ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

高級車「センチュリー」も、安く購入することが可能である(私も買おうか)

2024-04-18 00:00:00 | Weblog

(私にとっては)ちょっと面白い記事がありました。昨年9月~10月の過去記事であることは乞うご容赦。


議長車のセンチュリー買い手募る 五所川原市が一般競争入札
杉田基2023年9月22日 10時45分

 青森県五所川原市は、市議会議長が使う公用車として使用していた「センチュリー」(トヨタ、2000年式)を公募型一般競争入札で売却すると決め、買い手を募集している。市は今後、議長車をリースに切り替える予定という。

 入札される車は、オートマチック車で、総排気量4990cc。走行距離は約17万7888キロメートル(7月24日時点)に達し、車検は切れている。入札は10月17日に実施し、49万5千円以上の最高額を提示した人に売却する。

 入札希望者は10月6日までに申込書の提出が必要で、希望者は同日まで実車を見ることもできる。問い合わせは市管財課管財係(0173・35・2111、内線2172)。(杉田基)

で、その結果がどうなったかというと・・・。

「宝くじが当たった感じ」 市議会議長の公用車「センチュリー」を一般競争入札で購入した男性は・・・ /青森・五所川原市


購入価格約1000万円の最高級セダン約50万円で落札 青森県・五所川原市の議長車センチュリー入札参加はただ1人

青森テレビ
2023年10月17日(火) 16:11

青森県五所川原市が市議会議長の公用車として使用してきた最高級セダン「センチュリー」の一般競争入札が17日行われました。購入価格約1000万円の高級車の落札価格は?

五所川原市が全国から買い手を募っていたのは23年前に五所川原市と合併前の旧市浦村が村長の公用車として購入した「センチュリー」です。市によりますと入札は17日10時半に始まり、事前に申し込んでいた人は複数にいましたが実際に参加したのはたった1人だけ。

「センチュリー」は市が示していた最低価格の49万5000円で落札されたということです。個人情報保護のため落札者は明らかにしていません。

市は管理・維持費のやり繰りが厳しいことから車検が切れたタイミングで買い手を募集していました。市の担当者は「落札された方に大切に乗っていただければと思います」と話しています。

上の記事では、落札者名が伏せられていますが、こちらによると、


五所川原市議会議長の公用車「センチュリー」 一般競争入札で売却
2023.10.17(火) 18:45

青森県五所川原市の市議会議長の公用車として使われていた、トヨタのセンチュリーです。市は、この車を一般競争入札で売却することを決め、17日に入札が行われました。センチュリーの行方はいかに…。

センチュリーの印象を街で聞いてみると…。

【女性】
「総理大臣が乗っていて、周りは護衛がいてという、そういうイメージです」

【男性】
「高級車じゃないでしょうか」
「選ばれた人しか買えない車っていう感じですね」

センチュリーは、1967年に初代がデビュー。現在のモデルは、およそ2000万円する高級車で、天皇陛下の御料車や、自治体の公用車としても使われています。

【大熊ちひろ記者】
「シートはとてもフカフカしていて、乗り心地は良いですし、足も十分に伸ばせるほどの広さがあります」

このセンチュリーは2000年式で、走行距離はおよそ17万8千キロ。テレビや座席のヒーターも付いています。

五所川原市は、市議会議長の公用車として使ってきましたが、ここ3年、毎年平均でおよそ20万円の維持費がかかっていました。

そこで、一般競争入札、最低価格はおよそ50万円で買い手を募集したのです。

そして17日、入札にやって来たのは…。

青森県六ケ所村在住の木村良雄さん、75歳。自動車整備士として15歳から東京で働き、今は不動産の賃貸経営などをしています。センチュリーに乗るのが昔からの憧れで、すでに1台所有しています。

最低価格の50万円について、青森市の中古車販売会社に話を伺うと…。

【MYカーセレクト 宮本和人店長】
「車屋(中古車販売店)で購入となると、100万円以上は間違いなくする車ですし、市の公用車っていうことで、メンテナンスとかもちゃんとしていると思うので、乗る方からすれば、良好な状態で安く手に入る良い車だと思いますよ」

競争相手がいなかったため、木村さんが最低価格でセンチュリーを手にしました。

【木村良雄さん】
(Q.どうですか、センチュリー入札終えて)「良いね。良いね」「良いでしょ。見るからに良いでしょ」

エンジン音を確かめたり、ボンネットを開けたりするなどして、愛らしく隅々まで確認していました。

【木村良雄さん】
(Q.今どう映っていますか)「私から見たら3000万円ぐらいの宝くじが当たったという感じ。宝物ですね」

やや長い記事で申し訳ないですが、センチュリーについての基本的なことなども書かれていますので、全文引用しました。木村さん、落札おめでとうございます。

まずは、Wikipedia「トヨタ・センチュリー」をご参照ください。

それで五所川原市のHPにこの件の公売のサイトが残っていましたので、乞うご確認。表 はスクリーンショットとします。


不用品売却のお知らせ(車両)
売却済み ※今年度の申込は終了しました。


売却方法
一般競争入札により売却します。

※予定価格以上の最高額で入札した方に、その金額で売却することを決定します。

物件の公開
期間 令和5年9月4日(月)から令和5年10月6日(金)まで (閉庁日を除く)

時間 午前9時から午後4時まで

場所 五所川原市役所 公用車駐車場

写真を。

上の写真の出典はこちら

上の写真の出典はこちら。五所川原市の公売のページにあるPDFです。

出典はこちら。2枚目の写真の、左上のものと同じ写真ですね。こちらの方がアップですね。

センチュリーに関しては、拙ブログでも数回記事にしています。

ついに私もゴールド免許を持てる

私がかつて乗った車も、ものすごい走行距離だったはず

上の記事で私は、


でもどっかからトヨタの「センチュリー」でもゆずってもらってのってみるのもいいかも。周辺から特異な目で見られそうです。


私は車を持っていませんが(免許は持っています)、たとえばセンチュリーのような車に乗ってもいいかなと考えています。もちろん中古車です。

と書いていますが、今日にいたるまで私は、「センチュリー」を購入はしていません、今回五所川原市が公売したセンチュリーは、2000年式というので、2代目 GZG5#型 (1997年 - 2017年)ですかね。初代は、初代 VG2#/3#/4#型 (1967年 - 1997年)で30年続き、2代目は20年、現在の3代目は3代目 セダン UWG60型 (2018年 - )です。今回公売されたセンチュリーは、走行距離178,888㎞だそうですので、年式2000年7月で、車検満了が23年7月となると、平均すれば1年あたり7,777kmくらいですかね。

というわけで、トヨタのHPを拝見しますと、いろいろなデータが書かれています。どっちみち新車を買う気はないので、私が興味があるのが中古車です。新車の価格は、トヨタのHPによれば、


価格20,080,000円(税込)

だそうです。そんな金ないし、あったって違うことに金を使います。もっとも私がこのブログでくりかえしとりあげている元予備校講師である佐藤忠志氏(故人)は、家を売った金で(自称)1億円の高級車を購入、激怒した奥さんが家出、まもなく近所に100円を借り歩くようになり、生活保護の受給をするようになってしまいました。その数か月後に自宅で孤独死(死体がすでに傷んでいる状態だったとのこと)する始末です。それはご当人の不徳のいたすところということであり、私としては同情はしませんが、極端な発達障害やおそらくは過度の飲酒などによる認知症の発症(これは私の勝手な意見ですが、少なくとも精神的に購入を我慢ができない状態だったと思います)は、氏の非常識な浪費癖をさらにひどくしたと考えられます。彼には、たぶん財布を強力に握ってくれる人が必要だったのでしょう。佐藤氏が、自分の収入を好きに使えるようにし続けたのは、最終的に文字通り致命的に彼の首を絞めました。

“年収2億カリスマ予備校講師・金ピカ先生…朝からビールの日々「生きる屍です」”

金ピカ先生・佐藤忠志さんは、なぜ絶望したか

話がやや極端な方向へ走りましたが、当方仮に車を買うとしたら、センチュリーを買えば、それが人生最初で最後の車の購入になるかと思います。5年~10年くらい乗れば、手放してしまえばいい。中古でどうかといいますと、この記事を書いている2024年3月9日午後8時50分~9時20分くらいの段階では、次のような状況です。

