降版時間だ!原稿を早goo!

新聞編集者の、見た、行った、聞いた。
「降版時間」は新聞社整理部の一番イヤな言葉。

★ 2017年、あけました。

2017年01月02日 | 新聞/小説

(写真は本文と直接関係ありません。年明けの東京都港区・芝の増上寺です)

体調不良から更新を休んでいました。
再開まで今すこし時間がかかりそうです。

五木寛之さん(1932年〜)が1975年10月の日刊ゲンダイ創刊以来、40年以上一日も休むことなく(土日祝日のぞく)、「流されゆく日々」を連載をつづけていることに
「あらためて、凄いなぁ……」
と痛感しました。

★賞を出すなと社会部長は詰め寄った=『平成紀』を読む (44)

2016年11月09日 | 新聞/小説

(2016年11月7日付の続きです。写真は本文と関係ありません)

青山繁晴さん(1952〜)の『平成紀(へいせいき)』(幻冬舎文庫、税別540円)を読んだ。
青山さんが、1987(昭和62)年から共同通信政治部記者として、あの「Xデー」を担当した最前線リアルを活写した情報小説。
わずか195ページ、とても面白かった。
というわけで、Xデーをめぐり、あのとき共同通信社の深奥で、さらに官邸で何があったのか、そして僕たち新聞社では……の第44回。
*青山繁晴(あおやま・しげはる)さん
1952年、神戸市生まれ。
慶應義塾大学文学部中退、早稲田大学政治経済学部卒。
共同通信記者(1979〜1997年)、三菱総研研究員を経て2002年、日本初の独立系シンクタンク「独立総合研究所」社長兼、首席研究員に就任。
2016年、参議院議員に当選。

*幻冬舎文庫『平成紀』主な登場人物
▽楠陽(くすのき・よう)=通信社の政治部記者。青山さんの等身大キャラ
▽元寇=佐藤元行(さとう・もとゆき)=楠が勤務する通信社の政治部デスク。
元行から元寇(げんこう)と呼ばれている
▽吉野庄一(よしの・しょういち)=通信社の官邸キャップ
▽赤錆(あかさび)さん=崩御に関して政府が動くマニュアルを司る実務責任者と評される高官
▽竹下登(たけした・のぼる)=第74代総理大臣。1924〜2000年(76歳没)。


【幻冬舎文庫『平成紀』156〜157ページから】
「うちの部長は、政治部長の本郷さんにさ、楠くんに賞を出すようなことはするなよって怖い顔で迫ってたよ。俺、たまたま見てしまった」
同期の肩に手を置き軽く頭を下げて何も言わず、階段を登った。

(中略)
九階にたどり着き、別室のドアを開けると、元寇デスクが次の課題を克明に記した紙八枚をつくって待ち構えていた❷。
紙を手にして読み始めたとき、左の鼻孔に血が溢れる❸のが分かった。止めるひまもなくぽたぽたと、右あがりの特徴のある文字の上に落ちた。突っ立っている楠の腕を元寇が慌てて引っ張り、鼠色❸のソファに寝かせた。自分がベッドにしているソファだ。
ソファの大きな凹みで楠の頭が下がる。血の臭いとソファの体臭が混じり合って世界がくらくらと揺れ、吐いた。何度も吐く。しかし声だけで、何も出ない。
元寇が吉野に「苦しそうだけど、吐くわけじゃないから大丈夫だろ」と小声で言っているのが聞こえた。



❶「うちの部長は、政治部長の……たまたま見てしまった」
会社あるあるある——としたいところだけど、こんなコトあるのだろうか。
社会部長が、ライバルの政治部長に直談判。
天皇報道でスクープを連発した楠記者(政治部)に、同期(社会部記者)が
「ウチの社会部長が、おたくの本郷政治部長に『楠に賞なんか出すな』と詰め寄っていた」
と言ったシーン。
本郷部長は「フン」とした表情か。
「賞」は恐らく部長賞以上になるはずだから、編集局長賞、社長賞レベル。
楠記者は、こういう卑しい上司たちを嫌悪している記述が散見できる。

❷元寇デスクが……待ち構えていた
楠記者のいる通信社でいち早く天皇報道に着手した元寇デスクはXデー、Yデーのほか、即位、新元号、崩御後の大喪の礼など、政府高官らから情報を入手するよう、楠記者に指示を出している。
「紙八枚」は多岐にわたる指示書。
元寇デスクの的確な情報収集で、配信を受ける新聞社は助かったことは事実 m(_ _)m。

❸溢れる/鼠色
「あ、これ、新聞記事ではつかえないな」
と新聞社校閲部がともに〈ひらく〉漢字。
新聞社のルールブック「記者ハンドブック・新聞用字用語集第13版」では、
▽ねずみ(鼠は漢字表に無い字)
➡︎ネズミ(動物)、ねずみ色、ねずみ講、ねずみ算、ネズミ捕り器、ねずみ花火、袋のねずみ

——〈ひらく〉は漢字を平仮名に書き換えること。
「においとくさいの判別がつかないなぁ……えーい、面倒くさいからひらいちゃえ」
とつかいますね。

というわけで、続く。
———————————————————————————
【1988=昭和63年】敬称略
*「文藝春秋」2009年2〜5月号、
*佐野眞一『ドキュメント昭和が終わった日』(文藝春秋刊)、
*新潮文庫『昭和最後の日/テレビ報道は何を伝えたか』(日本テレビ報道局天皇取材班)、
*横山秀夫『64/ロクヨン』(文春文庫刊)
【以上、参考にしました。敬称略】

▽1月2日=天皇、皇居長和殿で宮中一般参賀
▽2月10日=「ドラゴンクエストⅢ」発売。初日で100万本完売
▽3月17日=東京ドーム落成
▽5月19日=春の園遊会
▽6月2日=天皇、皇居内水田で「お田植え」
▽7月6日=リクルート江副浩正会長、未公開コスモス株譲渡で辞任
▽7月20日=天皇、夏季静養のため那須御用邸
▽8月15日=終戦記念日戦没者追悼式
▽9月8日=天皇、静養先の那須から帰京
▽9月17日=ソウル五輪開幕
▽9月18日=大相撲ご観戦を中止
▽9月19日=天皇が吐血・下血し容体急変
▽9月20日=天皇の国事行為を皇太子に全面委任。
新元号の制定作業開始

▽9月21日=高木侍医長が容体急変以降はじめての会見。
「貧血と黄疸という症状はあるものの吐血はなく、安定した状態」

▽9月24日=ソウル五輪でベン・ジョンソンの金メダル剥奪。
鈴木大地が100m背泳ぎで金メダル
▽11月1日=ダイエーが南海ホークスの経営権取得。福岡ダイエーホークス発足
▽11月8日=米大統領選で共和党ブッシュ当選
▽11月17日=東京外為1㌦121円52銭の戦後最高値更新
▽12月5日=天皇の最大血圧が40台まで落ち「極めて危険なご容体」に
▽12月15日=西武セゾングループが世界的ホテルチェーンのインターコンチネンタルホテルを21億5000万㌦で買収

【1989=昭和64=平成元年】
▽1月2日=天皇は体内出血があり、計1,400ccの輸血を受けた。
前年9月吐血以来の輸血総量は30,865ccに

▽1月4日=大発会で東証平均が 30,243円66銭の最高値更新。
米海軍機が地中海上空でリビア軍機2機撃墜。
▽1月5日=天皇、最大血圧が60に降下。
輸血を受けるも回復遅く、尿毒症の症状
▽1月7日=午前6時33分、十二指腸部の腺がんのため、昭和天皇87歳で崩御。
皇太子明仁親王が即位。
翌8日施行の新元号を「平成」と発表
▽1月8日=竹下首相を委員長に大喪の礼委員会設置
▽2月24日=大喪の礼。
164カ国の代表・使節参列

