有機化学美術館・分館

HP有機化学美術館のブログ版。タイムリーな話題,短いテーマをこちらで取り上げます。

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ドラマ「厨房のありす」を監修することになりました

 さて、年も押し詰まったこのタイミングに、非常に久方ぶりのブログです。本日は、新しいお仕事の報告などを。

 というのは、来年1月より日テレ系で放送開始のドラマ「厨房のありす」の化学監修を務めることになりました。主役の八重森ありすは「料理は化学です」が口癖の天才料理人、その父は有機化学の教授、また製薬企業もストーリーに絡むなど、なかなかガッツリと化学のお話が出てきまくるストーリーになっております。


 こうした内容のドラマですので、化学や医薬について正確を期さねばならず、筆者に声がかかったという次第です。もちろんテレビドラマの監修などは初めてですが、面白そうなので引き受けることにいたしました。

 劇中に登場する構造式やセリフのチェック、ストーリー設定への協力、主人公の部屋に置かれる分子模型の作成など、さまざまな形で関わっております。先日は、初めてロケの現場に伺い、撮影にも立ち会ってきました。架空の試薬会社のラベルが貼られた試薬、架空の学会のポスターなど細かく作り込まれていて、カメラには映らないようなところまできっちり設定されていることに感心したりしました。

 もちろんプロの役者さんの技倆というのも凄まじいもので、直前まで雑談をしていたものが一瞬でドラマの世界に切り替わり、見る者を引き込んでしまうわけです。名優とはこういうものか、と大変に感銘を受けた次第です。

 というわけで、ドラマ内の研究室のホワイトボードには、筆者の汚い字や雑な構造式などが映り込んでいることと思います。何が描いてあるか、化学系の方は目を皿のようにして見て確認するのも一興かと思います。

 ドラマは2024年1月21日(日)22:30に、日テレ系で放送開始。門脇麦、永瀬廉、大森南朋、前田敦子さんらが出演します。みなさまご覧いただければ幸いです。

佐藤健太郎のこれまでの仕事

サイエンスライターとして独立してより15年、ちゃんとしたホームページも作らずここまで来てしまいました。佐藤健太郎というのはどんなことをやっている人間か、一応ここにまとめておこうと思います。いろいろ抜けているものもあると思いますが、少しずつ補充していきます。

書籍

 単著16冊(右側カラムを参照)

 共著・部分執筆
・化学コミュニケーション― 「社会のための化学」推進に向けて(化学工業日報社)
多角形百科(丸善出版)
元素周期表パーフェクトガイド(誠文堂新光社)

 対談
桝 太一が聞く 科学の伝え方(東京化学同人、桝太一氏との対談)
人間とは何か?(サイゾー、萱野稔人氏との対談)

 解説
リスクにあなたは騙される(ダン・ガードナー著 早川書房)
桐島教授の研究報告書 - テロメアと吸血鬼の謎 (喜多喜久著 中公文庫)
新薬の狩人たち 成功率0.1%の探求 (ドナルド・キルシュ著 早川書房)
新薬という奇跡 成功率0.1%の探求 (ドナルド・キルシュ著 ハヤカワ文庫NF)
元素をめぐる美と驚き(ヒュー・オールダシー=ウィリアムズ 著 早川書房)

 教科書
東京書籍「新しい科学」(中学理科)、「改訂 化学」「改訂 化学基礎」(高校)にコラムなどを執筆
第一学習社の高校国語教科書「新編現代の国語」に『「材料科学」のゆくえ』(「世界史を変えた新素材」の一部)収録

現在の連載

 新聞・雑誌
・月刊文藝春秋「数字の科学」
・朝日新聞・週刊新潮・東洋経済にて書評記事を担当
・「現代化学」誌にて「サイエンスライター佐藤健太郎のこぼれ話」連載中

 ウェブ媒体
・マイナビ薬剤師「薬+読」にて「薬にまつわるエトセトラ
・メディカルサポネットにて「佐藤健太郎の薬の時間
・サイエンス系お役立ちメディア「M-Hub」にて不定期に寄稿
・「SCIENCE SHIFT」にて不定期に寄稿(製薬研究職の働き方など)

