陽だまりの図書館

 第一志望でもない大学に進学したものの、ずるずるした生活を送り中退。バイトで食いつなぎ、夜の街で客引きをする優斗が出会ったのは、この世にいるはずのない女だった……。(『違う羽の鳥』ほか5編)

 コロナ禍にのまれ、人生を変えられた人たちの6つの物語。「犯罪小説集」とあるから、ドキドキしながらページをめくったけれど、どれも先の読めぬ見事な展開で楽しめました。『特別縁故者』『祝福の歌』が特にお気に入り。パンデミックは確かに生活を一変させたけど、何があっても変わらない「何か」について考えされられました。

 彼女にフラれ、共に彼女の故郷高知でカヌーを漕ぐだったはずの夏休みが潰えた朽木。周りは旅行に実家に、自動車教習所の合宿に、企業のインターンにと消えていき、茹だるような暑さの京都に1人残されてしまう。そんな中、友人の多聞に焼肉を奢るからと呼び出され嬉々として向かうが、多聞からあることを頼まれてしまい……。

 ひょんなことから、御所グラウンドで早朝野球の試合に出ることになった朽木のひと夏といえば、それまでだけど、夏の早朝の爽やかな空気や、ボールを見上げる青空、バットを振った時のカキーンという響き、見ず知らずのものたちが繰り広げる野球の試合がほのぼのと温かく、切なく、読み終えた後もしみじみとしてしまう。これは、もう京都の夏を体感しながら読まないと!

 読んでいるうちに知らず知らずミスリードされてしまう叙述トリック。そこが楽しいので、この本は叙述トリックのミステリですよ!なんてのっけから言われた日には、大切な友人さえ失いかねないほどなのに!
 この本はいわゆるミステリ作家から、読者への挑戦状。ということで、これでもかと次々に仕掛けてくる、仕掛けてくる。ちょっと暴走気味の気配もあるけれど、そ、そうなのか…と楽しみました。中でも印象的だったのは『背中合わせの恋人』。騙されてうれしいのも叙述トリックの楽しみの一つですよね。

母に無理やり連れて来られ、放り出された見知らぬ団地で、小学2年生の少女果遠(かのん)と劇的な出会いをした同い年の結珠(ゆず)。育ちも環境もまるで違うのに、溶け合うように心が通い、いつしかかけがえのない存在になっていく2人。親の都合でいったんは離れたものの、高校1年生の春、思いもかけない場所で巡り合う。

 運命的な出会いをした2人の女性の幼い頃、多感な少女時代、そして大人になった「今」を描く。恋愛ものかと思い、ためらっていたけれど、この物語に出会って本当によかった。恋愛よりも、もっと崇高で胸が痛くなるくらい美しい「たましい」の共鳴。 
 物語の終わり方もタイトルも本当によくて、しばし余韻に浸ります。

新型コロナウイルスのパンデミックが始まってから2年目の秋。出口の見えない不安の中にも少しずつ明るい兆しが見えてきた中、瑛子の気がかりは、閉まったままのカフェ・ルーズのことだった。

 元同僚の葛井円(まどか)が世界中を旅して、美味しい料理やスイーツを提供するカフェ・ルーズを舞台にした連作短編集『ときどき旅に出るカフェ』の待望の続編です。女性が1人で営むカフェ営業を妨げるものは、世界的大流行の感染症だけではなくて……というのがいい。読むからに(見るからにじゃなく)美味しそうなレシピと「悪意」とも呼べるスパイスが程よくて、ビストロ・パ・マルのシリーズと同じくらい大好きなシリーズになりそう。

奏杜(かなでもり)高校で、清掃や管理など学校の環境整備を担う校務員の平人生は、生徒たちに『人生先生』と呼ばれ、慕われている。今日も同級生とバイト先の先輩の2人から好意を寄せられ、悩む少女が相談にやってきて……。
 甘いものが大好きで、生徒に対してもいつも丁寧語。「恋と愛のちがい」や「運がいいって?」「生きる意味」など、悩める高校生に寄り添い、自ら「考える」ことを促す人生先生って何者?大人から見ると些細に思えることも、未来の見えない少年少女には、動かせない高い壁にも思えるのかも。SNSの功罪や不幸を感じてしまう理由についてなど、大人でも考えさせられてしまう。

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