ジグザグエクスプレス

愛される作品を書きたい。
心に届く作品を。
どれか一つが、あなたのお気に入りになりますように。

僕は真夜中の(ー……台所からはだいぶ離れた場所で)

2007-05-18 09:19:10 | エッセイ
エッシャーの書いた手紙を読みながら思いました。

「工芸に関して言えば、もちろん私はどんなイメージの創造の場合でも、手がじつに信じがたいほどに洗練された道具であり、心と物質を仲介するものであることを知っています。」

手を含め僕らの体が思いのままに動くのは、なんの機械、回路、関節一つ一つのスイッチを開閉、そんな堅苦しいものではなく、僕らの体は動けと思えば動くわけですが、そこにはやはりどうにもならない不自由さがあります。

自由、自由、心のままに。
自由とはおおむね、心のままに全てが運ぶことです。
手は、かなりの割合で心に沿って動きます。

ですが、ここでやはり、手は、手なのです。
外であって、内ではないのです。

この手は、僕らが真に思うようにうごいているのか?
これは誰でも思うことでしょう。それで運動選手は体を、真に思うように動かすために、訓練を積むのです。

それともう一つ、僕は書くのが趣味ですから、ふっと意味も無く湧き上がった、こちらの疑問の方が重要な問題です。

この文字は、僕らが真に思うようにかかれているのか?

言葉は長い時間の中で、人の手と同じような器用さを得ました。手と言葉。これらには非常に高い類似性があります。
ですが、多くの人が知っているように、言葉は複雑なことを言い表したいときには、しばしばニアリーイコールにしかなり得ません。その言葉を拾いにいく力のない聞き手には、意味のない音や記号の並びにしかすぎません。

エスキモーには雪を表すことばが十数個もあるそうです。彼らは 「雪」という日本語以上、「雪」を思いのままに表すことが出来ます。
ざらめ雪、淡雪、粉雪、牡丹雪、新雪ー…
例えば、物書きがしばしば表そうとする「好き」という感情も本来は然るべきことなのでしょう。
「雪」にも十数個の表し方があるように、「好き」にも何百個という表し方があって然るべきなのです。
ですが、僕らの操る言葉には、それほど多くの単語はない。手が本当に動かしたいようには動かないのと同じように、言葉も本当に書きたいようには書けないという、不自由さを秘めています。

当然と言えば当然です。心そのものは心だけであって、手も言葉も心そのものではないのですから。

もとから微妙なテーマを扱っているときには、その不自由さは当然のように致命的な内と外の乖離へと発展するのでしょう。

ですが、外にあるべき外のものに、内と全く同じになれ、というのは、矛盾した要請なのです。内と外の微妙なズレが、発信と受信の間に、致命的な差を生じる結果になったとしても、それは手の指を逆側に曲げられないことが、絵筆の動きを制約するというふうに悲しむ、そのような甘えた悲しみなのです。

 所詮、僕らは与えられたものしか使うことが出来ません。「牛耳る」などという言葉も、定着するには時間が必要です。例えば「焦がれるような恋」という言葉を縮めて「焦恋」という定義で使いますよ、と勝手に言ったところで、それは公の言葉ではないので、言葉としては認められない。第一「焦恋」では「じれったい恋」かもしれない。「牛耳る」と言う言葉は、耳を掴んで牛を操るというバックボーンが在ったから生まれ得た言葉なのです。確かに夏目漱石は素晴らしい言葉を作ったかも知れませんが、それは何も彼一人の力と言うわけではありません。あくまで、「今ある言葉」で勝負する。多くの画家が、手の指の関節が逆に曲がらないことを嘆かないように、僕たちもまた言葉の不自由さを表現の不自由さとして嘆いてはいけないのです。
もし、何かが新しく与えられたとしても、それはきっと新しい色の絵の具。その程度です。大切なものを混ぜ合わせれば、それで済んだであろうことなのです。

