Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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レカネマブは標準治療と比較し費用対効果が優れているとは言えず,価格が年間5100ドル未満とならなければ費用対効果は低い

2024年04月17日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)の疾患修飾薬であるレカネマブは高額であるもののその効果が強力とまでは言えないことから,その費用対効果について関心が高まっていました.Neurology誌の最新号に,米国・カナダの研究チームから,レカネマブの費用対効果が,治療前の検査法,各患者のApoE遺伝子ε4の状態(副作用ARIAの出現のしやすさが分かる)によってどのように変わるかを検討した研究がいよいよ報告されました.
検査法は3つ(PET,脳脊髄液アッセイ,血漿アッセイ),治療法は2つ(ドネペジル・メマンチンによる標準治療,または標準治療+レカネマブ),ApoE遺伝子で患者の標的を絞るか(=標的戦略)は2つ(ε4ノンキャリアまたはヘテロ接合体患者を標的とするか否か)で,これらの組み合わせによって定義される7つのパターンを比較しています.有効性は質調整生存年(QALYs:クオーリーズ)を用いて評価し,費用対効果の分析は増分費用効果比(incremental cost-effectiveness ratio: ICER)を算出しています.設定したコホートのモデルは,平均年齢71歳,31%がApoEε4非保因者,53%がヘテロ接合,16%がホモ接合で,61%がMCI,39%が軽度認知症としています.分かった結果は以下のとおりです.

◆7つのパターンのうち,ドネペジル・メマンチンによる標準治療が費用対効果は最適であった!
◆レカネマブ治療は標準治療と比較して費用対効果が不良で,この結果は検査法やApoE遺伝子型による治療対象の選択に関わらず認められた.
◆ただしApoE遺伝子で患者選択をすると,選択をしない場合よりも6,870~8,780ドル安価となり,かつ0.03~0.05QALYsの追加がもたらされた.
◆脳脊髄液アッセイが,PETや血漿アッセイよりも費用対効果の高い検査であった.血漿アッセイは最も安価であったが,感度が低いため費用対効果は低くなった.
レカネマブの薬剤費が年間5,100米国ドル(78.1万円)未満であれば,脳脊髄液アッセイで検査し,ApoE遺伝子型により治療対象を選択すれば標準治療より費用対効果が高くなった(注:米国での価格は年間26,500ドル).ApoE遺伝子検査を行わない場合は年間2,700ドル(41.6万円)未満であれば標準治療より費用対効果が高くなった.
◆これらの結果は,検査法の精度,レカネマブの中止および有害事象の発生率に対しても堅固であった.
◆研究の限界はレカネマブ治療18ヶ月以降のデータがないことである(18ヶ月以降効果の差が拡大すれば費用対効果が大きくなる一方,有害事象が18ヶ月を超えて持続すると小さくなる).



以上より,レカネマブ治療は標準治療と比較し,費用対効果が優れているとは言えず,価格が年間78万円未満(遺伝子診断をしていない日本の場合41.6万円未満)とならなければ費用対効果は低いという結果となりました.ショッキングなデータですので,それぞれの立場でいろいろな意見があるのではないかと思います.十分な議論がなされることが望まれます.
Nguyen HV, et al. Cost-Effectiveness of Lecanemab for Individuals With Early-Stage Alzheimer Disease. Neurology. 2024 Apr 9;102(7):e209218.(doi.org/10.1212/WNL.0000000000209218)

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機能性神経障害「La Lésion Dynamique(動的病変)とは何か?」Mark Hallett教授の講義より

2024年04月15日 | 機能性神経障害
いつもより早起きして,開催中の米国神経学会年次総会2024のPresidential plenary lectureを拝聴しました.圧巻はGlymphatic Systemを提唱したMaiken Nedergaard教授の講義と,運動異常症のオーソリティである米国NIHのMark Hallett教授の機能性神経障害(FND)の講義でした.ここでは後者についてご紹介します.

タイトルは「Functional Neurological Disorder: La Lésion Dynamique」でした.「La Lésion Dynamique(動的病変)」は,Jean-Martin Charcotがヒステリーの病態として唱えた概念で,この言葉が彼の著作や講義でしばしば使われました.Charcotは催眠療法で改善するヒステリーを生理的・動的な疾患と考え,「La Lésion Dynamique(動的病変)」という概念を唱えました.しかしそれが具体的に何を意味するのかは不明でした.

