2006年12月02日
ウ・リーク
「ウ・リーク? それって“違う星”って意味だろ?」
と、その男は言った。
「それで君はそんな風に旅をしているのかもな。」
男の名前はクラッピョヘン。
彼は月の廃棄街に近い寂れた通りで一人、鳩を放っていた。
僕の彼女はある日突然行方が知れなくなったんだ。
僕らの住んでいた星はずいぶんと寒く、小さくて何も無いところで
それでもみんなで仲良く暮らしていたのだけど、
…いや、彼女はどう思っていたか知らない。わからない。
僕はあんなにそばにいたのに彼女のことを何一つわかっていなかった、
わかろうとしていなかったって事に
こんな風にならないと気づかないなんてね。自分が情けないよ。
…彼女は、…なんというか、とても夢見がちな人で。
独特の言葉を使って不思議な話を聞かせてくれて
…そう、彼女の旅はずっと前から始まっていたんだね。
メルキ・ヴァラボーリズク。
彼女がよく口にしていた星の名前だよ。
本当にあるのかどうかさえわからない星だけれど
君も名前くらいは聞いたことあるだろう?
彼女にとって本当に僕が必要であれば、
いつかまた出会えるんだろうと信じている。
そして、今の僕は彼女を探し続けることを必要としているんだ。
彼の想いは、十数羽の星間伝書鳩に託され、
それぞれが違う方に、夜空に消えていった。
と、その男は言った。
「それで君はそんな風に旅をしているのかもな。」
男の名前はクラッピョヘン。
彼は月の廃棄街に近い寂れた通りで一人、鳩を放っていた。
僕の彼女はある日突然行方が知れなくなったんだ。
僕らの住んでいた星はずいぶんと寒く、小さくて何も無いところで
それでもみんなで仲良く暮らしていたのだけど、
…いや、彼女はどう思っていたか知らない。わからない。
僕はあんなにそばにいたのに彼女のことを何一つわかっていなかった、
わかろうとしていなかったって事に
こんな風にならないと気づかないなんてね。自分が情けないよ。
…彼女は、…なんというか、とても夢見がちな人で。
独特の言葉を使って不思議な話を聞かせてくれて
…そう、彼女の旅はずっと前から始まっていたんだね。
メルキ・ヴァラボーリズク。
彼女がよく口にしていた星の名前だよ。
本当にあるのかどうかさえわからない星だけれど
君も名前くらいは聞いたことあるだろう?
彼女にとって本当に僕が必要であれば、
いつかまた出会えるんだろうと信じている。
そして、今の僕は彼女を探し続けることを必要としているんだ。
彼の想いは、十数羽の星間伝書鳩に託され、
それぞれが違う方に、夜空に消えていった。
melki_varabolizk at 21:33|Permalink
2006年06月02日
クロージョライ
このくらいの船になると、ひとつの街のようなもので
街にはいろいろな立場の人間がいるように
船には泥棒や密航者もあんがいいるものだ。
みつけたからといってすぐに追い出せるものでもない。
つぎの寄港星までは何ヶ月もかかるときもあるし
宇宙空間にポイと捨てるわけにもいかない。
わたしはいつのまにか仕事を得ていた。
客室の掃除係。
表向きは密航者を認めることはできないけど
存在してしまう以上は
目立たぬところで働かせておけばよいという暗黙の了解があった。
ケララス・ヨァイというタビー星の女の子と仲よくなった。
彼女は密航者一家の長女で働き者
片方の頬からひくい鼻を超えて反対側の頬まで
青黒いあざが橋のようによこたわっている。
彼女がわたしを手引きして、この仕事を分けてくれた。
「買い叩かれてるようなもんだけどね」
彼女は休憩時間に、卵を挟んだパンをわたしによこし、いった。
「これいじょう弱い立場もないんだから仕方ない」
「あはは」
たくましく、明るい彼女にわたしは救われる。
「まあ、食べたいだけは食べられる」
彼女の弟は調理場にいて、のこり物をいくらでも持ってくることができる。
妹は遊技場の清掃。賭博で大勝した客が、酔ってチップをくれたりするという。
「客室の掃除なんかうまみの少ない仕事だよねえ、こんなの紹介しちゃってごめん」
「そんな!ここで働けるだけでも幸せ」
「いい子だねえ」
年はそう変わらないはずなのに、彼女からはわたしが幼くみえるようだ。
「そういえば、こないだあんたがいってたゆうれいのことだけど」
「うん」
「私ゃそういうの、何にもわからないんだけどさ。妹がいってた、それっぽいのが遊技場にいるって」
「へえ」
「あんたを船に連れ込んだ奴と同じ奴かどうかはわからないんだけど」
「たぶんちがうでしょう。たくさんいるんだとおもう」
「7・1・3やトリトカード、プリア虫競走で気に入った客は勝たせてやるらしい」
「気に入らない客は?」
