ちしています。

日時   7月29日(金)午後3時半より5時ごろまで

場所   市民学習センター 103号室 司会進行 元 正章(益田教会牧師)幸町4-54 ℡ 0856-22-5250

テーマ  ウクライナ情勢を共に考えよう

主催   平和をすすめる市民の会  (会長 安部利一)

事務局  益田市東町33-44  空 睦弘   ℡ 0856-23-3126

<会の進め方> 最初に、司会進行者がこの会を開催する趣旨を述べます。その後、参加者の皆さま一人ひとりが発題者となって、ウクライナ情勢について語っていただきます。今までも、多くの識者によって語られてきましたが、だからといって、平和的解決への道のりが備えられたわけではありません。その限り、この会にあっても、大空に向かって一本の矢を放ったに過ぎず、一つの歌をうたったに過ぎないでしょう。 それでも、この島根の地から、全世界の人々に向かって平和への矢を放ちたいと願います。ウクライナにまことの平和を!!  

矢と歌                

ロングフェロー

わたしは 

大空に向かって 

一本の矢を放った

それは地に落ちたが 

どこに落ちたのか 

わたしは知らなかった なぜなら 

あまりにも速くとんだので 視力が追いつくことが 

できなかったからだ わたしは 

大空に向かって 

一つの歌をうたった それは 

地の果てに消えていったが 

どこに消えたのか 

わたしは知らなかった なぜなら 

歌声を追いかけるほど 

強く鋭い視力を 

だれが持っているだろう?  

ずっとずっと 

のちになって 

一本のかしの木に まだ折れもしないで 

あの矢が つきささっているのを 

わたしは見つけた そして 

あの歌が はじめから終わりまで 

そのまま 一人の友の心のなかで 

うたいつづけられているのを 

わたしは知った。

698-0021 益田市幸町4-54  日本基督教団益田教会牧師  元 正章

C/――琉球弧在住の詩人・高良勉氏の「うんちけー」転送 

沖縄に住む詩人・高良勉さんが沖縄の最新情報を伝えてくれています。 参議院選挙の沖縄選挙区で、伊波洋一氏が当選。よかったですね。兵庫県は維新、自民、公明が3議席独占。こんな県に住みたくない。

―――――――――転送----------------------------

★ ハイサイ、ドゥシ(同志)・友人ぬぐすーよー、 クタンデー(お疲れは)、のーみソーチャガやー(直りましたかネ)? ベン@沖縄のタカラ・案内カンナイ親方でーびる。 嬉しい、嬉しい、イハ洋一選対本部、オール沖縄からの「歴史的勝利報告」 が届きました。皆さんと、勝利の喜びを共有し、 お互いの、奮闘、努力、支持、支援に、心から感謝し、 御礼の気持ちを「転送・拡散」いたします。 この喜びを味わい、噛みしめ、さらに帯を引き締めて、 「9月の県知事選」に、今日から準備していきましょう! マタン(またも)、まかさヤーさい(勝ちましょうね)!! ヒャーユイ! 2022/07/12  ベン 拝

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以上です。


〈「神戸詩人」事件から80+1年〉姫路シンポジウム

2021年10月20日 17時53分59秒 | めらんじゅ


〈『神戸詩人』事件〉から80+1年 姫路シンポジウム〉 

①テーマ/自由ってなに? 表現する若ものたち――〈神戸詩人事件〉から80+1年・姫路シンポジウム
②主宰者/エクリの会
③開催場所/姫路文学館講堂( 〒670-0021姫路市山野井町84)
④開催日時/2021年11月7日(日)午後1時30分~4時00分

〈スケジュール〉
①ピアノ演奏/西尾知子 サティ〝ジムノペティ―〟から1番〝グノシエンヌ〟から1、2、3、4番) 
②基調報告/田口麻奈(明治大学准教授、戦後詩研究家) 
③シンポジウム
☆「自由ってなに? 表現する若ものたち――〈神戸詩人事件〉から81年・姫路シンポジウム」
〈企画趣旨〉1940年(昭和15年)、『神戸詩人』というモダニズム系の詩誌に投稿していた詩人を含む14人が、治安維持法違反の疑いをかけられ逮捕・収監されました。こうした文学者への弾圧は、川柳(獄死した鶴彬)、俳句(「京大俳句」グループ)、短歌(渡辺順三はじめ「短歌評論」グループ事件)をつぎづきと検挙・弾圧していった戦時体制の流れによるものです(朝鮮語で詩作をした尹東柱も逮捕され獄死している)。
〈神戸詩人事件〉から70年経過した2010年11月20日に神戸文学館(神戸市灘区)においてシンポジウムを私・大橋愛由等が企画・実施しました。この「神戸詩人事件」に関わった詩人たちの多くは播磨地域出身者であるため、実際は「姫路(播磨)詩人事件」と呼称した方がいいのかもしれません。そこで事件発生から81年を経過した今、事件で逮捕された姫路(播磨)の関係者(旧制姫路高等学校の「姫高ヒューマニスト同盟」に参加していた若ものたち)に焦点をあわせ、姫路(播磨)の青年たちの動向を中心に、〈神戸詩人事件〉をもういちど検証したいと思っています。

☆テーマ 
自由ってなに?  表現する若ものたち
        ――〈神戸詩人事件〉から80+1年・姫路シンポジウム

☆出席者(敬称略)
①ピアノ演奏/西尾知子 (サティ ジムノペディ、グノシェンヌより)
②基調報告/田口麻奈(明治大学准教授、戦後詩研究家)
③シンポジウム パネラー
  ①田口麻奈(明治大学准教授、戦後詩研究家)
  ②京谷裕彰(詩人・シュールレアリズム研究家、姫路市出身)            
  ③大西隆志(詩人・姫路市在住)
  ④原田哲郎(美術家・姫路市在住)
 司会進行 大橋愛由等(詩人・図書出版まろうど社代表)
  
★イベントに付帯する事業計画案/
        ①シンポジウム当日に配布する冊子作成
        ②〈『神戸詩人』事件〉に関する著作を執筆依頼。上梓する。
        ③ネット(Wikipedia)に〈『神戸詩人』事件〉の項目をアップする。
        ④マスコミへの情宣活動。
        ⑤〈『神戸詩人』事件〉に関する年譜、関係書籍のアーカイブ化。

アナキスト俳人・和田久太郎を語る-2

2021年09月06日 23時31分27秒 | 俳句
もう一枚、アナキスト俳人・和田久太郎について、「カフェ・エクリ」で発表したレジュメを紹介します。


アナキスト俳人・和田久太郎を語る-1

2021年09月06日 23時15分02秒 | 俳句
アナキスト俳人・和田久太郎(1893-1928)について、詩の会「カフェ・エクリ」で語った。

まずはTwitterの文章を再掲しよう。

2021*09*06/「姫路エクリ」の第一部で私が「アナキスト俳人・和田久太郎」について90分ほど語る。明石生まれで姫路に多くの身内が住んでいた主義者である。動画は以下の通り。当日配布した2枚のレジュメも添付しておこう。
https://twitcasting.tv/kotonohakobe/movie/699969015
https://twitcasting.tv/kotonohakobe/movie/699971397
https://twitcasting.tv/kotonohakobe/movie/699974101



https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/da/f5ebd25119935768a083cef0c8d00a95.jpg




第24回ロルカ詩祭のこと

2021年08月10日 09時26分23秒 | 文学
第24回ロルカ詩祭(8月21日)に開催します

(1)ロルカ詩祭について
〈ロルカ詩祭〉は、スペインの国民的詩人であるフェデリコ・ガルシア・ロルカ(1898-1936)がファシストによって銃殺された8月19日近くの土曜日に開催する詩の朗読会です。ロルカ生誕100年の1998年から神戸三宮のスペイン料理カルメンで開催しています。
今年もみなさんのご来店をお待ちしています。

(2)開催日時
2021年8月21日(土) 
〈 詩祭スケジュール 〉
8月21日(土)午後5時 開場
[ 1部 ]PM5:30〜PM6:00
ロルカ詩の朗読〈このセクションの最後にスペイン人カンタオール(フラメンコの男性歌手)のヘスス・ファハルドがフラメンコの曲となったロルカの詩を歌う予定です〉
[ 2部 ]PM6:15〜PM8:00〈今月は、午後8時にカルメンは閉店しなければならないのです。そして酒類は提供しません〉
詩人たちの自作詩朗読

《場所》スペイン料理カルメン(神戸市中央区北長狭通1-7-1 電話078-331-2228 〒650-0012)
  JR・阪急・阪神・地下鉄「三宮駅」から徒歩1〜3分。
《料金》A:3850円(チャージ・税込み)(1)夏の特選スープ(2)季節のサラダ(3)メインディッシュ
    (4)パエリア(5)コーヒー(6)デザート
    B:2200円(チャージ・税込み))(1)ワンドリンク(選択可)(2)本日のタパス
《特典》当日参加者の方全員に、第二部参加の詩人たちが朗読する詩作品掲載の『八月一九日詩集24巻』を進呈します。

(3)出演者
〈朗読者〉
①安西佐有理 ②大西隆志 ③大橋愛由等 ④木澤豊 ⑤金里博  ⑥近藤久也 ⑦今野和代〈伴奏者・山澤輝人テナーサックス〉 ⑧情野千里 ⑨千田草介 ⑩高木敏克 ⑪高谷和幸 ⑫西海ゆう子 ⑬にしもとめぐみ ⑭野口裕 ⑮原田哲郎 ⑯森崎大青
〈朗読の伴奏&ソロ演奏〉 Rodrigo Mabel(ロドリーゴ・マベル)
ブラジル・サンパウロ生まれ。日系三世。少年時代からギターに親しむ。19歳の時に日本(大阪)へ。そこでフラメンコと出会い関西を中心に活動。出自のブラジル音楽もこだわり、日本とブラジルを行き来しながら自分の音楽スタイルを探る。

赫い詩精(ポエジー)が炸裂する!!

(4)推薦文
外で見る夢のカシーダ     高谷和幸

「私はどこで死ぬのだろう」。この不安はコロナ禍中の深刻な問題である。人の生を水の泡に譬えた人でさえも自分のための終の棲家に強い拘りがあったと言えばお叱りをうけるだろうか。ロルカもその例に倣うように、スペイン内戦の反乱軍に狙われる危機が逼迫するなか、魂の眠る場所と決めていたグラナダのタマリットに帰っている。その時には最後の詩集である『タマリット詩集』の編集は終わっていたが、死の直後に弾圧を受け、スペインを逃れてアメリカで産声を上げることになる。その死の実態が見つからないミステリーが悲劇性を増すばかりだが、一方で『タマリット詩集』は古典アラブ文学の形式、カシーダやガセーラで書かかれているのも興味深いものがある。カシーダ等のスタイルは、楽器つきで歌われるのが特徴の一つだ。特に私が興味深かったのは「外で見る夢のカシーダ」だった。重いテーマ—である、愛・自由・死がジャスミンの花・少女・血まみれの闘牛の頭に隠喩として書かれている。そこに不思議な比喩の空間があり、ジャスミンの植物的生命の再生の物語と、ロルカ自身の予感としての死、そこからの復活が込められているように思える。「自己再生のために、ジャスミンの眠りに眠らせてくれ」。と、聞こえるのだ。植物が土の中で不死性を受け継いできたように。
 

「月刊めらんじゅ」のバックナンバーです/70号〜161号

2021年05月23日 09時01分23秒 | 「月刊めらんじゅ」バックナ
神戸の詩のグループ「Mélange」が発行している「月刊めらんじゅ」(編集・発行=大橋愛由等)のバックナンバーをこれまで何回かこのサイトにあげてきましたが、もういちど整理して、一挙にNET版を公開することにしました。

ここで紹介するのは、80号(2013年4月28日発行)から161号(2021年04月25日)までです。
また1号から69号までは、なんどかパソコンがクラッシュしているので、パソコン内にデータが残っていません。
紙に印刷した版下が残っているので、そこから再生できるので、データ化していずれここに紹介したいと思っています。

なお、「月刊めらんじゅ」の特別号も紹介しています。

★70号(20頁版/2012.04.29)→吉本隆明追悼小特集/大橋愛由等詩集『明るい迷宮』出版記念特集

★71号(16頁版/2012.5.27)愛・俳句作品あり

★72号(16頁版/2012.6.17)富哲世の「トマト坊や」99句連作あり

★73号(16頁版/2012.8.05)→2015.6.5版下を読み込み新たにUPする 半ドン賞受賞のこと 島尾邸に棲むひと

★74号(16頁版/2012.8.18)

★75号(16頁版/2012.9.23)

★76号(16頁版/2012.10.28)

★77号 (16頁版/2012.12.02)

★78号(20頁版/2013.02.24)→「綾見謙年譜」を含む。

★79号 (16頁版/2013.3.31)

★80号(20頁版/2013.4.28)

★81号(20頁版/2013.5.26)

★82号(20頁版/2013.6.30)

★83号(20頁版/2013.7.28)

★84号(20頁版/第16回ロルカ詩祭/2013.8.17)

