その六十八
こんな場所で仕事の打ち合わせするんだ・・・
あたしはグンソクと一緒にバーのような場所におずおずと足を踏み入れた。店の中に入った瞬間、ドレスに身を包んだホステス達が声を掛けてくる
「あら、今日はグンソクさんだけ?雅くんはぁ?」
彼女達の際どい衣装にドキドキしながら、あたしは思わず彼の背後に身を隠す
「初めて見る顔じゃない?新人?」
「雅の代わりに連れてきた。俺の秘書だ・・・って、おまえなんで子供みたいに隠れてるんだ?!」
グンソクはあたしの腕をグイっと掴むと、自分の隣に立たせた
「あっ・・・小倉まゆと申します。よろし・・・」
ホステスのうちの一人が挨拶も終わらないうちにクスクスと笑い始めた
< え?何?なんで笑われるの? >
「小さくて可愛い秘書さんね。ホントは彼女なんじゃない?」
「・・・さあね」
「社長はもう来てる?」
「もういつもの個室に通してあるけど」
彼女はそう言うと踵を返し、しなやかな仕草で個室へとあたし達を案内してくれた
「ごゆっくり・・・あ、そのお嬢ちゃんにはジュースがいいかな?」
「ああ、えーと・・・それじゃあ、モヒートふたつ持ってきて」
「かしこまりました」
「もひ・・・?」
「ミントとライムのカクテルだよ」
先に待っていた取引先の男性はグンソクよりも少し年上だろうか?
でも、社長にしては若いよね・・・さすがベンチャーの人脈だわ
「藤原さん、お久し振りです」
「今日は彼女を同席させるけどいいですか?」
「構わないけど・・・最近入った子?」
「うちの会社にアルバイトに来てもらってる同じ大学の後輩です」
聞きなれない専門用語が飛び交う中で、あたしは姿勢を正してひたすらパソコンの画面を見つめていた
何を話してるのかちんぷんかんぷんだし・・・あたしここに居てもいいのかなぁ?
「あ〜・・・そこは雅に確認してみないと分からないな」
「雅君はいつ戻ってくるの?」
「予定では来週には・・・あ、小倉さん」
あたしは肘で小突かれてハッと顔を上げる
< そんな聞き慣れない呼び方で突然話しかけるから、誰の事かと >
「この前まとめてくれた資料を出して」
「はい」
資料の画面を見ながら、グンソクは熱っぽく説明を始め、社長は頷きながら画面に見入っていた
・・・あ、忘れてた
あたしは運ばれてきたモヒートのグラスを手にとって、ストローで一口飲んだ
ゲッ・・・なんか歯磨き粉みたいな味
不味そうな顔をしたあたしと、真向かいに座っている社長の目線が合う
「口に合わないかな?」
「い、いいえ・・・」
「このミントは自家製だから、香りが良いんだけどな」
そして・・・彼の口元が舌舐めずりをするように見えた瞬間・・・
トクン・・・
あたしの身体は、金縛りのように身動きが取れなくなった
< え?・・・ >
あたしは突然、目の前の男の想念の中に引きずり込まれていく
< この子、結構いい身体してるよな >
社長はあたしのスーツに手を伸ばすと上着を脱がせ、更にブラウスにも手を掛ける
な、何すんの?!
あたしは胸を乱暴に揉まれて、顔を歪める
いや・・・っ
男の想念が強過ぎて、あたしは抵抗も虚しく全裸にされてしまった
隣のグンソクはPCの画面を見ながら何かを考え込んでいて、異変に全く気付かない
こいつ、仕事中に何考えてんの?!
