2009年12月23日

Blogを移転しました

レンタルブログの使い勝手に少しもにょもにょするところがありまして、レンタルサーバにWordPressを入れて自前で再運営することに決めました。

新ブログURL:http://maskman.jp/d/

このページにリンクを設定している方がおりましたらお手数ですが、新ブログのほうに変更頂くようお願いします。



maskman3 at 22:45 

2009年10月17日

東方紅楼夢へ行ってきた・その2――『妹と会ってきた』

PSPのゲームアーカイブに『御神楽少女探偵団』が追加されるそうです。予告もなしに続編へ続いたまま、後追い情報がしばらく出てこなかったことで当時は随分と不評をかこったものですが、権利関係も清算されたらしいので、アーカイブスではコンスタントに続編も発売されると思います。だから無印側の猟奇同盟はなかったことにしてあげてください。続でちゃんとまとまりますから。

しかし御神楽の権利関係って、かなり最近まで協議されてたのか。以前、エルフから『新・御神楽少女探偵団』が発売されたときに旧作も同梱されていたので、権利は全て河野氏側が収めていると思っていたのですが。メタルマックスもそうでしたが、開発母体が倒産すると権利関係がごたごたしてしまって、結局のところはユーザが不便を被ってしまうのですよね。何とかならないものでしょうか。

さて、ここからがレポートの続きです。

信貴山参りを終え、時間が押しながらもまだ余裕があったので、近場にある法隆寺にもお参りに行きました。私は法隆寺を教科書に出てくる五重塔と俳句でしか知らず、どちらも慎ましやかなイメージを喚起させるものであったため、一時間あれば回れると思っていました。

しかし、法隆寺は私の予想を遙かに超えて大きく以上に大きく、とても一時間で回れる所ではありませんでした。こんなの半日かけてじっくり回らないとどうしようもねえ!

絶望している暇はなかったので、東大門から西側の建物と大宝蔵院の中を弾丸のように素早く回りました。点在する様式美に溢れる寺社建築たち、飛鳥や奈良に祖を置く仏像の数々など、流し見していくのが本当に惜しすぎるものばかり。次に訪れたときリベンジし倒してやると心に誓い、泣く泣く法隆寺を後にしたのでした。

帰りの列車でFSRをする気力もなく、景色を楽しみながら大阪まで戻り、梅田駅というシャッフルダンジョンを懸命に超えて、妹との待ち合わせ場所に到着。私の妹は大阪に住んでおり、関西方面へ行くということで、会って飯でも食べようと決めていたのでした。

数分ほどで妹も待ち合わせ場所にやって来たので、近況を交わしながら妹のお勧めであるねぎ美人亭という店へ。名前の通り、ネギ焼き専門の店なんですけど、お好み焼きに比べて軽く、醤油ベースのあっさりとしたタレのせいもあって、二枚をぺろりといけました。お好み焼きと明石焼きの合いの子といった感じの味で、非常に美味しかったです。阪急三番街にある店なので、関西在住の人は機会があれば行ってみると良いかもしれません。

食事を囲み、少しばかり世知辛い話をしていると、隣のカップル客らしき人たちがそんなに呑んでもいないのに、宗教談義に華を咲かせ始めました。小乗大乗密教の話から始まって基督回教、挙げ句の果てにはチベットとダライ・ラマ氏、アウン・サン・スーチー氏の話にまで発展、弾圧される活動家のあるべき姿について一大弁舌を振るい始める始末。いやうん、聞いてる分には面白かったんですけど、カップルでそんな話をして気まずくならないのかなあと心配になりました。

取りあえず「ダライ・ラマの考えもようやく俺に近づいてきただろう」は、心の名言として胸に刻み込まれました。発言が誇大にも程があるだろう。店を出てから妹と二人、大爆笑でした。

