2005年07月13日
移転します。
再び、はてなダイアリーへ戻ります。
昨年11月から、こちらで更新しておりました当ブログですが、この度、再び はてなダイアリー[ Forum 2R 〜 ひら的 こころ 〜 ]として更新していくことにいたしました。
リンクして下さってる皆さんには、再三のアドレス変更でお手数・ご迷惑をおかけいたしますが、変更作業のほう、よろしくお願いいたします。
昨年11月から、こちらで更新しておりました当ブログですが、この度、再び はてなダイアリー[ Forum 2R 〜 ひら的 こころ 〜 ]として更新していくことにいたしました。
リンクして下さってる皆さんには、再三のアドレス変更でお手数・ご迷惑をおかけいたしますが、変更作業のほう、よろしくお願いいたします。
2005年06月12日
遅れてきた開幕!?
祝! バトンPP!
ゃ、中盤の出走順だったんですが、後続を振り切っての自身2度目のPP獲得、おめでとう! 前日までのフリー走行がよさげだったので、久しぶりに(←×)リアルタイムでTV観戦した甲斐がありましたよ。琢磨も6位、3列目からのスタートですから、イイ位置だと思います。
後は、1コーナーでの事故とかなければ・・・なんとか。
今季のこれまでは、ホント散々な結果で見る気もちょっと失せてたんですが(ホントはそれじゃイカンのですが(;´Д⊂))、この予選結果を期に、ちょっとでもチームの雰囲気が良くなって、結果が上向きになってくれることを願ってます。
2005年06月11日
梅雨の時期になりましたね。
6月10日頃、九州北部・山口地方と関東甲信地方が梅雨入りしたとみられる・・・と発表がありました。
我が中国地方も、今日か明日には梅雨入り発表があると思われますが、この「したとみられる」ってのが非常に気になるんですよね(苦笑)。
いろいろネットで調べてみますと、昭和61年からいわゆる「梅雨入り・明け発表」を正式な気象情報として開始したみたいですね。その時は日付も断言してました。
ところが、平成7年になって、日付の断言を止め「上旬」「下旬のはじめ」などの旬単位での発表に切り替わりました。この辺からちょっと曖昧さが出てます。昔流行った言葉でいうなら「ファジー」とでもいいますか(w。
で、平成9年から現在の「〜頃にしたとみられる」という形になった、とのこと。
以前、堂々と梅雨入り宣言したにもかかわらず、良天の日が続き、結局あとになって「実は梅雨入りしてませんでした」みたいな撤回宣言を出さざるを得なかった年がありましたね、そういえば。
まぁ、自然現象を相手にしてるんですから、必ずしも1+1=2ではないんですよね。難しいところですけどね。そんな「難しい」部分に私は惹かれて、趣味で気象学勉強してるんですけどね。
我が中国地方も、今日か明日には梅雨入り発表があると思われますが、この「したとみられる」ってのが非常に気になるんですよね(苦笑)。
いろいろネットで調べてみますと、昭和61年からいわゆる「梅雨入り・明け発表」を正式な気象情報として開始したみたいですね。その時は日付も断言してました。
ところが、平成7年になって、日付の断言を止め「上旬」「下旬のはじめ」などの旬単位での発表に切り替わりました。この辺からちょっと曖昧さが出てます。昔流行った言葉でいうなら「ファジー」とでもいいますか(w。
で、平成9年から現在の「〜頃にしたとみられる」という形になった、とのこと。
以前、堂々と梅雨入り宣言したにもかかわらず、良天の日が続き、結局あとになって「実は梅雨入りしてませんでした」みたいな撤回宣言を出さざるを得なかった年がありましたね、そういえば。
まぁ、自然現象を相手にしてるんですから、必ずしも1+1=2ではないんですよね。難しいところですけどね。そんな「難しい」部分に私は惹かれて、趣味で気象学勉強してるんですけどね。
2005年06月09日
番組名、決めました♪
2回にわたる試験放送を無事終了した、私のねとらじ「DDR」ですが、本放送を前に番組名を決めました。
まぁ、予想できる名前だとは思いますけど・・・
『Forum 5 〜 ひら的 らじお 〜』
ってことにします。
かつてのZONEサイトから始まった私の「Forum」ですが、2→2R→2R+→3→4と来れば、当然次は5、というワケです。安直ですけどね(w。