以上のような価格から考えるに、やはり五所川原市の公売価格はかなり安いですね。車検切れというのが大きな理由でもあるでしょう。こんな記事も過去に配信されています。
 

2021年1月14日注目記事
公用車センチュリー40万円
でネットオークション 長野

自治体の高額な公用車に批判の声が出る中、長野県は、公用車として使ってきた高級車「センチュリー」を、インターネット上のオークションサイトに40万円で出品しました。

出品されたのは、長野県が平成12年に1134万円で購入した高級車「センチュリー」で、市場価格を踏まえて最低落札価格は40万円に設定したということです。

自治体の公用車をめぐっては、兵庫県で採用された「センチュリー」のリース費用が高額になっているという批判が出ていて、長野県にも、使用する理由などを尋ねる問い合わせが寄せられていました。

県によりますと、ほかの公用車に比べても使用頻度が低く、購入から20年が経過していることなども踏まえて出品に踏み切ったということです。

オークションへの参加は来月3日まで受け付け、来月中旬に入札を行うということで、下見会も3回予定されています。

売り上げは、県の一般財源として新型コロナウイルスの対策費用などに充てるとしています。

県では、平成27年にも別の「センチュリー」を出品していて、最低落札価格18万円に対し、落札価格は44万4444円だったということです。

長野県財産活用課の中村嘉光課長は「県にもいろいろな意見が寄せられたが公用車として大切に使ってきたので、ぜひ高い値段で落札してほしい」と話しています。

それでこの時の落札価格は、こちらによると、
 
公用車『センチュリー』165万円で落札 最低落札価格の4倍 購入から20年で走行距離6万キロ 県「予想上回る金額でありがたい」

長野放送
2021年2月26日 金曜 午前11:07

長野県がインターネットオークションに出品していた公用車「センチュリー」が、最低落札価格の4倍にあたる165万円で落札されました。

県が出品していたのは、2000(平成12)年に1134万円で購入したトヨタ「センチュリー」です。知事公用車として導入されましたが、その年に当選した田中康夫知事(当時)は「高級すぎる」として乗らず、部局長の共用車として使われてきました。

ただ、部局長も車内が広く打ち合わせもできるミニバンタイプに乗ることが多く、走行距離は20年で6万キロ程度と使用頻度も低かったことから売却することになり、最低落札価格を40万円に設定してインターネットオークションに出品していました。

県によりますと、今月18日から25日までに25の個人や団体が入札に参加し、165万円で落札されたということです。落札者とは近く契約を結ぶ予定で、売り上げは、県の一般財源にあてられるということです。

長野県財産活用課では、「予想を上回る金額で落札していただきありがたい」としています。

というわけで、五所川原市よりはだいぶお高めですね。たぶん7万キロと18万キロ弱という走行距離の差もあるのでしょう。またこの公売では、25もの参加があり、単独参加の五所川原とはずいぶん違います。

というわけで、新車はさすがに手が出ませんが、中古ならお買い得の物件もあるはず。ここはねらい目かもです。

仮にセンチュリーを購入したら、乗る際はなるべく黒い服を着て、サングラスをかけて運転したいと思います。高速道路のサービスエリアなどでは、相当に嫌がられそうです。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

井上ひさしの予想に反し、日本人の米の消費量は、漸減の一途である(ただしそれは、日本人が米から精神的に離れていることを意味しない)

2024-04-17 00:00:00 | 書評ほか書籍関係

先日地元の図書館で、こちらの本を見つけました。

どうしてもコメの話

1993年11月の出版で、帯に「緊急出版」とあるのは、この年が冷害で非常に米の生産が悪く、その関係での出版という意味合いもあったのかと思われます。文庫オリジナルです。この前の年に、こちらも出版されています。

コメの話

本日は、続編の本の話で。著者(井上ひさし)は、次のように主張しています。なお下の数字は、1989年ごろの数字です。


日本人が1年に1人食べるコメの量は、約70キロである。

(中略)

日本人のコメ消費量は、ぐんと減っており、今後もさらに減り続けるだろう考える人もいる。しかし私は、これ以上減ることはないと思っている。なぜなら、日本人は箸を手放していないし、今後も当分は手放さないであろうと信じているからである。また、お客さまにご馳走を出そうとするとき、パン食にする家庭はまだごく少ない。箸をもっているかぎり、日本食をご馳走と考えているかぎり、いくら消費量が少なくなったとはいえ、日本人はコメに愛着をもち、コメから離れることはないはずである。(P.238~239)

以上漢数字は算用数字に変換しました。また振り仮名も省略、段落の一字下げはせず。

著者は、同趣旨のことをほかのところでも語っています。なお下の引用中「去年」とは、1992年のことではないかと考えられます。


日本人1人当たりの年間米消費量は年ごとに減ってきている

(中略)

がしかし、50年以上もつづいたこの傾向も去年あたりから変わってきた。とくに若い人たちの焼きおにぎり好きはたいへんなもので、これ以上米消費量は減らないだろうと、わたしは見ている。(ページ数記載なし。巻末の「参考資料集 <資料25>国民一人1年あたりの純食料供給量」につけられたコメント)

つまり井上は、この89年ごろの70㎏くらいが、日本人の米消費量の底打ちではないかと予想したわけです。で、井上がこの本を出して31年たった今日の数字はどうか。引用はこちらから。グラフも同じ記事より。

> 
消費量が減っても日本人はお米好き
株式会社ナビット

2022年9月22日 17時20分

年間消費量はピーク時の半分以下
農林水産省によると、お米の1人当たりの年間消費量は約50kg。ピークだった1962年(昭和37年)が118kgですから、半分以下の水準に落ち込んでいます。これに伴い、最近ではお米の1世帯当たりの消費金額は、パンより少なくなってしまいました。

というわけで、井上の予想は大外ししたわけです。井上が亡くなったのは2010年であり、晩年彼は、あまり米の問題について語らなくなったかと思いますが、あるいは日本人が彼の予想(願望)を裏切ってどんどん米の消費量を減らしたことに嫌気がさしたということもあったか?

で、井上は、同じ主張を、この2年前に発売された本(続 井上ひさしのコメ講座)でもしています。岩波ブックレットです。これが、この本の最初の章に収録されています。引用を。


いまの70キロもっと減るかどうかは議論があるようですが、私はこれがドン詰まりだと思います。70キロ以下にはならないだろうと思います。(P.56。漢数字は算用数字に変換)

井上がそう考える論拠は、最初の引用とおなじなので引用を省略します。

上の井上の主張も、その論拠は、前者は日本人の米への愛着を指摘しており、また後者は、若者の焼きおにぎり好きなどという「え、そんなことあったの」という程度の話でしかありません。しょせんは、そんなものは流行りものでしかないでしょう。たぶんですが、井上も、自分の主張は、かなり願望が前に出ているということを意識していたのではないか。2024年の今日では、日本人の米消費量は、50㎏を割り込んでいるでしょう。

で、私も、井上が主張する、大要「日本人は、米に対して愛情がある」という意見には賛成します。ただそれは、米の消費量の減少と完全に両立しうることです。まさに私が引用した記事にあるように、

> 
消費量が減っても日本人はお米好き

ということだと思います。上の記事から引用すれば、


お米は「好き」と「どちらかといえば好き」を合わせると94.3%と、回答者の9割を超えました。「好きではない」と「どちらかといえば好きではない」の合計は、わずか1.4%でした。お米の消費量は減っていますが、お米と日本人は切っても切れない関係にあることがわかります。

ということです。グラフを引用します。

そもそも人口が高齢化すれば、どうしたってトータルの消費量は減りますし、1人当たりの消費量も漸減は避けられません。。井上のいう米消費量の現状維持というのは、いわば人口の高齢化に抗うことであり、それはできない相談というものです。また時代の変化とともに、主食なりおかずなどの嗜好にも変化が生じる。主食ではありませんが、こちらの記事によれば


2023年9月13日、韓国・ニューシスはこのほど「韓国の成人の1日のキムチ摂取量が15年前に比べ男性は3分の2水準、女性は半分以下に落ち込んだ」と伝えた。

(中略)

成人男性の1日平均キムチ摂取量は2005年の94.4グラムから20年には61.9グラムに減少した。成人女性は70.1グラムから34.6グラムと、約半分に落ち込んだ。男性のキムチ摂取量は女性の約2倍に達している。

同期間、野菜の摂取量も減少を続けている。女性の果物摂取量は14年の184.4グラムから20年には134.7グラムに減少した。野菜の摂取量は男女間の差がほとんどなかったが、果物摂取量(20年)は女性(134.7グラム)が男性(106.7グラム)より多かった。

キムチの摂取量が年々減少していることについて、研究チームは「キムチの主な摂取場所である家庭での食事率の低下」「食習慣の欧米化」「正しい食生活に影響を与える配偶者がいない1人世帯の増加」を原因に挙げている。配偶者など家族と同居している人はキムチ、野菜、果物のいずれも摂取量が多かったという。

とあります。たぶん日本における米消費の動向も似たようなところが大きいのではないか。そして、数年前の記事ですが、


韓国人の7割はキムチが好き、人気のキムチ1位は?
  
