2014年10月02日
グローバル化する高等教育開発の動向〜アジア諸国を中心に〜
本稿では、グローバル化する高等教育開発(FD)の動向について、筆者が2014年の夏に関与した3つの事例を通して報告する。
1.中国のICED加盟
ICED(International Consortium for Educational Development)2014 年度大会が、6月15〜18日にかけて、ストックホルムにおいて開催された。ICEDは各国のFD担当者(ディベロッパー)の専門家団体によって構成される国際組織である。現在は欧州圏、北米圏、豪州圏諸国の24団体が加盟している。
今大会には、世界中から過去最高の625名のディベロッパーが参加した。北欧諸国からの参加者数が多かったが、ハンガリー、トルコ、ポーランド、クロアチア、イスラエル、パレスチナ、イラク、ナイジェリア、ケニア、ブラジル、チリといったICED非加盟国からも参加があった。これらの国々は高等教育においては後発国に該当するが、今後FDが進展していくことを予期させた。
筆者は、大会に先立って行われた各国代表者会議に、日本高等教育開発協会(JAED)の代表として参加した。代表者会議においては、中国が24番目の加盟国として名乗りをあげ、承認された。ICEDは平等性を保持するため各国一団体という原則で運営されているが、中国は数年前から複数の大学が設立に動いており、なかなか一本化できなかった。今回CHED (Chinese Higher Education Development network)という組織が誕生し加盟が可能となった。
中国では,1953年に高等教育機関における教員研修に関する法律が制定されて以来,政府主導で独自の大学教員研修が進められている。1980年代には2つの「全国師質育成訓練センター」,6つの「地方高等教育機関教員育成訓練センター」が設立され,各大学と連携して大学教員養成を行う制度が構築されている。このように中国のFDは政策主導色が濃くドメスティックな性格を持ってきたが、数年前から積極的に米国や英国からディベロッパーを招へいし、諸外国のFDから積極的に学ぼうとしている。今回の中国のICED加盟により、他国と連携した動きがさらに強化されていくことが予想される。
2.ベトナム・国家行政学院におけるFD
7月19日に、ベトナムの国家行政学院(NAPA)の教員15名を対象に、授業設計を教える研修を担当した。NAPAは、新たにベトナムに初めて設置される官僚向けの公共政策大学院の創設を進めている。ベトナム政府が日本政府に支援を依頼し、日本の政策研究大学院大学がその事業主体となったが、筆者に研修講師の依頼があった。ベトナムの大学では大人数講義による授業が一般的であるが、NAPAの学生は現役の社会人ということもあり、これまでの伝統的なカリキュラムや教授法を刷新し、アクティブ・ラーニングを取り入れた授業設計をしたいということであった。ベトナムにおいてFDはあまり実施されておらず、今回初めて教育について学んだという教員がほとんどであった。
研修は長時間に渡ったが、NAPAの教員は疲れた様子も見せずに、熱心に学習していたのが印象的であった。最後に感想を求めたところ、シラバスの意義についての理解が進んだこと、シラバスの可視化(グラフィック・シラバス作成)の作業を通して授業の構造化ができたこと、研修の進め方自体がインタラクティブであり深い学びをもたらしたことなどが述べられた。
本事業は2年間に渡って行われることになっており、今後筆者は現地に行って授業参観を行い、それに基づいて教授能力開発支援を行う予定である。また継続的にFDを実施できる体制構築のために、ディベロッパーの育成にも関与したいと考えている。
3.タイ・モンクット王工科大学トンブリ校におけるFD
8月14〜15日は、タイにあるモンクット王工科大学トンブリ校(KMUTT)において、新任教員20名を対象に、教授法に関わるワークショップを担当した。大人数講義においてアクティブ・ラーニングを促す教育技法について学びたいという依頼であった。KMUTTでは、アクティブ・ラーニングを促すための教室環境整備を進めているが、肝心の教育技法を知らない教員が多いということであった。アクティブ・ラーニングを促す様々な技法を学び、授業計画書を作成した上で、各自10分間の模擬授業を行ってもらった。こちらも最後に感想を求めたが、日本で開発されたKJ法などの創造性開発技法について高い関心が寄せられたのには興味深かった。