 結局何が言いたいのか分かりませんね。とにかく、僕は、短い距離ではありますが一周をしたのです。真夜中のリビングで、エッシャーの書いた手紙を読みながら、言葉の不自由さを認識し、それでもなお表現は無限に自由であるということを思い知ったのです。
 この一周には大きな意味があると思います。誰かものを書くのが好きな友達が、このつたない文章を読んで、何かを思ってくれるでしょうか。それは分かりませんが、僕は今、この真夜中に、誰かに何かを伝えずにはいられないのです。

泉と川と自転車の夏

2007-05-11 01:00:24 | 短編小説(一般)
 夏が来る。名前も知らないビルが、この町にまた新しく建つ。小さなころ、友達と一緒に夏休みの自由研究の材料を探しに入った、あの山のふもとも削られるらしい。大学で生物学を専攻している透は、自転車で建設予定地の山へと向かった。
 感傷などではない。あの山には小さな泉が湧いていて、澄んで冷たい水の中でしか生きられないという、ハリガネムシという寄生虫の仲間が見られるのだ。壊されてしまう前に写真を撮っておいて、今後大学で出された課題に活かそう。そう思った。
 田んぼの横の川に沿ってしばらく自転車を走らせると、小さな山道の入口に着いた。透は自転車を脇に停め、デジカメとコンビニの袋を入れたショルダーバックを背負った。
 木漏れ日の山道を、うっすらと汗をにじませながら三十分ほど歩いた。ほとんど人が通らないはずの泉の前には、女の子が一人立っていた。あの夏、一緒に自由研究を仕上げた、幼馴染みの晶だった。中学を卒業してからはしばらく会っていなかった。
「晶。」
透が声をかけると、晶は驚いた顔をした。
「透ちゃん。久しぶり。泉、見に来たの?」
「うん、写真撮りに来たんだ。大学の課題が出た時に使おうと思って。」
「ふうん。やっぱり大変なんだね。」
そうでもないよ、と答えて、透は泉の中を覗きこんだ。冷たく澄んだ水の中に、何匹かのハリガネムシの仲間が泳いでいた。透はデジカメを取り出して、慣れた様子で何枚か写真をおさめた。ぼうっと泉の中を眺めている晶を見て、透は口を開いた。
「あの時は知らなかったんだけどさ、こいつら、別にきれいな水じゃなくても生きていけるんだってね。」
「……そうなの?」
「けさ少し調べたんだ。」
「……へぇ。……ちょっと幻滅しちゃったな。もっとか弱くて珍しい、絶滅寸前の生き物だって思ってたよ。」
 晶は、ある日不登校になって、そのまま高校を中退したらしい。風の噂で、聞いた。
「……もしかしてお前、こいつらを心配してんの?」
「うん。この子たち、ここでしか生きられない生き物だと思ってたから……。」
 しゃがんで泉を覗きこんでいた透は、晶を見上げた。
「……泉が壊されちゃう前にさ。こいつら、川に逃がしてやろうか。」
「……え?……川?だめだよ……他の魚だっているんだよ。食べられちゃうよ。」
「ハリガネムシは、もともと川にも住めるんだ。魚に食われるんだって自然の運命だよ。」
 それを聞いて、晶が顔色を変えた。
「……いやだよ。ねえ、透ちゃん。他の泉、探そうよ。きっと探せばもう一つくらい、泉見つかるよ。」
「ないよ。小学生のとき、散々探しただろう。この山には泉は、ここ一つしかない。」
「…………。か、川は……広すぎるよ。それに、生活排水だって……。」
 晶は、それっきり黙り込んでしまった。透は、少し驚いた顔で彼女を見ていた。が、やがてふっと目を逸らして、泉の中を泳ぐハリガネムシたちを見た。どうして晶がここに来たのか、やっと分かった。彼女は、自分とハリガネムシを重ねて見ているのだ。
 あの時、どうして自分たちは、この生き物がきれいな水の中でしか生きられないと思ったのだろう。この澄み切って囲われた泉の中で、気持ち良さそうに泳ぐこの生き物が、そんなに頼りなく見えたのだろうか。この場所で生まれ、この場所で死んで行くのが運命なのだと、本気で思ったのだろうか。そうして晶は今も、この狭い場所に閉じ込められてしまっている。いつかは壊されてしまう、仮初めの安全地帯に。
「…………。」
透は、ショルダーバックを開けてコンビニの袋を取り出した。そして泉の中に手を突っ込んで、ハリガネムシを掴まえ始めた。爪の間から体内に潜り込むなんて噂は迷信だ。この生き物はそんな恐ろしいものでもなければ、限られた場所でしか生きられないようなか弱い生き物でもない。ただの、ありふれた寄生虫だ。まもなくコンビニの袋の中に六匹のハリガネムシが、わずかな水と共に捕らえられた。