 韓国人にとってキムチはどんな意味があるのか。キムチなしにご飯は食べられないと言われるほど、われわれの食卓にキムチは欠かせない。しかし最近では、キムチがなくてもご飯をしっかり食べられるくらいさまざまなおかずがあるので構わないという人たちも増えている。ある調査によると、10ー50代以上の男女10人のうち7人は「キムチが好き」と答えたが、「普通」という回答も20.8%を占めた。

とあります。グラフも同じ記事より、さすがに主食である米の日本人に対する態度ほどではありませんが、それでも韓国人もまだまだキムチへの愛着は強い。しかし消費量が減っていくのは、これもおそらく避けられないことだと思います。おそらくですが、韓国のキムチ離れにも、韓国社会の高齢化などによる小食化というのも、相当な要因としてあるはず。世界的に、いいとかわるいとかはともかく、おそらく似たような事態は広がっていくのだろうと思います。

なお井上ひさしは、「コメ」という表記を主としていますが、拙記事では「米」と漢字で表記していることをお断りしておきます。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

これはほんとの病気(依存症)でんな

2024-04-16 00:00:00 | 社会時評

記事を、これはけっこうすごいよ。


盗撮未遂の疑いで鹿児島県庁職員の男(49)逮捕 盗撮容疑で今年2月に逮捕 不起訴処分から11日後に

2024年4月11日(木) 19:35

県内の商業施設で女性のスカートの中を盗撮しようとした疑いで、県庁職員の男が逮捕されました。男は今年2月にも盗撮の疑いで逮捕、送検されその後、不起訴処分となっていました。

性的姿態等撮影未遂の疑いで逮捕されたのは、鹿児島県庁の監査委員事務局監査第二課の主査、久木田進容疑者(49)です。

警察によりますと、久木田容疑者は先月23日の午後1時半ごろ県内の商業施設で、10代の女性のスカートの中をスマートフォンで盗撮しようとした疑いがもたれています。

警察の取り調べに対し、「盗撮したのは間違いない」と容疑を認めているということです。久木田容疑者は今年2月にも盗撮した疑いで逮捕されていて、先月12日に不起訴処分となっていました。

監査委員事務局の五反田晃一事務局長は「再び逮捕されたことは極めて遺憾。事実関係がはっきりした時点で、厳正に対処したい」とコメントしています。

2月に逮捕されて不起訴になった11日後にまたまた逮捕ですか・・・。

だから許すとかそういうことを言っているのではありませんが、これはほんとの病気ですね。まさに万引きして逮捕された後執行猶予中だったり保釈中だったりする人間がまたまた万引きをしたりする姿に酷似していないか。起訴されるか、懲戒免職になるか(停職×か月などですむか)といったことはとりあえず置いておくとして、これは治療が必要ですね。治療できるのかどうかもわかりませんが、これ役所をクビにすればいいとか、そういう次元でもないと思います。このままですとまたまたこの種の事件をしでかしそうに思います。

いずれにせよこれは、ご当人だけでは対応できませんので、家族がいるのであれば家族の協力が、いないのだったら、NPOとか医療スタッフなどの協力を必要とするかと思います。それにしてもこのブログでやたら言及している元プロ野球選手の堂上隼人は、社会人野球をしていた時代に性犯罪をして(家宅侵入だった模様)会社を追い出されたりドラフト会議で忌避されたり、まとまりかけたMLBへの話も流れました。そのあと独立リーグで頑張り、スカウトからもすっかり更生したと認められてNPBのドラフトにかかったのに、その後在籍中にまたまた複数の性犯罪をしてしまい、逮捕、今度は一発クビで実刑判決になる始末です。ドラフト会議の前に当然球団側は、「本当に大丈夫か? またトラブルを起こしたら責任とれるのか?」とスカウトにさんざん確認したはずで、それをスカウト側は必死に説得したはずですが、この有様です。依存症とかいろいろあるのでしょうが、いずれにせよ何らかの病気でしょうね。堂上が契約解除になろうか刑務所に行こうがそれはご当人の不徳のいたすところですが、周囲の人間の迷惑や失望、挫折感は、世の中ここまで裏切られた気分にさせられることもめったにないというレベルでしょう。「去勢」とまでは私も言いませんが、なんらかの薬物治療をすることも必要ではないか。こういっては最高レベルにみもふたもありませんが、残念ながら世の中、その人間の人権を守るために、その人間の人権の一部を侵害せざるを得ないこともあります。堂上は、おそらく現在は刑務所を出所して一般人として生活しているはずですが、また性犯罪をやらかす危険は一生続くでしょう。他人は彼を、いつまでも「危険な奴」と考えるでしょう。それはご当人が悪いので、仕方ないことです。

性ばかりでなく万引き依存や他人への暴行や暴力への依存など、他人に迷惑をかける依存というのは本当に困ったものです。心底からそう思います。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

安倍晋三も、首相を辞めても「中国との敵対関係も辞さない」ということはなかったらしいが、岸田政権もあまり成果は期待できそうにない

2024-04-15 00:00:00 | 社会時評

あ、すみません。この記事は、別ネタの記事として執筆していた(しかし途中で完結しなかった)ものでしたが、その後安倍晋三殺害(暗殺)というまさに想定外の事件が起きたので、長きにわたって中座していました。が、昨今の動きを加味してあらためて完結させようと考えましたので、いろいろなことをアップデートして記事を発表します。

安倍晋三が殺害された3か月前の記事(すでにリンク切れ)より。

岸田首相、安倍氏と会食
2022年04月10日21時45分

 岸田文雄首相は10日夜、東京都内のホテルで自民党の安倍晋三元首相と会食した。関係者によると、主に対ロシア、対中国関係などをめぐり意見交換。安倍氏は中国が日本にとって最大の貿易相手国であることを踏まえ、外相会談を実施して意思疎通を図るよう助言したという。萩生田光一経済産業相、松野博一官房長官が同席した。

シンプルな記事ですが、私にちょっと興味深いのは、こちらですね。

安倍氏は中国が日本にとって最大の貿易相手国であることを踏まえ、外相会談を実施して意思疎通を図るよう助言したという。

つまりは、これをそのまま字句通りに解釈すれば、安倍としては、日中関係を悪くするというのは得策ではないと考えていたということですかね。現段階実現していないとはいえ、習近平国家主席を国賓として日本に迎えたいという意思表示をしていてそれで首相をやめたら即中国批判に宗旨替え(原点回帰?)するというわけには、いかなかったということなのか。そうだとすれば、大変いいことです。

ただマジ論すれば、岸田という人が、そんなに積極的かつ極端な反中路線に動くというのは考えにくいと思いますが、それでも安倍晋三からそういう話をしてもらえたというのであれば、これは岸田としても非反中路線へ動くのもよりやりやすいということにはなるのでしょう。私は、日本が中国と敵対関係になったとして日本が得することはないと考えていますので、これもよいことだと思います。

ところで上の記事では、日韓関係についての言及はありませんね。共同通信配信の記事を確認します。引用は、京都新聞(すでにリンク切れ)より。

岸田首相、安倍氏と会食
対ロ、中韓外交で「助言」
2022年4月10日 21:29

 岸田文雄首相は10日夜、東京都内の鉄板焼き店で安倍晋三元首相と会食した。関係者によると、ウクライナ危機を踏まえたロシアへの対応や中韓両国との外交方針を巡り、安倍氏から助言を受けたという。物価高騰に伴う経済対策のほか、夏の参院選についても意見を交わしたもようだ。