▽4月1日=消費税3%スタート
▽4月26日=民主化を求めて天安門広場に集結していた学生市民を、中国戒厳部隊が武力制圧
▽6月3日=歌手・美空ひばり死去。52歳
▽11月4日=横浜の坂本堤弁護士一家3人が行方不明に
▽11月9日=「ベルリンの壁」崩壊
▽12月29日=東証平均株価 38,915円の史上最高値

★『校閲ガール』は150円だった。

2016年11月08日 | 新聞/小説


『校閲ガール』(宮木あや子さん、角川文庫・税別560円=写真)を読んで、新聞社の校閲部と、出版社校閲部の仕事はまったく違うんだなぁとあらためて感じた。
校閲部の知人デスクは
「チェックの速さが必要な新聞社と、出版社・単行本の仕事内容は似て非なるもののようです。だから、出版校閲専門だった人がフリーで新聞社校閲に派遣されると、とても戸惑っています」
*『校閲ガール』売るなら今だ!
読み終えた文庫や雑誌がたまったので、『校閲ガール』もブックオフに持って行った。
『さらば、荒野/ブラディ・ドール①』(北方謙三さん、ハルキ文庫・税別560円)は買取額50円、『幻の女/新訳版』(ウイリアム・アイリッシュ著、ハヤカワ文庫・税別980円)同30円のところ、なんと『校閲ガール』だけ高価買い取りの150円!
——テレビドラマ効果か?
——石原さとみさん効果か?
宮木さんは北方謙三さんをも超えた!(ブックオフではね)


小説『校閲ガール』の主人公・河野悦子(略してコウエツ)が配属されたのは、総合出版社・景凡社の校閲部文芸班。連載小説や単行本を主にチェックするところ。
( ⬆︎ 悦子はファッション誌の校閲班に行きたいのだけれど、抜群の記憶力を校閲部長に見いだされ、なかなか出してもらえない設定)

【新聞社校閲にはルールブックがある】
新聞記事にはつかえる字や表外字、言い換えるべき語、記事フォームなどがあって、すべて「記者ハンドブック」(株式会社共同通信社)に準拠している。
(その新聞社独自のハンドブックもあるけど、共同通信社版をベースにしている)

例えば、作家が書いた小説。出版社校閲者は
「元旦の朝」
とあればそのままだろうけど(ゲラに付箋を貼って一応「元日ではないでしょうか?」と著者確認しているようだ)、
新聞記事だと、新聞社の校閲部は
「元日の朝」
に書き換えるはず(「元旦」は元日の朝のこと)。

【新聞社校閲はスピード】
新聞社の制作システムによっては、校閲さんがモニターをチェックしないとホストコンピューターに送らないようにしている。
慣れていない遅い校閲さんだと、なかなかデータが組み版メニューに入って来ないのだ……。
悦子ら出版社・文芸校閲者の場合、単行本1冊の確認作業に約2週間の時間が与えられていて、さらに外校(そとこう・外部校正)まで出していたのにはビックリした。
けっこう時間があるんだねぇ、出版社は。

【新聞社校閲部は黒子というわけにはいかない】
小説『校閲ガール』の中で、悦子は著者や作家の前に直接出ることを自戒している。
悦子ら出版社校閲者から著者に何か疑問点やメッセージがある場合、ゲラに付箋を貼ったり担当編集者を通したりしている。
どっこい、新聞社校閲部は(ゲラに付箋を貼ったりしていたら降版遅れ必至だから)出稿部デスクに直接聞かないとならないのだ。

★妬んだ社会部長=『平成紀』を読む(43)

2016年11月07日 | 新聞/小説

(11月5日付の続きです。写真は本文と関係ありません)

青山繁晴さん(1952〜)の『平成紀(へいせいき)』(幻冬舎文庫、税別540円)を読んだ。
青山さんが、1987(昭和62)年から共同通信政治部記者として、あの「Xデー」を担当した最前線リアルを活写した情報小説。
わずか195ページ、とても面白かった。
というわけで、Xデーをめぐり、あのとき共同通信社の深奥で、さらに官邸で何があったのか、そして僕たち新聞社では……の第43回。
*青山繁晴(あおやま・しげはる)さん
1952年、神戸市生まれ。
慶應義塾大学文学部中退、早稲田大学政治経済学部卒。
共同通信記者(1979〜1997年)、三菱総研研究員を経て2002年、日本初の独立系シンクタンク「独立総合研究所」社長兼、首席研究員に就任。
2016年、参議院議員に当選。

*幻冬舎文庫『平成紀』主な登場人物
▽楠陽(くすのき・よう)=通信社の政治部記者。青山さんの等身大キャラ
▽元寇=佐藤元行(さとう・もとゆき)=楠が勤務する通信社の政治部デスク。
元行から元寇(げんこう)と呼ばれている
▽吉野庄一(よしの・しょういち)=通信社の官邸キャップ
▽赤錆(あかさび)さん=崩御に関して政府が動くマニュアルを司る実務責任者と評される高官
▽竹下登(たけした・のぼる)=第74代総理大臣。1924〜2000年(76歳没)。


【幻冬舎文庫『平成紀』156ページから】
本社に入り、いつものようにエレベーターを使わず階段を駆け上がっている❶と社会部にいる同期の記者が降りてきた。「おお、また足腰の鍛錬か」と両腕を広げて楠を止め、顔を近づけて「気をつけろ、くすちゃん❷」と言った。
意味を摑めないでいると「あんた社会部長に恨まれてるぞ」と同期は続けた。その一言で理解した。
吐血も、重体も、本来は宮中の重大事態であり、社会部の縄張りであった。社会部がまるで身動き取れないうちに、いずれも政治部が、それも若い記者が打ったのである。
「うちの部長は、政治部長の本郷さんにさ、楠くんに賞を出すようなことをするなよって怖い顔で迫ってたよ。俺、たまたま見てしまった」
同期の肩に手を置き軽く頭を下げて何も言わず、階段を登った❶。
駆けるのをやめて踏みしめて登る。口を何度も開き、あううと声だけの嘔吐を繰り返した。
体の意外な反応にすこし狼狽してうつむきながら登った。いっそ何か出た方が楽だった。不吉な予感と嫌悪感がない交ぜになったようなものが、喉の入り口で膨れあがる感覚があった。


❶階段を駆け上がっている/階段を登った
地味にスゴイ!といま話題の校閲記者の赤鉛筆が、ピタリ止まるところ(止まらない人もいるけど)。
「あれ? 階段は『上る』だっけ、『登る』だっけ?」
新聞社のルールブック「記者ハンドブック・新聞用字用語集第13版」では、使い分けを明示している。

▽のぼる
上る(下るの対語、上方に向かう)頭に血が上る、うなぎ上り、屋上に上る、階段を上る……
登る(よじのぼる)演壇に登る、木に登る、コイの滝登り、沢登り……

新聞表記なら「階段を上る」になるのだろうけど、社会部同期の〝忠告〟に不快な気持ちから足が重くなり「よじのぼる」というような表現を持たせているのかもしれない。
(でも、小説・著作物なのでかまいません、このまま行ってくださいハイ、と校閲部は言うよね)

