大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

勇者乙の天路歴程 016『川を遡る・2』

2024-04-23 11:46:28 | 自己紹介
勇者路歴程

016『川を遡る・2』 
 ※:勇者レベル3・半歩踏み出した勇者




 ギーコ ギーコ……ギーコ ギーコ……


 三途の川は見通しがきかない。

 長江並みの川幅であることに加えて、一面の霧だか靄のため数十メートルの見通ししかなく、まるで濃霧警報の海を行くようだ。

 ギーコ ギーコ……ギーコ ギーコ……

「……あの時も、こんな感じだったなぁ」

 ビクニが呟く。

「前にも来たことがあるのか?」

「あるさ。いま思い出したのは三途の川ではなくて江戸前の海だがな」

 江戸前の海と言うからには、百年以上は昔のことか。

「吉田寅太郎が密航を企てた時のことだ」

「トラタロウ……ああ、吉田松陰のことか」

「弟子と二人でペリーの船に乗り込んで、アメリカへ連れていけと談判しにいったんだ。浦賀でペリーの黒船を見て、その瞬間『攘夷などは無理だ、まずは学ぼう』と切り替わった。おもしろい奴だ」

「結局は、ペリーに断られて戻って来るんだがな」

「あの時、舟がボロで、力任せに漕いだものだから艪杭が折れた」

「ハハハ、そうだったな、それで慌ててフンドシで括って間に合わせたんだ。この話はウケたなあ」

「そうか、授業の小話にも使ったんだな……しかし、中村、お前の読みは浅い」

「そうなのか?」

「ああ、フンドシなど使わなくても刀の下緒(さげお)を使えばいい。丈夫だし手っ取り早いからな。それをわざわざ袴の裾から手を突っ込んでフンドシを解いて使おうなんて、ちょっと変態だろ」

「いや、あれは荷物から着替え用のフンドシを出して……」

「いいや、思い立ったらスグの男だ、荷物の準備なんかしとらん」

 ギーコ ギーコ……

「腰の刀など、目に入らなかったんだ……」

「刀とか、そういう武士的なものは眼中には無かったんだろ」

「アハハ、尊敬しすぎ。ただの変態……で悪ければおっちょこちょいだ」

 ギーコ ギーコ……ギーコ ギーコ……

「……でも、なんで知ってるんだ。ビクニはタカムスビさんのところで引きこもっていたんだろ?」

「あのころは、まだ少しは外に出ていた」

「ビクニも乗っていたのか?」

「いいや、別の舟で着かず離れずにな。それにも、トラのやつは気が付かなかった……さあ、そろそろだな」

「黒船に乗り換えるのか?」

「そんな簡単なものではない……これを使え」

 ビクニが取り出したものはスティック型の糊のようなモバイルバッテリーのようなものだ。

「なんだ、これは?」

「小型の酸素ボンベだ」

「ああ、007とかスパイ大作戦とかに出ていた! 忍者部隊月光とかでも使ってたかなあ!?」

「ノスタルジーしてる場合じゃない、いくぞ!」

「おお!」

 船べりで中腰になり、水に飛び込む姿勢をとった……。

 

☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 八百比丘尼      タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)009・ああ、やっちゃった

2024-04-23 07:03:11 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
009・ああ、やっちゃった                      
※ 本作は旧作『オフステージ・空堀高校演劇部』を改名改稿したものです




 近頃は世界中が日本ブームだ。ディズニーが『SYOUGUN』という映画を作った。日本人の役は全員日本人、全体の70%以上が日本語という作品で、世界中で大ヒットを飛ばしている。

 昨年は、日本に来る外国人観光客が3000万人を超えた。治安は良いし、食べ物は美味しいし、観光地も穴場もクールだし、カルチャーはホットだし。
 元日早々の地震の凄さにもタマゲタけたが、日本人が冷静で礼儀正しく静かな忍耐と情熱で対処していることに、17歳の留学生であるミリーは感動した。

 同時に当惑している。

 なぜかというと……身近にいる日本人には、それほど感動もしなければ尊敬の念も湧かないからだ。


 中学3年の時に、ミリーは日本にやって来た。


 中学は最悪だった。生徒はいちおう大人しくしているけど、だれも授業をまともには受けていない。勉強ができる子たちでも例外ではなく、ノートだけとってしまうと、あとは塾の勉強をしている。

 先生たちも授業は下手くそだ。男の先生は、音楽でいうと、ド・レ・ミの3音、女の先生は、ミ・ファ・ソの3音しか出していない。リズムは大陸横断鉄道のレールの音のように単調。「驚くべきことに」とか「ここ大事だから」と言うのに、先生自身が驚いていないし、大事だと言う気持ちが無い。ただ声が大きいだけ。

 4月には家庭訪問があって、留学生のミリーは下宿している渡辺さんのお婆ちゃんと奥さんに親代わりに会ってもらった。先生が居たのはたったの5分。その5分間、先生の目はスミソニアン博物館のはく製の目のようだった。

 先生がテーブルに置いた手帳にはスケジュールが書かれていたが、驚くべきことには、その日の家庭訪問は11軒もあった。それも、午後1時30分の開始だったから20分ちょっとの時間で移動して話を済ませなければならない。こんな家庭訪問ではアリバイにしかならない。

 先生がいないところで、生徒たちは、いいかげんだ。いや、悪党だ。

 学年はじめの物品販売にやってくる業者のオジサンに平気で「オッサン、はよせえよ!」などとため口をきく。パシリやイジメは日常茶飯。相手が死にたいと思う寸前まで巧妙かつしつこくやっている。

 ミリーも一度、授業中にしつこく髪の毛を引っぱられたことがあった。5回めにはキレてしまって、授業中であるのにもかかわらず、後ろの男子生徒の胸倉をつかみ、英語で罵りながらシバキ倒した。

 ミリーの剣幕は相当なものだった。なんせ相手がピストルを持っている心配が無い。ナイフとかスタンガンを持っていることも、まずあり得ない。武器さえ持っていなければこわい者なんかない。

 ただ、相手の男子が「自分は悪いことをした」という反省にいたらず「自分は悪い奴に出くわした」としか思わないことが業腹だった。


 ある日のこと、ミリーはグラウンドでボンヤリと野球部の試合を見ていた。


 白熱した試合で延長戦になった。中学野球は7回までで延長戦も8回の表裏をやるだけなんだけど、ピッチャーは1回目から力を入れ過ぎて限界なのがミリーには分かった。

――体も出来ていないのに、あれじゃ肩壊してしまう――

 そのピッチャーはクラスメートの男子で、ほとんど口も利いたことがなかったが、野球という日米の共通文化だったし、ついこぶしを握って観てしまった。

 8回の裏、ツーアウト満塁で最後のボールが投げられた。バッターは空振りし、かろうじてミリーの真田山中学が勝ったが、ピッチャーは肩を押えて蹲ってしまった。

――ああ、やっちゃった――

 ピッチャーは、わずか14歳で投手生命を失ってしまった。

 そのピッチャーは、それきり野球部を辞めてしまった。それまでミリーにとっては口数の少ないクラスメートに過ぎなかった。

 それがイヤナ奴になった。

 とくに悪さをするわけではないが、ジトーっと暗くなってしまい、まるでブラックホールのようになってしまったのだ。肩を痛めてしまったことは気の毒だけれども、席の近くでマリアナ海溝のように落ち込まれてはかなわない。

 高校では一緒にならないことだけを祈った。

 そして祈りの甲斐なく、空堀高校で一緒になってしまった。


 それが一人演劇部の小山内啓介であったのだ。


☆彡 主な登場人物
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  留美という姉がいる
  • ミリー         交換留学生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜


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巡(めぐり)・型落ち魔法少女の通学日記・094『階段下の部室』