それからスイーツ、カラオケと相応に定番のコースを進み、閉店間際のヨドバシでちょろっとだけデジカメの下見に。カメラは拘りだしたら際限なく(お金を)持って行かれるぞということだけは、懇々とくどいほど説明しておきました。

閉店とほぼ同じタイミングで店を出て、良い時間となったのでこれにてさよならとなりました。明後日にちらっと職場を覗きに行くと約束して、それぞれの帰途へ。私は新大阪まで戻って、予約していたカプセルホテルに泊まりました。

といっても旅行費用の節約ではなく、実は仮面の男さん、下手なホテルに泊まるよりカプセルのほうが疲れが取れるのです。あの狭さが何というか、実に落ち着くんですよね。心が安らぐ。

明日は本番なので、共同風呂で一風呂浴びてさっさと寝てしまいました。数分も粘った記憶がないので、きっとのび太の如く眠りに落ちたのでしょう。夢を見ることなく黙々と、眠りの中で大阪での第一日が終わり。

そして紅楼夢本番の日がやって来たのでした。



maskman3 at 02:34コメント(0)トラックバック(0)雑想ネタ 

2009年10月14日

東方紅楼夢へ行ってきた・その1――『信貴山へ参る』

最初に述べておきますが、紅楼夢本体のレポはその3とその4になる予定です。その2までは前夜祭と考えて下さい。ちなみに同時投稿したので下のほうに行ってしまったのですが、プロローグもありますので併せて読んで頂けると嬉しいです。

東京始発の新幹線に乗り、新大阪への到着は午前8時半でした。ちなみに前日はイベントで興奮して眠れない子供のように睡眠を取ることができなかったので、行きの新幹線はほぼ眠りに費やしました。仕方ないね。

荷物をロッカーに預けると、奈良方面行きの快速に乗り、一路最寄り駅である『信貴山下駅』へ。大和路快速で『王寺』まで行き、近鉄電車に乗り換えて一駅での到着です。

信貴山下駅にて

改札を下りてバスの運行時刻を確認したところ、ほぼ一時間に一本のペースで、しかも次の発車は三十分も先。仕方なく近くのベンチに腰掛け、花と太陽と雨と(以下、FSRと省略)をしながら参拝客の観察を始めました。もしかして自分と同じ種類の人間がいるかもしれないと期待して。

だが現れるのは敬虔そうなお年寄りと、観光目的の家族連ればかり。星蓮船の元ネタになったんだから一人くらいはいるだろうという目論見は見事に外れました。あるいは私が早く来すぎただけかなとも思いつつ、バスに揺られて信貴山・朝護孫子寺へ。

バスの終点から目的地までは徒歩で15分ほどあり、雄々しくもどこかひょうきんそうな虎のタペストリを辿りつつ、ひなびた町並みをゆっくりと歩いていきます。途中、寅まんじゅうという看板が見えたので帰りに訪れてみようと思いつつ、まずは参拝だと最初の門――仁王門をくぐります。案内の通り歩いていくと、最初に本命の一つと言って良い『命蓮塚』への参道がありました。

命蓮といえば信貴山縁起絵巻の主人公であり朝護孫子寺の中興の祖、星蓮船で星に弟様と呼ばれていた人物です。ここは外せないだろうと階段を上ることしばし、寺の外れにひっそりと佇むお墓――命蓮塚を見つけました。聞くところによると塚の近くにある墓碑のどれかが尼公(南無三の御方です)のお墓らしく、だから周りにある墓碑も含めて手を合わせておきました。

下の写真は命蓮塚。逆光が目に痛いのはご勘弁を。

命蓮塚

次は命蓮塚から下りてすぐのところにある剱鎧護法のお堂へ。剱鎧護法というのは信貴山縁起絵巻・延喜加持の巻で帝の夢に出てきた護法童子のこと。命蓮上人は帝快癒の加持祈祷が完了したことを報せるため、この剱鎧護法を遣いとして京まで飛ばしたのでした。剣の蓑を纏い、輪宝を遣う童子――ここで察しが付いた方もいると思いますが、剱鎧護法とは星蓮船3面ボスである雲居一輪の元ネタです。よく一輪のレーザーに対して3ボスの伝統なんて言う人がいますけれど、これは剱鎧護法の剣蓑を現しているのであって、伊達酔狂の代物じゃないのです。