❷気をつけろ、くすちゃん
どこの社も同じだなぁ、と感じた。
「◯◯ちゃん」は会社でよくつかわれる呼び方。
だいたい苗字のアタマ2文字が取られるようだ。
・奥山(おくやま)➡︎オクちゃん
・黒川(くろかわ)➡︎クロちゃん
・塚本(つかもと)➡︎ツカちゃん
・山村(やまむら)➡︎ヤマちゃん
・横田(よこた)➡︎ヨコちゃん
言いにくい場合もあって、
・白石(しらいし)➡︎シラちゃん、シロちゃん
・平(たいら)➡︎ヘイちゃん
・大塚(おおつか)➡︎なぜか、ボンちゃん(大塚食品「ボンカレー」から来た?)
……あ、それほど真剣に考えるほどのコトではなかった。

「気をつけろ、くすちゃん」
「あんた社会部長に恨まれているぞ」——
会社に、よくあるあるある。
出る杭は必ず打たれる。
本来、皇室取材は社会部担当だが、管轄外の政治部(それも30代若手記者)が天皇報道でスクープを飛ばしまくっているので、後手後手に回っている社会部としては面白くないようだ。
あぁ〜やだやだ、妬みと僻み、コップの中の諍い。
〝忠告〟してくれた「同期の肩に手を置き軽く頭を下げ」た、無言のくすちゃんのほうが大人であった。

というわけで、続く。
———————————————————————————
【1988=昭和63年】敬称略
*参考=「文藝春秋」2009年2〜5月号、
佐野眞一『ドキュメント昭和が終わった日』(文藝春秋刊)、
新潮文庫『昭和最後の日/テレビ報道は何を伝えたか』(日本テレビ報道局天皇取材班)、
横山秀夫『64/ロクヨン』(文春文庫刊)

▽1月2日=天皇、皇居長和殿で宮中一般参賀
▽2月10日=「ドラゴンクエストⅢ」発売。初日で100万本完売
▽3月17日=東京ドーム落成
▽5月19日=春の園遊会
▽6月2日=天皇、皇居内水田で「お田植え」
▽7月6日=リクルート江副浩正会長、未公開コスモス株譲渡で辞任
▽7月20日=天皇、夏季静養のため那須御用邸
▽8月15日=終戦記念日戦没者追悼式
▽9月8日=天皇、静養先の那須から帰京
▽9月17日=ソウル五輪開幕
▽9月18日=大相撲ご観戦を中止
▽9月19日=天皇が吐血・下血し容体急変
▽9月20日=天皇の国事行為を皇太子に全面委任。
新元号の制定作業開始

▽9月21日=高木侍医長が容体急変以降はじめての会見。
「貧血と黄疸という症状はあるものの吐血はなく、安定した状態」

▽9月24日=ソウル五輪でベン・ジョンソンの金メダル剥奪。
鈴木大地が100m背泳ぎで金メダル
▽11月1日=ダイエーが南海ホークスの経営権取得。福岡ダイエーホークス発足
▽11月8日=米大統領選で共和党ブッシュ当選
▽11月17日=東京外為1㌦121円52銭の戦後最高値更新
▽12月5日=天皇の最大血圧が40台まで落ち「極めて危険なご容体」に
▽12月15日=西武セゾングループが世界的ホテルチェーンのインターコンチネンタルホテルを21億5000万㌦で買収

【1989=昭和64=平成元年】
▽1月2日=天皇は体内出血があり、計1,400ccの輸血を受けた。
前年9月吐血以来の輸血総量は30,865ccに

▽1月4日=大発会で東証平均が 30,243円66銭の最高値更新。
米海軍機が地中海上空でリビア軍機2機撃墜。
▽1月5日=天皇、最大血圧が60に降下。
輸血を受けるも回復遅く、尿毒症の症状
▽1月7日=午前6時33分、十二指腸部の腺がんのため、昭和天皇87歳で崩御。
皇太子明仁親王が即位。
翌8日施行の新元号を「平成」と発表
▽1月8日=竹下首相を委員長に大喪の礼委員会設置
▽2月24日=大喪の礼。
164カ国の代表・使節参列

▽4月1日=消費税3%スタート
▽4月26日=民主化を求めて天安門広場に集結していた学生市民を、中国戒厳部隊が武力制圧
▽6月3日=歌手・美空ひばり死去。52歳
▽11月4日=横浜の坂本堤弁護士一家3人が行方不明に
▽11月9日=「ベルリンの壁」崩壊
▽12月29日=東証平均株価 38,915円の史上最高値

★君は5階まで駆け上がれるか=『平成紀』を読む(42)

2016年11月05日 | 新聞/小説

(11月4日付の続きです)

青山繁晴さん(1952〜)の『平成紀(へいせいき)』(幻冬舎文庫、税別540円)を読んだ。
青山さんが、1987(昭和62)年から共同通信政治部記者として、あの「Xデー」を担当した最前線リアルを活写した情報小説。
わずか195ページ、とても面白かった。
というわけで、Xデーをめぐり、あのとき共同通信社の深奥で、さらに官邸で何があったのか、そして僕たち新聞社では……の第42回。
*青山繁晴(あおやま・しげはる)さん
1952年、神戸市生まれ。
慶應義塾大学文学部中退、早稲田大学政治経済学部卒。
共同通信記者(1979〜1997年)、三菱総研研究員を経て2002年、日本初の独立系シンクタンク「独立総合研究所」社長兼、首席研究員に就任。
2016年、参議院議員に当選。

*幻冬舎文庫『平成紀』主な登場人物
▽楠陽(くすのき・よう)=通信社の政治部記者。青山さんの等身大キャラ
▽元寇=佐藤元行(さとう・もとゆき)=楠が勤務する通信社の政治部デスク。
元行から元寇(げんこう)と呼ばれている
▽吉野庄一(よしの・しょういち)=通信社の官邸キャップ
▽赤錆(あかさび)さん=崩御に関して政府が動くマニュアルを司る実務責任者と評される高官
▽竹下登(たけした・のぼる)=第74代総理大臣。1924〜2000年(76歳没)。


【幻冬舎文庫『平成紀』155ページから】
官邸記者クラブで吉野キャップからの電話を受けた。
本社九階の天皇班別室❶にいる吉野は微笑を含んだ声で「くすちゃん、こっちに上がってくれるかな」と言った。
「どんな感じですか」と聞いた。
「あ、お腹いっぱいで満ち足りた感じだね」と一言だけが返ってきた。
元寇も羽島ヘンタンも、そのほとんどの欲を充足させている様子
❷がそれで分かった。
「どうせ、その腹もまたすぐに減るんだ」と思いながら吉野のことを考えた。責任をぴたりと果たしつつ傍観者として微笑している印象が、いつもより鮮明な気がした。
本社に入り、いつものようにエレベーターを使わず階段を駆け上がって❸いると社会部にいる同期の記者が降りてきた。
「おお、また足腰の鍛錬か」と両腕を広げて楠を止め、顔を近づけて「気をつけろ、くすちゃん」と言った。


❶本社九階の天皇班別室
「本社」は、東京・虎ノ門2丁目の共同通信旧社屋(現在の共同通信会館)。
9階は最上階で、「天皇班別室」は元寇と呼ばれていた佐藤元行・政治部デスクが個人的につかっている部屋のこと。
楠記者は1987(昭和62)年、大阪支社から東京本社政治部に異動。
その間の記者活動が元寇デスクの目にとまり、天皇班に一本釣りされた設定になっている。
——これ、会社あるある。

