ときどき、どきどき、美術散歩

アートと老人のあいだをうろうろ

『大往生したけりゃ・・・』を読む

2014年07月20日 | 本でも読むかな

『平穏死』の次は『自然死 大往生』の本も読みましょう。

『大往生したけりゃ医療とかかわるな 「自然死」のすすめ 中村仁一著 幻冬舎新書

第一章 医療が”穏やかな死”を邪魔している

第二章 「できるだけ手を尽くす」は「できる限り苦しめる」

第三章 がんは完全放置すれば痛まない

第四章 自分の死について考えると、生き方が変わる

第五章 「健康」には振り回されず、「死」には妙にあらがわず、医療は限定利用を心がける

終章   私の生前葬ショー

老人病院の一角で仕事しているので、自分の立場からは矛盾するけれども、著者の言っていることに概ね賛成。

この考え方が普及する暁には、老人病院は潰れ、自分は仕事にあぶれるハメになるんだけどね。

85歳から100歳の御老人を相手にしているから、賛成しているのであって、この年齢の方々を介護している家族も65歳をすぎていますから、65歳前のお若い方に医療にかかわるなと言っているわけではないのでご注意。

極端な崇拝をしてかたくなに全医療を拒否するのは「頭悪い」ので冷静に。

著者中村医師の語り口は、毒舌極まりなく、不謹慎。腹を立てる人もいらっしゃることだろう。「生き物」は美しくて醜いものなので、醜いところは笑い飛ばそう。

90歳でも癌の手術をして戦う方を選択されるのも一つ。戦わずして病に負けるのは信条に反するという人もいるので、それも否定しない。戦って死を迎えるのも大往生。

自分自身は、著者の思いと同じである。(これは家族に伝えておかねば。)

介護するほうからみても、干からびて死ぬのはそんなに悪くない。怖くない。扱いは楽である。(超高齢者の骨皮筋衛門様のご遺体とみずみずしい肉体様の御遺体をくらべると、肉のほうが怖い。)

「親は死なないものだと思っている」家族は意外と多いし、口では「もういつ死んでもいいの」といいながら「自分の若々しさ(90にはみえないでしょ)」を自慢される人も多いし、医者から「齢のせい」といわれて怒っている80代の多いことよ。

自宅で大往生できる人は、ほんとうにお幸せ。自宅で死ぬのをみとどけることができる余裕のある『家族の絆づくり』をしてきた人生の人。現代は、家族に介護力なるものがなくなっているので、施設か病院に行くしかない。自然死させてくれる施設はまだ少ないので、施設にいても最期は病院に送られてしまう。

自分自身の最期は「施設で自然死」を希望。自分が特別養護老人ホームを利用するころまでに、大往生自然死の考え方が普及していることを祈ろう。

 


『平穏死』について学ぶ

2014年06月29日 | 本でも読むかな

高齢者に関わるお仕事をしていると『死』は身近にあります。が、『生きるのは大変だけど、死ぬのも大変』な世の中なのです。

「最期」をどのように迎えたいかを話し合っておくのは大切に思います。

『平穏死』の提唱者(?)石飛幸三先生の著書を3冊まとめて読みました。

① 「平穏死」のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか 石飛幸三 講談社 2010年2月

② 平穏死」という選択 石飛幸三 幻冬社ルネッサンス新書 2012年9月

③ 家族と迎える『平穏死』 石飛幸三 廣済堂出版 2014年4月

 

① 「平穏死」のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか (講談社文庫) ②

①の平穏死のすすめは筆者の純粋な思いが感じられます。最初に読むのに良い本でした。

②は平穏死の選択をそれを阻むものは何か「医者の責任」をどうとらえるかを詰めて考察している本でした。

③は平穏死は本人の希望だけでなく、医者も介護スタッフも家族もみんなで関わってできる看取りであるとわかる本でした。

最期の病院と言われるところに職場のある自分。病院の方針や家族の思い、自分の立場や家族の代弁者としての自分の役割を考え直し、職場のスタッフと「平穏死」について話し合えたのはよかったと思います。

施設での平穏死の前提は入院しないで施設で看取ることですが、自分の病院での「平穏死」は難しいことなのでしょうか?病院内でも介護職の専門性を評価してターミナル期の入院患者の介護報酬を算定できれば、医療の過剰な点滴や投薬は減るのではないでしょうか?

介護は家族でも素人でもできるという考えを改めて、介護の専門性を高く評価しなければいけない時代ではないかとつくづく思うのでした。 


コンチェルト・ケルン

2014年06月02日 | 雑記

クラッシックは夫が好きで、夫のそばに行けば、いつも流れているので、「誰の曲?」「どこの演奏?」と思わず尋ねてみたくなる曲を耳にすることもありますが、聞いても解らないしすぐ忘れてしまいます。

そんな馬の耳(に念仏?)のような私でも、夫婦なので、時々連れてってもらえる音楽会が、三鷹市芸術文化センター・風のホールです。

5月31日に コンチェルト:ケルン によるバロックの饗宴 で元気のでる演奏会を楽しむことができました。

『溌剌としたサウンドで聴く バッハ、ヘンデル、ヴィヴァルディ』

コンサートマスターはバイオリンの平崎真弓さん。

オーボエ奏者のズザンネ・レーゲルさん。

ズブ素人のわたしでも 『コンチェルト・ケルンのアクセントの程良く聞いたダイナミックなサウンドが交わす、愉悦にみちた音楽の対話』はこころに響きましたよ。

 < 曲 目 >

 