すでに授業においてアクティブ・ラーニングを取り入れた授業を実施して効果を実感している若い教員たちもいた。彼ら・彼女らの多くは、北米圏の大学に留学した経験を持っており、それらと比較してタイの伝統的な教育スタイルは浅い学習をもたらしていると批判的であった。次世代のタイの大学教育の担い手として大きな可能性を感じた。
タイには、FDを担当する高等教育開発センターはいまだ存在していないが、今回研修を企画したKMUTT関係者は、自大学に国内初のセンターを設置し、国内初の専任のディベロッパーを配置するべく動いており、筆者もその支援を申し出た。
4.日本のFDに求められる国際連携と国際貢献
このようにアジア諸国においては、アクティブ・ラーニングを取り入れたFDの進展、諸外国との連携という動きがみられる。こうした状況下において、日本がすべきことは何であろうか。筆者は国際連携と国際貢献であると考える。
第一に国際連携である。各国でFD実践が展開しているとすれば、実践事例を共有する国際シンポジウムの開催、国際共同研究の実施などが考えられる。これらについては日本高等教育開発協会から、アジア各国に打診をし、概ね合意を得ているので、近いうちにそうした動きがあるだろう。単に情報を共有するだけではなく、大学教員に求められる能力開発基準の共同開発、ワークショップや教材の共同開発・実施、アジア諸国の大学教育の強みを明らかにする共同研究といった、開発型の研究を進めたいと考えている。
第二に国際貢献である。ベトナム政府が日本政府に対してNAPA設置に関わる支援を依頼したのには理由がある。これまでは欧米諸国に依頼をしてきたが、制度・文化の違いから応用が困難であった。そこで、自国に近い制度・文化を持つ日本に依頼をしたのだという。教育技法、教員と学生との関係、教室の形態、学生の学習行動などは、欧米諸国よりも日本の方が親和性は高い。FDプログラムやその仕組み、日本の教授技法、カリキュラムを提供していくという国際貢献が考えられる。
例えば、日本での留学経験を持つ大学教員たちが、日本の大学における研究室教育を高く評価している点はもっと注目されても良いだろう。研究室教育はその閉鎖性的な性格から各種ハラスメントや無償労働の温床になっているという批判もある。その一方で、研究室における濃厚で家族的な人間関係を持つ共同体の中で、専門分野に関わる知識・技能のみならず汎用的能力や意欲・関心・態度までをも育成していくシステムは、日本の大学教育の強みである。そして、それを効果的にマネジメントしている教員は高い教育能力を備えていると言ってよいだろう。研究室教育システムならびに研究室マネジメントの技法を学ぶ機会があるとすれば、そのニーズは少なからずあると思われる。
このように、日本の大学教育が持つ強みを、諸外国に技術移転していくことは、新たな日本の国際貢献になるだろう。
(「教育学術新聞」2014年9月3日掲載記事)
1.中国のICED加盟
ICED(International Consortium for Educational Development)2014 年度大会が、6月15〜18日にかけて、ストックホルムにおいて開催された。ICEDは各国のFD担当者(ディベロッパー)の専門家団体によって構成される国際組織である。現在は欧州圏、北米圏、豪州圏諸国の24団体が加盟している。
今大会には、世界中から過去最高の625名のディベロッパーが参加した。北欧諸国からの参加者数が多かったが、ハンガリー、トルコ、ポーランド、クロアチア、イスラエル、パレスチナ、イラク、ナイジェリア、ケニア、ブラジル、チリといったICED非加盟国からも参加があった。これらの国々は高等教育においては後発国に該当するが、今後FDが進展していくことを予期させた。
筆者は、大会に先立って行われた各国代表者会議に、日本高等教育開発協会(JAED)の代表として参加した。代表者会議においては、中国が24番目の加盟国として名乗りをあげ、承認された。ICEDは平等性を保持するため各国一団体という原則で運営されているが、中国は数年前から複数の大学が設立に動いており、なかなか一本化できなかった。今回CHED (Chinese Higher Education Development network)という組織が誕生し加盟が可能となった。
中国では,1953年に高等教育機関における教員研修に関する法律が制定されて以来,政府主導で独自の大学教員研修が進められている。1980年代には2つの「全国師質育成訓練センター」,6つの「地方高等教育機関教員育成訓練センター」が設立され,各大学と連携して大学教員養成を行う制度が構築されている。このように中国のFDは政策主導色が濃くドメスティックな性格を持ってきたが、数年前から積極的に米国や英国からディベロッパーを招へいし、諸外国のFDから積極的に学ぼうとしている。今回の中国のICED加盟により、他国と連携した動きがさらに強化されていくことが予想される。