 両氏の会食は1月11日以来で、ロシア軍がウクライナ侵攻を開始した2月24日以降は初めて。首相から開催を呼びかけた。会食には松野博一官房長官、萩生田光一経済産業相も同席。両氏はいずれも自民党安倍派に所属している。

 首相は安倍氏の議員会館事務所を不定期に訪れ、政権運営に関して意見交換している。

安倍が韓国との関係について、どのような話をしたのかは記事には書いてありませんが、やはり「強硬な態度」「政権交代があったので、より日本側の立場を強調する」っていうようなことを主張したんですかね。最近の韓国国会選挙〈2023年4月)では、現大統領の与党が敗北しましたが、日韓関係強硬意見という意見が述べられたという仮定は、そうでない可能性よりは、そうである可能性のほうが高そうです。ただこれは、安倍の話よりも現首相である岸田の態度のほうが重要なのですが、こういうことについて岸田がそんなに自分の考えを前面に打ち出すということは少ないのではないか。韓国に限らず、対北朝鮮関係も、安倍、菅といった前任者と同様、岸田も平壌に連絡事務所を設置することすらもできていません。たぶん今後も設置に動いたりはしなそうです。

しかしこと安倍についていえば、より問題なのがロシア関係でしょうね。inti-solさんの記事から引用させていただきます。

あまりに面の皮が厚すぎる

「ポロシェンコ前大統領とは5度の首脳会談を行った」そうですが、以前の記事でも書きましたが、プーチンとはその5倍の27回も階段を行っているわけです。
しかも、その当時のプーチンが今と違う振る舞いをしていたわけではありません。安倍とプーチンの会談は2013年から始まっていますが、翌2014年にはロシアはクリミア半島に攻め込んでこれをウクライナから強奪し、更に東部に実質的なロシアの傀儡政権をでっち上げて「独立」を宣言させるという蛮行を行っています。日本も国連決議においてはロシア非難決議に賛成しています。
それなのに、それ以降も安倍はプーチンとの会談を繰り返しています。それが積もり積もって27回。会談だけならともかく、そこには200億円の経済支援という手土産までついたわけです。

(中略)

北方領土問題を解決するためというのが言い分ですが、結局解決しなかったことは言うまでもありません。それも、安倍が四島返還から二島返還に舵を切った(これ自体は、それ以外に解決の策などあろうはずもない、英断だったと思いますが)けれど何ら進展がなかった時点で、誰がどう見たって無理筋なのは明らかでした。それでもまだ、悪あがきのごとく会談を重ねたわけです。

安倍は、自分が他人を攻撃するとき(民主党政権に対する批判)は「政治は結果だ」と叫んでおきながら、自分自身は結果責任を一切認めない。落ち度も非も認めない、とにかく無謬の人なわけです。

というわけです。つまりは安倍の対ロシア外交なんてのはこの始末のわけです。前に私は、次のような記事を書きました。

安倍政権の外交というのも、ほぼ失敗に終わっているといっていいのではないか

内容については、ご興味のある方はお読みいただければよいとして、今この記事を読み直して再検討してみても、特に問題はないように思いますね。上の記事を執筆したのが2019年4月であり、安倍の首相辞任が20年9月(辞任表明は8月)、その間これといって安倍外交にいうほどの成果はないでしょう。

で、これは、安倍だけの問題じゃないですよね。安倍の外交政策なるものはもちろんご当人だけの問題ではなく日本政府や自民党の問題でもあります。で、第二次安倍政権なるものが7年半以上続いて外交面であまり成果がなかったとなると、ポスト安倍政権の今日では、それをどう改革していくことが必要かということですが、そういうことを政府といい自民党といい、まともにやっているようにも思えませんしね。先日岸田が米国を訪問して、それをご当人も誇らしげに語っています。


岸田首相 訪米の成果強調 “日米両国連携の重要性を発信”
2024年4月13日 11時24分 

総理大臣としては9年ぶりとなった今回の国賓待遇でのアメリカ訪問について、岸田総理大臣は、日米首脳会談や議会演説などを通じ、日米両国がグローバル・パートナーとして連携していく重要性を発信することができたと成果を強調しました。

今月8日からアメリカを訪問している岸田総理大臣は、バイデン大統領との日米首脳会談や、議会上下院の合同会議での演説など、現地での一連の日程をすべて終え、日本時間の13日午前、記者団の取材に応じました。

この中で岸田総理大臣は、「日米がグローバルなパートナーとしていかなる未来を次の世代に残そうとしているのか。首脳会談や議会演説などを通じて、こうしたメッセージをアメリカの議会や国民、世界に向けて伝えることができた」と述べ、訪問の成果を強調しました。

一方、今月10日の韓国の総選挙で、ユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領を支える保守系の与党が大敗したことによる日韓関係への影響について問われ「日韓関係は去年から政治、経済、文化など、さまざまな分野での協力が質・量ともに充実してきている。引き続き、韓国とは首脳のみならず、あらゆるレベルで意思疎通を図っていくことが重要だ」と述べました。

岸田総理大臣は、14日、政府専用機で日本に帰国します。

現段階、日本国民(有権者)が、岸田訪米による成果(?)を高評価しているということもないのではないかと私は考えますが、私の考えの妥当性はともかく。

これけっきょく日米同盟とかの継続でしかなく、安倍政権というより戦後の自民党統治の外交政策の継続ですよね。民主党政権時代も特に外交で独自の政策があったものでもないですが、たとえば田中角栄による日中国交正常化とか、小泉純一郎による日朝平壌宣言、あるいは鳩山一郎の日ソ共同宣言などのような画期的なものではない。いい関係にある相手方との関係強化なんてことは、こういっちゃなんですが、そんなに難しいことではない。悪い関係の相手との関係改善こそ後世評価される外交成果です。岸田(あるいはポスト岸田)が、日朝国交正常化や北方領土返還などを成し遂げれば、たぶん後世は「すごい」「大したものだ」「歴史が変わった」と評価してくれます。田中角栄も、ロッキードで逮捕・起訴・有罪判決(上告中に死亡)されたって、日中国交回復だけは評価されます。拉致被害者を北朝鮮から取り戻したことは、小泉純一郎の成果としてこれまた永遠に語り継がれるでしょう。

で、安倍晋三はそういうことができませんでしたし、そのほかの自民党と民主党(当時)の首相たちもこれといったことができなかったわけです。現状いまあげたような懸案事項に日本の政府や政治家がこれといって有効な対応ができるようにも思えませんが、正直誰が首相をしたって同じことしかしないしできない日米関係強化なんかよりは、もうすこしのちの世で「すごい」と評価されることをしてもらわないといけませんね。これは日本以外でも同じでしょう。北アイルランド紛争だって、とりあえず武装対立やテロなどを鎮静化させた人たちはやはり評価されてしかるべきだしそうされていると思います。私たち日本人も現段階、自民党の外交などというものは、前例踏襲以上のものではないとクールな判断をしていませんかね。そうであれば、日本人もそれ相応の自民党外交政策評価をしているのかもしれません。自民党に1票を入れたり世論調査で自民党を支持している人も、おそらく外交政策を支持している人はそんなに多くないのではないか。外交は票にならんというのはもちろんそうだと思いますが、それ以前の話だと思います。

昔書いた記事と現状との折衷記事ですのでかつて引用しようとした記事がすでにリンク切れになっていたりとやや問題ありですが、そんなに私の考えも筋違いではないのかなと考えながらこの記事を終えます。

コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あまり桜を楽しめなかった関西紀行(2024年3月~4月)(Day-2-2 )(3)

2024-04-14 00:00:00 | フォトログ

そろそろ乗る予定の電車が出る時間です。

こちらに乗ります。

三輪駅 で下車します。大神神社で桜を(もしみられるのなら)観ようと考えたわけです。下の記事の続き?