「行こう。」
透はショルダーバックを背負い、コンビニの袋を片手に立ち上がった。晶がこくりと頷いた。二人は自転車に乗って、川に向かって走り出した。山の向こうには雲が沸き立っていた。夕立の匂いがした。
河原を目の前にして、晶は立ち止まった。そして泣きそうな声で訴えた。
「透ちゃん、やっぱりやめようよ。ハリガネムシ、死んじゃうよ。」
透は、河原へと降りる階段の途中で、晶の方を振り返った。そして何も言わずに手招きをした。晶は今にも泣き出しそうな顔で、透の後に着いて来た。
透は、ハリガネムシの入ったコンビニの袋を、晶に突き付けた。晶はそれを受け取ったが、そのまま動かなくなってしまった。
「……無理だよ。」
晶が言った。その目には涙が溢れている。
「透ちゃんには分からないんだよ。この子たちはー……!」
「生きて行けるよ。」
透は言い放った。
「ハリガネムシはな。ハラビロカマキリに寄生して、産卵の時期が近付くと、宿主の行動を操って、水岸にまで連れて行かせるんだ。ハリガネムシに寄生されたカマキリの脳からは、普通じゃ見られないタンパク質が見つかる。一説に拠ればな、自殺願望を誘因するタンパク質なんだってよ。そういう、強かな生き物なんだ。ハリガネムシってのは。」
「違う!!」
「違わない。なぁ、晶。俺たちはー……。」
「『俺たち』なんて言わないで!透ちゃんと私は、全然違うのよ!」
晶がコンビニの袋を河原の小石の上に落とした。水がこぼれ、ハリガネムシたちが乾いた地面の上に、為す術もなく投げ出された。澄み切った水の中から河原の小石の上にぶち撒けられて、苦しそうにのたうちまわっている。
「ほらねー……こんなに弱い生き物なのよ……。そんな広い場所で、幸せに生きて行けるはずがないわ!どうしても出て行かなきゃいけないっていうなら、そんなの……。泉の中のまま、死んでいった方がマシよ……!」
 透は服の袖から見えた、晶の腕の傷に目を留めた。
やがて山の向こうから沸き上がった入道雲は、二人の上に多いかぶさるように広がり、河原に夕立をもたらした。その雨に打たれて、力無く横たわっていたハリガネムシたちが首をもたげた。目も耳も無いのに、どこで川の気配を感じとるのだろうか。ハリガネムシたちは、小石の上を川に向かって這いずり始めたのだった。呆然とする晶の目の前をゆっくりと、だが確実に川に向かって這いずって行く。透が呟くように言った。
「晶ー……見ろよ。全然弱くなんか無いじゃないか。一人じゃ生きていけなくたって、途中で放り出されたって、こいつらは生きようとしてる。こんなに懸命に、川に向かってー……。」
二人の目の前で、ハリガネムシたちは一匹、また一匹と川にたどり着き、雨でよどんだ土気色の流れの中へと滑り込んで行った。一匹のハリガネムシが、川の近くの水溜まりで川の場所を見失っていた。しかし、やがてそれも川の中へと姿を消して行った。二人はただ雨の中、ハリガネムシたちの消えた濁流を見つめていた。
長い長い雨は止んだ。先ほどの土砂降りが嘘のように晴れ渡った空の下で、晶と透は、並んで河原の階段に腰掛けていた。
「なんかー……一人ぼっちになっちゃったな。」
 晶がぽつりと言った。
「友達なんてすぐに増えるよ。」
「……泉?それとも、川?」
「違うよ。」
透は晶を小突いた。立ち上がって、階段を上った。雨で濡れた髪をかきあげて、自転車のスタンドを蹴り上げる。
「晶。海行こう。海。」
「え?……なんで?また何か写真撮りに行くの?」
晶は服の裾を手で払って、河原の階段を駆け上がった。そして自転車の後ろにちょこんと腰掛けた。
「違ー……。いや、まあ、そういうのもありかもな。」
「やっぱりそうじゃん。あ、デジカメ平気?」
「……あ!やべぇ!」
「ほらー、偉そうなこと言ってるから。」
透は照れくさそうに頭をかいて、ショルダーバックを自転車のかごに入れた。晶を後ろに乗せ、力強くペダルを踏んだ。建設予定地の山が遠ざかって行く。透の背中で、晶が山に向かって叫んだ。
「……さよならー!」
田んぼの横の川沿いの道を、二人乗りの自転車が走って行く。爽やかな風が二人の髪をなびく。もうすぐ、また夏が来る。