2.ベトナム・国家行政学院におけるFD
7月19日に、ベトナムの国家行政学院(NAPA)の教員15名を対象に、授業設計を教える研修を担当した。NAPAは、新たにベトナムに初めて設置される官僚向けの公共政策大学院の創設を進めている。ベトナム政府が日本政府に支援を依頼し、日本の政策研究大学院大学がその事業主体となったが、筆者に研修講師の依頼があった。ベトナムの大学では大人数講義による授業が一般的であるが、NAPAの学生は現役の社会人ということもあり、これまでの伝統的なカリキュラムや教授法を刷新し、アクティブ・ラーニングを取り入れた授業設計をしたいということであった。ベトナムにおいてFDはあまり実施されておらず、今回初めて教育について学んだという教員がほとんどであった。
研修は長時間に渡ったが、NAPAの教員は疲れた様子も見せずに、熱心に学習していたのが印象的であった。最後に感想を求めたところ、シラバスの意義についての理解が進んだこと、シラバスの可視化(グラフィック・シラバス作成)の作業を通して授業の構造化ができたこと、研修の進め方自体がインタラクティブであり深い学びをもたらしたことなどが述べられた。
本事業は2年間に渡って行われることになっており、今後筆者は現地に行って授業参観を行い、それに基づいて教授能力開発支援を行う予定である。また継続的にFDを実施できる体制構築のために、ディベロッパーの育成にも関与したいと考えている。
3.タイ・モンクット王工科大学トンブリ校におけるFD
8月14〜15日は、タイにあるモンクット王工科大学トンブリ校(KMUTT)において、新任教員20名を対象に、教授法に関わるワークショップを担当した。大人数講義においてアクティブ・ラーニングを促す教育技法について学びたいという依頼であった。KMUTTでは、アクティブ・ラーニングを促すための教室環境整備を進めているが、肝心の教育技法を知らない教員が多いということであった。アクティブ・ラーニングを促す様々な技法を学び、授業計画書を作成した上で、各自10分間の模擬授業を行ってもらった。こちらも最後に感想を求めたが、日本で開発されたKJ法などの創造性開発技法について高い関心が寄せられたのには興味深かった。
すでに授業においてアクティブ・ラーニングを取り入れた授業を実施して効果を実感している若い教員たちもいた。彼ら・彼女らの多くは、北米圏の大学に留学した経験を持っており、それらと比較してタイの伝統的な教育スタイルは浅い学習をもたらしていると批判的であった。次世代のタイの大学教育の担い手として大きな可能性を感じた。
タイには、FDを担当する高等教育開発センターはいまだ存在していないが、今回研修を企画したKMUTT関係者は、自大学に国内初のセンターを設置し、国内初の専任のディベロッパーを配置するべく動いており、筆者もその支援を申し出た。
4.日本のFDに求められる国際連携と国際貢献
このようにアジア諸国においては、アクティブ・ラーニングを取り入れたFDの進展、諸外国との連携という動きがみられる。こうした状況下において、日本がすべきことは何であろうか。筆者は国際連携と国際貢献であると考える。
第一に国際連携である。各国でFD実践が展開しているとすれば、実践事例を共有する国際シンポジウムの開催、国際共同研究の実施などが考えられる。これらについては日本高等教育開発協会から、アジア各国に打診をし、概ね合意を得ているので、近いうちにそうした動きがあるだろう。単に情報を共有するだけではなく、大学教員に求められる能力開発基準の共同開発、ワークショップや教材の共同開発・実施、アジア諸国の大学教育の強みを明らかにする共同研究といった、開発型の研究を進めたいと考えている。
第二に国際貢献である。ベトナム政府が日本政府に対してNAPA設置に関わる支援を依頼したのには理由がある。これまでは欧米諸国に依頼をしてきたが、制度・文化の違いから応用が困難であった。そこで、自国に近い制度・文化を持つ日本に依頼をしたのだという。教育技法、教員と学生との関係、教室の形態、学生の学習行動などは、欧米諸国よりも日本の方が親和性は高い。FDプログラムやその仕組み、日本の教授技法、カリキュラムを提供していくという国際貢献が考えられる。
