誰かに頼るな、徹底的に自力で考えろ

2009-02-07 08:00:10 | くらんど
だいぶ書き直して今に至りますが、これで決まり。


しびれました!










いやーしびれる!!


ひさびさにしびれました笑。

変わらないです!

2008-08-17 01:01:32 | くらんど
今日は、こどもの言葉も大人の言葉について考えてました、

あまり変わらないなと思いましたー。



子供たちの会話の一部抜粋


「日本一すごい」

「じゃあこっちは世界一!」

「それならこっちは宇宙一!」



新聞の月例経済報告一部抜粋


「弱まっている」

「回復は足踏み状態にある」

「踊り場的状態」



子供も大人も、感覚的かつ主観的に曖昧な表現をしていますね。




子供たちの会話の一部抜粋


「バカだから入らないで」

「キモイから触らないで」



野党の話一部抜粋


「今の与党に任せておいたから、こんなに酷いことになってしまいました」

「今の与党に任せておけば、将来も酷いことになりますよ」



子供も大人も、

集団の中で、自分の優位性を訴えるのではなく、相手側を誹謗します。



一方でこれは、紳士協定なのか、それとも島国意識なのか、わかりませんが、

少なくとも、「相手の悪口を言うのは卑怯だ」という感覚が

表面上にはどこかあって、日本人には根強いようにも思います。



その感覚が最近薄れているような。

悪口を言ったり、誰かを貶めることで、ほかのみんなが笑う、

というシーンも多いですよね。



自分たち以外をマイナスにすることで、一瞬の浮上感を味わうのは、

ネガティヴ・キャンペーンに類似した心理なんでしょうか。

そういう行為をする人たちを非難しているのではなく、

僕もその一員。


無意識のうちに誰もがしていることなんだなと思いましたー。



茄子

2008-08-16 08:40:53 | くらんど
お宿にて、例の如く茄子のお料理を食べている。写真では左上。

何度もこの茄子のことを書くのは記事が無い訳ではなく無論それが旨いからだ。

食べながら、何故この茄子はこんなに旨いのだろうと甚だ疑問に思って材料を女将に求めた。

曰く、「ポン酢、油、茄子、鰹節」という。

ポン酢はよく知っているそれだろう。油もよく見るが確認したところ一般にあるものと相違ない。

茄子とはナスと違うのだろうかと思ったが書いている自身=坊主の個人的な趣味らしく無意味な字面への拘りだろうと思ういやむしろそうだ。

鰹節も特段変わりないもので料理には大抵使われている。

すると、この旨さは料理機器もしくは調理技術なるものの仕業かと思ったが、

厨房にて隣り合いいくら盗み覗いても変わった機器は使われず、適温の油に茄子を放り込み、

腰に手を当て様子を見つめ不動もしくは右往左往する女将が居るのみ。

すると茄子の料理の中身は特段奇跡の香辛料があるのでもなく、この旨さが実現されていることになる。

ポン酢や茄子やましてや油をばらばらに並べて一度に口に入れたってこの味には及びものは想像に難くない。

そう考えると人の工夫というのは価値になるものだと改めて茄子に教えられた気分がする。


お宿にいる昼下がり、みさきちゃんが工作に取り組んでいた。

そのことをこうして書くのは無論その作品が素晴らしかったからだ。

聞けば夏休みの宿題、材料を尋ねると、「皿紙、はさみ、写真、ペン」だという。(以下略)



アクセス数が伸びてチキンになった僕は日にちを空けて文体を変えてみました。






明日は最後の旅行。


坊主の車窓から

2008-08-14 06:54:58 | くらんど

長野県の最南端に位置し、愛知・静岡両県に隣接、

東西11.4 ㎞、南北9.9 ㎞の不整形をなし、総面積は109.53k㎡、

そのうち93%は起伏のはげしい林野であり山岳重畳、

村のほぼ中央を流れる天竜川とこれに注ぐ各支流沿いの両岸と山腹の一部に

わずかに耕地が存在する純山村を呈している。


昭和31年9月に旧平岡村と旧神原村が合併した当時の人口は6000人を超えたが、

経緯として大きかったのはおそらく高度成長期、

若年層の都市部への流出に始まり、

産業衰退・利便性低下・税収低下・財政縮減・嫁不足・伝統文化継承危機

などなどなどなど、そうして今や人口は2000人を切っており、深刻な過疎化の状況。


平成17年度の国勢調査によれば、

0歳から14 歳までの年少人口が128 人(6.3%)に対し、65 歳以上の老齢人口は979人(48%)、

ちなみに12年の国勢調査によると

0歳から14 歳までの年少人口が166 人(7.4%)に対し、65 歳以上の老齢人口は977 人(43.6%)というわけだから、

人口構成だけではなく近年の傾向として数字でみてもハッキリ、まさに「少子高齢化状態」な村なのだ。



さあ、あなたには何ができますか?