蜘蛛の糸

2007-03-08 16:50:56 | 
真っ暗な夜がある
一本の細い道がある

照らす電灯 光は弱く

旅人が一人 夜を歩いている

電灯と電灯の間に蜘蛛が一匹
巣を作るための最初の糸を張っている

旅人はその糸を引っ掛ける
その蜘蛛の糸は自分で気付かない限り
決して切ることのできない種類のものなのだった

旅人は巣を引っ掛けたまま歩き続ける
蜘蛛は旅人の体を使って巣を作る
そうして何匹もの虫を捕まえる

青く美しい蛾も
電灯に群がる羽虫も
硬い体を持った甲虫も
きれいな歌を歌うこおろぎも すずむしも

旅人がその澄み切った目を留めたものは
彼の後ろで糸を紡ぐ 大きな蜘蛛に食べられた

夜を歩く純真な旅人
彼の罪は何の罪か

照らす電灯 光は弱く

彼の行く先のみを穏やかに教える

ゴーレムの巻・エピソード6「峠へ」

2007-02-15 15:48:14 | 仮面ライダーZERO
佐伯は、少年の証言を何一つ調書の相当な欄に書くことは無かった。彼は、「七郎」の証言を、全て備考欄に書き出した。


“本名、七郎、住所、不定、ー……と自称しているー……。”


やがて、少年は本庁の警察官たちに連れられて行った。少年は、ドアを出て行くときに佐伯のほうを見た。佐伯は、その視線を感じながらも少年の目を見返さなかった。


「サエキ、お前は、犯人を憎んでいるのだろう?」
少年の言葉が、声が、変質しながら頭の中で響いた。

「……昔は、少しな……。」
佐伯はタバコの火を吸殻に押し付けた。



佐伯が署を出ると、外は見事な夕焼けだった。佐伯は幼少の頃、交通事故で両親を失った。被告人は、無免許運転の高校生だった。
親戚の叔父の家に預けられた佐伯は、「なぜ犯人は死刑にならないのか」と叔父に問い詰めた。叔父は、立派な法律の知識のある人だった。彼は、自分自身にも言い聞かせるように、
「刑罰は、罪を犯した人を生まれ変わらせるためにあるんだよ」
と言った。佐伯は、長い時間をかけて、高校生を許した。


門を出たところで、朝倉が待っていた。
「佐伯さん」
手に、何かファイルを持っている。
「あの子、連れて行かれちゃいましたよ」
不安そうな顔をしている。
「何が不安なんだ」
「私は経験が浅いので、よく分からないんですが、あの子はー……。」
「やってないとでも言うのか?あれだけの自白をしておいてか?」
「いえ、そういうわけじゃないんですが、やっぱりもう少しー……」
「手がかりは、あの少年自身だ。他には何もなかったじゃないか」


ずっと後ろをついて歩いてきていた朝倉が立ち止まった。
「佐伯さん、らしくないと思います」
佐伯は振り返った。
「理由はどうあれ、もしあの子が犯人じゃないんならー……本当の犯人が他にいるなら、その犯人を許しちゃいけないんじゃないんですか?捕まえるまでは、絶対に犯人を許しちゃいけないんじゃないんですか?」
朝倉が、真っ直ぐにこちらを見ていた。
「……俺は」
佐伯は、言葉に詰まった。
「……佐伯さん。」
朝倉が口を開いた。
「もう一度、峠に行きましょう。」