男の妄想はどんどんエスカレートしていき、あたしを力づくでソファーに押し倒してくる
その場から逃げたいのに、身動きが取れない
男の舌が胸を這い回る感触に全身鳥肌が立つ
嫌だ・・・
あたしは身体を固くして抵抗するが、男は構わずに欲望を押し当ててくる
このままじゃ・・・
あたしは胸を隠すように両腕を動かした
「あれ、寒いの?小倉さん」
その声にグンソクが顔を上げる
「顔色良くないね」
「・・・」
あたしは右手でグンソクのスーツの裾を掴む
彼はびっくりした顔であたしを見る
やがて、目を細めると掴んだ右手を左手でギュッと強く握り返してきた
グンソクは目の前の藤原の顔を真っ直ぐ見据えて言った
「この子、可愛いでしょ?」
彼の言葉で妄想の中の男の動きがピタっと止まる
「元"男"だったなんて信じられないですよね?」
「えええ?!」
< えええええ?! >
その言葉を聞いた途端、あたしの身体を捕らえていた男の妄想が霧のようにフッと消え去った
「まさか・・・」
「僕も最初知らなくて・・・たしか、今度タイで残りの手術をするんだよね?」
「え?!あっ、はいそうなんです!
頑張って手術代稼がないと・・・はははは・・・」
「・・・」
助かった・・・
「まゆ、それ嫌いか?甘いの頼もうか?」
グンソクは周りに聞こえないように、あたしの耳元で囁く
あたしは黙って頷いた
危機を脱した安堵感で全身の力が抜けてしまった
その後も2人の仕事の話は続いて、手持ち無沙汰なあたしは退屈紛れに一人でまた違う場所へと意識を飛ばす
広い湯船から見える雄大な景色・・・
厳寒の北海道で、そこだけは暖かく心から寛げる場所・・・
いつか、行ってみたいなぁ
グンソクと海の幸満載のお料理をたらふく食べて、卓球して・・・
楽しいだろうなぁ・・・
くふっ
「・・・小倉さんはどう思う?」
< いや、だから急に振らないでってば! >
「女の子の立場からの意見が聞きたいなぁ」
「・・・」
何も聞いてないんですけど・・・
グンソクが少し不機嫌な顔で睨む
「そっ・・・そうですね、温泉とか」
「温泉?!」
グンソクと藤原さんが同時にあたしを見る
ヤバイ、話を全く聞いてないのがバレた・・・
「・・・へえー温泉かぁ。案外面白いかもな」
「うん、それは思いつかなかった」
「どうだ?もう少しアイディアを膨らませてみたら?」
「そうですね」
・・・なんか褒められてる?
まあいいや、グンソクも上機嫌みたいだし・・・
そしてあたし達はそれからまもなく店を出た
帰り道、グンソクはいつもよりずっとしっかりとあたしの手を握っていてくれた
「お腹空いてないか?」
「大丈夫」
「でも食べ物はサンドウィッチしか食べてないだろ?」
「あんな高そうな店で、注文なんかできないよ。あのサンドウィッチだって値段書いてなかったし」
「そんな事、気にしなくていいよ」
「気になる・・・」
いつもはあのホステスが隣に・・・
あたしは想像して少し嫉妬する
「大人の事情が色々あるんだよ」
「大人・・・子供で悪かったですね!」
あたしは手をほどこうとするが、グンソクは更に強く握って離してくれない
「俺から離れるなって!」
道の真ん中であたしは立ち止まって彼の顔を見上げる
「グンソク・・・」
「なんでいつも・・・」
「何が起きても俺が平気だとでも?」
明らかに苛ついた様子の彼にあたしは戸惑う
「平気・・・って・・・?」
「地獄に帰った時だって、雅と会ってた事だって、俺が何も感じてないとでも思ってるのか?」
「・・・」
「さっきだって、何だってあいつに乗っ取られてるんだ?!」
「分かんない・・・分かんないよ」
「俺が守ってあげられるのはこうしている時だけなんだから」
「まゆ」
「今はちゃんと俺の側にいてくれないか?」
