これは賛否両論…というか、リリース当時は The Juliet Lettersに匹敵する、いやそれ以上の拒絶のされ方だったのではないかと。当時メーリングリストなどでやりとりしていた海外のファンの人たちの一部では「sNorth」とか言われてた…("snort"は「フンと嘲笑う」といった意味)。金髪美女のジャズシンガーと結婚して、こんなスムースジャズのレコードなんか作っちゃって、みたいな。特にUKでは音楽誌などでも散々酷評され、コステロはブチ切れて「イギリスは嫌いだ、二度と戻らない」などと暴言を吐き、お母さんに怒られたりしていました。
しかし日本ではそこまで悪く言われていなかった気がするし、私も決して嫌いではないどころか、かなり愛聴しました。コステロ史上、こんなに率直でピュアなラブソング集は他にありません。当時は「あまり個人的なことと結びつけてほしくはない」などと話していましたが、一つの愛の終わりから、新しい愛に出会うまで…などという、自らの心の動きを表現したとしか思えない歌の連続で驚かされます。
ここで少し下世話な話となり恐縮ですが、コステロがケイトと離婚したのが2002年9月。実はその前の3月にグラミー賞でダイアナと出会っています。そして確かその年の11月か12月にダイアナとの交際が報じられ、翌年の春には婚約が発表されました。このアルバムのレコーディングは2003年4〜5月頃だったとされていますので、時期的にもそりゃそうだという感じで。
「君は僕を置き去りにした」と歌うYou Left Me In The Darkから数曲、Fallenぐらいまでは愛を失う過程を描いた悲しい内容、しかしWhen It Singsでほんのり明るい気持ちが芽生えたかと思えば、Stillでは「一刻も早くキスしたい」などと一気にラブラブモード、Let Me Tell You About Herでは幸せを隠しきれなくて友だちが引いてしまうほどです。最後はI'm In The Mood Againで新しい人生のスタートを感じさせます。個人的なことと、どうしたって結びつけずにいられませんよね。
音楽的には、一部でスムースジャズなどと言われましたが全然そうではありません。Someone Took The Words Awayでソロをとるかのリー・コニッツをはじめ、錚々たるジャズミュージシャンが参加してはいるものの、ジャズとはいえないと思います。むしろクラシックの歌曲に影響を受けたと本人は語っていました。このことについて、だいぶ後になりますが、高橋健太郎さんがさすがとしか思えない考察をされていたのが印象的でした。Togetterにまとまっていたのを発見したので貼っておきます。私のツイートも拾われていました💦
2003年、北を北を目指したポップソング・ライター、エルヴィス・コステロ(高橋健太郎さん考察)
ミュージックマガジンの連載でも論じられていたのですが、今その号を探し出す時間がないのでまた今度。私は普段、氏の評論や文章の大ファンというわけではないのですが、音楽評論ってこういう考察のためにあるんじゃないかと思いました。世界で一番、Northの音楽を理解している方かもしれません。
…と、そんな知識や理論は抜きにしても、心地よく温かい気持ちになれる素敵なアルバムだと思います。メロディの展開の仕方、豪華過ぎないホーンやストリングスのアレンジ等、新鮮だけれど優しくて。秋にリリースされたこともありますが、寒くなると聴きたくなるんですよね。まあ気持ち良過ぎて途中で寝落ちしたりもするんですが。私が好きなのは、新しい恋に落ちた気持ちがみずみずしく伝わってくるようなWhen It Sings、そして聴くとニューヨークの風景が浮かぶI'm In The Mood Againあたり。
あと、これはボーナストラックなので反則かも知れませんが、Impatienceが私の大のお気に入りです。ジ・インポスターズの面々にホーンセクションやマーク・リボーも参加している豪華な一曲。North本編の音楽とは全然違いますが、ユニークでかっこいいです。もう一曲のボーナストラック、Too Blueは完全にジャズで、これも楽しくて大好き!ちょっとびっくりするのは、この2曲のピアノはコステロなんですよね。すごく流暢で、こんなに弾けるんだ…と初めて知りました。ちなみに本編の曲のピアノも、大部分はスティーヴですが、数曲コステロが弾いています。
リリース当時のツアー以降はライブで頻繁に演奏される曲は多くありませんが、去年スティーヴと二人の公演で少し復活していたので、今回の来日でも可能性はあると思います。最も多く演奏されているのはStillですが、それ以外が聴けたら嬉しいなあ。
https://elviscostello.info/wiki/index.php?title=North
You Left Me In The Dark
Someone Took The Words Away
When Did I Stop Dreaming?
You Turned To Me
Fallen
When It Sings
Still
Let Me Tell You About Her
Can You Be True?
When Green Eyes Turn Blue
I'm In The Mood Again
Impatience (Japan and UK)
Too Blue (Japan)
North (digital download)