過去の連載

 雑誌媒体
・月刊新潮45 「謎解きナンバリング」「国道者」「世界史を変えた化学物質」
・月刊小説宝石 「化学で夢はかなう?」
・現代化学 「有機化学トレンドウォッチ」「佐藤健太郎のこぼれ話」
・月刊道路 「あの道 この路」
・月刊企業診断 「健康情報ウソ・ホント」
・東京化成TCIメール 「化学よもやま話
・和光純薬時報 「オリゴヌクレオチドの合成」他
 他多数

 ウェブ媒体
・Webでも考える人(新潮社) 「世界史を変えた新素材」
・現代ビジネス 「世界を変えた医薬品」
 他

・インタビュー記事

 Nature Catalysis 著者インタビュー 
  ”窒素固定―常識破りのメカニズムに迫る” 細野秀雄・多田朋史氏

 Nature Chemistry 著者インタビュー
  ”「プログラム合成」で、究極の構造多様性を征服する” 伊丹健一郎・山口潤一郎氏
  ”ボトムアップ法が拓くナノカーボン科学の新局面” 伊丹健一郎・瀬川泰知・伊藤英人氏

 「科学が変わる、化学が変える」東京大学グローバルCOEにて研究者インタビュー
 「現代化学」誌 研究者インタビュー 藤田誠氏、侯召民氏、舛屋圭一氏など

学術団体広報
・東京大学グローバルCOE「理工連携による化学イノベーション」(2009〜12)
・新学術領域研究「π造形科学」(2014〜19)
・学術変革「高密度共役」(2020〜 )

・監修
コミックDAYS「血戦のクオンタム」(原作・佐々木善章、作画・大地幹)
テレビドラマ「厨房のありす」(日本テレビ系、2024年1月21日より)

講義・講演
各地の高校・大学、学会、公開講座、サイエンスカフェなどで講演させていただいています。

「天然物化学」講義(東京理科大学)
「化学を伝える技術」(学習院大学、東京理科大学他)
「美しい分子」(京都大学)
「研究者のキャリア」(金沢大学、茨城大学、中央大学、東京農工大学、中外製薬他)
「企業における創薬研究」(茨城大学他)
「化学の世界のギネスブック」(中央大学、構造化学若手の会他)
「ノーベル賞を獲った業績を分子の視点から見る」(日本農芸化学会中四国支部)
「医薬が変える人類の未来」(朝日カルチャーセンター)
「歴史を変えた化合物」(東京工業大学、名古屋大学、群馬大学、防衛大学、各地図書館など)
「歴史を変えた高分子」(京都大学)
「医薬を創る人々」(福井県立武生高校)
「世界史を変えた薬」(国立市公民館、日比谷図書文化館他)
「創薬の近未来」(大鵬薬品工業つくば研究所)
「国道ってなんだろう」(サイエンスカフェにいがた、どぼくカフェなど)

テレビ・ラジオ出演
朝日放送「ビーバップ!ハイヒール」
NHK「追跡!AtoZ」
テレビ東京「NEWS FINE」
CS朝日「宮崎哲弥のトーキングヘッズ」
読売テレビ「ワケありレッドゾーン」
TBSラジオ「Session-22」
TBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」
NHKラジオ「マイあさラジオ 著者からの手紙」

「血戦のクオンタム」連載開始

さとうです。ブログの更新は大変お久しぶりになります。

 さてこのほど、新しい仕事としてマンガの科学監修というのをやることになりました。コミックDAYS(講談社のウェブコミック配信サイト)に連載される「血戦のクオンタム 量子世界の転生科学者」という作品です。原作は佐々木善章氏、作画は大地幹氏で、本日10月4日より配信開始となっております。

 主人公はなんとヘンリー・キャベンディッシュ(1731-1810)。首相や政治家を多く輩出した名門・デヴォンシャー公爵家に生まれ、水素の発見、地球の比重の測定、水の合成などの重要な成果を挙げた大科学者です。

