「ランドスケープをしよう」管理人ブログ

LANDSCAPING & MOVEMENT STAFF DIARY
since 22/Feb/2005

ペンギンの日と人類の最後の日

今日、4月25日はペンギンの日とのことです。
毎年4月25日あたりに南極にあるの基地にアデリーペンギンが姿を見せ、研究者たちがそれを祝ったことがきっかけのようです。なんだか楽しそうですね

ところで、最初に「ペンギン」と呼ばれた生物ってご存知でしょうか?
実は「オオウミガラス」と呼ばれるチドリ目・ウミスズメ科に分類される海鳥の一種で、古くからウェールズやブルターニュの人々はこの鳥を"Pen-gwyn"と呼んでいました。

しかし、「オオウミガラス」は絶滅したため、その後、飛ぶことができない「南極ペンギンを」単に「ペンギン」と呼ぶようになったということです。

では、なぜ「オオウミガラス」は絶滅したのか?
「オオウミガラスは、肉や卵を食用にするため、または、羽毛や脂肪を採取するために、少なくとも8世紀頃から捕獲利用されていた。小氷期によって個体数減少があったとも考えられているが、その後の大規模な乱獲により、数百万羽いたとされるオオウミガラスはたちまちのうちに数を減らすことになった。オオウミガラスは人間に対する恐怖心がなく、逆に好奇心を持って自ら人間に近寄ってきたといわれる。また、1年に1個しか産卵せず繁殖力が低かったことも、減少した個体数の回復が望めず、絶滅に繋がったと考えられている。

1534年、フランスの探検家ジャック・カルティエの隊がニューファンドランド島に上陸し、1日で1000羽以上のオオウミガラスを殺した。この話がヨーロッパ中に広がって、ニューファンドランド島のみならず各地の海岸で無秩序にオオウミガラスが狩られ、卵が持ち去られることとなった。1750年頃には北大西洋各地にわずかな繁殖地が残るだけとなったが、それでも乱獲が続いた。

1820年頃、遂にオオウミガラスの繁殖地はアイスランド沖のウミガラス岩礁(Geirfuglasker)だけになった。この島は周囲を崖で囲まれていたため人が近づくことができず、繁殖地はかろうじて捕獲の手から守られていた。しかし、1830年に海底火山の噴火にともなう地震により、岩礁は海に沈んだ。この災害から生き残った50羽ほどが、近くのエルデイ(Eldey)という岩礁に移り住んだ。

最後の繁殖地が天災により失われたことによりオオウミガラスはこの時点で既に絶滅寸前であったが、そのため却って希少価値がつき、標本は収集家や博物館に高値で買われるようになり、一攫千金を狙った者たちによって残ったオオウミガラスも次々と狩られていった。1844年7月3日、エルデイで最後に確認されたオオウミガラスの生体は抱卵中のつがいだったが、発見と同時に発見者に1羽は棍棒で殴り殺され、もう1羽は絞め殺された。残された卵は殻が割れてしまっていたという。」

オオウミガラス-wikipedia(2017/07/20)

私は、この話が、そのまま人類の最後の様子になるんじゃないかと思わずにいられないんですよね。少なくとも人類存続が善という気は起きないなぁ。。

SNNに移設します。

これまで長年、多くの方にご支援いただきました「ランドスケープをしよう」管理人ブログですが、スマホ社会に対応するため、FACEBOOKのSNSに移行することとなりました。

Facebook:
「ランドスケープをしよう情報室」
https://www.facebook.com/LandscapeMovement/
「ランドスケープをしよう」管理人
https://www.facebook.com/ouki.miyagawa

公的な情報やランドスケープについての考察や事例紹介は、「ランドスケープ掲示板」との融合を図り、「ランドスケープ情報室」で発信します。
「管理人」の方は個人的な情報発信で、さらにこのブログのように個人的なものは、友人範囲で書いていこうと思っています。なので、友人申請していただければありがたいです。

これに伴い、ホームページのコンテンツも「ランドスケープ掲示板」を削除し、「ランドスケープをしよう情報室」に変更しました。
「ランドスケープ掲示板」もしばらくの間はそのままにしておきますが、いずれ削除いたします。(更新は致しません。)

