読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【わしだって絵本を読む】活気と温かみにあふれた輪島朝市をライブ感たっぷりに描いた『あさいち』

2024-03-17 16:01:00 | 本のお噂

『あさいち』
大石可久也=え、輪島・朝市の人びと=かたり、福音館書店(かがくのとも絵本)、1984年


平安時代から続く長い歴史をもつ、石川県輪島の朝市。地元の人たちの暮らしを支える台所にして社交の場であり、観光客にも人気のあるスポットでもありましたが、年明け早々に発生した能登半島地震に伴う火災によって、朝市のエリアだった区域のほとんどが焼失してしまいました。
その輪島朝市の活気ある情景を描いたのが、この『あさいち』という作品です。今から44年前の1980 年に、福音館書店の絵本雑誌『かがくのとも』の一冊として刊行され、4年後の1984年には単行本化されましたが、その後長らく品切れとなっていました。このほど、能登半島地震の復興支援の一環として復刊の運びとなり、売上によって得られた利益は、義援金として日本赤十字社に寄付するとのことです。

海産物や野菜、お花、お菓子など、さまざまな品物を道端で売っている人たちと、それを買う人たちとの間で交わされている会話が、温かみのある方言とともにいきいきと、ライブ感たっぷりに再現されています。たとえば、じねんじょ(自然薯)を売っているおばさんの売り文句は、こんな感じ。

  「ほんとの じねんじょやぞ。
   はたけに うえた いもやねえぞ。
   やまで みつけて このながさ
   ほるんださけ、たいへんだわ。
   おつゆに してもええし、
   ごはんに かけてもええし。」

どうです?なんだか無性に、売られているじねんじょが買いたくなってくるような気になってきませんか?
いわしを塩や糠などに漬け込んで作る、能登の保存食「こぬかいわし」を売っている人もいます。「だいこと にれば うめえげに」などと言われると、これも買って帰りたくなりますねえ。わたしはまだ食したことはないのですが、さぞかし「うめえ」ことでありましょう。
売り物の野菜の横に、「これはあげます」と書いた紙を貼った箱とともに2匹の子犬を置いている人も。5匹生まれたうちの3匹は貰われたものの2匹はあまってしまったそうで、「まごの おらんまに もってきたげ。がっこから けえってきたら なくだろな」なんて言っているのには、ちょっとクスッとさせられます。
いきいきとしていて、時に笑いを誘われる楽しい売り文句を読んでいると、まるで活気ある朝市の中に来ているような気持ちになってきます。どこか民話のような雰囲気を感じさせる絵も、実にいい感じがいたします。

輪島朝市は、単に物を売り買いするだけの場ではありません。地域の人びとの社交の場であり、人びとが助けあう場でもあるのです。
朝市の終わり近くの情景を描いた絵では、集まった人たちが会話を交わしている姿や、売れ残った品を互いに交換しあっている姿が描かれています。人びとの生きたつながりが感じられるそれらの情景には、心温まるものがあります。
会話の中にあった以下のことばからは、朝市に出ることが一種の「生きがい」ともなっている人がいるということが伝わってきて、とても印象的でした。

  「よめは こんなさぶいひに
   いちに でんでもええと
   ゆうてくれるが、うちで
   こたつのもりを しとっても
   つまらんしねえ。」

人びとがつながり、「生きがい」を感じることができる場所でもあった輪島朝市。それが地震と火災の猛威によって失われてしまったことを思うと、なんともつらいものがあります。この先、能登の復興が進んでいって、輪島朝市が再開できるよう、ただただ願わずにはいられません。
活気と温かみにあふれた輪島朝市が、いつの日にかまた蘇りますように!

天領日田洋酒博物館館長・高嶋さんの超ポジティブ人生哲学に酔いしれた、5度目の日田の夜

2024-03-04 19:27:00 | 旅のお噂
2月23日から25日までの3日間、大分県へ旅行に出かけておりました。ここ10何年かずっとお邪魔している恒例の別府と、今回が3年連続5回目の訪問という、こちらもなかば恒例化してきている日田への旅でありました。
日田のほうではおりしも、2月の後半から3月いっぱいにかけて、街のさまざまな場所で雛人形が華やかに飾られる「天領日田おひなまつり」が開催中。それもあってか、江戸時代の風情ある街並みが残る豆田町界隈は、団体さん(韓国あたりからのが多いようでした)や家族連れをはじめとして、多くの観光客で賑わいを見せておりました。


(↑こちらの雛人形は、豆田町にある「日本丸館」に展示されていたもの)