❷「あ、お腹いっぱいで……欲を充足させている様子
通信社として面目躍如的なスクープ連発で、元寇デスクも上の羽島ヘンタンも
〝満足しているようだよ、現在のところはね〟
ということか。
し・か・し、好事魔多し——元寇ら政治部に対し、ライバルの社会部がメラメラと対抗心を燃やしツメを研いでいるのであった——これも、会社あるある。
「ヘンタン」は編集担当専務の略(➡︎社によって違うだろうけど、ジンタンは人事担当)。

❸本社に入り……階段を駆け上がって
旧本社5階に共同通信編集局があった。
5階まで一気に駆け上がるなんて、僕にはできない。3階でもハァハァゼィゼィ。
すごいなぁ、くすちゃん当時36歳。
*整理部は座ったきり
取材部や写真部記者はフットワーク軽くあちこち動くからか、スマートな体形の人が多い気がする。
対して整理部(と校閲部ね)。
エレベーターで局に出社後、机に座ったきり(動くのはコーヒー、喫煙部屋に行くときやトイレぐらい)だからか、腹が出てやや緩い体形の人が多いようだ(個人の感想です)。


というわけで、続く。
———————————————————————————
【1988=昭和63年】敬称略
*参考=「文藝春秋」2009年2〜5月号、
佐野眞一『ドキュメント昭和が終わった日』(文藝春秋刊)、
新潮文庫『昭和最後の日/テレビ報道は何を伝えたか』(日本テレビ報道局天皇取材班)、
横山秀夫『64/ロクヨン』(文春文庫刊)

▽1月2日=天皇、皇居長和殿で宮中一般参賀
▽2月10日=「ドラゴンクエストⅢ」発売。初日で100万本完売
▽3月17日=東京ドーム落成
▽5月19日=春の園遊会
▽6月2日=天皇、皇居内水田で「お田植え」
▽7月6日=リクルート江副浩正会長、未公開コスモス株譲渡で辞任
▽7月20日=天皇、夏季静養のため那須御用邸
▽8月15日=終戦記念日戦没者追悼式
▽9月8日=天皇、静養先の那須から帰京
▽9月17日=ソウル五輪開幕
▽9月18日=大相撲ご観戦を中止
▽9月19日=天皇が吐血・下血し容体急変
▽9月20日=天皇の国事行為を皇太子に全面委任。
新元号の制定作業開始

▽9月21日=高木侍医長が容体急変以降はじめての会見。
「貧血と黄疸という症状はあるものの吐血はなく、安定した状態」

▽9月24日=ソウル五輪でベン・ジョンソンの金メダル剥奪。
鈴木大地が100m背泳ぎで金メダル
▽11月1日=ダイエーが南海ホークスの経営権取得。福岡ダイエーホークス発足
▽11月8日=米大統領選で共和党ブッシュ当選
▽11月17日=東京外為1㌦121円52銭の戦後最高値更新
▽12月5日=天皇の最大血圧が40台まで落ち「極めて危険なご容体」に
▽12月15日=西武セゾングループが世界的ホテルチェーンのインターコンチネンタルホテルを21億5000万㌦で買収

【1989=昭和64=平成元年】
▽1月2日=天皇は体内出血があり、計1,400ccの輸血を受けた。
前年9月吐血以来の輸血総量は30,865ccに

▽1月4日=大発会で東証平均が 30,243円66銭の最高値更新。
米海軍機が地中海上空でリビア軍機2機撃墜。
▽1月5日=天皇、最大血圧が60に降下。
輸血を受けるも回復遅く、尿毒症の症状
▽1月7日=午前6時33分、十二指腸部の腺がんのため、昭和天皇87歳で崩御。
皇太子明仁親王が即位。
翌8日施行の新元号を「平成」と発表
▽1月8日=竹下首相を委員長に大喪の礼委員会設置
▽2月24日=大喪の礼。
164カ国の代表・使節参列

▽4月1日=消費税3%スタート
▽4月26日=民主化を求めて天安門広場に集結していた学生市民を、中国戒厳部隊が武力制圧
▽6月3日=歌手・美空ひばり死去。52歳
▽11月4日=横浜の坂本堤弁護士一家3人が行方不明に
▽11月9日=「ベルリンの壁」崩壊
▽12月29日=東証平均株価 38,915円の史上最高値

★侍医長は「お上」と言った=『平成紀』を読む(41)

2016年11月04日 | 新聞/小説

(11月2日付の続きです。写真は本文と関係ありません)

青山繁晴さん(1952〜)の『平成紀(へいせいき)』(幻冬舎文庫、税別540円)を読んだ。
青山さんが、1987(昭和62)年から共同通信政治部記者として、あの「Xデー」を担当した最前線リアルを活写した情報小説。
わずか195ページ、とても面白かった。
というわけで、Xデーをめぐり、あのとき共同通信社の深奥で、さらに官邸で何があったのか、そして僕たち新聞社では……の第41回。
*青山繁晴(あおやま・しげはる)さん
1952年、神戸市生まれ。
慶應義塾大学文学部中退、早稲田大学政治経済学部卒。
共同通信記者(1979〜1997年)、三菱総研研究員を経て2002年、日本初の独立系シンクタンク「独立総合研究所」社長兼、首席研究員に就任。
2016年、参議院議員に当選。

*幻冬舎文庫『平成紀』主な登場人物
▽楠陽(くすのき・よう)=通信社の政治部記者。青山さんの等身大キャラ、35歳
▽元寇=佐藤元行(さとう・もとゆき)=楠が勤務する通信社の政治部デスク。
元行から元寇(げんこう)と呼ばれている
▽吉野庄一(よしの・しょういち)=通信社の官邸キャップ
▽赤錆(あかさび)さん=崩御に関して政府が動くマニュアルを司る実務責任者と評される高官
▽竹下登(たけした・のぼる)=第74代総理大臣。1924〜2000年(76歳没)。


【幻冬舎文庫『平成紀』155ページから】
吐血の段階から重体であり、治療をしても改善する状態ではなかった❶と暗に強調するためだった。
陛下は、九月十九日の午後十時まえ、吹上御所二階の寝室でいつもの点滴を受けられている最中に突然、大量の吐血、さらに少量の下血をされてシーツが赤く染まった❷のだった。
侍医団は重大な事態、一般用語で言えば重体と判断、それを受けて九月二十一日は竹下総理が長崎行きを中止し、中曽根前総理も訪欧を中断して急遽❸の帰国となったのである。
官邸記者クラブで吉野キャップからの電話を受けた。
本社九階の天皇班別室にいる吉野は微笑を含んだ声で「くすちゃん、こっちに上がってくれるかな」と言った。
「どんな感じですか」と聞いた。「あ、お腹いっぱいで満ち足りた感じだね」と一言だけが返ってきた。
元寇も羽島ヘンタンも、そのほとんどの欲を充足させている様子がそれで分かった。


❶吐血の段階から……改善する状態ではなかった
小説の時間は1988(昭和63)年9月20日。
前日19日夜の天皇吐血を受け、午前3時に宮内庁の宮尾盤次長が緊急会見を行った。
「天皇陛下は、昨晩(19日)10時前、吐血あそばされ、輸血などの緊急治療を行った。現在脈拍数 90台、体温37度前半であり、落ち着いた状態」
全身状態が悪すぎて、侍医団は外科的な処置はもう難しいと判断していたようだ。
*陛下は「お上」(おかみ)
次長会見の「あそばされ」もすごいが、
日常ではつかわれない語彙が侍医長の会見からも出てビックリした。
記者「それなのに陛下の大相撲観戦を計画したのか」
高木侍医長「きついご質問ですな。しかし、どんどん進行するならば警戒もするが、お上が非常に相撲がお好きなのに、あるかなきかという時にお止めする論理があるだろうか」
——やっぱり、住む世界が違うようでございます(あるいは「お神」なのかも)。


