深く潜れ(Dive Deep)! キネシオロジー&クラニオセイクラル・ワーク(クラニオ)の蒼穹堂治療室

「ココロとカラダ」再生研究所、蒼穹堂治療室が送る、マニアックなまでに深く濃い、極私的治療論とお役立ち(?)情報の数々。

二度目のルンル

2007-08-22 01:11:31 | 一治療家の視点
8/19(日)、ルンルが行われたのに参加した。ルンルは去年8月に高崎で、CBAの会員に対して行われたのに参加して以来。去年は泊まりがけだったが、今年は東京で半日だ。去年は何の準備もしていかなかったが、今年は植原先生の声を録音しようと、ディジタル・オーディオ・プレーヤーを持って行った。

去年のルンルでは、チャクラが開くような感じと左目の強烈な痛みがあった。今年はと言うと、2回ルンルを受けたが…

1回目は、途中から自分の内側にあるものがグワッと大きくなって、全身の皮膚を破って出てくるような感じがあった。
それと(これはルンルとは直接関係ないが)、畳敷きの部屋で横になってルンルを受けたのだが、座布団を敷かずに直接畳の上に寝て受けていたら、途中から仙骨と両方の踵の感覚が消えてきて、体位を変えようと、最後の方はちょっとモゾモゾ体を動かしながら受ける羽目になった。

しかし、2回目に入る前に座布団を探したが、もう全部使われてしまっていたため、そのまま2回目を受けることに…

2回目は、これまでと比べると体全体として感じた変化は少なかったが、鼻骨付近の縫合がゆるむ感じがあり、帰ってから左の偏頭痛のような症状が起こった。
ただ、面白かったのは、最近クラニオセイクラル・ワーク(クラニオ)の本『スティルネス』を訳出した関係で、そこに書かれていた「心臓に意識を置く」ということをしてみているのだが、2回目のルンルでは、その心臓が全体から炎を発しているように(と言っても、あくまで比喩的なもので熱感はない)感じられた。そこで、試しに別の臓器に意識を向けてみると、肝臓は黙りこくったままグルングルンと揺れている感じ(いかにも「沈黙の臓器」らしい、と改めて思った)、腎臓は…ウーン、どういうふうに言語化していいのかよくわからない感覚があった。

植原先生の発するホーミーのような倍音が、こうした変化を引き起こすのだと思うが、(自分で自分に行う)クラニオとも、この間受けたディクシャとも違う。それらの違いとは何なのだろう? 例えば、クラニオでは組織-体液-ポーテンシー(生気)という階層を考えるが、そういった働きかける階層の違いだろうか? そうであるようでもあるし、そうではないようでもある。

多分、人の「体」(ここで言う「体」とは、いわゆる肉体だけでなく各種のエネルギー体など、その人を成さしめている全て、を意味すると考えてほしい)の姿は一つではないのだ。「体」を見る唯一絶対の視点などというものは存在せず、だからそこから見える「体」の姿は、それを見る視点によって無限の多様性を持っているのではないだろうか。ちょうど相対論や量子論的に、光は粒であり、かつ波であるように。だから、ルンルが働きかける「体」は、ルンルという視点から見た「体」であり、それはディクシャ的な視点から見た「体」や、クラニオ的な視点から見た「体」とは異なるものなのだ(ただし、それらは視点が違うだけで、同じ「体」を見ているのだが)。

…というわけで、また次回も機会を見てルンルを受けに行こうと思う。ちなみに、録音は失敗。何も録れてなかった。
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