あいだにあるもの

★★★ We are all ONE with the LOVE in the Universe ★★★

今年も最後の授業が無事おわった。
明日は冬至。折り返して日が伸びていきます。

「難しいことを、易しく楽しく教えてくれてありがとう」

こういうコメントを頂くと、
月まで行って帰ってくるほどうれしい。

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"Outside Inside" In memory of Billy Conway 12/18/1956-12/19/2021





A year ago we stood in a circle around Billy’s bed and sang him Happy Birthday, after which he said “Who could ask for a better birthday?” Given that he was on his actual deathbed, he could have been forgiven for meaning this ironically, and there were certainly a few rueful snorts from the circle. But somehow, despite everything, he meant it, which was about the Billyest thing ever. No one I know worked more resolutely to cultivate gratitude than Bill, and no one could have stuck harder to that resolution when the shit really hit the fan.



A few months after he died, some of that same group gathered to record some of his many songs. We did it for ourselves really, to be in grief and love and music together, regardless of outcome. But the recordings turned out able to stand on their own, and we’re starting the process of sharing them today, in the spirit of gratitude for Billy, and the songs he left us, and the circle.

Kris Delmhorst Instagram: 
https://www.instagram.com/reel/CmUA0DvAo--/?utm_source=ig_web_copy_link

最高のドラマー、
朴訥として味わい深い歌い手、ソングライター。
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Billy Conwayが亡くなって早一年。
"FURTHER ON - THE SONGS OF BILLY CONWAY"
1月に発売になります。
また高い送料をかけて$25で予約注文。
前回 "Outside Inside" のときは
ヴォーカルのLaurieからの、
「デスクの上にあったメモ用紙」
みたいなのに鉛筆で走り書きされたメッセージに
Billyのサインが添えられたのが入ってた。
勿論そのままテーブルに放ってあります(笑)
https://www.songsofbillyconway.com/album



これは去年の10月、お父さんの命日に娘のAdria Pettyが投稿したもの。動画に映っているのはAdriaの娘かな。Adriaはお父さんのTomが亡くなって以来、"An American Treasure" や "Wildflowers and All the Rest" などなど、いろいろやってくれてありがたいな。

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今日は仕事がえりにこれを聴いてたんだけど、ミュージシャンのクレジットとか気にしたことなかった。まあギターはマイク・キャンベルってわかるけど、ドラムとか誰?家に帰ってよく見てみたらトムが叩いてた。いやー、なかなかいいドラムだよ。やっぱセンスが良いんだな。


Highway Companion / Tom Petty (2006) これ本当にいいアルバムです。地味だけど。


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さて、長い前フリは終わり。8月19日、お父さんの命日です。約25年前の息子が餌食だ。あはは(笑)

最近ちょくちょく大切な人が旅立ってしまい、まあ年齢なりにそういう事も増えてくるんだろうけど、そのたびに「自分の今日一日分の命を、しっかり使いたいと思うことに使えてるかおれ?」と、つい問いかけてしまう。

うちのお寺さんは渋谷ー原宿間の明治通り沿い。東京のど真ん中なこともあって、コロナを言い訳にして長いことお墓の掃除に行ってない。さっき仏壇の前でしばし話をした。すまん、言い訳です。気にはなってるんだ。近々かならず行く。

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息子だけを餌食にするのもややズルいので、自分の同じ年頃の写真も載せることにしよう。お父さんが最初に建てた家の庭だ。4才のこどもがいる若い年齢で、けっこうな坪数の家をよく建てたな。モーレツに頑張ってたんだと思う。犬は秋田。


お父さんは昭和9年1月2日の生誕となっているけど、実際は昭和8年12月30日の深夜だったと聞いたことがある。役所が休みで届けをだせなかったそうだ。

東京の真ん中にお寺さんがあるってことはその近辺に住んでたってことで、計算してみると東京大空襲のときは11歳。詳しくは話してくれなかったけど死体を踏んづけて逃げたと聞いた。あまり話したくなかったんだろう。

その後すぐ、東京は危険だということで深谷ネギで有名な埼玉の深谷に移ったらしいんだが、そこでグラマンの機銃掃射に合い再び死にかけたと言っていた。「アメリカのパイロットと目が合ったので石を拾って投げつけてやったらわざわざ旋回して戻ってきて撃ってきやがった」この話は気に入ってたようで何度か聞いた。武勇伝的な受け止めだったのか。

それにしても、埼玉の田舎道にいる11歳のこどもを標的にそこまで撃って来るか。終戦近い昭和20年、アメリカ軍がいかにして総力戦で日本人を殲滅しようとしていたか、リアルにわかる逸話だ。