 一方で大変な人嫌いの変人として知られ、いろいろと素っ頓狂なエピソードを残しております。そのめんどくさいおじいさんであるキャベンディッシュが、どういうわけか美女に変身し、1849年のロンドンに転生するのです。やはりこのご時世、まずは転生してなんぼです。

 しかしそのロンドンでは謎の怪物が現れ暴れ狂っており、キャベンディッシュ、特殊能力を振るってそいつらと戦う、というストーリーです。特殊能力がどんなものかは、実際にご覧いただいてのお楽しみということで。

 またこの時代のロンドンに転生しているのは、キャベンディッシュだけではありません。いろいろな「発見」をした歴史上の科学者たちが、すでにロンドンに送り込まれているようです。このキャラは誰だろうと予測しながら読み進めるのも、この作品の楽しみ方の一つになりそうです。

 筆者自身、監修という仕事は初めてで、なかなか慣れないところもあります。当然ながら、「こんなことは科学的にありえない」と切って捨てるばかりではマンガにならないので、マンガ的リアリティを高めるお手伝いをしつつ、科学的なアイディアも提供してゆければと思っております。

 ということで、新連載「血戦のクオンタム」をみなさまぜひよろしく。

折り紙分子模型その2

 前回の記事で、ベンゼン環などsp2炭素を基礎とした折り紙分子模型を紹介しました。しかし有機化合物全般を作るとなると、正四面体構造の炭素、つまりsp3炭素を作れなければ話になりません。ということで、今回はその折り方を考えてみました。

 今までにもこうした折り紙はもちろんあったのですが、結合角などに制限があり、ダイヤモンドなど特定の構造しか作れないという難点がありました。今回の作品は、そうした問題を解消したもので、今までにないものになったんではと思っております。



 基本的な発想は、これも以前考案したダイヤモンド結晶構造モデルから来ています。中心角が109.5°のV字型を2枚組み合わせれば、正四面体構造になるというアイディアです。

tetrahdral

 用紙としては、正方形2枚から原子パーツ1個、1:2の長方形から結合のパーツを作っています。

youshi

 原子になるパーツは、正方形2枚から作ります。4枚のフラップを持ち、4ヶ所差し込み口のあるパーツとなり、これらが炭素原子の4本の結合に対応します。また結合の棒は、1:2の長方形を3等分に折って使います。

atomasem
正方形2枚から1原子を作る

 結合の棒を差し込む際、図のように角度を170°ほどにして下さい。これにより、正四面体構造の109.5°の角度が再現できます。

bond1
この隙間に差し込む

170
この角度がポイント

 また、この角度を調整することで、3員環や4員環などひずんだ構造も作り出すことができます。環構造は少々作るのに迷うかもしれませんが、動画を参考に落ち着いて組んでみて下さい。

 また、前回紹介したsp2炭素(二重結合や芳香環の炭素)のパーツと組み合わせることもできます。これにより、ほとんどの有機化合物を作り出すことが可能になっています。

caffeine
カフェイン

tetrodo
テトロドトキシン

 強度は十分ありますので、慣れればいろいろな化合物が作れると思います。カラーリングなども工夫して、いろいろな化合物にトライしてみて下さい。

折り紙分子模型

さとうです。みなさまあけましておめでとうございます。
今年もいろいろ活動していきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

 さて去年から、こちらのブログではいくつか分子模型のペーパークラフトなどを公開しております。で、筆者の趣味でもある折り紙でも何かできないかなとは以前から考えておりました。もちろん過去にもいくつか折り紙の分子モデルは発表されており、単行本もすでに存在します。

 ただしこれらは、折るのにかなり手間がかかったり、角度などに制約があるものがほとんどでした。たとえば藤本修三氏のダイヤモンド結晶は素晴らしい作品ですが、炭素同士の角度が固定されており、ねじれたもの、ひずんだものは全く作れないという難点があります。

diamond

 ということで、ある程度柔軟にいろいろな角度の結合を作り出せるものを、できるだけ簡単な折り方で……ということを考えていたのですが、ある程度これでいけるかなというものができたので、まずはsp2炭素バージョンのモデルを公開いたします。