そ~んなでかいことをね、昔、真剣に考えていた坊主がいました。

その坊主は、

村で一生懸命やってる方々に失礼にあたらないよう最低限学ぶべきは学んどこうと思った次第で、上述のことやら、熊谷家の伝記やら、

村に行かない時期にあった出来事、たとえば南信濃村の合併についてとか、

勝手にケーススタディしてこっそりガリガリ勉強してたそうな…。




その結果として、その坊主は大人の人たち、

政策に関わっている人たちはもちろん、そこで働く人たち、

生活しているおじいちゃんおばあちゃんと、そういった話題でも、

たくさんのことを学ぶことができたそうな…。


余談だけど、その坊主には、小学生のころ、

大好きな地元のおすしやさんがあって、

おすしも雰囲気も好きだったのだけど実はそこの大将が大好きだったそうな…。

「新聞・週刊誌はいくつも読んでるよー話題豊富に持っておかなきゃね」

なんて言われたのがきっかけで、なるほどー、なんて思って、

小学校高学年のあたりから、情報収集にあけくれて、

人との接触に渇望していたあの頃、

そのころの素養が今の彼に相当役立っているそうな…。



おっと、めんどくさい書き口、それにそんな個人的な話はどうでもいいですね。






子供と一日中かかわって「子供好きなの~?」とかよく言われるけれど

別に子供が好きかどうかということで選んだわけでもなく、


ごく控え目にいって「興味があった」し、好きというとやっぱりなんだか違う。

誤解を恐れず、はっきりいうなら好きじゃない。断言できる。

「好き」という言葉は何だか「生ぬるい」とも思うし、

「きゃーかわいいー」だけではないのよ、というところをたくさん知ることができました。

もちろんそれでもやっぱり素敵、と思えるところもたくさんある。

なんだろう、そもそも「こども」という区分が気に入らないのかもしれない、

人として僕は接しました。

だから他の人よりもずっと、彼らに対していらいらしたこともあったような気がする、

子供用の自分を用意したわけでもないので。

(そりゃ言葉は子供のわかることばに限定したり、そういう工夫はしたけども。)


まとまらなくなってきてしまったな、。


ここまで経験してきて、にわか勉強ではあるけれども自分なりに

村のことも知ってきた上で、


僕がこのスクールに参加するようになった意義というのは、

参加した時から今でも強く感じている、


それは、


少子高齢化・過疎化に対策をしたいのであれば間違いなく、

「子ども」に焦点をあてるべきだということだ。



財源が税金という特殊なものであっても、たとえ子供が票にならなくとも、

子供に不慣れな人たちが多くても、

村の持っている、時間・能力・資金などの有限の持ちうる資源を、

できるかぎり早く子供に集中的に分配した方がいい。

改革したいとかなら、尋常じゃないくらいやってもいいと思う。

過疎地というのは多いけれど、今、都会に疲れている人も多い。

「素敵に子育てできる環境」を用意したら勝ちだと、そう思う。

そのためにはまず家族にとっての宝である子供が、如何に幸せに暮らせるか、

そういう環境を用意できるかどうかが、大事な指標になるのだと思います。



それは平成10 年のこと、ある長野県最南端に位置する村での出来事、

児童生徒数の急激な減少に伴い、

小学校における「適正規模での教育」という観点から

3つの小学校と1つの分校を1つに統合したそうな…。

その結果、学校運営の効率化等は図られたものの、

休校となった地域の人たちと子供達とのふれあいは激減し当該地域の過疎化・

少子高齢化を一層早めるという大きな課題を生じさせたそうな…。

「適正規模での教育」というのは聞こえはいいけれど、

たとえば現状でこのまま進むと、「複式学級」になりそうな…。


ここはぜひ!