大神神社で桜は見られなかったが、橿原市で宮崎市の観光親善大使の女性を見ることができた(前編)(4月15日更新)

駅前です。

外国人が駅前にいるのは、2018年では見かけなかったと思う。

駅自体はこじんまりとしています。

大神神社へ向かいます。

ここを歩きます。

JR西日本のもの。実際には、三輪駅は、青でなく赤がシンボルカラー。

なかなかいい絵です。

いい建物があります。

神社へ向かいます。

踏切で写真を撮ります。

いよいよ神社の中に入ります。

(つづく)

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あまり桜を楽しめなかった関西紀行(2024年3月~4月)(Day-2-1 )(2)

2024-04-13 00:00:00 | フォトログ

翌朝名古屋駅から、関西本線経由で奈良に向かいます。

亀山駅へ向かいます。名古屋駅からここまでは、関西線 ともよばれます。

途中駅です。富田駅

亀山駅に到着します。

分離作業中です。

それを撮影している人たち複数。私も撮影しました。

加茂駅へ向かいます。

こちらに乗ります。

満席なのでいちばん後ろに位置します。

最後尾から適宜撮影します。

ガラスにぴたりとiPhoneをくっつけると、わりときれいに撮れます。席が空いたので座ります。

ラッピング広告と同じ広告です。

適宜車窓の写真を撮ります。

加茂駅に到着します。

奈良駅に着きます。

ここで1度途中下車し、セブンイレブンで食料(おにぎりと調理パン)を調達します。この日、朝食は食べていません。

こんどは桜井線に乗る予定です。

(つづく)

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

元と現役のアスリートの死によせて

2024-04-12 00:00:00 | スポーツ

昨日(2024年4月11日)は、2人のアスリートの死が発表されました。まずは曙太郎の件を。記事をお読みください。


大相撲の元横綱の曙太郎さんが死去 54歳心不全 闘病生活も今月に病状悪化、若貴としのぎ削る
[2024年4月11日10時27分]

大相撲の第64代横綱を務めた米国ハワイ出身の曙太郎さんが心不全で亡くなっていたことが11日、分かった。54歳だった。同期入門だった若貴兄弟としのぎを削り、2人より先に横綱昇進。かたき役になり膝の故障になきながら、長身を生かした突き押し相撲で11回の幕内優勝を遂げた。現役引退後は総合格闘家としても活躍。近年は闘病生活を送っていたが、今月に入り体調が急変していた。

曙さんはハワイの大学を中退し88年春場所、18歳で初土俵を踏んだ。後に兄弟横綱となる3代目若乃花と貴乃花の若貴兄弟、大関魁皇ら「花の六三組」。2メートルを超す長身を生かした突き押し相撲で、特に貴乃花とは熾烈(しれつ)な出世争いを展開。新十両、新入幕と新三役こそ貴乃花に2場所遅れながら、序ノ口から歴代1位の18場所連続勝ち越し。92年名古屋場所の新大関、そして93年春場所での横綱昇進は、いずれも貴乃花を4場所、11場所も先んじた。優勝決定戦も含めれば通算対戦成績も25勝25敗の好敵手だった。

92年夏場所で初優勝し場所後に大関昇進。93年初場所で2場所連続優勝を果たし、第64代横綱の座に就いた。北勝海(現八角親方)引退後の横綱空位を埋めるとともに、貴乃花の昇進まで一人横綱を11場所務め、横綱3場所目からは3連覇し年間最多勝も獲得。98年長野冬季五輪では、開会式で晴れの横綱土俵入りを披露した。

一方で膝のケガに悩まされた。初優勝から2年で7度優勝も、94年の両膝故障もあり以降はほぼ10場所で1度と優勝のペースも落ちた。00年は7年ぶりの全場所皆勤と年間最多勝と復活したが、年が明けた01年初場所を両膝悪化で全休し、回復が見込めないと判断。「もう優勝争い出来ない」「横綱として惨めな姿で土俵に上がれない」と現役引退を表明した。いかつい表情ながら、謙虚な態度に横審の内館委員長も「いつも曙の悪口を言っている自分が恥ずかしくなるほど礼儀正しさに感激」と述べた。

引退後は曙親方として東関部屋で後進の指導にあたっていたが、03年11月に日本相撲協会を退職。翌日には格闘技のK-1参戦を発表。大みそかのボブ・サップ戦、チェ・ホンマンやボビー・オロゴンとの対戦など話題を提供したが、総合格闘家としては芽が出なかった。

◆曙太郎(あけぼの・たろう)69年5月8日、米国ハワイ州オアフ島出身。出生名ローウェン・チャド・ジョージ・ハヘオ。パシフィック大を中退し63年春場所初土俵。90年春場所新十両、同年秋場所新入幕、91年春場所新三役。三役で3場所通算34勝を挙げ92年名古屋場所で大関に。4場所通過で93年春場所新横綱。横綱在位は48場所。通算成績は654勝232敗181休。幕内優勝11回、三賞6回、金星4個。96年4月に日本国籍取得。

このブログでも何回か彼について記事を書いています。

どうでもいい話かもしれませんが

元K-1プロデューサーの本を読んで、「どうもなあ」と思ったこと

下の記事から、『平謝り』という本での谷川貞治氏の話を。曙を、K-1にスカウトしようとした際のものです。


僕は石井館長を交えて、格闘技界のこと、曙をどうやって練習させ、スターにしようと思っているか、必死に口説きました。

(中略)

でも、ここで重要なことがあります。その時に僕が曙に言ったのは、

「横綱、やる気があるんだったら奥さんにだけ相談して決断して下さい。相撲関係者に相談したら絶対に反対されるに決まっています。賛成する人は一人もいませんよ。反対の意見を聞きたいんだったら相撲関係者に相談して下さい」

そうしたら、

「いや、相撲関係者には相談しません。家内と相談します」と、曙は言ってくれた。やったと、心の中で僕はガッツポーズをしました。

(中略)

東京のホテルに部屋を取って、祝杯のシャンパンをあらかじめ用意して、ちゃんとした契約書も用意して曙を待ちました。奥さんも呼んでもらって。曙に関しては十分脈があったので、この日はとにかく奥さん一本に絞って説得しようと思いました。

「奥さん、もう一度、横綱がスポットライトを浴びる舞台に立たせましょう。奥さんは横綱がOKなら、認めてくれる人ですよね」

「ええ・・・・・、まぁ私はこの人がよければ」

「じゃあ、新しい門出を祝して乾杯!」

ほとんど、考えさえる間を与えませんでした。

(中略)

今度は「夜逃げ」の話しを持ち出しました。

とにかく、僕は周りから引き止められることだけが怖かった。まず曙を相撲の世界から切り離すことに必死になりました。(中略)ちょうど東関部屋全体で出稽古に出る日があったので、その日を狙って荷物を持ち出してもらったのです。(引用者注:2003年)11月5日に帰京、その足で北の湖理事長に辞表を提出してもらい、曙の決心が揺らがないうちにすぐ翌日に記者会見を開きました。ここまでやれば、相撲協会ももう追って来られない。(p.122~p.124)

やっていることがまるっきり悪徳商法じゃないですか(苦笑、他人事だから笑います)。


ほとんど、考えさえる間を与えませんでした。

って、こんなの誇らしげに書くことではない。考える間もなく付け込まれて最後は自殺するまで追い込まれた女性の話は下の記事を参照してください。

詐欺というのは、現在から過去へ逆算していけば、だれも引っかからない(が、その場での判断を余儀なくされるのが厳しい)(追記あり)

それにしても曙の奥さんからすれば、ほんと踏んだり蹴ったりですよね。彼女は、おそらく曙に負い目があったと思われます。彼女と結婚して後援会が解散したりして、金銭が潤沢にならず年寄株を取得できず、また所属していた東関部屋も、東関親方(元高見山)から経営能力を評価されず後継者になれずと今ひとつ能力不足でした。だから、奥さんは、相撲協会を退職した際に離婚するということができなかったのでしょう。また彼は、かなりの酒豪だった。こちらでも、


来日当初は、日本人の酒好き、たばこ好きが不思議だったそうだが、本人もある時、1980円で飲み放題の店に入り、チューハイをジョッキで40杯飲んだ。翌日も顔を出すと店主が青ざめ、その店は力士の飲み放題お断りになったという。相撲部屋の近所では、しばしばある話。昭和の力士たちと違い、日本酒やウイスキーではなくチューハイなどが多いので、酒豪と言っても少し割り引く必要はあるが、エピソードとしては豪快で面白い。

とあるくらいです。これでは身体にいいはずがない。曙が最後に表舞台に姿を見せたのは、早逝した潮丸元康の葬儀の際ですかね? これが2019年12月18日とのことで、それから3年半弱ほぼ外に出ることも難しかったのかもしれません。先日記事にした山本弘のように、心肺停止が続いた時点で再起は無理だったでしょうが、やはり節制していれば、そしてこれは言ってもしょうがないことですが、相撲協会を退職しなければ、こんな死に方はしなかったかもしれませんね。その可能性は高かったと思います。