それはさておき、こちらにもなむなむと手を合わせてきました。写真も撮りたいところでしたが、お堂が丁度工事中のためそれは叶いませんでした。

剱鎧護法のお堂に通じる道を戻ると、ほぼ正面にそれは大きな張り子の寅が姿を表します。これこそ朝護孫子寺の有名な世界一福寅です。説明するまでもなく、星蓮船5面ボスである寅丸星のモデルとなったモニュメントです。この寅と、毘沙門様を祀る神社であることを合わせ、だから朝護孫子寺には阪神タイガースの選手やファンが必勝祈願に訪れることもあるそうです。

近くには撮影用の子寅もいて、そちらは家族が写真撮影などもしており、雄々しくもどこか間の抜けた寅の顔つきと相まって、何となく微笑ましい光景でした。

世界一福寅

案内図を参考に寺社内をつらつらと散策することしばし、舞台様として堂々たるお堂が見えてきました。朝護孫子寺の本堂です。入口左手の看板には『本尊毘沙門天王』の文字が、右手の看板には『信貴山朝護孫子寺』とありました。割合に新しいのは、戦後の失火で建て直されているからだそうです。

本堂

本堂になむなむとお参りをしてから本堂をぐるりと見渡し、次に欄干の向こう側に広がる光景に目を向けます。奈良の平野が一望でき、その光景といえば遠い昔、この地に都を建てようとした人たちの気持ちが一手に汲み取れるほどのものでした。正に絶景かな。紅葉づいていれば正しく溜息が出るほどの光景なのでしょうね。

本堂からの遠景

そんなことを考えながら写真をぱちぱちしていると、携帯の操作に困っているおばちゃんたちに声をかけられました。遠景をぱちりと写して欲しいとのことだったので、縦横一枚ずつぱちり。更に風景をバックに撮ってくれと頼まれたので、そちらもぱちり。おばちゃんの携帯は少し型の古いものだったので、上手く収められたかは自信ありませんが、少なくとも当の本人たちは満足そうだったので良しとしました。

さて、お次は本堂の隣にある霊宝館へ。ここでは信貴山縁起絵巻の複製(原本は奈良の国立博物館にあり、従来は非公開。ただし毎年、特定の時期に霊宝館で原本が一巻限定で公開されるほか、特定の美術館に貸し出されることもあるそうです。原本を見たいなら朝護孫子寺のサイト情報を確認して特定の時期に訪れるか、規模の大きな巻物展の情報をチェックすれば良いのでしょう)が展示されています。以前に信貴山縁起絵巻の収められたムックを買ったんですけど、やはり巻物として存在しているものを見てみたかったのです。

霊宝館の中には信貴山縁起絵巻の複製のほか、信貴山由来の品物も展示してあり、仏像や絵画のほかに楠木正成の太刀や兜なども展示してありました。歴史のある場所にしては展示品が少ないのは、戦国時代の後期に信貴山城が爆発炎上したせいじゃないでしょうか。

閑話休題。肝心の信貴山縁起絵巻ですが、同じ紙媒体でも巻物にして眺めてみるとまた違う味わいがありました。この巻物はよく『日本の漫画表現の元祖』と言われるのですが、一つの巻物に物語を収めるため用いられた表現方法(特に場面移動)の巧みさといったら、現代に比べてもそうひけをとるものではありません。流石に絵柄は当代風であるのですが、細やかな風景描写は実に緻密、人物のコミカルな描き方も赴き深く、いつまでも眺めていても飽きの来ないものでありました。流石に国宝となるだけのことはあります。複製とはいえ巻物状の絵巻を見ることができたのは、大変な収穫でありました。