子供達を育てやすい場・また幅広く受け入れる場を設定し、

さらに地域住民との交流を大切に、そんな企画を!環境を!支援を!。


こないだのキャンプとかまさにそうだと思うのだけどなー、


子供のためにっていうことで、

どれだけの村の人々がどれだけの労力使って

集まってやってくれたかっていう、そういう力といったらすごいと思うのだ、

僕は。人が集まって騒いで、楽しくやって。

夏祭りだけじゃないんだ、こういう機会の作り方もあるんだって思えたものね。


山村留学制度も導入するようになった今、どう考えてもその気風だ、

その勢いで、受け入れ児童生徒の拡大や統合により

休校となった学校跡地の有効活用、

地元のご年配の方々のとの交流とかもね、

農作業とか歴史を教えてもらう代わりにパソコンとか英語教えてあげたり、

詩吟歌ってもらうかわりに合唱してあげたり、

舞踊教えてもらう代わりにヒップホップとかバレエをやるとかそういうのあっても、

生きがいの一つにしていただけるかもしれないし、

子供たちのいい経験になるかもしれないし、いいんじゃないか。


もっともっと本気でエグイことを言うと、


「子供手当て」というものを作るべきだ。生まれたらいくら、

という額を引き上げるだけでなく、月にいくら、という手当てを出すべきだ。

そしてそれは驚かすくらいの圧倒的なものでなければならない。

そうしたらあとは宣伝を工夫するだけだ。


財源はどこから引っ張るの?なんて聞こえそうだけれど、捻出できるはずだ、

「改革には痛みが伴う」なんていう言葉あったけど、

トンデモ論を繰り出していいのならば、給料を引き下げること。

これが一番簡単。しかし、ひと世代分、しんどい思いをするかもしれない。

そうじゃなかったら、子供がみずから、お金を生み出すシステムを、

誰かが作り上げることだ。子供のブログを作ってランクを

引き上げてアフィリエイトつけたり、子供の作ったものを世界を顧客にして

売ると(大人は検索上位に引き揚げる努力をするとか)、

何かに特化した能力をつけるプログラムを用意するとか、

まあでもトンデモ論ばかりだけれどね…。。




でもね、どー考えても、これは大きなチャンスだと思う。



よし!!立ち上がれ!少年達!!(笑)。






いや、これはどう考えても大人の皆さんですよね。


ね…。


ね…。


本日日差し照る日中、2人の少女に連れられて盟友レタスと向かった、

丸太のベンチと石のテーブルある場所、

ああそうかここは秘密基地、作戦でも一つ練ってみるかと過去の自分を思い起こし、

スケールの大きすぎる地図を広げよくわからない作戦を妄想していた

勝手なアホ坊主が一人、いたそうな…。



前日綴ったように、どこか意識の遠くにいってしまう昨今、

時間も空間も別の意識に行ってしまうそれを、「旅」として記事にし

「車窓から」なんて題で洒落てまとめてみようと企んで取り組んでみるが

失敗、今し方俯瞰して眺めると頬が紅潮する、全くの阿呆だったと気づくが遅い、

他の記事に差し替える余力もない今、

坊主の乗った車内には頭でっかちな坊主の違和ばかりが際立つのでした。


ね…。



伊武雅刀は君たちに語りかける

2008-08-12 08:13:24 | くらんど
昨日夕方にさばんな君は帰路につき、

昨晩未明まったく同じ方法で飯田にたどり着いたのは、せみ君。

さばんな君と申し合わせたわけでもなくこのようになったのは

馬鹿なのか、熱い思いなのか、そういう話を書こうと思ったけども

そんなことはどうでもいいね笑、

どっちにしろ僕としてはとっても楽しかったので良かったです笑、ありがとう。


この日は予測できていたので女将さんが事前に飯田のホテルを

予約してくださいました。ただしチェックインは24時より前でなければ

ならないそうで、そのために僕は

おいしいご飯ゆっくりいただきたかったのに一人夜の電車に。

そういうわけで行きは少し寂しかったのだけど行って正解、楽しかった~。

たいへん趣のあるホテルで、夜行くとかなりの雰囲気が出ました笑。



ちなみにこうやって過ごせたのは、女将さんがくれたお小遣いのおかげ。

日銭かき集めて生活していた僕の貯金が底をついていたのを知っていたのかは分かんないけど


「これしか出せないのよ!」なーんてね、行きがけに掴ませてくれたお札、そしてあの表情、そういうのってすごく僕はよく覚えてる、一生忘れないと思う。

そして、旅立つときのさみしさ。ね。「実家なのか!?」とか思っちゃった、本当に。ほんと大好き、かまや。


ちなみにその飯田の夜は楽しめました、目的地もなくとことこ歩いて

雑談しつつ、アップルロードの別の顔を見たね、ピンクでグレーでブラック。


きっと今の君たちからしたら

青少年健全育成委員会や大人な皆さんによってこっそり

遮られちゃうようなそれも、いずれゆるやかに裏切られるとともに、

だんだんと知っていくのさ、ああこれも社会の縮図なのか…ってさー。


そんなこと考えていると君たちにぼくはおもう。


女子のみなさんはドラマなど見て憧れ、期待半分不安半分で

ぎこちないデートなど繰り返し、

騙し傷つき裏切って振り回されそうやって、柔肌が駆逐した後に

出てくる芯のある大人の魅力ね、そう、それはたとえば中森明菜。

少しだけ純朴さを失うかわりに、どうか芯のあるアモーレになってほしいものです。

きっとこれに関しても女将さんは共感、理解してくれると思う笑。



ちなみに男子たち、男たちにはそう甘くないぞ、


誰みたいにとかじゃなく、戦え、戦うのだ。




誰とだって?、伊武雅刀さ。






「子供達を責めないで」伊武雅刀



《動画が見れない人のために、歌詞》

・・・・・・・・・・・・・・・・

「子供達を責めないで」


私は子供が嫌いです
子供は幼稚で礼儀知らずで気分屋で
前向きな姿勢と 無いものねだり 心変わりと 出来心で生きている
甘やかすとつけあがり 放ったらかすと悪のりする
オジンだ 入れ歯だ カツラだと はっきり□に出して人をはやしたてる無神経さ
私ははっきりいっで絶壁です

努力のそぶりも見せない 忍耐のかけらもない
人生の深みも 渋みも 何にも持っていない
そのくせ 下から見上げるようなあの態度
火事の時は足でまとい 離婚の時は悩みの種 いつも一家の問題児
そんなお荷物みたいな そんな宅急便みたいな そんな子供達が嫌いだ

私は思うのです この世の中から子供がひとりもいなくなってくれたらと
大人だけの世の中ならどんなによいことでしょう
私は子供に生まれないでよかったと胸をなで下ろしています

私は子供が嫌いだ ウン!
子供が世の中のために何かしてくれたことがあるでしょうか
いいえ 子供は常に私達おとなの足を引っぱるだけです
身勝手で 足が臭い
ハンバーグ エビフライ カニしゅまい
コーラ 赤いウインナー カレーライス スパゲティナポリタン
好きなものしか食べたがらない 嫌いな物にはフタをする
泣けばすむと思っている所がズルイ 何でも食う子供も嫌いだ

スクスクと背ばかり高くなり  定職もなくブラブラしやがって
逃げ足が速く いつも強いものにつく
あの世間体を気にする目がいやだ
あの計算高い物欲しそうな目がいやだ 目が不愉快だ
何が天真爛漫だ 何が無邪気だ 何が星目がちな つぶらな瞳だ

そんな子供のために 私達おとなは 何もする必要はありませんよ
第一私達おとながそうやったところで ひとりでもお礼を言う子供がいますか
これだけ子供がいながらひとりとして 感謝する子供なんていないでしょう
だったらいいじゃないですか それならそれで けっこうだ
ありがとう ネ 私達おとなだけで 刹那的に生きましょう ネ

子供はきらいだ 子供は大嫌いだ 離せ 俺は大人だぞ
誰が何といおうと私は子供が嫌いだ 私は本当に子供が嫌いだ!!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




これこそ真の青少年健全育成委員会じゃないかと思う。

なんていうかね、奮い立つものがあるよな。


立ち上がれ、少年達。



追記


あ、そういえば、ありがとうね、ほんとうに。せみくん笑。

せみくん過ごしたこの日なので、せみくんが好きそうなテイストで

書いておきました笑。僕なりの御礼ということで。



ありがとう。



すすぎの僕は選ばれない

2008-08-11 22:07:42 | くらんど

今日は朝早くから昨晩の片づけをして(僕は洗濯機の様ないびきをかいて起きなかった)

朝ごはんを頂いて(洗濯機のすすぎのようないびきをかいたことを子供やさばんな君に咎められ)

トマトを取りにいって(洗濯機のようないびきをかいていたのを本当かもと思い始め)

昼ごはんも頂いて(洗濯機のようないびきをかいていたことを恥じて)