「さいしょは勝たせてやって……天国から地獄へ突き落とすのよ」
二人一組で客室を掃除して歩きながら、
わたしたちはとりとめのないおしゃべりをして過ごした。
わたしが星でしていた、心臓王の包帯を織る奉仕活動の話は
とくに彼女の興味をひいたようだった。
「こういっちゃ何だけどちょっと不気味な石だね、血がにじむってのは」
彼女のこういう正直で飾りっ気のない性格も、すきだ。
「みた目が血に似てるだけでほんとの血じゃないよ」
「でも生きてるみたいじゃない?」
「うん」
わたしは耳にヘッドホンをあてがうしぐさをして
「こう、すきな音楽を聴きながら、織り機を操るの」
「いいね。私たちも何か聴きながら仕事できたらね」
わたしは、知人の出産祝いの買い物のために、ほんの片時この船に乗るだけのはずだった。
気に入ったりんごのヘッドホンも、音楽のソフトもみんな家においてきてしまった。
着替えさえ持たない状態で、わたしは船にとじこめられた。
melki_varabolizk at 23:12|Permalink
2006年03月20日
ウ・リーク
船の中は思ったとおり退屈だった。
元々物置だった所を改造したような簡素な個室。
(末等なので文句は言えないが。)
代わり映えのしない窓の外の景色。
氷塊は、凍ったまま月へと運ばれ
そして、月で ある程度消費される。
また、月から近隣の星へと輸送されるものもある。
これが、彗星が僕の星に運んでくる氷塊たちの行方です。
彗星の周期は特定できてはいるのだけど
彗星および氷塊がどこからやって来るのかは未だにはっきりわかっていません。
僕の星には、水や氷から思念を読み取ることが出来るという人たちがいる。
彼らは「水読み」と呼ばれ、その名から連想されるとおり
地下水脈や温泉などの発見に一役買ったりするほか
原因不明の病気を治したり、無くした物を見つけてくれたりする者もいる。
一見滑らかに見える氷塊にも、
当然、この星につくまでの間についたであろうたくさんの傷跡があり、
その傷跡を辿るように氷全体を触ってゆくと
様々な情報が直接頭の中に流れ込んでくるのだそうだ。
それらの情報を元に彼らが言うには
氷塊は、この銀河の端の星で作られたものであるとしており
彼らはその星を「メルキ・ヴァラボーリズク」と呼んでいる。
メルキ・ヴァラボーリズク。
それは、この銀河の色んな星々で昔から言い伝えられてきた
いわゆる理想郷の名前でもある。
ある星では、全ての宇宙生命の発祥の地と言われているし
またある星では、長い旅路の果てに人々がたどり着く
最後の地であるとも言われている。
いずれにせよ、多くの星の人々がこの言葉の響きに
特別な感情を抱いているようである。
僕の星は、他の星との交流の歴史はまだ浅い方で
他星の文化が入り込んでいる場所は限られているので
その辺は実感としてはまだわからない。
持ってきた本を全て読み終わり、
船内のメニューも一通り食べ尽くし、
そしてジムでの運動にも飽きてきた頃に、ようやく月へ到着した。
melki_varabolizk at 00:26|Permalink
2006年02月12日
クロージョライ
親愛なる・
ゆうれい船の話は、まだ書いてなかったとおもいます。
船内の人間の中に、ゆうれいが混じっているという
キウェー5・3の海域で出没するという
キング・ケゾベの商船。
このごろは乗組員のほとんどはゆうれいで、残りの人間はゆうれいたちに操られているらしい。
そしていつか、最後の人間が死んだとき
その船はゆうれいの怨念だけで動く完全なゆうれい船になる。
怨念で動くというといい感じがしないけど
心で動かすといえば すんなり受け入れられるような。
心で動かす。
人の想いの強さが動かす。
そんなことをこのごろ考えています。
というのも、ゆうれい船は決して特定の海域に現れるモンスターではなく
この“青いレモンの誉れ”号にも
ゆうれいが乗っていることに最近気づいたから。
わたしがこの船に、船の民の少年を追って迷い込んでからしばらくして
それに遭遇しました。
船がわたしの星を離れて数日
わたしは乗客のような顔をして船内を歩き テーブルに盛られているサービスの果物や
売店の試食の皿からつまみぐいしていましたが
どうも わたしをみて人々が噂をしてるような
顔を覚えられてしまったような気がして
それからは温室植物園で適当に食べられそうな実なんかを食べたり
倉庫で眠るのはやめて ここの木々の間で眠ったりして過ごしました。
このくらい大きな船になると 都会の街がまるごと空を飛んでいるようなもので
わたしひとりくらいを隠したままでいてくれる隙間はいくらもありました。