Hallett教授は2006年,FNDの病態・診断・治療は不明で,患者数が多いにも関わらず何もできず,患者はあちこちの病院をdoctor shoppingせざるを得ない状況について「a crisis of neurology」,つまり神経学は危機に瀕していると述べました.その後,Hallett教授のチームは,「動的病変」の解明,つまり心理的な要因が脳のどのような部位にどんな影響を及ぼすのかを検討しました.その結果,種々のMRIや機能画像を用いて,①扁桃体の解剖学的異常,②辺縁系の結合性の異常,③辺縁系の過活動が生じていることを見出しました.そしてFNDは実際に存在するリアルな疾患であること,Charcotが考えたように,神経変性や神経炎症などと並らぶ1つの病態と考えるべきと強調しています.そしてもっと責任病変や病態生理を学ぶ必要があり,それこそが治療法の改善につながると述べています.さらなるFND研究が「神経学の危機」に終止符を打ち,多くの患者を救うとも述べています.日本はFNDの臨床や研究が海外より遅れていますが,さらに取り組む必要性を感じました.
AAN Annual meeting 2024. Presidential plenary lecture
Robert Wartenberg Lecture: Functional Neurological Disorder: La Lésion Dynamique. Mark Hallett, MD, FAAN



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多系統萎縮症における胸のつかえ,嘔吐の原因 ―遠位食道痙攣(distal esophageal spasm)の発見―

2024年04月15日 | 脊髄小脳変性症
以前,私どもは多系統萎縮症(MSA)では食道の機能障害により,食道内の食べ物の停滞が生じ,場合によっては逆流して誤嚥性肺炎や窒息による突然死の原因となりうることを報告しました(Taniguchi H, et al. Dsyphagia 2015).今回,当科の大野陽哉先生と國枝顕二郎先生が食道機能障害についてさらに検討し,「遠位食道痙攣(distal esophageal spasm:DES)」という現象が生じうることを初めて明らかにしました.

症例は74歳男性.3年前に起立性低血圧にて発症し,同時に胸に食べ物が詰まった感じ,食後の反復性嘔吐を呈しました.小脳性運動失調が認められ,MSA-Cと診断しました.ビデオ透視による嚥下検査では,下部食道狭窄と食道内のバリウム停滞が認められました.


内視鏡検査では下部食道の過収縮が認められました.


さらに高解像度食道マノメトリー検査では下部食道の早期収縮と食道蠕動運動の低下が認められました.


下部食道括約筋の統合弛緩圧は正常であったため,アカラシアは除外されました.シカゴ分類ver 4.0に基づき,食道運動障害は「遠位食道痙攣」に分類されました.治療としては内視鏡的バルーン拡張術を行い,その後,胸部の詰まった感じと嘔吐は改善しました.本例は,MSA患者においてDESが食道食物の停滞と食後嘔吐を引き起こす可能性があることを示した点とその治療法を示した点で非常に重要と考えられました.

以上より,ビデオ内視鏡による嚥下検査に加えて,高解像度食道マノメトリー検査は,再発性の嘔吐や胸のつかえを呈するMSA患者に有用と考えられます.このように食道機能を注意深く評価することで,誤嚥性肺炎や窒息死を予防することができる可能性があります.
Ono Y*, Kunieda K*, Takada J, Shimohata T. (*equally contributed) Distal oesophageal spasm in a patient with multiple system atrophy: A case report. eNeurol Sci. 13 April 2024. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2405650224000078

MSAの食道機能障害
Taniguchi H, et al. Esophageal Involvement in Multiple System Atrophy. Dysphagia. 2015 Dec;30(6):669-73.(doi.org/10.1007/s00455-015-9641-2

DESの総説
Zaher EA, et al. Distal Esophageal Spasm: An Updated Review. Cureus. 2023 Jul 7;15(7):e41504.(doi.org/10.7759/cureus.41504

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魚介類のなかでエビとロブスターの有機フッ素化合物(PFAS)濃度は高い

