白い網の真ん中に貼りつけてある丸いプレートには、崩した文字で「YZ」と書かれていた。水色の涼やかな文字だ。おそらくは社名の頭文字からとったロゴなのだろう。彼女は「YZ」の文字を頭に思い浮かべながら、ゆず、と小さく呟いた。まるで親しい女の子の名前を呼ぶかのように。
そのゆずは去年の秋口から押し入れに仕舞われていた。カバーもなく、半年以上も眠っていたので、埃が被っており、薄汚れた印象が強い。彼女はゆずを引っ張り出し、まずは板張りの廊下に置いた。それからいそいそと、水を張った洗面器とタオルを用意する。廊下に膝をついて、タオルを濡らし、キュッと絞った。
正面の網を拭いていく。すすすと網の線をなぞり、細い溝に挟まった埃も、タオルの端をこよりのようにしてこそいでいく。綺麗にしたあとの線に指を滑らせ、少し濡れた、つるりとした感触を味わう。彼女は気分をよくして、プレートから放射状に延びている網の線を一本一本、丁寧になぞっていく。
一通り正面の網を拭いてしまうと、彼女は網を止めている小さな留め金を外し始めた。留め金には少しかたいのもある。四つの留め金、すべてを外し終えて、正面の網を外すと、青みがかった半透明の羽が現れる。遮るものは何もなく、けれど、その四枚の羽にもうっすらと埃が被さっていた。
タオルを濡らして絞り、綺麗な面を外にして折り畳む。そのまま当てるけれど、羽はまるで嫌がるように滑って回る。彼女は下方の羽を手で押さえ、もう一度タオルを押し当てた。風もない部屋の中、彼女はただゆずを拭いていく。外された白い網がゆずの足元にある。無造作に。まるで脱ぎっぱなしにされたシャツのように。
彼女は額に滲む汗を手首で拭い、ふっと息をつきながら肩の力を抜いた。タオルを濡らして絞り、またゆずに押し当てる。羽が次第に艶やかさを取り戻していく。一枚ずつ、ゆっくりと、彼女は表も裏も変わりなくタオルでなぞる。羽の根元の溝は、ゆずの身体の隙間のように、ゆずの腋や膝の裏のようにも思えた。
彼女は羽を拭き終えると、今度は後ろの網を拭いていく。網の線を一本ずつ丁寧に。下方の網には首と重なっているところがあり、彼女は二本の指で上を向かせると、ゆずの首元を、時間をかけて綺麗にした。くすぐったそうにする、ゆずという女の子を思い浮かべると、何となく暑さが紛れる気がした。
ゆずの身体と足元を拭いて、外していた白い網を着せると、彼女は少しだけ名残惜しそうに留め金を嵌めた。ひと仕事を終えたときの息をつくと彼女は立ち上がり、ゆずを抱えて部屋に連れ込んだ。
部屋の真ん中にゆずを座らせると、コンセントを入れて、彼女自身はゆずの正面で正座した。「中」のスイッチに指をかけ、様子を窺うようにYZのロゴを見る。躊躇うように指を離し、また触って、息を吐きつつ、カチンと音がするまで押し込んだ。
艶やかな半透明の羽が回り、部屋の中に風が生まれた。彼女は気持ちよさそうに目を瞑り、床に片手をついて正座を崩すと、またよろしく、と胸の中で呟いた。
そのゆずは去年の秋口から押し入れに仕舞われていた。カバーもなく、半年以上も眠っていたので、埃が被っており、薄汚れた印象が強い。彼女はゆずを引っ張り出し、まずは板張りの廊下に置いた。それからいそいそと、水を張った洗面器とタオルを用意する。廊下に膝をついて、タオルを濡らし、キュッと絞った。
正面の網を拭いていく。すすすと網の線をなぞり、細い溝に挟まった埃も、タオルの端をこよりのようにしてこそいでいく。綺麗にしたあとの線に指を滑らせ、少し濡れた、つるりとした感触を味わう。彼女は気分をよくして、プレートから放射状に延びている網の線を一本一本、丁寧になぞっていく。
一通り正面の網を拭いてしまうと、彼女は網を止めている小さな留め金を外し始めた。留め金には少しかたいのもある。四つの留め金、すべてを外し終えて、正面の網を外すと、青みがかった半透明の羽が現れる。遮るものは何もなく、けれど、その四枚の羽にもうっすらと埃が被さっていた。
タオルを濡らして絞り、綺麗な面を外にして折り畳む。そのまま当てるけれど、羽はまるで嫌がるように滑って回る。彼女は下方の羽を手で押さえ、もう一度タオルを押し当てた。風もない部屋の中、彼女はただゆずを拭いていく。外された白い網がゆずの足元にある。無造作に。まるで脱ぎっぱなしにされたシャツのように。
彼女は額に滲む汗を手首で拭い、ふっと息をつきながら肩の力を抜いた。タオルを濡らして絞り、またゆずに押し当てる。羽が次第に艶やかさを取り戻していく。一枚ずつ、ゆっくりと、彼女は表も裏も変わりなくタオルでなぞる。羽の根元の溝は、ゆずの身体の隙間のように、ゆずの腋や膝の裏のようにも思えた。
彼女は羽を拭き終えると、今度は後ろの網を拭いていく。網の線を一本ずつ丁寧に。下方の網には首と重なっているところがあり、彼女は二本の指で上を向かせると、ゆずの首元を、時間をかけて綺麗にした。くすぐったそうにする、ゆずという女の子を思い浮かべると、何となく暑さが紛れる気がした。
ゆずの身体と足元を拭いて、外していた白い網を着せると、彼女は少しだけ名残惜しそうに留め金を嵌めた。ひと仕事を終えたときの息をつくと彼女は立ち上がり、ゆずを抱えて部屋に連れ込んだ。
部屋の真ん中にゆずを座らせると、コンセントを入れて、彼女自身はゆずの正面で正座した。「中」のスイッチに指をかけ、様子を窺うようにYZのロゴを見る。躊躇うように指を離し、また触って、息を吐きつつ、カチンと音がするまで押し込んだ。
艶やかな半透明の羽が回り、部屋の中に風が生まれた。彼女は気持ちよさそうに目を瞑り、床に片手をついて正座を崩すと、またよろしく、と胸の中で呟いた。