2024-04-22 15:08:03 | 小説
(めぐり)・型落ち魔法少女の通学日記
094『階段下の部室』   




 学校というのは狭いようで広い。


 小学校の倍はあるんじゃないかなあ。

 小さな町なら一個分……は大げさだとしても、〇丁目の区分なら二つか三つは入るくらいの広さ。

 町の同じ〇丁目でもさ、たとえば三軒隣りだと、どうかすると越してこられたことにも気づかない。

 ほら、先週、いつものように登校しようとしたら三軒隣のお婆ちゃんが昭和の川向うに付いて来ちゃってビックリした。
 日に一回だけ使える魔法で戻してあげようと思ったら、道路沿いの医院の屋上に飛ばしてしまって、アセアセになってるところを御神楽さんに助けてもらった。

 帰りに家の前を通って、苗字が早乙女さんだということを確認。それ以外のことはまだ分からない。

 三軒隣りでも、こんな感じだから、〇丁目が三つも入るような学校なら知らないところがあっても当然。

 夕べの雨でグラウンドがグチャグチャなんで、本館前のコンクリのところでトスバレーに興じる昼休。

「いくよ!」

 佳奈子が打ち上げたボールは緩く弧を描いてロコの頭上に落ちてくる。

 運動音痴のロコでも十分返せる球だったんだけど、ボールの後ろに太陽があった。

 クシュン!

 クシャミといっしょに目をつぶってしまって、あえなく、ボールは南館の昇降口に飛び込んで行ってしまった。

「ああ、ごめ~ん(^_^;)」

 佳奈子が謝って、ロコは「ドンマイドンマイ」と昇降口に駆けていく。

 予鈴が鳴るまでトスバレー、終わるとロコが「ちょっとこっちです」とみんなを難関昇降口の階段下に手招きする。

 ああ……

 階段下の様子を見て、みんな同じように落胆の声を上げた。


 二月の代議会でさ、8組の牧内さんが――部活を奨励されていながら、活動の拠点である部室を保証されていないクラブがある――と発言して、学校と生徒会を動かして、部室の候補地を倉田先生といっしょに探しているのを食堂から見たじゃん。

 その後、正式に部室が設定されることになったって、みんなで喜んだ。

 メデタシメデタシ(^▽^)と思って、新部室はいつできるんだろう……思っているうちに忘れてしまった(^_^;)。牧内さんもなにも言わなかったしね。

 階段の下、三角の空洞のところがベニヤ板で塞がれて、トイレのドアみたいなのが付いていて、それだけは立派に『演劇部』と墨で書かれた相撲部屋みたいな看板が掛けられていた。

「中は、畳二畳分もないですよぉ」

 ロコの呟きに続く者は居なかった。

 思ったことはみんないっしょ。

 あんなに大見得きって『いい問題提起だ、部室を確保しよう!』と言った割にはショボすぎる。

 ほら、魔法使いの少年が親類の家に引き取られて階段の下の部屋で寝起きしてた有名な映画があるでしょ。あの感じ。

 でも、あの映画はこの時代では原作も生まれてないからね、言わない。

 
 二月から二か月以上あったのに誰も気づかなかった。

 
 春休みを挟んで卒業式や入試や、学校行事がいろいろあった。

 でもさ、牧内さんはクリスマスイブの集いでも、照明とかでお世話になって、作法室でやったMITAKAにも参加してくれて、ほとんど仲間なんだけどね。

「あ、もう本鈴鳴るよ!」

 たみ子の声で、みんな教室に戻る。基本的にみんな真面目なんだ。


 後で、真知子が演劇部の倉庫、正しくは図書分室で古い本や視聴覚機材を補完する部屋なんだけど。そこに出向いて牧内さんと話した。

「ううん、大進歩だよ。妥当な要求ならちゃんと学校は聞いてくれるって前例ができたんだから。これ以上は設備変更とか予算とか、生徒会を超える問題もあるしね、演劇部としては喜んでる」

「そう、でも、ごめんね。ぜんぜん問題トレースできてなくて」

「ドンマイドンマイ、学校って結構広いんだから」

 牧内さんは、わたしと同じ感覚で、ちょっと嬉しかった。

 

☆彡 主な登場人物
  • 時司 巡(ときつかさ めぐり)   高校2年生
  • 時司 応(こたえ)         巡の祖母 定年退職後の再任用も終わった魔法少女
  • 滝川                志忠屋のマスター
  • ペコさん              志忠屋のバイト
  • 猫又たち              アイ(MS銀行) マイ(つくも屋) ミー(寿書房)
  • 宮田 博子(ロコ)         2年3組 クラスメート
  • 辻本 たみ子            2年3組 副委員長
  • 高峰 秀夫             2年3組 委員長
  • 吉本 佳奈子            2年3組 保健委員 バレー部
  • 横田 真知子            2年3組 リベラル系女子
  • 加藤 高明(10円男)       留年してる同級生
  • 藤田 勲              2年学年主任
  • 先生たち              花園先生:3組担任 グラマー:妹尾 現国:杉野 若杉:生指部長 体育:伊藤 水泳:宇賀  音楽:峰岸  教頭先生  倉田(生徒会顧問)
  • 須之内直美             証明写真を撮ってもらった写真館のおねえさん。
  • 御神楽采女             結婚式場の巫女 正体は須世理姫
  • 時司 徒 (いたる)         お祖母ちゃんの妹        
  • その他の生徒たち          滝沢(4組) 栗原(4組) 牧内千秋(演劇部 7組) 上杉(生徒会長)
  • 灯台守の夫婦            平賀勲 平賀恵  二人とも直美の友人  
 

 

 
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)008・タタラを踏むカラス

2024-04-22 08:33:53 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
008・タタラを踏むカラス                      
※ 本作は旧作『オフステージ・空堀高校演劇部』を改名改稿したものです




「なんべんもやるもんやないで」


 セーヤンの言葉には頷かざるえなかった。

 高校生の水準をはるかに超えたCGの技術で、浄化槽の上にホログラムのバーチャル演劇部を出したのだ。

 遠目には10人の演劇部員が発声練習をやっているように見えたはずだ。

「そやけど、あんな中庭の奥ではなあ……もっかい広いとこででけへんか?」

「言うたやろ、ホログラムは明るいとこでは見えへんし近くで見られたら、すぐにバレてしまう」

「そやけどなあ……」

 簡易型のホログラムなので、ノーマルに比べれば撤収は簡単なはずだったが、さすがに二人では大変だ。

「たとえ完璧なホログラムを人目につくようにやっても、演劇部そのものに魅力が無かったら人は集まらんやろなあ……」

 最後にパソコンの電源を落とすと、独り言のようにセーヤンがトドメを刺した。

「そやけど、車いすの子が見てくれてたで」

「冷めとったで。付き添いのオネエサンは熱心やったみたいやけど……たとえ入ってくれても、車いすの子ぉが演劇部やれるか?」

「そやけどなあ……」

 啓介はベンチに腰掛けたままゴニョゴニョ言う。

「だいたいが、啓介自身が真っ当に演劇部やろいう気持ちないやろ。おまえは部室手放したないだけやろが」

 図星ではあるが、素直に頷く啓介ではない。

「それは違うぞ」

「どないちゃうねん?」

「そら100%の気持ちがあるとは言わへんけどなあ、オレの中にも何パーセントかは気持ちがあるねん。そこを汲んでもらわんと」

「オレはなあ、部室棟を残したいねん。オレら情報部の活動拠点でもあるさかいなあ」

「部室棟が無くなることはないやろ。生徒会は演劇部放り出して別のクラブ入れようとしてるんやさかいなあ」

「それは考えが浅い」

「なんでや?」

「学校は部室棟そのものを壊したいんや」

「ええ、部室棟をか!?」

 あらためて部室棟の旧校舎を見上げる。

 カッ カァ~~

 屋根の上で翼を休めていたカラスが飛び立とうとして足を滑らせ、あたふたタタラを踏んで飛び立っていった。

「部室棟は伝統的に文化部しか入ってない。そやけど文化部はどこも低落気味。元気のええ軽音とかダンス部は、もとから部室棟には入ってへんしな。ま、オレらの情報部みたいに元気なのんもあるけど、それはそれで鬱陶しい存在や。ま、それは置いといて、学校は部活の振興には力を尽くしたけどあかんかった。あかんから旧校舎の部室棟そのものを撤去する。そういうシナリオができてると思うで」