この「ひら的 こころ」の名前の由来の半分は「小沢昭一的こころ」ですから、目指すは小沢氏のような番組!ってコトですね(マテ。
今度の土曜日(11日)、20時頃から第1回放送をおこないたいと思います。もしお時間があれば、聴いてやって下さい。試験放送時同様、ROMもできる「N.N.Heart」のチャットルームを交流の場に利用したいと思います。よろしくどうぞ〜。
まぁ、予想できる名前だとは思いますけど・・・
『Forum 5 〜 ひら的 らじお 〜』
ってことにします。
かつてのZONEサイトから始まった私の「Forum」ですが、2→2R→2R+→3→4と来れば、当然次は5、というワケです。安直ですけどね(w。
この「ひら的 こころ」の名前の由来の半分は「小沢昭一的こころ」ですから、目指すは小沢氏のような番組!ってコトですね(マテ。
今度の土曜日(11日)、20時頃から第1回放送をおこないたいと思います。もしお時間があれば、聴いてやって下さい。試験放送時同様、ROMもできる「N.N.Heart」のチャットルームを交流の場に利用したいと思います。よろしくどうぞ〜。
2005年06月05日
ねとらじ、始めます。
ネットラジオを始めてみようと思います。
内容は、ハロー!だけでなく、クルマのコトとか鉄道のコトとか、天気の話とか、概ね自分の趣味のコトについて語ってみようと思ってます。方言丸出しのしゃべりをこころがけようと思います(w。まぁ、丁寧語でしゃべるので、なかなか方言も出づらいんですけどね(苦笑)。
今夜は2回目の試験放送です。20時から始めようと思いますので、お時間ある方は聴いてやっていただければ、と思います。交流(ネタ提供?w)の場として、「N.N.Heart」のチャットルームを利用しようと思います(ROMモードがあるので)。
もっとも、本放送をどういう計画でやるかはまだ考えてませんが(w。
番組名は『DDR507(#ex2)』です。こちらから。
内容は、ハロー!だけでなく、クルマのコトとか鉄道のコトとか、天気の話とか、概ね自分の趣味のコトについて語ってみようと思ってます。方言丸出しのしゃべりをこころがけようと思います(w。まぁ、丁寧語でしゃべるので、なかなか方言も出づらいんですけどね(苦笑)。
今夜は2回目の試験放送です。20時から始めようと思いますので、お時間ある方は聴いてやっていただければ、と思います。交流(ネタ提供?w)の場として、「N.N.Heart」のチャットルームを利用しようと思います(ROMモードがあるので)。
もっとも、本放送をどういう計画でやるかはまだ考えてませんが(w。
番組名は『DDR507(#ex2)』です。こちらから。
2005年05月24日
卒業アルバム、届く。
ネット予約しておいた武道館公演の「卒業アルバム」が届きました。
アルバム「E」、実はまだ未開封なんですが、アルバムは見ておこうと思い、早々に開封し拝見しました。自分のその日の行動を思い浮かべながら、また公演中も思い出しながら・・・拝見しました。やっぱりちょっと泣けましたね。
4人の笑顔、そして感極まった顔。いろんな表情を見ながら、ZONEを応援してきた日々を振り返りました。最後の年表も「歴史」の重みを感じることができました。
改めて、4人・・・ぃや、5人にお礼を言いたいと思います。ありがとう。
※ココロサク花の種は、MIZUHOさんのものでした。ご報告まで。
アルバム「E」、実はまだ未開封なんですが、アルバムは見ておこうと思い、早々に開封し拝見しました。自分のその日の行動を思い浮かべながら、また公演中も思い出しながら・・・拝見しました。やっぱりちょっと泣けましたね。
4人の笑顔、そして感極まった顔。いろんな表情を見ながら、ZONEを応援してきた日々を振り返りました。最後の年表も「歴史」の重みを感じることができました。
改めて、4人・・・ぃや、5人にお礼を言いたいと思います。ありがとう。
※ココロサク花の種は、MIZUHOさんのものでした。ご報告まで。
2005年04月14日
「E 〜Complete A Side Singles 〜」
昨日発売されました。