❷九月十九日の午後十時まえ……シーツが赤く染まった
生々しい記述。
日本テレビ報道局天皇取材班の『昭和最後の日』(新潮文庫版)では、
「四時間の緊急輸血を終えて、空が白むころ、天皇は『よく眠れたよ』と疲れ果てた侍医たちの労をねぎらった。
よく眠れるわけもなく、まだ、ベッドやパジャマも血に染まったままではあった」

楠記者は官邸秘書官から、宮内庁経由の話として
「洗面器まるまる一杯の吐血」
と具体的に聞きだしていたが、相当量の吐血だったことが分かる。

❸急遽
ゲラの行間に赤鉛筆を滑らせながら読んできた、いま話題の「校閲」記者が必ずピタリ止まるところ。
新聞社のルールブック「記者ハンドブック・新聞用字用語集第13版」では、
▽きゅうきょ(遽は漢字表に無い字、急拠は誤用の字)
➡︎急ぎ、急きょ
——新聞記事では平仮名にしましょうね、としている。
でも小説・著作物なのでかまいません、このまま行ってくださいねハイ、と校閲部は言いますね。

というわけで、続く。
———————————————————————————
【1988=昭和63年】敬称略
*参考=「文藝春秋」2009年2〜5月号、
佐野眞一『ドキュメント昭和が終わった日』(文藝春秋刊)、
新潮文庫『昭和最後の日/テレビ報道は何を伝えたか』(日本テレビ報道局天皇取材班)、
横山秀夫『64/ロクヨン』(文春文庫刊)

▽1月2日=天皇、皇居長和殿で宮中一般参賀
▽2月10日=「ドラゴンクエストⅢ」発売。初日で100万本完売
▽3月17日=東京ドーム落成
▽5月19日=春の園遊会
▽6月2日=天皇、皇居内水田で「お田植え」
▽7月6日=リクルート江副浩正会長、未公開コスモス株譲渡で辞任
▽7月20日=天皇、夏季静養のため那須御用邸
▽8月15日=終戦記念日戦没者追悼式
▽9月8日=天皇、静養先の那須から帰京
▽9月17日=ソウル五輪開幕
▽9月18日=大相撲ご観戦を中止
▽9月19日=天皇が吐血・下血し容体急変
▽9月20日=天皇の国事行為を皇太子に全面委任。
新元号の制定作業開始

▽9月21日=高木侍医長が容体急変以降はじめての会見。
「貧血と黄疸という症状はあるものの吐血はなく、安定した状態」

▽9月24日=ソウル五輪でベン・ジョンソンの金メダル剥奪。
鈴木大地が100m背泳ぎで金メダル
▽11月1日=ダイエーが南海ホークスの経営権取得。福岡ダイエーホークス発足
▽11月8日=米大統領選で共和党ブッシュ当選
▽11月17日=東京外為1㌦121円52銭の戦後最高値更新
▽12月5日=天皇の最大血圧が40台まで落ち「極めて危険なご容体」に
▽12月15日=西武セゾングループが世界的ホテルチェーンのインターコンチネンタルホテルを21億5000万㌦で買収

【1989=昭和64=平成元年】
▽1月2日=天皇は体内出血があり、計1,400ccの輸血を受けた。
前年9月吐血以来の輸血総量は30,865ccに

▽1月4日=大発会で東証平均が 30,243円66銭の最高値更新。
米海軍機が地中海上空でリビア軍機2機撃墜。
▽1月5日=天皇、最大血圧が60に降下。
輸血を受けるも回復遅く、尿毒症の症状
▽1月7日=午前6時33分、十二指腸部の腺がんのため、昭和天皇87歳で崩御。
皇太子明仁親王が即位。
翌8日施行の新元号を「平成」と発表
▽1月8日=竹下首相を委員長に大喪の礼委員会設置
▽2月24日=大喪の礼。
164カ国の代表・使節参列

▽4月1日=消費税3%スタート
▽4月26日=民主化を求めて天安門広場に集結していた学生市民を、中国戒厳部隊が武力制圧
▽6月3日=歌手・美空ひばり死去。52歳
▽11月4日=横浜の坂本堤弁護士一家3人が行方不明に
▽11月9日=「ベルリンの壁」崩壊
▽12月29日=東証平均株価 38,915円の史上最高値

★出稿・整理部、総立ちだった=『平成紀』を読む(40)

2016年11月03日 | 新聞/小説

(11月2日付の続きです。写真は本文と関係ありません)

青山繁晴さん(1952〜)の『平成紀(へいせいき)』(幻冬舎文庫、税別540円)を読んだ。
青山さんが、1987(昭和62)年から共同通信政治部記者として、あの「Xデー」を担当した最前線リアルを活写した情報小説。
わずか195ページ、とても面白かった。
というわけで、Xデーをめぐり、あのとき共同通信社の深奥で、さらに官邸で何があったのか、そして僕たち新聞社では……の第40回。
*青山繁晴(あおやま・しげはる)さん
1952年、神戸市生まれ。
慶應義塾大学文学部中退、早稲田大学政治経済学部卒。
共同通信記者(1979〜1997年)、三菱総研研究員を経て2002年、日本初の独立系シンクタンク「独立総合研究所」社長兼、首席研究員に就任。
2016年、参議院議員に当選。

*幻冬舎文庫『平成紀』主な登場人物
▽楠陽(くすのき・よう)=通信社の政治部記者。青山さんの等身大キャラ、35歳
▽元寇=佐藤元行(さとう・もとゆき)=楠が勤務する通信社の政治部デスク。
元行から元寇(げんこう)と呼ばれている
▽吉野庄一(よしの・しょういち)=通信社の官邸キャップ
▽赤錆(あかさび)さん=崩御に関して政府が動くマニュアルを司る実務責任者と評される高官
▽竹下登(たけした・のぼる)=第74代総理大臣。1924〜2000年(76歳没)。


【幻冬舎文庫『平成紀』154〜150ページから】
九月二十日午後零時三十分❶、通信社は「天皇陛下は重体」のニュース速報を打った。ほとんどの加盟紙が夕刊に間に合った。
このニュース速報が配信されたあと、官邸を預かる政府高官が記者団の前に顔を見せ「電話で宮内庁に確認したが、重体などということはない」と逆の話を強調❷した。
しかし、その公式否定から四日後❸、天皇陛下の体温がとめどなく上昇し、あえぐような下顎呼吸となり、下血が二度あり、新鮮血の輸血を正午ごろに二百ccで始め、午後三時までに四百ccに達し、夕刻にさらに二百ccを入れて計六百ccに達する事態となった。
これを見て関係者が、一部の記者に「ご病気の本体は膵臓癌であり、吐血と下血は、癌性腹膜炎を起こしているためである可能性が強い」と積極的に漏らした。
吐血の段階から重体であり、治療をしても改善する状態ではなかったと暗に強調するためだった。


❶九月二十日午後零時三十分
新聞社のルールブック「記者ハンドブック・新聞用字用語集第13版」(株式会社共同通信社発行)では、
「午後0時30分」(洋数字表記の新聞の場合)
——と表記するところ(でも、小説・著作物なのでかまいません、このまま行ってください、と校閲部)。