「そんな深慮遠謀があるのんか?」

「部室棟は維持費だけでも年間数百万円かかってる。まあ雰囲気の有る建物やけど、いつまでも雰囲気だけでは残されへんさかいなあ」

「せやけどなぁ、一寸の虫にも五分の魂や、オレかて、一発やったろかいう気持ちはあるねんぞ!」

 啓介は腕をまくって力こぶを作って見せた。

「おお、啓介て案外マッチョやねんなあ!」

 セーヤンは素直に驚いた。

 いつものグータラな様子からはあり得ない体格だからだ。

 ブン

 その驚きが恥ずかしく、啓介は封印していた投球動作をしてしまった。

「なんや、啓介ほんまもんのピッチャーみたいやんけ」

「あ、ジェスチャージェスチャー、オレって演劇部だからよ!」


 見上げた夕焼けは、あの時のそれに似ていた……。



☆彡 主な登場人物
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  留美という姉がいる
  • ミリー         交換留学生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜


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鳴かぬなら 信長転生記 177『三合河原超説法会・2』

2024-04-21 11:39:35 | ノベル2
ら 信長転生記
177『三合河原超説法会・2』信長 




 地平線の彼方から巨人の軍隊が堂々と行進してきて、それが目の前で一斉に跳躍、槍や太刀を構えて吶喊の姿勢で着地。そんなイメージをさせてボレロが終わると、三蔵法師が幻の巨人群の中から前に進み出る。

「よく参られた、三国志善男善女老若男女の方々!」

 体に似合わぬ大音声で語り始めると、三合河原の万余の聴衆は寂として三蔵法師の説法に耳を傾け始める。

 河原に通じる土手には、遅れてやってきた聴衆たちが、説法の邪魔にならぬように足音も息も潜めて先着の大衆(だいしゅ)の中に入っていく。
 河原の要所要所にはビールケースの上に立った整理係が居て、無言のまま大衆を整頓し、大衆たちも係りの指示に従って、全体が大きな生き物のように静謐を保ったまま動いて収めてしまう。

 いやはや、三蔵法師……一言主はすごい。

 アマテラスは適当に選んでいるようだが、思金(オモイカネ)といい一言主といい、当を得た人選、いや神選だ。このまま三蔵法師として宗派を立てれば強力で穏当な仏教ができあがるぞ。こういう宗派であれば、比叡山のような、日本史では稀に見るようなジェノサイドをやらずに済んだ。

 俺は悟空のままのナリだが、市と茶姫には擬態を解いていいと言ってある。

 三蔵法師が説法をしている間は大丈夫だ。

 元々は、扶桑や三国志でも類を見ないスーパー美少女の二人だ。 俺も美少女だが、あの二人は天然だしな。四六時中ブタとカッパの姿では息が詰まるだろう。

 今日は、俺一人が悟空として会場をパトロールしているだけで十分だ。


 ん……土手の木の下で茶姫が誰かと話している。あれは……検品長と備忘録ではないか。 


検品長:「ようやくお目にかかれましたぁ」

備忘録:「感無量でございます、よくぞ御無事で」

茶姫:「ああ、お前たちもな。よくぞ無事でいてくれた。しかし、兄の工事現場で働いていたとは驚いたぞ」

検品長:「はい、忸怩たる思いではありましたが、曹操様のおやりになっていることはよく分かりました」

茶姫:「長江の上流で堤防を作っているのだったな」

検品長:「はい、なかなかのものでございました……」

備忘録:「これをご覧ください、メモしておいたものを道中まとめて参りました」

茶姫:「おお、さすがは備忘録! 見せてもらうぞ!」

 茶姫は木の根方に背中をあずけて備忘録のレポートに目を通す、二人の部下は目立たぬように膝を抱いて三蔵法師の説法に耳を傾けるフリ……いや、本当に聞き入ってるし(^_^;)

茶姫:「……備忘録」

備忘録:「は、はい」

茶姫:「兄のやっていることは、至極まともだぞ」

検品長:「はい、そうなのです。この築堤工事は魏国のみならず三国志全域に恩恵をもたらします。のみならず、三国に財政的な無理にならぬように、魏の側の堤防を低くして、工事期間の短縮と工事費の削減を図り、蜀や呉の理解も得ております」

茶姫:「これが蜀の劉備、呉の孫策なら、こうも疑いはせんが……」

検品長:「引き続き探りは続けます」

茶姫:「ああ、しかし、無理のないようにな……これが本当なら、あとは兄妹だけの問題なんだがなあ……」

備忘録:「……しかし」

茶姫:「ん?」

備忘録:「三蔵法師さまの御説法、なかなか胸にしみますなあ」

検品長:「これ、備忘録、茶姫様は真剣にお考えなんだぞ」

備忘録:「あ、これはしたり!」

茶姫:「よいよい、事実三蔵法師さまの御説法は尊い。こちらは直に結論の出るものでもないし、ゆっくり御説法を聞くがいい」


 なべて世はことも無し……このまま三蔵法師の教えが広まれば、三国志は史上まれに見る太平の世が訪れそうなんだが。

 見上げた空は黄砂も飛ばず、この季節には珍しく澄み渡って抜けるような青空だった。

 
☆彡 主な登場人物
  • 織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生  ニイ(三国志での偽名)
  • 熱田 敦子(熱田大神) あっちゃん 信長担当の尾張の神さま
  • 織田 市        信長の妹  シイ(三国志での偽名)
  • 平手 美姫       信長のクラス担任
  • 武田 信玄       同級生
  • 上杉 謙信       同級生 配下に上杉四天王(直江兼続・柿崎景家・宇佐美定満・甘粕景持 )
  • 古田 織部       茶華道部の眼鏡っ子  越後屋(三国志での偽名)
  • 宮本 武蔵       孤高の剣聖
  • 二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
  • 雑賀 孫一       クラスメート
  • 松平 元康       クラスメート 後の徳川家康
  • リュドミラ       旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ  劉度(三国志での偽名)
  • 今川 義元       学院生徒会長
  • 坂本 乙女       学園生徒会長
  • 曹茶姫         魏の女将軍 部下(備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
  • 諸葛茶孔明       漢の軍師兼丞相
  • 大橋紅茶妃       呉の孫策妃 コウちゃん
  • 孫権          呉王孫策の弟 大橋の義弟
  • 天照大神        御山の御祭神  弟に素戔嗚  部下に思金神(オモイカネノカミ) 一言主
 
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)007・ああ演劇部!!・2

2024-04-21 07:15:13 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
007・ああ演劇部!!・2                      
※ 本作は旧作『オフステージ・空堀高校演劇部』を改名改稿したものです




「あらぁ、懐かしいわねぇ(´∀`*)♪」


 車いすを押す姉の声が弾んだ。

 あめんぼ赤いな アイウエオ 浮藻に小エビも泳いでる……

 中庭の植え込みの向こうから発声練習の声が聞こえてくるのだ。

 入部を決めていた千歳も驚いた。
 
 なんせ演劇部は部員が一人しかいない。

 だから生徒会から連休明けの5月13日までに部員が5人以上にならなければ同好会に格下げの上に部室を明け渡さなければならなくなっている。
 そんな演劇部が発声練習などやっているわけがない。それも10人ほどがよく通る声でやっている。