★85号(20頁版/2013.9.22)

★86号(20頁版/2013.10.27)

★87号(20頁版/2013.11.24)

★88号(20頁版/2014.01.26)

★89号(16頁版/2014.02.16)

★90号(24頁版/2014.03.23)

★91号(24頁版/2014.05.25)

★92号(20頁版/2014.06.22)

★93号(20頁版/2014.07.27)

★94号(24頁版/第17回ロルカ詩祭/2014.08.16)

★95号(20頁版/2014.09.28)

★96号(20頁版/2014.10.19)

★97号(20頁版/2014.11.30)

★98号(20頁版/阪神・淡路大震災20年特集/2014.11.30)

★99号(24頁版/2015.2.22)

★100号(32頁版/2015.3.29)

★101号(20頁版/2015.4.26)

★102号(20頁版/2015.5.24)

★103号(20頁版/2015.6.28)

★104号(28頁版/寺岡良信追悼特集号/2015.7.26)

★105号(16頁版/第18回ロルカ詩祭特集/2015.8.15)

★106号(16頁版/2015.9.27)

★107号(20頁版/2015.11.01)

★108号(20頁版/2015.11.29)

★109号(16頁版/2016.01.31)

★110号(20頁版/2016.02.28)

★111号(20頁版/「画家の詩、詩人の絵 姫路展シンポジウム特集」2016.03.27)

★112号(16頁版/2016.04.24)

★113号(12頁版/2016.05.29)

★114号(16頁版/2016.06.26)

★115号(16頁版/2016.07.24)

★116号(12頁版/2016.09.25)

★117号(16頁版/2016.10.30)

★118号(16頁版/2016.11.20)

★119号(16頁版/2017.01.22)

★120号(16頁版/第5回 日本・韓国・在日コリアン詩人共同 ユン・ドンジュ生誕 100 年
2017.02.26)


★121号(16頁版/2017.03.26)

★122号(16頁版/2017.04.30)

★123号(12頁版/2017.05.20)

☆特別号(12頁版/追悼・富哲世特集号/2017.05.28)

★124号(16頁版/追悼・富哲世、寺岡良信/2017.06.25)

★125号(16頁版/2017.07.23)

★126号(28頁版/トゥオナラ忌/喜山荘一島尾論考/2017.09.24)

★127号(16頁版/2017.10.29)

☆特別号(24頁/201711.21)2017年10月17日に神戸文学館で行われた「〈神戸から島尾敏雄を問う〉島尾敏雄生誕百年 リレートークイベント」特集

★128号(20頁版/2017.11.26)

★129号(16頁版/2018奄美文学紀行/2018.01.28)

★130号(20頁版/2018.02.25)

★131号(12頁版/2018.03.25)

★132号(16頁版/2018.04.22)

★133号(16頁版/2018.05.27)

★134号(12頁版/2018.06.24)

★135号(16頁版/2018.07.29)

★136号(20頁版/2018.10.28)

★137号(16頁版/2018.11.25)

★138号(16頁版/2018.12.09)

★139号(12頁版/2019.01.27)

★140号(16頁版/2019.02.24)

★141号(16頁版/2019.03.24)

★142号(16頁版/2019.04.14)

★143号(16頁版/2019.05.26)

★144号(16頁版/2019.06.30)

★145号(16頁版/2019.07.28)

★146号(16頁版/2019.09.29)

★147号(16頁版/2019.10.27)

★148号(16頁版/2019.11.24)

★149号(20頁版/2020.01.26)

★150号(16頁版/2020.02.16)

★151号(16頁版/2020.03.29)

★152号(20頁版/2020.06.28)

★153号(16頁版/2020.07.26)

★154号(20頁版/2020.08.30)

★155号(20頁版/2020.09.27)

★156号(16頁版/2020.10.25)

★157号(20頁版/2020.11.29)

★158号(16頁版/2021.01.31)

★159号(16頁版/2021.02.28)

★160号(16頁版/2021.03.28)

★161号(16頁版/2021.04.25)





加藤郁乎の俳句を読む

2020年08月24日 08時59分17秒 | 俳句
2020年の夏、加藤郁乎の俳句を集中して読んだ。6月7日からTwitterに投稿して、8月23日まで50句について句評を書いてみた。
この連載を始めたのは、詩友の大西隆志氏が、三宮駅前古書店で、加藤郁乎の第二句集『えくとぷらすま』を驚くほど安く購入したその日、「大橋さんの句に似てるよ」と見せてくれたことがきっかけとなった。まもなく私も『定本加藤郁乎句集』(人文書院、1975)を購入。とりわけ詩精に富んだ第一句集『球體感覚』、第二句集『えくとぷらすま』に限って読むことにした(第三句集以降は、いわゆる俳句らしくなりすぎて、初期句集のようなリリカルな詩的モードが薄れてしまっているので、除外した)。Twitterなので字数が限られているが、表現を圧縮して書き続けてみた。

2020*06*07加藤郁乎を読む1/〈北へ! いま南中の羔〈こひつじ〉一揆〉北を指向しながら現在は南にいるという意味なのか。なぜ北なのか。「南中」の解釈も多義である。その羔たちが一揆を起こそうとしている。羊はいつも群れている。英語Sheepは単複同形である。その群れが一斉に抗う時の狂態を想う。

2020*06*08加藤郁乎を読む2/〈鳥歌、ふるさとの罠と在るべし〉鳥の鳴き声を歌に見立てたか、あるいは鳥に関する歌謡なのか。懐かしさを内包するその歌がふるさと(古里、故郷)への誘引を含むものだと警戒している。ふるさととは忌避するものであり、身心ともに遡行はしないとの意思を示している。

2020*06*09加藤郁乎を読む3/〈半舷上陸二點閒に三角を起し〉「半舷上陸」は船が接岸した時、船員の半分を上陸させること。「二點閒」はどことどこの間なのか。船と陸か、あるいはもっと抽象的な二箇所か。その間に三角という円形でも四角でもない表象を立ち上がらせている。角張ったシーニュである。

2020*06*10加藤郁乎を読む4/〈此の姿見に一滴の海を走らす〉着物を着るときによく母が使っていた姿見。「此の」とわざわざ指示しているところも作者のこだわりを感じる。その鏡に「一滴の海」。これは汗の比喩か、それとも海の換喩としての何かのモノなのか。「走らす」という能動性にも注目したい。

2020*06*11加藤郁乎を読む5/〈方(む)きて繕う月映(つくばえ)の囚はれ〉叙情的な後景が展開している。とある場に視線を向ける。「繕う」というのだから作為が見破られないよう注意している。対面した向こうには月光に映えた対象があり、それに魅入られてしまう。しかし誰が繕っているのだろうか。

2020*06*12加藤郁乎を読む6/〈旦(あした)よ 明けるべき巢は既にない〉選句には、選句者の境遇に照らし合わせて共感した、という理由がある。この句で阪神・淡路大震災を思い出した。1月に震災が起きその春に神戸に帰ってきた燕たちが見たものは、崩壊した都市と去年営巣していた場の消滅であった。

2020*06*13加藤郁乎を読む7/〈ときどきの磁石と六文錢に權力の廊下を曲げて〉多様な意味と喩が一句に込められている。たまに磁石として機能するモノと「六文銭」というタナトスを思わせるモノ。それらが権力が発露する廊下という場に遭遇した時、曲折させるという権能を発揮する。詩句は読替え可能。

2020*06*14加藤郁乎を読む8/〈無常にゆく道は枸杞の復興期にだけ明ける〉詠嘆の気配を保ちながら進むところに、枸杞(くこ)がある。その実は漢方としても使われるナス科の低木。〈復興期にだけ明ける〉の詩句に託した心象は〈無常〉と対置し、その両面性を媒介したのは枸杞(に託した表象)なのだ。

2020*06*15加藤郁乎を読む9/〈小川に暦を洗って時の兩面を追ふとき〉元号が変わると相変わらず王に〈時〉を支配されていることを知る。暦は一年の細部を人為的に言説化しているため、洗うという行為は〈時〉の多義性を再設定すること。洗う場所が小川なのは小なる場に依拠しているという心象だろう。

2020*06*16加藤郁乎を読む10/〈君はムネモスネーの閨に鳥人を見るだらう〉ギリシア神話に登場する記憶の女神・ムネモスネー(ムネモシュネ)。この句は女神がゼウスと9日間すごした(閨を共にした)ことを扱っていて「鳥人」とはスパルタ王の妻レダに白鳥になって会いに行ったゼウスを差すのだろう。

2020*06*17加藤郁乎を読む11/〈ラブレー日和に邯鄲あぶれけるかも〉これまで第二句集『えくとぷらすま』から引用。次の第三句集『形而情学』から少しずつ伝統的な俳句的語法を採用している。この句のみ第五句集『出イクヤ記』から引用。「ラブレー日和」という語に惹きつけられる。邯鄲という虫が蠢くさまとのコラボ。

2020*06*18加藤郁乎を読む12/〈義理のメシアを月時計として早まるか〉「義理のメシア」とはユダヤ教徒にとってのイエスか、仏教徒にとってメシアはマイトレーヤ(弥勒菩薩)。「月時計」という詩句がこの作品を刺激する。この機器に照らし合わせて、メシアの出現が早まるかもしれないという想念の句。

2020*06*19加藤郁乎を読む13/〈干竿のはづれに蝶が乾きゐる〉じっと動かない蝶を見ていたことがある。私が近づいても逃げようとしない。触ってみる。動じない。いやすでに死んでいた。羽根を広げたままで。乾くことがタナトスそのものではないが、「はづれ」の場が生の果てのような響きも内包する。

2020*06*20加藤郁乎を読む14/〈一行のイデェ流るゝものを涸らす〉「一行」という短いイデェ( idée 仏語/原義はギリシア語 ιδέα(イデア)理念)が、「流れるもの」つまり進行中である現実態を「涸らす」=休止させている。この句、理念が前面に出ることで現実態を混乱させている、と解釈できよう。

2020*06*21加藤郁乎を読む15/〈天文臺では象が想像に遲れる〉この作者、漢字は旧字体が多い。〈象〉は俳句で好まれる動物のひとつ。漢字ひとつだし、象徴性に富んでいるから。天文台=宇宙という他者を見る場では、象にこめられた表象は、想像という情念の喚起力が有効性を持たない、と読めばいいか。

2020*06*22加藤郁乎を読む16/〈銀三十枚の頭にはあをさぎとまる寂しさ〉銀三十枚といえば師・イエスを売り飛ばしたユダであろう。イエスの使徒集団の会計担当だったといわれるユダは銀三十枚の意味を知っていたろう。そのユダの頭にあをさぎが飛来するありさまを「寂しさ」と表現した作者の叙情性。

2020*06*23加藤郁乎を読む17/〈Que sais-je?傾き立てるいたどり〉「私は何を知ってるの?」という意のクセジュはフランス発の新書シリーズになっている。いたどりはたで科の多年性植物。若い芽は食用。その苦味が、クセジュの疑問を惹起させ、真っ直ぐでなく傾いて立てるという行為を誘発したのか。

2020*06*24加藤郁乎を読む18/〈旅をはさんで帯にもの憂い海の庭〉ある旅を境にして、「帯」という衣服の一部又は喩としてのそのモノに反照されたのは、アンニュイな気分に満ちた、「海の庭」というありそうで現実には存在しないような場所の形相あるいは色、匂いであったのを作者は感受したのである。

2020*06*25加藤郁乎を読む19/〈むすめまたは母がウパニシャッドの門を診せている〉一つの単語を導入することで、たちまち句に緊迫感が生まれる。この句の場合は、インドのバラモン教の教典であり哲学書であるウパニシャッド。娘か母という選択肢も緊張を高め、書物を門と言い換えて診せるというのだ。

2020*06*26加藤郁乎を読む20/〈浦島は浦に戻つたが代數(アルジェブラ)に蟻は充たない〉パラダイスだった竜宮城から戻ってきた浦島太郎を待ち構えていたのは、世代交代してしまった村社会だった。浦島にとって必要なのは数えること。どれだけ年を経過してここにいるのか、それは蟻の数ほどではない。

2020*06*27加藤郁乎を読む21/〈禮砲沈みゆく、かの海峡の食蟲植物〉礼砲を撃つ艦船(又は礼砲そのもの)が沈むという慶賀と不幸が示される。続く「かの」という強い指示語。海峡にいる虫を「食べる」植物と、「沈む」という二つの行為が、モノを消去する共通項で結ばれ、不安な気分が表現されている。

2020*06*30加藤郁乎を読む22/〈レスヴォス通いの密航火夫が朝を手渡す〉定石どおりに変換すると、レスビィアンの語源となったレスヴォス島に通い詰める、密航経験者の蒸気機関釜炊き労働者がいる。その男が「朝を手渡す」。この「朝」はなにかの特権のような。愛人と過ごす逢瀬そのものかもしれない。

2020*07*01加藤郁乎を読む23/〈手に落つるロゴスの瀬戸の夕ひばり〉句全体から香り立つ叙情性。ロゴスが手に落ちてくるとは、詩精の啓示のメタファーなのかもしれない。その啓示の後景として描かれている場所と背景が、瀬戸(具体的な瀬戸内海でなくてもいいだろう)と夕方に鳴くひばりのさえずり。