わたしのような密航者らしき人とも何人か知り合い 助け合うようになったり。
いや、きょうはこんなことを書こうとしたんじゃなく。
船での生活はまた少しずつね。
それで、わたしがみたゆうれいだけど……
あの、船の民の少年は、そうじゃないかとおもっている。
わたしが一度、船内の遊園地の乗り物の中で眠ってしまったとき
係員にみつかって 名前は? 何号室の客だ? 乗船証は? なんて詰問されてたときに
それまでいくら探しても会えなかったかれが 給仕の制服すがたで
いつのまにかそこに立っていて
わたしのことを 「こんなところに隠れてたのか、怠け者の新入りで困る」
といって笑いながら わたしの手を取って乗り物から降ろし
まごついている係員の前を堂々と通ってゆく。
わたしは何もいえず かれの手のあまりの冷たさに ただ心臓がどきどきして
足をもたつかせながらついていった。
遊園地の係員の目には
さぼっているところを先輩にみつかって、おびえているふうにみえたでしょうね。
遊園地を出たところで かれのすがたはすうっと消えた。
話しかけるひまもなかった。
あの手の冷たさ。
氷そのもの。
そのときわかった。
船の民の少年は まだあの険しい岩山の中の小屋でひとり
変わらず孤独な暮らしをつづけている。
わたしが みたとおもって 船の奥深くへ追いかけたのは
かれのまぼろし
ゆうれいがわたしの心を映し出すようにかれのすがたとなって
わたしをこの船に――何の目的があって、あるいはただのいたずらで――引っぱり込んだのだ。
melki_varabolizk at 12:12|Permalink
2006年01月24日
ウ・リーク
港には客船のほか、貨物船がいくつか出入りしている。
カニ男たちが着いたばかりのコンテナや氷塊を
ガキョンガキョンと輸送車に積む音の中、タラップを降りる。
氷塊はちょうど今がピークなんだろう。
月への便も頻繁に出ているようだ。
月には一度だけ行ったことがある。
といっても、幼い頃に父親に連れられて、だが。
当然その時のことはほとんど覚えていないが、
どこか小さな施設で、
子供の背丈ほどの人型のロボットを修理している父親の姿は覚えている。
何故かそのロボットは胸から血を流していた。
幼い頃の記憶だから事実かどうかはあてにならないが。
ドームに入り、街の中心部まで電車で移動する。
離星・渡月の手続きなど済ませた後、
適当な弁当を買い、公園で食う。
暖かい苦泡茶など飲み、
あたりを散歩している人々や
かすんで見える天文タワーの頂上など眺めていると、
後ろから声がする。
「あんた、死ぬよ。」
突然の声に振り向くと、見知らぬ男が立っている。
男は細身のシルエットの黒い上下のスーツで、
ふちがあり、てっぺんの平らな黒い帽子をかぶっている。
その帽子から、おそらく天然のものであろうウェーブのかかった黒い髪が
肩の辺りまでじゃらんと垂れ下がっている。
その肌は陶器のようにつるりと白く、
そこにすっと切れ込みを入れたような鋭角的で冷やかな目が
こちらへ向けられている。
「あんた、死ぬよ。」
と、もう一度その男は言う。
その言葉は宙に浮き、僕は男の次の言葉を待つ。
が、次の言葉は無いようだ。
男が顔にかかった髪をかきあげた時、手首に白いバンドが見える。
そして僕は彼が近くの精神科の患者なのだと理解する。
夕方までにコートなどの不用になる物を処分したり、
船内での暇つぶし用の本を購入したりして過ごす。
その後することも無くなり、早めにステーションへ入る。
食堂で飯をくったり、風呂に入ったり、
どうでもいいニュースを眺めたりして最終の便を待つ。
melki_varabolizk at 23:43|Permalink
2006年01月06日
クロージョライ
かれをみた気がしたんだった。
風変わりな楽隊の音楽に、耳をふさいでしゃがんでいると
休んでいる人たちの間をすいすいと泳ぐようにゆく
銀盆をささげて、白いボーイ服をきているけれど
コルカの火に暖まりながら話した、かれにまちがいない。
わたしは あっといって立ち上がり
もういちど顔を見ようとした
(――今度、港に船がきたらもぐりこむ。)
(――そんなことできるの。)
(――できるかじゃなくて、やるしかない。)
あの、きかなそうな顔
硬そうな、跳ね返った髪。
見まちがうはずがない。
香酒の小さなグラスを あちこちから伸びてくる手につぎつぎ取られ
空になった盆を脇に挟んでそのボーイはゆく。
同じ制服、同じような背格好の若いボーイが何人も出入りして見失いそうになる。
香酒を手に気ままに歩きまわる買い物客たち、乗客たちにぶつかりそうになりながら
金のふちどりのある、白い制服の背中を追う。
それにしてもこの音楽!