やはり最初の脳梗塞で、事実上山本弘の物書きとしての命脈は断たれたのだろう

では次に現役アスリートの死を。騎手の藤岡康太が、競技中の事故で亡くなりました。記事を。


藤岡康太騎手死去 35歳 6日の阪神競馬場でのレースで落馬
2024年4月11日 14時43分 

JRA=日本中央競馬会は今月6日のレースで落馬し、病院で治療を受けていた35歳の藤岡康太騎手が亡くなったと発表しました。

藤岡騎手は今月6日に阪神競馬場で行われた第7レースで手綱をとっていた馬が第3コーナーを回る際に前の馬と接触して落馬し頭と胸を負傷して病院で治療を受けていました。

JRA=日本中央競馬会は藤岡騎手が10日午後7時49分に亡くなったと発表しました。35歳でした。

藤岡騎手は、滋賀県出身で父が調教師で兄が騎手という競馬一家で育ち2007年にJRAの騎手としてデビューしました。

3年目の2009年にはNHKマイルカップでジョーカプチーノに騎乗し、思い切った先行策から早めに先頭に立つ積極的なレース運びで初めてのG1勝利をあげました。

その後も堅実に勝利を重ね、去年秋のマイルチャンピオンシップでは14年ぶりとなるG1勝利も果たし、通算勝利を803勝まで伸ばしていました。

藤岡騎手は、ことし最初のG1レースで勝利した兄の佑介騎手とともに兄弟そろってのさらなる活躍が期待されていました。

JRAの騎手がレース中の事故で死亡したのは2004年に障害レースで落馬した竹本貴志騎手以来、20人目となります。

武豊騎手「まだ信じられない」
日本騎手クラブの会長を務める武豊騎手は「こんなにつらく、悲しいことはありません。まだ信じられないです。今後、康太の思いを胸に乗っていきたいと思います」とコメントを発表しました。

実は藤岡は、つい先日通算800勝を達成したばかりです。記事を。


阪神10R・仲春特別】藤岡康太騎手がJRA通算800勝「いろんな関係者、馬に支えられて達成できた」
2024年3月30日 15時54分スポーツ報知 # 競馬

 3月30日の阪神9R・仲春特別(4歳上2勝クラス、芝1200メートル=15頭立て)で藤岡康太騎手=栗東・フリー=がタツダイヤモンド(牡4歳、栗東・鮫島一歩厩舎、父サトノダイヤモンド)で制し、JRA通算800勝を達成した。JRA史上58人目で、現役では27人目。2007年3月にデビューし、1万745戦目での達成となった。重賞は22勝で、G1を2勝(2009年NHKマイルC=ジョーカプチーノ、2023年マイルCS=ナミュール)している。

 藤岡康騎手「数多くの騎乗依頼をいただき、いろいろな関係者、馬に支えられて達成できた数字だと思います。ナミュールでG1(昨年のマイルCS)を勝つことができ、注目していただいているなかで、いい流れでくることができています」

当然ですが、まさかねえ、この時にほんの数日後の悲劇を予想はできません。亡くなった日の午前に、兄である藤岡佑介が次のような談話を発表していました。


たくさん心配されている方もいらっしゃると思うので現状をお伝えしておきたいと思います。落馬でご迷惑、心配をお掛けて申し訳ありませんということと、まだ意識が戻っていない状態で、本人の頑張りに期待するしかないというところで、僕ら家族も見守っている状態です。ファンの方もたくさん心配されている方がいらっしゃると思うので、何とか帰ってこられるように願ってあげてほしいと思います

私もこれを読んで、「たぶんかなり厳しいのだろうな」と思わざるをえませんでした。他人様の命のことなのでめったなことは言いませんし言えませんが、非常に悪い状況であることは容易に予想はできるというものです。中央競馬の騎手は、2004年に死亡した竹本貴志以来殉職者は出ませんでしたが、つい先月高知競馬塚本雄大が落馬事故により死去したばかりです。あらためてレースの協議というのは危険だなと思います。競輪の競技中の死亡者競艇の競技中の死亡者オートレースの競技中の死亡者などのカテゴリーもWikipediaにありますし、公営競技でなくてもカーレーサーのアイルトン・セナのようにカークラッシュで死亡したレーサーはたくさんいますし、「ツール・ド・北海道」は、昨年の事故で今年は開催を見送られたくらいです。

いずれにせよ機械や動物などに乗って速さを争う競技は非常に危険ですね。1歩間違うと死が近い。ほんと、みなぎりぎりのラインで勝負していますから、どんな名手であろうと事故とは無縁でない。セナが事故を起こすのだから、誰だって事故を起こします。

私は正直競馬はよく知らないので、藤岡のことも知っているとも言えないのですが、曙に関しては、さすがにそれ相応には知っています。正直藤岡は、危険な競技をしているのだから、死をも覚悟しないと騎乗はできませんが、曙は、ハワイから日本にやってきた当初、自分がこのような死を遂げるとは想像していなかったでしょうね。するわけもありませんが、相撲界を引退した後の曙の人生は、とても苦しいものだったでしょうね。格闘家やプロレスラーになるより、もう少しまともな人生を送ることはできなかったか。やはりこの人も、あまり器用に生きられる人間ではなかったのでしょう。

曙太郎さんと藤岡康太さんのご冥福祈ってこの記事を終えます。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

レイチェル・クック(Rachel Cook)の写真をしばらくぶりにご紹介

2024-04-11 00:00:00 | レイチェル・クック

米国のモデル(ユーチューバー、インスタグラマー、インフルエンサー)のレイチェル・クック(Rachel Cook)の写真を最後に紹介したのが、昨年4月2日のこちらの記事です。レイチェル・クックのタグでもご確認ください。

しばらくぶりにレイチェル・クックの写真を特集

ヌードの写真もお見せしたいのですが、gooからNGが出ていますので、乞うご容赦。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

俗耳に入りやすいことを大げさに強調するのもどうかと思う

2024-04-10 00:00:00 | 社会時評

産経新聞の記事より。

ラブドール無断購入で免職 徳島県職員がイベントに使用 「効果的なPR検討」


ラブドール無断購入で免職 徳島県職員がイベントに使用 「効果的なPR検討」
2024/4/8 22:15

徳島県は8日、成人用玩具「ラブドール」を無断で購入し、平成29年に開いた藍染めのPRイベントで衣装を着せて展示したほか、不適切な会計処理で県の信用を失墜させたなどとして、林業振興課の係長(46)を懲戒免職処分にした。

県によると、観光政策課に在籍していた29年7月に約1カ月間、等身大のラブドールに藍染めの衣装を着せて展示した。購入費用は約42万円でラブドールであることは県には報告していなかった。「藍染めは地味なので、効果的なPRを検討した」と話しているという。ほかにも29年度~令和元年度に不適切な会計処理を行った。

係長はこれとは別に、イベントの物品製作名目で架空契約を結ぼうと虚偽文書を作成したとして、今年2月、徳島県警に虚偽有印公文書作成・同行使容疑で書類送検され、起訴猶予処分となった。

この記事を読んでいると、イベントに「等身大のラブドール」を勝手に購入したことを理由として、懲戒免職になったかのように読めます。が、さすがにそれは少し不審です。というわけで、ほかのメディアの記事を一部抜粋して引用します。NHKの記事を。


このほか県は、▽林業振興課の美馬達也係長(46)を、観光政策課に勤務していた当時、イベントで不適切な会計処理を行ったほかマネキンの代わりに成人用玩具を購入したことを巡り懲戒免職にした(以下略)

朝日新聞の記事を全文。


県のPRでラブドール利用、職員を懲戒免職 上司に無断で購入 徳島
2024年4月9日 8時57分

 徳島県が開いた藍染めをPRするイベントで、「ラブドール」と呼ばれる成人用玩具の人形が使われた問題に関連し、県は8日、当時の担当者で林業振興課所属の係長(46)を懲戒免職にし、発表した。

 県によると、2017年に県観光政策課が徳島阿波おどり空港で開いた「阿波藍魅力発信事業」で、係長はラブドール1体を上司に無断で業者に購入させ、藍染めの衣装を着せて空港ロビーに展示した。同事業などでは事務手続きの不備も見つかり、県はこれらを合わせて懲戒免職が相当と判断したという。