江戸の風情が残る街並みを歩く楽しさを満喫できるのもさることながら、水に恵まれた日田は日本酒の蔵元が3軒あるのをはじめとして、麦焼酎「いいちこ」の醸造所やサッポロビールの工場、梅のリキュールの製造所が揃っていて、酒好きにとってはまさに天国、聖地といってもいい場所でもあります。なので、そちらのほうも大いに満喫させていただきました。・・・厚労省が最近これ見よがしに出してきた、おせっかい極まりない「飲酒ガイドライン」なんぞ知ったこっちゃございませぬわ。ぬはははははははははは。
(↑日田の飲食店ではメインとなっている、サッポロ黒ラベルの生ビール)

(↑豆田町にある日本酒の老舗「薫長」の酒蔵に併設されたカフェコーナーで呑める利き酒セット。左から、香りも味も華やかな「大吟醸 瑞華」、キレがあって呑み飽きない「薫長 特別純米」、どっしりした味わいの「雄町 火入れ」)

そんな酒好き天国の日田を象徴するようなスポットが、「天領日田洋酒博物館」。NHK連続テレビ小説『マッサン』のモデルであったニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝氏の手になるポットスチル(ウイスキーの蒸留窯)をはじめとする、洋酒とその関連グッズ4万点以上もの驚愕のコレクションを収蔵、展示している、酒好き洋酒好き垂涎の個人運営によるミュージアムです。訪問するのは昨年に続き2回目であります。
この博物館については、昨年訪ねたときに当ブログに記事を綴りましたので、詳しいことはそちら↓に譲ることといたします。



この圧巻、驚愕のコレクションを築きあげたのが、館長である高嶋甲子郎さんであります。

上の写真からもよ〜くおわかりのように(笑)、高嶋さんはとても気さくで明るく楽しいお方であります。そしてなにより、根っからのポジティブ人間。もうポジティブが服着て歩いて、美味しそうにお酒を飲んでいるというようなお方で(笑)。そのポジティブさで、会った人をたちまちトリコにしてしまうような、オーラというか磁力を強烈に発しておられます。今回日田を訪れたのも、この高嶋さんと再会したいがためであったと言っても過言ではございません。
1年前とまったく変わることなく、気さくでポジティブな高嶋さんと再会できた嬉しさを噛み締めつつ、博物館に展示されている洋酒コレクションの数々を観覧。二度目の観覧でありますが、その質量ともに圧巻のコレクションにはあらためて、ため息のつき通しでありました。
展示の内容が微妙に変わっていることに気づくと、高嶋さんは「1年のあいだにさらにたくさんコレクションが増えました!」とおっしゃいます。どのくらい増えたんですか?と尋ねると、「え〜と、う〜ん、まあ、たくさん増えました」とのお答え。どうやらご本人にも、正確な数が把握しきれないくらい「たくさん」増えたようです(笑)。

夜に入り、市内の海鮮居酒屋で一杯やったあと、こんどは博物館に併設されているバー「k t,s museum Bar」へ。博物館の館長から、バーのマスターに変わった高嶋さんが作る「マッサンハイボール」や、定番ウイスキーの水割り、さらに今ではお値打ちもののウイスキー「竹鶴」をストレートで傾けつつ、高嶋さんやカウンターで隣り合わせたお客さんたちとの会話を楽しみました。
この夜は嬉しいことに、福岡から来られたという方によるジャズの「投げ銭ライブ」が行われ、雰囲気たっぷりのサックスの生演奏が、ウイスキーの美味しさをさらに引き立て、より一層気分良く酔うことができました。


この夜、高嶋さんから聞いたお話の中でひときわ強い印象を受けたのが、高嶋さんの人生における一大転機となった出来事にまつわるエピソードでありました。
(以下、お酒に酔いつつお聞きしたお話ということで、細部には記憶違いがあるやもしれませんが、どうかご容赦を・・・)

とても陽気で明るいお人柄の高嶋さんですが、その人生には大きな苦難もありました。そのひとつが、2016年4月に起こった熊本・大分地震。この時は日田も強い揺れに襲われ、それによって博物館の貴重なコレクションも相当、大きな被害を蒙ったといいます。
それに追い討ちをかけるように、同じ年の夏には当時経営していた会社とお店4つ(そのうちのひとつが、洋酒博物館の姉妹館でもあったビール博物館)が、漏電火災によって全焼してしまうという災難に見舞われてしまいます。
普通の人であれば打ちのめされ、心も折れて立ち直れなくなってしまうであろう、大きな災難であります。しかし、高嶋さんは燃えていく建物を目にしながら、こんなことを思ったというのです。

もしかすると、これは大きなチャンスなのではないか?