2024年04月14日 | 医学と医療
勉強をしたことのなかった環境毒性物質ですが,関心を持ったためか,気になる情報がTwitterで目につきます.昨日は複数の人が有機フッ素化合物(PFAS:ピーファス)に関する以下の論文を紹介していました.PFASは生物蓄積性環境汚染物質の代表です.魚介類はタンパク質やオメガ脂肪酸の良い供給源ですが,このPFASの供給源ともなりますます.PFASは,プラスチックやフライパンの焦げ付き防止剤などに使われています.炭素・フッ素と非常に強い力で結びつくため自然界では分解されず,海や土壌に堆積するため「永遠の化学物質」とも呼ばれています


https://waterstand.jp/waterlife/water_knowledge/waterlife00041.htmlより引用.

ほぼすべてのアメリカ人の血液中に測定可能な量が存在するそうです.日本でもごく最近,大阪のPFAS汚染を調べるための「1000人血液検査」が中間発表され,日常生活にPFASが深く浸透し、体内に取り込まれている実態が浮き彫りになっています.PFASに暴露された人はコレステロール値上昇,出生体重の減少,ワクチンに対する抗体反応の低下,腎臓がん,精巣がん,妊娠高血圧症候群,子癇前症,肝酵素の変化を起こす可能性があると書かれています.

さて話題の論文は,米国ニューハンプシャー州住民1829人を対象に,大人と子どもの魚介類の摂取について調査したもので,最もよく消費される魚介類26種類のPFASを定量しています.この結果,エビとロブスターの濃度が最も高いことが分かりました(それぞれ1.74ng/gと3.30ng/g).これら大型の海洋生物種は,貝類のような体内にPFASが蓄積しやすい小型の生物種を食べることで,PFASを蓄積する可能性が議論されています.


著者らは,魚介類を食べるのを止めるのではなく,魚介類にPFASの規制値を設けるべきと言っています.そして魚介類の摂取にともなう上記リスクとベネフィットのトレードオフ関係を理解すること,とくに妊娠中の人や子供のような健康弱者において,PFASの過剰の暴露を避けつつ魚介類の健康上の利点を享受することが大切と言っています.ちなみに4月11日の日経新聞に「米政府,飲料水のPFAS基準厳しく 日本の1割未満に」という記事も出ています.自分たちの健康への影響も気になりますが,とくに子供や赤ちゃんに影響が出ないように考えていく必要があると思いました.
Crawford KA, et al. Patterns of Seafood Consumption Among New Hampshire Residents Suggest Potential Exposure to Per- and Polyfluoroalkyl Substances. Expo Health (2024). (doi.org/10.1007/s12403-024-00640-w)


GPT-4で作成

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CANVASを画像からMSA-C,SCA3と区別するポイント

2024年04月11日 | 脊髄小脳変性症
RFC1遺伝子関連スペクトラム障害は,RFC1遺伝子のAAGGG反復配列の伸長に伴う疾患です.代表的な表現型は小脳性運動失調,感覚性ニューロパチー,両側前庭障害を3徴とする多系統障害型の運動失調症候群であるCANVAS(cerebellar ataxia with neuropathy and vestibular areflexia syndrome)です.症候は運動緩慢や自律神経不全など多様性に富むため,多系統萎縮症(MSA-C)や脊髄小脳失調症3型(SCA3)などが主な鑑別診断となります.Mov Disord Clin Pract誌に,フランスから画像から鑑別できるか検討した報告が掲載されています.自験例6例と既報例13例で,FDG-PET,DaTスキャン,MIBG心筋シンチを行なっています.結論は以下です.

◆FDG-PET:CANVASでは主に小脳の代謝低下を示すが,脳幹と線条体の代謝は保たれており,MSA-CやSCA3と鑑別できる.
◆DaTスキャンにおける取り込み低下は,臨床的パーキンソニズムと関連しているようで,正常から重度の障害までさまざま.
◆MIBG心筋シンチはCANVASではSCA3と同様に取り込み低下を示しうるが,ほとんどのMSA-Cでは正常である.