例えば、日本での留学経験を持つ大学教員たちが、日本の大学における研究室教育を高く評価している点はもっと注目されても良いだろう。研究室教育はその閉鎖性的な性格から各種ハラスメントや無償労働の温床になっているという批判もある。その一方で、研究室における濃厚で家族的な人間関係を持つ共同体の中で、専門分野に関わる知識・技能のみならず汎用的能力や意欲・関心・態度までをも育成していくシステムは、日本の大学教育の強みである。そして、それを効果的にマネジメントしている教員は高い教育能力を備えていると言ってよいだろう。研究室教育システムならびに研究室マネジメントの技法を学ぶ機会があるとすれば、そのニーズは少なからずあると思われる。
このように、日本の大学教育が持つ強みを、諸外国に技術移転していくことは、新たな日本の国際貢献になるだろう。
(「教育学術新聞」2014年9月3日掲載記事)
2014年07月31日
3つのポリシー策定が嫌いな大学教員
3つのポリシーに関する研修をする際には、政府や産業界や専門分野団体が策定するポリシーに引き回されないためにも、自分たちで策定しましょうと伝えている。にも関わらず、それをしたがらない、あるいは拒絶する方々がいる。
第1のグループは、資格系の学部・学科の先生たち。
「私たちは全国で決められたコアカリキュラムがあるので、DPもCPもAPも決められているのです。自分たちの独自性を発揮する余地はありません。」
第2のグループは、総合○○系の学部・学科の先生たち。
「私たちは少ない人数で多くの内容を教えなければならないのです。進路も意欲も何もかも多様です。多様な学生のニーズを満たすにはできる限り多くの科目を開講し、学生自身が自らのニーズにあわせて履修していくことしか方法がありません。統一的なDPを策定するのは無理です。CPも多様な科目を提供としか書けません。APも多様な学生を受け入れるとしか書けません。絞り込むことは不可能です。いわばポリシーは学生が決めるのです。」
それぞれの苦悩はあるかと思うけれど、思考・判断停止の口実のように聞こえてしまう。
第1のグループの方々の専門分野は、確かに産業界が3つのポリシー策定に大きな影響を与えている。その点で大学関係者の裁量は少ない。しかしながらこう問いかけている。
「本当に独自性を発揮する余地はないでしょうか?科目の並べ方に工夫はできないでしょうか?準正課活動や成果外活動で工夫はできないでしょうか?それぞれをもっとわかりやすく表現する工夫はできないでしょうか?」
第2のグループの方々の専門分野は、確かに存在そのものにかなり無理がある。地方の大学に多いのだが、教員の数が少ないために、一つの専門性を深めるだけのコマを提供できないのだ。しかし、本来、一つの専門分野として4年間学ばなければならないにも関わらず、同じ年限で複数の分野を学ぶことができるということ自体無茶である。(実際、私は海外の大学で「総合(Comprehensive)」を冠につけている学部学科を知らない。)それを可能にするには、マジックを使わなければならないはずだ。ということでこう問いかける。
「資格系の学部・学科や伝統的な学問体系がある学部・学科に比べて、前提がないというのは大変かと思います。しかしながら、それは自分たちの裁量が大きいことです。『総合』という言葉の意味を、「いろいろなことを学べる」と解釈すると自らのアイデンティティは拡散します。『統合』だと考えて、何がコアになるのかを考えてみませんか。それは何を切り落とすかということでもありますし、新しい学問分野をつくるという意味で実にクリエイティブな作業ではないでしょうか。」
その他の学部・学科の先生たちは、適度に既存の体系的なカリキュラムが存在しており、適度に自由裁量がある。なので、3つのポリシー策定には淡々と取り組まれている。
いずれのグループにしても、議論だけだと空回りするけれど、カリキュラムマップやツリーの作成ワークになると、楽しんで作業と議論をされている。カリキュラムを議論するということは、大学が初等中等教育機関でもなく、企業や病院の付属の研修所でもなく、独立した高等教育機関であることを自覚させてくれる瞬間なのだ。
3つのポリシーを最終的に決めるのは、他でもない、当該大学、学部、学科の教職員である。思考・判断停止して、学外団体や学生に委ねたりせず、それらの意見も取り入れた上で、自分たちの専門性と相互批判を通して、決定することが必要だ。
第1のグループは、資格系の学部・学科の先生たち。
「私たちは全国で決められたコアカリキュラムがあるので、DPもCPもAPも決められているのです。自分たちの独自性を発揮する余地はありません。」
第2のグループは、総合○○系の学部・学科の先生たち。