ヘンデル:合奏協奏曲 ト長調op.6-1

J.S.バッハ:ヴァイオリン協奏曲 イ短調 BWV1041

ヴィヴァルディ:弦楽のためのシンフォニア ロ短調『聖なる墓にて』RV169

J.S.バッハ:オーボエ、ヴァイオリン、弦楽と通奏低音のための協奏曲 BWV1060

ヴィヴァルディ:弦楽とチェンバロのための協奏曲 ト短調 RV156

J.S.バッハ:オーボエ・ダモーレ協奏曲 イ長調 BWV1055

ジェミニアーニ:コレッりのヴァイオリンソナタ「ラ・フォリア」OP5-12による合奏協奏曲ニ単調

(アンコール曲)

C.Avison/D.Scarlatti from12 Concerti in Seven Parts Concerto No.6,第2楽章よりCon Furia

F.Martin Sinfonie in g-moll,第2楽章

平崎真弓さんのバイオリンを演奏する姿やお顔の表情が喜びに溢れているようで、バイオリンの精がダンスしながら音を紡ぎだしているような印象をうけました。平崎真弓さんご本人もバロック・ヴァイオリンを弾いていると、私にとってはとても自然体で、楽器が身体を通して伝わる響きと共鳴にはいつも新鮮な感動と共に、また全く自分の身体の一部の様な一体感があります。』と言っているのでなるほどと思います。

ま、堅い表情で演奏しているメンバーもいましたが、それもまたよし。ドイツ人ですから。

アンコールで最後に聴いたピチカートだけの曲もほんとうに驚きました。最後のはじかれた弦の1音が会場に消えていく時、とりはだが立ちました。ものすごい体験でした。 

ドイツの3大古楽オーケストラの一つコンチェルト・ケルン、ありがとう。


 余談ですが、夫と自分の脳の仕組みが大きく違うことを 感じます。

夫は一度会った人の顔は忘れませんし、音楽も一度聴けばしっかりと脳にしっかりと記銘されています。

私は3度以上会わなければ、人の顔は覚えられないし、雰囲気が似ていれば簡単に人間違えしてしまいます。音楽にしても全くと言ってよいほど捉える事ができないので、夫のように鼻歌や口笛でメロディーをあとで再生することは不可能です。

ま、夫が覚えていても相手が夫を覚えていないし、音楽の業界で仕事しているわけでもなく、「無駄な能力を授かっていて」いろいろややこしいらしい。  余談でした。





ハマった!コロボックル老人「熊谷守一」モリ画伯

2014年06月01日 | テレビでも見るかな

今日の日曜美術館ひとり"命"の庭に遊ぶ~画家・熊谷守一の世界~』で

わたしはモリにズキュン!です。

「揚羽蝶に百日草」19671

画家・熊谷守一(1880-1977)翁。のびのびとしたあたたかい作品。

97歳。白髪、白髭、30年間自宅から出たことない!と豪語する「閉じこもり老人」。池袋の自宅の庭で生息する様子はまさにコロボックル様!すごい、すごい、すごい。

庭の木陰にむしろを敷き、ごろんと転がっている写真がある。土の香りやひんやり感や木漏れ日を楽しんでいるにちがいない。(おうおう、爺さまよ。風呂はちゃんと入っていたか?)

番組終了後、すぐに図書館に行って画集をさがしにいく。

熊谷守一画文集『ひとりたのしむ』求竜堂1998年

 ひとりたのしむ―熊谷守一画文集

「もっと放っといて長生きさせてくれっていうのが、正直なわたしの気持ちです。」な~んて言ってる。

作品の写真や書はもちろん、巻末の熊谷守一物語年譜もなかなかよい。娘の熊谷榧(くまがいかや)さんが書いている。

これは、豊島区立熊谷守一美術館にも行かねばなるまい。

97歳翁の写真集も藤森武カメラマンが出している。これも図書館予約した。

『独楽―熊谷守一の世界』  世界文化社 (2004/04)

独楽―熊谷守一の世界

奥様と碁を打つ姿もなかなかよい。

バイオリンやチェロや三味線を自ら演奏する音楽愛好家でもあったらしい!ステキ爺!

 あ~、生きているうちに会いたかったな~。


個人蔵のお宝

2014年05月27日 | 雑記

仕事で訪問したお宅でみつける美術品には、本当に驚かされるし、理解できないことも多い。

美術品は美術館で観るものと長らく思っていた。なのでキュレーターの思惑や努力に乗っかっての高尚な美術鑑賞だった。

仕事がら、いろいろなお宅を訪問できる。画家も陶芸家も写真家も裕福な著名人も介護保険をお使いになることがあるので、そこで、個人蔵のお宝をケアマネジャーが鑑賞する機会があるのだ。

考えてみれば、個人が美術品を所有しているのは当たりまえだが、自分とは住む世界が違う大富豪や芸術家本人がすることなので、ピンとこなかったのだ。

亡くなったら、これらのお宝はどうなるのか?と私は心配している。

「ケアマネさん、お世話になったね。形見分けにこれをあげよう。」

な~んてことは、まずない。