 下の写真のように、原子のパーツと結合のパーツ(単結合と二重結合)、C-H結合のパーツを組み合わせ、平面的な分子を作るものです。強度もまずまずありますので、根性さえあればかなり大きなものも製作可能です。

benzenePBIC60
ベンゼン、ペリレンビスイミド、フラーレン

 また、結合パーツの折り角度を調整すれば、5員環や7員環も作れます(ちょっと慣れが必要かもしれませんが)。
azulenenorcorrole
アズレン、ノルコロール


 折り方について、図を作ろうかと思ったのですが、今どきはやっぱり動画なのかな、動画編集スキルなんかも身につけといた方がいいんかなということで、一本作ってみました。初めてなものでいろいろ行き届かない点もあろうかと思いますが、大目に見て下さい。


 折り方そのものはシンプルですが、組むところがちょっと難しいかもしれません。焦らずにチャレンジしていただければと思います。

 また、sp3炭素のモデルもすでにできていますので、こちらも撮影したら折り方をアップしたいと思います(追記:アップしました)。まあ何しろ動画は不慣れなので、気長にお待ち下さい。

tetrodotoxinGaN
テトロドトキシン、窒化ガリウム結晶構造

 ということで、ウェブサイト開始から23年にしてついにYouTuberデビューを果たした筆者を、みなさまよろしくお願いいたします。


 (追記2)
 正直、この折り紙は組むのがなかなか難しいと思いますし、裏から見るとダサいという難点もあります。細長く切ったケント紙などを、丸いシールで表裏から貼り合わせるようなことでも、手軽に似たようなものが作れます。
caffeine
カフェイン分子

 シールはいろいろなサイズ・色のものが100円ショップなどで手に入りますし、ハート型や星型などのものも売っていますので、アレンジしてみていただければと思います。

「#今日の構造式」インデックス(3)

「#今日の構造式」のインデックスその3です。
また、こちらのTogetterに、ツイートをまとめていただいております。

101. ペリレン
102. テトラゾール
103. フタロシアニン
104. カルベン
105. ラジカル
106. コレステロール
107. 二酸化塩素
108. ビナフトール
109. イブプロフェン
110. プロリン
111. アスコルビン酸(ビタミンC)
112. ポリプロピレン
113. アセトアルデヒド
114. ポリビニルアルコール
115. N-アセチルノイラミン酸
116. アドレナリン
117. ドーパミン
118. ニトログリセリン
119. アンジオテンシン
120. フェロセン
121. 星型分子
122. ヘリセン
123. タクロリムス
124. シリコーン
125. シリコーンゴム
126. アセチレン
127. クルクミン
128. テアニン
129. ポリ乳酸
130. ケブラー
131. サリン
132. プラリドキシムヨウ化メチル(PAM)
133. リゼルグ酸ジエチルアミド(LSD)
134. ショウノウ
135. メバロン酸
136. アラニン
137. アフラトキシン
138. ペニシリン
139. ポリ塩化ビニル
140. 過酸化水素
141. ラグドゥネーム
142. クロロホルム
143. 自己組織化分子
144. アガロース
145. ラパマイシン
146. ロンズデーライト
147. シクロカーボン
148. イソプロピルアルコール
149. 花形化合物
150. エポキシド

「#今日の構造式」インデックス(2)