今後も、わかりやすいランドスケープの魅力を伝えていきたいと思いますので、これからも変わらずご支援のほどよろしくお願いします。

「ランドスケープをしよう」管理人:宮川央輝

コンテンツ改修中

こちらのブログはずっと更新していませんでした。
申し訳ありません。
現在、ブログと掲示板をfacebookのSNSに置き換えられないか検証中です。

これまでこうしたSNSを利用しなかったのは「facebookを使っていない人は見られない」という思いがあったのですが、ある人から「こんなにスマホが普及していて、ネットしている人はだいたい使ってるから」と言われてしまいました。
ガラゲーの私としてはグヌヌ…の思いですが、確かに納得しました。

一応、下記のページで紹介しています。
「ランドスケープをしよう情報室」
https://www.facebook.com/LandscapeMovement/
「ランドスケープをしよう」管理人
https://www.facebook.com/ouki.miyagawa

公的な情報やランドスケープについての考察や事例紹介は「情報室」
管理人の方は個人的な情報発信で、さらにこのブログのように個人的なものは、友人範囲で書いていこうと思っています。なので、友人申請していただければありがたいです。

正式更新はもうすこし時間がかかりそうですが、しばらくお待ち下さい。


口頭試験終えました。

一週間以上経って言うことではないのですが、技術士口頭試験を終えました。

まだ自分の口頭試験の様子はまとめていないのですが、全体的な傾向は、こちらの掲示板でAPECさんがまとめているのでよろしければご確認ください。

でも上記のパターンには、私の試験官には当てはまっていなかったかなぁ。。ただ脱マニュアル感を模索している感じはいたしました。
もう9回目となる口頭試験ですが、一度たりとも似たような経験はしたことがなく、改めて特色のある試験だと感じます。これだけ回を重ねても失敗するときは失敗しますし、緊張もバリバリしてしまうんですよね。

さて、実は、このブログや掲示板等を統合して1つのSNSに機能を集約しようと、東京から帰ってきて試みています。(実は上京中にある方からアイデアと言う名の命令を頂きました。)
まだ形にならないのですが、できるだけ早く構築したいと思っています。
そしてそれまで本ブログもお休みさせていただきます。

ただ、口頭試験や技術士試験について、興味があったり質問があれば、ご連絡いただければ個別にお答えいたしますので、ぜひご連絡ください。

靴を履きつぶす

s-P1250560
昨夜、無事東京から帰ってきました。土曜日から6日間の旅でした。ひさびさにがんばりました。気を抜くと倒れそうです。
今、写真や出来事を整理していますので、また報告を楽しみにして下さい。

さて、今回がんばったのは私だけでなく、この靴もがんばってくれました。親父の形見わけの靴の1足なのですが、途中雪の滑りもあってか、底ゴムが剥がれかけてしまう自体に!!100円ショップでゴム用のボンドで応急処置をしたのですが、最後まで私の足を守ってくれました。

形見分けの靴は、3足あって、1足は息子が履いてこれも履きつぶしました。あと最後の1足は革靴なのですが、ちょっと小さいのでいざという時にとってあります。
形見分けの靴ですから、履きつぶしたほうが、供養になるかなと思って、保管せずにどんどんつかって、東京にも連れていってやろうと履いてきました。

うん、今までありがとうね。助かったよ。靴のありがたさを深く感じる機会にもなりました。


いざTOKYO!!

本日、東京に上ります。
いざ決戦です。
本当にひさしぶりです。

試験後は数日滞在して、
そしてひさしぶりの友人や、お世話になっている方々にも挨拶してきます。
また、公園マネジメントの様子やデザインの視察もしてきます。
勉強の合間に、スケジュール表が埋まっていくは楽しかったなぁ。(現実をそむけながら・・)

しばらくブログはお休みしますが、後日上京報告楽しみにして下さい。

こども建築塾「こんな「みんなの家」があったらいいな」

最近、熊本県オシになってる管理人ですが、また興味深い情報が発信されていました。

熊本県:【くまもとアートポリス建築展2017|開催概要】
こども建築塾 こんな「みんなの家」があったらいいな
http://www.pref.kumamoto.jp/kiji_22114.html?type=new&pg=1&nw_id=1
 今回のこども建築塾では、『こんな「みんなの家」があったらいいな』と題し、子供たちが、甲佐町の災害公営住宅の計画地をイメージし、どんな「みんなの家」があったらいいか考え、絵を描き、模型をつくりました。
 講師には、くまもとアートポリス建築展「みんなの家の展覧会」の企画・運営を手掛けた建築家のアストリッド・クラインさんを迎え、県内各地から集まった小学4年生から6年生の子供たち19名が、夢の膨らむ「みんな家」を完成させました。