大きな満足とともに霊宝館を後にし、次に向かうは多宝塔。この塔は見れば分かると思いますが、寅丸さんがなくした宝塔のモデルとなっています。こんなにはっきりとして目立つものをなくすなんて、寅丸さんは本当にうっかりさんですね、ハハハ。

多宝塔

ここまで見終わったところで割と時間が余っていたので、空鉢護法のお堂へ向かいました。看板の説明によると剱鎧護法と共に毘沙門様の護法であると分かったので、ここも参っておこうと考えたのです。

結論からいうとこの階段がかなり辛かったです。空鉢護法を模した蛇状の参道は目測よりも長く険しいもので、日頃の運動不足も祟ったのでしょうが、頂上に着いたときには息も絶え絶えでした。わあい情けなあい。

息を整えてから空鉢護法をお参りし、最後に頂きからの遠景をぐるりと。こちらもなかなかの絶景でした。苦労した分、その光景はより色鮮やかに見えたような気がします。

空鉢護法からの遠景

下りてみると時間が割と切羽詰まっていたので、奥の院は諦めて残りの施設をぐるりと。大半は宿坊だったのでほぼ通り過ぎるくらいだったのですが、二つほど目を引くものをみつけました。

一つめは日本一大地蔵尊の前にあった絵馬掛けです。

痛絵馬がありました。なかなかに可愛い白蓮さんです。H21.9.29と書いてありますので、紅楼夢組の参拝ではないよう。関西在住なのでしょうか、調べてみたけれど該当するものが見当たりませんでした。絵馬にこのような絵をさらっと描いてしまえるなら相応の実力を持たれた方だとは思うのですけれど如何に。

(2009.10.14 追記)痛絵馬の絵師ですが、pixivで調べていたら見つかりました。ただし絵師本人ではなく、その方の転用許可(イメレス)の絵を元に、別の方が絵馬に絵を起こしたようです。気になる方がいましたら『聖白蓮』でタグ検索をして何ページか捲ってみれば見つかると思うので、そこからイメレス元を参照してください。

ちなみに私は節度を守った絵柄ならば、こういった絵馬も良いと考えています。溢れるくらいになると流石に問題なので、他の絵馬の飾り具合を見て、個人の判断で調整するのが良いのかなと。難しいところですけどね。

痛絵馬さん

二つめは帰路で発見した聖徳太子像です。聖徳太子と言えば豊聡耳然り、十七条憲法然り、文に秀でたエピソードや業績の強い印象を受けますが、朝護孫子寺は物部氏との戦いにおける必勝祈願と毘沙門天王の降臨に由来する寺であり、故にいでたちを武に固めた聖徳太子が祀られているのです。そのことは知識として頭に入っていたものの、やはり実物を目にするとびっくりするところがありました。

勇ましい聖徳太子

そのようなものを目にとめつつも、時間が来たので名残惜しくも朝護孫子寺を後にしました。最後に目を付けておいた『寅まんじゅう』の幟が立った土産屋に入り、寅の形をした姿焼きを三箱購入。ばらでも売ってくれるとのことだったので、帰りのバス待ち用にと三つほど購入して食べました。あつあつほくほくのまんじゅうは非常においしゅうございました。宣伝というわけではないですが、甘いもの好きなら食べてみて損はない味だと思います。

以上が信貴山参りの大まかなところです。朝11時に到着、14時7分のバスで帰ったのでのべ三時間ほどいたことになります。電車やバスでの移動時間も含めると、ほぼ半日を費やしたことに。私は信貴山下駅からバスに乗ったのですが、上下共に本数が非常に少ないので、帰りのバス時間は前もってチェックしておいたほうが良いと思われます。行きは人数がいればタクシーを使っても良いかもしれませんね。