 前回に引き続き、「#今日の構造式」のインデックスです。筆者の環境だと少しずれて表示されてしまうようですが、まあないよりいいと思いますのでご利用ください。

51. ドデカヘドラン
52. RNA
53. アデノシン
54. メントール
55. メタクリル酸メチル
56. ラクトン
57. エリスロマイシン
58. イベルメクチン
59. DMSO
60. チロシン
61. アスパルテーム
62. グルタチオン
63. システイン
64. モノフルオロ酢酸
65. テトロドトキシン
66. ストリキニーネ
67. モルヒネ
68. クラウンエーテル
69. カリックスアレーン
70. メタノール
71. フェノール
72. アミロース(デンプン)
73. セルロース
74. キチン
75. 尿素
76. ウレタン
77. 砂糖(スクロース)
78. 麦芽糖(マルトース)
79. アリイン
80. カプサイシン
81. ホスゲン
82. アジ化水素
83. アラキドン酸
84. プロスタグランジン
85. アダマンタン
86. ドデカホウ酸カリウム
87. テトラヒドロフラン
88. シガトキシン・マイトトキシン
89. エチレングリコール
90. 酪酸
91. メチレンブルー
92. フェノールフタレイン
93. シクロデキストリン
94. アニリン
95. ハウサン
96. シスプラチン
97. シアン化水素
98. 一酸化炭素
99. シクロブタジエン
100. アズレン

「#今日の構造式」インデックス(1)

 筆者は昨年11月以来、ツイッターにて「#今日の構造式」と題して、一日一つずつ化合物の構造式と簡単な解説を流すことをやっております。おかげさまで好評を得てぼちぼちと続けていますが、120回を超えたので読み返すのも不便になってきました。

 ということで、こちらでインデックスを作って置いておくといたします。ツイートが増えたら、またぼちぼち追加していくことにしたいと思います。とりあえず第1回から50回まで。

1. エタノール
2. 酢酸
3. メタン
4. バニリン (バニラの香り成分)
5. グルコース (ブドウ糖)
6. エチレン
7. ヒスタミン
8. リモネン (柑橘類の香り)
9. エーテル (ジエチルエーテル)
10. ポリエチレン

11. カフェイン
12. ナノプシャン (人間型分子)
13. 乳酸
14. カロテン (人参などの色素、ビタミンAのもと)
15. アンモニア
16. デキサメタゾン
17. アセトン
18. グリシン
19. グルタミン酸ナトリウム
20. クエン酸

21. シュウ酸
22. ベンゼン
23. ナフタレン
24. アスピリン
25. ピリジン
26. サリチル酸メチル
27. ポリエチレンテレフタレート (PET)
28. アクリロニトリル
29. ベルガモチン
30. グリセリン

31. 硫化水素
32. ゲラニオール (バラの香り成分)
33. トリプトファン
34. インディゴ (藍の色素)
35. シクロアルカン
36. キュバン (立方体型炭化水素)
37. テトラへドラン (正四面体型炭化水素)
38. 白リン
39. 脂肪酸
40. エライジン酸 (トランス脂肪酸の一種)

41. [5]ラダラン酸
42. FR900848
43. ポルフィリン
44. 雪の結晶型分子
45. γ-アミノ酪酸 (GABA)
46. ダイヤモンド
47. グラファイト
48. グラフェン
49. フラーレン
50. レムデシビル (新型コロナ治療薬)

構造式の見方・描き方講座その3

 第3回、今回は立体化学という面倒なやつの話を。

 有機化学という分野を奥深く、一面では面倒にしてくれているのがキラリティというやつです。炭素原子は4本の結合の腕を持っていますが、この腕たちは正四面体型の配置をとっています。問題なのは、その4本の腕についているパーツが全て違う時です。

chiralitychirality2

 上図左右の分子は、向きをどう変えても重なり合いません。これらは、鏡に映した時だけ重なり合う関係にあり、「鏡像異性体」と呼びます。そしてこうした分子を「キラリティがある」と表現します。ちょっと複雑な有機分子になると、キラリティを持っていない方が珍しいくらいになります。

 鏡像関係にある2種の分子は、融点・沸点などの性質は同じですが、厄介なことに生体にとっては全く別物です。味やにおいが違うこともありますし、鏡像異性体の一方は毒だが、もう一方は全く無害といったことも多くあります。これは、生体の方にもキラリティがあるからです。対称的な作りのバットは、左右どちらの利き手の選手が使っても同じですが、非対称なグローブはそうは行かないというのと同じで、キラルなもの同士では「相性」が生じるわけです。