同日(1988=昭和63=年9月20日)の動きは——(役職などはいずれも当時)
02:25=皇太子夫妻が吹上御所に見舞い
02:45=小渕官房長官が官邸入り
03:00=宮内庁と官邸で緊急会見
08:15=竹下首相が皇居へ向かい、見舞い記帳
08:30=宮内庁・宮尾盤次長が会見。
「輸血は今朝からやっておりまして800ccくらい。昨夜の緊急輸血は午前4時半ぐらいには終わりました」
09:00=常陸宮夫妻、高松宮妃、三笠宮夫妻、高円宮夫妻、秩父宮妃ら皇族方が見舞い
09:52=東宮御所に引き上げていた皇太子夫妻が再び吹上御所
(治療=高木侍医長、大橋、内田、加藤、伊東侍医団)
(竹下首相と安倍幹事長ら自民党三役が国会内で天皇ご容体で協議)
(石原信雄官房副長官が的場順三内閣内政審議室長と約1時間半にわたり会議➡︎新元号の制定作業が始まる)


【新聞社@整理部では】
午後から慌てて編集局次長、出稿部Xデー取材チーム、整理部Xデー班、写真部、制作局が集まり緊急紙面会議。
▽共同通信社からの連絡事項
▽ページ建て再確認
▽朝刊・夕刊・特集面の通常制作時間帯以外の、どこの時間帯で組むか
▽他本社への送信など連携
▽出稿済みデータ延命(日付延ばし)
▽面ID・出稿IDやグラフィックスIDの日付再確認
▽小・大ゲラの扱い(廃棄厳禁など)
——を最終確認した。
Xデー紙面、整理部ではデスクほか8人担当。
通常紙面編集に加えての時間外作業だが、
「いろいろな面で補填するから頼むな!」(整理部長)
整理部員も
「一生あるかないかの紙面、気合入る!」
だった。

❷逆の話を強調
この期に及んでも重体ではない、と言いつくろう政府高官。
だけど、この発言も一応記事にして配信しなけりゃならぬ。
整理部は2段1本かベタ(1段)見出し扱いで、
「政府高官、重体を否定」
ぐらいか。

❸しかし、その公式否定から四日後
1988(昭和63)年9月24日のこと。
(⬅︎分かりにくいので、日付は繰り返し記します)
この日は午前から、超緊迫した。
楠記者とは別の通信社から、午前11時過ぎ
「天皇の呼吸が乱れている」
「全身マッサージが施された」
と緊急速報が流れた。
午後0時20分には宮内庁報道官が、
「正午現在、体温38度9分」
「脈拍数 107、血圧は上が 162、下が 80。呼吸数は 22」
体温がこれまでで最高の高さを記録した。
一時、政府筋から「天皇危篤」も流れた。
山本悟侍従長は
「危篤なんてことはない! 意識も鮮明で皇太子殿下と話をされた!」
と「!」アマダレ付きで否定したが……。
【新聞社@整理部では】
同日、ソウル五輪でカール・ルイスとベン・ジョンソンとの世紀のレースがあり、紙面は獅子てんやわんや(⬅︎古いぞ)。
共同通信社の速報は午前から五輪ニュースとご容体報道が
「ピーポ〜、ピーポ〜、共同通信から……」
と入り乱れて鳴り響いた。
夜には1度「キンコンカンコーン」緊急チャイムも鳴った。
〝やべぇ、来たぁ〟出稿部、整理部は顔を見合わせ総立ちだった。

というわけで、続く。
———————————————————————————
【1988=昭和63年】敬称略
*参考=「文藝春秋」2009年2〜5月号、
佐野眞一『ドキュメント昭和が終わった日』(文藝春秋刊)、
新潮文庫『昭和最後の日/テレビ報道は何を伝えたか』(日本テレビ報道局天皇取材班)、
横山秀夫『64/ロクヨン』(文春文庫刊)

▽1月2日=天皇、皇居長和殿で宮中一般参賀
▽2月10日=「ドラゴンクエストⅢ」発売。初日で100万本完売
▽3月17日=東京ドーム落成
▽5月19日=春の園遊会
▽6月2日=天皇、皇居内水田で「お田植え」
▽7月6日=リクルート江副浩正会長、未公開コスモス株譲渡で辞任
▽7月20日=天皇、夏季静養のため那須御用邸
▽8月15日=終戦記念日戦没者追悼式
▽9月8日=天皇、静養先の那須から帰京
▽9月17日=ソウル五輪開幕
▽9月18日=大相撲ご観戦を中止
▽9月19日=天皇が吐血・下血し容体急変
▽9月20日=天皇の国事行為を皇太子に全面委任。
新元号の制定作業開始

▽9月21日=高木侍医長が容体急変以降はじめての会見。
「貧血と黄疸という症状はあるものの吐血はなく、安定した状態」

▽9月24日=ソウル五輪でベン・ジョンソンの金メダル剥奪。
鈴木大地が100m背泳ぎで金メダル
▽11月1日=ダイエーが南海ホークスの経営権取得。福岡ダイエーホークス発足
▽11月8日=米大統領選で共和党ブッシュ当選
▽11月17日=東京外為1㌦121円52銭の戦後最高値更新
▽12月5日=天皇の最大血圧が40台まで落ち「極めて危険なご容体」に
▽12月15日=西武セゾングループが世界的ホテルチェーンのインターコンチネンタルホテルを21億5000万㌦で買収

【1989=昭和64=平成元年】
▽1月2日=天皇は体内出血があり、計1,400ccの輸血を受けた。
前年9月吐血以来の輸血総量は30,865ccに

▽1月4日=大発会で東証平均が 30,243円66銭の最高値更新。
米海軍機が地中海上空でリビア軍機2機撃墜。
▽1月5日=天皇、最大血圧が60に降下。
輸血を受けるも回復遅く、尿毒症の症状
▽1月7日=午前6時33分、十二指腸部の腺がんのため、昭和天皇87歳で崩御。
皇太子明仁親王が即位。
翌8日施行の新元号を「平成」と発表
▽1月8日=竹下首相を委員長に大喪の礼委員会設置
▽2月24日=大喪の礼。
164カ国の代表・使節参列

▽4月1日=消費税3%スタート
▽4月26日=民主化を求めて天安門広場に集結していた学生市民を、中国戒厳部隊が武力制圧
▽6月3日=歌手・美空ひばり死去。52歳
▽11月4日=横浜の坂本堤弁護士一家3人が行方不明に
▽11月9日=「ベルリンの壁」崩壊
▽12月29日=東証平均株価 38,915円の史上最高値

★「陛下は重体」と秘書官は言った=『平成紀』を読む(39)

2016年11月02日 | 新聞/小説

(10月28日付の続きです。写真は本文と関係ありません)

青山繁晴さん(1952〜)の『平成紀(へいせいき)』(幻冬舎文庫、税別540円)を読んだ。
青山さんが、1987(昭和62)年から共同通信政治部記者として、あの「Xデー」を担当した最前線リアルを活写した情報小説。
わずか195ページ、とても面白かった。
というわけで、Xデーをめぐり、あのとき共同通信社の深奥で、さらに官邸で何があったのか、そして僕たち新聞社では……の第39回。
*青山繁晴(あおやま・しげはる)さん
1952年、神戸市生まれ。
慶應義塾大学文学部中退、早稲田大学政治経済学部卒。
共同通信記者(1979〜1997年)、三菱総研研究員を経て2002年、日本初の独立系シンクタンク「独立総合研究所」社長兼、首席研究員に就任。
2016年、参議院議員に当選。