「私たちは少ない人数で多くの内容を教えなければならないのです。進路も意欲も何もかも多様です。多様な学生のニーズを満たすにはできる限り多くの科目を開講し、学生自身が自らのニーズにあわせて履修していくことしか方法がありません。統一的なDPを策定するのは無理です。CPも多様な科目を提供としか書けません。APも多様な学生を受け入れるとしか書けません。絞り込むことは不可能です。いわばポリシーは学生が決めるのです。」
それぞれの苦悩はあるかと思うけれど、思考・判断停止の口実のように聞こえてしまう。
第1のグループの方々の専門分野は、確かに産業界が3つのポリシー策定に大きな影響を与えている。その点で大学関係者の裁量は少ない。しかしながらこう問いかけている。
「本当に独自性を発揮する余地はないでしょうか?科目の並べ方に工夫はできないでしょうか?準正課活動や成果外活動で工夫はできないでしょうか?それぞれをもっとわかりやすく表現する工夫はできないでしょうか?」
第2のグループの方々の専門分野は、確かに存在そのものにかなり無理がある。地方の大学に多いのだが、教員の数が少ないために、一つの専門性を深めるだけのコマを提供できないのだ。しかし、本来、一つの専門分野として4年間学ばなければならないにも関わらず、同じ年限で複数の分野を学ぶことができるということ自体無茶である。(実際、私は海外の大学で「総合(Comprehensive)」を冠につけている学部学科を知らない。)それを可能にするには、マジックを使わなければならないはずだ。ということでこう問いかける。
「資格系の学部・学科や伝統的な学問体系がある学部・学科に比べて、前提がないというのは大変かと思います。しかしながら、それは自分たちの裁量が大きいことです。『総合』という言葉の意味を、「いろいろなことを学べる」と解釈すると自らのアイデンティティは拡散します。『統合』だと考えて、何がコアになるのかを考えてみませんか。それは何を切り落とすかということでもありますし、新しい学問分野をつくるという意味で実にクリエイティブな作業ではないでしょうか。」
その他の学部・学科の先生たちは、適度に既存の体系的なカリキュラムが存在しており、適度に自由裁量がある。なので、3つのポリシー策定には淡々と取り組まれている。
いずれのグループにしても、議論だけだと空回りするけれど、カリキュラムマップやツリーの作成ワークになると、楽しんで作業と議論をされている。カリキュラムを議論するということは、大学が初等中等教育機関でもなく、企業や病院の付属の研修所でもなく、独立した高等教育機関であることを自覚させてくれる瞬間なのだ。
3つのポリシーを最終的に決めるのは、他でもない、当該大学、学部、学科の教職員である。思考・判断停止して、学外団体や学生に委ねたりせず、それらの意見も取り入れた上で、自分たちの専門性と相互批判を通して、決定することが必要だ。
2014年05月26日
共通教育のカリキュラム改革
九大の基幹教育キックオフシンポジウムは非常に刺激的だった。
今年度から始まった、2つの新設科目がユニーク。
基幹教育セミナー
大学で学ぶ意義について創造的・批判的に吟味し、絶えず主体的に学び続ける態度〈学びの基幹〉の育成をめざす。
課題協学科目
グループ作業や個人演習を通して、幅広い視野をもって問題を発見する姿勢、問題の解決を目指して学び続ける態度と技能、専門を異にする他者と協働できる能力を養う。
何がユニークって、これは完全にFD。異分野シャッフル教員集団が、同じく異分野シャッフル学生を相手に授業をデザインし、チームティーチングを行う。まさにCommunity of Practice。
うまく機能すれば10年後には、専門教育の在り方も変わっていくことが予測できる。うまい仕掛けだと思う。
キーになるのが、基幹教育院の教員の機能だ。彼らがどのように異分野の教員を繋いで、新しい学問領域と教育方法・評価方法を構築していくことができるかが問われている。
共通教育・教養教育・一般教育(名称論には深入りするつもりはない)のカリキュラムについて言えることは、カリキュラムをデザインする人たちの共通知・教養・一般知がどのようなものかが、ダイレクトに反映するということ。
普段、たこつぼ研究・教育をしているのに、融合型とか学際型とかいうカリキュラムを作っても、中はバラバラのまんまってよくある。
九大の皆さんには、侃々諤々の議論をして、融合型・学際型コミュニティを構築していただきたい。それができる頃には、成熟した基幹教育カリキュラムができるのではないかと。それは、旧教養部とは違う、新しい時代の教養部になるはず。
