ぽんしゅう座

優柔不断が理想の無主義主義。遊び相手は映画だけ

■ オッペンハイマー (2023)

2024年04月21日 | ■銀幕酔談・感想篇「今宵もほろ酔い」

原爆の核分裂反応が引き金となって大気の燃焼連鎖が起こり、地球の大気がすべて燃え尽き「世界」が消滅してしまう可能性。科学者にとっては「near-zero」(ほぼ無い)のはずだったそんな現象は、政治的にはゼロどころではなく必然だった「世界」を今、私たちが生きているということ。

科学者と為政者の欲望が期せずして一致してしまった悲劇。アイゼンハワーはオッペンハイマーを前にして言う。歴史に名を残すのは原爆を開発した者ではなく、それを使用した者なのだと。そして原爆の開発以降、80年経とうとする今も「世界」は核兵器を手放すことが出来ずにいる。

自らのスパイ容疑を査問する聴聞会で、成すすべなく部屋のすみに座るオッペンハイマーの虚ろな目が印象的だ。その目は死んでいる。彼には研究者の実績や栄誉を汚されることに対する怒りや反論する気力など微塵もない。オッペンハイマーは自身の科学的欲望が起爆剤となって、為政者の政治的欲望の無限連鎖を引き起こし「世界」を終わらせてしまったことに気づいている。

あの目は絶望のすえの虚無の目だ。その虚ろなオッペンハイマーの目(心情)に重ねられたクリストファー・ノーランの今の「世界」への諦観をみた気がした。ノーランの関心は、いわゆる市民レベルの「人」ではなく、人が属している現状(世界)そのものにあるのだろう。だから私は本作のどこにも反核のメッセージなど感じなった。あるのはむしろ遅々として進まない核の廃絶への諦念であり、今の「世界」への絶望だと感じた。

冒頭に、天上の火を盗んで人間に与えた罪で、永遠に罰せられ続けられるプロメテウスの神話が紹介される。20世紀のプロメテウスは誰なのか。それはオッペンハイマーであり、アイゼンハワーであり、核兵器保有国家であり、ノーラン自身であり、私(たち)なのだと、ノーランは言っている。

だから・・・余談ですが、広島や長崎の惨状が描かれていないという批判に対して、いや水爆開発に反対したオッペンハイマーの自省に反核・反戦の意が込めらえているのですという言い訳(詭弁)に意味はなく、広島や長崎やビキニの映画は私たち被爆体験(を親身に知る)者にしか作ることはできなし、作り続けるべきことなのだと思います。

(4月16日/TOHOシネマズ南大沢)

★★★★

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■ 毒薬と老嬢 (1944)

2024年04月19日 | ■銀幕酔談・感想篇「今宵もほろ酔い」

自信に満ちた老姉妹(ジョセフィン・ハル/ジーン・アデーア)のほほ笑みは自己満足的「慈善」の暴走を皮肉り、批評家(ケイリー・グラント)のオーバーアクトな狼狽ぶりは創作(演劇/映画)と現実の「悪事」のギャップを嗤う。ラストのオチも人の「関係」の欺瞞性をさらりと暴いて秀逸。

(4月14日/シネマヴェーラ渋谷)

★★★★

【あらすじ】
演劇批評家のモーティマー(ケイリー・グラント)はエレーン(プリシラ・レーン)との結婚報告のため、彼の育ての親である叔母姉妹アビー(ジョセフィン・ハル)とマーサ(ジーン・アデーア)の屋敷を訪ねて重大な事実を知る。なんと叔母たちは10人以上の孤独な老人を毒殺していたのだ。同じ屋敷に住み自分をルーズベル大統領たど思い込んでいる長兄テディ(ジョン・アレクサンダー)と、指名手配の殺人犯で次兄ジョナサン(レイモンド・マッセイ)とその相方の妖しい外科医(ピーター・ローレ)がそこに加わり屋敷は大混乱に・・・。フランク・キャプラのスラップスティックなブラックコメディ。(117分/白黒)

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■ いんちき商売 (1931)

2024年04月17日 | ■銀幕酔談・感想篇「今宵もほろ酔い」

客船内で繰り広げられるハーポとチコのドタバタギャグに加えてグルーチョの饒舌ジョークネタがたっぷり楽しめる構成。兄弟に絡む悪漢どうしの倦怠妻セルマ・トッドと気まぐれ娘ルース・ホールが華を添える。牛小屋の実況モノマネは元ネタを知っていればもっと楽しめたのだろう。

(4月14日/シネマヴェーラ渋谷)

★★★

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■ アラスカ珍道中 (1945)