かれはゆったりとした足取りで 舶来品の陳列されたサロンを出て行ってしまう。
大きな絵画がついたてのようになり
その先は船の乗客とクルーしか入れないエリア。
入口にガードが立っている。
そこを通る刹那、ボーイはちらとこちらを見た。
場違いなくらい一人だけ鋭い目をしていた。
(いなくなってしまう)
そのとき、背丈ほどもある、酒類のボトルを山積みにしたワゴンが背後からやってきた。
押しているのは調理服を着た男で、ワゴンは絵画の横を通って向こう側へゆくらしい。
わたしはワゴンのわずかなすきに、つま先に全体重をかけるように飛び乗る。
わたしを乗せたまま、ワゴンは止められることなくガードの前を通過した。
そこから先は どこをどうやって進んだのだろう
乗客たちが静かにくつろぐ広間を抜け 厨房に向かう通路に入った。
わたしはこの日
あまり民族色のつよくない、あっさりした貫頭衣に皮の上着をきていたせいか
ここの星のものだとわからないらしく
乗客の子どもが鬼ごっこでもしているのかというように 誰も気にとめるようすはなかった。
銀盆も何ももたないかれの姿が、すっと通路の前方を横切って見えなくなる。
「待って!」
叫びたかったが、声を抑えた。
ひょっと、香酒のグラスをぎっしり並べた盆をもったボーイが出てきて
「お嬢さん、こっちはお仕事するところだよ。遊ぶのは向こうでね」
びくっとしながら、わたしは頭を下げ、引き返すふりをし
ボーイがわたしを追い越してゆくと、すぐまたきびすを返してかれの消えたほうへ向かった。
リネンの山を積んだカートを押す 二人組の女が向こうから現れて、
わたしに気にも留めないようすで話している。
すれちがいざま、きこえた。
「あら、定刻を少し過ぎたようだけど」
「やっと出発だって」
melki_varabolizk at 10:05|Permalink│Comments(0)
2005年12月25日
ウ・リーク
定刻より少し遅れて船は出発した。
僕は客室には入らずに、甲板に出ていた。
ごうごうと鳴る船の機関の音が
寒さを一層引き立てているような気がした。
強く冷たい風をさけ、客室の壁を背にして
ぼんやりと、離れ行く陸地を見ていた。
海の上に白い跡をつけながら船は進む。
やがて波に紛れ、弾けて消えてしまうあぶく達の作る跡だ。
普段からブラブラする事は多い僕だが
本格的な旅行は、ほとんどしたことがない。
今まで、ずっと生まれ育った土地で暮らしてきて
そこから長く離れる事は無かったのだ。
いつからだろう。旅に出たいと思い始めたのは。
いつからそういう気持ちが芽生え始めていたのだろうか。
時間の流れが緩やかに感じられる時、
…例えば、雲の流れを飽きずにずっと見ていられるような
そんな気分の時には
ふつふつと心から湧き出す物語のようなものを感じられる。
その世界には様々な住人たちがいるようだけど
彼らの声は、いつでも聞く事が出来るとは限らない。
聞く事が出来たとしても、謎めいていて一体何を意味するのかわからない事も多い。
それらはまるで瑞々しい若葉から滴る朝露のように一瞬キラめいて
僕の心に秘密めいた余韻を残してゆく。
思えば彼らが、僕をずっと旅に誘っていたのかもしれない。
旅に惹かれること。
それはまだ見たことのない世界を求める気持ちでありながら
自らの心の奥深くにひっそりと眠っている、
安らかな場所を求める気持ちでもあるような気がする。
船の進行方向に目をやると、街の島が見えてきた。
