青空、ひとりきり

鉄路と旅と温泉と。日々の情景の中を走る地方私鉄を追い掛けています。

若葉青葉の満漢席。

2024年05月20日 17時00分00秒 | 阿武隈急行

(阿武隈渓谷の秘境駅@兜駅)

阿武隈急行は、福島盆地から阿武隈川に沿って宮城平野へ向かう路線ですが、その福島盆地から宮城平野の間には、奥羽山脈の南端にある蔵王連峰と阿武隈山地の山が迫り出した隘路があります。東北本線では、藤田から貝田にかけての国見越えに当たる部分になりますが、阿武隈急行はここを阿武隈川が刻む渓谷とともに進んで行きます。官営鉄道が白石回りになったのは、この阿武隈渓谷沿いの隘路を切り開くだけの土木技術がなかったから・・・という説が有力ですが、阿武隈急行は富野から丸森にかけての渓谷の区間を、高架橋と断続的なトンネルで交わしていきます。この区間は県境の山間部ということで差し当たって目立つ集落や街もなく、各駅間の間隔も非常に長くなるのですが、そんな場所にあるのがこの兜駅。渓谷を望む片面ホームが高台にあるだけの、いわゆる秘境駅になりましょうか。

駅前の道を山手へ進むと2~3分でこんな感じ。見た限りの中では人家は一つも見えず、既に花の終わってしまった桃畑は青々とした葉を繁らせていました。若葉の季節から青葉の季節へ。阿武隈山地の見事な新緑というほかはありません。それにしても、この桃畑は果樹園として機能しているのだろうか。畑に降りて行く農道も普請されたような跡がなく、下草の生い茂りようからも何となく世話をする人がいなくなってしまったのかな、というような雰囲気があります。農業従事者の中核を担ってきた団塊の世代の高齢化による棄農は、福島に限らず全国的な問題ですけども、そういう里山の放棄された農地や果樹園を狙って、野生動物が里に降りて来るという悪循環もありますよね。獣害が増加しているのは、決して地球温暖化により山の生態系が変わったということだけではなく、人が入って作物の世話をする場所が減り、野生動物が警戒をすることなく大手を振って簡単に食糧を手に入れる環境を提供してしまっていることにも理由があります。

そう言えば、兜駅に入る細い路地道には、「クマ出没注意!」の看板があった。一応何かがあっても嫌なので、三脚を立ててアングルを決めた後はクルマの中で過ごす。この日の阿武隈路、朝から抜けるような青空で、陽射しが痛いほどであった。幸いにしてクマの出没はなく、列車の通過時刻を迎える。ここらへん、日本の鉄道のダイヤの正確さがありがたい。山を渡る風の音と、鳥のさえずりだけしか聞こえない阿武隈渓谷は、緑の満漢全席、といった趣。静寂を破るモーターの音が聞こえて刹那、高架橋を駆け抜けて行くAT8100系の姿を収めました。

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阿武隈の、水と緑のストライプ。

2024年05月18日 22時00分00秒 | 阿武隈急行

(あの光るのが、阿武隈川@阿武隈急行・向瀬上~瀬上間)

遥か那須岳の北麓に源を発し、福島県の中通りから宮城県の南部を流れ太平洋に注ぐ阿武隈川。その長さは約240km。東北では北上川に続く第2位、全国でも6番目の長さである。高村幸太郎が「あれが阿多多羅山、 あの光るのが阿武隈川」と智恵子抄に書き記した、福島の心のふるさととも言える南東北の大河です。朝の少し冷たい空気の中、長い長いトラス橋が、揺らめく川面に写っている。時刻は朝6時を少し前、梁川発の始発電車が、幾何学模様の造形美の中を駆けて行きます。