つねづね不思議におもうんだけど、当時を生きた日本人は、そこまで徹底して殺しに来ていたアメリカに対して、なぜ、これほどまでに赦し受け入れることが出来たのだろうな。

ぼくは自分個人として反吐が出るほどアメリカ人と付き合ってきているから、だからこそ、好きなヤツはものすごく好きだし嫌いなヤツはキライだと自然にそう思えるけど、でも当時の一般日本人からしたら「アメリカ人」っていう枠組みで括れるひとたち、と、長らく憎むべき対象として捉えていたとしても不思議はないと思うんだけど。そうならなかったんだな。

理由はどうあれ「そうならなかった」という事実に、いつも微かな希望を抱かせてもらっている。世界はそれ自体がひどい場所なわけじゃない。人のこころをどうにかこうにか上手く行かせれば「そうならない」ことだって可能だ、と。

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やや脱線した。息子はアレだけど(アレなのかw)孫は立派にやっているから安心してくれ。

お父さんの命日がすぎると、いつも急に風が変わって夏が終わる。



う〜ん、いいスライドだ。


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二階の部屋の窓から見える風景は
まったくどうってことない眺めなんだけど、
この季節は夜明けを見ることが多くて。

真っ暗な夜の端っこが少しずつ
赤くなってじわっと明けてくる時間は
毎度、ああ、と声が出てしまうほどきれい。

去年の12月の半ば、
よし、ひとまず来年の冬至まで一年間
そこをひとつの目標にと始めた今年。

思ったよりずっと急な流れの変化、
次々と訪れる新しい状況。
日々判断ごとの連続に
上塗りで起きてくる予期せぬ出来事。

諸々、悶絶して格闘してるあいだに
気づいたら無事、冬至が過ぎてた。
ひとまず目標達成。
長かったような、あっという間だったような。

これほどいろんな種類のネタが
一年の中で重なった年はめずらしい。
たいへん勉強になりました。感謝。

ストレスレベルの高かった秋頃からこの12月
若干キレたのは不徳の致すところでしたが
同時に頭の回転もキレッキレで

(笑)

ものごとの理解というのはタマネギのようだ
ってことに気がついた。

本で読んだり、人から教えてもらって理解したことは
ひとまず外側の茶色い皮にとどまっている。
経験したり失敗したりする中で自ら気づき得心したことは
タマネギの内側の、奥の方に入り込んでいく。

ここまではまあ、ありそうな話だわね。

さて、それらを教えたり指導したりしていると
理解はどんどん芯の方に向かって行き、
あれれっ?

そこにあったと思っていたそのことは
小さな小さな芯のところで
ふっ、と消えて、見えなくなっちゃうのだ。

大発見である。(笑)




中野督夫 輪 b

しばらくブログを放ったらかしてしまった。

何となく言葉にしてしまうのが悲しいような
きっと見抜かれていそうで気恥ずかしいような
混ぜこぜな気分が続いていて、

でも、次に音楽の話題に触れるなら
必ずここから書かなくちゃないけない
と、なぜかそう強く信じていたので
結局なかなか書けずにテニスにかまけていた。

センチの督夫さんが亡くなったあと
いろんなことを思い出していたんだが、
今日ふと、清志郎の「夢助」を聴いていて
そういえば清志郎が亡くなったあと
督夫さんライブで「清志郎ありがとー!」と
叫んでいたなあと考えていた。

夢助

清志郎とトックンは
ぜんぜん違うタイプの歌い手だし
接点があったのかどうかも僕は良く知らないし
やってることの雰囲気もまったく違ってたけど

督夫さんのソロライブの前座をやったとき
アメリカ人の友人が数名見に来てくれて
日本語ひとカケラも分からないのに
あのトックンの喋りと弾き語りに大笑いしてて

週明けに会ったとき、
"It was fun! He's a great singer, and he's just hilarious!"
めっちゃ楽しかった、彼はすばらしいシンガーね
面白くて大笑いしちゃった!
と言っていたことなどを思い出し。

そういえば清志郎の歌を
日本語まったくわからないアメリカ人の友達に聴かせたら
ほぼ正確に意味をかんじとったことがあったなと。

中野督夫 輪 a

センチのファーストを好きになって
よく聴いていた高校1年の頃から
ずっと思っていたんだけど

督夫さんの日本語の音の扱い方には
言葉の意味以外のところで
何かを感じさせる独特な「何か」があって

その「何か」は
晩年のソロアルバムに至るまでずっとあって

ぼくはその言葉の扱い方に
実はものすごく影響を受けていたように思う。

アメリカの音楽にめっぽう入れ込みながら
自分が日常で話してる日本語の世界を散策し、
そのリズムや、言葉の中にあるメロディや、
音楽に乗せて言葉を繰り出すこと「そのもの」が持っている
チカラだとか、しあわせなかんじだとかを
いつもユーモアと一緒にアウトプットする