街全体を覆うドームが、鈍く銀色に光っている。
melki_varabolizk at 00:03|Permalink│Comments(0)
2005年12月11日
クロージョライ
心の中でなら、いつも旅を。
その移動距離のあまりの遠さは
ばかみたいで口にできないくらいだ
涙で 髪の中までつめたく濡れて
ひくひく震えながら目覚めることがある。
人々は ほかの星へ行くことなんて考えてはいない。
考えるだけで罪とおもって。
出てゆくことは
仲間を捨てること、裏切ること。
力を合わせなければ こんな荒れはてた星で暮らしていけない。
協力することは義務だと。
街はずれの宇宙港に訪れる船をみても
外界に憧れているそぶりをみせることは危険で
買い物のためにしかたなく、といったふうに
内心のときめきをおしころして しかつめらしく入船整理券を受けとる列にならぶ。
いや ひとりだけ いた。
別の星への憧れを隠さない者が。
それは わたしたちの先祖がこの星に移住してきたとき
船内に住みこみで働いていた役夫たちのうち
一緒にこの星に降りてしまった人々の末裔の少年で
彼らは代々共同体になじめず
少年も街から遠い 不便な場所に一人住まいしていた。
奉仕活動に二、三度 顔を出したけど
居心地悪そうで ぱったりと来なくなった。
誰も行きたがらない 岩場のけわしいところにある彼の家へ
連絡票をもって行ったことがある。
――おれのことなんてかまうなよ。
――奉仕活動の連絡をもってきただけよ。
火の気がなくて 凍えるような部屋で
コルカで小さな火をおこし きちょうな獣脂を燃やして
温めてくれたむらさきの果汁の香り、味を忘れられない。
――クロージョライ。
――うん。
――変わり者って評判の。
――あなたもね。
――悪いけど、もう奉仕には行かないよ。
――それでいいとおもう。
――義務だとかいわないの?
――いやいや織った包帯は、心臓王は喜ばないっていうから。
――あんたはすきで行ってるのか。
――音楽聴いてひたすら織ってると 心がからっぽになって気持ちいいよ。
わたしは彼の 悲しくなるようなさみしい部屋を見回した。
――何にもない家だろ。
――…………。
――ちかぢか出て行くよ。
――どこへ?
彼は肩をすくめて、
――別の星へ。
――どうやって。
――今度、港に船がきたらもぐりこむ。
――そんなことできるの。
――おれの先祖は船の民だよ。船に住み込んで働くのがしぜんな生き方なのさ。
あんたたちの祖先につられて、一緒にこの星に降りちまったのが間違いだった。
――そんなふうに否定されると、この星を愛してる人間としてはつらい。
――意外だな。
――え?
――あんたはここを出たがってるのかとおもってた。
――わたしが?
――違うのか?
わたしはおかしなことをいった、
――この星を愛してることと、この星を出たいことは、矛盾しないでしょう。
――やっぱり出たいんだな。
――……わからない。別の星へ行くなんて考えたこともない。
船にもぐりこむなんて、ほんとうにそんなことできるの。
――できるかじゃなくて、やるしかない。ここにいておれに何ができる? やるしかないだろう。
――どこへ行きたいの。
彼は湯気のたつカップをじっとみつめ、
――船の民のあいだで、大昔から語り継がれている幻の星がある。
先祖たちがずっと船で働きながら暮らしてきたのは、いつかそこへたどりつくためなんだ。
――なんていう星?
――メルキ・ヴァラボーリズク。
――え?