 ……ありえない。


「ね、ちょっと見にいこうよ」

 留美は千歳の返事も聞かないで車いすの進路を変更した。

「すごいねぇ、高校の演劇部とは思えないわぁ……声量もあるし、声もきれいだし……」

 車いすは藤棚のところまでしか行けなかった。スロープはあるが夏に咲く花を守るための柵が張り出して、車いすでは、それから先には行けないのだ。

 歩いてなら行けそうだけど、他に生徒はいなかった。演劇部への関心は、かなり低いようだ。

「上手…………なんだけど、なんで、あんなとこでやってるんだろう?」

 留美は不思議に思った。

 演劇部は、使われなくなった浄化槽の上で発声練習をやっていた。南館の北側で日当たりが悪い。

 発声練習は2分ほどで終わってしまい、ジャージ姿の部員たちは変電室の陰に消えて行った。

「集中してたわねぇ、だれもあたしたちに気づかなかったわ」

 留美は感心したが、千歳は――あれ?――と思った。演劇部は一人しかいない、それがなんで? それに……なにかか変だ?

 しかし、その疑問が解消する前に演劇部は引き上げて行った。


「おねえちゃんも演劇部だったんだよ」


 駐車場に向かいながら留美は続けた。

「え、それ初耳!」

「3か月で辞めちゃったからねぇ」

 残念とも仕方が無かったとでも取れるニュアンスだ。地雷を踏みそうな予感がしたので、千歳は黙った。

「えー、車買い換えたの!?」

 黙っていたぶん驚きの声が大きくなってしまった。

「リースよ、ウェルキャブって言うの。先輩がT自動車だから、実用試験兼て使わせてもらうのよ」

 カチャ

 留美が小さなリモコンを押すと、自動的に助手席のドアが開いた。

 ウィ~~ン

 この程度では驚かないが、続いて助手席がせり出してきたのにはたまげた。

 せり出した助手席は90度回ってから車いすと同じ高さになった。

「どう、自分で移れる?」

 車いすは助手席の横に並べられた。

「あ、うん、やってみる……ヨイショっと」

 千歳は腕の力を使って助手席に移った。

「やっぱ、元バレー部だから楽勝みたいね」

「関係ないよ、普通の体力があれば楽勝みたいよ」

「そう、じゃ、載せるよ」

 ウィーンと小さな音がして助手席は正規の位置に収まった。


「すごいですね、見せてもらっていいですか」


 いつの間にか先生や事務職の人たちが集まってきて、見学を申し入れてきた。

「え、あ、ああどうぞ」

 中には千歳の学年である一年生の学年主任も混ざっている。

「車いすは、どうするんですか?」

「ええ、格納します。こちらです」

 留美は空の車いすを押しながらオーディエンスを車のハッチバックに案内した。

「小型のクレーンが付いていて、これで吊り上げるんです……」

 グィ~~ン

「「「「「おーーー!」」」」」

 オーディエンスたちは感心して写真を撮ったり、車内を覗き込んだり「すみません、もう一回乗るところ見せてもらえませんか」と言って、千歳に3度も乗り込みをやらせた。

 パチパチパチパチパチパチ(^▽^)

 そして、最後には拍手して発車するウェルキャブを見送った。


「さすがバリアフリーのモデル校ね、先生たち熱心に見てたわね」

「どうだか……」

「どうして?」

「設備とか車は見るのにね、障がい者のあたしのことは……」

「ふふ、そんな風に見てるんだ」

 車はゆっくりと校門を出て行った。4月も末の夕方は、まだまだ日が高かった。
 


☆彡 主な登場人物
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  留美という姉がいる
  • ミリー         交換留学生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • 生徒たち        セーヤン トラヤン
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜
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銀河太平記・216『納骨の旅・3・万世橋』

2024-04-20 11:47:37 | 小説4
・216

『納骨の旅・3・万世橋』ミク 




 トンビが視界から消えて――さて、どうしよう――と考えた。


 今度の納骨に際して三日の休暇をとった。

 初日に納骨を済ませた後は、東京か京都かのどちらかだろうと思っている。

 両方は回れない。

 扶桑のルーツは日本だ。その日本のルーツは京都だ。

 794年に遷都されて以来23世紀の今日に至るまで千年以上日本の都は京都なんだ。
 明治維新で天皇は東京にお移りになったけど「ちょっと江戸に行って来る」とおっしゃられただけになっている。

 実は、憲法にも法律にも――日本の首都は東京である――とは書いていないらしい。各種の法律には「首都開発」とか「首都機能整備」とか「首都防衛」とかの冠がついたものがいっぱいあって、国の内外を通じて東京が日本の首都であることは常識。

 でも、肝心の首都法という法律は無く、東京=首都とも規定されていない。

「これが日本人の知恵なんだ」

 姉崎先生は言っていた。

 世俗的な意味での首都は東京、霊的には京都が都なんだそうで、京都の人たちは天皇陛下が京都にお越しになるのを「お戻りになる」と言う。
 そういう日本のソウルに触れてみたいという気持ちもあったけど、9年前の修学旅行をトレースしてみるというプランも捨てがたい。

 山梨を過ぎてトンネルを出るころには決心がついた。

 やっぱり東京に行こう。

 特に日本史に興味があってとか、扶桑の公務員としての意識に目覚めたというわけじゃない。

 和尚さんとの約束を思い出したんだ。作業機械のいいのがあったら送りますって。

 アキバ近くの万世橋に、修学旅行でお世話になった万世橋商会がある。

 あそこで相談すれば、月や火星に戻って手配するよりも早い。月に戻ってからじゃ次の休暇までは動きが取れないだろうしね。

 ほんとうはアキバ……という誘惑はグッと呑み込んだ。


「あ、扶桑第三高校の……!」


 受付のオネエサンが反応する前に、どこか見覚えのあるオジサンが立ち上がった。

「え、あ、その節は、お世話に……」

 と言いながら完全には思い出せないわたし(^_^;)。

「あの時の御縁で、平賀先生とは懇意にさせていただきまして、先生ご発明のアイテムを取り扱わせていただいて繁盛させていただいております(^▽^)」

 あ、車の駐車をお願いした時の総務のニイチャン(修学旅行・5・『アキバ 初音ミク』に出てくる)だよ、たしか。

 胸のIDには『営業課長』の肩書がついている。総務から営業へ転身、やり手だったんだねぇ。

「あちらのショーケースに先生との提携商品を並べております!」

 受付のオネエサンも、立ち上がってショーケースを示してくれる。

「ほおぉぉぉ」

 そこには、テルが片手間というか気分転換というかに思いついたアレコレが並んでいた。

 アルファ波消しゴム:(使うとアルファ波が出る) 
 提案貯金箱:(入れた金額に合わせて使い道を提案する) 
 思念工具:(思い浮かべるだけで機能や形を変える家庭用工具)
 ミニトング付きポテチの袋:(手が汚れない)
 卓上グラビテーションコントローラー:(机の上の物を浮かせて掃除しやすくする)
 失せものホイッスル:(あらかじめ登録しておいた物は、失くした時に吹くと返事する)
 知り合い感知器:(身内 友人 知人 苦手な奴)が一定の距離に近づいてくるとアラームを発する)
 お別れ機能付き電池:(残り5%を切ると「お別れの時です」と別れを告げる)

 あげるとキリがないんだけど、全部冗談半分のアレコレ。

「売れてるんですか?」

「はい、半分近くはヒット商品になって、ご愛顧いただいております」

「そうなんですか」

「ああ、こういうファンシーグッズ系だけではなく、素材系やエネルギー系の発明や新案特許がありまして、売上金額的には、そちらの方が三倍以上ございます。はい」

 ウウ……大した奴だとは思っていたけど、いやはや、かなりの大物なんだ(^_^;)。

「それで、緒方さまは、どのようなご用命で?」

「あ、実は……」

 甲府の和尚さんの話をすると、3分でモノを見つけてくれて、手配と発送までやってくれることになった。

 いやはや、人の縁というものは大事にしなくちゃと感じ入る。

 そして、晴れてアキバに足を運べることになった\(^_^)/!