予約していましたが、フラゲ日には仕事の都合で購入できず、久しぶりの発売当日の購入となりました。初回盤と通常盤を1枚ずつ購入しました。
ジャケ写を見ただけでちょっとキますね。正視できないというか。困ったもんです、こういうんじゃいけないんでしょうけどね。ですから、まだ聴いてないですし、開封もしてないんです。まだ・・・もうちょっと時間がかかりそうです。
新譜コーナーには、初回盤が4枚並べてありました。ずっとZONEを見てきた人はもちろん、知らなかった人にも、手にとって聴いてもらいたいですね。
予約していましたが、フラゲ日には仕事の都合で購入できず、久しぶりの発売当日の購入となりました。初回盤と通常盤を1枚ずつ購入しました。
ジャケ写を見ただけでちょっとキますね。正視できないというか。困ったもんです、こういうんじゃいけないんでしょうけどね。ですから、まだ聴いてないですし、開封もしてないんです。まだ・・・もうちょっと時間がかかりそうです。
新譜コーナーには、初回盤が4枚並べてありました。ずっとZONEを見てきた人はもちろん、知らなかった人にも、手にとって聴いてもらいたいですね。
2005年04月08日
新たなる夢への旅立ち
05年4月1日。日本武道館。新たなる夢へ向かって旅立つ4人の背中を・・・私は一生忘れない。
02年春イベ。遠征を作戦に見立て、重ねてきた「作戦」は6回目。最後の作戦は「M」と銘打った。もちろん、MAIKOさんのM。私はZONEではMAIKOさん推しだったから・・・この名前しかなかった。
同時に、4月1日の舞子駅訪問も、当初から予定していた。それもまた外せない行動だった。
4月1日。この日になる瞬間を、西の聖地、MAIKO推しの聖地(と私は信じている)JR舞子駅で迎えたかった。ZONEのラジオを聴きに来たこともあった。この駅前で、友人の弾くギターでZONEのナンバーを歌ったこともあった。遠征時には度々と立ち寄った、想い出の多い舞子駅。
最初の作戦「Z」から、私の遠征は愛車と共にあった。夏のライヴツアーには、一部公演を除き、ほぼクルマで参戦した。私の作戦には、愛車は欠かせなかった。もちろん今回も、舞子駅までの往復に活躍してもらった。残念ながら、武道館前までは連れて行ってやれなかったが・・・。
0時の舞子駅訪問をすませ、一度帰宅。徹夜で「記念品作り」に明け暮れ、新幹線の始発で岡山を出発。ここでもう一度舞子駅へ。そう、「4月1日7時24分発行」の舞子駅入場券を買いに。これは時間的制約もあり、12枚しか買えなかった。私がお世話になった、MAIKOさん推しの方への、せめてものお礼のつもりで購入、武道館で配らせていただいた。お手元に届かなかった方がいらっしゃるかもしれない。この場でお詫び申し上げる次第である。
そして東京入り。夕方前に会場へ。いつもの顔、そして懐かしい顔に会う。ZONEがいなかったらできていなかった輪の中に、今自分がいる。それだけでもう込み上げてくるものがあった。
このままずっと時が止まればいいのに。いろんな話をして気を紛らせていても、「その時」は刻一刻と近づいてきた。あっという間に開場時刻を迎え、入場。初めての武道館。席がみるみるうちに埋まっていく。超満員の武道館。1万人が今、開演を迎える。
無理。涙をこらえるなんて無理な話だった。1曲目、メジャーデビューシングル「GOOD DAYS」から、もう泣けてしょうがなかった。ZONE解散公演だからというのもあったろう。でも、この瞬間に、その場所に自分がいる嬉しさ、そんな涙もあったと思う。
ここからは、曲を聴けば当時を想い出す、その繰り返し。ある曲では涙を流し、またある曲ではグッとこらえて。それでも最後まで自分のスタイルを貫きつつ・・・精一杯のハモりを届けた。
愛車の本体は連れて行ってやれなかったが、アイデンティティーであるナンバープレートは持って行った。会場内へも持ち込んだ。ZONEの渾身の演奏を、声を、プレートに聴かせてやりたかったから。
ライヴ中の私の心境。不思議なもので、「もうこれでZONEが解散だ」「この曲を聴けるのも最後だ」なんて現実なことを思う瞬間もある一方で、そんなことを(ほとんど)忘れてる瞬間もあったように思う。いつものライヴ、いつものツアーな気分・・・というべきか。今思い起こしてみても、そんな瞬間がポツポツとあったようだ。そっちのが多い方がよかったのかもしれない・・・なんて思うが、それはまたそれ、である。善し悪しなんて決められないんだろう。