2024年04月15日 | ■銀幕酔談・感想篇「今宵もほろ酔い」

冒頭にプロデューサー役の男が登場していきなり解説をはじめ、続いて平凡そうな中流家庭の老夫婦が物語の導入役。前者は楽屋オチ用の小ネタ、後者はエンディングの大ネタを担うという仕掛け。アクションあり話術ありの多彩なギャグと定番の歌唱で(大爆笑とまではいかないものの)時間を忘れて楽しめました。

(4月12日/シネマヴェーラ渋谷)

★★★

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■ マルクスの二挺拳銃 (1940)

2024年04月13日 | ■銀幕酔談・感想篇「今宵もほろ酔い」

前半から中盤は兄弟定番のネタでクスクス、ニタニタと笑わせてくれるなか、ときおり爆弾のように炸裂するハーポのスピーディで予想を裏切るサイレント芸に大爆笑。後半の爆走機関車のスラップスティックなギャグの連発は圧巻。たまたま『キートンの大列車追跡』と併映で観たのですが、私は断然マルクス兄弟の機関車アクションの方が面白かったです。あと、チコのピアノ演奏には唖然。

(4月8日/シネマヴェーラ渋谷)

★★★★

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■ キートンの大列車追跡 (1924)

2024年04月09日 | ■銀幕酔談・感想篇「今宵もほろ酔い」

キートン活劇の笑いの肝は“逃走”にあると思うのですが、タイトルどおり前半は“追跡”に費やされるのでフラストレーションが溜りぎみ。後半やっとキートンが逃げる番に。ストレスを吹き飛ばす爆笑を期待するも、なんだか機関車ばかりが目立ってギャグは不発。観たいのは機関車の爆走じゃなくキートンの「暴走」なのですが。監督に名前を連ねるクライド・ブラックマンの勘違い演出のせいでしょうか。

(4月8日/シネマヴェーラ渋谷)

★★★

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■ 12日の殺人 (2022)

2024年04月03日 | ■銀幕酔談・感想篇「今宵もほろ酔い」

容疑者の男たちの泥沼に、男だけで組織された捜査班がズブズブと沈んでいく。沼からは男のどうしようもない傲慢さと暴力性が泡のように湧き出して「男たち」を覆いつくす。救いは新たな判事(アヌーク・グランベール)と捜査官(ムーナ・スアレム)の登場。それは女神の降臨か。

捜査班長ヨアン(バスティアン・ブイヨン)は堂々巡りの“男性性”の迷宮から抜け出せたのだろうか。男たちを壁のように囲んでいる美しいが禍々しくもあるグルノーブルの山々。その山道を懸命に登るヨアンの姿に微かな希望がみえる。

(3月31日/新宿武蔵野館)

★★★★

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■ 青春ジャック 止められるか、俺たちを 2 (2023)

2024年04月02日 | ■銀幕酔談・感想篇「今宵もほろ酔い」

豪放磊落ながら実は緻密な親分肌オーナー若松(井浦新)と、天然良性の優しき夢追い支配人木全(東出昌大)の“学校(スコーレ)”で学んだ映画青年(杉田雷麟)の成長譚に井上淳一が仕込んだのは、自身の郷愁ではなく今どきめずらしい「父性」へのリスペクト。

時代は1980年代初頭。一歩間違うとアナクロでマッチョな郷愁物語に成りかねない題材に、井上は映画監督志望の女子大生金本(芋生遥)を配置することで物語に現代にまで連なる「厚み」を持たせることに成功している。30年前の日本に女性監督などいないに等しかったし、世間は国籍の問題に関して理解はおろか関心すら希薄だった。彼女の懊悩は2020年代の今だって十分に同時代的だ。

余談その1。日本ビクターの家庭用ポータブルビデオが出てきます。あのビデオはHR-2200という機種で、当時私が勤めていた広告制作会社が販売促進プロモーションを請け負っていました。学校出たての私は「仕事は先輩の背中をみて覚えろ」の世界で、本作の井上青年のように右往左往。あのビデオのために何度か徹夜(まがいではなく)されられた思い出があります。

余談その2。缶ビールを飲みなら講義をする予備校講師がでてきます。私が通った予備校には、ひっきりなしにタバコを吹かしながら授業をする講師がいました。作中の講師と同じ、彼も全共闘くずれのセンセイでした。