 

☆彡この章の主な登場人物
  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑月面軍三等軍曹、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑幕府北町奉行所与力 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     ピタゴラス診療所女医、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑科学研究所博士、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵             天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任 じつは山野勘十郎
  • 扶桑 道隆              扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)     将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥(児玉隆三)          地球に帰還してからは越萌マイ
  • 孫 悟兵(孫大人)           児玉元帥の友人         
  • 森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室(氷室 睦仁)          西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
  • 村長(マヌエリト)          西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)           西ノ島 フートンの代表者
  • 及川 軍平             西之島市市長
  • 須磨宮心子内親王(ココちゃん)    今上陛下の妹宮の娘
  • 劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官 PI後 王春華のボディ
  • 王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書
  • 胡 盛媛 中尉           胡盛徳大佐の養女
 ※ 事項
  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
  • パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
  • 氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
  • ピタゴラス    月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
  • 奥の院      扶桑城啓林の奥にある祖廟
 

 

 
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)006・ああ演劇部!!・1

2024-04-20 06:50:34 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)

006・ああ演劇部!!・1                      
※ 本作は旧作『オフステージ・空堀高校演劇部』を改名改稿したものです




 なんと掲示板に貼り出されていた。


 以下のクラブは部員数を5月12日までに規定の5人以上にならない場合同好会に編入する。

 演劇部 新聞部 社会問題研究部 上方文化研究部 園芸部 薙刀部 ワンダーフォーゲル部

 生徒会規約により、同好会に編入された場合、予算の執行を停止し部室を明け渡すものとする。

              空堀高校生徒会(担当 副会長:瀬戸内美晴)


「ハ~~~~(´Д`) 」

 演劇部部長の小山内啓介は、盛大にため息をついた。

 このため息が図書室にいた沢村千歳とシンクロしたのだが、この物語における自分の役割を認識していない二人に自覚は無い。

「そら大変やなあ……」

 セーヤンは頭の後ろで手を組み、脚を突っ張って椅子をギシギシ言わせながらのけ反った。セーヤンが気乗りしない時の癖である。

「名前貸してくれるだけでええねん、頼むわ」

 啓介は、のけ反ったセーやんの顔を覗き込むようにして食い下がった。

「ちょっと、ツバかかるやんけ!」

「ああ、すまんすまん」

 啓介はハンカチを出してセーヤンの顔を拭く。

「ちょっと、止めてくれ。男のハンカチで顔拭かれたない!」

「すまん、そやからさあ……」

「ケースケ、ちょっとミットモナイわよ」


 訛のある標準語が降ってきた。振り向くとミリーが腕組みして立っている。


「え……」

「ケースケの演劇部って部室が欲しいだけでしょ。たった一人で広い部屋独占して、演劇なんてちっともしてないじゃん。生徒会が言うことのほうが正しいよ。みんな知ってるから、誘いにのらないんだよ。ケースケ見ていると日本男子の値打ちが下がるぞ」

 ブロンドの留学生は手厳しい。

「俺は目覚めたんや! これからは伝統ある空堀演劇部の灯を守るために精進するんや!」

「ショージン?」

 むつかしい日本語は分からないミリー。

「えと、Do my best!や!」

「ケースケ、窓から飛んでみるといいよ」

 ガラガラガラ!

 ミリーは傍の窓を目いっぱいに開いた。

「飛べるわけないやろ」

「ケースケ軽いから飛んでいくと思うよ」

「グヌヌヌ……」

 ククク(* ´艸`) ムフフフ(〃艸〃) プププ(*`艸´) ブフフ( ´艸`)

 休み時間の教室に堪えきれない失笑が湧いた。

「ミリーも辛らつやなあ……啓介も突然部室の明け渡し言われてトチ狂とんねんで。まあ、これが刺激になって部活に励みよるかもしれへんやろ」

「トラヤン、おまえこそ心の友や! やっぱり演劇部入るべきや!」

「それとこれは違う。お手軽な身内から声かけるんと違て、せめて中庭とかで基礎練習してアピールしてみろよ」

「え、あの意味不明な『あめんぼ赤いなアイウエオ』とかお腹ペコペコの腹式呼吸とかか?」

「そや、そういう地道な努力こそ大事やと思うで」

「そうだね『隗より始めよ』だね」

「なにそれ、ミリー?」

「ことを始めるには、つべこべ言わないで自分からやってみろって、中国の格言だよ」

「……ミリーの日本語の知識は偏りがあるなあ」

「なに言ってんの、古文で習ったでしょ?」

「え、習ろた?」

 墓穴を掘りっぱなしの啓介であった。


 いいかもしれないなあ――掲示板を見て千歳は思った。


 学校を辞めるにしろ、なにか口実が欲しかった。

 入学して一カ月余りで辞めるには、致し方なかったという理由が欲しかった。それはもう仕方がない、千歳はよくやったという状況で辞めるのがいい。

 演劇部が、それにうってつけだと千歳は思った。



☆彡 主な登場人物
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生
  • ミリー         交換留学生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • 生徒たち        セーヤン トラヤン
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜
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やくもあやかし物語2・042『ヴォルフガング・フォン・ナザニエル卿・1』

2024-04-19 17:35:18 | カントリーロード
くもやかし物語 2
042『ヴォルフガング・フォン・ナザニエル卿・1』 



 四時間目の魔法史の時間が終わると全員講堂に集められた。


「グ……校長が来てんぞぉ」

 ハイジが地声で呟いた。

 本人は呟いたつもりでも、ハイジの声はよく通る。とたんに集会指揮のメグ・キャリバーン教頭先生が睨む。

 あ、気持ちは分かる。

 校長はめったに顔を見せないし、いかつくってとっつきにくい。

 なんでも、学校を立ち上げるについて、各方面に気を使ったり抑えが聞くようにしたそうで、それは総裁にヨリコ王女を頂いていることでも分かる。

 でも、議会や貴族たちの抑えとしてはヨリコ王女は若すぎるし、日系でもあることから軽んじられることも無きにしも非ず。それで、直接のファイアーウォールとして長老的貴族であるカーナボン卿を校長に戴いているんだとか。

 ハイジが睨まれたので、その後は静かになって、教頭先生が演壇の下に居たままマイクを握る。

「授業終了後の全校集会で申し訳ない。でも、とても大事な話だから、しっかり聞くように。校長先生、どうぞ」

「うむ」

 鷹揚に頷くと、猛禽類が鬚を付けたような校長のカーナボン卿がゆっくりと演壇に上がった。

「諸君らも承知している通り、ヤマセンブルグを含む全ヨーロッパは東からの脅威にさらされている」

 みんなの顔が上がる。

 日本で東といえば単なる方角だけど、ヨーロッパで東というと、あの巨大すぎる国の事を指す。じっさい戦争やってる真っ最中だしね。

「かの国の脅威は実弾飛び交う戦場ばかりではない。様々な妖や精霊による侵攻は少しずつ、ヨーロッパ全域に広がりつつある。その脅威に備えるために、本校を含む王宮全域に結界を張ることになった」

「校長先生、すでに王宮には結界が張られているのではないんですか?」

 英国貴族でもある優等生のメイソン・ヒルが口を挟む。

「いかにも。ヤマセンブルグ最高の結界が張られてはいる。だが、それでは心もとないという状況になりつつある。そこで、結界と防御魔法の第一人者を本校に招へいし、結界の補強と防御、それに防御魔法の指導の為に北の国より特別講師をお呼びした。ヴォルフガング・フォン・ナザニエル卿であーる!」

 こういう場合、礼儀として拍手が起こるものだけど、奥のドアからものすごい圧がして、みんな声も無かった。

 だって、ヴォルフガング・フォン・ナザニエル卿は立派な耳を持ったエルフ!