夕方になってさばんなくんは帰って行き(本当にありがとう、ごめんなさい…)

お宿に戻りました。

レポートはこの辺で、

詳細は女将さんにお願いして、http://yamanoyado.livedoor.biz/archives/51476122.html

この日思ったことをつらつら。本当にありがとうね、さばんなくん。



昨日はたくさんの村の方と会えたので、折にふれ

「最後です、お世話になりました」なんてお話をしました

すると「今後はどうするの?」という旨のことばをたくさんいただきました。



それには大きく分けて2種類意味があって、



僕が今後どうするのか、

という意味と、



この活動へ協力する人は今後いるのか、

という意味と、


あったのですが、


僕の今後の話はここでは書かないとして、後者の質問には、



協力してくれる、来てくれる、そういう人は今でもいるし

今後もいると思いますが、僕のような役割をする人は僕の探す限りは

いませんでした、と答えました。



それは「器がどうこう」とかそういうことではまったくなしに、


たとえば今のスクールと同じことをしようと思ったら、

「みさこさん2」みたいな人が出てこない限り、無理だろうし、


僕と同じことをしようと思ったら、

「くらんど2」みたいな人が出てこない限り無理だと思うからです。


つまり人が変わるならやり方も変えるべき(変えるしかない)と思います。



ここで組織とかそういうものがあれば、

役割に座る人が出てくるのかもしれませんが、

僕にはそういうものを作る力はなかったし

個人的に誤解を恐れずいえば、



「旗振り人が一人」で、ついてくる人がいる。



という在り方が僕は大好きだったのです。



もちろんそれで不具合もありますが、僕はこの4年間で

「やらされ感」というものも経験し、見もしました。


ぼくがこの村でいろんなことをして、

「何がいいか」と考えてきて、

結果として僕が考え付いた結論は、次のようなこと。


自分にとって、

「できること」、「すべきこと」、「やりたいこと」の、

中心で、村の人たちも同じように「いいねえ」なんて

共有してもらえるところに、

自分なり、自分のやろうとすることを、位置づけること。



その結果が僕にとってはこのスクールで、

はじめはとにかく経験させていただいて、

皆さんにもよく見ていただいて教えてもらって、

自分なりに考えてあれこれ相談させてもらったり、

お話しするにつれ、女将さんとすっごく気が合うし、

話しやすいし、気持ちが想像できるからとってもやりやすかったしと、

とにかく恵まれた環境でできたのでした。

僕の場合はそういう変化や経緯があって、本当に幸運、幸せでした。



人の集め方だったり人選だったり説明の仕方だったり交渉だったり

そういうことは経験と知識と想像で積み重ねていって

いろんな人の協力を得て、できるようになりました、


だからマニュアルなんてなかったし作る力も、

そういうつもりもあまりありませんでした。



だから、あんまり気にしないでねーと、来てくれる人にはよく言いました。




ちなみに、人選に関して。



「人罪、人材、人財。

 ただ単に人数的な埋め合わせならば、それ程の必要はないし、

 賛成できない50人ならば、0人の方がいい」



ちょっと頑固だし、誇張もあるかもしれないけれど、

僕は経験からそう学びました

女将さんもきっと概ね同意見もしくは理解してもらえるはず、




「信じられる人が悩んだ末に出す答えなら、たとえ8点でもいいと思える。」

とかそうやって思える方です、僕は。僕はね。




そういうこと考えてたので、

僕のような人は絶対に選びたくない(選んではいけないし、選べない)