図のFDG-PETは,Case 1,4,5では前側・頭頂葉の代謝低下が認められます.Case 1,3,4では小脳の代謝低下も認めます.しかし線条体と脳幹の代謝は保たれています.DaTスキャンはCase 1,4は正常,Case 3は高度低下,Case2は非対称性中等度低下を示し,さまざまです.
Horowitz T, et al. Molecular Imaging in CANVAS: A Contribution for Differential Diagnosis? Mov Disord Clin Pract. 2024 Apr 4.(doi.org/10.1002/mdc3.14041

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血栓回収術後の脳卒中後運動異常症は遅発性に発症し,かつ稀ではない

2024年04月10日 | 脳血管障害
大脳基底核は解剖学的および代謝学的特徴から虚血の影響を受けやすいと言われています.また虚血性病変により「脳卒中後運動障害(post-stroke movement disorders;PMDs)」を呈することも知られています.責任病変は線条体,淡蒼球,視床です.運動異常症の種類は,急性期イベントからの潜時と関連があり,舞踏病が最も早く(数時間から数日),ジストニアが最も遅い(最大で数年後)と言われています.また血栓回収術を施行したMCA近位部閉塞による急性虚血性脳卒中(AIS)は,大脳基底核の選択的損傷モデルとも言われています(図1).Eur J Neurol誌の最新号に,イタリアから,血栓回収術による再灌流に成功したAIS患者におけるPMDsの頻度と特徴を検討した研究が報告されています.



対象は血栓回収術を施行したMCA近位部閉塞によるAIS患者連続64例で,ベースライン時,6ヵ月後,12ヵ月後にPMDsについて運動異常症の専門医が評価しました.

さて結果ですが,亜急性期にPMDsを呈した者はいませんでした.しかし6ヵ月後には7/25人(28%),12ヵ月後には7/13人(53.8%)がPMDsを呈しました.6ヵ月後の7名の内訳はパーキンソニズム3人,ジストニア3人,パーキンソニズム+ジストニア1人,12ヵ月後の7名の内訳はパーキンソニズム2人,ジストニア2人,パーキンソニズム+ジストニア2人,ジストニア+舞踏運動1人でした(図2).ほとんどの患者の症状は虚血病変の対側でしたが,一部では両側性であったり顕著な体軸性の徴候を呈しました.ベースライン時の臨床的特徴や虚血病変の部位は,サンプル数が限られていたためか,PMDsの発症と有意な相関はみられませんでした.



以上より,再灌流に成功したAISの長期経過観察において,PMDsは稀ではないことが分かりました.6ヶ月後より12ヶ月後に頻度が増加していますが,これもサンプル数が小さいためさらなる検証が必要です.機序については,虚血による急性損傷というより,神経可塑性の不適応や代償回路の異常が原因と推測されます.

感想ですが,血栓回収術後,大脳基底核の選択的病変を有する患者では,たとえ退院時に無症状であっても,慎重なフォローアップを要することが分かりました.パーキンソニズムとジストニアは専門家が診察しないと運動麻痺と誤って判断される可能性もあるように思います.私は血栓回収術後の患者さんをフォローすることはほとんどないのですが,実際にパーキンソニズムやジストニアを呈する患者さんを経験されますでしょうか?また変性疾患と誤ることなくPMDsと診断されているのか?PMDsの治療反応性はどうなのか?いろいろ気になりました.
Rigon L, et al. Movement disorders following mechanical thrombectomy resulting in ischemic lesions of the basal ganglia: An emerging clinical entity. Eur J Neurol. 2024 May;31(5):e16219.(doi.org/10.1111/ene.16219

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早期パーキンソン病におけるGLP-1受容体作動薬の神経保護効果! ―ただしまだ慌てない方が良い―

2024年04月06日 | パーキンソン病
過去の研究で,糖尿病がパーキンソン病(PD)のリスクを増加することが知られています.またPDモデルマウスにおいて糖尿病治療薬「グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)受容体作動薬」が神経保護作用を有することも報告されていました.今回,フランスから,GLP-1受容体作動薬のひとつ,リキシセナチド(lixisenatide,商品名リキスミア)の皮下注射が,第2相二重盲検無作為化プラセボ対照試験LixiParkにて,PDの進行を遅らせる効果が示され,NEJM誌に発表されました.「GLP-1受容体作動薬」のうち脳に到達するものは,PDに対し神経保護効果を示すことを示した意味で素晴らしい研究ですが,一方で慎重に考える必要性を感じました.なぜならこの薬剤は最近,「GLP-1ダイエット」などと呼ばれるやせ薬として自由診療で処方され,安全性の面で懸念が生じているためです(https://tinyurl.com/2crd5uhw).