余談その3。作中、学生の自主制作映画が話題だから特集上映してみたらどうかという話が出てきます。東出昌大演じる木全純治氏がまだ在籍していただろう1978年の12月に東京池袋の名画座・文芸地下で当時は「OFF THEATER FILM FESTIVAL」と呼ばれていた現在のPFF(ぴあフィルムフェスティバル)の入賞作品(9本)の上映会が開催されています。私はこのときに『突撃!博多愚連隊』(石井聰互・現:岳龍)、『ユキがロックを棄てた夏』(長崎俊一)、『ライブイン茅ヶ崎』(森田芳光)を観ています。

作品の感想より余談の方が多くなってしまいました。私にとってそんな懐かしい映画でした。

(3月24日/テアトル新宿)

★★★★

【あらすじ】
1980年代初頭。東京の名画座を辞めて帰郷していた木全(東出昌大)のもとに映画監督の若松(井浦新)から連絡が入る。自分の映画を上映するための映画館を名古屋に開設することになったので支配人をして欲しいという。若松の言動に翻弄されつつも「シネマスコーレ」と名付けられたミニシアターの運営が始まり、地元大学の映研の金本(芋生悠)とその先輩(田中俊介)がスタッフに加わった。そんな赤字続きの映画館に若松監督に心酔する高校生の井上(杉田雷麟)が通い詰めていた。若松孝二と現在も代表を務める木全純治のクロニクルに自らの青春期を重ねて描く井上淳一脚本・監督の「夢に心をジャックされた者たち」への賛歌。(119分) 

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■ ヤジと民主主義 劇場拡大版 (2023)

2024年03月26日 | ■銀幕酔談・感想篇「今宵もほろ酔い」

警備課は公安課と兄弟みたいなものだから政権の権威に乗じて恣意的に「人を黙らせるやり口」はこんなものなんだろ。むしろそれを漫然と傍観している道警になめられた北海道のテレビメディアの駄目さ加減がなさけない。で、一番ヤバイと思ったのは取り締まりの理由が「迷惑だから」だったこと。

排除された男性と女性は、それぞれ別の日に保守系候補の街頭演説会で「安倍辞めろ!」を一人で連呼し続け「周りの人に迷惑だ」という理由でテレビメディアや衆人の目の前で、その場から引きずられるように排除された。

こわいと感じたのは聴衆はもとよりメディア関係者も、この「安倍辞めろ」の連呼を「迷惑」な行為として追認していた節があること。この誰もが(私も)持ちうる「迷惑だ」という感情が個々人のなかで肥大化したり、集団として暴走することの恐ろしさだ。(コロナ騒動のときにその兆しがあったよね)

この万能の正当性を有しているかに思える「周りに対して迷惑だ」という理由で、安易に発言を規制したり自粛してしまうことが一番やばい。だから誰からも「迷惑だ」と言わせない正当な訴え方(それが不規則な野次だとしても)のセレクトの難しさについて考え込んでしまった。

正直に書くが、特定の支持者が集まった場所で「安倍辞めろ!」を連呼することは、敵対者に「迷惑だ」と言わしめる隙を与えてしまっているように思います。抵抗という行為には緻密な戦略が必要で「野次」はそれに準じた戦術のひとつとして、もっと有効に実践されるべきだと思う。いやそれは違う。そこで日和るのではなく声をあげ続けることが重要なのだという反論は承知うえです。(本作を観てからこのコメントを書くまで三か月の頭の整理時間が必要でした)

(12月25日/ポレポレ東中野)

★★★

【あらすじ】
安倍首相の遊説中に起きた「ヤジ排除問題」の顛末を4年間に渡り取材した北海道放送の番組の劇場用ドキュメンタリー。2019年、札幌で演説中の安倍首相を囲む聴衆から政権を批判するヤジが飛んだ。声を上げたソーシャルワーカーの男性と女子大生は、すかさず北海道警警備課の制服、私服警官たちに取り囲まれ「周りの人に迷惑だ」という理由でメディアや衆人の目の前で実力行使を持ってその場から引きずられるように排除された。その後二人は道警を相手に「排除の不当性」を訴えて裁判を起こす。その経緯を警察関係者やその場に居合わせた人々に取材を重ねながら「声を上げること」の重要性と「根拠なき取り締り」の恐ろしさを問いかける。(100分)

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■ ビニールハウス (2022)

2024年03月25日 | ■銀幕酔談・感想篇「今宵もほろ酔い」

俳優たちの演技に負ってばかりでサスペンス演出が緩い。で、語りの技術が未熟なだけでなく認知症を安易にストーリーテリングの「道具」として使っている(ように見えてしまう)ところが不快。何かを描いているようにみせかけて社会的な課題や人の尊厳に対して無頓着なのがバレバレ。

(3月24日/シネマート新宿)

★★

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