と思ってたし、実際にいませんでしたけども。



だから、質問にはそう答えたのです。




今日は君たちが、活性化したのかもよ

2008-08-10 10:07:12 | くらんど
昨晩サバンナ君は、東京新宿より最終バスで天龍村を目指しやってくるも

飯田に25時あたり着予定との連絡で、そこでなんとか夜を明かし

朝の始発で飯田からやってくるとのこと。



そこまで無理をしなくてもと思ったので理由を聞くと、

「できる限り参加したいから」だそうだ。確かに朝一から参加するとなれば

その方法以外にない。約6時間かかるし、各交通機関との連結を考えれば

今朝の始発で新宿を出たとしても間に合わないのだ。

ちなみに夜行列車でも、無理。みんなと一緒に揃うところから

いたいという、すごいこだわり。翌日にはまた仕事、すぐ帰らなくてはならないのだ。



入社し間もない社会人のサバンナ君は今、轟音かき鳴らすバンドに夢中、

ライブで鞭うち状態になるほど頭体を振り乱す一方で、

いっぱしの薬剤師として働いているのだ、

仕事と趣味のバランスをとるという意味で健全な生き方かもしれないが

精神衛生上どうなのかとかいうことはひとまず置いておいて、

とにかく知識も神経も常人よりも使うんだろうと思う、

しかしかつて学生時代に訪れたここで子供たちに

「また来るよ」と言い残し帰りいつもの生活を送り社会人となり

すぐまた再びここに約束通りきてくれた、本当にすごいと思う。

その純粋さが変態ロックへの

傾倒によって得られるものだとすれば僕も一度行ってみようかな、

なんて思ったりした。



そういうわけで昨日の夜、

サバンナくんの到着予定をお宿の旦那さんと女将さんに伝えると

「飯田で始発待ってどこに泊まるのよー」なんて心配してくださった。



女将さんはすぐさまネットで飯田の宿情報を検索し電話かけてくれたりして

空き室確認などしてくれたが当日予約&25時以降のチェックインが

どうしてもできないそうだ。



そこで旦那さんは「ちょっと寝てまた下りてきなさいくらんど君」なんて言う、

聞けば、飯田まで旦那さんが車を出して迎えにいくとの由、



でも僕は知っていた、

今日もお客さんがいるから旦那さんは登山口までお客さんを送っていく

仕事もある(午前3時)のだ、、

すると旦那さんはさばんなくんを迎えに行って帰ってきてお客さんを送って

そしてまた仕事に出て、キャンプをする。


要するに

今日一日をほぼ不眠で過ごさなければならなくなる。

えーという顔を僕がした時点で、「だいじょうぶ覚悟してるんだよ」なんて

旦那さんの表情、僕はこういうとき何も言えない。



経緯をサバンナくんに説明すると

「申し訳なさ過ぎるから寝ずに飯田線を走ります」だって笑。



元はと言えば僕だって、泊まる場所とかなんとか心配してあげるべきだった、

いたらなかった自分を含めて、「申し訳ないです」と伝えると、



「でも~嬉しいじゃないそういう気持ち、

こっちだって元気に過ごして楽しんでいってもらいたいから」と、女将さんが。

もうね、こういうときも僕は何も言えなくなる。



とりあえずぼくは、「かまや」は本当は

「神屋」なんだと、朝にみさきちゃんとみつきちゃんにつたえた。




ちなみに、

今日のキャンプでの花火のために、




さとこさん(さとこも社会人)はNHKのテレビ番組のスタッフとして

時間に追われ叱られ凹みなんて日々の(はず)中で、



「本当は村にとっても行きたいけど

どうしてもいけない、だからできることなら何でもする」とのことで、

地元で花火を買い求め宅急便にて送ろうとしてくれたが

火気厳禁と一度は断られる、しかし別の方法を探して探してネットで

花火屋さんを検索、

商品ページで片っぱしからクリックしたんじゃないかと思うくらい、

段ボール箱一つ分の花火を用意してくれた。

「たぶん十分だと思うよ」なんてメールが届いていたけれど、

それは社会人の羽振りのよさといいうよりは、

子供たちへの気持ちというほうが正しい。これはすごいことだ。



後日来てくれる、せみくん(せみくんも新社会人)も、



「その日はいけないけど協力するぜ」なんて具合に、

デパ地下でまだまだ不慣れな仕事を一生懸命こなしつつやっととれた

休日を利用して、花火の街、浅草橋へ。花火の問屋に行き有名店にて、

キャンプに参加する子供の年齢と人数、場所の広さや日程や時間帯などを伝え、

購入する花火の種類、その順番、方法まで、一式花火師さんにしっかりと

組んでもらったそうだ。こちらも段ボール箱にいっぱいの花火が届く。

値段を見るとかなりの値段、さすがに諭吉まで越えていってしまうと、

金あるなーと思ったりもしたけどこれもすごい気持ちだよね、

子供たちをよろこばせたいとかそういうすごい気持ちだ、

で、その花火の説明をわざわざメールで書き換えて送ってくれて

さすが花火問屋、順番だけでなく、ポイントや、利用方法について

事細かな注意書きがあるななんて

感心していたけれどむしろ、せみくんに驚く。すげえな、せみ。




もちろんサバンナ君も花火を持ってきてくれた、せみくんの花火を見るなり

負けたーとか言ってたけど十分です笑、袋いっぱいに用意してくれたのだ。

おまけに、お菓子もたくさん。「こどもたちにどうぞ」だって。




それで、今日。川遊びや、お風呂や、バーベキューや花火、テントでお泊り。

それについても書くと相当な文字数になるので、敬省略させていただくことにして

とにかくね、今日は、上述の仲間を含め、今日から学童クラブに

参加してくれることになったレタスくんも含め、

役場や教育委員会の方々&有志の皆さんや、

お母さん方や、ご家族の方、村のいろんな人がいろいろと手配してくださって、

そんな風に、たくさんの人に、支えられながら今日一日は

成り立っていました。これも、本当にすごいことだ。






すごいすごいと今日は、やたらにわざと書いた、それは今日に、

活性化っていうのはこういうことなのかもしれないと

本気で思えた瞬間があったからだ。








きみたちにはこういうことがあと何度あるだろうか、ちなみに僕にはもう一生ない。

ついつい機会というものは「またいつか」なんて、

無限にあるとか思いこんじゃってたし今でも思いこんじゃうけど、

たとえば満月を見上げたのも数えてみれば人生できっと数回、

こうやって考えでもしなければそれすらも今後なかったかもしれない。





きみたちがその時、そこにいるのには理由があるし、

いつかきみたちがそこを去るのにも理由があるんだろうと思う、

きみたちがいるそこにはすべてがあるし、

だから受け入れてくれているそこがすべてなのだ、




つまり場所が変われば人も変わるんだろうし、

人を大事にするには場所を大事にせねばならないし、

すべてを生むのはその場所だということだ、




なんていうことをいつか、きみたちが本気で思えたら、それを

活性化というんじゃないかと思ったのだ。




それでもきみは登山するか?

2008-08-09 00:56:37 | くらんど

翌日のキャンプに向けて買い出しに、お出かけしました。

お休みの日にはよくTV観ます、とはいってもくぎ付けということではなく

平日と比べて比較的に、テレビっ子寄りに少しだけ傾くという具合。

お宿の旦那さんはプロジェクトXやプロフェッショナルなどが好きだそうで、

生き様やポリシーの現実のもの(ドキュメンタリー)が、響くのだとか。


成功した人が何をどんな風にして成し遂げたか、

というのは人々の興味を引くようで、たびたびメディアでも目にします。

ただ、大成してしまうと一般人から遠い存在となり、

雲の上の人になってしまうため、偉人伝にピンと来ないことも多いかと思います。

しかし成功した人でも打ちひしがれるような思いや、

不幸を味わう経験をすることも少なくないよう。


直接成功へつながる方法とかそんな目で見ることよりも、

旦那さんのように

どうしてこの人たちがどんなふうに逆境を乗り越えたか、ということ

に注目しても面白いかもなーと思いました。


僕の知ってることをつらつら。


1832年の春にビジネスのトラブルから無職になり、その後1835年には恋人を亡くし、かなりの打撃を受ける。1832年に州議会に立候補したが落選し、それから数えて合計8回の選挙に落選し、結婚すると次男を病気で亡くした。


エイブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln)
第16代アメリカ合衆国大統領。アメリカ国民に最も愛された大統領。


2ヶ月早い未熟児として生まれる。子供の頃反抗心旺盛で、よく罰を受けていた。寄宿学校に入れられ両親はあまり訪ねて来ることはなく、父親ともあまり話をしたことがないと自身が後に述べている。子供の頃には言語障害があり、何年もの間苦労した。寄宿学校を出てから士官学校に入るのに3度も落ちている。1922年、1929年と選挙で敗北。


ウィンストン・チャーチル(Winston Churchill)。イギリスを第二次世界大戦を勝利に導いた戦時内閣の首相である。



大学在学の頃、平凡な学生、化学の成績は22人中15番目であった。



ルイ・パスツール(Louis Pasteur)。狂犬病やコレラのワクチンを発明した生化学者、細菌学者である。


医師の道になじめずあきらめた時、彼の父親に「動物を捕まえることしか脳がない」と言われた。彼自身の自伝にはこう書かれている。「父親や師範からはごく平凡な子供と思われ、どちらかというと一般の知性レベルに達していないと思われていたようだった。」


チャールズ・ダーウィン(Charles Darwin)。進化論の方向性を確立し、生物学で重要な功績を残した自然科学者である。


小学校の教師に「学習する知能がなさすぎる」と言われ、仕事は2度「生産性がなさすぎる」と解雇され、電球の発明に1000度の失敗があった。後にインタビューで記者に「1000回失敗したという気持ちはどういうものですか」と尋ねられ、「1000度の失敗したわけではない、1000のステップを経て電球が発明されたのだ」と答えた。


トーマス・エジソン(Thomas Edison)。発明王の異名を持つ発明家。


4歳になるまで話すことができず、7歳まで文字が読めなかった。両親は彼の知能が低いと思い、先生の一人は彼のことをこう表現した。「精神的に遅れており、社会性はなく、いつまでもとりとめのない空想にふけっている」学校を退学になったあとチューリッヒの学校から入学を拒否されている。後になんとか読み書きができるようになった。



アルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein)。相対性理論を築きあげた理論物理学者。20世紀最大の天才と言われる。



自身で作った会社は当初、運営に行き詰まり、10万ドルでその権利をウェスタン・ユニオンに譲ると申し出た。その申し出は「電気のおもちゃを作る会社で何ができるのかね?」と冷たく拒否された。


グレアム・ベル(Graham Bell)。後のAT&Tとなる。アメリカ合衆国最大手の電話会社。


ヨーロッパの科学者の集まりの演壇で、初めて自論を披露したときブーイングを受けた。


ジークムント・フロイト(Sigmund Freud)。精神分析学者。精神力動論を展開した。


子供の頃から恥ずかしがりで一人で時間を過ごすことが多かった。高校のイヤーブックスタッフに描いて提出したマンガは全て却下された。


チャールズ・シュルツ(Charles Schultz)。スヌーピーで知られる代表作「ピーナッツ」の漫画家


自動車会社が成功するまでに7度の失敗、5度の破産をしている。



ヘンリー・フォード(Henry Ford)。自動車会社フォード・モーターの創設者


高校のときにバスケットボールのチームから外された。彼はその後「人生において何度も何度も失敗した。だから成功した」と伝えている。


マイケル・ジョーダン(Michael Jordan)。バスケットボール史上最高のプレーヤーとなる。


子供のころは非行少年で両親もお手上げで、矯正学校に入れられた。ホームラン記録を作るまでは三振記録も持っていた。714本のホームラン記録に対して、1330回の三振をしている。


ベーブ・ルース(Babe Ruth)。アメリカのメジャーリーグで、34年間ホームランの最高記録保持者であった。


新聞社で編集長から解雇を告げられ、その理由は「彼は想像力に欠け、よい発想は全くなかった」と言われた。ディズニーランドを建てる前に何度も破産し、テーマパークもアナハイム市から、どうでもいい連中しか寄せ付けないと、建設を拒否された。



ウォルト・ディズニー(Walt Disney)。アニメーション・漫画の巨匠


21歳のときのオーディションで、配役のディレクターに彼女の頭はゆがんで、美しくなく、写真写りもよくないと言われ、映画の配役には向いていないと言われた。彼女は「自分のやり方で行くしかないわね」と自分につぶやいたそうである。


ジャンヌ・モロー(Jeanne Moreau)。100作品もの映画に出演し、1997年にはヨーロッパの映画アカデミーで賞を取る。



高校のときに「最も成功しそうにない少年」というタイトルで選ばれ、いじめられっこで女の子にももてなかった。初めての役柄はベルボーイ役で、当時の副社長に「君は才能がない」と言われた。



ハリソン・フォード(Harrison Ford)。スターウォーズやインディ・ジョーンズなどで人気俳優となる


学校の校長先生に「君は一生肉体労働者だな」と言われた


マイケル・ケイン(Michael Caine)。「アルフィー」などに出演のイギリスを代表する人気俳優となる。


父親はアル中で死去、母親は精神病にかかり、孤児院や貧民院を転々とする。ハリウッドは当初チャーリーのパントマイムをナンセンスだと酷評した。


チャーリー・チャップリン(Charlie Chaplin)。「喜劇王」と異名を持つ、俳優であり、脚本家であり、そして映画監督である。


牧師をしていたがみすぼらしいと、伝道師の仮免許を剥奪される。奇行が目立ち精神病院に入れられる。生きている間に描いた絵は800余りほどあったが、生前は一度しか絵が売れたことがなく、その一つも友だちの妹がたった400フランク(約5700円)で買った。