それまでの公演と同じセットリストで、ライヴはつつがなく進み、いよいよメンバー一人ひとりのMCに。ZONEはいつまでもいる。みんなのこころの中で、永遠と歌い続けるだろう。その言葉に偽りはないと思う。
メンバー一人の挨拶が終わるたび、私は深々と一礼をした。ZONEの現場では、普段から名前を叫ぶことはあまりしなかった。だからこの日も叫ばなかったが、こころからお礼を。ありがとう・・・と。ただ・・・MAIKOさんの名前だけは、涙で震えて声にならなかったが、でも叫んだ。「MAIKO、ありがとう」と。
本編最後の曲「一緒にいたかった」。みんなで一緒に歌った。武道館、1万人・・・ぃゃ、表現を借りるならば1万4人の大合唱。いつまでも一緒にいたい、そんな想いを込めた大合唱。武道館に響き渡る大合唱・・・。
アンコール。開場に轟く「ZONE」コール。こればかりは最終公演に相応しかった。「Once Again」で再び会場全体で大合唱。そして「glory colors〜風のトビラ〜」で、紙飛行機を飛ばした。MAIKOさんの青い紙飛行機。
迎えたWアンコール「卒業」。ここまでなんとか持ちこたえてきたが、この時だけは、ただ呆然として、下を向いて・・・。歌えなかった。ステージを見れなかった。廻りはみんな盛り上がってるのに、自分だけが取り残されたようになっていた。一瞬は音さえも聞こえない錯覚に陥っていた。その時・・・
「ひらさん、見ましょう!」
連番のKen-pさんが一言。この一言で我に返れたような気がする。
もっとも、顔を上げてはみたものの、涙で溢れた両目ではステージをとらえることもできず、嗚咽しか出ない状態でハモることはできなかった。
Mステの中継が入る、とのことだったが、実はもう中継は終わったものと本気で信じていた。会場とスタジオのやりとりとかはなくて、ただ生中継を放送したんだろうな・・・と思っていた。もちろんそんなことは現実にはありえないんだろう。けど私は、その時そう思っていた。だからZONEとしてのラストナンバーは「卒業」なんだと・・・。
しかし、中継のためのTアンコールが残されていた。延々と続くZONEコール。そして登場した4人は、真っ白なウェディングドレス姿。ここからがMステの中継だったのだ。
世の中が広くZONEを知るきっかけとなったのは、有無を言わさずこの「secret base 〜君がくれたもの〜」。この選曲に間違いはない。ホントのZONEの最後を、TVで多くのみなさんに見てもらえるという意味で、Mステ中継は最高の形だったのかもしれない。
本当に旅立ちの時がきた。見送る時がきた。普段なら舞台の袖にはけるはずの4人が、中央の階段を登り始めたのを見たとき、あぁ・・・これでホントに最終公演なんだ・・・と思った。ZONEに出逢って4年。早かった4年。楽しかった4年。4人が一列に並んで一礼、そして姿が向こう側へ消えた時、私の中での一つの歴史が終止符を打った。
01年1月28日。忘れたくても忘れられない別れの日。人生の門出を迎え損ね、究極に凹んでる時にZONEに出逢った。それから私の人生はガラリと変わる。遅れて来た青春の日々を謳歌するようになる。
01年9月16日。見よう見まねでファンサイトを始める。ありがたいことで、多くの方にご来訪いただく。たった一人で参戦した01年8月26日のディスクピア梅田店イベント。サイトを初めて友人が増え、どこのイベント、どこのライヴでも逢える友人が数多くできた。
ZONEがいたから。ZONEがいたからがんばってこれた。ZONEがいたから乗り切ってこれた。
これからは、こころの中に居続けるZONEと共に、生きていけると思う。
05年4月1日。日本武道館。新たなる夢へ向かって旅立つ4人の背中を・・・、そして新たなる人生を歩み始める1万人の歓声を、私は一生忘れない。
ZONE FINAL in 日本武道館
2005.4.1 セットリスト
1:GOOD DAYS
2:大爆発NO.1
3:secret base 〜君がくれたもの〜
4:白い花
5:一雫
6:僕の手紙
7:夢ノカケラ
8:GO!
