「私が…甘い?」
亜美が放った言葉が利恵を現実の世界へと急速に戻していく。
「坂木に対してだよ」
亜美は男のような話し方をする。
それが彼女の個性だった。
「…そうかしら?」
「そうさ」
そしてその言葉は挑戦的だ。
利恵はいまいち合点がいかなかった。
「葉桜さんこそ随分ノリノリね」
「新山さんが大人しすぎなんだよ」
「…」
「前はもっと刺激的だったのに」
亜美が利恵に対抗意識があることを、
利恵は気付いていた。
だがそれほど激しくはなかった。
今まではだ。
成績は利恵より少し下、
運動神経は同等、
最も武道などはかなうはずもない。
人望はそこそこだろうか。
そういえば以前生徒会の選挙、
亜美は利恵に負けたことがあった。
かなりの票差がついた。
「でも…なんか違う」
「え?なに?」
「なんでもないわ、こっちの話」
ちょっと違う気がするのだ。
タイミングが合わない。
それに選挙が行われたのは随分前だ。
そもそもしっくりこない。
そんなことで人間そんなに必死になるものかと利恵は思ってしまう。
まあ価値観は人それぞれだが。
生徒に嫌がらせをされ、
生徒をレイプするという結論に至った体育教師もいるのだから。

新山利恵はうたたねをしていた。
昼休みの時間だった。
教室にある自分の机と椅子。
椅子にもたれまどろみに身を任せる。
それが思いの他気持ち良かった。
クラスの中には朝登校と同時に寝て、
下校まで寝て過ごす強者もいる。
気持ちもわからなくないなと、
利恵はうかつにも思ってしまった。
昨日の夜は考え事をしていたせいか、
いまいち疲れが抜けなかった。。
それでなくとも忙しい身なのだ。
学業は勿論のこと、
生徒会の仕事、
坂木の雑用をこなしつつ、
坂木が持っている動画を捜索、
北条遙をかわしつつ、
狭間美奈を監視、
その娘である狭間志保の監視と和解。
坂木の奥に見える真の敵の捜索、
葉桜亜美を犯すプランを考え、

そしてどうやって坂木を殺すか…。

気配を感じた。
正面だ。
女子生徒だと思った。
「新山さん」
女子の声だった。
その声に利恵は少し驚いた。
その人物は普段、
利恵にあまり話し掛けてはこない。
「…ん…う…葉桜さん…?」
そうそれは葉桜亜美だった。
利恵がゆっくり目を開くと、
そこには亜美がいた。
ショートカット、
というより短髪に近い髪型。
容姿は整っているが美人というより美形という言葉が似合っている。
身長が少女にしては高く姿勢が良い。
そして美形を構成するパーツのひとつである唇が言った。
「新山さん、最近甘いよね」

葉桜亜美、
なぜ今頃こんな暴挙に出たのだろう。
なぜここにきて坂木をぶっ飛ばしたのかということが気になるのだ。
彼女のあの強さ、
昨日今日の話ではないはずだ。
子供の頃からきっと厳しい鍛錬を日々積んできたはずだ。
サカキハントは以前からあった。
利恵が先陣を切り、
坂木に嫌がらせをしていた時、
彼女はそれほど積極的ではなかった。
利恵の記憶が正しければだ。
亜美も坂木を嫌ってはいたし、
それなりに嫌がらせ行為に参加はしていたのは覚えている。
坂木がトイレで用をたしているところを数人で乗り込み、
バケツで水をぶっかけたのだ。
あの時メンバーに葉桜亜美はいた。
「なにかが…あった」
亜美になにか変化があったのだ。
利恵はそう考える。
だがそれはなにか?
黒崎真衣に聞いてみようかと思う。
真衣は分析力に長ける。
利恵はそう見ていた。
真衣が利恵を快く思っていない、
それは利恵自身がよくわかっていた。
だがここで嘘をつく理由もないと、
そうも思った。
ただ今回に限っては真衣の分析力もあまり役には立たないかもしれない、
そうも思う。
なぜなら真衣自身が、
判断材料に気づいていない可能性が高いような気がするのだ。
真衣はただ分析するだけだ。
自ら判断材料となりうるものを見つけることができない。
それでも利恵は真衣に亜美のことを聞いてみようと思う。
既に利恵には答えが、
おぼろげに見えてはいたのだが。
「本人に自覚はあるかしら?」
時計を見るともう午前2時だった。
まどろみが利恵を急速に包んだ。
利恵は流れに身を任せ、
心地良い無の世界におちていった。

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