峠に着くころには太陽は沈みかけていた。佐伯と朝倉は、交通整理のしかれている事故現場までたどり着いた。
「……実は、ここのもうちょっと向こうが気になってる」
佐伯は、更に車を走らせた。車は、S字カーブの近くにあった、避難所で止まった。
「……。ちょっと迷惑だが、ここで停めさせてもらおう。」
佐伯はドアを開けた。S字カーブは、何かがぶつかったように凹み、その奥の木の枝は折れていた。
「……なんですか?これ……事故?」
朝倉が聞いた。
「七郎くんが『二人』と言ったんだ」
「?」
「彼は、トラックの運転手が死んだことを知らなかった。彼が攻撃を加えたのは、例の事故現場のバイクの主と、他にもう一台あるということだ」
「え?えっ?」
訳の分からない顔をしている朝倉を無視するように、佐伯は車のトランクから太いロープを持ち出した。そうしてガードレールにしっかりと結びつけてから朝倉を呼んだ。朝倉はロープの垂れ下がっている崖の下を見た。
「?佐伯さん、それどうするんですか?」
「降りてみる」
「降りる……って?」
「下に」
「……。」

朝倉は下を見た。三十メートルはある峠道の崖の下に、小さく川が流れているのが見えた。……ここを?降りるの?……
朝倉が再び佐伯のほうを見ると、佐伯は
「上からヒモを見張っててくれ。」
と言った。驚く朝倉。
「えっ、ええっ?ちょ、ちょっと佐伯さん!!」
止めようとする朝倉を振り返らず、佐伯は崖下へと降りていった。


励ますんじゃなかった、とハラハラしながら、朝倉は崖を下りていく佐伯を見つめていた。横風で揺れるロープ。ぼろぼろと崩れる足元の崖の土。
下に降りたときには、佐伯の手も顔も服も泥だらけになっていた。
朝倉は、地面に降りた佐伯を確認するとどさっと膝をついた。あ、あぁホッとした……。もう一度下を見ると、佐伯がのろのろと下の地面を見渡していた。

“……何してるのかしら?”

そう思った朝倉の目に、ずんずんと崖下の林の中に入っていってしまう佐伯が見えた。
「!!さ、佐伯さん!!おいてかないで下さい!!」
朝倉は思いっきり叫んだ。
「何してんだ。置いてかれたくなかったらついてくればいいじゃねぇか」
「こんなとこ降りられないですよっ!」
「じゃあ上で待ってろ。」

朝倉は、少し考えて車の中に入った。外は寒いけど、ここならエアコンも効いてるし快適だ。
佐伯さんもしばらくすれば戻ってくるだろう……。


そう考えて、ラジオのスイッチを入れてから、朝倉は再び車のドアをあけた。それから大急ぎで崖下へと続くロープを降り始めた。



崖下の林の中、佐伯は転々と続く機械の破片のようなものを追っていた。
「……。」
手にとって見ると、やはり黒い機械の破片だった。車両だろうか?それが転々と、川の方へと続いている。じっくりと眺めていると、後ろからロープをつたって、朝倉が追いついてきた。
「佐伯さーん!待ってくださーい!!」
佐伯は、おー、と気の無い返事をした。
「もう、私は死ぬかと……!風は吹くし、泥だらけになるし、手は痛いし……!」
「朝倉、これなんだと思う?」
佐伯は黒い機械の破片を朝倉に見せた。
「……?なんでしょう?」
「ふーむ。」

佐伯は立ち上がり、早足で破片のあとを追った。朝倉もそれに続いた。
しばらく二人は林の中を歩いた。やがて、ほとんど道がなくなりかけたところで佐伯は立ち止まった。ちゃっ、と音がして、朝倉は佐伯が拳銃を手にしたのに気付いた。
「!!佐伯さん、銃、持ってきたんですか?」
「……。俺は、全部信じてみることにした。」
「……?」