9:sae zuri
10:ROCKING
11:風のはじまる場所
12:For Tomorrow
13:true blue
14:太陽のKiss
15:H・A・N・A・B・I 〜君がいた夏〜
16:証
17:空想と現実の夜明け
18:さらりーまん
19:笑顔日和
20:一緒にいたかった
【ENCORE】
1:Once Again
2:glory colors 〜風のトビラ〜
【W / ENCORE】
1:卒業
【T / ENCORE】
1:secret base 〜君がくれたもの〜
02年春イベ。遠征を作戦に見立て、重ねてきた「作戦」は6回目。最後の作戦は「M」と銘打った。もちろん、MAIKOさんのM。私はZONEではMAIKOさん推しだったから・・・この名前しかなかった。
同時に、4月1日の舞子駅訪問も、当初から予定していた。それもまた外せない行動だった。
4月1日。この日になる瞬間を、西の聖地、MAIKO推しの聖地(と私は信じている)JR舞子駅で迎えたかった。ZONEのラジオを聴きに来たこともあった。この駅前で、友人の弾くギターでZONEのナンバーを歌ったこともあった。遠征時には度々と立ち寄った、想い出の多い舞子駅。
最初の作戦「Z」から、私の遠征は愛車と共にあった。夏のライヴツアーには、一部公演を除き、ほぼクルマで参戦した。私の作戦には、愛車は欠かせなかった。もちろん今回も、舞子駅までの往復に活躍してもらった。残念ながら、武道館前までは連れて行ってやれなかったが・・・。
0時の舞子駅訪問をすませ、一度帰宅。徹夜で「記念品作り」に明け暮れ、新幹線の始発で岡山を出発。ここでもう一度舞子駅へ。そう、「4月1日7時24分発行」の舞子駅入場券を買いに。これは時間的制約もあり、12枚しか買えなかった。私がお世話になった、MAIKOさん推しの方への、せめてものお礼のつもりで購入、武道館で配らせていただいた。お手元に届かなかった方がいらっしゃるかもしれない。この場でお詫び申し上げる次第である。
そして東京入り。夕方前に会場へ。いつもの顔、そして懐かしい顔に会う。ZONEがいなかったらできていなかった輪の中に、今自分がいる。それだけでもう込み上げてくるものがあった。
このままずっと時が止まればいいのに。いろんな話をして気を紛らせていても、「その時」は刻一刻と近づいてきた。あっという間に開場時刻を迎え、入場。初めての武道館。席がみるみるうちに埋まっていく。超満員の武道館。1万人が今、開演を迎える。
無理。涙をこらえるなんて無理な話だった。1曲目、メジャーデビューシングル「GOOD DAYS」から、もう泣けてしょうがなかった。ZONE解散公演だからというのもあったろう。でも、この瞬間に、その場所に自分がいる嬉しさ、そんな涙もあったと思う。
ここからは、曲を聴けば当時を想い出す、その繰り返し。ある曲では涙を流し、またある曲ではグッとこらえて。それでも最後まで自分のスタイルを貫きつつ・・・精一杯のハモりを届けた。
愛車の本体は連れて行ってやれなかったが、アイデンティティーであるナンバープレートは持って行った。会場内へも持ち込んだ。ZONEの渾身の演奏を、声を、プレートに聴かせてやりたかったから。
ライヴ中の私の心境。不思議なもので、「もうこれでZONEが解散だ」「この曲を聴けるのも最後だ」なんて現実なことを思う瞬間もある一方で、そんなことを(ほとんど)忘れてる瞬間もあったように思う。いつものライヴ、いつものツアーな気分・・・というべきか。今思い起こしてみても、そんな瞬間がポツポツとあったようだ。そっちのが多い方がよかったのかもしれない・・・なんて思うが、それはまたそれ、である。善し悪しなんて決められないんだろう。
それまでの公演と同じセットリストで、ライヴはつつがなく進み、いよいよメンバー一人ひとりのMCに。ZONEはいつまでもいる。みんなのこころの中で、永遠と歌い続けるだろう。その言葉に偽りはないと思う。
メンバー一人の挨拶が終わるたび、私は深々と一礼をした。ZONEの現場では、普段から名前を叫ぶことはあまりしなかった。だからこの日も叫ばなかったが、こころからお礼を。ありがとう・・・と。ただ・・・MAIKOさんの名前だけは、涙で震えて声にならなかったが、でも叫んだ。「MAIKO、ありがとう」と。