過去に大きな功績をあげた人たちは皆、それぞれ大きな苦難に直面しながらも、それをチャンスに変えることで成果を残すことができた。だから、自分もこれをチャンスと捉えなければ・・・。それが、そのときの高嶋さんの真意でした。
同時に、こういうことも頭に浮かんだといいます。これは、亡くなった父親やご先祖さまが、自分の身を守るために起こしてくれたのではないか?」と。
当時の高嶋さんは、博物館とともに経営していた4つの会社やお店の運営のために、夜もろくに寝ることのない日々を送っていたそうです。そんな中で起こったこの災難は、「このままではお前は死ぬぞ」という、亡きお父さんやご先祖さまからの警告だったのでは・・・高嶋さんはそう受け止めたといいます。

火災という大きな災難に遭ってもなお、周囲に対してはつとめて明るく振る舞っていた高嶋さんに、多くの友人知人からさまざまな形での支援が寄せられました。取引先の金融機関に至っては、博物館の建設によって生じた負債を大幅に圧縮してくれたのだとか。
そんな多くの人たちの厚意に接した高嶋さんは、当時について「人生で一番泣いた時期でした」と振り返ります。そして、めいっぱい号泣したあと、

これからは絶対、人には泣き顔は見せない!

と決意したといい、こう続けました。

ここから必ずV字回復して、助けてくれた人たちに恩返ししたい!と決心しました。それが今でも、わたしの生きるモチベーションになってるんですよ

高嶋さんの明るく楽しいお人柄は、大きな苦難に直面しながらも、それをチャンスと捉えて前向きに乗り越えるという経験に裏打ちされたものだったんだなあ・・・。お話を伺いながら、わたしはいつしか涙ぐんでおりました。高嶋さんがそれに気づかれたかどうかはわかりませんが・・・。

それにしても、日中は博物館の館長として活動したあと、夜にはバーのマスターのお仕事もこなすというのはなかなか大変なのでは?とわたしが訊くと、高嶋さんは「夜は4時間しか寝ませんけど、もうそれで充分なんですよ」とお答えになり、こうおっしゃいました。

人生には限りがありますから、1分たりともムダにしたくはないんです

そして、こうもおっしゃったのです。

今のところは、まだ自分の理想の2〜3割くらいしか実現していないんですよ。だから、残りの実現のためにまだまだ、いろんなことをやりたいと思ってます!!

わたしと同じ50代前半という歳にあってもなお、自分の求める理想を実現するために、時間を惜しんで動いている、アクティブかつパワフルな高嶋さん。そのお話を聞いていると、仕事の疲れをイイワケにしつつ、ついついダラけて時間をムダにしてしまっているオノレが情けなく思えてきたのでありました・・・。

高嶋さんは口癖のごとく、ご自分のことを「もうアホタレですわ」などと自嘲するようにおっしゃいます。ですが、端から見れば「アホタレ」「バカ」などと言われるくらい物事に熱中し、それを極めることが大きな価値を生むのだということを、高嶋さんは教えてくれているように思うのです。
わたしのような凡人は、何かをやろうとしてもあれやこれやと、いろいろな考えを小賢しくこねくり回すばかりで、結局は自分のやるべきことも、やりたいことも何ひとつなし得ないまんま終わってしまう・・・というのがオチであります。ハンパな「知識」やら「世間体」やらに囚われている、凡人ならではのカナシサでありましょう。
いや、コトはわたし一人に限りません。小賢しいリクツを振り回しているくせに、そのじつ権威にはからきし弱いばかりでたいして役にも立たない「知識人」や「知識人もどき」。同調圧力や足の引っ張り合いで成り立つ「世間体」。何をやるにも横並びでしか判断できない、主体性なき「メダカ民族」(文末の注を参照)的習性。そして、他者が大切にしている楽しみや生き甲斐に対して、「不要不急」なる粗雑かつ野蛮なレッテルを一方的に貼り、否定して恥じない風潮・・・。そんなことどもが蔓延ることで、わが祖国ニッポンは活力を失って衰退し、ダメダメになってしまったのではありますまいか。
(思えば、4年近くにもわたってダラダラと続き、社会に多大なる混乱と損失をもたらす結果となった、新型コロナウイルスをめぐる不毛な莫迦騒ぎもまた、そんな衰退するダメダメなニッポンに相応しい事象ではございました・・・)
わたしを含めた衰退ニッポンに生きる人間が学ぶべきは、「アカデミズム」という名の学者ムラの中でヌクヌクとアグラをかいているばかりなのに、態度だけは妙にエラソーな「専門家」や「知識人」にあらず。自分の「好き」を「アホタレ」なくらいにとことん極めることで価値を生み出す熱意と、逆境をチャンスに変えて成功へとつなげる前向きな行動力を持ちながらも、決して偉ぶることもない気さくなお人柄で、いろいろな人たちへの感謝の気持ちをモチベーションにし続けておられる、高嶋さんの超ポジティブな人生哲学にこそ学ぶべきではないのか・・・。
ウイスキーの心地いい酔いに包まれたアタマの隅で、わたしはぼんやりとそんなことを考えていたのでありました。

ということで、今回の自分へのお土産は、洋酒博物館の物販コーナーで買ってきたオリジナルのTシャツであります。シンプルなデザインでなかなかカッコいいですねえ。



なんだかんだ言っても、来年もまた高嶋さん会いたさに、日田へと足を運ぶことになりそうだなあ。


(注)元朝日新聞記者のジャーナリスト・本多勝一氏がよく使っておられた、周囲に合わせるばかりの主体性なき日本人の横並び体質を指したコトバ。それにしても、とっくに「卒業」したハズだった本多氏のコトバを、よもやこのようなカタチで引っ張り出してくることになるとはなあ・・・(しみじみ)。

【閑古堂の年またぎ映画祭&映画千本ノック20・21本目】『ベン・ハー』『タイタニック』

2024-01-07 18:01:00 | 映画のお噂
年末年始に行った個人的な映画祭「年またぎ映画祭」。大晦日から元日にかけては、映画史に輝く叙事詩的スペクタクル大作2本をたっぷりと堪能いたしました。

年またぎ映画祭4本目&映画千本ノック20本目『ベン・ハー』Ben-Hur(1959年 アメリカ)
監督:ウィリアム・ワイラー
製作:サム・ジンバリスト
原作:ルー・ウォーレス
脚本:カール・タンバーグ
撮影:ロバート・L・サーティーズ
音楽:ミクロス・ローザ
出演:チャールトン・ヘストン、スティーヴン・ボイド、ジャック・ホーキンス、ハイヤ・ハラリート、ヒュー・グリフィス、マーサ・スコット、キャシー・オドネル
Blu-ray発売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント

強大なローマ帝国の支配下にあったエルサレム。裕福な商人の息子であったジュダ・ベン・ハー(チャールトン・ヘストン)は、ローマの軍司令官となっていた旧友のメッサラ(スティーヴン・ボイド)と久々の再会を喜び合う。しかし、冷徹なローマの権力者と化していたメッサラは、ベン・ハーがローマに反抗的な人間の密告者となることを拒んだことをきっかけとして、ふとしたことでベン・ハーとその母と妹を投獄した上、ベン・ハーは奴隷の身となってガレー船の漕ぎ手にされてしまう。だが、海戦の最中に総司令官のアリウス(ジャック・ホーキンス)の命を救ったことからアリウスに取り立てられ、戦車の御者となる。そして、いまや仇敵となったメッサラへの復讐を果たすべく、ベン・ハーは戦車競争でメッサラとの対決に臨む・・・。

南北戦争の将軍であったルー・ウォーレスの小説の三度目の映画化(一度目は1907年、二度目は1925年で、のちに2016年にも映画化されています)にして、史劇スペクタクル映画の最高峰です。公開されるや、製作国のアメリカはもちろん日本でも大ヒットし、アカデミー賞においては作品賞、監督賞、主演男優賞など11部門で受賞し、見事オスカーの最多受賞記録を打ち立てました。監督は、『ローマの休日』(1953年)などの名作を世に送り出した巨匠、ウィリアム・ワイラー。

4時間近い長さの映画ではありましたが、不屈の精神でさまざまな苦難に立ち向かっていく主人公ベン・ハーのドラマに惹きつけられ、夢中で楽しむことができました。
なんといっても素晴らしかったのが、語り草となっているクライマックスの戦車競争シーン。広大かつ巨大な競技場のセットを実際に建設し、数多くのエキストラを配した上で、危険なスタントにより撮影された戦車競争シーンは、いまの映画製作事情ではとうてい不可能であろう迫力に溢れています。このほかにも、巨大なセットや多数のエキストラによって撮影されたシーンがところどころにあって、そのスケールの大きさに圧倒されました。もっとも、後半における宗教色の強い展開には、正直ピンとこなかったことも事実なのですが・・・。
フルスケールのスペクタクル場面がある一方で、海戦シーンは精巧なミニチュアによって撮影されていたり、作画合成による遠景の表現があったり(例として、戦車競技場の遠方に見える山並みなど)、特殊撮影も効果的に使われております(アカデミー賞では視覚効果賞も受賞)。

3年前に公開された『十戒』(1956年)と本作とで、一躍史劇スペクタクル映画の顔となったチャールトン・ヘストンの存在感はさすがで、ベン・ハー役はもうこの人以外には考えられないくらいのハマりっぷりです。また、スティーヴン・ボイドが演じている仇敵メッサラのキャラクターが、単なる悪党ではなくベン・ハーに対する複雑な感情を持った人物として描かれているところも興味深いものがありました。実際、ノンクレジットで脚本に関わった作家のゴア・ヴィダルによれば、メッサラとベン・ハーとの間には「男と男の愛情」がある、と説明されていたのだとか(スティーヴン・ジェイ・スナイダー総編集『死ぬまでに観たい映画1001』に収録されている作品の解説文より)。


年またぎ映画祭5本目&映画千本ノック21本目『タイタニック』Titanic(1997年 アメリカ)
監督:ジェームズ・キャメロン
製作:ジェームズ・キャメロン、ジョン・ランドー
製作総指揮:レイ・サンキーニ
脚本:ジェームズ・キャメロン
撮影:ラッセル・カーペンター
音楽:ジェームズ・ホーナー
出演者:レオナルド・ディカプリオ、ケイト・ウィンスレット、ビリー・ゼイン、キャシー・ベイツ、ビル・パクストン、グロリア・スチュアート
Blu-ray発売元:20世紀フォックス ホーム エンターテイメント(現 ウォルト・ディズニー・ジャパン)

1912年4月10日、「史上最大の豪華客船」との呼び声の高かったタイタニック号は、イギリスのサウサンプトン港からニューヨークに向けての処女航海に出る。その一等船室には、名家の令嬢であるローズ(ケイト・ウィンスレット)が母親や婚約者らとともに乗船していたが、家の虚名を守るためだけの結婚を前にして気持ちは沈んでいた。思いあまったローズはデッキから身投げを図るが、三等船室に乗り込んでいた画家志望の青年ジャック(レオナルド・ディカプリオ)に止められる。このことをきっかけに、ローズとジャックは身分の差を越えて惹かれ合い、やがて結ばれる。しかし、タイタニック号は氷山と衝突して浸水し、沈没することが避けられなくなってしまう。阿鼻叫喚のパニックの中、ローズとジャックの決死の脱出劇が始まる・・・。

・・・などといったくだくだしい内容紹介などいまさら不要であろう、ジェームズ・キャメロン監督による90年代最大のメガヒット作であります。こちらも公開されるや大ヒットとなり、アカデミー賞では作品賞、監督賞など11部門で受賞し、『ベン・ハー』と並ぶオスカー最多受賞作品の栄誉に輝きました(そしてその6年後、『ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還』がやはり11部門で受賞し、3本目の最多受賞作品となりました)。セリーヌ・ディオンが歌った主題歌「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」も映画とともに大ヒットしたのも、皆さまよくよくご存じのことでありましょう(こちらもアカデミー歌曲賞を受賞)。

今回、かなり久しぶりに観なおしたのですが、ローズとジャック二人の恋愛模様に割かれる時間がちょっと長すぎるかなあ、と感じられました。でも、タイタニックの浸水と沈没によるパニックを描き出す、後半部におけるつるべ打ちのスペクタクルはやはり大迫力で、こういうところはさすがキャメロン監督だなあ、とあらためて唸らされてしまいました。
そのタイタニック沈没のスペクタクルは、当時の最新VFX(視覚効果)技術によって、実に見応えたっぷりの映像に仕上がっています(キャメロン監督らが設立したデジタル・ドメインや、ジョージ・ルーカスにより設立されたILMなどのVFX工房が参加)。
その一方で、長年タイタニックを追い続けてきたキャメロン監督の執念とこだわり(ちなみに、冒頭で潜水艇が海底のタイタニックを探索する場面では、キャメロン監督本人が撮影した実際のタイタニックの映像も使われております)により、実物大のタイタニックを再現した巨大なセットや、当時の内装を極力忠実に再現した船室内のセットも建造され、それが作品にさらなる迫力とリアリティをもたらしています。

本作で一気に大スターとなったジャック役のレオナルド・ディカプリオと、後半ではなかなかタフなヒロインぶりを発揮するローズ役のケイト・ウィンスレットも魅力的ですが、ローズの老年期を演じた、当時87歳のグロリア・スチュアートの情感あふれる演技(アカデミー助演女優賞にもノミネートされ、最高齢でのノミネート記録となりました)も素晴らしいものがありました。
また、スティーヴン・キング原作のスリラー映画『ミザリー』(1990年)では怖〜い女性を演じていたキャシー・ベイツは、本作では陰ながらジャックを手助けする気のいい女性を演じていて、好感度大でありました。


このあとも、お正月のうちに何本かの映画を観るつもりでありましたが、年明け早々に立て続けに起こった、能登半島地震と羽田空港での衝突事故という大惨事の報道を目の当たりにして、映画を観ようという気持ちが失せてしまいました。
かくして、今回の「年またぎ映画祭」自体も、そのまま終わりということになったのでありました・・・。


【閑古堂の年またぎ映画祭&映画千本ノック17・18・19本目】『暴力脱獄』『明日に向って撃て!』『スティング』

2023-12-31 10:44:00 | 映画のお噂
年末年始のテレビはロクなのがないわ〜、とお嘆きのそこのアナタ、年末年始は映画三昧に限りますぞよ!ということで今年もまた、個人的年越し映画祭「年またぎ映画祭」をやることにいたします。
まず最初のパートは「永遠のヒーロー、ポール・ニューマン&ロバート・レッドフォード特集」。ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードの共演作2本と、ニューマンの単独主演作の特集であります。

年またぎ映画祭1本目&映画千本ノック17本目『暴力脱獄』Cool Hand Luke(1967年 アメリカ)
監督:スチュアート・ローゼンバーグ
製作:ゴードン・キャロル
原作:ドン・ピアース
脚本:ドン・ピアース、フランク・R・ピアソン
撮影:コンラッド・ホール
音楽:ラロ・シフリン
出演者:ポール・ニューマン、ジョージ・ケネディ、J・D・キャノン、ストローザー・マーティン、ジョー・ヴァン・フリート、ハリー・ディーン・スタントン
Blu-ray発売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント

社会や権力が押しつけるルールに対して反抗的な姿勢をとるルーク(ポール・ニューマン)は、パーキングメーターを壊した罪で捕まり刑務所へ収監される。はじめは顔役的存在であるドラッグ(ジョージ・ケネディ)をはじめとする囚人たちから「新入り」として軽く扱われていたルークだったが、刑務所長(ストローザー・マーティン)や看守らによる非人間的な扱いにも屈しない彼は、やがてドラッグをはじめとする囚人たちから尊敬されていく。そしてある日、ついにルークは刑務所からの脱走を試みるのだったが・・・。

1960年代という時代を反映した反体制的ヒーロー像を描き出し、多くの人たちから支持された傑作であります。人懐っこい笑顔を見せながらも、ルールや規則の押しつけ、そして権力の横暴には不屈の反骨精神で抗っていく、ポール・ニューマン演じる主人公ルークのカッコいいこと。いくら不合理でおかしなことであっても、「ルール」と言われれば何の疑問も持たずに、羊のごとく従順になってしまう骨のないヒトたちばかりの(コロナ莫迦騒ぎにおいてあからさまとなりましたねえ)令和ニッポンにおいて、あらためて観直されるべき一本でありましょう。
共演陣も実力派揃いです。後年は『エアポート』シリーズ(1970〜79年)などのパニック映画の常連となったジョージ・ケネディですが、本作ではルークと深い絆を育んでいくドラッグを人間味たっぷりに演じていて、実に魅力的でした(本作でアカデミー助演男優賞を受賞)。また、刑務所長を演じたストローザー・マーティンの悪辣ぶりもお見事で、ルークに向かって放った「ここにいるのは言葉のわからん男だ」は、映画史に残る名セリフとなっています。まだ有名になる前のデニス・ホッパーや、原作者であるドン・ピアース(共同で脚本も担当)も、囚人役で出演しております。

年またぎ映画祭2本目&映画千本ノック18本目『明日に向って撃て!』Butch Cassidy and the Sundance Kid(1969年 アメリカ)
製作:ジョン・フォアマン
監督:ジョージ・ロイ・ヒル
製作総指揮:ポール・モナシュ
脚本:ウィリアム・ゴールドマン
撮影:コンラッド・L・ホール
音楽:バート・バカラック
出演者:ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード、キャサリン・ロス、ストローザー・マーティン、ジェフ・コーリー
Blu-ray発売元:20世紀フォックス ホーム エンターテイメント(現 ウォルト・ディズニー・ジャパン)

盗賊団のリーダーとして銀行強盗を繰り返し、西部中に悪名を轟かせていたブッチ・キャシディ(ポール・ニューマン)とサンダンス・キッド(ロバート・レッドフォード)のコンビ。盗賊団のメンバーから持ちかけられた列車襲撃に成功し、二度目の列車襲撃を試みたブッチとサンダンスだったが、鉄道会社が差し向けた最強の追跡者たちが延々と二人を追っていく。逃げきれないと判断した二人は、教師のエッタ(キャサリン・ロス)を伴って、南米のボリビアで再出発を図ったのだったが・・・。

現在もなお伝説的な存在として語られ続けているアウトロー、ブッチとサンダンスの実話をもとに描いたジョージ・ロイ・ヒル監督の名作であります。バート・バカラック(今年2月に逝去)の音楽によって醸し出されるノスタルジックなムード、撮影監督コンラッド・L・ホールによる美しい映像、そして至る所に散りばめられたユーモアが素晴らしく、悲劇的な結末にも関わらず、観終わった後に一種の心地よさが感じられました。
ポール・ニューマンが演じる機転の効くブッチと、ロバート・レッドフォード演じる早撃ちの名人サンダンスのバディぶりが最高です。ボリビアに渡った後、最初に働いた銀行強盗で現地の言葉に悪戦苦闘するくだりや、警官隊に追い詰められながらも「次はオーストラリアに」などといったやりとりをする最後の場面など、いい場面がたくさんありました。
なによりも素晴らしかったのが、いまや映画音楽の名曲として知られる「雨にぬれても」をバックにして、ニューマンがキャサリン・ロス演じるエッタを前に乗せて自転車を走らせる場面。これを観ていると、なぜだか目頭が熱くなってしまったのでありました・・・。
これから先、何度でも観直したい一本であります。


年またぎ映画祭3本目&映画千本ノック19本目『スティング』The Sting(1973年 アメリカ)
監督:ジョージ・ロイ・ヒル
製作:トニー・ビル、マイケル・フィリップス、ジュリア・フィリップス
製作総指揮:リチャード・D・ザナック、デイヴィッド・ブラウン
脚本:デイヴィッド・S・ウォード
撮影:ロバート・サーティース
音楽:スコット・ジョプリン(作曲)、マーヴィン・ハムリッシュ(編曲)
出演:ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード、ロバート・ショウ、チャールズ・ダーニング
Blu-ray発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント

詐欺師のジョン・フッカー(ロバート・レッドフォード)は、通りすがりの男から大金の入った封筒をせしめるが、それは大物ギャングであるドイル・ロネガン(ロバート・ショウ)へと渡されるはずの金だった。そうとは知らずに金を我がものとしたフッカーだったが、そのことで自らの師匠的な存在だったルーサーを殺されてしまう。復讐に燃えるフッカーは、ルーサーから紹介されていた「大物詐欺師」のヘンリー・ゴンドーフ(ポール・ニューマン)に協力を依頼する。はじめは乗り気でなかったゴンドーフだったが、やがてロネガンに対する敵愾心に火がついていく。かくて二人は多くの仲間とともに、ロネガンを陥れるべく大バクチに打って出ることに・・・。

『明日に向って撃て!』に続き、監督のジョージ・ロイ・ヒルと主演のポール・ニューマン&ロバート・レッドフォードがタッグを組んだ、犯罪サスペンス・コメディの傑作です。
まことにお恥ずかしいことに、今回が初めての鑑賞となったのですが、脚本のデイヴィッド・S・ウォード(1989年の『メジャーリーグ』とその続篇では監督も手がけました)による完璧な物語構成と、それを入念に映像化したヒル監督の職人技によって作り上げられた本作の面白さにとことん酔い、二転三転する後半のどんでん返しに「だまされる快感」をたっぷりと味わうことができました。そして観終わったあと即座に「これはまた最初から観なければ!」と思った次第であります。
洗練されたユーモアによるコミカルな味わいもさることながら、果たしてゴンドーフたちの計画は成功するのか、フッカーは追っ手から逃れられるのだろうか、といったハラハラドキドキのサスペンスも最高でした。スコット・ジョプリンの作曲した曲を、マーヴィン・ハムリッシュが編曲した(本作でアカデミー編曲・歌曲賞を受賞)ラグタイム・ピアノの音楽も効果的に使われていて、本作のムードと魅力を大いに高めてくれています。
ブッチとサンダンスをさらに洗練させたかのようなバディぶりを見せてくれる、ニューマンとレッドフォードの主演コンビも魅力的ですが、『007/ロシアより愛をこめて』(1963年)や『JAWS/ジョーズ』(1975年)でも存在感を見せつけていた名優、ロバート・ショウによるロネガンの演技も素晴らしいものがありました。「コイツを怒らせるととんでもないことになりそう」という雰囲気を感じさせる貫禄と迫力はさすがで、巧みな計略と機知によって強い者に一泡吹かせる、本作の面白さと醍醐味を引き立ててくれました。

【閑古堂の映画千本ノック】16本目『東京物語』 「いやなことばっかり」な世の中で生きることの意味を問いかける、小津安二郎監督の代表作

2023-12-24 21:14:00 | 映画のお噂

『東京物語』(1953年 日本)
監督:小津安二郎
製作:山本武
脚本:野田高梧、小津安二郎
撮影:厚田雄春
音楽:斎藤高順
出演者:笠智衆、東山千栄子、原節子、杉村春子、山村聡、三宅邦子、香川京子、東野英治郎、中村伸郎、大坂志郎、十朱久雄、長岡輝子
DVD発売・販売元:松竹


尾道で暮らす平山周吉(笠智衆)ととみ(東山千栄子)の老夫婦は、離れて暮らしている長男の幸一(山村聰)や長女の志げ(杉村春子)らに会うため、20年ぶりに東京を訪れる。迎える幸一や志げは最初こそ歓待するものの、それぞれの仕事や生活を優先させたい彼らはだんだん、周吉ととみに対して冷淡な態度をとるようになっていく。そんな中、戦死した次男の嫁である紀子(原節子)だけが、老夫婦に対して親身になって世話をするのだった。やりきれない思いとともに尾道へと帰る老夫婦だったが、その途中でとみが体調を崩し、その後危篤状態となってしまう・・・。

巨匠・小津安二郎監督の代表作であり、日本映画を代表する名作として、国内外の多くの映画ファンに愛されるとともに、ヴィム・ヴェンダース監督や周防正行監督などのクリエイターにも多大なる影響を与えた、映画史に輝く金字塔的な作品であります。
にもかかわらず、まことに恥ずかしながらわたしはこれまでずっと、本作をきちんとした形で観てはおりませんでした。普段から観ているジャンル(SFや特撮もの、アクションもの等々)からするとひどく「地味」に思えた上に、インテリ諸氏によって熱心に語られる小津監督とその作品に、どこか近寄り難い印象を持ち続けていたことが、その理由でした。
しかし、小津安二郎生誕120年・没後60年(小津監督は生誕日も没日も12月12日)の節目を迎える中で、やはり代表作ぐらいは観ておかねば・・・ということで、ようやく本作『東京物語』をDVDで鑑賞したという次第。なるほど確かに素晴らしい映画であり、またも「もっと早く観ておくべきだった!」と後悔することしきりでありました。

家族関係や人の心が変わっていく中で、老いていくことの寂しさと無常感を抱く老夫婦の姿・・・。描きようによってはいくらでも湿っぽくなりそうな題材でありながら、本作は感情や情緒に溺れることなく、むしろ冷徹なまでに淡々としたタッチで、変わりゆく家族のありようを見つめていきます。そのような本作の作風に、強く惹かれるものがありました。小津監督独特の、ローアングルで固定された画面構成や、抑制された音楽の使い方もまた、作品の淡々としたタッチに貢献しているように思えました。
押し付けがましさのない抑制された作風であるからこそ、主人公である老夫婦の切ない境遇や、老いていくことの寂しさが、笠智衆さんと東山千栄子さんの名演とともに効果的に伝わってきます。妻を失ってがらんとした家の中で、笠さん演じる周吉がぽつねんと座りこんでいるラストシーンは、深く長い余韻を心に残します。

笠さんと東山さん以外の出演者による名演も見応えたっぷりでした。
とりわけ、長女志げを演じる杉村春子さんの「悪意のない酷薄さ」を表した演技(とみ危篤の報を受けて尾道に向かおうとする折、兄の幸一に「喪服どうなさる?」などと訊いたり、とみが亡くなった直後にずけずけと「形見分け」の話をはじめたり)は見事というほかありません。また、周吉の旧友・沼田を演じた初代黄門さま・東野英治郎さんのとぼけた味わいもさすがでありました。
そして何より惹きつけられるのが、原節子さん演じる紀子のキャラクターです。物語の終盤、兄や姉たちの身勝手さに憤る次女の京子(演じるのは初々しい香川京子さん)に理解を示しつつも、紀子は兄や姉たちにもそれぞれ事情があるということを説き聞かせます。
それでも納得できずに「そんなふうになりたくない」という京子に、紀子はこう語りかけます。
「でも、みんなそうなってくんじゃないかしら。だんだんそうなるのよ」「なりたかないけど、やっぱりそうなっていくわよ」
それを受けて、「いやあねえ、世の中って」と嘆く京子に、紀子は笑顔とともにこう返します。
「そう。いやなことばっかり」
邪険にされる老夫婦をいたわる心優しさとともに、「いやなことばっかり」な世の中に対して、どこか達観した視線を持った紀子というキャラクターは、原さんの美しさと相まってとても魅力的でありました。

時代とともに否応なく変わっていく、家族のありようや人の心は、この映画が作られてから70年経った現在、さらに大きく変わりました。いくら「昔はよかった」などと嘆いてみたところで、かつてのような家族の姿を取り戻すことは難しいでしょう。
家族や人の心が変わっていく「いやなことばっかり」な世の中で、それでも人間らしく生きていくことの意味を、本作『東京物語』は静かに問いかけているように、わたしには思えました。