 というわけで、キラリティのある分子は、はっきりとその立体構造を表示する必要性があります。例として、乳酸分子を考えてみます。下図の中央の炭素(黄色で示した)には、-H、-OH、-CH3、-CO2Hと4種類の異なる原子団が結合しています。つまり、乳酸にはキラリティがあるということになります。

lactate3D

 平面の構造式でこれを表すには、通常の結合を示す実線の代わりに、くさび型と点線を用います。くさび型は紙面より手前に、点線は紙面の奥へ向かって結合の腕が伸びていることを示します。上の乳酸の場合、構造式では以下のように描きます。

lactate

 このような、キラリティの源になる炭素を「不斉炭素」「不斉点」などと呼びます(読み方は「ふさい」ではなく「ふせい」)。不斉炭素には、不斉であることを明示するため、「C*」とアスタリスクをつけて示すことがあります。

 点線とくさび型は必ずしも両方を併用せずとも、どちらか一方だけ描けば構造が一つに指定できますので、一方だけを描くこともあります。たとえば下図の乳酸は、いずれも上に描いた乳酸と同じものですが、わかるでしょうか?頭の中で分子を動かして立体構造を想像できるようになれば、構造式上級者です(そんなものがあるかどうか知りませんが)。

lacticacid

 分子内に不斉炭素が2つ以上あると「ジアステレオマー」というものが生じて、さらにややこしくなりますが、このあたりは専門書に任せるとしましょう。ということで、今回はこれまで。

構造式の見方・描き方講座その2

 さて前回に続き、構造式の見方・描き方講座のパート2です。

 構造式を見ていて難しいのは、同じ分子でも違う描き方ができてしまうところです。同じ分子でも、向きを変えて描くだけで別物に見えてしまうことがしばしばあります。

 また、分子は常に一定の形をとっているわけではありません。原子間の結合には単結合・二重結合・三重結合……がありますが、このうち単結合は自由に回転することができます。このため多くの分子はお行儀よくじっとしてはおらず、常にうにょうにょと変形しています。たとえば下図の化合物(1, 2-ジクロロエタン)の真ん中の結合は、高速で回転しています。なので、下図の左右の構造は実際上同じものであり、両者を区別する意味はありません。

DCE1

 というわけで1, 2-ジクロロエタンの構造式は下図のどちらでも正解であり、両者は全く同じ化合物を示しているということになります。

DCE2

 また下の図に描いた化合物は、全てn-オクタン(C8H18)を示しており、意味はどれでも同じです。まあ何か特別な事情があるのでない限りは、左上のような波型の構造で書き表しますが。

octane


 ただし単結合と異なり、二重結合は回転することができません。2つのだんごを串に刺した時、串が一本ならだんごの玉はくるくる回転できますが、串を二本刺したら回転できなくなる――というイメージで捉えていただければ結構です。というわけで、下図の左右の化合物は、異なる性質を示す別物の化合物です。

DCethene

 また、原子がいくつかつながって環になることもあり、角度の関係で、6原子から成る環が一番多く存在します(専門用語で6員環といいます)。この6員環を作る結合が全て単結合の場合、腕の角度の関係で平面の正六角形にはならず、でこぼこの環になります。この環を横から見るとソファのような形に見えるため(やや強引ですが)、「いす型」と呼びます。

chex3D

 ということで、6員環を持った化合物の構造式も、下右のように描くことがあります。これだけ見ると両者が同じものという気がしませんが、慣れてくると当たり前のように脳内変換ができるようになります。

chex


 ということで今回はここまで。次回は立体化学というやつに踏み込みます。
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>
新潮社版に収録できなかった路線の話題を追加した完全版。
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電話番号、郵便番号、背番号、マイナンバー……各種番号の謎に迫る。

有機化学の「顔」ともいえる、亀の甲こと芳香族化合物の奥深き世界。
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鉄、紙、シリコン……人類の歴史を大きく揺り動かした、12の材料たちの物語。

あの薬を開発すればノーベル賞?薬価高騰など、医薬と社会についても考える。

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「危ないもの」はどこまで危ないのか?化学物質、代替医療、放射能をめぐるリスクについて解説。


薬はどのように創り出されるか、
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共著、1章を担当。
「有機化学美術館の13年」収録。


医薬品業界の2010年問題について。
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