と言う訳で、話は今年のゴールデンウィークに。今年は前半三連休・後半四連休という分かれ方をしていたのですが、比較的天気が良く行楽日和が続きましたね。そんなGWの前半戦を使って、福島県の二路線・阿武隈急行と福島交通を探訪して来ました。福島から宮城県の槻木まで、東北本線のバイパス路線として昭和63年に全線開業した阿武隈急行は、阿武隈川の左岸を通った東北線に対し、鉄道のルートからは大きく離れて取り残された形となっていた阿武隈川右岸の保原、梁川、丸森を結んで槻木までの54.9km。槻木から仙台までは東北本線に乗り入れて直通運転するため、日本では珍しく交流電化の第三セクターとして開業しました。阿武隈川橋梁を渡って向瀬上の駅に飛び込んでくるAT8100形。国鉄457系や719系あたりの交流型車両の流れを汲み、長年阿武隈急行の主力として活躍して来た車両ですが、最近はE721系準拠のAB900系が導入されるに従い、その活躍の場が減っています。

阿武隈急行AT8100形。角型ライト、ブラックフェイス、阿武隈の水と緑をイメージした側面のストライプといい、80年代テイストがミチミチに詰まった2両ユニットの車両。運転室側の妻面に僅かに角度を付けて立体的な顔つきをしているのもポイントが高く、見れば見るほど魅力的な車両です。機会があったら撮りたいなあ・・・と温めてはいたんですが、なんせ東北地方って私鉄が少ないじゃないですか。それこそ昔は、東北線や奥羽線からいかにも地方私鉄らしい多くの小私鉄が細いレールを伸ばしていたのですが、今残ってる東北の民鉄って、津軽鉄道と弘南鉄道と、旅客はやめたけど岩手開発鉄道なもんで、なかなか足が向かなかったんですよね。そんなこんなしているうちに、新車の導入によりAT8100形で動くのがたった1運用のみに減ってしまったという話を聞きおよび、ようやく重い腰が上がったということなんですよね。

青葉若葉の阿武隈路を、水と緑のストライプの車両と巡る。GW前半戦は、そんな一日になりました。

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高津戸の桜、春風に舞う。

2024年05月14日 17時00分00秒 | わたらせ渓谷鉄道

(桜屏風を見降ろして@上神梅~大間々間)

すっかりホルモンとビールでいい気分になって、もうこれで帰ってしまってもいいかな・・・という気分を巻きなおして桜の撮影地へ。渡良瀬川が高津戸ダムによって流れを緩める淵に「戸沢」という集落があるのですが、その入口から築堤を走る線路沿いに立派な桜並木があります。ちょうど線路がカーブする辺りに覆いかぶさるように桜が咲いていて、見上げる形になる水沼の桜並木とは違った趣があります。まだお目当てのトロッコが来るにはだいぶ前の時間なのですけど、早くも三脚を立てて構える人も多く、名撮影地なんだなあと。まあ、この桜の咲きぶりを見れば、誰でもそうなりますかね。

満開の桜を横目に走り去るわ鉄の普通列車。おそらくクラツーで使われた増結対応がこの日はそのまま運用に入っていた。トロッコ以外の列車も混雑していたので、これでちょうどいいのかもしれない。普段は桐生~大間々までが一番乗車率が高い区間で、大間々以北は一気に乗客の流動が下がる路線でもあります。大間々は、現在は笠懸町・東村と合併し「みどり市」という味もそっけもない合併地名に取り込まれてしまいましたが、かつては群馬県山田郡の中で唯一の市町村として、長い間その牙城を守りました。

さて、わ鉄上流(?)からの追っかけ組が続々とお立ち台に上がって来て、いよいよ本日の本命のお出ましである。車窓からの桜見物のため、ここでも目いっぱいの徐行を見せてくれるのでシャッター回数は無限大です。満開の桜を愛でながら、エンジンの回転数を落として静々と花道を往くDE10。午前便と比べて返しの午後便は乗客もまばらでしたが、少し冷えた午後の風に吹かれながら、渡良瀬の春を精一杯謳歌しています。桜並木の後ろの足尾山塊に続く山並みは、既に芽吹きの季節を越えて新緑の面持ち。今年は桜の時期が少し遅かったから、新緑と桜は一緒に来てしまいましたね。