研究の対象は診断されて3年未満で,抗パーキンソン病薬による治療中であるが運動合併症のない者です.リキシセナチドまたはプラセボを12ヵ月間毎日皮下投与する群に1:1の割合で割り付け,その後,2ヵ月のウォッシュアウト期間を設けました.主要エンドポイントは,MDS-UPDRSパートIII(範囲:0~132,スコアが高いほど症状が重い)のスコアのベースラインからの変化で,12ヵ月後に評価しました.

さて結果ですが,78人ずつ両群に割り付けられました.ベースライン時のMDS-UPDRSパートIIIはいずれも約15点でした.12ヵ月後,リキシセナチド群で0.04点の改善(ほぼ不変),プラセボ群で3.04点の悪化を示しました(差,3.08;95%信頼区間0.86~5.30;P=0.007).2ヵ月のウォッシュアウト後(リキシセナチドの2ヶ月の中止後),リキシセナチド群17.7点,プラセボ群20.6点で,効果は保たれていました(とはいえ,かなり短い期間での評価です).MDS-UPDRSサブスコアなどの副次エンドポイントは両群間に差はありませんでした.副作用については,吐き気はリキシセナチド投与群の46%(プラセボ群は13%のみ),嘔吐は13%にみられました.以上より,初期のPD患者において,リキシセナチドは12ヵ月後の運動障害の進行を抑制し有望と考えられました.しかし消化器症状を伴うことが示され,著者らはリキシセナチドの効果と安全性を明らかにするために,より長期かつ大規模な試験が必要と述べています.



私の意見は,1点目は病態修飾療法でしばしば問題になる点で,「この差は本当に臨床的意義があるか?」ということです.統計的に有意であっても効果は小さいと思いました.アルツハイマー病におけるレカネマブと同様,専門家の中でも意見が分かれるだろうと思います(もちろん将来の可能性を予感させるものですが・・・).2点目はこの情報を得たPD患者さんは「慌ててこの内服を開始すべきではない」ということです.まだ第2相試験であり,これから大規模な第3相試験で結論が出ます.発症3年以内の運動合併症のない人限定の効果であることも理解が必要です.さらに上述の通り安全性=副作用が問題になります.吐き気や嘔吐は抗パーキンソン病薬の内服に影響するため避けるべき症状ですし,体重減少もただでさえ進行期に痩せるPDでは好ましくありません.さらにGLP-1受容体作動薬の重篤な副作用として低血糖と急性膵炎があります.決して慌てて内服開始する薬ではないことを認識する必要があります.

研究に疑問もあります.例えば副次エンドポイントで有効性が示せなかった理由が不明ですし,これだけ副作用が多いと盲検とならなかった可能性もあります.作用機序も完全に解明されていません.これからに期待したいと思います.
Meissner WG, et al. Trial of Lixisenatide in Early Parkinson’s Disease. New Engl J Med. April 3, 2024. (doi.org/10.1056/NEJMoa2312323


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パンデミック後 急増した機能性チック様行動を症候で原発性チックと見分ける

2024年04月05日 | 機能性神経障害
機能性チック様行動(functional tic-like behaviors;FTLB)は機能性神経障害(functional neurological disorders; FND)のひとつです.パンデミック以降,世界中の運動障害クリニックでFTLBが劇的に増加したことが報告されました.原発性チックに似た動作や発声を呈します.すなわち,FTLBをトゥレット症候群と区別する必要があります.今回,カナダから両者の症候の違いについて検討した横断研究が報告されました.