彼の長い睫毛が、少し濡れている気がして
あたしは動揺を隠せない
あたしが目の前の彼をこんなに不安な気持ちにさせている
あたしなんかが側にいるから・・・
「それは違う」
「俺が前より強い自分で居られるのは・・・」
「まゆ」
「今夜から俺の家に来ないか?」
「もう、おまえと離れたくない」
彼の言葉のたったひとつさえ聞き逃さないように、あたしは息を殺す
心臓が・・・苦しくて・・・
こんな場所で仕事の打ち合わせするんだ・・・
あたしはグンソクと一緒にバーのような場所におずおずと足を踏み入れた。店の中に入った瞬間、ドレスに身を包んだホステス達が声を掛けてくる
「あら、今日はグンソクさんだけ?雅くんはぁ?」
彼女達の際どい衣装にドキドキしながら、あたしは思わず彼の背後に身を隠す
「初めて見る顔じゃない?新人?」
「雅の代わりに連れてきた。俺の秘書だ・・・って、おまえなんで子供みたいに隠れてるんだ?!」
グンソクはあたしの腕をグイっと掴むと、自分の隣に立たせた
「あっ・・・小倉まゆと申します。よろし・・・」
ホステスのうちの一人が挨拶も終わらないうちにクスクスと笑い始めた
< え?何?なんで笑われるの? >
「小さくて可愛い秘書さんね。ホントは彼女なんじゃない?」
「・・・さあね」
「社長はもう来てる?」
「もういつもの個室に通してあるけど」
彼女はそう言うと踵を返し、しなやかな仕草で個室へとあたし達を案内してくれた
「ごゆっくり・・・あ、そのお嬢ちゃんにはジュースがいいかな?」
「ああ、えーと・・・それじゃあ、モヒートふたつ持ってきて」
「かしこまりました」
「もひ・・・?」
「ミントとライムのカクテルだよ」
先に待っていた取引先の男性はグンソクよりも少し年上だろうか?
でも、社長にしては若いよね・・・さすがベンチャーの人脈だわ
「藤原さん、お久し振りです」
「今日は彼女を同席させるけどいいですか?」
「構わないけど・・・最近入った子?」
「うちの会社にアルバイトに来てもらってる同じ大学の後輩です」
聞きなれない専門用語が飛び交う中で、あたしは姿勢を正してひたすらパソコンの画面を見つめていた
何を話してるのかちんぷんかんぷんだし・・・あたしここに居てもいいのかなぁ?
「あ〜・・・そこは雅に確認してみないと分からないな」
「雅君はいつ戻ってくるの?」
「予定では来週には・・・あ、小倉さん」
あたしは肘で小突かれてハッと顔を上げる
< そんな聞き慣れない呼び方で突然話しかけるから、誰の事かと >
「この前まとめてくれた資料を出して」
「はい」
資料の画面を見ながら、グンソクは熱っぽく説明を始め、社長は頷きながら画面に見入っていた
・・・あ、忘れてた
あたしは運ばれてきたモヒートのグラスを手にとって、ストローで一口飲んだ
ゲッ・・・なんか歯磨き粉みたいな味
不味そうな顔をしたあたしと、真向かいに座っている社長の目線が合う
「口に合わないかな?」
「い、いいえ・・・」
「このミントは自家製だから、香りが良いんだけどな」
そして・・・彼の口元が舌舐めずりをするように見えた瞬間・・・
トクン・・・
あたしの身体は、金縛りのように身動きが取れなくなった
< え?・・・ >
あたしは突然、目の前の男の想念の中に引きずり込まれていく
< この子、結構いい身体してるよな >
社長はあたしのスーツに手を伸ばすと上着を脱がせ、更にブラウスにも手を掛ける
な、何すんの?!
あたしは胸を乱暴に揉まれて、顔を歪める
いや・・・っ
男の想念が強過ぎて、あたしは抵抗も虚しく全裸にされてしまった
隣のグンソクはPCの画面を見ながら何かを考え込んでいて、異変に全く気付かない
こいつ、仕事中に何考えてんの?!