2020*07*02加藤郁乎を読む24/〈蟻穴に葡萄酒地下に酩酊せよ〉理想的な葡萄酒の貯蔵場所は地下なのだと。地下は季節の変化がゆっくりと現れるから。蟻たちが棲む地下世界に葡萄酒を注ぐ。蟻も葡萄酒も棲家として地下は快楽なのだろう。快楽が酩酊となり、地下世界はバッコス的祝祭空間になっていく。

2020*07*03加藤郁乎を読む25/〈扉(ひ)にまたとない大鴉もう還らない否が羣れ〉「扉」とは一つの世界と別の世界(あるいは異界)との間に立つ結界のようなもの。そこに「またとない」=登場が祝福されているような大鴉。帰趨が困難な否定的シーニュが羣(む)れるという作者の心象を具象化した作品。

2020*07*04加藤郁乎を読む26/〈醒めて猩々と成る者に、君は萬有(コスモス)に立った!〉覚醒したままで猩々という異体に変態していく者に対し、君と呼びかけ、その君はコスモスという秩序の中に分け入り全体を俯瞰する立場を獲得したのだという意か。詩的変態が果たす可能性の一つを作品化している。

2020*07*05加藤郁乎を読む27/〈實は赧(あか)き日のびおろんの傾城や〉「實は」と読者に語りかける語法もこの作者の常套話法のひとつである。「赧き日」とは作者やこの作品にとってなにかの特筆すべき日だろう。ビオロン(violin)を弾く傾城という表現は絵になる。景がみえてくる俳句として読める。

2020*07*06加藤郁乎を読む28/〈マリアより歸る花野の花十字〉聖書に何人かのマリアが登場するがここでは聖母マリアだろう。マリアの被昇天(命日)である8月15日は、欧州半島ではハーブの収穫適時期にあたる。マリアから先に花野から抜け出した後に花で繕われた十字が事績として残ると解釈しようか。

2020*07*07加藤郁乎を読む29/〈晝顔の見えるひるすぎぽるとがる〉日本が極東ならポルトガルは極西だろう。〝はしっこ〟が好きな日本列島民だけでなく欧州の人たちもこの国に対してエキゾチックな視線を向ける。カタカナで表記される国名をひらかなにするだけで生まれる異化作用が想像力を駆りたてる。

2020*07*09加藤郁乎を読む30/〈蝶放てり古代微笑の現在に〉まことに蝶という生き物はどれほど文学表現する者に刺激を与えるのだろう。放蝶することで古(いにしえ)の笑みが今に蘇るという。蝶が笑みの化身だったか、あるいは時代を超え古代を蘇らせる呪力を所持しているのか。だれが放蝶したのかその主体が気になる。

2020*07*11加藤郁乎を読む31/〈耕人は立てりしんかんたる否定〉心の奥底までひびく文学性がある。農耕する人、つまり大地にすっくと佇つひとがいる。その姿だけでも大地と感応する力強さが垣間見える。耕すことは産み出すことであるのに、拒みを前面に打ち出している。「しんかんたる」の言葉が深い。

2020*07*13加藤郁乎を読む32/〈疵つけば眞珠は一夜の丘に紅らむ〉分節化して読んでみよう。何かが疵を受けることが作句の動機となる。それは真珠かもしれない。真珠は光の代替とも読める。ひと晩という時間を区切り丘を紅に染める。瑕疵を経過することで新たな事態=恢復が生まれる経過を句にしたのか。

2020*07*15加藤郁乎を読む33/〈泉成るわれ純粋を主宰して〉初期句集にも五音七音五音に収めている句もある。泉とは継続的に生成しつづける事態(=発語がつづく水源)が形成される喩であり、「われ」が主体的に関わり、純粋という純化し続けることに、主宰=能動的に関わっている矜持が込められている。

2020*07*16加藤郁乎を読む34/〈雨季來りなむ斧一振りの再會〉ちょうど雨季=梅雨の季節なので取り上げよう。「斧一振りの再會」をどう解釈すべきか。斧を使用することで、この季節ならではのモノ(植物・動物ほか)に出会うことか、または〈斧一振り〉の行為そのものが作者にとって何かの表象なのか。

2020*07*17加藤郁乎を読む35/〈地理よそなたは海に搖拜の一本を立てる〉搖拜を遥拝の旧字とみなす。地理とはその場を知悉している者の喩か。その者=二人称のそなたが、海中に、拝む対象の依代を立てる。その一本は神が降りてくる依代としても、田へは聞くが海へは初見である。海からの渡来神なのか。

2020*07*18加藤郁乎を読む36/〈紅い島の人々(アイランダース)は赤潮の銹を新古典などといふ〉朱、赤、銹といった同系色の色相が並置され、句の基層としている。新古典をどう読むか。この赤色系様相を自分たちの歴史・物語のあらたな伝統と位置づけるありようを作者は「などといふ」と傍観している。

2020*07*20加藤郁乎を読む37/〈巢ごもりの御身が下のなげきぶし〉作者自身の作句動機とは無関係に読まれるのが文学の面白さのひとつ。「巣ごもり」は2020年の新型コロナウイルスの蔓延を怖れて自宅にこもることの言い換えの言葉となり普及した。「巣ごもり」を自嘲的に表現しているこの句は今とぴったり合致。

2020*07*22加藤郁乎を読む38/〈薄明へわがナルシスの花うてな〉ナルシスに対して、親しみを込めて「わが」と表現している。自分しか愛せないよう仕向けられたナルシスは、文学を指向する者の似姿であり他人事ではない。徹底した自己愛は水仙に変容し、その花の萼(うてな)が象徴として視覚される。

2020*07*23加藤郁乎を読む39/〈鳥歸る旅人かへる玄を成し〉おや「鳥歸る」という季語を使っている。鳥と旅人がともにこの地を去っていく寂寥感。燕を玄鳥とも言うのだがこの句の玄は群れることによって発生する色調(黒)のことだろう。視点を変えると渡り鳥は帰った場所からも帰る、帰り続ける存在である。

2020*07*24加藤郁乎を読む40/〈海に母型(をとめ)の虎はしり虜(とら)はれよ〉多くの物象を受容する海。母型にをとめというルビを振る解離性。をとめと虎のイメージのギャップ。その相反性を同包した虎が走るが、句の作者は捕囚されよと希う。固着したイメージを解体することで展開される詩の風景。

2020*07*25加藤郁乎を読む41/〈松風の語尾變化が十返りして猿人(エイプマン)をつれ出す〉不思議な句だ。松風が変調する=語尾変化する。そしてその変調がいつまでも続く=十返りする。その作用のひとつとして、猿人が引き出される。この猿人という異者を出現させた作者にとっての必然を考えてみた。

2020*07*29加藤郁乎を読む42/〈花はひとつ無數を缺けるアルゴ船〉黄金の羊皮を求めて建造された古代ギリシアの巨大船に乗り込んだのは、王女メディアの元夫・イアソン。〈花はひとつ〉で選択の余地のない心情が吐露され、〈無數を缺ける〉も一択の言い換えと読むとこの句の神話的背景が浮かび上がる。

2020*07*30加藤郁乎を読む43/〈處女の月の環に砂かぶる哲學の石〉手ごわい句である。この作者の作品後景には神話・民話的世界が豊潤に控えている。乙女たちが呪意をこめて遊戯する装置に〈月の環〉があり、その中心に、思惟の対象あるいは、思索の表象である石が砂まみれになっている、そのありさま。

2020*08*18加藤郁乎を読む44/〈野に龍宮の吹きながし假面する妹よ〉周囲はなにもない場所にぽつんと存在する龍宮という名の異者が集う構造物。そこには吹き流しという風を可視化しかつ魔除けの効能もある装置があるという明示。そうしたモードの中で登場する妹は正体を現わそうとしないという暗示。

2020*08*19加藤郁乎を読む45/〈終身のからす單峯駱駝の佇てる落陽〉ずっとそのままに存在しつづける鴉とは法身仏のような永遠性が企図されている。その時空を超えた超越者と同位相(=同じ場に同居)に単峯が配置され、さらに駱駝が登場。駱駝の影が夕陽によってながく地面に反映される景が示される。

2020*08*19加藤郁乎を読む46/〈旅人手を手にへんぽんと麦酒成る〉この句は「へんぽんと」といった語句を諧謔性のもとに言い換えると読解の妙味が増す。旅人が嬉々として手に手を持ち替えて麦酒呑みを楽しんでいる。その日の旅はよく歩いたかこなすべき行いがあったのだろう。開放感が表出されている。

2020*08*20加藤郁乎を読む47/〈蜜月—噫! いらくさの花火ら〉俳句の「あるべき」句型から自己解放している。切れ字の代替としての感嘆符や一字開けを導入している。蜜月という情況に対して作者は感嘆し、その後景としての「いらくさの花火」。いらくさが生える場での花火と読むだけでは面白みがない。

2020*08*21加藤郁乎を読む48/〈沙羅は雙樹に肉の寺院を傾ける〉いつもは漢字四字で認識される単語(沙羅双樹)が二つに分割されることで新たな意味が発生する。花名の沙羅がこれだけで独立することで人称とペルソナが付与される。その沙羅が二つなりに咲く。反・戒律的な表現である「肉の寺院」を諌めているのか。

2020*08*22加藤郁乎を読む49/〈シェリィの溺死に擦れる野邊のおくりの陽物よ〉特注の帆船エアリアルに乗って詩人シェリィが溺死したのが1822年。遺体は疫病対策のため火葬されたが、心臓は抜き取られ後に小説家の妻メアリーと共に埋葬される。陽物に凝縮された詩人の生の証しの行方を作品化している。

2020*08*23加藤郁乎を読む50/〈赤とんぼを落とした舊街道に鵺はまた舞ふ〉隠れた主体がいる。赤とんぼを落としたのは誰なのか。その誰かがこの句全体を俯瞰している。通行という役割から除外された旧街道は、ひと・車に疎外されずに、いつのまにかイキモノ、ナマモノが割拠する祝祭空間になっていく。


第23回ロルカ詩祭8月15日に開催

2020年08月12日 09時02分16秒 | 文学
第23回ロルカ詩祭〈8月15日(土)〉いよいよ詩祭が近づいてきました 


夏です。「ロルカ詩祭」の時期がやってきました。

わたしたちは、いつも、フェデリコ・ガルシア・ロルカとともに生きています。
1936年8月19日のことでした。フェデリコは、スペイン内戦が始まった直後に古里のグラナダに帰省。ところがグラナダをふくむアンダルシアは、フェデリコと敵対するフランコ反乱軍によっていち早く制圧され、共和派とみなされたフェデリコは捕らえられ処刑されてしまいます。フランコが死ぬ1975年までつづくスペイン暗黒時代の始まりです。
わたしたちは、1998年、詩人であり劇作家のフェデリコ生誕100年を記念して、その詩業をたたえる「ロルカ詩祭」をスタートさせました。フェデリコが殺された8月19日に近い土曜日に開催しています。第一部は、ロルカ詩の朗読。第二部はロルカ的世界に身を委ねた自作詩の朗読です。
2020年は23回目を迎えます。今年も詩人たちの、声と音の重なり、熱き朗読と、コトバのスパークなどが展開されます。神戸発の詩の朗読という文学の祭典です。ぜひ、より多くのみなさんの来場をお待ちしています。

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★2020年案内文 第23回ロルカ詩祭

ダイヤモンドリングを待ちながら

千田草介

コロナは太陽をつつむ100万度の大気であり不可視であるが月に太陽がすべて覆い隠される皆既日蝕のときにのみその輝きを見ることができる。同じ名をもつやはり目に見えぬ微小な自己複製物体が地球の知的生命体世界に恐怖とともに浸透しつつある今を去ること84年前の8月19日早朝ひとりの男がイベリア半島の土に埋もれた。フェデリコ・ガルシーア・ロルカ。彼を埋めたのはフランシスコ・フランコという男の一味ファランヘ党。盟友だったアドルフ・ヒトラーを裏切って世界大戦に参戦しなかったがゆえ天寿を全うしたフランコのために1975年までの長きにわたってロルカは祖国で日蝕のように黒く塗り隠されつづけ、人びとは彼のことを口にすることすらはばかられたが、その言葉は異国へと輝いてわたった。言葉は風のように国境をこえて受け手のいるところにとどいていくのだ。今この神戸にも。言葉の信徒たる詩人たち、そして受け手たち、この百年の、いやもっと過去からの同朋たちの受難を想い、顔をあげて言葉のまなざしを遠くへとどかせよう。