ひるがえって我が勤務先の共通教育カリキュラムはカオス。どういう組織か、もうおわかりですね。
http://www.artsci.kyushu-u.ac.jp/faculty/curriculums.html
今年度から始まった、2つの新設科目がユニーク。
基幹教育セミナー
大学で学ぶ意義について創造的・批判的に吟味し、絶えず主体的に学び続ける態度〈学びの基幹〉の育成をめざす。
課題協学科目
グループ作業や個人演習を通して、幅広い視野をもって問題を発見する姿勢、問題の解決を目指して学び続ける態度と技能、専門を異にする他者と協働できる能力を養う。
何がユニークって、これは完全にFD。異分野シャッフル教員集団が、同じく異分野シャッフル学生を相手に授業をデザインし、チームティーチングを行う。まさにCommunity of Practice。
うまく機能すれば10年後には、専門教育の在り方も変わっていくことが予測できる。うまい仕掛けだと思う。
キーになるのが、基幹教育院の教員の機能だ。彼らがどのように異分野の教員を繋いで、新しい学問領域と教育方法・評価方法を構築していくことができるかが問われている。
共通教育・教養教育・一般教育(名称論には深入りするつもりはない)のカリキュラムについて言えることは、カリキュラムをデザインする人たちの共通知・教養・一般知がどのようなものかが、ダイレクトに反映するということ。
普段、たこつぼ研究・教育をしているのに、融合型とか学際型とかいうカリキュラムを作っても、中はバラバラのまんまってよくある。
九大の皆さんには、侃々諤々の議論をして、融合型・学際型コミュニティを構築していただきたい。それができる頃には、成熟した基幹教育カリキュラムができるのではないかと。それは、旧教養部とは違う、新しい時代の教養部になるはず。
ひるがえって我が勤務先の共通教育カリキュラムはカオス。どういう組織か、もうおわかりですね。
http://www.artsci.kyushu-u.ac.jp/faculty/curriculums.html
2013年10月25日
勤務先異動のお知らせ
9月30日をもって愛媛大学を退職し、10月1日より大阪大学全学教育推進機構教育学習支援部門准教授として着任いたしました。あわせて本年6月に設置された、教育学習支援センターの副センター長を拝命いたしました。
前職場の愛媛大学教育・学生支援機構教育企画室では11年半、大きな愛に包まれ、たくさんのことを学ばせていただき、関係者の皆様には大変感謝しております。本当にありがとうございました。
今後は、大阪大学はもちろんのこと、関西地区の高等教育関係者の皆様とともに、大学の教育改革に尽力してまいります。
今後ともご指導ご鞭撻をどうぞよろしくお願いいたします。
前職場の愛媛大学教育・学生支援機構教育企画室では11年半、大きな愛に包まれ、たくさんのことを学ばせていただき、関係者の皆様には大変感謝しております。本当にありがとうございました。
今後は、大阪大学はもちろんのこと、関西地区の高等教育関係者の皆様とともに、大学の教育改革に尽力してまいります。
今後ともご指導ご鞭撻をどうぞよろしくお願いいたします。
sandy_sandy at 11:00|Permalink│Comments(0)│
2013年02月08日
大学教員の能力開発を担うファカルティ・ディベロッパーの能力開発の場
1.はじめに
ファカルティ・ディベロッパー(以下、FDer)とは、ファカルティ・ディベロップメント(以下、FD)を担当する専門のスタッフのことである。日本では大学教育センター等に所属する専任教員等がこれに該当する。筆者も2002年に愛媛大学に着任して以来、専任のFDerとして、所属大学の教育・学習の質向上・保証を目的に、「研究に基づく実践」と「実践に基づく研究」を進めている。業務は多岐に渡るが、大学教員の職業能力開発に関わっては、教員向けの各種研修の講師をつとめたり、個別授業コンサルテーションを提供したりしている。
2012年10月24日から28日にかけて米国ワシントン州シアトルにおいて、第37回POD(The Professional and Organizational Development Network in Higher Education )年次大会が開催され、筆者も参加した。PODは、1974年に設立され、現在約1,800名の会員を抱える世界最大のFDerの専門家団体である。毎年開催される年次大会には世界各国からFDerが集まるが、今年は過去最高の805名が参加した。各国で高等教育の質向上のニーズが高まっている証拠であろう。以下では、FDerの職業能力開発の場としての機能に着目しながら、本大会の様子を伝えたい。