(2009-10-14 追記:信貴山への交通ですが、信貴山口駅からケーブルカーに乗るルートもあるそうです。こちらについては『D.B.E遊撃隊』というサイトの参拝レポートを参考にすると良いです。私のところなどより何倍も面白い参拝レポートですよ)

朝護孫子寺の情報については公式サイトが良くできており参考になります。参拝前に目を通し、できれば一式プリントアウトして持ち歩きたいところです。

そして当然のことですが、東方関連のネタでわいわいがやがやして周囲に迷惑をかけるのは厳禁です。絶対にやっちゃ駄目だぞ。あくまでも敬虔な気持ちで、ゆっくりと寺社の雰囲気を噛みしめながら回って下さい。関係者への感謝も忘れないように。

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maskman3 at 01:39コメント(0)トラックバック(0)雑想ネタ 

東方紅楼夢へ行ってきた・プロローグ――『算段を練る』

前回までのあらすじ

さる10月11日、東方紅楼夢という同人イベントに参加することとなった仮面の男さん。折角の関西遠征なのだから他にも色々訪ねてみようと、訪問先を概ねノリと勢いで決めてみたのでした。

その結果、ご覧の通りとなりました。

  1. 信貴山・朝護孫子寺(奈良)
  2. 太陽の塔(大阪)
  3. 鉄人28号原寸大モニュメント(兵庫)

関西方面行くのに、訪問先に京都がないのはどうしてですかと問われそうですが、そんな誰でも行くような所を選んでどうするというのですか。ぶらり一人旅なのですから、もっとこう奇抜で山奥で無茶できる場所を選ぶべきじゃないかと小生、断固決意した次第ですよ。

まあ嘘なんですけどね。実際は結構な回数訪れているので、優先順位を落としても良かった、ただそれだけの話です。

訪問先の選択基準なのですが、まず2を外すことは到底考えられません。そう、あれは今を遡ること数年前――目的も仕事もなくだらだらしていた自分に溢れんばかりの創作力と活力を授けてくれた、天与の才の極北にして我が道標、それが太陽の塔なのですから。訪れないわけにはいかないじゃないですか。ええ、いかないのですよ。

1はこのサイトを訪問の方ならご存じかもしれませんが、東方星蓮船の元ネタとなる信貴山縁起絵巻に縁の深いお寺さんでして、こちらも外すことはできませんでした。隣の駅が法隆寺なので、そちらも訪ねることができればなと、少しばかりの打算を含めての選択でした。

3については関西遠征の一週間ほど前に存在を知ったばかりなのですが、今川版にて鉄人28号の魅力を知った人間として、ここも訪れないわけには行きませんでした。あの勇姿がどこまで再現されているのか……。

他にも訪れたい場所はあれど、この3箇所だけは時間に余裕を持って訪れることを誓い、当日までに案内諸々を含めてばっちり印刷。もちろんイベントの準備も抜かることのないよう厳重の確認をして、10日の朝一番の新幹線で大阪へと向かったのでした。



maskman3 at 01:33コメント(0)トラックバック(0)雑想ネタ 

2009年10月03日

東方紅楼夢5・新刊情報

すっかり音沙汰がなかったのは、こちらにかなりのリソースを取られていたからなのでした。表では何も言わなかったのですが、実はかなり早い段階から申し込みしており、無事に当選していたのでした。

日時は10月11日、スペースは『G-51a』、場所はインテックス大阪6号館です。私はインテックスのイベントにサークルで参加するのは初めてなので、何気にどきどきなのでした。

作業も概ね完了いたしましたので、新刊の紹介ページを作りました。文章サンプルなどもありますので、参考にして頂ければ幸いです。

紹介ページを見て頂ければ分かりますが、今回の新刊――460ページになります。知り合いからは個人誌の量じゃないよねと言われました。文章量は500KBを突破しました。もう二度とこんな分厚いのは、個人じゃ出さないと思います。