返しは短い2エンド側が先頭になるトロッコわたらせ号。DE10は、どっちかってーとこの「2エンド側」を前にした、形的にはバック運転になるスタイルが好きだ。DE10は、構内での貨車の入れ換えや非電化ローカル線の小貨物列車や旅客列車をけん引する役割を主軸とするためか、運転台は線路に対して平行な位置に付けられており、前進と後退の視認性を容易にしています。1エンドでも2エンドでも機動的に運転することが可能なスタイルは、主にD51を中心とした貨客需要をDD51によって無煙化したのと同様、C11が担っていた入換や貨客の短距離小運転のニーズを明確に代替えするために作られた機関車と言えます。

悠然と桜並木を通り抜けるDE10が、軽やかにエンジンの回転を上げて去って行く。わたらせ渓谷鉄道には2機のDE10がいるようで、もう1機は国鉄時代のそのままらしい。時と場合によって牽引機は入れ替わるようですが、既にどちらも製造から50年を超える高齢機関車。そう酷使をされる運用ではないものの、部品の確保や日々の点検など、苦労はあるのでしょう。トロッコ列車はわ鉄の重要な観光資源でもあり、客車と機関車の維持と更新のタイミングは、おそらくこの先の課題のひとつになるのではないかと思いますね。

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花の賑わい、豚の味わい。

2024年05月12日 11時00分00秒 | わたらせ渓谷鉄道

(花の駅、「こうべ」じゃなくて「ごうど」だよ@わたらせ渓谷鉄道・神戸駅)

桜の水沼を後にし、やって来た列車は、後部に増結車を配した2連。日帰りバスツアーの団体客の入れ込みがあった模様で、春の桜と秋の紅葉はやはりわたらせ渓谷鉄道の一番の書き入れ時であることを実感する。到着した神戸駅は、満員の2両編成から吐き出された観光客で大混雑。始発駅の桐生から乗り越してきた客で車掌さんも大わらわ。花の駅である神戸駅、桜は満開であったが、残念ながらハナモモは終わっていた。それにしてもこの人混みよ。「ぐんまワンデーフリーパス」はこの先の沢入(そうり)駅までなので、ここで東武DRCを使った列車レストラン「清流」で食事でもして折り返そうかな・・・なんて思ってたんだけど、とてもそんな状況じゃないのであった。

花見客で賑わう神戸駅。増結車に乗っていたクラツー客は、駅前に待機させた観光バスでどこかへ行ってしまった。趣ある渋焦げ板塀の駅舎、鮮やかなピンクのハナモモの木の下で、地元の方が椎茸や山菜を売っていました。 駅名は小字(みどり市神戸)からですが、国鉄時代は「神戸」との混同を避けて「神土」としてましたね。転換後に地名準拠に改めたのだけど、駅の看板には手直し跡があったりします。それにしても花の時期の神戸駅はすごいね。普段ほっとんど人のいない場所で撮影しているので、ちょっとの人混みにでも辟易してしまう。神戸の駅、一部を残してハナモモがすっかり終わっていたんで、あまり長居してもな・・・ということで上りの列車で大間々方面へ。それでも神戸から大間々までの返しの列車は、単行のディーゼルでは乗り切れないんじゃないか・・・という大混雑であった。

「帰りは空いた列車で車窓をのんびり」なんていう目論見は、高齢者で大混雑する車内で泡と消え、大間々の駅のホームに放り出される。ここから、「トロッコわたらせ号」を返しのスポットで狙いに行きます。行きます・・・なのですが、神戸の「レストラン清流」でなんか食おうと思っていたので、腹が減っている。まだ返しのトロッコが来るまではそれなりに時間もあるので、「よし、店を探そう」ということになった。大間々の街を撮影地方向に歩きながら、「なんかやってる店屋でもあれば入ってササッと食うか」なんて考えつつ街道を歩いてたら、目の前に現れたのがこのお店。みどり市大間々「双葉食堂」さん。壁に掲げられた豚のシルエットの看板には「味自慢」、そもそも店の看板に「味の良い店」という堂々たる書きぶり。そして、なんだか歴史のありそうな紺色の暖簾・・・吸い込まれるように入店したのは言うまでもない。