十数年まえ、私も小学校に出向いて公園づくり授業「こんな公園がほしい」を行ったことがあります。
新聞で公園のことを勉強している小学校がある、ということを聞いて、連絡したらぜひ話をしてほしいといわれたのがきっかけでしたが、学年全員の前で話すことになったっけ。給食までごちそうになりました。
子どもたちの笑顔に地域が引っ張られる様子をみて、私もこれを仕事にしょうと思ったものでした。

・・・あれ、私初心忘れかけてた??
東京では、公園マネジメントや、こどもたちの遊び場をつくる団体などにも視察に行ってきますので、またこうした体験を踏まえて活動方針を立て直そうと思います。

環境カウンセラー登録更新と実績報告書提出完了!!

QS_20180118-095444
すっかり放置していた環境カウンセラー登録更新と、毎年提出する活動実績報告書の提出を本日完了しました。
環境省告示によって定められているので面倒なんですよねー。

今回から実績報告書はweb上でできるようになったものの、送信時にデータ飛んで、再び書き直し。。聞くところによるとけっこう飛ぶっぽい。心が回復するのに一日かかったよ。。

ですが、この環境カウンセラーをしているおかげで、こどもエコクラブの応援団などにも関われるようになりましたし、更新のない(ただしCPDがある)技術士などに較べてメリハリはあるのかも。

けっこう苦労している環境カウンセラーに、ぜひみなさんも相談を持ちかけて下さいね。
少なくとも実績の審査や面談を通しての人材なので、ある程度の信頼はおけるかと思います。ないのは認知かな〜。

相談方法はこちら!!
環境省:環境カウンセラーに対する問い合わせ
https://edu.env.go.jp/counsel/inquiry/mail.php

まちがしんでいる

先日、妻が録画してくれた宮崎のローカルテレビで、宮崎に移住した方が紹介されていました。その中の一人の東京出身の方は、
「宮崎にはいろいろな店があるからいいですよね。東京は、チェーン店のよ同じような店がおおくてまちがしんでいます。」
と答えていました。
この言葉、地方にとっても、都市にとっても、とても大きい言葉だと思います。

さて、翻って今、宮崎では、若者を留めるための起死回生の一手として、アリーナをつくって、有名人を呼ぶという構想があるようです。

もういい加減、外に魅力を求めるのはいかがなんでしょうね。他都市とは投資力がぜんぜん違うのだから、そこの競争にのっても負けるばかりでしょう。

あ、先程の番組の宮崎に移り住んだ人が、「宮崎には神話があるから好き!ここだけのものがあるっていのは素晴らしい」っておっしゃっていただきましたよ!

観光散策パンフレット

さぁ週末には上京致します。
そんなわけで少しでも空いた時間をとにかく歩こうと、東京の散策マップを集めているのですが、なかなかおもしろいです。
地区によって、その熱意はちがうのですが、特に、「上野」や「浅草」の熱意はすごいものがありました。
「TAITOおでかけナビ | 上野・浅草・谷中・浅草橋・徒蔵など台東区の公式観光情報サイト」
http://taitonavi.jp/pamphlet_ja.html
QS_20180116-104047
もう、ダウンロードできるパンフレットがあるわあるわ。。
QS_20180116-103950QS_20180116-103956
QS_20180116-104003QS_20180116-104017

正直こうした散策パンフレットって、そんなにお金がかかるものではないので、都市間の資本力ってあまり関係ないとおもうんですよね。いかに自分たちのまちを歩いてもらいたいか、という熱意とおもてなしの気持ちと、自分たちのまちを愛する気持ちだと思うのです。(もしくはスマホを持ち歩かない層がニーズなのかもしれませんけど。。)

そんな気持ちがあふれているだろう上野、浅草を短い時間ですが、歩いてみようと思います。


Profile
main page:
「ランドスケープをしよう」
7c14f5c3.jpg
http://landscape-project.net


管理人:ミヤガワ
1972年生まれ。今は主に宮崎・鹿児島の南九州圏に生息しています。たまに国内外に飛び立ちます。
経歴・活動プロフィール
facebook
twitter
管理人にメール
Mediamix News
ランドスケープをしよう
MEDIA MIX

−internet×journal−


ランドスケープをしようtoppage
「ランドスケープをしよう」
×

「ランドスケープデザイン」

Recent Comments
Archives
  • ライブドアブログ