冬は受かってたら星蓮船組のSS本を出そう。300ページくらいの軽いものを。



maskman3 at 12:31コメント(0)トラックバック(0) 

2009年10月01日

仮復活

また一ヶ月以上、日が空いてしまいました。

最近はtwitterで更新することが多いので、ここにURLを公開しておいたほうが良い気がしました。しておきます。

http://twitter.com/robert2nd

にょろりとフォローしてもらえると、にゃろりと返します。

最近『シルバー事件』というADVをやりました。もう10年くらい前の作品で、やりたいなと思いつつ放置していたらプレミアム化。最近になってPSアーカイブに登場したので、満を持してプレイしました。

これがべらぼうに面白かった。かの奇作『ムーンライトシンドローム』の次作だからと身構えていたんですが、先鋭的ながらも角はかなり削れており、独特の世界観や雰囲気をどっぷりと味わえる作品となっておりました。最後の突き抜けかたは半端程度じゃなかったけど。

もしプレイするなら最初は操作感の悪さでつまずくかもしれませんが、#2のSPECTRUM(HANA)まではプレイしてみてください。続く#3と#2が本当に良いシナリオなので。前後のシナリオの意味が分からなくても、この二つだけで600円(アーカイブDL料)の価値は十分にあると思うんで。

これは『花と太陽と月と』もプレイせねばですね。



maskman3 at 23:46コメント(0)トラックバック(0)雑想 

2009年08月17日

東方星蓮船をExまで打開しました 4

永夜抄Lunaticを結界組で打開しました。取れそうなスペルは安定するまで練習、取れないスペルは決めボム、決死結界は撃たない、ただし一ボムになったら決死結界――これを守ればどうにでもなります、多分。

これが13日の出来事でした。そのままの気概でコミケに臨み、二日目に星蓮船を手に入れてきました。まだ場数は少ないものの、ルナまで撃てるようになったのだから、Normal初見クリア、Extraを当日に打開することを目標にトライアルしてみました。

結論から言うと、どちらも叶わず。Normalは早苗A装備で4回目にて打開、Extraは打開に翌日までかかりました。未練習、未経験のゾーンに放り込まれれば、私の腕前など所詮はその程度に過ぎません。鷹のような反射神経が私にあったらなあ……。

とまれ、概ね満足できる速さで打開できたので良しとします。

では例によって、リプレイをぽちっと置いておきます。永ルナは反射神経のない人間でもかつかつでクリアできるのだという自信を引き起こしてくれる可能性が高いです。

そして星のほうですが、この中に参考になる動きがあるとはゆめゆめ期待しないほうが良い。攻略参考なら、もっと上手い人のリプレイをみてください。私のリプがどれだけ参考にならないかといえば、Exに限ればほぼ全スペルでより安定した交わし方があります。

私の星リプレイにあるのはパターン化もままならぬまま、ふらふらじたばたとしている早苗さんの姿だけです。なむなむ。

永夜抄
結界組・Lunatic
星蓮船
早苗A・Normal
早苗A・Extra


maskman3 at 23:27コメント(0)トラックバック(0)ゲームネタ 

2009年08月11日

妖々夢のLunaticを打開した 4

風神録のLunaticを打開できた仮面の男さんは調子に乗って他作品のルナにも触手を伸ばし始めたのですが、昨夜になって魔理沙Aで妖々夢Lunaticを打開することに成功しました。やった! 咲夜で打開して『偽打開乙』とか言われると悲しいので、一番ボムの少ない機体で頑張りましたよ。

妖々夢ルナの打開にあたって、各種リプレイを参考に、結界の発動タイミングをかなりガチガチにパターン化しました。私の実力では限界があるのですけれど、できるだけ危ない局面に狙って結界を出せるよう心がけたつもりです。HARDまでは結界を気にしなくてもさして問題なかったのですが、ルナになると結界織り込むのがとても大事というか、そうしないととてもじゃないけれど打開などできるはずもありません。