ゴッホ(Vincent van Gogh)。「ひまわり」などで知られるポスト印象派の代表的画家。


家族から召使としての仕事を探すように言われていた。



ルイーザ・メイ・オルコット(Louisa May Alcott)
。「若草物語」を書いた小説家


27もの出版会社に拒否されている。


ドクタースース(Dr. Seuss)。20世紀のマザーグースと評され、アメリカ人に知らない人はいないと言われる絵本作家。


デッカ・レコードのオーディションで不合格であった。コロンビア、パイ、HMV,デッカなどのレコード会社に契約を軒並み断られている。


ザ・ビートルズ(The Beatles)。最も成功したグループアーティストと呼ばれるイギリスのロックバンド。



当時はロックに対する偏見もあったことから、何度も中傷の対象になった。ラジオショーのパフォーマンスは、たった一度でクビにされ、「トラックの運転手に戻れ」と言われた。


エルビス・プレスリー(Elvis Presley)。最も成功したソロアーティストで「キング・オブ・ロックンロール」の称号を持つ歌手


バイオリンを自己流に扱い、自己流に作曲した曲を弾いた。そのことで先生に作曲家としての才能はないと言われる。後に偉大な5つの交響曲を聴覚を失ったまま作曲する。


ベートーベン(Beethoven)。古典派音楽の偉大な作曲家



「成功とは、意欲を失わずに失敗に次ぐ失敗を繰り返すことである。」
"Success is the ability to go from one failure to another with no loss of enthusiasm." 
─ ウィンストン・チャーチル



それもそうだけど、


信じるとかそういうことばを並べてもたいがい、煙たがられる、

ひとまず、長く続けることだと思う。

苦い挫折に終わったとしても残るものはあるんじゃないか?

一概にはいえないのだろうけれど、今の自分はそう思う。


今日の買い出しの費用は相当なものだった。

僕はそれについて自分なりにだけど、知っている。

僕なりにだけどすごくよくわかった。

疑うとかそういうことじゃなしに、本当に長く続けるんだろうなって、

お宿のようにこの活動も、自身の人生の一部に組み込むんだろうなって、

すごく思った。それはすごいことだ。

何も言わなかったけれど、気持ちとか、そういうのもちょっとくらいは

想像できるのだ、長く付き合ったおかげ。


お宿に今の時期来るお客さんには、登山のお客さんが多かった。

登り口までお送りするために朝食を用意したりお送りしたり、

僕がグーグー寝ている頃にも旦那さんも女将さんも、頑張っている。


夜に縁側で旦那さんとしみじみ話をすることがよくあるのだけれど、

なんで登山、どんな魅力があるのですかねーなんて話をこの時期はする。

よくするのだけど、よく聞く。旦那さんは気づいてないだろうけれど、

変ってることがあるもの、男の人はどこか「変わらないことの美徳」

みたいのもってるけれど、一貫性保つために人生送るなんて僕はまっぴら、

実際にそうだと思うし、だからそうやって滲むものを、

そうやって尋ねて知って参考にしようとする

僕も少し卑怯だけれど、悪意はないのですよ、笑。ほんとに。


女将さんは、山登りは私はしないわーなんて言ってた。

けどね、「山を見つけて、上ろうとする、上ってる」

みたいなことをしているのはというのは確か。


そう考えると僕は、スクールをやろうとか、先生になりたいとか

親になりたいとか、そういうのもなくて良かったーなんて思う。

もしそうだったらこんなにここにはいないのだ。きっとすぐにいなくなったな。


僕はどこかで根を失って、だから根無し草のようなもので、

だから「根付く」ということはない、

たとえば今回だって、もしそれをねらったとしても十分失敗してるのだ。


先生でも家族でも友人でも知人でも生徒でも同僚でも学生でも村民でも

ボランティアでも親戚でも、

それらをすべてあたり彷徨ったあげくそのどれにも「なりきれない」、というのが

やっぱりわかったのが今年で、

そういうこと考えたあたりで自分にとって限界なのだ。


他人の山に登ろうとしちゃいけないし、なぜならそんなことやっても勝てないからだ。



瞬足PREMIUM

2008-08-08 23:50:41 | くらんど
なぜこうも最近は、その日の出来事のレポートとは離れたところで思った事ばかり書き連ねるのか。

それはきっと最後だからだ。


余談だけどこうやって長文かけるのは、みさきちゃんが作ってくれた日記のおかげ。ありがたや。

ここあたりの記録はどれも、心象風景が色濃く写りこむよう。

今回は思索した主題が端的にいくつか並べられているという感じなので、それをまとめてここに書くのだ。



何もできない場合
 

 保護者の方なりの悩みや子どもなりの悩みや地域なりの悩みや、僕はこの4年間で

 やや「知りすぎてしまった感」がある。初めのあたりや今でも、たまに他の方に相談することあるけれど、

 「これはさすがに言えないな」のストックはかなりのもので。そういうのは自分に貯まってく。

 なんだか消化不良になっちゃって本人置いておいて勝手に自分が落ちたりすることがあるのだけど、

 そんなことはだれも求めていないよな、まあねとにかく、「図太く」生きたいものです。


 僕には君たちの悩みは根本的に解決できない
 

 たとえば何らかの原因で非行、そして犯罪という破滅的傾向に至ったこどもたちについての報道では、

 その理由として、いろいろなことが検証されクローズアップされる。


 しかし、そういったマイナスの理由をみてみれば愛情不足だのなんだの、

 ほとんど誰でもが多かれ少なかれ持っているもの。

 だから、そのマイナス要因だけですぐに破滅に至るというよりは、

 それに釣り合うようなプラス要因が足りなかったために、バランスを崩すんじゃないかと思う。

 だからマイナス要因ばかりに目を向けて、たとえそれを逐一排除できたとしても、たぶん問題は解決しない

 というのが僕の、この村で学んだ持論。

 
 たとえば、いじめの問題が一時期クローズアップされ、数々の対策が打たれた。

 さて、自殺者総数数は減ったのだろうか?減ったとしても、それで問題を解決したといえるか?


