2024年02月22日
『旅行家百癖』
艸の舎主人
(日本書院:大正4年)
安かったので衝動買いしてしまった一冊。ちょっと大ぶりの新書判。
発行元は旅行倶楽部、巻末広告によると旅行趣味にまつわる叢書のようだ。全24冊で各23銭。全部の書名は載っていなかったが『滑稽笑話旅鞄』『大正膝栗毛』『旅落語十八番』『講談旅競』『出鱈目旅日記』『失敗噺旅の耻』とどれも面白そうなラインナップ。
この『旅行家百癖』は旅行に関わる奇妙な癖を百種類集めた本。
「身近にもこんな人いるなあ」という軽癖から「そんな奴おらんだろう」という悪癖まで列挙される。
「旅立ちを迷信で決する人」「旅先で絵葉書を必ず集める人」「旅へ出ると帰りたくなる人」などは序の口。少し変わって「汽車に乗るとサンドイッチより喰べぬ人」「読めもせぬ書籍を見る人」「羊羹の比較研究をする人」。まあ害はない。
旅館の自分宛に手紙を出して「宿の女中どもが『お手紙が参りました』と差出すを『あゝ左様か……何うして私が此家に泊って居るのを知ったか』などゝ、空耄けて受け取る」のを楽しむ「自分で自分に信書を出す人」や、神社仏閣によると必ず境内の小石を一つ記念に持ち帰る「小石を拾ひ集める人」となるともう変人に片足を突っ込んでいる。
人と一緒に旅行すると、旅館にの人たちの前で偉そうに振る舞い、あたかも同行者が自分の使用人のように命令する「同伴者を従者の如く装う人」。これは友達をなくす。
一番いやなのが「生た蛇を土産にする人」。
この人は夫婦そろっての蛇好きという奇人。
「田畑に居を構へて蛇邸の名を恣まゝにし、邸園には大小種類の異なる蛇が楽園(パラダイス)として這ひまわり、室内にも亦た平気で往々ノタクル事珍しからず(略)或ときは主人夫婦の食膳の傍らに這ひ寄て食をねだる事、猫の子の頭を垂れ媚を献じて残肴を貪らんとする如く、火を吐くやうな舌をペロッ/\と出して、其の頭を膝に摺付けることもある」
そして亭主が旅に出ると細君への土産に必ず蛇を捕まえてくるんだという。
ある日箱根の旅館で鞄から青大将が逃げ出してしまい、隣の若い男女の部屋にのたくり出て旅館を挙げての大騒動。大事な殺されてはたまらないとこの先生、客や宿の者が騒いでいる中に入りこんで、なげしにいた青大将を難なく掴み下し、
「『貴様は飛んでもない奴だ、余所様のお座敷へ侵入して人を困らせるとは、さア柔順くしてゐろ』と突然懐中へ無造作に押込み『何うも飛だことでお騒がせ申しました』と悠々隣室に入った」
一同は開いた口がふさがらず、隣室の二人は気味悪がって座敷を変えてしまったという。
俺なら宿を変えるね。最悪。
2024年01月24日
『新時代の尖端語辞典』
長岡規矩雄
文武書院、1931年版
文武書院、1931年版
戦前の流行語辞典が好きで、見つけるとつい買ってしまう。
結局どれも似たり寄ったりで大して変わり映えがしないのだけれども、この『新時代の尖端語辞典』には他の辞典にはない珍しい項目があった。
それが「和製英語」。
もちろん今使われている〈日本語に定着してしまったインチキ英語〉という意味ではなく、この辞典では〈外国語っぽく聞こえる駄洒落〉を指す。
有名なものでは「オストアンデル」で饅頭、「インハラベビー」で妊婦。これらは他の流行語辞典でもよく出てくる。
しかし残りはほとんど初耳で「本当に使われていたの?」と疑問符の膨らむ謎言葉ばかり。
たとえば、
【スワルトバートル】
女の事。女の腰は雄大で座ると場を広く取るからこの名案出。
投身自殺。南無阿弥陀仏と念じながらドブンと身を投ずるからである。
説明されたら一応意味は通じるけれども、どんなシチュエーションでこれ使うんだ?