どれくらい大事かというと今回のプレイ、結界発動数は38回だったのですが、危機回避に30回くらい使ってます。魔理沙の場合、実質10機分ですよ、10機分。弾数の多いルナならボス戦を結界ゲーにすることも可能ですし、上手くいけば風ルナより弾避けスキルがぐっと低くて済む。凡ミスの三つや四つも何とか吸収してくれるはずです。結界マジでありがたいな。

では、そろりとリプレイ[東方妖々夢/Lunatic/魔理沙A]置いていきますね。5、6面を中心に手一杯感があふれ出る代物ですが、かくかくとして拙い動きを笑って頂ければ幸いであります。

maskman3 at 00:24コメント(0)トラックバック(0)ゲーム雑想 

2009年08月10日

ちょっとばかり思うところ

10年というのは私に取っても長く、得たものもあればぽろぽろと零れていったものもありました。零れていったものが主に人間関係であるところ、コミュニティ能力のなさが感じられて悲しいのですが。最近、音沙汰のない人たちも目一杯集めて過去のこと、今のこと、あの日の自分たちにとってKey(特にKanon)とは何だったのか、そんなことを存分に語り合ってみたい気もします。

私の場合はほぼ(Kanonの年齢=創作歴)となってしまうのですが。最初期は、何を書けば良いのかもロクに分からぬまま、心の赴くまま、拙いなりにひたすら書き続けました。当時にはきちんと書けたなと思ったものも、いま読み返すと三回くらい首を吊りたくなります。ただ、かつてのべつまくなし書きまくったことで、少しはましな文章力を手に入れられたようにも思います。

書くことの欲求は未だ衰えておらず、俄に膨れあがるばかりで、最近になってようやく方向性を掴めてきたような気もしますが、しかしあの頃の迸るような熱気が既に喪われていることも確かで。

今は一日平均7〜8KB書いているのですが、ネットブックを片手に喫茶店に入り、誘惑を遮断しなければ叶わぬ目標となっております。いつもアイスコーヒーのSばかり買ってごめんなさいドナルド様、みたいな。



maskman3 at 22:46コメント(0)トラックバック(0)雑想 

2009年08月04日

風神録のLunaticを打開した 4

地HARDを打開でき、これまで歯が立たなかったインペリシャブルシューティングや、495年の波紋が取得できたりもしたので、一週間前くらいから欲をかいてLunaticを始めていたのでした。

一番攻撃力の高い霊夢Bで、ガチガチにパターン組んで、それでも神奈子の神徳に叩き落とされる日々。そんななか、決して泣かず取り組んだ結果、昨夜遅くに残0パワー0で何とか打開することができました。

ちょっと近所迷惑だったかもしれないだが、こればかりはしょうがないよね。ラストの神徳はもうアドレナリン出っぱなしだったもの。打開できた日には歓声でもあげなければ収まろうはずがない。

一年前と言えばおおよそ地霊殿のEASYを抜けるのがやっと、NORMALなんて無理ゲーじゃね? と半ばびくびくしていたくらいなので、そこからすれば少しは上達したんじゃないでしょうか。その割には動体視力が塵のようで、弾幕回避能力もさして上がった風には思えないのですが。

この調子で他作品のLunaticも打開できれば良いなと更なる欲望が沸いてきたので、きみならできるよ(笑)などと思って頂ければ嬉しいです。

では最後にこっそりとリプレイ[東方風神録/Lunatic/霊夢B]を置いていきますね。抱え上等、ボムゲー上等な一杯一杯感の漂う内容です。攻略的な参考には何もなりませんが、これだけへにょい動きでも虚仮の一心でルナまで打開できるのだという、一種の慰みにもなれば幸いです。



maskman3 at 22:33コメント(0)トラックバック(0)ゲーム雑想 
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