2.POD年次大会テーマとスケジュール
2012年の大会統一テーマは「Pencils & Pixels:21世紀の高等教育実践」であり、大学における「ローテク教育(Pencils)」と「ハイテク教育(Pixels)」の在り方について考えるというものであった。eラーニングを活用した授業、そしてオンラインで実施されているFDの実践報告などが多く見られたが、それらの中では、いかにして伝統的な教授方法に慣れている大学教員にテクノロジーを活用する能力を身につけてもらうかという問いが共通して見られたように思う。
さて、スケジュールである。5日間に渡って開催される大会1日目の午後には、「プレ企画ワークショップ」がある。大会メニューの中では最も長い時間(3時間30分)が設定されている。ここでは同時に複数のワークショップが開講されているが、毎年継続して行われている内容として「新任FDer研修」がある。教員研修のデザイン方法や個別コンサルテーションの仕方のコツなどをPODが作成したオリジナル教材を使用しながら提供している。
2日目は朝6時から始まるヨガに始まり、午前中は「プレ企画ワークショップ」が続く。午後からはメインの研究・実践発表である「インタラクティブ・ラウンドテーブル(75分)」と「研究発表(35分)」が始まる。これらは単なる研究発表ではなく双方向の質疑応答やペア・グループワークが適宜入れ込まれて設計されており、優れたFDerの立ち振る舞いや研修デザインを学ぶ良い機会になる。夕方には「初めて大会に参加する人向けのオリエンテーション」が用意されており、会長の歓迎の挨拶に続き、学会の歴史、学会誌への投稿方法などが説明される。夜には全員揃っての晩餐会がある。
3日目、4日目も全体での基調講演を挟みながら、同様に発表が続くが、3日目の夜には全員参加の晩餐会の場で、各賞の授賞式が開催される。受賞者には800名近くの参加者からスタンディングでの拍手がおくられる感動的なシーンが毎年見られる。二次会にはダンス・カラオケパーティも用意されており、会長自ら先導して、会員同士の交流の場を作り出している。
最終日は「アンカー・セッション」と呼ばれる締め括りの全体シンポジウムがあり、大会で得たものをどのように職場に持ち帰るかについて振り返りを行う場が設けられている。
尚、大会期間中には昼食時間を利用して様々な委員会も開催される(多様性、組織間連携、職能開発、会員資格、ビジネス、小規模大学、出版、電子コミュニケーション、財務、研究、外部資金)。これらの名称を見れば、本団体が何に力を入れているのかがわかるだろう。また期間中にはジョブフェアも開催され、FDerになりたい人とFDerが欲しい機関とのマッチングの場が提供されている。
全体を通して感じるのは、本大会は、もちろん新しい知見を生み出す研究や実践が発表されフィードバックがなされることでそれらの質を高める場としての機能を果たしているが、ネットワーク構築の場としての機能にも十分考慮されているということだ。全員参加での昼食会や晩餐会はその典型だし、参加者も意図的に普段の同僚とは離れた席に座って、新しい人脈を構築しようとしている。また、大会期間中には、エクスカーション・プログラムとして、美術館、マイクロソフト社の見学やクラシック・コンサート鑑賞が用意されている。こうしたインフォーマルな機会に、生涯に渡る仕事上でのパートナーを見つけることも多い。FDerとしての職業的自立のためには同業者間でのネットワークは不可欠なのだ。
3.おわりに
ちなみに日本における同様の団体として2009年に日本高等教育開発協会が設立され、2012年8月には第2回高等教育開発フォーラムが開催された。筆者は創設呼びかけ人の一人であり、現在23名の会員がいる。米国に遅れること35年ではあるが、諸外国の同様団体の歴史に学び、国内でもFDerを育成する場を構築していきたいと考えている。
(『産業教育学研究』Vol.43-1 2013年1月 p.58)
ファカルティ・ディベロッパー(以下、FDer)とは、ファカルティ・ディベロップメント(以下、FD)を担当する専門のスタッフのことである。日本では大学教育センター等に所属する専任教員等がこれに該当する。筆者も2002年に愛媛大学に着任して以来、専任のFDerとして、所属大学の教育・学習の質向上・保証を目的に、「研究に基づく実践」と「実践に基づく研究」を進めている。業務は多岐に渡るが、大学教員の職業能力開発に関わっては、教員向けの各種研修の講師をつとめたり、個別授業コンサルテーションを提供したりしている。