本編最後の曲「一緒にいたかった」。みんなで一緒に歌った。武道館、1万人・・・ぃゃ、表現を借りるならば1万4人の大合唱。いつまでも一緒にいたい、そんな想いを込めた大合唱。武道館に響き渡る大合唱・・・。
アンコール。開場に轟く「ZONE」コール。こればかりは最終公演に相応しかった。「Once Again」で再び会場全体で大合唱。そして「glory colors〜風のトビラ〜」で、紙飛行機を飛ばした。MAIKOさんの青い紙飛行機。
迎えたWアンコール「卒業」。ここまでなんとか持ちこたえてきたが、この時だけは、ただ呆然として、下を向いて・・・。歌えなかった。ステージを見れなかった。廻りはみんな盛り上がってるのに、自分だけが取り残されたようになっていた。一瞬は音さえも聞こえない錯覚に陥っていた。その時・・・
「ひらさん、見ましょう!」
連番のKen-pさんが一言。この一言で我に返れたような気がする。
もっとも、顔を上げてはみたものの、涙で溢れた両目ではステージをとらえることもできず、嗚咽しか出ない状態でハモることはできなかった。
Mステの中継が入る、とのことだったが、実はもう中継は終わったものと本気で信じていた。会場とスタジオのやりとりとかはなくて、ただ生中継を放送したんだろうな・・・と思っていた。もちろんそんなことは現実にはありえないんだろう。けど私は、その時そう思っていた。だからZONEとしてのラストナンバーは「卒業」なんだと・・・。
しかし、中継のためのTアンコールが残されていた。延々と続くZONEコール。そして登場した4人は、真っ白なウェディングドレス姿。ここからがMステの中継だったのだ。
世の中が広くZONEを知るきっかけとなったのは、有無を言わさずこの「secret base 〜君がくれたもの〜」。この選曲に間違いはない。ホントのZONEの最後を、TVで多くのみなさんに見てもらえるという意味で、Mステ中継は最高の形だったのかもしれない。
本当に旅立ちの時がきた。見送る時がきた。普段なら舞台の袖にはけるはずの4人が、中央の階段を登り始めたのを見たとき、あぁ・・・これでホントに最終公演なんだ・・・と思った。ZONEに出逢って4年。早かった4年。楽しかった4年。4人が一列に並んで一礼、そして姿が向こう側へ消えた時、私の中での一つの歴史が終止符を打った。
01年1月28日。忘れたくても忘れられない別れの日。人生の門出を迎え損ね、究極に凹んでる時にZONEに出逢った。それから私の人生はガラリと変わる。遅れて来た青春の日々を謳歌するようになる。
01年9月16日。見よう見まねでファンサイトを始める。ありがたいことで、多くの方にご来訪いただく。たった一人で参戦した01年8月26日のディスクピア梅田店イベント。サイトを初めて友人が増え、どこのイベント、どこのライヴでも逢える友人が数多くできた。
ZONEがいたから。ZONEがいたからがんばってこれた。ZONEがいたから乗り切ってこれた。
これからは、こころの中に居続けるZONEと共に、生きていけると思う。
05年4月1日。日本武道館。新たなる夢へ向かって旅立つ4人の背中を・・・、そして新たなる人生を歩み始める1万人の歓声を、私は一生忘れない。
ZONE FINAL in 日本武道館
2005.4.1 セットリスト
1:GOOD DAYS
2:大爆発NO.1
3:secret base 〜君がくれたもの〜
4:白い花
5:一雫
6:僕の手紙
7:夢ノカケラ
8:GO!
9:sae zuri
10:ROCKING
11:風のはじまる場所
12:For Tomorrow
13:true blue
14:太陽のKiss
15:H・A・N・A・B・I 〜君がいた夏〜
16:証
17:空想と現実の夜明け
18:さらりーまん
19:笑顔日和
20:一緒にいたかった
【ENCORE】
1:Once Again
2:glory colors 〜風のトビラ〜
【W / ENCORE】
1:卒業
【T / ENCORE】
1:secret base 〜君がくれたもの〜