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第23回ロルカ詩祭 要項

☆開場/pm5:00
☆第1部/ロルカ詩の朗読 pm5:30~pm6:00
☆第2部/詩人たちによる自作詩の朗読 pm6:15~pm8:30
☆演奏者/福島隆児(フラメンコ・ギタリスタ)
☆朗読者/01.大西隆志 02.高谷和幸 03.Zigen(ラッパー) 04.野口裕 05.月村香 06.今野和代 07.情野千里 08.西海ゆう子 09.高木克敏 10.大橋愛由等 11.千田草介 12.にしもとめぐみ 13.黒田ナオ 14.原田哲郎 (順不同)。
☆料金/A:3500円(チャージ料込み・税別)(1)夏の特選スープ(2)季節のサラダ(3)メインディッシュ
    (4)パエリア(5)コーヒー(6)デザート
  B:2000円(チャージ料込み・税別)(1)ワンドリンク(選択可)(2)本日おすすめのタパス
☆問い合わせ&予約/スペイン料理カルメン 電話078-331-2228


☆会場/スペイン料理カルメン TEL.078-331-2228
神戸市中央区北長狭通1-7-1カルメンピル2F 阪急「神戸三宮駅」西口下車北へ徒歩1分

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今年の演奏者は、フラメンコ・ギタリスタの福嶋隆児さん。第27回 フラメンコ・ルネサンス21(2018年=全国的なフラメンコ・コンクールのひとつ)のギター部門で「奨励賞」を受賞した人です。ちなみに同年同じコンクールで福嶋さんの夫人である野上裕美さんもバイレ部門で「奨励賞」を獲得するなど、夫婦でダブル受賞されています。第一部と第二部の合間に、ソロを演奏していただきます。そしてもうひとり、第一部と第二部の間で、大西隆志氏のフォークソング演奏があります。お楽しみください。

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★コロナ対策のために、50人定員のところを20人に限定しています。
 詩祭の前、途中、終了してからも、窓をあけたままにして、換気を十分にしています。
 お客様の席をなるべく距離をあけています。
 入店時には、消毒の励行をお願いしています。


「Mélange」例会のお知らせほか

2019年10月18日 13時46分59秒 | めらんじゅ
2019年10月の神戸からのメールニュースです。
「Mélange」例会は27日(日)開催です。「カフエ・エクリ」例会は11月にあります。

神戸から、詩と俳句を中心とした文学イベントのお知らせです。

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◆1.--第147回「Mélange」例会〈10月27日(日)〉読書会と合評会 
◆2.--オルタネイティブ・フォークフェスタ「うたとフォークソング」(11月4日〈月・祝〉)
◆3.--カフェ・エクリの活動〈11月11日(月)〉
◆4.--文学短報=A/――南海日日新聞の連載コラム「つむぎ随想」B/――句会をします C/――第22回吟遊同人総会・懇親会  B――俳句情報〈俳句と評論誌「奔」〉C/――句会をします(8月25日〈日〉)D/――俳誌「奔」4号について D/――元正章牧師について 
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◆1.--第147回「Mélange」例会〈10月27日(日)〉読書会と合評会


147回目の「Mélange」例会は第一部「読書会」(pm1:00~3:00)。第二部「合評会」(pm3:15~6:00)の構成です。
10月の例会「読書会」は、哲学者で詩人の神尾和寿さんが担当します。テーマは、「詩人とは誰のことかーハイデッガー「四方界」(Geviert)再考ー」。以下に神尾さんから送られてきた案内文を掲載しておきます。刺激的な内容です。ひさしぶりの神尾さんの語りです。期待しています。

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神尾和寿
                              
後期ハイデッガーでは、有(Sein)の真性に護られて有るもの(Seiendes)が真に有る、といった事態が、「四方界」(Geviert)として描き出されます。今回の講話では、「四方界」を構成する四者の内の一つである「死すべき者たち」(die Sterblichen)を追究することで、本来的な詩人の姿に迫っていきたいと思います。主たるテクストは、1950年の講演「もの」(Das Ding)と1951年の講演「…《詩人らしく人間は住まう》…」(…《dichterisch wohnet der Mensch》…)です。
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△第2部の詩の合評会は、午後3時すぎからスタートします。6時すぎに終わることを目指していきます。△第三部は、懇親会です(これがまた愉しい詩人たちのひとときです。最近は例会ならびに懇親会に詩を愛好する方の参加があり、参加者の幅が広くなりました)。

△第二部(pm3:00~6:00)は、詩の合評会です。
今回も意欲的な作品をお寄せください。
作品の締め切りは10月24日(木)です。 みなさんの意欲的な詩稿をお待ちしています。 
合評会への詩稿は、(maroad66454@gmail.com)に送ってください。事前に一斉送信いたします。合評会に参加する前に読んでおいてください。また送っていただいた作品は「月刊めらんじゅ147号」に掲載。合評会当日にみなさんに配布(無料)します。 

この会を運営しているのは、神戸を拠点とする詩のグループ「Mélange」。代表と事務局は私・大橋愛由等。詩の会(二部構成)をほぼ毎月開催しています)。

■会場:スペインレストラン「カルメン」電話:078-331-2228(阪急三宮駅西口から北へ徒歩一分)創業1956年。神戸でも有数の老舗レストランです。毎週土曜日にフラメンコライブをしています。

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「Mélange」月例会、2019年~2020年前半の日程です。
(敬称略・開催場所はすべて神戸三宮のスペイン料理カルメン・開催時間は毎回午後1時〜)

予定ですので変更する場合があります。その際には、この月報(「Mélange」メールニュース)あるいは、ブログ「神戸まろうど通信」をご覧になって確認してください。  

*2019年における読書会の内容です(敬称略)。
☆11月24日(日)148th講演者/木澤豊(宮沢賢治を語るシリーズ〈テーマは『シグナルとシグナレス』(童話集『銀河鉄道の夜』から)『銀河鉄道の夜』とも通底していますし、汽車は賢治と世界をつなぐ大事なモチーフです。)
(会場はすべてスペイン料理カルメン)
◇12月=休会
*2020年前半における例会の内容ならびに読書会の内容については現在調整中です(敬称略)。
☆2020年1月26日(日)149th
☆2月16日(日)150th 講演者/大西隆志
☆3月29日(日)151th
☆4月26日(日)152th
☆5月31日(日)153th
☆6月28日(日)154th
〈「Melange」例会ならびに、「月刊めらんじゅ」は2020年2月で150回目を迎えます。記念号といたします。誌友のみなさんには、「150字詩」を書いていただくようお願いする予定です。100号記念号には誌友のみなさんの「100字詩」を掲載しています。もうあれから5年たつのですね。鬼籍となった誌友も何人かいらっしゃいます〉

◆2.―書肆風羅堂/まろうど社EVENT・inスペイン料理店カルメンオルタネイティブ・フォークフェスタ「うたとフォークソング」(11月4日〈月・祝〉)
初めての試みです。詩人でフォーク歌手の大西隆志氏(書肆風羅堂)の第1回プロデュースライブです。私・大橋(図書出版まろうど社)も共同主催者です。会場はスペイン料理カルメンです。カルメンにとっても異色のライブとなります。今回のライブはまさに「民の音楽フェスタ」を目指しています。フォークの世界で昔から活躍している中川五郎さんも出演されます(ビックゲストです)。もちろんプロデューサーである大西さんも歌います。

〈あいさつ/大西隆志〉
スペインの国民的詩人といわれるフェデリコ・ガルシア・ロルカ(1898-1936)の生誕百年にあたる1998年に、神戸のスペイン料理店カルメンで始めた「ロルカ詩祭」。ロルカは、スペイン内戦が始まってすぐに、故郷グラナダで、敵対するファシスト達によって銃殺されました。このロルカ詩祭のメンバーに影響を与えたのが詩人の故・君本昌久さんでした。シュールレアリズム系の詩人であり、神戸市民同友会、神戸空襲を記憶する会などの多彩な市民活動を行い、時代の風を全身で浴びていた詩人で、言葉を軽やかに歌い社会の動きに共鳴し60年代にフォークソングに惹かれたのは必然でした。神戸の地で詩人が最初にフォークミュージックを取り上げたシンポジウムまで開きました。「今、ここ」であえてフォークの言葉の親和性を拡げ、ロルカ詩祭からつながるようにフォークリバイバルライブを企画しました。書肆風羅堂の大西とまろうど社の大橋によるコンサートです。日本で最初のスペイン料理店カルメンで美味しい料理とワインで、ことばの力強さや優しさに触れていただければと願っています。

☆名称/オルタネイティブ・フォークフェスタ「うたとフォークソング」
☆場所/スペイン料理カルメン(神戸市中央区北長狭通1-7-1)
☆日時/2019年11月4日〈月・祝〉午後2時~5時
☆料金/3000円(税込み・①チャージ②ワンドリンク③ワンフード込み)
☆出演者/①中川五郎②OKランブラーズ③神田修作④カンダケイコ⑤たけだあすか⑥カニコーセン⑦弥太郎

〈中川五郎プロフィール〉
1949年大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動の中心に。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。
アルバムに『終わり・始まる』(1969年、URC)、『25年目のおっぱい』(1976年、フィリップス)、『また恋をしてしまったぼく』(1978年、ベルウッド)など。2004年の春には26年ぶりのアルバム『ぼくが死んでこの世を去る日』をリリースし、最新アルバムは2006年秋の『そしてぼくはひとりになる』(シールズ・レコード)。

◆3.--カフェ・エクリの活動〈11月11日(月)〉
高谷和幸氏主宰の詩の会「カフェ・エクリ」についてです。
この会は、(兵庫県)播磨地域で表現活動することを全面に押し出した詩を中心とした文学集団です。
月に一回の詩の会(「Mélange」例会と同じく読書会パーツと詩・川柳の合評会パーツの2部制)を中心に、シンポジウム開催や、年に一回程度の一泊の宿泊をともなう小紀行を実施しています。

△次は11月11日の開催となります(10月例会は9月30日に前倒しで開催しました)。会場は姫路市内。第一部読書会の講師は小説家・千田草介氏。テーマは未定です。

☆第一部を読書会。☆第二部は詩と川柳の合評会(詩稿をそれぞれ12-13部程度各自で印刷して会場に持参してください)。
☆第三部は午後5時すぎから、場所を移動させて懇親会を開催します。

―――――――――――エクリ今後の日程〈講師名とテーマ〉―――★
☆12月02日(月)姫路/難波正司氏〈テーマ「播磨の俳句史」〉「エクリの播磨を読むシリーズ①」
☆2020年01月→休会
☆02月17日(月)姫路/中村雅子〈テーマ未定〉
☆03月09日(月)赤穂/大橋愛由等(テーマ「ミシェル・フーコーを読み直す」)

▲「カフェ・エクリ」一年に一回の一泊旅行の日程が決まりました。
☆旅行名「エクリ・尾崎放哉の旅」
☆日時/11月18日(月)~19日(火)
☆旅程/11月18日(月)
     ①JR姫路駅8時30分集合
     ②9時45分姫路港発―小豆島・福田港11時25分着
     ③尾崎放哉記念館(土庄町)に向かいます。
     ④大部港発2時25分~日生港着3時30分  虫明着4時10分
    11月19日(火)
     ⑤岡山 観光
     ⑥JR姫路着午後5時予定
☆宿泊地/曙だるま(AKEBONO DARUMA)
〒701-4501岡山県瀬戸内市邑久町虫明1118  Tel・Fax   : 0869-25-0515
☆費用/①食事・入館料は別途
    ②宿泊料8000~円(夕食・朝食付き、持ち込み可)
    ③その他 フェリー代金 レンタカー ガソリン代金
    合計 18000~円(名会計の大西さんにお任せします)
☆問い合わせ先/高谷和幸 まで
ふるっての参加をお待ちしています。

〈尾崎放哉について〉
尾崎放哉は、大正期の俳人で、小豆島八十八ヵ所霊場58番札所南郷庵でその生涯を閉じました。放浪の生涯の中で数多くの優れた自由律の俳句を残した大正期の俳人、尾崎放哉。彼がその一生の最後にたどり着いたのが、小豆島、西光寺奥の院、南郷庵でした。この記念館は放哉が大正14年夏から8ケ月を過ごした南郷庵の往時の姿をそのまま復元したもので、放哉ゆかりの文献などが豊富に展示されています。
〈小豆島時代〉
 大正一四(一九二五)年八月、放哉は井泉水の紹介を得て、小豆島に渡る。西光寺の奥の院南郷庵の庵主となった放哉は、酒と作句に明け暮れる。そして翌大正一五(一九二六)年四月七日、病没。享年は四一歳。
墓のうらに廻る
咳をしても一人
足のうら洗えば白くなる
肉がやせてくる太い骨である
いれものがない両手でうける
考えごとをしている田螺が歩いている
こんなよい月を一人で見て寝る
一人の道が暮れて来た
春の山のうしろから烟が出だした(辞世)

◆4.--文学短報
A/――南海日日新聞(奄美で発行されている日刊紙)の連載コラム「つむぎ随想」に、私・大橋愛由等が原稿を書いています。来年まで毎月一回執筆します。最新のコラムは、近世末期、奄美と並んで砂糖の産地だった讃岐地方について書いています。  

B/――句会をします〈10月20日(日)〉
東京から俳人たちが神戸で2日ほどすごし、吟行をすることをキッカケに、堺谷眞人氏が、カルメンで句会を企画してくれました。