――メルキ・ヴァラボーリズク。
melki_varabolizk at 20:50|Permalink│Comments(0)
2005年12月01日
ウ・リーク
今まで僕は先のことを考えすぎていたのかもしれない。
仕事を辞めることに付随して生じた諸々の処理は
思ったほど面倒ではなかった。
ついでに部屋も引き払った。
荷物は少ない方がいい。とか。
何人かに手紙をだした。短い手紙。
このように日記のような物をつけている僕だが
同じ様に文章を書くという行為でも、人に手紙をかくのは苦手だ。
何もきめていない。
あてもない。
少なくとも今は、そういう状態を楽しめる。
とりあえず僕はいつものように街まで出ることにした。
海沿いの長い一本道を、リュックを背負ってヨチヨチとあるいた。
人がやっと一人歩ける幅の線を引いた便宜的な歩道の横を
スピードをだした車やバイクが通り過ぎてゆく。
やっぱ朝はさみいな。
あまり存在感の無い太陽が、裏側から雲を妙な色に染めていた。
あれは何色って言うんだろう。
フェリー乗り場に到着するころには体も暖まっていたせいか、
空調の効いた待合室内は暑くて汗が出るくらいだった。
脱いだコートとリュックをベンチに置き、飲み物を買って飲んだ。
葡萄ジュース。
と書かれているけど、果汁1%未満だった。
本物の葡萄なんて食べたこと無いのでこんな味かどうかわからないが。
まだ早かったためか、あまり客はいなかった。
次の船まではまだ少し時間がある。
本を読んでいる若くてきれいな母親の横で、
5,6歳くらいの子供がペットロボットと遊んでいた。
子供の肩に乗るくらいの小さな猿みたいなやつで
わりと年代ものらしく、あちこちに修理のあとがうかがえたし
時々、昔はやったCMやギャグを言ったりしていた。
「食べてぷっぷく、お尻にぷっぷく。ぷっぷくなら玉凛製薬のプップ工藤におまかせあれ!」
「…しゃかりきッスよ先輩!マジしゃかりきコロンブスッスよ先輩!」
なつかしい。心地よいBGMだ。
melki_varabolizk at 02:38|Permalink│Comments(0)
2005年11月25日
クロージョライ
“青レモンの誉れ”号が
市街地のはずれの港に降りたというので
わたしたちは朝から入船整理券を取りに並んでいた。
数年に1度くる、有名な客船であり、貿易船でもある。
銀河中から集まっためずらしい品々をひとめ見ようと
街中のひとびとが詰めかけていた。
わたしと奉仕活動の仲間たちは
件の双子の両親のために贈りものを選びにきていた。
街で選ぶのもいいけど、せっかく船がきてるんだから
舶来品をプレゼントしようよと。
整理券は、8人のうち2人と、わたしが当たり
3人で船に乗り込むことができたのは正午を回っていた。
みんなから預かった祝い金を リーダーの男が持ち、
わたしたちは手分けして、候補の品を見つけ
1時間後にラウンジで待ち合わせることにした。
なにしろ船内は、出られなくなるんじゃないかと
こわくなるほど広い。
そして、きらびやかに着飾った異星のひとびとの空気に圧倒される。
飛び交う銀河語。
わたしが向かったのは書物のコーナー。
美術品や宝飾品や衣装、精密機械のたぐいは
はじめからわたしたちに手が出るような物はない。
つつましい食器や日用品、お菓子や香辛料、お酒。
言葉はわからなくても、眺めて楽しいような書物。
せいぜいがこのあたりでしょう。
どうしてこの豪華客船が、
おせじにも豊かとはいえない星に毎度毎度
りちぎに立ち寄るのかわからない。
この船で旅に出られるほどの富豪はいないだろうし
舶来品の買い物でも たいした上客がいるわけもない。
ただ この星で採れる心臓石が よその星ではほとんど採れず
医療やら美容やら調味料やら魔術の材料やら 何かと役立ち
目もくらむような値段で取引されるというので
ごんごん採掘しては輸出されているという
噂をきいたことはある。
絵巻物をみていると、楽隊が演奏をはじめた。
フワフワしたなんだかとりとめのない
熱病のような音楽で
客たちはぴょんぴょん飛び跳ねて踊りだした。
リズムに乗れずに、ぽかんと立ち尽くしているのは わたしたちの星の住人ばかり。
さぞかし無粋で、鈍感なひとびとにみえるだろう。
奇妙な楽器たち。
長い透明な管を体に巻きつけるようにして吹いている。
ガラスの筒の中にじぶんが入って、内側からたたいて演奏するのもある。
天井から何本もぶらさがった、長さの異なる蛇腹。
色のついた砂を大鍋のなかで混ぜ合わせることで、甘いうめきのような音が出る。
二人の人間がのびちぢみする帯のようなものの両端をもって はためかせる楽器があり
これがフワーンフワーンと、思考が鈍くなるような周波数を出しているのだった。
待ち合わせの時間までまだ半分以上あるのに
なんだか頭の奥がしびれてくる。
みだらな
聞いてはいけない声を聞かされているようだ。
わたしは、1冊の薄手の絵本をかかえたまま、円柱にもたれていた。
この音楽の聞こえないところにいって
ちょっと休まなければ……
melki_varabolizk at 23:25|Permalink│Comments(0)