対象は236名(20歳未満)で,原発性チック195名(75%男性;平均年齢10.8歳)とFTLB 41名(98%女性;16.1歳)です.二変量モデルでは,FTLBはcopropraxia;下品な動作をする(オッズ比15.5),単語を言う(14.5),coprolalia;下品な言葉を言う(13.1),popping;ぽんと音を立てる(11.0),whistling:口笛を鳴らす(9.8),単純な頭部の動き(8.6),自傷行為(6.9)と最も関連していました.つぎに多変量モデルでは,FTLBは依然として,単語を言う(13.5)および単純な頭部の動き(6.3),そして年齢と関連していました.逆に原発性チックでしばしば認めるthroat clearing tics(咳払いする動作)はFTLBの12.2%のみと少ないことが分かりました(0.2)(図).



以上より,単純な頭の動きと言葉の発音を認め,咳払いする動作を認めない場合,症候学的にはFTLBを考えるということになります.逆に3つの音韻チック(popping noises, whistling,clicking)はトゥレット症候群ではまれということも分かりました(それぞれ2%,4%,6%).以上より,発症年齢が遅く,症状が急速に進展し,上述の症候を認める場合,FTLBを考え,誤った診断をしないことが重要ということになります.
Nilles C, et al. What are the Key Phenomenological Clues to Diagnose Functional Tic-Like Behaviors in the Pandemic Era? Mov Disord Clin Pract. 2024 Jan 25.(doi.org/10.1002/mdc3.13977

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Leonardo da vinciの右手の麻痺の原因は?

2024年04月03日 | 医学と医療
4月1日は新しいメンバーを迎えての初日でした.朝のカンファレンスでは,当科名物「今,ハマっているものは何ですか?」を含めた自己紹介をみんなでしました.料理や読書,ゲーム,Podcast,研究などと個性があふれていて面白かったですが,私は最近,いろいろ調べているLeonardo da vinciについて少し話をしました.

Leonardoの利き手は論争がありましたが,素描の陰影を分析すると左利きであることはほぼ疑う余地はないと言われています.しかし素描と筆記以外の作品を制作する際には,右手を使用していたことが研究の結果,示されています.Leonardの遺作は,私の一番好きな作品である「洗礼者ヨハネ(左図)」ですが,1513年から1516年頃に完成したとされています.その後,亡くなる1519年まで作品がないわけですが,その理由として1517年には右手に麻痺があったことが関係していると言われています.

右図はLeonardo da vinciの肖像画(年代不詳)ですが,右腕が包帯を巻いたように衣服の襞に包まれ,硬く収縮した状態で吊り下げられています.カンファレンスではこの絵画からLeonardo da vinciの右手の麻痺の原因を議論しました.真相は分かりませんが,過去にいくつかの論文で議論されています.皆さんはどう考えますか?



さて考察編です.Leonardoは人生の最後の2年間,運動能力を著しく低下させる脳卒中を繰り返していた可能性があり,脳卒中が彼の死因であったと指摘されています.このため絵の右手の麻痺も,脳卒中による右片麻痺と長く考えられてきました.脳卒中の原因に関しては,心疾患を含めた危険因子の有無については不明ですが,菜食主義者であったため高ホモシステイン血症が関係したのではという考察があります.
Coralli A, et al. Leonardo's recurrent stroke? Lancet Neurol. 2016 Jun;15(7):667.
Öztürk Ş, et al. Leonardo Da Vinci and stroke - vegetarian diet as a possible cause. Front Neurol Neurosci. 2010;27:1-10.

これに異を唱えたのが,2019年のLazzeriらによる論文です.片麻痺の場合,痙性のため,腕は屈曲位と回内位をとる傾向があります.しかしこの絵はそうではなく,MP関節(第3関節:指の付け根の関節)の過伸展と,第4指と第5指のPIP関節(第2関節:指先に2番目に近い関節)とDIP関節(第1関節:指先に一番近い関節)の屈曲を特徴とする,claw hand(鷲手)として知られる尺骨麻痺に見えるという説です.晩年,Leonardoは失神を繰り返しており,そのようなエピソード中に右上肢を外傷し,外傷性尺骨麻痺を発症したのではないかというものです.失語や顔面麻痺を認めたという記載がないこととも合致します.
Lazzeri D, et al. The right hand palsy of Leonardo da Vinci (1452-1519): new insights on the occasion of the 500th anniversary of his death. J R Soc Med. 2019 Aug;112(8):330-333.