 ではどうするべきだろうか?。

 
 プラスが不足している人々に見られる傾向のうちのひとつは、マイナスがいくら消えたとしても、

 すぐに新しいマイナスを見つけてきて、勝手に落ち込んでしまう際限無い負の連鎖に落ちているということ。


 友人関係が悪く、親とも上手くいかなくて、勉強はできない、周りの多くに見放され、話せる人もいない、

 落ち着ける場所も信頼できるものも何もない今、どん底の状態だ、という場合に、

 旧友と仲直りする、勉強を上手くいかせる、家庭を円満にし、新たに信頼できる人を探す

 というようなことをすべて実行するなんて到底不可能だ。そうやって、もう駄目だと思い詰めたりしてんじゃないだろうか。


 そういう人が、たとえば、生き物を飼ったりすることで、一時的にでも問題が解決するかもしれない。

 この「一時的」が大事である。僕にはそういうことよくあったもの。だからこれは僕の経験からのことば。

 そう考えると生きるというのは、そういうものなんじゃないかとさえ思えてくる。

 

君たちの自己決定権のなさについて
 

A地点


 中学時代のこと。受験期に入っていた僕は志望校をその時点の学力よりも

 高めのところにして担任に提出した、

 数日後、他の先生からふいに「無理だからランクを下げなさい」。

 当然カチンときた僕は休み返上で珍しくガリガリガリガリ、結果は合格で

 気分爽快、その先生にしたり顔で報告すると

 第一声が「勝てば官軍ね…」。


 どうしてこうも「眼鏡で中肉中背、肩が張った服着るおばさん教師」

 というものはムカつくものなのだろう とかいう話は置いておいて、
  
 
 自分の意思が尊重されてしかるべきなのに、他人が理不尽な決定を

 下しにくるということは実社会でもあるもの。

 そんなときは昔の僕のように「お前に決める権利なんてねえだろ!」 
    
 なんて思って意志貫くよりも従う方がずっと楽だったりする。
 
 そんなとき大事なのは、後味の悪さや、後悔についての想像。


 もしあの時ぼくが無難にいうことを聞いたりしていたらどうなったろう

 なーんて。


 自分のことは自分で決める。

 こういう心意気というのは常には発揮できないので(苦笑)

 ここぞというときのため、携えておこうと思う。


反証B地点
 
 ・・・・

 歯が痛いの

 歯医者さん行きなよ

 歯医者さんは行きたくないんだ

 そうか、自分のことは自分で決めなさい、、、なんて言えないな、さすがに今の歳の君のその訴えは、「治療拒否」としては認められないぜ。

 じゃあ何歳になったらいいの?

 う~ん……

 ・・・・

 う~ん…。


 
女性性再考


 あんまり詳述すると不具合があるのでオブラートに。


 老いも若きも、村にいるとよく、

 「男のどうしようもなさ」を節々に感じます。もちろん自分も含めてね。


 スクールにいると、


 中学に行った女子と男子、

 ママさんとパパさん、

 おばあちゃんとおじいちゃん、に会ったりする。

 だからほぼ同年齢の男女を対比できる。

 そしてバイクでこける僕も含めるとね、

 
 どうしてこんなに違うのだろう、男は変わらないのだろうと思った。

 詳しく書けないから伝わりにくいかもしれないのけれどね、

 
 まあ結論としては
 
 きっとあれだ、「生理と出産」、これが大きいのじゃないかと思う。

 女子は肉体的な節目を明らかに経験できるけれど

 男は、ないもんね。


 そういうこと考えたりするとき、さすがに中学生には聞けないし、
 
 おばあちゃんにも聞けない。


 そういったわけで主婦の皆さんとお話する。オープンで話しやすい。

 そしたら、思いがけず、主婦の皆さんの大変さみたいなことまで教えてもらった。

 で、それをまとめると悪魔の辞典みたいな感じになった(笑)。



主婦について


1  外からは平穏な女の道とされる、

   次の機会を暗黙に断ち切られる不払い労働のこと。


2  なるべく目立たないよう従順に、自我を抑え潤滑油になることが

   人間修養だと洗脳される役割のこと。


3  家事全般を取り仕切る立場がほぼ一生涯強制的に続き、

   育児を終わり、あるいは終わらないうちに老人を世話し、

   知らず知らず老化現象に陥り「女」を捨ててしまう行為のこと。
 
  
 
 
男について


1 ほぼ、そのまま。


  ガンダムはガンダムのまま、


  ポケモンはポケモンのまま


  ムシキングのまま。


  ドラえもんいると思ってる。

 



  ああー…、、、がんばろう、男のみなさん。



  そんなことを考えながらふと見た、

  男の子用のスニーカー、「瞬足PREMIUM」。瞬足PREMIUMって…笑。。


  この時ばかりはこの、瞬足PREMIUMも、

  やけに寂しそうに佇んでみえたのでしたー。



ホームステイ

2008-08-08 18:37:07 | れたす
こんにちゎんこ

今日から1泊2日のホームステイが始まりました★
その名も「田舎へとまろう」
村を歩いて泊めていただける方を探し、一宿一飯の恩義をする訳でございます。

ぁたくしはと申しますと・・・。


加満屋さんへとお世話になることに


加満屋さんへの滞在をして感動したコト・・・。

テレビ!

涼しい部屋!!

オレンジジュース!!!

あったかいお風呂!!!!

おいしいご飯!!!!!!!

おいしいお酒!!!!!!!!

ふわふわなお布団!!!!!!!

そして、温かいご家族!!!!!!


何もかもに感動し、物のありがたみをしみじみ実感いたしました。

いきなりお邪魔したのにもかかわらず、受け入れてくださり、また励ましてくれた加満屋さんには、感謝の気持ちでいっぱいです。


ホントにありがとうございました