*幻冬舎文庫『平成紀』主な登場人物
▽楠陽(くすのき・よう)=通信社の政治部記者。青山さんの等身大キャラ、35歳
▽元寇=佐藤元行(さとう・もとゆき)=楠が勤務する通信社の政治部デスク。
元行から元寇(げんこう)と呼ばれている
▽吉野庄一(よしの・しょういち)=通信社の官邸キャップ
▽赤錆(あかさび)さん=崩御に関して政府が動くマニュアルを司る実務責任者と評される高官
▽竹下登(たけした・のぼる)=第74代総理大臣。1924〜2000年(76歳没)。


【幻冬舎文庫『平成紀』152〜154ページから】
「重体と書いていいか」と、もう一度言いそうになり、言うべき言葉が見つからず「重体かどうか内閣にとっても一番大事なところでしょう。確認すべきです」と咄嗟に切り込んだ。
秘書官は、黒っぽい背広の袖を摑んでいる❶楠の手を振り払って総理執務室に去った。
五分ほどで廊下に姿を現し、官房長官室に入り際、「俺だってトイレに行くよ」と小声で言った。
小声は何人かの記者に聞こえた。直接行くわけにはいかない。しかし、そもそもこの手洗いなのかどうかが分からない。官邸には、いったい何か所の手洗いがあっただろう。
誰もいない。官邸全体が狂っていて誰も手洗いに入らない。
小用の便器の前に立ち、通常の動作をした。そのまま立っている。何も出ない。誰も来ない。出ない以上は浄めの水も流れない。うっと立ちのぼる臭気がする。
どん、とドアを押して、秘書官が入ってきた。楠に並んで同じ動作をする。何も出ていない。顔をしかめた。
一語一語を嚙みしめる❶努力をしながら言った。
「さっき、あなたは確かに、ご容態は相当にお悪いと言いました。つまり、重体と記事に書いて、間違いないんですか」
「あんたが何度も言うから、さっき宮内庁側に電話して確かめたよ」
歓喜が湧いた。電話してくれたと思った。
「重体ですか」
鼻を啜りあげながら、もう一度、聞いた。
「そう書いていいだろう。ただし危篤ではないよ。そこだけは間違えるな」
トイレを出て右へ折れ、狭い中央階段を一階へ下りた。周りを何人かの記者が走ったが、ふつうに歩いた。官邸外に出ると公衆電話へ走る。そこからなら大声で元寇デスクに一報できる。電話ボックスのドアを押しながら自分の右手が震えているのを見た。
九月二十日午後零時三十分❸、通信社は「天皇陛下は重体」のニュース速報を打った。ほとんどの加盟紙が夕刊に間に合った。



❶摑んでいる/嚙みしめる
石原さとみさん主演のテレビドラマ「地味にスゴイ!」(日本テレビ系)で人気上昇中の校閲記者がチェックする語。
新聞社のルールブック「記者ハンドブック・新聞用字用語集第13版」では、ともに新聞表記では平仮名にしましょう、としている。
▽つかむ(摑は漢字表に無い字)
➡︎つかむ、つかみどころがない、手づかみ、わしづかみ
▽かむ(嚙・咬は漢字表に無い字)
➡︎かむ、一枚かむ、かみ切る、ギアがかむ
——「校閲ガール」があるなら、来年は「編成ボーイ」「整理ボーイ」はダメだろうか。

❷周りを何人かの記者が……右手が震えているのを見た
官邸官房秘書官から「陛下は重体」と聞き、静かな高揚感を秘めながら官邸から早歩きで公衆電話に向かった楠記者。
(公衆電話に時代を感じるが、楠記者は取材先では真っ先に送稿できる電話のあるところを必ず捜して確認している。取材記者としてスゴイところ)
同秘書官は、宮内庁筋に確認の「電話をしてくれた」。
他社記者たちの流れとは逆流ながらも、心の中では拳を握りしめていたのでは——記者冥利を感じる記述。

❸九月二十日午後零時三十分
小説の時間は、1988(昭和63)年9月20日午後。
前日19日午後10時30分過ぎ、天皇が大量吐血し容態急変から14時間後のこと。
楠記者は連勤である。
(共同も記者の勤務体制きびしいなぁ。楠記者は多少休めたのだろうか……と思うけど、実際は取材活動に熱中しているからそれほどでもない、はず)

というわけで、続く。
———————————————————————————
【1988=昭和63年】文中敬称略
*参考=「文藝春秋」2009年2〜5月号、
佐野眞一『ドキュメント昭和が終わった日』(文藝春秋刊)、
新潮文庫『昭和最後の日/テレビ報道は何を伝えたか』(日本テレビ報道局天皇取材班)、
横山秀夫『64/ロクヨン』(文春文庫刊)

▽1月2日=天皇、皇居長和殿で宮中一般参賀
▽2月10日=「ドラゴンクエストⅢ」発売。初日で100万本完売
▽3月17日=東京ドーム落成
▽5月19日=春の園遊会
▽6月2日=天皇、皇居内水田で「お田植え」
▽7月6日=リクルート江副浩正会長、未公開コスモス株譲渡で辞任
▽7月20日=天皇、夏季静養のため那須御用邸
▽8月15日=終戦記念日戦没者追悼式
▽9月8日=天皇、静養先の那須から帰京
▽9月17日=ソウル五輪開幕
▽9月18日=大相撲ご観戦を中止
▽9月19日=天皇が吐血・下血し容体急変
▽9月24日=ソウル五輪でベン・ジョンソンの金メダル剥奪。
鈴木大地が100m背泳ぎで金メダル
▽11月1日=ダイエーが南海ホークスの経営権取得。福岡ダイエーホークス発足
▽11月8日=米大統領選で共和党ブッシュ当選
▽11月17日=東京外為1㌦121円52銭の戦後最高値更新
▽12月5日=天皇の最大血圧が40台まで落ち「極めて危険なご容体」に
▽12月15日=西武セゾングループが世界的ホテルチェーンのインターコンチネンタルホテルを21億5000万㌦で買収

【1989=昭和64=平成元年】
▽1月2日=天皇は体内出血があり、計1,400ccの輸血を受けた。
前年9月吐血以来の輸血総量は30,865ccに

▽1月4日=大発会で東証平均が 30,243円66銭の最高値更新。
米海軍機が地中海上空でリビア軍機2機撃墜。
▽1月5日=天皇、最大血圧が60に降下。
輸血を受けるも回復遅く、尿毒症の症状
▽1月7日=午前6時33分、十二指腸部の腺がんのため、昭和天皇87歳で崩御。
皇太子明仁親王が即位。
翌8日施行の新元号を「平成」と発表
▽1月8日=竹下首相を委員長に大喪の礼委員会設置
▽2月24日=大喪の礼。
164カ国の代表・使節参列

▽4月1日=消費税3%スタート
▽4月26日=民主化を求めて天安門広場に集結していた学生市民を、中国戒厳部隊が武力制圧
▽6月3日=歌手・美空ひばり死去。52歳
▽11月4日=横浜の坂本堤弁護士一家3人が行方不明に
▽11月9日=「ベルリンの壁」崩壊
▽12月29日=東証平均株価 38,915円の史上最高値

★「グリ森事件」動き出す……かも。

2016年11月01日 | 新聞/小説


元神戸新聞記者・塩田武士さん(37)の最新作『罪の声』(講談社、税別1,650円=写真)が版を重ねている。
発売2カ月で、5.5万部突破。
いろいろな意味で面白かった。