(https://www.grepmed.com/images/14470/ulnarより引用)

この論文には別の意見がレターとして発表されています.それは正中神経障害ではないかというものです.むしろ拳を握ろうとした時に,Ⅰ~Ⅲ指が屈曲しない「hand of benediction(祈祷者の手)」の可能性が高いのではないかという説です.正中神経障害でも手根管での障害の際には「ape hand(猿手)」になりますが,肘関節より近位部での障害では「祈祷者の手」になります.よって,この絵のMP関節が過伸展しているか屈曲しているか,どう捉えるかによることになります.
de Campos D, et al. The right hand of Leonardo da Vinci (1452-1519): ulnar or median nerve palsy? J R Soc Med. 2019 Nov;112(11):452.

ただ脳卒中説も完全に否定できない可能性もあります.Leonardoは左利きで,かつ非常に有名な鏡文字(左右を反転させた文字)を使用しており,大脳半球支配が左右逆の非典型的なものだったのではという推論もあります.これがLeonardoのADHD(注意欠如・多動症)やディスレクシア,そして異常な芸術的能力でありながら作品をなかなか完成できず投げ出してしまう性格と関連するのではないかと指摘されています.
Catani M, et al. Grey Matter Leonardo da Vinci: a genius driven to distraction. Brain. 2019 Jun 1;142(6):1842-1846.

以上のように,諸説あり,結論は出ていないわけですが,あれこれ想像しながら,レオナルドに関する本を読むのはとても楽しいです.私のオススメは以下の2冊です.前者は医学に関心があるひとには最高に面白いですし,後者は完成できた13作品を詳しく解説しています.

レオナルド・ダ・ヴィンチ: 人体解剖図を読み解く(https://amzn.to/3J19Yx9)
ペンブックス1 ダ・ヴィンチ全作品・全解剖(https://amzn.to/3U1ZoMv



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1930年代生まれと1970年代生まれの人を比較すると,大脳皮質の表面積はなんと14.9%も増加している!

2024年04月01日 | 医学と医療
「エープリルフールだよね?」と思われかねない論文がJAMA Neurol誌に出ています.1948年からアメリカのマサチューセッツ州フラミンガムで継続されている虚血性心疾患の追跡疫学調査研究「Framingham Heart Study」参加者の脳の体積をMRIで評価し,出生年により経年差が生じるかを検証した研究です.参加者は3226人,MRI撮影時の年齢は57.7±7.8歳でした.なんと頭蓋内体積,海馬体積,白質体積,皮質表面積は経年的に有意に大きくなっていました(図).1930年代生まれと1970年代生まれを比較すると,頭蓋内体積は6.6%増,海馬体積は5.7%増,白質体積が7.7%増,なんと大脳皮質表面積は14.9%増です.身長,性,年齢で調整しても結果は変わりませんでした.最も経年変化が大きかったのは1930年から1940年の間でした.以上より,1930年~1970年生まれの人において,脳の発達は良くなっていることが示唆されました.ちなみに大脳皮質の厚さが経年的に減少していますが,皮質体積の増加はわずかであるのに対し,皮質表面積が大きくなっており,その結果,皮質の厚さは減少したようです.皮質表面積の増大は神経細胞線維の増加を反映するそうで,radial unit lineage modelという大脳の発達モデルについて議論していますが,難しくて十分理解できませんでした.



議論のポイントは2つあります.1つめは「なぜ脳の発達は改善したか?」です.著者らは健康,社会文化,教育的要因といった生活環境の改善が影響した可能性を議論しています.2つめは「脳体積の増加がどんな効果を及ぼすか?」です.著者らは脳の発達の改善は「脳の予備能」を大きくすると考えています.このコホートでは以前,認知症発症率が徐々に低下していることを報告していますが,この「脳の予備能」の改善が影響した可能性があると考察しています.つまり脳の発達を妨げる危険因子を同定し修正できれば,認知症などの脳の疾患に有効である可能性が示唆されます.脳は私たちが考えているより,生活環境によりダイナミックに変化しうるものだと分かりました.
DeCarli C, et al. Trends in Intracranial and Cerebral Volumes of Framingham Heart Study Participants Born 1930 to 1970. JAMA Neurol. 2024 Mar 25:e240469. doi: 10.1001/jamaneurol.2024.0469.

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