そんなところ、清志郎と質感はぜんぜん違うんだけど
もしかしたら相通じるところが
あったのかも知れないなあ、なんて。

そのことについて話したかったな。
その話は一度もできなかった。
すぐ冗談言って飲んで酔っ払っちゃうからね。

トクさんが中学、高校の頃に読んでいたらしい、
日に焼けた堀口大學訳の訳詩集の文庫本を
先日、見せてもらった。
ページの中の、ひっかかった言葉に
線が入れられ、メモ書きの言葉が乱雑に書いてあった。

ぼくもよく似たことをしてた。中学3年や高校1年の頃。

「ユージいっぺん歌いっしょに作ってみるか?
 おれ曲書くからさあ、おまえ詞つけたりしてみない?」

冗談か真面目か分からないトクさんだったし
結局それは実現せずに
そのままになっちゃったけど、

そう言ってもらったときの声のかんじや
嬉しかった自分の気持ちを
思い出すと、こんなにしあわせになる。

誇り高く生きようと、再びおもう。

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去年は中止になったカリフォルニアのインディアンウェルズ、今年は例年の3月開催はひとまず見送られたが10月初旬に開催が決まった。砂漠の秋は日が落ちると冷えそうだな。

本来5月末から6月初旬のフレンチオープンが肌寒い秋のパリで開催されて、イガ(当時19才)が初のツアータイトルをグランドスラム優勝で飾ってから、まだ一年も経ってないのか。

今シーズンのイガはとても良い成長スピードだ。本人も、チームも周囲も、一歩一歩、丁寧に前進しているかんじがする。全仏ディフェンディング・チャンピオンのプレッシャーの中、1000レベルのローマを優勝し、前年優勝の全仏はクォーターファイナルまで進んだ。USオープンの3回戦を勝ち、二週目、4回戦進出を決めたときの会見の中で、あの酷暑のオリンピック敗退が、彼女の精神的成長の糧となるひとつの節目となったと自ら語っていた。その後、USオープンは4回戦で敗退となったが、WTAプレーヤーで唯一、今期のメジャー4大会すべて4回戦(ベスト16)まで進出した『4 for 4』を達成、自身初となる大会トップシードで臨んだチェコ・オストラヴァ・オープンでも準決勝まで進み、ランキングは9月27日付けで自己ベスト4位。なんとなんと、トップ5入りである。

Screenshot_20210927-215955_2メジャーを初優勝した後で、がっちりマークされていただろう今シーズンとしては素晴らしい成果だとおもう。特に『4 for 4』については本人も目指すところの『どのサーフェスにも順応できること、年間通してクオリティの高いプレーができること』をある程度達成。キャリアハイ・ランキングは結果として付いてきた感じなんだろう。しかしトップ10には間違いなく来ると思っていたが、数名のハイランキング・プレーヤーの不調とも重なり、ちょっと早すぎるとも思えるトップ5入り。どの大会に出場するかなど、チームの采配もすばらしく良い。

19才から20才となった今シーズン、主軸とするクレーから約三週間の短い芝のシーズンにも程よく対応できた。短いスパンで灼熱の東京、思い入れの強かったオリンピックでハードに移行。体調管理も感情の整理も大変だったろうな。その後USオープンでも初の4回戦進出。サーフェスの変わり目で故障もなく、プレッシャーにも潰されずに適応して来れたのはすばらしい。あのフットワークですべてのサーフェスを走り続けるにはどれほどの地道な努力が要るだろう?

試合に出続ける中でこそ得られる直感力や読みの鋭さ、クレバーな攻撃力、そしてディフェンスの粘り強さも出てきた。なにより大会ごとに無駄なチカラが抜け(たまに入っちゃうときもあるけど)落ち着いてひとつひとつの負けから学ぶことを学び、プレーを楽しもうとしている態度が良い。