久しぶりのカルメン句会です。8月は私・大橋が句会を企画しながらもできませんでした。楽しみにしています。
☆日時/10月20日(日)午後1時~4時
☆場所/スペイン料理カルメン 078-331-2228
☆句会内容/出席者はカルメンでランチを食べた後、句会に突入。各自その場で7句出稿(句数が多いので、面白くなりそうです)。

C/――第22回吟遊同人総会・懇親会(10月20日〈日〉)
私が同人となっている俳誌「吟遊」の総会・懇親会のお知らせです。

「前略 吟遊同人、会友の皆様、お元気でお過ごしのことと思います。多くの吟遊同人・会友が主力の実行委員となって開催した「第10回世界俳句協会大会」も大成功のうちに幕を閉じました。そこで、延期になっていた第22回同人総会・懇親会を下記のとおり開きますので、是非ご出席ください。参加申込み締め切りは10月17日(木)。本紙下端にご記入のうえ、メール、ファックス、または郵便にて、吟遊社あてお送りください。よろしくお願いします。    
吟遊社 夏石番矢 鎌倉佐弓」
                    記
●第22回吟遊同人総会
開催日時 2019年10月20日(日曜日) 午後2時00分~8時00分(受付1時30分~)
会費   同人総会 1000円
     懇親会  4000円
会場   新宿・城北パイラスクラブ(別紙案内図参照)
     東京都 新宿区 新宿3丁目10-9 -4F    電話 080-5171-0331(鎌倉佐弓の携帯)
同人総会 自己紹介、吟遊社からの報告(午後2時00分~2時30分)
「吟遊」第82、83号を中心に合評(午後2時30分~4時30分)
俳句翻訳と海外の俳句について合評(午後4時30分~5時00分)
表彰式(午後5時00~5時30分)
吟遊・夏石番矢賞2019 川口信行
懇親会  同じ会場  午後6時00分~8時00分
乾 佐伎第一句集『未来一滴』、古田嘉彦日英句集『Selected Haiku』について合評など。

D/――俳句&評論誌「奔」4号についてです
☆次回の原稿は11月10日締め切り。
☆特集は「日韓問題」と「加藤典洋論」となります。文字数は4000字まで。

E/――元 正章牧師のこと
島根県益田市で牧師をしている元(はじめ)正章氏についての情報です。元氏の両親はともに奄美群島出身です。
「益田っこ」通信の最新号が到着しましたら、追加で掲載します。
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第146回「Mélange」例会のお知らせなど

2019年09月22日 12時41分02秒 | めらんじゅ
2019年9月の神戸からのメールニュースです。

今月は「Mélange」、「カフエ・エクリ」とも月例会は月末です。

神戸から、詩と俳句を中心とした文学イベントのお知らせです。

----INDEX----------------------------------------------------------------------------------------------------------
◆1.--第146回「Mélange」例会〈9月29日(日)〉読書会と合評会 
◆2.--カフェ・エクリの活動〈9月30日(月)〉+「カフェ・エクリ」の一泊旅行〈11月18日〜19日〉
◆3.--オルタネイティブ・フォークフェスタ〈仮称〉(11月4日〈日〉)
◆4.--文学短報=A/――南海日日新聞の連載コラム「つむぎ随想」 B――第22回吟遊同人総会・懇親会(10月20日〈日〉)C/――俳誌「奔」4号について D/――元正章牧師の「益田っこ通信」から転載
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◆1.--第146回「Mélange」例会〈9月29日(日)〉読書会と合評会
146回目の「Mélange」例会は第一部「読書会」(pm1:00~3:00)。第二部「合評会」(pm3:15~6:00)の構成です。7月の例会「読書会」は、野口裕さんが担当します。テーマは、「西東三鬼全句集拾い読み」。以下に野口さんから送られてきた案内文を掲載しておきます。ちなみに西東三鬼の全句集については、角川文庫から2018年に刊行されているので入手しやすくなっています。

――――――――――「西東三鬼全句集拾い読み」にむけて-----------              
        
         野口 裕

 以前、漱石の「野分」を読んだときに、結末の部分が「文七元結」を彷彿とさせるところがあり、少しびっくりしたことがあった。よく考えると、寄席を愛好し圓朝に倣って言文一致体を完成させた漱石であれば、かくもあらんと言うところだが、気づくまでは些細なことでも分からないもので、気づくと嬉しい気もする。
 翻って、三鬼である。倫敦からの洋行帰りの寄席愛好家に対して、シンガポール帰りのコスモポリタンにして映画狂(ここの描写、イメージで語っているだけで事実は知らない)。多分周囲からは白秋の「邪宗門」から抜け出たような人物に受け取られていたのではないか。漱石の寄席通いが言文一致体の小説の完成に寄与したとすれば、三鬼はニュース映画から俳句の素材としてはあり得なかった戦争を主題とした句を編み出した。当時としては破格の俳句。それが年を経ての三鬼の変貌と、死後の歴史の中でどのような評に至るか。 多分酒席の話だろうが、吉岡実、加藤郁也、澁澤龍彦の間に、三鬼の句
  水枕ガバリと寒い海がある
を巡って、論を戦わせることがあったらしい。澁澤は、「ガバリ」というオノマトペが陳腐だと否定した。他方、吉岡と加藤は句を擁護する側に回る。論の決着はつかなかったようだが、後に朝日文庫「高濱虚子集」の序文を澁澤が書いたことにも、論争の影響を見ることが出来るだろう。少し引用すると、
  「日ごろ俳句の世界に親しんでいない私のような読者が、新興俳句といわず 前衛俳句といわず、現代の多くの俳句に接してしばしば感じるところの難解さや 曖昧さは、虚子に関するかぎり、およそ一カ所もないのだ。」 
となる。三鬼は第一句集「旗」の自叙にある通り、
  或る人たちは、「新興俳句」の存在を悦ばないのだが、私はそれの初期以来、いつも忠実な下僕である。
であるから、この点では二人は相容れない。もっとも、論争は三鬼の死後遙かのことであるから、三鬼の知ったことではないのだが。肯定否定いずれにせよ、三鬼については多くの人が言を連ねている現状で、他人の言を知らないまま語るのは無謀な話ではあるが、長年俳句に接するうちに数多の三鬼の句を記憶してきた。そうした記憶をたどる形で何かしゃべることも意味があるかと思う。普通なら、野口裕選の三鬼の句を以下に記するところだが、彼に限っては、句の良否を除いて、野口裕の記憶に引っかかっている句を記した方が良さそうだ。なお、括弧内の数字は全句集のページを表す。

聖燭祭工人ヨセフ我が愛す(7)
水枕ガバリと寒い海がある(10)
前書 びつことなりぬ春ゆふべあまたのびつこ跳ねゆけり(11)
右の眼に大河左の眼に騎兵(12)
白馬を少女瀆れて下りにけむ(12)
手品師の指いきいきと地下の街(12)
算術の少年しのび泣けり夏(15)
緑蔭に三人の老婆わらへりき(16)
葡萄あまししづかに友の死をいかる(16)
大辻司郎象の芸当みて笑ふ(17)
冬天を降り来て鉄の椅子にあり(19)
昇降機しづけに雷の夜を昇る(24)
湖畔亭にヘヤピンこぼれ雷匂ふ(28)
機関銃熱キ蛇腹ヲ震ハスル(29)
逆襲ノ女兵士ヲ狙ヒ撃テ!(33)
中年や独語おどろく冬の坂(85)
おそるべき君等の乳房夏来る(86)
中年や遠くみのれる夜の桃(87)
穀象の群を天より見るごとく(87)
枯蓮のうごく時きてみなうごく(91)
露人ワシコフ叫びて石榴打ち落す(91)
まくなぎの阿鼻叫喚を吹きさらふ(95)
まくなぎの阿鼻叫喚をふりかぶる(385)
赤き火事哄笑せしが今日黒し(96)
大寒や転びて諸手つく悲しさ(97)
限りなく降る雪何をもたらすや(97)
頭悪き日やげんげ田に牛暴れ(129)
炎天の犬捕り低く唄ひ出す(142)
暗く暑く大群衆と花火待つ(163)
秋の暮大魚の骨を海が引く(259)
春を病み松の根つ子も見あきたり(283)
広島や卵食ふ時口ひらく(337)
――――――――――――――――――――――――★
△第2部の詩の合評会は、午後3時すぎからスタートします。6時すぎに終わることを目指していきます。△第三部は、懇親会です(これがまた愉しい詩人たちのひとときです。最近は例会ならびに懇親会に詩を愛好する方の参加があり、参加者の幅が広くなりました)。
△第二部(pm3:00~6:00)は、詩の合評会です。今回も意欲的な作品をお寄せください。作品の締め切りは9月26日(木)です。 みなさんの意欲的な詩稿をお待ちしています。 合評会への詩稿は、(maroad66454@gmail.com)に送ってください。事前に一斉送信いたします。合評会に参加する前に読んでおいてください。また送っていただいた作品は「月刊めらんじゅ146号」に掲載。合評会当日にみなさんに配布(無料)します。 
この会を運営しているのは、神戸を拠点とする詩のグループ「Mélange」。代表と事務局は私・大橋愛由等。詩の会(二部構成)をほぼ毎月開催しています)。
■会場:スペインレストラン「カルメン」電話:078-331-2228(阪急三宮駅西口から北へ徒歩一分)創業1956年の神戸でも有数の老舗レストランです。毎週土曜日にフラメンコライブをしています。

★「月刊めらんじゅ145号」をネット上にアップしました。https://docs.google.com/viewer?a=v&pid=sites&srcid=ZGVmYXVsdGRvbWFpbnxtYXJvYWQ2NjQ1NHxneDozMGQ5MTk1YTdjYzlmNGZh

★「月刊めらんじゅ144号」をネット上にアップしました。https://docs.google.com/viewer?a=v&pid=sites&srcid=ZGVmYXVsdGRvbWFpbnxtYXJvYWQ2NjQ1NHxneDo3OTFmZTZhODk4NzQ5MDM1

★「月刊めらんじゅ143号」をネット上にアップしました。https://docs.google.com/viewer?a=v&pid=sites&srcid=ZGVmYXVsdGRvbWFpbnxtYXJvYWQ2NjQ1NHxneDo2ZjIyNGYyNjc0MTY4Yzc5

――――――――――◇
「Mélange」月例会、2019年の日程です。(敬称略・開催場所はすべて神戸三宮のスペイン料理カルメン・開催時間は毎回午後1時)
予定ですので変更する場合があります。その際には、この月報(「Mélange」メールニュース)あるいは、ブログ「神戸まろうど通信」をご覧になって確認してください。 
*2019年における読書会の内容です(敬称略)。
☆10月27日(日)147th講演者/神尾和寿(詩人とは誰のことかーハイデガー「四方界」(Geviert)再考ー)
☆11月24日(日)148th講演者/木澤豊(宮沢賢治を語るシリーズ〈テーマは『シグナルとシグナレス』(童話集『銀河鉄道の夜』から)『銀河鉄道の夜』とも通底していますし、汽車は賢治と世界をつなぐ大事なモチーフです。)(会場はすべてスペイン料理カルメン。8月と12月は休会します)
◇12月=休会
〈来年2020年前半の「Mélange」例会の日程ならびに読書会の日程は現在作成中です。決定次第お知らせいたします〉

◆2.―カフェ・エクリの活動〈09月30日(月)〉
高谷和幸氏主宰の詩の会「カフェ・エクリ」についてです。この会は、(兵庫県)播磨地域で表現活動することを全面に押し出した詩を中心とした文学集団です。月に一回の詩の会(「Mélange」例会と同じく読書会パーツと詩・川柳の合評会パーツの2部制)を中心に、シンポジウム開催や、年に一回程度の一泊の宿泊をともなう小紀行を実施しています。

△10月例会は9月30日(月)になります(10月には例会がなく11月にとびます)。スタートは午後2時から。会場はたつの市「ガレリア」(姫新線「本竜野駅」下車徒歩12分」)で午後2時から。第一部読書会の講師は美術家・原田哲郎氏。現代美術評論がテーマです。

☆第一部を読書会。☆第二部は詩と川柳の合評会(詩稿をそれぞれ12-13部程度印刷して会場に持参してください)。☆第三部は午後5時すぎから、姫路駅前に場所を移動して懇親会を開催します。

――――9月例会「読書会」の報告――――――――――――――――
★すでに終わりましたが、9月例会は9月2日(月)姫路市内で行われました。テーマは「自治会 地域再生の第一歩」。講師は高谷久美子さんと吉田ふみゑさん。語られた内容のひとつとして、ゴミ出しがあります。地域のどこの場所にゴミを出すのか、鴉・猫対策はどうしているのか、分別は守られているかなど、地域ごとの差異がはっきり現れます。赤穂の市域部では5軒単位の隣保組織が今も機能しているなど戦前からつづく地域社会の結び付きの濃さが伺いしれたのです。自治会は国家組織の下請けとなっているとの指摘もありました。