 県が実施したイベントの費用の支払いをめぐり、係長は今年になって虚偽有印公文書作成・同行使の容疑で県警に書類送検されたが、徳島地検は不起訴処分とした。

MBS毎日放送の記事をこちらも全文。


徳島県職員を懲戒免職処分 約40万円の「ラブドール」購入、藍染衣装を着せて阿波おどり空港に展示
徳島
2024/04/08 16:50

 徳島県は、林業振興課に所属する46歳の係長を、8日づけで懲戒免職処分としました。

 処分の理由としては、男性職員が観光政策課に在籍中に、「阿波藍魅力発信事業」において、契約事務手続きを行わないまま、委託業者に業務を実施させ、経費の一部を該当年度に支払わず、翌年、別の業務に含めて支払った、などとしています。

 さらに、「阿波おどり空港における阿波藍魅力発信事業」については、上司に無断で委託業者に成人用玩具を購入させ、契約上その事実を隠蔽して、県に損害を与えたとして、今年1月、住民監査請求の結果として、地方自治法違反・地方財政法違反と認定されています。

 今年1月の監査結果によりますと、この問題には以下のような経緯がありました。

 2019年に阿波おどり空港で、藍染め製品や藍染め衣装を着用したマネキン等を展示する際に、職員が「リアルな人形を使用した展示が主流になっている」といった記事をインターネットで見つけて着想を得、職員と委託業者で大阪のショールームを訪れて業者が購入したということです。

 その後、「ラブドール」は藍染め衣装を着用し、約1か月間、阿波おどり空港で展示されていたということです。

 監査結果は、「見積書に『マネキン・什器レンタル』名目で本件人形の購入費用が盛り込まれている契約は、裁量権を逸脱又は濫用したというべき」などとして、地方財政法などに違反すると判断。

 成人用玩具の価格39.3万円から、レンタルのマネキン人形だった場合の1.25万円を引いた額は県の損害にあたり、徳島県知事に対して事業に関わった職員の責任の程度に応じた賠償を検討するよう、結論付けていました。

毎日放送の記事がいちばん詳しいですが、これは不適切な会計処理が問題とされ、その一つとして「ラブドール」の問題が生じたと解釈すべきですね。おそらくですが、ラブドールの無断購入だけなら、少なくとも懲戒免職処分まではいかなかったはず。

それは、ラブドールの人形なんか公金で購入して、どんだけこいつ馬鹿なんだ、非常識なんだ、税金泥棒なんだと読者が考えるのは当然だし、それは俗耳に入りやすい、読者にアピールしやすい記事になる、といった事情は理解しますが、でもこれでは読者を誤解させる記事ですよねえ。これは、デマ記事とまでは私は言いませんが、やはりフライングの見だしと記事といわれても仕方ないでしょう。

ところでこの記事の一番上で、この展示の際の写真を掲載しています。出典はこちら。写真で見た限りでは、普通にマネキンをレンタルすればじゅうぶんじゃんと思いますが、どうなんですかね。実物を見れば、少しはインパクトがあったのか。

それにしてもほんとこういう記事というのも油断がなりませんね(苦笑)。いや、これはいろいろな報道機関が報道しているので、複数の記事をネットなどで読めば「?」ということになるし、また上で私が書いたように、さすがに「懲戒免職」というのは、このラブラドールの件が主たる原因じゃないんじゃないのくらいのことは考えられますが、そう考えがおよばない人もたくさんいるはず。やはり見出しと記事の内容が妥当ではありません。

なお懲戒免職となった人物につきまして、実名を一部メディアが報じていますので、拙記事の引用も実名をそのまま表記していることをお断りしておきます。またこの記事は、bogus-simotukareさんの下の記事からヒントを得ています。ありがとうございます。

今日の産経ニュース(2024年4/8、9日分)

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自然がすべて人間に有益なわけではないし、「反自然」(?)が人間を常に害するわけでもない(当たり前。そもそも砂糖は、「反自然的物質」ではない)

2024-04-09 00:00:00 | 書評ほか書籍関係

本多勝一著『遥かなる東洋医学へ』(単行本)を読んでいると、往々にして「大丈夫か、この人(たち)」とか、「これはさすがに本多氏まずいんじゃないの」と思える記述が多々あります。今日はその1つを。なお手元にあるのが文庫本なので、文庫本からの引用で。


恐るべきことだが、妊娠中や出産の仕方を始め、毎日の食物から日用品や生活習慣・移動手段(交通)にいたるまで、ほとんどすべてが反自然的なもので充満しているではないか。(P.127)

前にも書きましたが、それは「人間に必要な自然もあれば、そうでないものもある」としか言いようがないですね。本多氏のいう「妊娠中」「出産」というのが、具体的にどのようなことを指摘しているのか(書いていないので)わかりませんが、緊急時における帝王切開ほかの医療は、「反自然」ではありますが、当然非常に有益なものでしょう。不妊治療も、もちろんこれは、「反自然」ではありますが、「不妊治療は反自然的なものであるから、するべきでない」とは本多氏も公言はできないでしょう。すくなくともこの本ではそういう主張はされていない。

ここでいう本多氏の、「反自然」とは、おそらく分娩促進剤の(不要な)投与などによる分娩時刻の調整とかそういうことを言っているのでしょうが、それならそういうことを指摘すればいいわけで、「反自然」などという抽象的な総論で一刀両断しても、上で私が書いたような無様で無残な始末になるだけです。だいたい自然といったって、毒草も毒キノコもあるし、地震や津波、落雷など、人間にとっていろいろ障害になることはたくさんあるでしょう。

そもそも本多氏がやたら称賛する「東洋医学」だって、ぜんぜん「自然」ではないのですが、そういうことを本多氏に指摘しても、たぶん反応はないのでしょう。

それで、この本を読んでいて、私が「この人大丈夫か!?」と思ったのが(そんなのはたくさんありますが)、こちら。


子どもの身になって考えてもみよう。離乳期になってなんでも口にしたがる赤ん坊に、たとえば砂糖のような反自然的物質でつくられた菓子のたぐいをどんどん与えたら、まず味覚からして反自然的になり、真に「身体の欲する」食物への欲求が鈍感になることは目にみえている。(P.128)

砂糖は、「反自然的物質」ではないでしょう(苦笑)。人工甘味料とかを持ち出すのなら、話としては分からんでもありませんが(そもそも本多流の「センサー理論」なら、子どもはそれを食べないのではないか。下でご紹介する本多氏の孫の話では、そういう主張を本多氏はしています)。いや、これ精製した白砂糖が悪い、とか言っているの? 本を読んだ限りでは、そういうことでもなさそうです。

ていうかさあ、これ文庫本なわけで、単行本の段階で「これまずいですよ」と指摘した人、本多氏の周囲にいなかったんですかね(呆れ)。なにをこんな愚劣な話をするのか。

本多氏とこんなことで議論してもしょうがありませんが、『遥かなる東洋医学へ』とほぼ同時期(1996年)に出版された古典的名著を。なお著者は、英国史の研究者であり、農学者や農業経済学者ではありませんが、非常に面白い本です。現在でも新刊本が買えます。とっくの以前に単行本も文庫本も品切れ重版未定である『遥かなる東洋医学へ』とはえらい違いです。

砂糖の世界史 (岩波ジュニア新書 276) 

Amazonの紹介文を引用します。


茶や綿織物とならぶ「世界商品」砂糖.この,甘くて白くて誰もが好むひとつのモノにスポットをあて,近代以降の世界史の流れをダイナミックに描く.大航海時代,植民地,プランテーション,奴隷制度,三角貿易,産業革命―教科書に出てくる用語が相互につながって,いきいきと動き出すかのよう.世界史Aを学ぶ人は必読!