【『罪の声』邪魔にならない程度のストーリー】
京都市北部でテーラーを営む曽根は、ある日父の遺品にカセットテープと黒革の手帳を見つけた。
テープを再生すると、曽根の幼い頃の声が流れた。
「きょうとへむかって、いちごうせんを……にきろ、ばーすーてーい、じょーなんぐーの……」
31年前に発生し未解決のままだった「ギンガ・萬堂事件」で恐喝に使われた録音テープと同一のものだった。
一方、大日新聞大阪本社の文化部記者・阿久津は、社会部事件担当・鳥居デスクの指令で年末企画取材班に組み込まれ、「ギン萬(ギンマン)事件」を扱うことになった。
「ギン萬事件」前に、世界的ビールメーカー「ハイネケン」会長誘拐事件があったことを知った阿久津はヨーロッパに飛んだが——。
*塩田武士(しおだ・たけし)さん
1979年、兵庫県生まれ。
19歳のとき、藤原伊織さんの『テロリストのパラソル』を読み、作家を志す。
関西学院大学社会学部卒後、神戸新聞社入社(2012年退社)。
2010(平成22)年『盤上のアルファ』で第5回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。ほかに『女神のタクト』『崩壊』『盤上に散る』など多数。
2016(同28)年、この『罪の声』で第7回山田風太郎賞を受賞。


〈ギン萬事件〉は、昭和最大の未解決事件「グリコ・森永事件」のこと。
事件発生から32年、時効を迎えているとはいえ、この小説が出たことで再び動きだすのではないだろうか——。
*グリコ・森永事件
1984(昭和59)年3月18日、兵庫県西宮市の自宅から江崎グリコ社長が誘拐されたことから始まる。
「かい人21面相」を名乗る犯人グループが、翌85(同60)年8月12日に突然
「くいもんの 会社 いびるの もお やめや」
と犯行終結宣言を出すまでの約1年半の間、関西の菓子・食品メーカーを脅迫、金銭を要求した。
警察との攻防の末、現金受け渡しには失敗したが、犯人とおぼしき男が目撃された。
のちに大阪府警が発表した似顔絵は
〈キツネ目の男〉
と呼ばれた。
やがて犯人グループはコンビニなどに青酸入り菓子を置き、無差別殺人未遂事件に発展。
警察庁は広域重要 114号事件に指定。
2000(平成12)年すべての事件の時効が成立、広域重要指定事件では史上初の犯人が検挙できなかった未解決事件になった。


面白かった❶=でも、なぜ社会部記者が主人公ではないのか
もう1人の主人公・阿久津英士は、大日新聞社の文化部記者。
入社13年経ったのに取り組みたいテーマもなく、日々穏便に発表ものを出稿して過ごしているだけの記者。
——文化部ではなく、はじめから社会部遊軍記者を設定しておけば、取材も出張も制約を受けずに動かせるのにね、遠回りしてないかなぁと思った。
でも、おそらく作者・塩田さんの目線で追うための設定なのだ。
*神戸新聞に欠員1だよ
実は、僕は塩田さんの大学後輩くんを知っているのでなんとなく気にかかって、デビュー作『盤上のアルファ』から読み続けてきた。
塩田さん、デビュー当時は記者と作家の二足のわらじで「神戸新聞、辞めないほうがいいよぉ」と思っていた。
塩田さん後輩くんも神戸出身で、在京紙記者。
「塩田さんが神戸新聞を退社したようだね」と連絡したら、
塩田後輩くん「えっ、じゃあ、神戸新聞に『欠員1』が出たんですね!」
塩田後輩くん「ではでは履歴書を用意……ウシシシ」
と言っていた。
そーいえば、彼は生まれも育ちも三宮なので神戸新聞本命ラブだった。


面白かった❷=さりげなく関西ギャグ
当時のデータなどは忠実に再現してあるリアル・フィクション。
塩田さんは1984〜85年の新聞は全紙読み込み、当時の記者や捜査関係者らにも取材したという(さらに、勉強して英検準一級も取得していた!)。
息が詰まるような〈資料〉の積み重ねかと思いきや、関西ならではのギャグが散りばめられていていい味つけになっていた。

「あっ、そうや。女優の篠原美月、インタビューOKやって」
「えっ、ほんまですか!」
「三日後やから、早めに写真部に連絡した方がええで」
「篠原美月って事務所どこでしたっけ?」
「知らん。米朝
(べいちょう)事務所ではないやろ」
「忙しいから切りますわ」


——最終的に、阿久津記者は〈真犯人〉にたどりつく。
塩田さんは「現代ビジネス」インタビューで、
「本作で描いた犯行グループ各人の役回りについては、それほど外していないだろうと思っています」
「犯人は子どもの人生を狂わせてしまった。〈声〉をつかわれた子は、もしかすると今もそのことを隠しながら生きているのかもしれない」
「脅迫状を読むと〈塩酸の風呂につけて殺したるぞ〉など、恐ろしい文言が書かれている。彼らが極めて冷酷で卑劣な人間たちであるということを書き残しておきたかった」

と言っている。
——山田風太郎賞の次、何賞を取るだろう。

★校閲部長は「譲位とします」と言った。

2016年10月29日 | 新聞/小説


10月28日付産經新聞東京本社版フロント1面トップは「三笠宮さま薨去」。
「薨去」(こうきょ)をつかうところが産經新聞らしい。

*「薨去」を言い換える社もあります
ほとんどの新聞社は共同通信社「記者ハンドブック」をつかっているけど、独自のハンドブックをつくっている新聞社もある。
ある新聞社では「薨去」をつかわず、
▽こうきょ(薨去)
➡︎(ご)死去、(ご)永眠、(ご)逝去、お亡くなりになる
としている。


最近人気上昇中の「校閲」発——。
時田昌・校閲部長の〈お断り〉的社告ボックス=写真
「『生前退位』ではなく『譲位』とします」
を読み込んでしまった。

「産経新聞は、天皇陛下が天皇の位を譲る意向を示されている問題を報じる際、今後は『生前退位』という言葉を使わず、原則として『譲位』とします。
(中略)
『生前退位』は過度的な役割を終え、『譲位』こそ、今後の説明に適した言葉だと考えます」


だから、社会面外部識者コメントも
「(前略)ただ、これを機に皇籍離脱した旧皇族の復帰など、改めて皇位継承の安定性確保に向けた議論をすることはあってしかるべきだ。
天皇陛下の生前退位(譲位)をめぐる議論でも一部聞こえているような、女系天皇容認論の再燃につながることがあってはならない(後略)」
とパーレン()付きだった。
産經新聞の校閲部長は、前任者から〈発信〉する部長なので、けっこうコラムを楽しみにしている。
(ちなみに、産經にならえ——じゃないけど、朝日新聞も「譲位」にするようだ)

*新聞社によって役物(ヤクモノ)の呼び方が違う
パーレンを丸カッコと呼ぶ社もある。
()=パーレン、丸カッコ
「」=カギカッコ、カギ
〈〉=ヤマカギ、ヤマカッコ
【】=電報パーレン、スミ付きパーレン
……=2倍リーダー、テンテン
——=2倍ボウ、2倍ダッシュ
/=スラッシュ、ナナメ線、シャセン
・=ナカグロ、ナカテン
▽=下向きサンカク、▼下向き黒サンカク
〓=ゲタ
——ゲタは共通しているようだ。けっこう面白い。