―――――――――――エクリ今後の日程〈講師名とテーマ〉―――★
☆11月11日(月)姫路/千田草介〈テーマ未定〉
☆12月02日(月)姫路/難波正司氏〈テーマ「播磨の俳句史」〉「エクリの播磨を読むシリーズ①」
☆2020年01月→休会
☆02月17日(月)姫路/中村雅子〈テーマ未定〉
☆03月09日(月)赤穂/大橋愛由等(テーマ「フーコーを読み直す」)

▲「カフェ・エクリ」一年に一回の一泊旅行の日程が決まりました。
☆「エクリ・詩人たちによる秋の瀬戸内紀行」
☆日時/11月18日(月)〜19日(火)
☆行き先/岡山県南部の民宿に宿泊
☆旅の内容/まだ決まっていません(残念ながら、「瀬戸内国際美術祭 秋の部」は終わっていますが、秋の瀬戸路の旅を楽しもうと思っています)
☆出発地/JR姫路駅南口で集合して、そこからレンタカーで出発する予定です。
☆内容と費用/これから決めます。
☆問い合わせ先/高谷和幸 まで
ふるっての参加をお待ちしています。

◆3.―オルタネイティブ・フォークフェスタ〈仮称〉(11月4日〈月・祝〉)
初めての試みです。詩人でフォーク歌手の大西隆志氏の第1回プロデュースライブです。会場はスペイン料理カルメンです。カルメンにとっても異色のライブとなります。今回のライブはまさに「民の音楽フェスタ」を目指しています。フォークの世界で昔から活躍している中川五郎さんも出演されます(ビックゲストです)。もちろんプロデューサーである大西さんも歌います。
詳細は後日お知らせします。
☆名称/オルタネイティブ・フォークフェスタ〈仮称〉
☆場所/スペイン料理カルメン(神戸市中央区北長狭通1-7-1)
☆日時/2019年11月4日〈月・祝〉午後2時~5時
☆料金/いまつめています(チャージ、ワンドリンク、ワンフード込み)
☆出演者/中川五郎ほか5-6バンド

◆4.―文学短報
A/――南海日日新聞(奄美で発行されている日刊紙)の連載コラム「つむぎ随想」に、私・大橋愛由等が原稿を書いています。来年まで毎月一回執筆します。8月は、奄美が日本国に施政権返還すると発表された1953年の「ダレス声明の夏」を書きました。
  
B/――第22回吟遊同人総会・懇親会(10月20日〈日〉)
私が同人となっている俳誌「吟遊」の総会・懇親会のお知らせです。

「前略 吟遊同人、会友の皆様、お元気でお過ごしのことと思います。多くの吟遊同人・会友が主力の実行委員となって開催した「第10回世界俳句協会大会」も大成功のうちに幕を閉じました。そこで、延期になっていた第22回同人総会・懇親会を下記のとおり開きますので、是非ご出席ください。参加申込み締め切りは10月17日(木)。本紙下端にご記入のうえ、メール、ファックス、または郵便にて、吟遊社あてお送りください。よろしくお願いします。    
吟遊社 夏石番矢 鎌倉佐弓」
                    記
●第22回吟遊同人総会
開催日時 2019年10月20日(日曜日) 午後2時00分~8時00分(受付1時30分~)
会費   同人総会 1000円
     懇親会  4000円
会場   新宿・城北パイラスクラブ(別紙案内図参照)
     東京都 新宿区 新宿3丁目10-9 -4F    電話 080-5171-0331(鎌倉佐弓の携帯)
同人総会 自己紹介、吟遊社からの報告(午後2時00分~2時30分)
「吟遊」第82、83号を中心に合評(午後2時30分~4時30分)
俳句翻訳と海外の俳句について合評(午後4時30分~5時00分)
表彰式(午後5時00~5時30分)
吟遊・夏石番矢賞2019 川口信行
懇親会  同じ会場  午後6時00分~8時00分
乾 佐伎第一句集『未来一滴』、古田嘉彦日英句集『Selected Haiku』について合評など。

C/――俳誌「奔」4号についてです
☆次回の原稿は11月10日締め切り。
☆特集は「日韓問題」と「加藤典洋論」となります。文字数は4000字まで。

D/――元 正章牧師のこと島根県益田市で牧師をしている元(はじめ)正章氏についての情報です。元氏の両親はともに奄美群島出身です。

-------------元 正章牧師からのメール転送----------------
☆今回は、「益田っこ」(29号)を全文転載します。(ちなみに元牧師が赴任している日本基督教団の益田教会はヴォーリス設計の建築として著名です)

★「ほんがほんが しとるが~」(32号)                    
この夏休暇で帰省の折、書棚で埃に被っていた『民衆の知恵を訪ねて』(宮本常一 未来社1963年)を、車中で読む。自然の原風景に触れることは、同時に民衆の原点とも接することになる。地べたで生き続けている人々から学ぶこと。そこに立脚点を置いたとき、都会生活では薄れ消えてしまった“農村的”という風土と良風な気質が昔も今も変わることなく残っている「田舎まち」のこの益田が、もともと「神戸っこ」の私自身の魂のふるさとに思えるから不思議である。
「幼い日からこうしてきたえられ、与えられた仕事を自分のこととして忠実に守って育っていくものに見る素朴で明るい前向きの力づよさ」「村落共同体は生活を守ることを第一の目的としたもので、生産共同を目的としたものではない」「百姓精神の神髄とは、お先走りでもない、が頑固でもない、いつも自分のいるべき地位を見定めて、人の邪魔をしない」「みな律儀な人ばかり」(同著)。こうした気質は良き面で今も伝えられていて、「益田は仏さんのような人ばかりですよ」と言えないこともない。でも現実はその半面もあるのであって、そこらの微妙な“間合い”を、「ほんがほんが」(出雲弁without thinking anythingのらりくらり、ぼっとしている)で、やっていくのが、周りとの軋轢もなく、長続きするこつであろう。「いまのままで ええんかね」と呟き嘆きつつ、それでも、この街はどこか憎めず、かわいい感じがする。「遍一切処」(一切の場所に遍く有る)。しかし、ここは「理」が一切処に遍在するには程遠い。「ほんがほんが」。

〒698-0021 益田市幸町4-54  日本基督教団益田教会牧師  元 正章
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第22回ロルカ詩祭について

2019年08月03日 13時46分17秒 | 文学
今年も、ロルカ詩祭の季節がやってまいりました。

〈ロルカ詩祭について〉
この詩祭は、スペインの国民的詩人であるフェデリコ・ガルシア・ロルカ(1998-1936)の生誕百年を記念して、1998年神戸で始めた詩の朗読会です。ロルカはスペイン国民からいまも広く愛されている詩人・劇作家です。1936年にスペイン内戦が始まった直後に、故郷のアンダルシア・グラナダに帰郷していたロルカは、反乱軍によって捕らえられ処刑されてしまうのです(8月19日)。フランコひきいる反乱軍の兵隊たちにとってロルカは敵である共和派の人物とみなされたからです。今年はスペイン内戦が終結してちょうど80年となります。かの国では内戦が終わってからの「共和派狩り」が苛烈でした。多くの共和派市民がメキシコ、チリなどに亡命しています。

この詩祭は、鎮魂と追悼の文学的行事です。まずは、非業の死を遂げた詩人・ロルカに対して同じ詩を書く者として深く哀悼の意をあらわす会であるのです。さらにこの詩祭をいとなむ場所が神戸であることから阪神・淡路大震災で犠牲になった人々に対する鎮魂の儀式でもあります。引き続いて起こった東北大震災などの犠牲者に対しての鎮魂をも含みます。そして詩祭を重ねていった22年の間に永遠の旅立ちをした詩友たちに対しても、思いをはせて詩を詠う朗読会なのです(特に今年はロルカ詩祭に永年朗読者として参加していただたスペイン語文学者である鼓直氏が今年4月に逝去されたことへの追悼の会でもあります)。

今回は詩祭初参加の方が何人かいらっしゃいます。詩の世界ばかりでなく、川柳(情野千里)、俳句(中永公子)といったジャンルからも参加され、多彩に詩の朗読会となるでしょう。

8月17日(土)に第22回ロルカ詩祭を開催します。
この詩祭は、二部構成。第一部のロルカ詩の朗読では、スペイン語文学者で今年4月に逝去された鼓直氏への追悼会も兼ねています。鼓氏はロルカ詩祭に何回か参加され、いつも翻訳したてのロルカ作品を朗読されていました。フライヤーを添付しますが、詩祭の概要を書いておきます。

★名称/第22回ロルカ詩祭
★日時/2019年8月17日(土)
★場所/スペイン料理カルメン(神戸・三宮)
★開場/午後5時
★第一部/午後5時30分~6時15分(ロルカ詩の朗読)
 (1)鼓直氏がロルカ詩祭にて翻訳されたロルカ詩を四人の女性詩人たちによって朗読します。
 (2)スペイン文学翻訳者・鼓直氏へ詩人たちによる追悼詩の朗読。
 (3)今野和代「NO HAY CAMINO」。

★第二部/午後6時30分~8時45分(詩人たちによるロルカ的世界に身を委ねた自作詩の朗読)
この第二部は、前半(11人)と後半(10人)が出演します。
朗読予定者(五十音順)
(1)安西佐有理(2)大西隆志(3)大橋愛由等(4)岡本清周(5)金里博(6)黒田ナオ(7)今野和代(8)情野千里(9)千田草介(10)高木敏克(11)高谷和幸(12)田村周平(13)中嶋康雄(14)中永公子(15)西海ゆう子(16)にしもとめぐみ(17)秦ひろこ(18)福田知子(19)法橋太郎
★会場/スペイン料理カルメン 神戸市中央区北長狭通1-7-1 カルメンビル2F
★料金/コースA(タパス+ドリンク+チャージ代金・計2000円)
    コースB(ガスパッチョ+サラダ+メインディッシュ+パエリア+デザート+コーヒー+チャージ代金・計3600円)
★伴奏=田中ケイコ〈ジャズピアニスト〉
★予約・問合せ=スペイン料理カルメン 電話078-331-2228

「Mélange」例会のお知らせなど

2019年06月06日 09時15分23秒 | 「月刊めらんじゅ」バックナ
2019年6月の神戸からのメールニュースです。


わたしは6月生まれなので、梅雨の時期が苦になりません。紫陽花の色変化(いろへんげ)を見るのが楽しみです。
「令和時代」が始まったのですが、あいかわらず西暦で暮らしています(西暦も言ってみれば私暦なのですが)


神戸から、詩と俳句を中心とした文学イベントのお知らせです。

飼い猫XIONが家の中の夏の定位置にそろそろ移動しはじめる時期です。



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◆1.--第144回「Mélange」例会〈6月30日(日)〉読書会と合評会 

◆2.--カフェ・エクリの活動〈6月10日(月)〉

◆3.--今年のロルカ詩祭について(8月17日〈土〉)←追加情報あり

◆4.--文学短報=A/――南海日日新聞の連載コラム「つむぎ随想」 B――俳句情報〈俳句と評論誌「奔」〉C/――句会をします(8月25日〈日〉)D/――元正章牧師の「益田っこ通信」から引用 

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◆1.--第144回「Mélange」例会〈6月30日(日)〉読書会と合評会



144回目の「Mélange」例会は第一部「読書会」(pm1:00~3:00)。第二部「合評会」(pm3:15~6:00)の構成です。

4月の例会「読書会」は、哲学者の清眞人(きよし・まひと)さんが担当します。テーマは、エーリック・フロムについて。清氏は『フロムと神秘主義』(藤原書店 2018)を上梓されておられます。清氏にはフロムと神秘主義について語ってもらいます。)エーリック・フロムといえば、『自由からの逃走』がわれわれの世代の必読書のひとつだったように覚えています。21世紀の今に清さんがどのようにフロムを語るのか興味津々です。以下に清さんから送られてきたレジュメを掲載しておきます。


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 フロムについてのおしゃべりの要旨/清眞人

Ⅰ はじめに

フロムからの触発する言葉(実存的精神分析の視点) 昨今の諸事件を思い浮かべながら

「真実を言えば、すべての人間の情熱は、<良き>ものも<悪しき>ものもともに、ある人間が彼の人生の意味を悟り、平凡なただ生命を維持するだけの生活を超越しようとする試みとしてのみ理解しうるのである。彼が生命を増進する情熱を動員して、今までよりもすぐれた活力と統合の感覚を体験することによって、人生の意味を知る新しい方向に<改宗する>ことができる場合にのみ、変化が可能である。この変化が起こらなければ、彼を飼い馴らすことはできても、彼をいやすことはできない。しかし生命を増進する情熱は、破壊性や残酷性より大きな力、喜び、統合、活力の感覚へ導くものではあるが、後者もまた前者と同様に人間存在の問題に対する解答である。最もサディスティックで破壊的な者でさえ人間である。聖者と同じように人間である。彼は人間として生まれたことの挑戦に対するよりよい解答を達成しえなかったところの、ひずんだ病める人間と呼ぶことができるが、同時にまた、救済をもとめてまちがった道を採った人間と呼びうる、ということも真実なのである」(傍点、清=編集部注・メールでは傍点の箇所が表示されません)。