他にも謎な言葉が目白押し。
これらの意味、分かりますか?(2) スマシテトール
(3) スリモオル
(4) デルトマーケル
(5) ホエルカム
(6) マルデカッパー
(7) ワンクラワン
(8) イエウゴーク
回答
(1) 蛍
(2) 写真
(3) 人込み
(4) 弱い相撲取り
(5) 狂犬
(6) 水泳選手
(7) 夫婦喧嘩
(8) 地震
多分、百年後の人々が『現代用語の基礎知識』やユーキャンの流行語大賞を見たら、似たような感情を抱くのだろうなあ。
2023年11月05日
『ハイネの詩』
尾上柴舟=訳
(巧人社:昭和10年)
尾上柴舟=訳
(巧人社:昭和10年)
古書店で一目惚れして購入。
これほど見事なエンボス加工本はそう見かけない。
ビニールっぽい素材の装丁。定価一円なのでそれほど豪華な本ではない。
にもかかわらず製本職人の腕が光る一冊。
写真ではわかりにくいけれど凹凸表現が絶妙。
多分カメオ細工をイメージしているのだろう。
顔と髪の表現、特に頬骨と首にかけてのなだらかさには感動すら覚える。
鼻梁、耳朶、口唇の細かいニュアンスも素晴らしい。
首から下、乳房とローブみたいな赤い着物のおざなり感はまあご愛敬。
2022年11月08日
心理学者・中村古峡の家で働いていた二重人格者の女中の記録。
読み物としてスコブル面白い。
読み物としてスコブル面白い。
▼大正6年、中村古峡の家の庭先に突然現れ、女中に雇って欲しいと申し出た女がいた。それがこの本の主役となる坂まき子(仮名)。
ひととなりを知る為に、中村はとりあえず彼女に催眠治療を施し夢遊状態へと誘った(酷い話だ)。
すると、別の人格が発現し始めたではないか。
これはいい研究材料になるとして、彼女を雇うことにした(酷い話だ)。
これはいい研究材料になるとして、彼女を雇うことにした(酷い話だ)。
催眠によって現われた人格は、久成というアル中の中年男。
この男がかなりのくせ者、中村古峡の質問を当意即妙こんにゃく問答で煙に巻く。さらには琵琶を弾いたり漢詩を吟じたりと、妙にインテリなところも見せる。
この男がかなりのくせ者、中村古峡の質問を当意即妙こんにゃく問答で煙に巻く。さらには琵琶を弾いたり漢詩を吟じたりと、妙にインテリなところも見せる。
これは彼女の親父をイミテートした人格であろうと中村は分析した。
▼彼女を雇ってから暫く経つと、催眠をかけないのに別の人格が発現するようになった。
この人格がまたやっかいで、奇行をしては人の反応を愉しむいたずら者。
この人格が変にユーモアセンスがあって憎めないんだ。
顔を黒塗りにしたり、たどんを食ったり、服のまま風呂に入ったり。
そして人がそれを見て驚くのを喜んでいる。
この人格がまたやっかいで、奇行をしては人の反応を愉しむいたずら者。
この人格が変にユーモアセンスがあって憎めないんだ。
顔を黒塗りにしたり、たどんを食ったり、服のまま風呂に入ったり。
そして人がそれを見て驚くのを喜んでいる。
左:半面白粉半面墨汁 右:額に描いた絵図
ある日、坂まき子が女郎買いがしたいと言い出した。中村は女が何を言うのだと叱り飛ばした。
暫らくして「女郎買いをしてきました」と坂まき子が帰ってきた。
驚く中村に対して、彼女は如雨露と貝を突き出して「じょうろかい」と得意顔。
▼俺が一番好きだったエピソードが、ある正月の出来事。
自らの顔に墨で「シンネンオメデトウ、ミナミナサマ」と書きこみ、眉の上に一銭五厘の切手を貼った坂まき子。年始にくる客たちにその顔をぬっと突き出して、曰く「会ふ人毎にお目出度うというのが面倒だから、顔に書いておくのじゃ」。
切手を貼るというのがいい。それでギャグとして成立している。
自らの顔に墨で「シンネンオメデトウ、ミナミナサマ」と書きこみ、眉の上に一銭五厘の切手を貼った坂まき子。年始にくる客たちにその顔をぬっと突き出して、曰く「会ふ人毎にお目出度うというのが面倒だから、顔に書いておくのじゃ」。
切手を貼るというのがいい。それでギャグとして成立している。
▼このように、突飛な行動で人の気を引こうとするのはヒステリーの一環らしい。
身近にいたらやっかい極まりないが、ハタから見ている分には面白くて仕方がない。
彼女は中村古峡の家に20年いたそうな。中村古峡はは自分の研究のためだからいいけれども、彼の奥さんはさぞ大変だったことだろう。
2021年02月06日
思わずジャケ買い。
見事な箔押しの一冊。
『蟲』
横山桐郎
(弥生書院:大正15年,再版)
見事な箔押しの一冊。
『蟲』
横山桐郎
(弥生書院:大正15年,再版)
表紙は威嚇のポーズをとるカマキリ。胴体は金押しで目と鎌先足先は黒押し。大胆な余白もいい。
外函はさらに余白が大きくかえって目を惹く。また題の旧字「蟲」がそそるじゃないか。
裏表紙は蜘蛛。全面に配された蜘蛛の巣は金押し。中央の蜘蛛は黒押し。
外函はさらに余白が大きくかえって目を惹く。また題の旧字「蟲」がそそるじゃないか。
裏表紙は蜘蛛。全面に配された蜘蛛の巣は金押し。中央の蜘蛛は黒押し。
著者の横山桐郎は農学博士。
正直、本の中身はどうでもいいが、この装丁は買うしかない。
絶対に読まないけれど、たまに愛でたくなるだろう一冊。
正直、本の中身はどうでもいいが、この装丁は買うしかない。
絶対に読まないけれど、たまに愛でたくなるだろう一冊。