 そのうえ、なんとなくうちのネルに似たおっさんだ。

 え?

「うん、うちのクソジジイだ(-_-;)」

 ええ、ネルのお祖父さんが来るって、こういうことだったの!?

 チラ見すると、ネルは赤い顔して俯いて、でも耳だけはピンと立ってる。

 これは、ネルがブチギレてる時の特徴だよ……たぶん。



☆彡主な登場人物 
  • やくも        斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生
  • ネル         コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
  • ヨリコ王女      ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
  • ソフィー       ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
  • メグ・キャリバーン  教頭先生
  • カーナボン卿     校長先生
  • 酒井 詩       コトハ 聴講生
  • 同級生たち      アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
  • 先生たち       マッコイ(言語学) ソミア(変換魔法)
  • あやかしたち     デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン 三方 少彦名
 
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REオフステージ(惣堀高校演劇部) 005・大きなため息が重なった

2024-04-19 06:53:12 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)

005・大きなため息が重なった                      
※ 本作は旧作『オフステージ・空堀高校演劇部』を改名改稿したものです





 目的があったわけではない。


 本さえ広げていれば格好がつく。

 図書室というのはシェルターだ。

 でもシェルターというのは一時避難するところで住みつくところではない。

 だのに千歳は放課後になると図書室に来てしまい、姉が迎えに来るまでの90分ほどを過ごすことが日課になってきている。

 いっそ辞めてしまおうかとも思い始めている。

 空堀高校を選んだのは、完全バリアフリーということと姉が惣堀高校の近所に住んでいるという2つの理由からだ。

 横浜からわざわざ来るほどの理由じゃない。

 千歳は両親から逃げたかった。逃げるために大阪の高校を選んだのだ。

 父も母も千歳の足が動かなくなったのは自分たちのせいだと思っている。口に出すことこそ少なってきたが、どうしても態度に出てしまう。

 近所のコンビニに行くときでも「どこへ?」と声がかかる。明るく言ってくれるのだが、声の裏に過剰な気遣いを感じてしまう。

「コンビニ、直ぐ帰って来るから」

 そう返事すると「あ、そう」と返ってくる。「あ、そう」なんだけれど、大丈夫なんだろうか? 無理してがんばってるんじゃないだろうか? がんばらせているのは自分たちのせいだ、というような思いが潜んでいるのでやりきれない。

 ちょっと夕方にかかったり雨とかが降っていると、こっそりと着いてくる。千歳の車いすにはミラーとドライブレコーダーが付いているので着いてこられると直ぐに分かる。父も母も、自分が電柱の幅よりも太いということが分かっていない。

 だから高校進学をきっかけに横浜の家を出た。

「熱心に読んでるわね……」

 振り返ると国語の八重桜が笑みをたたえて立っていた。

「アハハ、開いているだけです」

 正直に言うが謙遜に取られてしまう。

「いやいや、これでも国語の先生やから、読んでる読んでないはすぐに分かるわよ。沢村さん、太宰を系統だって読んでるでしょ」

「あ……それはですね……(;'∀')」

 千歳は――しまった!――と思った。

 もともと読書家なので、本を前に置くと自然に目は活字を追いかけてしまう。実際は追いかけているだけで読んではいない。太宰を選んだのも、中学の時に代表作は読んでいたので、ぼんやり書架に手を伸ばすと太宰になっただけである。

「いっそ文芸部に入れへん?」

「え(゚д゚)?」

「読書仲間がいてる方が張り合いがあるわよ」

「あ、えとえとぉ……」

 とっさに上手い断り方が出てこなくて、ワタワタする。

「ま、考えといて。その気になったら、授業の終わりにでも声かけてくれたらええからね~♪」

 半ば千歳をゲットしたような気になり、お尻を振りながら八重桜は根城である司書室に戻っていった。

――好きで読んでいるのか、エスケープのためか分からないのかなあ――

 学校を辞めたい気持ちはつのってくるが、辞め方が分からない。

 辞めるにしても、致し方なかったということにしたいのだ。これ以上の心配をかけたくないし、自分が新しい環境に馴染めず負けて帰るというイメージにはしたくなかった。

「「ハ~~~~」」

 大きなため息が重なった。

 これがアニメだったら、惣堀高校の上に大きな書き文字で現れるところなのだが、図書室と演劇部の部室に別れているので、ため息の主たちは気づかないのであった……。 



☆彡 主な登場人物
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • 生徒たち        真中くらら
  • 先生たち        姫ちゃん(現社) 村上(千歳の担任) 隅田(世界史) 八重桜(国語)
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勇者乙の天路歴程 015『川を遡る』

2024-04-18 10:49:13 | 自己紹介
勇者路歴程

015『川を遡る』 
 ※:勇者レベル3・半歩踏み出した勇者



「これって、本当に神さまのための……そのぉ……旅なのかい?」

「そうだ」

 前を歩くビクニは振り返りもしないで、木で鼻をくくったような返事。

 プータレる新米を面倒がりながら敵地に踏み込む少佐のようだ。

「じゃあ、なんで……」

 次の文句をプータレる前に蘇ってしまう。

 さっきの栞。

―― おにいちゃん……しおりね……いっぱい夢があったんだよ。よるねるときは、おにいちゃんお母さんといっしょだったでしょ。お母さんのおなかのかわとおしてくっついていたんだよ……ままごとしたかった……おにんぎょさんごっこ……ぴあのっていうのもやってみたかった……おりょうりもしたかったし……かみしばいみたかったし、ひろばでかけっこしたかったし……きょうだいさんにんでひなたぼっことかもしたかった ――

 そうだったんだ。

―― お父さんとお母さんがそうだんして、しおりをうまないってきめたよるにね、しおり、おにいちゃんにぜんぶの夢あずけたんだ ――

 そうか……わたしは料理も他の家事も苦にならない方で、一人暮らしになってからでも、さほどには不便を感じなかった。男のくせに人形が好きだったし、子どもの頃は姉の『りぼん』は『少年』と並んで毎月の楽しみだった。高校で女子ばっかりだった演劇部に誘われた時も抵抗は無かったし、逆にサッカーや野球にはとんと興味が無かった。

―― ごめんね夢をあずけすぎて……でも、夢はちからだからね……きっとおにいちゃんのやくにたつとおもうよ……おにいちゃん…… ――

 そう言うと、オーブの妹は静かに消えて、石積みは石一個分だけ高くなっていた。


「中村、お前の人生も神が創り給うた世界の一部なんだ、不思議はないだろ。それより、もっと早く歩け。先は長いぞ」

「あ、ああ」

 それは理屈だろうが、妹に出くわしただけで、こんなに気が重い。

 この先、なにが……思っていると、岸辺の岩にロープで繋がれた小舟が見えてきた。

「あれに乗るぞ」

「あれは、和船か?」

「猪牙舟だ」

「ちょきぶね……ああ」

「……と言っても吉原に行くわけではないがな」

 猪牙舟とは、江戸の河川を走っていた小船で、一般のチョロ船よりも速く「チョロまかす」という言葉の語源になっているほどで、吉原に通う旦那衆がよく使ったと言われている。

「フフ、乗らぬ授業で生徒を振り向かせる小話だな、効果は一瞬だがな」

 少佐になってからのビクニは人が悪い。

「でも、船頭の姿が見えないようだが」

「船頭はお前だ、しっかり漕げよ」

 ええ!?