勝手な憶測だが、USオープンはダブルスをエントリーせずシングルスに専念したことで、逆に自分への期待値が無意識に上がってしまったのではないかな。4回戦の前の晩はピリピリしてよく眠れず、体調もメンタルも万全ではなかったことを記者会見でちょっぴり打ち明けていた。負けたことはそのせいにせず、相手のプレーの質の高さを称賛し、自分が反省すべき点もきちんと述べていたことは立派だったが、この人はダブルスに出場することで、身体的にはきついけれどもシングルスの試合のクオリティは上がっているように思える。特にベサニー・マテック・サンズとの TekTekBoom ペアでダブルスにエントリーしている大会は、良い具合にチカラが抜けてテニスを楽しむ本来の自分らしいプレーが引き出されているように思える。ベサニーの特殊な才能のせいかな。

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インディアンウェルズにはシングルス・ダブルス両方でエントリーだ。もちろんダブルスは TekTekBoom ペア。楽しみだ。ファイナルズをのぞいて今シーズン最後の1000レベルの大会。半日の時差がしんどい。


このポーランド語のインタビュー、英語のサブがついたので日本語に訳そうと思っているんだがまだやってない。あっというまに一年すぎてしまった。良いインタビューなんだ、これ。





PINK FLOYDやPEAL JAMを愛聴するハタチである。(笑)

2021 09 27




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自分にとってかなり特別な部屋にいる大切な人が
この数ヶ月のうちに三人も立て続けに旅立った。
親や近しい友人が旅立った場面には
年齢なりに、それなりに遭遇してきたが、
こんなに近いスパンで三つも続いたのは初めてだ。

しかも先週の件は日本と半日ほど時差があり
亡くなったという最初の知らせが誤報で
ご家族の一人と連絡がとれたら
いったん家に帰ったがまた病院に戻ったという話で
息はあるけど予断を許さないというアップダウンな状況。
なんとかメッセージを送ることは出来たものの
残念ながら現地の金曜の朝、
今度はほんとうに旅立ったと知らせがきた。
しんどい一週間だった。

なんだか重力がなくなったような
ふわふわとして落ち着かない気分になったり
とつぜん大粒の雨がざあざあ降りになったりして
さて困ったことだなと思っていたら、
これまた運よくその三人のうち二人のことを
よく知っている人と金曜の夕方に会えて
数時間はなしを聞いてもらえた。

おかげさまで気持ちの中で落ち着くところが定まった。
ありがたい。

大切なつきあいの人というのは
いま僕らが生きているこの場所を離れる時にさえ、
いやもしかしたらその時だからこそ、
どこに居ようと大切な贈り物を残してくれるように思える。
ありがたい。

そんなふうに感じるってことなのかもしれないけど。
そんなふうに感じさせてもらえて
本当にありがたい。

言葉でなんてとても言えない。




McDuckがグループを離れる最後のステージとのことでサプライズのビデオが流れたらしく、"My Speed" に入る前にレイチェルがめずらしくエモーショナルになってしまい、アーキ―に「歌の一番を歌って」と頼んでいる。



感情が込み上げるときは、無理して抑えなくていいよね。
こういうのアップしてくれて、ありがたいなあ。

2021 05 04 a

昨シーズンのシンシナティ3回戦で初対戦だったVikaもそうだったが、イガ・シフィオンテクの試合は対戦相手を魅了する。相手が実力者であればあるほど「さて、どうやって攻略しよう!」とワクワクするようだ。特にレッドクレーのサーフェスではそうらしい。そんなクオリティの試合をするWTAプレーヤーは、ちょっと他に思い当たらない。

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2019全仏オープン優勝のアッシュ・バーティが試合後、インタビューで語っている。

I really enjoyed myself out there tonight. I enjoyed the challenge. Iga's game is exceptional. It's really, really impressive. I love testing myself and trying to figure out the puzzle tonight and the challenges that she created for me.


I love the way that she plays. I love the way she takes the game on. She plays without fear. I think the way she controls the court, has the ability to move and neutralize from defensive position is very, very impressive.
 
明らかに魅了されている。ネットでの "Mate, that was fun!" は、最大級の賛辞。

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2021 05 04 d

17才の終わりから18才の誕生日を迎えた2018年の全仏オープン3回戦で気にとめて以来、ファンとしてその成長ぶりを見ているポーランドのイガ・シフィオンテク。2020年、10月に延期された季節外れの全仏オープンを優勝、5月末からの開催に戻った今年の全仏オープン中にハタチの誕生日を迎える。

マドリード3回戦、すばらしい試合だった。セカンドセットのゲームカウント5-3でのサービスゲームをキープして5-4にしたときの「勝った」というガッツポーズ、あれは試合のことではなくて、自分の中で何かしら勝ったものがあったのだろうな。やっと満足の行くファーストサーブでゲームをしめられた、とか(笑)

ストーリーを作って魅せてくれるプレーヤーだ。

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