「『あのぐらいじゃ死なない』んだー……。」
「……?」
佐伯の目の前で、破片の列が途切れていた。


「……途切れて、る……?」
つぶやいた朝倉のうなじに、何か冷たいものがぽたりと落ちた。……雨?
上を見上げた朝倉の目に、異様なものが見えた。人の形をした、ぐちゃぐちゃに折れ曲がった黒い塊だった。それが、関節をあらぬ方向に曲げた状態で、トカゲのように木にしがみついていたのだった。あちこちから突出した機械の骨から、ぽたりぽたりとオイルが漏れている。赤く光る目がぎょろりと朝倉を見た。


「きゃああああああああーーっ!!!いやぁーーーっ!!!!」
朝倉は叫び、しりもちをついた。壊れかけたロボットが、ぎこちない動きで首をかしげた。佐伯が振り返り、そのロボットに向けて発砲した。
ギィンッ、と火花が散り、ロボットが木からがしゃりと落ちる。うごめくロボットが首をもたげ、佐伯に向かって襲いかかって来た。


「このっ……!!」
佐伯はロボットに向けて、続けて二発発砲した。ロボットは壊れかけているとは思えないほど俊敏な動きでそれをかわし、佐伯に飛び掛った。
「うわぁっ!!」

押し倒される佐伯。拳銃が手を離れ、林の草むらに転がった。ロボットは上にのしかかり、佐伯の動きを封じた。人間の表皮と頭髪を一部残した顔がうめいた。
「ゼロ……こロス……ごーレムサマ……追いかケル人間ああアアアアアアアアアアアア」
拳銃が……!!!佐伯は草むらにある銃に手を伸ばすが、届かない。ロボットが口を大きく開けた。中から鋭い細いドリルのような舌が、佐伯の鼻先に向けて回転を始めた。


「うあああーっ!いやあーっ、やああーっ!!」
声にならない声をあげながら、大きな棒切れを持った朝倉が後ろからロボットの後頭部を殴りつけた。がくんと折れ曲がるロボットの頭。ドリルが佐伯の頬をぎりぎりのところでかすめた。
「おいっ、朝倉ぁっ!!!逆に殺す気かてめぇっ!!!!」
一瞬の隙を突いて、佐伯がロボットを蹴り飛ばした。拳銃の方に走り出す佐伯。だが、体制を立て直したロボットはそれよりも早く拳銃の方に回り込んだ。枯れた草むらの上、拳銃を抱え込むようにして、半分しかない人間の顔が、ぐにゃあと歪んだように笑った。


「っっ!!!!??」
次の瞬間、ロボットは周りを包む炎に気がついた。枯れ草に火がつき、ロボットを、ロボットのオイルに包まれた服を焼き焦がしていく。佐伯が息をつきながらよろよろと立ち上がった。枯れ草の中では、佐伯のライターがフタを開けて、草むらと一緒に燃えていた。
「ガアアアアアッッ!!!!」
炎に包まれていくロボット。彼は一瞬、炎から逃げるように立ち上がったが、折れ曲がった膝の関節のせいで再び炎の中に倒れこんだ。
「アアア……!!」
焼け落ちた服の下から、妖しくうごめく肉の心臓が見えた。乾燥した草と、ロボット自身のオイルに激しく燃え上がる炎が、その心臓を包んで焼き焦がしていった。佐伯と朝倉は息を飲んで、その光景を見ていた。


「ア、アアア、ア、ガ……。」
ロボットは最後、佐伯のほうにはいずって来ようとしたが、そこで動きを止めた。佐伯は、朝倉から棒を取り上げ、黒コゲの心臓を一突きにした。バチン!とロボットの体のあちこちから火花が上がり、朝倉が小さな悲鳴を上げた。ロボットは一瞬体を痙攣させたが、それで完全に動かなくなった。


朝倉はガタガタと震えながらその場にへたりこんだ。佐伯は朝倉の肩を軽く叩いて、もう大丈夫だ、帰ろう、と言った。
七郎を追いかけなければいけない。佐伯は強い思いで拳を握り締めた。

一人

2007-02-07 23:33:35 | 


一人は、身軽で早いけど、
寂しい。
みんなと一緒は、重たくて遅いけれど、楽しい。