男の妄想はどんどんエスカレートしていき、あたしを力づくでソファーに押し倒してくる
その場から逃げたいのに、身動きが取れない
男の舌が胸を這い回る感触に全身鳥肌が立つ
嫌だ・・・
あたしは身体を固くして抵抗するが、男は構わずに欲望を押し当ててくる
このままじゃ・・・
あたしは胸を隠すように両腕を動かした
「あれ、寒いの?小倉さん」
その声にグンソクが顔を上げる
「顔色良くないね」
「・・・」
あたしは右手でグンソクのスーツの裾を掴む
彼はびっくりした顔であたしを見る
やがて、目を細めると掴んだ右手を左手でギュッと強く握り返してきた
グンソクは目の前の藤原の顔を真っ直ぐ見据えて言った
「この子、可愛いでしょ?」
彼の言葉で妄想の中の男の動きがピタっと止まる
「元"男"だったなんて信じられないですよね?」
「えええ?!」
< えええええ?! >
その言葉を聞いた途端、あたしの身体を捕らえていた男の妄想が霧のようにフッと消え去った
「まさか・・・」
「僕も最初知らなくて・・・たしか、今度タイで残りの手術をするんだよね?」
「え?!あっ、はいそうなんです!
頑張って手術代稼がないと・・・はははは・・・」
「・・・」
助かった・・・
「まゆ、それ嫌いか?甘いの頼もうか?」
グンソクは周りに聞こえないように、あたしの耳元で囁く
あたしは黙って頷いた
危機を脱した安堵感で全身の力が抜けてしまった
その後も2人の仕事の話は続いて、手持ち無沙汰なあたしは退屈紛れに一人でまた違う場所へと意識を飛ばす
広い湯船から見える雄大な景色・・・
厳寒の北海道で、そこだけは暖かく心から寛げる場所・・・
いつか、行ってみたいなぁ
グンソクと海の幸満載のお料理をたらふく食べて、卓球して・・・
楽しいだろうなぁ・・・
くふっ
「・・・小倉さんはどう思う?」
< いや、だから急に振らないでってば! >
「女の子の立場からの意見が聞きたいなぁ」
「・・・」
何も聞いてないんですけど・・・
グンソクが少し不機嫌な顔で睨む
「そっ・・・そうですね、温泉とか」
「温泉?!」
グンソクと藤原さんが同時にあたしを見る
ヤバイ、話を全く聞いてないのがバレた・・・
「・・・へえー温泉かぁ。案外面白いかもな」
「うん、それは思いつかなかった」
「どうだ?もう少しアイディアを膨らませてみたら?」
「そうですね」
・・・なんか褒められてる?
まあいいや、グンソクも上機嫌みたいだし・・・
そしてあたし達はそれからまもなく店を出た
帰り道、グンソクはいつもよりずっとしっかりとあたしの手を握っていてくれた
「お腹空いてないか?」
「大丈夫」
「でも食べ物はサンドウィッチしか食べてないだろ?」
「あんな高そうな店で、注文なんかできないよ。あのサンドウィッチだって値段書いてなかったし」
「そんな事、気にしなくていいよ」
「気になる・・・」
いつもはあのホステスが隣に・・・
あたしは想像して少し嫉妬する
「大人の事情が色々あるんだよ」
「大人・・・子供で悪かったですね!」
あたしは手をほどこうとするが、グンソクは更に強く握って離してくれない
「俺から離れるなって!」
道の真ん中であたしは立ち止まって彼の顔を見上げる
「グンソク・・・」
「なんでいつも・・・」
「何が起きても俺が平気だとでも?」
明らかに苛ついた様子の彼にあたしは戸惑う
「平気・・・って・・・?」
「地獄に帰った時だって、雅と会ってた事だって、俺が何も感じてないとでも思ってるのか?」
「・・・」
「さっきだって、何だってあいつに乗っ取られてるんだ?!」
「分かんない・・・分かんないよ」
「俺が守ってあげられるのはこうしている時だけなんだから」
「まゆ」
「今はちゃんと俺の側にいてくれないか?」
彼の長い睫毛が、少し濡れている気がして
あたしは動揺を隠せない
あたしが目の前の彼をこんなに不安な気持ちにさせている
あたしなんかが側にいるから・・・
「それは違う」
「俺が前より強い自分で居られるのは・・・」
「まゆ」
「今夜から俺の家に来ないか?」
「もう、おまえと離れたくない」
彼の言葉のたったひとつさえ聞き逃さないように、あたしは息を殺す
心臓が・・・苦しくて・・・