お店は、小上がりの畳席とテーブル席があり、広めの店内。プロパンガスからガス管直結の焼き台。カツ丼とか中華もあるけど、このロケーションを見てホルモン焼きに行かないって選択肢はねえのよ。ということでひとまずオープニング生ビール(中)を注文しメニューを眺めながら、「お姉さんお姉さん、カシラと、ヒモと、タンにライス付けてちょうだい」と淀みのない注文。ビールを呑みながら待っていると、ややあって運ばれてきた皿盛りのホルモンは、プリプリ艶々していて見るからに鮮度が良さそう。すべての部位が混ぜられて乗って来るのがこの店の流儀だろうか。そして、つけダレに生のおろしニンニクがそのままぶち込まれているのが気取りがなくていい。これはメシと酒が進みそうだ・・・

焼き台の上は網ではなくて陶板のような鉄板のような平板であった。焼け焼け。食え食え。一人焼肉は食べるのと焼くのとに忙しく、五郎さんじゃなくても頭の中はモノローグになりがち。肉を焦がしちゃ勿体ないし、焦がさないように丁寧に面倒を見て、育てて・・・と思うけど、多少焦げ目をつけた方が美味買ったりもするし、さりとてほっとくと焦げすぎてしまうし。肉感があって旨味の強いカシラ、コリコリと歯ごたえが楽しいタン、そしていかにもホルモンらしい味わいのヒモ(シロ)。割と群馬のほうって養豚が盛んで、豚ホルモンの料理(渋川・永井食堂の「モツ煮込み」とかね)が食文化として発展しているけども、ふらりと寄った街場の大衆食堂でも、非常にクオリティの高い味が楽しめる懐の深さがあるね。

こんなお店で豚ホルモンを焼き、ニンニクをガツンと効かせたタレでメシをモリモリ食う喜び。明日への活力である。
ごちそうさまでした。

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春のうららの黒保根に。

2024年05月08日 22時00分00秒 | わたらせ渓谷鉄道

(わたらせの桜満開@黒保根運動公園)

水沼駅に隣接する黒保根運動公園の桜。現在は桐生市に合併していますが、昔はここは勢多郡黒保根村。ここ水沼の駅前に村役場が置かれていました。わたらせ渓谷鉄道線に沿って、駅周辺に続く桜並木が見事です。この日は晴れ予報ということで勇んで出かけて来たんだけど、青空が見られたのはほんの少し。この時期は晴れていてもガスったり、中国の方から黄砂が飛んできたりとなかなかすっきりとした青空を望む事が出来ません。まあ、雨が降らなかっただけマシということか。満開を少し過ぎ、爛熟の桜に風が吹けば、はらはらと風に散る花弁。年配の夫婦がのんびりと歩く後ろ姿。黒保根の、麗の春です。

桜並木の中を、わたらせ渓谷鉄道の看板列車である「トロッコわたらせ号」がやって来た。DE10に、12系客車と京王5000系を肉抜きしてオープンエアにしたトロッコ客車の4両編成。観光列車なので、満開の桜を楽しむようにゆっくりと走って行く。トロッコ客車のお客さ んも、身を乗り出さんとばかりに満開の桜に触れ、わたらせの一杯の春を満喫しているようだ。かつて、産出された銅や精錬で使う硫酸を運んだ「あかがねのみち」は、すっかりと四季折々の花や紅葉を楽しむ関東屈指の観光路線となりました。JRではハイブリッド機関車に追われ、風前の灯火であるDE10が元気に活躍しているのもいいですね。元々、足尾線時代の貨物輸送は蒸気機関車の時代はタンクのC11、無煙化してからはDE10で行われていたそうなので、馴染みの機関車ではあるんですが。

そう言えば、終点の足尾から日足峠を抜けてバスで日光に出れば、下今市でもDE10がSLの補機として頑張っていますし、真岡鉄道でもSL列車のサポート役がDE10だったりするので、北関東は何気にDE10天国ですね。三セクや私鉄にDD51が譲渡された事例はないですけど、セミセンターキャブで軸重が軽く使い勝手の良いこの機関車は、線路規格の劣る国鉄ローカル線にはうってつけなんでしょう。どっちかと言えばヤードの入れ換え機や、ローカル線の小貨物をけん引する役割で製造されたのがDE10という認識なので、本人もこんな形で生きながらえるとは思わなかったろうなあ。

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