Ⅱ 現代文明・現代人の病を読み解くフロムの視点ーーマルクス+神秘主義

■ 現代文明・現代人の病の核心ーー関係性の病という視点

 自然・他人・自己自身に対する豊で自由闊達な生命感溢れる応答責任能力が萎縮し衰弱し、代わりにその三者を「私有財産」として所有しないでは気が済まない、私的所有欲望の貪欲化が起き、その結果、諸事物や諸個人それぞれのユニークな独自価値に対する感受性が磨り減り、「市場的価値」に振り回されるだけの競争関係が異常発達し、一方では皮相な集団同調主義が、他方ではナルシスティックな怨恨感情が人々の生活意識の深層を蝕みつつある。

■ 生産的人格のヴィジョンと「生産的愛」の視点

「人を生産的に愛するということは、その人の生に対する責任を感ずるということである。…〔略〕…愛する人の成長に対する、労働と注意と責任とを意味する」。

「注意と責任とは愛の構成要素であるが、愛する人に対する尊敬と、愛する人についての知識とがなかったならば、愛は支配と所有へ転落する。尊敬はおびえやおそれと同じではない。それは語源が示すように(respierre=注視する)、人をあるがままに見、人の個性と独自性とを知る能力である。人を尊敬することはその人を知らなければできない。注意と責任とは、もし人の個性についての知識にリードされないとしたら盲目であろう」。

「関心という言葉はそのもともとの意味、つまり、そのもとになったラテン語がもっていた意味をかなりの程度失ってしまった。もとのラテン語、つまり、inter-esse(《間に存在する》という意味――清)が意味したのは、自分自身の自我を超越することができるということである。財産、知識、家族、自分の女(あるいは男)、等々に対するあらゆる自尊心や誇りがまといついた自分のエゴの狭い限界をのりこえることができるということである。《関心》が意味するのは、そうした一切のものを忘れて、手を、私に向き合っている、ないしは私の目の前のものへと、それが、一人の子供であれ、一輪の花であれ、一冊の本、一つの理念、あるいは一人の人間であれ、まっすぐに差し伸べるということである」。



初期マルクスの疎外論(自然的宇宙と人類的広がりをもつ他者との豊かな応答を実現する生の喜びを私的所有欲望の充足に置き換えてしまう資本主義がもたらす「生の疎外」の克服というテーマ)の再生と、それを図るうえで神秘主義的文化伝統の再評価が、フロムの大きな功績
《無神論的「宗教性」》という視点の魅力 ――「はじめに」で紹介した言葉にもかかわるし、人類の破滅という21世紀の時代感情にもかかわる
Ⅲ フロムから引きだせる「20世紀マルクス主義の挫折と21世紀社会主義の行方と可能性」というテーマ

 ●20世紀マルクス主義はマルクスの中の疎外論的テーマを投げ捨て、生産手段の「社会的所有」を生産手段の「国家的所有」に歪曲し、「平等」を前口上に実質的に資本主義の「所有と消費」の生命観に追随し、結局、「社会主義」という仮面をつけた、しかも独裁主義的「国家資本主義」を生みだしただけであった。またフロムによれば、マルクスは、人間という存在がもつ心理学的特性、すなわち人間とは容易に非合理的な「情熱・激情・渇望」に取り憑かれるという問題性を抱えているという点の洞察において著しく欠ける点があった。彼は、「人間に自由を恐れさせ、権力欲と破壊欲を生みだすような人間の内部にある非合理的な力」を認識せず、「それどころか、人間は生来善であるという黙示文学的な仮定が、人間にかんする彼の概念の基礎をなす」ことで、次の点への警戒的認識を致命的に欠くことになった。すなわち、革命が引き起こす旧社会から新社会への移行期とは実はいつ何時人間に潜勢する破壊的衝動が爆発点に引き上げられるかもしれない危機の時期でもあることについての認識を。


〈1〉=『破壊』上、作田啓一、佐野哲郎訳、紀伊国屋書店、一九七五年、一四頁。

〈2〉=同前、一二六~一二七頁

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△第2部の詩の合評会は、午後3時すぎからスタートします。6時すぎに終わることを目指していきます。△第三部は、懇親会です(これがまた愉しい詩人たちのひとときです。最近は例会ならびに懇親会に詩を愛好する方の参加があり、参加者の幅が広くなりました)。

△第2部(pm3:00~6:00)は、詩の合評会です。
今回も意欲的な作品をお寄せください。
作品の締め切りは6月27日(木)です。 みなさんの意欲的な詩稿をお待ちしています。 
送っていただいた作品は「月刊めらんじゅ143号」に掲載。合評会当日にみなさんに配布(無料)します。 


この会を運営しているのは、神戸を拠点とする詩のグループ「Mélange」。代表と事務局は私・大橋愛由等。詩の会(二部構成)をほぼ毎月開催しています)。


■会場:スペインレストラン「カルメン」電話:078-331-2228(阪急三宮駅西口から北へ徒歩一分)創業1956年の神戸でも有数の老舗レストランです。毎週土曜日にフラメンコライブをしています。


――――――――――◇
「Mélange」月例会、2019年の日程です。
(敬称略・開催場所はすべて神戸三宮のスペイン料理カルメン・開催時間は毎回午後1時)


予定を変更する場合があります。その際には、この月報(「Mélange」メールニュース)あるいは、ブログ「神戸まろうど通信」をご覧になって確認してください。(5月の「Mélange」例会の第一部読書会は二部構成としました。前半は大西隆志氏「プロレタリア詩を読む」大橋愛由等「中野重治詩集を古い岩波文庫で読む」でした。いずれこのプロレタリア詩・中野重治の詩世界については別メディアでも展開しようと思っています。そして読書会後半は、安西佐有理さんの〈翻訳〉についての意欲的な発表でした。) 


*2019年における読書会の内容です(敬称略)。
☆07月28日(日)145th/法橋太郎(石原吉郎の詩世界について)
◇8月17日(土)第22回ロルカ詩祭/第一部ロルカ詩の朗読 第二部自作詩の朗読 
◇8月25日(日)大橋愛由等・句誌「奔」合同句会(詳細は後日) 
☆09月29日(日)146th講演者/野口裕(「全句集を読むシリーズ01/西東三鬼」)
☆10月27日(日)147th講演者/神尾和寿(テーマ未定)
☆11月24日(日)148th講演者/木澤豊(宮沢賢治を語るシリーズ〈テーマは『シグナルとシグナレス』(童話集『銀河鉄道の夜』から)『銀河鉄道の夜』とも通底していますし、汽車は賢治と世界をつなぐ大事なモチーフです。)
(会場はすべてスペイン料理カルメン。8月と12月は休会します)
◇12月=休会


◆2.--カフェ・エクリの活動〈06月10日(月)〉

高谷和幸氏主宰の詩の会「カフェ・エクリ」についてです。
この会は、(兵庫県)播磨地域で表現活動することを全面に押し出した詩を中心とした文学集団です。
月に一回の詩の会(「Mélange」例会と同じく読書会パーツと詩・川柳の合評会パーツの2部制)を中心に、シンポジウム開催や、年に一回程度の一泊の宿泊をともなう小紀行を実施しています。


△6月の例会/開催は10日(月)午後2時から。会場は赤穂市の「加里屋まちづくり会館」(赤穂市加里屋2188-18)で午後2時から行います。はじめて利用する会場です。第一部の読書会は、浜田佳代子さんが担当。龍野の昔話についての続編です。



☆第一部を読書会。☆第二部は詩と川柳の合評会(詩稿をそれぞれ12-13部程度印刷して会場に持参してください)。
☆第三部は午後5時すぎから、会場を変えて懇親会を開催します。


――――主催者・高谷和幸氏からの案内文――――――――――――――――★
皆様
気温の変動と大気にイオンが充満していて不穏な日々が続いています。
ブラックホールを撮影した写真が公開されたり、超新星の異常なまでの密集した宇宙が発見されるなど、
天体の話はどこまで行くのか楽しみなところです。
さて、次回のエクリは6月10日(月曜日)赤穂の「加里屋まちづくり会館」であります。
場所が初めてのところなので、赤穂駅に1時40分に田村さんが待ってもらっているのでご一緒に行きましょう。
姫路駅、8番乗り場13:05発播州赤穂行きに乗りましょう。
講師は浜田多代子さんです。浜田さんは竜野の昔話からの続きですが、新たに昭和の死語になってしまった風景・ものを研究されています。今回はそのお話を聞かせてもらいます。
その後合評会があります。作品は12部コピーしてご持参ください。

――――――――――――――★


△現在、エクリでは年一回刊行の詩誌「Oct.」の編集作業の大詰めです。私は、詩稿、書評の2本の執筆を予定しています。


》》》》》》2019年度の「カフェ・エクリ」の開催日時と読書会発表者については、決まっているものを提示しておきます。開催時間は毎回午後2時。日付の後は開催都市名/発表予定者/発表内容〈仮題をふくむ〉)

☆07月22日(月)姫路/大橋愛由等/播磨と結縁した一遍を語る
☆08月→休会
☆09月09日(月)姫路/高谷和幸/自治会というものについて
☆10月21日(月)龍野/原田哲郎
☆11月11日(月)姫路/千田草介
☆12月02日(月)姫路/得平秀昌
☆01月→休会
☆02月17日(月)姫路/中村
☆03月09日(月)赤穂/未定


◆3.--今年のロルカ詩祭について(8月17日〈土〉)←追加情報あり

〈みなさん既に新聞報道などでご存知だと思いますが、4月2日(火)スペイン語文学者の鼓直氏が逝去されました。享年89歳でした。去年こそ体調不良で参加はかないませんでしてが、ここ数年「ロルカ詩祭」第一部ロルカ詩の朗読に、あらたに翻訳したてのロルカ作品をひっさげて参加していただいていました。その知性にあふれた姿を思い出すにつけ、われわれ詩人たちとロルカ的世界を共有できたことを誇りに思っています。今年の第22回ロルカ詩祭の第一部では、詩人たちによる鼓氏への追悼詩の朗読を予定しています。(多くの人に愛された鼓さんの追悼会が6月28日〈金〉にスペイン料理カルメンで行われます。会を主催するのは、鼓氏の教え子である神戸外大イスパニア学科一期生のOB・OGたちです。この一期生の中から、スペイン語文学の研究者や翻訳者が輩出されています)〉



第22回ロルカ詩祭の概要です。
△第一部ロルカ詩の朗読〈pm5:30~〉 第二部自作詩の朗読〈pm6:00~〉といった構成です(第二部は前半と後半に別れます)。
△今年の朗読伴奏者が決まりました。ジャズピアニストの田中ケイコさんです。自在に作品に沿って演奏してくれると思います。
△会場はスペイン料理カルメン。より多くの朗読参加者をお待ちしています。
△今年新たに参加していだく朗読者もいます。ご期待ください。

★タイトル/第22回ロルカ詩祭
☆日時/8月17日(土)午後5時開場
          第一部ロルカ詩の朗読
          第二部詩人たちによる自作詩の朗読
☆会場/スペイン料理カルメン 神戸市中央区北長狭通1-7-1 カルメンビル2F
☆料金/コースA(タパス+ドリンク+チャージ代金・計2000円)
    コースB(ガスパッチョ+サラダ+メインディッシュ+パエリア+デザート+コーヒー+チャージ代金・計3600円)
☆出演/詩人=調整中 伴奏=田中ケイコ〈piano〉
☆スペイン料理カルメン 電話078-331-2228



◆4.--文学短報
A/――南海日日新聞(奄美で発行されている日刊紙)の連載コラム「つむぎ随想」に、私・大橋愛由等が原稿を書いています。来年まで毎月一回執筆します。6月も奄美の詩人について書く予定です。  


B/――俳句情報「俳句&評論誌 奔」
「奔(ほん)」(俳人・望月至高代表)3号の編集が始まりました。わたし・大橋愛由等は同人となっています。「奔」は俳句と評論という珍しいコンセプトのメデイアです。第3号は今月が締め切りです。

△3号から判型をB5からA5版に変わります。 

      ◀3号原稿要領▶
1.俳句10句(俳歴プロフ添付のこと)    
2.俳句の作品批評 4000字以内       
    俳句評論 6000字以内       
3.一般評論   8000字以内                    
4.締切6月末、発行7月末


C/――句会をします〈8月25日(日)〉
8月25日(日)大橋愛由等・句誌「奔」合同句会
会場はスペイン料理カルメン。午後1時から。
自在な俳句作品を期待し、俳句を媒介にして、俳人、詩人、柳人、歌人たちの交流の場を目指します。
締切、出稿句数などは、後日お知らせします。
年に一回の主催句会です。楽しみにしています。


D/――元 正章牧師のこと
島根県益田市で牧師をしている元(はじめ)正章氏についての情報です。元氏の両親はともに奄美群島出身です。


-------------元 正章牧師からのメール転送----------------☆

今回は、「益田っこ」(29号)を全文転載します。(ちなみに元牧師が赴任している日本基督教団の益田教会はヴォーリス設計の建築として著名です)