引用にもあるように、砂糖というのは、誰もが好むといっていい商品です。うんなもん本多氏の主張するような怪しい話で語れるようなものではない。そして本の本文から引用すれば、次のようになります。最初の行は、見出しです。


生まれつき砂糖を嫌いな人はいない

砂糖の消費が生活水準の基準になるといわれたのには、もうひとつ理由があります。それは、ほかでもない、砂糖は世界中のだれからも好まれるということです。あとでこの本の主な話題のひとつになる、近代初期の世界で広く取り引きされた商品―「世界商品」とよんでおきます―となった食品のなかでも、たとえば、コーヒーやお茶は、はじめて飲んだときにはおいしいというより、苦いと思ったりする人もいるでしょうし、とくに子どもはそうでしょう。また、同じ時代に世界にひろがったタバコなどでは、はじめて吸ってみて快適に感じる人は少ないはずです。お酒のたぐいも同じでしょう。

これに対して、生理学的な理由はいまだによくわからないようなのですが、砂糖の甘味は、赤ちゃんをふくめて、はじめて口にした人がすべて好きになってしまうのです。お酒の好きなお父さんなので、「甘いものは嫌い」という人もたくさんいますが、あれは大人になって、しきりにお酒を飲むようになったせいで、味覚が変わっただけです。あの人たちも、子どものころは、砂糖が大好きだったはずなのです。こうして、砂糖は、おおかたの人びとに好まれますから、とくに「世界商品」になりやすい性格をもっていたのです。(P.3~4)

以上振り仮名の記載・段落の一字下げは省略。段落には、1行空けをしています。

いずれにせよ本多氏自身も本多氏のご両親やお子さん、奥さんほかも、甘いものはすきだったはず。そういえば、刑務所で服役していた人(後藤真希の弟である後藤祐樹)が、こんなことを述べていました。

刑務所の食事というのは、糖尿病対策にいいらしい(禁酒禁煙間食不可労働きっちりだから、たしかに身体にはいいのだろう。ただしストレスは問題)


「みんな甘いものに飢えている」
刑務所に入ったら、とにかく甘いものが欲しくなる。以前、取材した元受刑者達は強く主張していた。内の一人は元々お酒が好きで、甘いものはそんなに食べる方ではなかった。それでも―――

「中にいたら、酒が呑みたいとかは特に思わないんです。それよりとにかく甘いものが食べたい。本当にそうなります」

(中略)

「僕の周りを見てみても、普通は男性、甘いものはあまり食べない、って人も多いじゃないですか。特にお酒呑みの人はそうですよね。でも中に入ると真逆なんです。みんな甘いものに飢えている。出されると、むしゃぶりつくように食べてます」

「とにかく甘いものが食べたくなる」という後藤祐樹さん

出所したら、お菓子を買いまくって食いまくる
後藤氏は元々、お酒はそんなに呑む方ではなかったそうだ。ただ、ヘビースモーカーではあった。日に何箱も吸っていた。タバコの禁断症状はどうだったのか。

「それが、タバコも別に吸いたいとは思わないんですよ。それよりとにかく甘いものが食べたい。お酒よりもタバコよりも、甘いもの。それが実感でしたねぇ」

こういう証言を聞くにつれ、我々は普段の生活で必要以上の糖分を摂っているのだろうな、と思い知らされる。それに身体が慣れている。だから刑務所に入って、必要最小限の糖分しか与えられないと無性に欲しくなってしまう。そういうことなのだろう。

というわけです。つまりは、砂糖を食して喜ぶ子どものほうが、「自然」なわけであり、娑婆では甘いものを特に好まない人間でも、刑務所では甘いもの大好き人間になるわけです。何を本多氏は、こんなデタラメかつ非常識なことを書いているのか。正直これを読んだ際私は、あまりのひどさに絶句しました(苦笑)。それにしても川北稔氏の冷静な筆致と本多氏の説教じみた筆致、きわめて対照的です。もちろん川北氏の方がずっと上、本多氏の方は下の下の下の下の下です。

ところでここで心配になったのですが、本多氏の初孫の女の子「Mちゃん」は、まさか「反自然だから」と砂糖の摂取を禁じられる、あるいはそうとまではいわずとも必要以上の制限をされたりはしなかったでしょうね。ただ本多氏といい、孫の親(本多氏の息子とその奥さん)といい、本多氏がやたら傾倒する境信一氏がほざいている「センサー」なんて与太を本気で信じているようなので、そういう可能性も空想次元でありえないということもないでしょう。私の杞憂であったことを願うばかりです。

何の論証もなく勝手なことをほざかれていては、東洋医学全体も迷惑だろう(本多勝一『はるかなる東洋医学へ』)

で、なんで本多氏が、こんな支離滅裂なことを主張するかというと、たぶん本多氏がやたら依拠する境信一氏の主張をそのまま垂れ流しているからでしょうね。こんな馬鹿な話は、とても本多氏が考えつくようなものではないでしょう。仮にそうでなくったって、あまりの馬鹿らしさに「晩節を汚す」としか言いようがないのではないか。さらに砂糖ではないがこちらはどうか。


イニュイ民族は生肉だった。アルゼンチンその他ほとんどの「文明国」は焼き肉をはじめとする火食です。極地探検家が壊血病で苦しんでも、イニュイ民族が平気だったのは生肉だったからでした。ビタミンその他が、火食という反自然的行為だと摂取されない。(P.155~156)

これまた「おいおい」ですよね。「」というのは、人類にとってもっとも基本的なものであり、さまざまな文明や文化の淵源でもあり象徴でもありました。Wikipediaにも

人類は古来、火を照明調理暖房合図のために用いており、また近代以降は動力源としても火を利用してきた。「火の使用により初めて人類は文明を持つ余裕を持てた。」と考える人もおり、火を文明の象徴と考える人もいる。これはギリシャ神話における「プロメーテウスの火」の話を思い起こさせる。その後も火は人間の生活の中で非常に大きな地位を占め、火を起こすための燃料の確保は全ての時代において政治の基本となっている。とくに20世紀中盤以降はもっとも広く使用される燃料は石油であり、石油を産出する産油国はその生産によって莫大な利益を上げ、また石油価格の上下は世界経済に大きな影響を及ぼす。

というわけです。まさか人間が、あらゆる食品に火を通さないで食べることができるというものでもないでしょう。極地探検家の事例などはかなり特異なものであり、一般論で論じるべきものでもないでしょう。壊血病などは、原因がわかったらそれに苦しむこともなくなったし、また食物に火を通すことにより衛生面ほかの効用がある。そもそもそこまで言うのなら、本多氏は、「火食」をしないのかよ(そんなことないだろ)です。と考えたら、ご当人


それに生の西洋野菜より、ミソ汁などにギッシリ入れて煮た日本的なものの方が大量に食べれますよ。(P.158)


ここで境信一氏の解説する玄米の食べ方を紹介しておきましょう。(P.169)

と書いています(苦笑)。おいおいですよね(苦笑)。いったいいつから東洋医学の境氏は、玄米食のコンサルタントになったのか(呆れ)。味噌汁を飲んだり玄米を炊くのならやっぱり火を使っているじゃないですか。「本多さんは、火を使って調理したものを食べているようですが、これらはあなたの『火食という反自然的行為』という主張と矛盾しませんか」と問われたら、本多氏はどうこたえるのか。まともに応答できずに逃げるだけでしょう。要するに愚にもつかない与太や出まかせをほざくからこうなるのです。

さすがにこの本を読んで、よし自分も、本多氏が推奨する食生活をしてみようと実行する人はあまり多くないでしょうが、たぶんそれは挫折する可能性が高い。本多氏自身文庫版あとがきで、


また「あとがき」のなかで食養生に関連して私の玄米食のことが触れられていますが、すでに七〇代となった今さすがにこれは変わって、白米(時に麦飯)と蔬菜と補助食品になっています。(P.254)

と書いている。

つまりあんただって、継続できないようなもんじゃねえかよ(苦笑)!!!

というわけです。あまりのひどさにお話にもなりません。

ていうかこれは、今後執筆する予定の続きでまた論じたいのですが、この本多著書って、まともな医者や管理栄養士、栄養学者などに取材、あるいは内容の校閲をしてもらっているんですかね。本多氏には、日本の医学界でも幹部クラスの医学者が同級生や友人・知人でいる(執筆時。現在ではその多くは故人でしょう)ようですから、そういう人たちからまともな指摘なりなんなりを受けるべきではないか。もしそうしていれば、たぶんみな「その境とかいう人物は信用ならん」「相手にしないほうがいい」というような忠告をしたのではないですかね。まともな医者や栄養学者、管理栄養士らが、こんな人物のほざくことに賛同するとは思えない。そもそも本多氏は、やたら食生活を重視しますが、当の境氏が、さほどの高齢でなく(死因は不明ですが)亡くなっているわけであり、これまたほぼ悪い冗談のレベルのお粗末さです。

というわけでこの本については、今後も断続的に批判をしていきますので読者の皆さまにおかれましては乞うご期待。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする