らったりろったり

小説の感想とか曲の感想とか。

夕立ち

2009-08-24 22:45:23 | 日記
悲しい話を書くためには、たくさんたくさん幸せな風景を書き連ねればいいんだって今日久しぶりに思い出した。

そうすれば別に今日みたいな夕立が降らなくても、しとやかな雨だけで悲しい気分になれる。

「My Boy/ワープ!」発売!

2009-04-29 23:07:15 | 音楽
ということで、いよいよ発売。

友人も書いてたけど、「ワープ!」は思ってた曲とちょっとだけ違ったなあ。ドラムが思ったより軽かったりとか、二番に入ってますます夢あふれる歌詞になってたりとか。その中で一番違和感を感じた原因は、ショート版で聞いてたよりもワンコーラスの尺が長くなって勢いが削がれてるせいかもしれない。でも、Bメロからサビへの盛り上がり方とかすげーわくわくするし、サビはライブでやられたら飛び跳ねちゃうんだろうし、名曲には変わりなかったです。

「My Boy」は音質がめちゃめちゃいいんだけど、このせいで余計軽い曲に感じられるのは否めない。でも、以前と比べたらずっと耳慣れして普通に聞けるようになりました。とりあえず、PVは娘。小説ヲタが作ったとしか思えない。だって、どっからどう見ても怪盗ピーチッチです、ありがとうございました。

Buono!「My Boy」


【お知らせ】

改!よっしーブログ☆」「M-seek(小説)」「☆Nothing But A Treasure Game★」のリンクを追加しました。

【連載中】私はれいなを抱きしめていたい

2009-04-26 23:01:03 | 小説
ネタばれ有。特に後半の【心に残ったシーン】は気を付けてください。


私はれいなを抱きしめていたい」(※黒板なので閲覧には注意)

一言で言うとすごく癖になる話。

作者の愛なのかネタなのかよくわからないとりあえず妄想が短編集としてまとめられています。大半の話が「私はれいなを抱きしめていたい。」と締められていて、そこでスレ全体の統一感が演出されています、というわけでもない。混沌としています。

でも、読んでるとなんか癖になるんだよなー。気持ち悪いおっさんの妄想を書きなぐっていて、事実内容は気持ち悪いものも多いのに、その物語の上の方から作者が冷静に俯瞰しているのが見えるような気がする書き口です。

中でも、直近?に書かれた、「海」という話と「ショートホープ」という話がお気に入り。特にショートホープは1レスという限られた容量の中で、このスレや娘。たちが過ごした4年という歳月、背伸びではなく大人になってしまったれいなとそれを見る男(あるいは俯瞰する作者)の絶望や希望が「ショートホープ」という一本のたばこできれいにまとめられています。

更新頻度は物凄く遅く、4年間で68レスという現状ですが、続きものではないので気にせず読めます。男が出てくるのが嫌でなければ、お勧め二作だけでも目を通してみてください。


【心に残ったシーン】

そうかっこよくキメるとれいなはぎこちない仕草でタバコを取り出し、
火をつけようとして「あれ?着かんと?」と呟くので、
「れいな、タバコってのは口に加えて息を吸わなきゃ火つかないんだよ」
「それは知らんかったばい」と照れて赤くなった。
れいなの吹き出すタバコの煙の香りはほろ苦く、オヤジ臭い。
「ショートホープ?」「ショートホープ」という会話に、
ぎこちなさと、照れと、憧れと、達成感が滲んでいた。
一人前に目を細めてタバコを吸うれいなの姿を見て、
あの頃からよほど時間が経ってしまったんだなと思ったけれども、
「さゆがね、えりがね」
と遠い目をして絶望と希望とがない交ぜになったあの視線上、
ショートホープが更に短くなるので、私はれいなを抱きしめていたい。

「ショートホープ」

ワープ!/MY BOY

2009-04-07 20:56:20 | 音楽
「Buono!」に関しては、ロックに似せた曲を聴きたいのではなくて、ポップな曲を「これがロックだよ!」って無闇に力説したいんだ、ということがこの二曲を聴いてわかりました。

まだ大して聞いてないし、曲以外の音が入っているから曲の良さははっきりとはわからないけど、「ワープ!」すごい楽しみだ。

制約と必然性

2009-03-23 21:14:34 | 日記
以前、娘。小説における必然性という議論を見たことがある。もしかしたら何度も話し合われてきたことなのかもしれないけど。

娘。を出す必然性という部分について、それほど考えたこともないから答えは出せないが、娘。が出てくることの自分にとっての意味なら言えることはある。
キャラクターや世界観をある程度固定しなければいけないという制約が、必ずしもマイナスには働かないということだ。

それぞれの作者や読者によって、キャラクターに対して持つイメージは違っていて、それがまた面白い部分ではあるのだけど、それぞれが変わらず持っているイメージ(知識、という方が近いかもしれない)はある。例えば、人物名とか、誕生日とか、曲名とか(情報を持っていないという可能性はこの場合考慮に入れない)。そういう制約があってこそ、やられた! っていうストーリー展開だったりとか、思わず笑ってしまう小ネタだったりとかが映えてくるのだと思う。これは、一から世界観を作り出さなければならないオリジナル小説と比べた優位点だと感じる。共犯意識、というのが近いのだろうか。その成功例の一つには、前回取り上げた「怪盗ピーチッチvs名探偵アイリーン」がある。
もしかしたら、企画を楽しむというのも似たことなのかもしれない。一つのテーマに制約された小説は、「テーマに沿った小説」という付加価値を与えられるからだ。もし今後、通常企画が開催されるなら、娘。小説を書いてみようかなあ。

改めて、これは必然性の議論とは少し違うけど、以上のように共通の娘。データベースという制約の中で書かれた小説はやはり娘。小説と呼ぶべきだろうし、娘。が出てこなければならない、なんて思ったり思わなかったり。むにゃむにゃ。