 わたしの驚きなどものともせずに、艪ベソにガチャリと艪をはめると「ほれ」と顎をしゃくって渡すビクニ。

「わたしが漕ぐのかぁ?」

「船頭のスキルはインストールしてある。励め」

「あ、ああ……」

 舫いを解くと、舟は流れに乗って岸を離れる。

 まあ、流れもあることだし、ゆっくり漕いでも間に合うだろう。

「勘違いするな、川下ではない、川をさかのぼるんだ」

「ええ( ゚Д゚)!?」

「流れは5ノット、10ノットも出せば余裕だ」

「じゅ、10ノットぉ……」

 時速18キロ、めちゃくちゃ苦しい……と悲鳴が出かけたが、いざ、漕ぎだすと、それほど力がいるものでもない。

 舟は猪牙舟らしく、すいすいと進んで行く。

 インタフェイスを広げると相対速度で11ノットと出ていた。



 
☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 八百比丘尼      タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
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REオフステージ(惣堀高校演劇部) 004・がんばり系リア充認定の千歳

2024-04-18 07:10:10 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)

004・がんばり系リア充認定の千歳                      
※ 本作は旧作『オフステージ・空堀高校演劇部』を改名改稿したものです





 惣堀高校は、見かけの割に充実したバリアフリーである。


 各フロアーごとに身障者用のトイレが完備、校内のドアの半分は車いすでの通行が可能で、そのいくつかには点字以外に音声案内まで付いている。エレベーターも早くから導入され、去年からは新型への更新も始まって、今では、バリアフリーのモデル校指定を受けるほどになっている。

 この充実ぶりには訳がある。

 大正の末にできた空堀高校は、第一次大戦の好景気や教育熱心な時代の空気を受け、敷地は広く校舎も間隔をあけて建ててあり、増改築が容易であった。
 それで全く新規に学校を建てるよりも、一ケタ少ない予算でほぼ完全なバリアフリーができるのである。慢性的に財政難な大阪府にはうってつけな実験校であったのだ。

 沢村千歳は、そんな情報をもとに空堀高校に入学した。

「なんだかなあ……」

 入学して4週間、すっかり口癖になった「なんだかなあ……」をため息とともに吐き出した。

 車いすの千歳にも申し分のない設備で、先生もクラスメートも親切に接してくれる。

「沢村さん、入る部活とか決まった?」

 今日も担任の村上先生が聞いてくる。

「いろいろ目移りして、なかなかです(^_^;)」

 もう100回目くらいになる答えをリピートした。

「あ、そう。なにか決まればいいわね」

 そう言って、村上先生は職員室に引き上げて行った。


「えと……部活とかもがんばりたいと思います」


 自己紹介で、うっかり言ってしまった。村上先生に指定された1分間の持ち時間を持て余していたからだ。

 その気になればいくらでも喋れたが、ピカピカの同級生たちは反応が薄かった。入学したてで緊張してもいるんだろうけど、これは元からこうなんだろうと思った。

 人への興味が薄く、薄い割には簡単に人をカテゴライズしてしまう。リア充、ツンデレ、ヤンデレ、オタク、モブ子、マジキチ、帰宅部、その他色々……。

 カテゴライズされてしまえば、それ以外の属性ではなかなか見られない。

 千歳は――足が不自由だけど頑張るリア充――とカカテゴライズされてきている。

 車いすという他にも、小柄で整った顔立ち、特に眉毛の頭が上がったところなど、微妙な困り顔。緊張すると潤んだ瞳と相まって――この子は頑張ってる!――応援しなくちゃ!――助けてあげなきゃ!――と人に思わせる。

 ほんとうは部活なんかに興味はなかった。

 最初に担任の村上先生が言った「空堀には20あまりの部活があります。きみたちも、ぜひクラブに入って、高校生活をおう歌してもらいたいものです!」という、ちょっと前のめりなエールというか演説はプレッシャーだ。

 5分ほどの演説の中で数十回繰り返された「部活」「がんばる」という言葉が刷り込まれ、残り15秒を持て余し、先生のウンウンと笑顔で頷くプレッシャーに「えと……部活とかもがんばりたいと思います」つい出てきた言葉なのだ。

 リア充と思われると、リア充として振る舞わなければならない。

 そんなシンドクサイことは願い下げだ。

 この二日歩で千歳は、ある決心をした。

 でも、その決心は口に出してしまっては顔に出て悟られそうなので、言わない。

「クラブ見学とか行くんやったら、押していくよ」

 くららが笑顔で寄って来た。なにくれと千歳の世話を焼きたがる真中くらら。悪い子ではないけどリア充としてしか会話が成立しない。

「ありがとう、今日は図書室行くから」

「そうなんや、沢村さんて、どんな本読むんやろなあ? また話聞かせてね。あたしクラブ行ってるさかい」

「うん、またね」

 そうして、千歳はエレベーターに乗って図書室を目指した。


 エレベーターが上昇するにつれて、千歳の決心はさらに強くなっていった……。



☆彡 主な登場人物
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • 生徒たち        真中くらら
  • 先生たち        姫ちゃん(現社) 村上(千歳の担任) 隅田(世界史)

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勇者乙の天路歴程 014『三途の川・3・栞』

2024-04-17 10:13:56 | 自己紹介
勇者路歴程

014『三途の川・3・栞』 
 ※:勇者レベル3・半歩踏み出した勇者





 わたしは高校二年で留年した。


 留年を知った父は、わたしの顔も見ずにこんなことを言った。

「一郎、おまえは二人姉弟だけどなぁ、ほんとうは……」

 話の先は分かっているので口抗えした。

「姉貴の上に兄貴が居たんだろ」

 姉より一つ上の兄は七カ月の早産で、生まれ落ちて30分後には息を引き取った。30分でも生きていれば戸籍に載せたうえで葬儀をやってやらなければならない。
 大正時代からの産婆さんは、初産の母への影響と、あまり豊かではない家の事情を察して死産ということにしてくれた。
 憐れに思った祖父が、祖父は浄土真宗の坊主で、知らせを聞くと墨染めの衣でやってきて、法名をつけて、ほんの身内だけの葬式の真似事をやった。

――だから、一郎、しっかりしろ!――という説教の結びになる。

 また、兄貴を持ち出しての説教かと、神妙な顔をしながらもタカをくくった。

 ちがった。

「おまえには、三つ下に妹がいたんだ」

 え?

