夕張・千鳥が滝
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minolta SRT101
MD Zoom Rokkor 35-70
Rollei Superpan
Burton 195 1:1
Oriental Eagle RPVCF


小樽・祝津海岸
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minolta SRT101
MD Zoom Rokkor 35-70
Rollei Superpan
Burton 195 1:1
Oriental Eagle RPVCF


小樽・早朝、雨のフェリーターミナル
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minolta SRT101
MD Zoom Rokkor 35-70
Rollei Superpan
Burton 195 1:1
Oriental Eagle RPVCF

「フィルム現像に王道なし」
そんなことは誰も言ってませんが、ガイドブックや教科書に出ている組み合わせが「鉄板」ではないだろう、という疑問は自家現像を始める時からありました。

多くの場合はコダックD-76が「ベスト」な現像液とされているようですが、個人的にTri-XとD-76という組み合わせは苦手だったせいもあり他のプロセスを調べたり試したりしました。

フィルムの性質が違えば現像液のタイプも変わるはずだと思いながら、どんな現像液があるのかをまだ知らなかったのです。

ネット通販で「微粒子」をキーワードに色々と試したなかで、富士のミクロファインがいちばんしっくりくるのかな?という気持ちにはなっていました。
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minolta SR-1
MD Rokkor 50mm 1:1.7
ADOX CHS 50
FUJI microfine 1:1

ある日ネットで調べると実に様々なタイプの現像薬品があることを知り、まるで森に迷い込んだような気持ちになりました。

その中で出てきたのがロジナールという名前で、なにやら万能らしい。

そのロジナール、現在では売られていないという話で(実際にはR-09という名前で同じ処方で売られている)、「なんかすごいらしい。」という妄想が日々大きくなったものでした。

ある日ヤフオクを眺めていたらデッドストックのロジナールが売られていて、すぐに買いました。画像1
とはいえ、初めて使う濃縮現在液、どれほどの濃度で使うのかまったくわからず、泥縄そのものでネットを調べると、100倍とか50倍とか、びっくりするほどの薄さで「えー⁉大丈夫かよ?」と初めて溶いた時には思ったものです。

出来上がりは、さすがの名薬で、その頃使っていたフィルムはすべてロジナールでまかなえると決め込んでいたものです。

実際、高希釈のキメの細かさはびっくりするほどでしたし。

それでも欲は出てきます。

その頃入手したローライATP(アドバンスト・テクニカル・パン)はその名の通り今は亡きコダック・テクニカル・パンのリプロですが、これがロジナールでの現像ではなかなか上手くいかず、超軟調現像液が良いというのを目にしたのです。

そこから先は次回に回します。

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minolta SR-1
MD W.Rokkor 28mm 1:2.8
Rollei Retro 80S
agfa Rodinal 1+200

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minolta SR-1
MD ZOOM Rokkor 35-70 1:3.5
efke KB 50
Rodinal 1:100


道央のとある国道沿いにその家はあり、年に数回の帰省旅行のたびに、その佇まいが醸し出す過去形の空気が気になっていました。

何度も、撮ろう撮ろうと思いながら、片側一車線の狭い国道で交通量もそこそこあることから「今度、そのうち」で数年たった。

今年の五月、天気が悪かった日にようやくクルマを路肩に寄せて2〜3枚撮りました。なぜだか「今しかない」と感じた。

先ごろまたそこを通り、なぜ「今しかない」だったのかが自分の中で決着がついた。

そこにはその家はなく、錆びついた重機が一台停まっていた。

それがいつなのかはもちろんわかりませんが、すでにその家は取り壊されていました。更地にするでもなく、植木はそのままで、家だけがきれいになくなっていた。

「虫の知らせ」などとはよく言いますが、人の消息ばかりではなく、消えていく風景にもそんなことはあるようです。

よく「風景写真みたいな、いつも同じようなものを撮って何が楽しい?」とか「額縁写真」などと揶揄されることがありますが、自分にとっては風景は一瞬で光が変わる緊張感があり、時々「なんてタチの悪いゲームなんだ」と思うことがあります。

プロやハイアマチュアであれば、その「ゲーム」に勝つためにあらゆる手段を尽くすでしょうが、私のような万年初心者は「運」が味方してくれるのを甘受するばかりです。

そして、そんな虫の知らせもまた「運」。

できればあまり当たってほしくはないものですが、いつそれが消えていくかわからない、次に同じ光が射す保証はない、そんな緊張感だけは持ち続けて写真を撮ります。

これからも。

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