★「益田っこ」(29号)「人生の楽園」  
               
このところ、FM放送「古楽の楽しみ」を聴きながら新聞を読み、BS放送「おしん」「なつぞら」を観ながら朝食するのを日課としています。いつもとほぼ変わらない生活をなんともなく過ごしている。それがささやかなりとも“幸せ”というものの原点なのでしょう。「青い鳥」ではないが、「人生の楽園」とは他の地に捜し求めるのではなくて、今ここに住んでいるところなのです。そのことを、まず当人が実感し、体験しないことには「胡蝶之夢」となるほかありません。

『「筑豊」に出合い、イエスと出会う』(犬養光博著 いのちのことば社)を読みました。犬養さんは、学生時代にあこがれた人の一人でした。それがほぼ半世紀後、牧師となって出合うなんて、なんとも不思議であり、自然でもあります。「ぼくは『筑豊』に就職したんだ。『筑豊』からぼくが離れたら、その非難は甘んじて受けよう」。「君はあんな本を出版して恥ずかしくないのか」。『筑豊』を『益田』、「就職」を「住む」、「あんな本」を「益田っこ」に当てはめればいいでしょう。そして「自分の枠組みしかなかった」「主語はだれか」という問いかけは、己が身に「何もわかっていなかったことを告白して詫びながら」これからも自問自答し続けることでしょう。連れ合いは、言う。「貧しい人、職人さん、自然」の三つを大切にしてください。職人とは、まじめにコツコツと働いている人のこと。(働くとは取引ではない)。

「今あることは既にあったこと、これからあることも既にあったこと。追いやられたものを、神は尋ね求められる」(旧約聖書 コヘレトの言葉3:15)。


〒698-0021 益田市幸町4-54  日本基督教団益田教会牧師  元 正章 

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2019年5月のツイッター

2019年05月31日 09時27分30秒 | ツイッター集蔵箱
2019*05*01/「令和」という時代の始まり。また新たな元号にふりまわされるのかと少々うんざり。西暦表示が板についているので、元号がいつまでも身につかない。ただ「昭和」時代を語る時、ある程度以上の年齢層の人には西暦で語るより「それは昭和51年のこと」などと語った方が遡及力があるのは確か。

2019*05*02/カルメンはこの10連休のうち9夜連続フラメンコライブの真っ最中。昨夜は福嶋隆児さんのグルーポが出演。カルメン二回目の舞台は大いに盛り上がった。隆児さんはギターラとして何度かカルメンで演奏していたが、自分のグルーポで出演してみないと声をかけそれが実現した。いい舞台だった。

2019*05*03/関西のフラメンコ世界は着実に新しい世代が育っている。ギターでいえば住田政男さんのようなベテランから、それにつづく中堅、さらに若い弾き手も控えている。ライブ、発表会などでは、ギターとカンテは多くのグルーポ、教室を縦断して演奏している。いわば関西フラメンコ村のようなもの。

2019*05*04/古いフラメンコの映像を見ているとジプシーたちは石畳の上で踊っている様子が記録されている。そんな時代は現在のようにバイラオーラ(女性ダンサー)さえも激しくサパデアードを響かせることはなかったろう。今や男女のバイレ関係なく大地を覚醒させるがごとく激しく打ち鳴らすのである。

2019*05*05/最近フラメンコライブの終わりに〈FIN DE FIESTA〉を踊るグルーポが増えてきました。名の通り「祭りの最後」。バイレが一人ずつ出てきてひと舞踊ります。全員がソロや群舞を踊りきったあとの楽しい時間です。まさにFIESTAの雰囲気そのもの。この時にバイレの実力や巧みさがわかるのです。

2019*05*06/昨夜で怒涛の「カルメン・ゴールデンウイーク9夜連続フラメンコライブ」は終了しました。関西でもこうして9日連続でフラメンコライブを展開したスペイン関係店は少ないかもしれません。毎日違うグルーポに出演してもらいました。関西にはまだ未知のフラメンコグルーポがあるのでしょうね。

2019*05*07/昨日(6日)兵庫県現代詩協会の年次総会が神戸市・私学会館で開催されました。新会長に時里二郎氏(写真)を選出。新しい執行部体制がスタート。私も引き続き常任理事として新体制を支える役目をはたしていきます。前会長のたかとう匡子さんは3期6年間いくつかの新事業を展開されました。
写真は https://twitter.com/gunshaku/status/1127096884487643139

2019*05*08/私の好きな牡丹、藤の見どころはゴールデンウィークあたり。その時期はいつも働いているので満開の時期はどうしても見逃してしまいます。連休あけは花たちとめぐり合わせはどうもよくありません。牡丹や、紫陽花、菊は視線を下げて鑑賞するのに対して、桜や藤などは見上げる花なんですね。

2019*05*09/国立京都博物館で開催中の「一遍聖絵と時宗の名宝展」を鑑賞してきました。一生の間に国宝の一遍聖絵の現物を見るのは今回だけかもとじっくりと見ていました。一遍が超一と超二らと共に故郷を離れる時はまだ色白だったのが遊行を重ねるごとに日焼けしているさまがリアルに描かれています。

2019*05*10/知らなかったのです。私の父・大橋彦左衛門がこよなく愛した「空也上人像」。その現物を私も京都・六波羅蜜寺で見たことがあるのですが、時宗の総本山遊行寺にも同型のものがあるんですね。「一遍展」に出展されていました。しかもフィギアでも売っているよう。父への供養に買おうかしら。

2019*05*11/一遍集団の遊行の果ては往生かもしれません。淡路島で病いが重くなりいよいよ生命の果てを意識しはじめた一遍。なんとか明石に到着。示寂の地を教信寺(加古川市)と定めていたのを明石にやってきた船は大輪田泊(神戸市)に向かう便だった。享年51歳。太く生き歩き続けた求道者であった。

2019*05*12/旅を続けた一遍。「一遍聖絵」は下駄や草履を履いている場面もあるがたいていは裸足である。冬の道中はさぞ寒かったろう。遊行の人たちは粗末な阿弥衣を着用。持ち歩く物も制限するなどストイックな集団だった。私語も殆どなかったろうと推察する研究者もいる。旅は自己否定の連続である。

2019*05*13/奄美専門チャンネル「南の風」の5月分を収録するためにFMわぃわぃのある長田区へ。「平成時代」の30年間を振り返るその3回目。番組終了後、新長田の鉄人広場で徳之島在住の俳人・亘余世夫さんと会いビールとワインで昼から宴。盛り上がる。すっかり出来上がりなんとかJRに乗り帰宅する。

2019*05*14/12日朝、南海日日新聞に連載しているコラム「つむぎ随想」の原稿をメール送稿する。今回は「平成」時代に逝った奄美の2人の詩人(藤井令一氏、進一男氏)について書く。ふたりとも奄美の深奥をみつめ詩の言語で表現したすぐれた詩人だった。その詩業はこれからも永く記憶されるであろう。

2019*05*15/大学で同じ学科で学んだY・Y君と何年ぶりかで連絡が取れました。三年前私の不在時に自宅へ電話をもらったのですが連絡しなおすことができず、私のブログに名指しで乞連絡と書いたのです。Y・Y君がたまたま自分の名前を検索したのが幸いしてメールをくれました。同じ編集の世界の住人です。

2019*05*16/天皇の代替わりについて雑誌ジャーナリズムはどのように反応したのかを注目するうち、「Journalism 19.4月号〈天皇論〉」(朝日新聞社)を読む。女性天皇を認めない今の天皇制を日本の女性差別の淵源とする牟田和恵。天皇の戦争責任、日本の植民地支配をあらためて問う尹健二に注目した。

2019*05*17/「Journalism 4月号」を読んでいて、研究者の論考と思えないほど論理の組み立て方が雑駁で共感を得られなかったのが大澤真幸の論考。まず指摘したいのは、この論考は沖縄(琉球)へのまなざしが決定的に欠落していること。反天皇制への分析も思い込みが先行し実証的な言説になっていない。

2019*05*18/南海日日新聞に連載している「つむぎ随想」の最新版をご覧になって下さい。奄美の二人の詩人(進一男氏、藤井令一氏)について書きました。この二人の詩人に関してはまだまだ作品を読み込んで評論をつくしたいと思っています。あと奄美の詩人で取り上げるのは徳之島伊仙町出身の作井満氏。
南海日日新聞のコラムは https://twitter.com/gunshaku/status/1129551262607790080

2019*05*19/奄美の詩を語る時、進一男氏が編集・発行人をつとめた詩誌「地点」の存在が無視できません(既に終刊)。奄美からいくつかの文芸誌が発行されている中で、「地点」は詩に限ってのメディアであり、合評会を催し、詩を語る場を設け、若い詩人たちを育てた功績は計り知れないものがあります。

2019*05*20/詩の会「カフェエクリ」が姫路市で開かれました。第一部のスピーカーは作家の荒木スミシさん(写真左)。脚本書きからはじまって映画製作、小説の執筆、自費出版から大手出版社による発行など表現者としての軌跡を語ってもらいました。とつとつと語るその様相から誠実さが伝わってきます。
荒木スミシさんの写真と会全体の様子は https://twitter.com/gunshaku/status/1130996570252464128


2019*05*21/昨日の荒木スミシさんが語りの中で衝撃的だったのは、スミシさんが執筆した小説「シンプルライフ・シンドローム」が1997年神戸で起きた児童連続殺傷事件との類似性が指摘され、マスコミや公権力から犯人との関与の度合いについて探られたとか。同事件と係わってきた者として興味深いこと。

2019*05*22/古い岩波文庫です。定価表示は「★」ひとつ。懐かしいな。1956年初版で73年の18刷本。中野重治自選『中野重治詩集』。セロハン紙に包まれ黄ばんでいます。書斎でパソコンに向かっている時ふと雪崩落ちてきたことをキッカケに読み始め読了しました。有名な「雨の降る品川驛」も入ってます。

2019*05*23/「あなたはあなたのからだの悲しい重量を知っていますか」(わかれ)「どうしておれにはこんな事がいつもいつも悲しいんだろうかな」(女西洋人)。プロレタリア詩人と言われる中野重治は室生犀星を師と仰ぐだけに詩の基層は壷井繁治が「中野詩集・解説」で指摘するように抒情詩人だろう。

2019*05*24/「ごらんなさい 母よ/あなたの息子が何をしようとしてるのかを/あなたの息子は人を殺そうとしている/見も知らぬ人をわけもなく突き殺そうとしている」(新聞にのつた冩眞)中野重治の戦争告発詩である。戦後の日本ならび日本人が浸ろうとした被害者気分そのものを激しく糾弾している。

2019*05*25/明日の「Mélange」例会における読書会のために準備しています。珍しく読書会を二部制にする予定です。前半の共同発表者のひとりとして〈中野重治詩集』を読む〉をテーマに一枚もののレジュメを作成中です。もうひとりの共同発表者は大西隆志さん。プロレタリア詩人について語る予定です。

2019*05*26/第143回目の「Mélange」例会が開かれました。第一部読書会は二部制。前半はプロレタリア詩について。大橋愛由等と大西隆志の二人が担当。後半は「翻訳」について安西佐有理(写真左端)が語りました。翻訳といっても多岐にわたるのですね。その多様さと課題を意欲的に語ってもらいました。
写真は、https://twitter.com/gunshaku/status/1134244021545578498

2019*05*27/ドキュメンタリー映画を見に行こうかとぼんやり考えていた今日ですが、のっぴきならない用事ができて2つの事務所へ緊張しながら出向きました。なかなかゆっくりできません。同世代の者達は再雇用でいまも現役で働いているはず。少し前の世代の人なら私の年齢で「隠居」した人もいたはず。

2017*05*28/2つの事務所まわりをしてなんとか解放され、三宮の高架下にある居酒屋へ向かい「ひとり反省会」。その店で働くベトナム人青年とすこしばかり会話。日本に来てから5年。最初の2年間は全く日本語がわからなかったそうです。その彼が「さいきんベトナム人が増えました」と驚いていました。

2017*05*29/休みが少ないなぁとぶつぶつ言いながらジュンク堂書店に寄った27日。今日は文庫・新書コーナーだけ見て帰ろうと思っていたところ、井筒俊彦の新刊『コスモスとアンチコスモス』(岩波文庫)の目次を見ると「事事無碍・理理無碍」が収録されていて、あわててレジに進んで購入したのです。

2019*05*30/井筒俊彦が書いた「事事無碍・理理無碍—存在解体のあと—」をさっそく読みはじめています。井筒は華厳哲学とプロティノス哲学をリンクさせた論旨を展開していて、このふたつの思想はまさに私が永年興味を抱いてきたテーマだけによくぞ書いてくれたと感激しつつも読みすすめているのです。

2019*05*31/華厳経と華厳哲学は異なります。井筒俊彦が取り上げた事事無碍法界・理理無碍法界の概念は、中国・朝鮮の華厳僧たちがつくりあげた哲学世界。日本の華厳哲学の受容は事事無碍法界、中国は理事無碍法界を重視したといわれ、井筒が取り上げる理理無碍法界は東洋哲学の高次な到達点なのです。