「うちは凛子とおまえでいっぱいいっぱいで、三人目を育てる余裕なんて無かった」

 そこまで言うと、母は、そっと俯いてしまった。

「女の子だったって、お医者さんがいっていた……」

 姉を幼くしたようなセーラー服が浮かんだ。生まれて生きていれば、中学二年になっている。

「さすがに法名ってわけにもいかねえから、母さん、密かに名前を付けた……」

 そこまで言うと、ちゃぶ台に手をついて立ち上がり、仏壇の前に座って手を合わせた。

「栞……て、名付けたんだ」

 あとは黙って手を合わせ、居たたまれなくなったわたしは家を飛び出し、その夜は友だちの家に泊めてもらった。

 それ以来、ふとしたきっかけで妹は現れるようになった。

 三つ違いなのだが、妹は、いつまで経っても十四歳のセーラー服姿だ。

 父が告げた時のイメージが固着している。

 ところが賽の河原に出現したオーブ。それが成した姿は、やっと四歳になったほどの幼い姿だった。

 視界の端、体育の監督のように佇立したビクニは一言も発しなかった。



☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 八百比丘尼      タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
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REオフステージ(惣堀高校演劇部) 003・で、わたしは……

2024-04-17 07:19:17 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)

003・で、わたしは……                      
※ 本作は旧作『オフステージ・空堀高校演劇部』を改名改稿したものです





 生徒会副会長瀬戸内美晴は、軽く姿勢を崩すと胸元で腕を組むとブレザーに隠れた胸が強調され、ルパン三世の峰不二子のような押し出しになった。

「分かってると思うけど、クラブとして認定されるためには5人以上の部員が必要なの。5人に満たない場合は同好会に格下げ。同好会は正規の予算も執行されないし、部室を持つこともできない。生徒手帳にも書いてあるわよ」

「あ、でもさ、5人以下のクラブって他にもあるやんかぁ。部室も持ってるし」

「そうよね、だからそういうクラブ全部に申し渡してるの。演劇部が最後」

「で、でもさ、すぐに出ていけ言うのんは、ちょっと横暴なんとちゃうかなあ(^_^;)」

 啓介は負けずと腕を組んでみたが、うっかり左腕を上にしてしまったので調子が狂う。啓介は、いつもなら右腕を上にしている。

「そんな対立的に受け取らないでよ。掛けていいかしら?」

「あ、ああ、どうぞ」

 啓介は、机の向こうの椅子を示した。

「どうも」

 美晴は椅子に手を掛けると、ガラガラと押して、啓介の目の前にやってきて足を組んで座った。

「あ、えと……」

「演劇部は、もう4年も5人を割っているの。それを今まで見逃してきたんだから、寛容だとは思わない?」

「え、あ……オレが聞いたのは初めてやから」

「去年の春にも申し入れてある『部員を5人以上にしてください』って。それで知らないって言うのは、そちらの問題じゃないかしら」

「いや、でも……」

「ほら、これが申し入れをしたって記録。先代部長の中沢さんに伝えてある」

 美晴はタブレットの記録を見せた。

「中沢さんて、去年の5月に転校していったしぃ……」

「そうね、5月31日。申し入れは4月の20日だったから、十分申し次はできると思うんだけど」

「え、記録残してんのん!?」

「あたりまえでしょ。ねえ、惣堀高校って伝統校だから、形骸化した決まりや施設や組織が沢山残ってるの。そういうものを整理して、ほんとうに伸ばさなきゃならないところに力を入れるべきだと思うのよ。学校の施設も予算も限りがあるんだから……でしょ?」

 美晴は微笑みながら啓介の目を見つめた。チラリと八重歯が覗く。

「……フフ、いまわたしのこと可愛いって思ったでしょ」

「え、いや……はい」

 こういうところ、啓介にも美晴にも共通の愛嬌がある。

「うん、可愛い顔したもんね。というのは、まだ余裕があるから」

「余裕?」

「連休明けまで待つわ。生徒会としても伝統ある演劇部を同好会にはしたくないもの。がんばってね。言っとくけど幽霊部員はだめだからね。兼部していても構わないから、日常的に活動する部員を集めてね。部室の明け渡しとかは、その結果を見てということで……」

「あ、ああ」

「じゃ、わたしはこれで」

 美晴はロングの髪をなびかせて立ち上がり、形よく歩いてドアに手を掛けた。

「あの……もし集められなかったら?」

「部室明け渡し。で、わたしは……こういう顔になるの」

 振り返った美晴は八重歯を二本剥き出しにして、般若堂の看板ような顔になっていた……。


☆彡 主な登場人物
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
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REオフステージ(惣堀高校演劇部) 002・生徒会副会長瀬戸内美晴

2024-04-16 08:02:35 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)

002・生徒会副会長瀬戸内美晴                      
※ 本作は旧作『オフステージ・空堀高校演劇部』を改名改稿したものです




 大阪府立惣堀高校は今年で創立110年になる。


 北野高校や天王寺高校ほどではないが、ナンバースクールというか伝統校というか、それなりの評判の有る学校ではある。
 
 かつては国公立大に二桁の合格者を出していたが、今は年間に数名関関同立をトップに中堅私学に合格者を出す準進学校というポジションである。

 校舎や設備は昭和どころか大正時代の趣を残し、旧制中学からの敷地は大阪市のど真ん中の割には広々としていて映画やテレビのロケに使われることも多い。

 連ドラで主人公が告白されたコクリの楓。正門から校舎にいたる緩いカーブのマッカーサーの坂。モンローの腰掛け石。太閤下水。校舎自体も吹奏楽やダンス部をテーマにしたドラマやアニメの舞台になった。

 オープンキャンパスの参加者の半分は、そういう校内の名所旧跡が目当てと言われるくらい。

 要するに見てくれの良い学校である。

 その見てくれの良い中でひときわ雰囲気のあるのが、旧校舎を利用した部室棟である。創立以来の二階建て木造校舎は、マシュー・オーエンという米人建築家の設計。大正時代に大阪財界からの寄付で建てられ、下手な鉄筋コンクリートよりもガッチリしている。

 東大阪の長瀬に東洋一の撮影所があったころから撮影にも使われ、昭和が平成になるころまでは現役校舎だったので、昔は鉄筋の本館よりも有名だった。


 その部室棟一階東の外れに演劇部の部室がある。


 小山内啓介は、創立以来の重厚な机の上にお握り2個と冷やし中華を並べて思案している。

「やっぱ冷やし中華がクライマックスか……でも、おにぎりを連続で2個というのんもなあ……中盤に冷やし中華……ラストが弱い……いっそ幕開きにドッカーンと冷やし中華か……ああ、悩ましい!」

 このハムレットぶりで分かるように、啓介はヒマ人なのだ。

 教室まるまる一つ分の部室には啓介一人しかいない。

 たまたま一人なのではなく、この1年間、演劇部員は啓介一人しかいないのだ。

 去年入部したときには先輩が一人いた。それも転校予定で、入部しても早晩一人ぼっちになることは目に見えていた。じっさい二学期には、たった一人の演劇部になってしまった。

 啓介はそれでよかった。

 もともと芝居がやりたくて入った演劇部ではないのだ。

 広い部室を事実上自分の個室にして、快適なキャンパスライフをエンジョイしたいというのが動機である。

「よし、やっぱ冷やし中華はクライマックスや!」

 結論を出すと啓介は冷やし中華を冷蔵庫に仕舞った。もともと昼休みに食べようと思っていたのだが、トラやんとセーやんに誘われて食堂に行ったので、放課後のお楽しみになったのである。まあ、そう決意したので冷蔵庫で冷やしておいた冷やし中華は、コンビニで買った時と同じくらいに冷えて食べごろになっていた。

 それは2個目のシャケお握りを食べ終わり、冷蔵庫を開けて冷やし中華でフィナーレにしようと思った時に現れた。

 コンコン

「ああ、開いてんで~」

 トラやんかセーやんかと思い、気楽に答えると、意外な人物が入って来た。

「演劇部部長の小山内くんやね?」

 宝塚の男役のようにキリリと現れたのは、生徒会副会長の瀬戸内美晴であった。

「あ……瀬戸内さん……なんの用やろか?」

 啓介は美晴が苦手である。

 たいていの女子は緩めているリボンを第一ボタンが隠れるほどにキッチリ締め。溢れるオーラはエルフの魔法使いの師匠のごとくで、のんびりした空堀高校では異質な押し出しがあり、関わると自分の本質的な弱点をえぐられそう。

 一年の時は同級生だったが、ほとんど口をきいたことも無い。

 で、美晴は開口一番、啓介の心をえぐってしまった。

「演劇部の部室を明け渡してほしいの」

 ウップ!?

 冷やし中華どころではなくなってしまった……。  



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