2012年10月24日から28日にかけて米国ワシントン州シアトルにおいて、第37回POD(The Professional and Organizational Development Network in Higher Education )年次大会が開催され、筆者も参加した。PODは、1974年に設立され、現在約1,800名の会員を抱える世界最大のFDerの専門家団体である。毎年開催される年次大会には世界各国からFDerが集まるが、今年は過去最高の805名が参加した。各国で高等教育の質向上のニーズが高まっている証拠であろう。以下では、FDerの職業能力開発の場としての機能に着目しながら、本大会の様子を伝えたい。
2.POD年次大会テーマとスケジュール
2012年の大会統一テーマは「Pencils & Pixels:21世紀の高等教育実践」であり、大学における「ローテク教育(Pencils)」と「ハイテク教育(Pixels)」の在り方について考えるというものであった。eラーニングを活用した授業、そしてオンラインで実施されているFDの実践報告などが多く見られたが、それらの中では、いかにして伝統的な教授方法に慣れている大学教員にテクノロジーを活用する能力を身につけてもらうかという問いが共通して見られたように思う。
さて、スケジュールである。5日間に渡って開催される大会1日目の午後には、「プレ企画ワークショップ」がある。大会メニューの中では最も長い時間(3時間30分)が設定されている。ここでは同時に複数のワークショップが開講されているが、毎年継続して行われている内容として「新任FDer研修」がある。教員研修のデザイン方法や個別コンサルテーションの仕方のコツなどをPODが作成したオリジナル教材を使用しながら提供している。
2日目は朝6時から始まるヨガに始まり、午前中は「プレ企画ワークショップ」が続く。午後からはメインの研究・実践発表である「インタラクティブ・ラウンドテーブル(75分)」と「研究発表(35分)」が始まる。これらは単なる研究発表ではなく双方向の質疑応答やペア・グループワークが適宜入れ込まれて設計されており、優れたFDerの立ち振る舞いや研修デザインを学ぶ良い機会になる。夕方には「初めて大会に参加する人向けのオリエンテーション」が用意されており、会長の歓迎の挨拶に続き、学会の歴史、学会誌への投稿方法などが説明される。夜には全員揃っての晩餐会がある。
3日目、4日目も全体での基調講演を挟みながら、同様に発表が続くが、3日目の夜には全員参加の晩餐会の場で、各賞の授賞式が開催される。受賞者には800名近くの参加者からスタンディングでの拍手がおくられる感動的なシーンが毎年見られる。二次会にはダンス・カラオケパーティも用意されており、会長自ら先導して、会員同士の交流の場を作り出している。
最終日は「アンカー・セッション」と呼ばれる締め括りの全体シンポジウムがあり、大会で得たものをどのように職場に持ち帰るかについて振り返りを行う場が設けられている。
尚、大会期間中には昼食時間を利用して様々な委員会も開催される(多様性、組織間連携、職能開発、会員資格、ビジネス、小規模大学、出版、電子コミュニケーション、財務、研究、外部資金)。これらの名称を見れば、本団体が何に力を入れているのかがわかるだろう。また期間中にはジョブフェアも開催され、FDerになりたい人とFDerが欲しい機関とのマッチングの場が提供されている。
全体を通して感じるのは、本大会は、もちろん新しい知見を生み出す研究や実践が発表されフィードバックがなされることでそれらの質を高める場としての機能を果たしているが、ネットワーク構築の場としての機能にも十分考慮されているということだ。全員参加での昼食会や晩餐会はその典型だし、参加者も意図的に普段の同僚とは離れた席に座って、新しい人脈を構築しようとしている。また、大会期間中には、エクスカーション・プログラムとして、美術館、マイクロソフト社の見学やクラシック・コンサート鑑賞が用意されている。こうしたインフォーマルな機会に、生涯に渡る仕事上でのパートナーを見つけることも多い。FDerとしての職業的自立のためには同業者間でのネットワークは不可欠なのだ。
3.おわりに
ちなみに日本における同様の団体として2009年に日本高等教育開発協会が設立され、2012年8月には第2回高等教育開発フォーラムが開催された。筆者は創設呼びかけ人の一人であり、現在23名の会員がいる。米国に遅れること35年ではあるが、諸外国の同様団体の歴史に学び、国内でもFDerを育成する場を構築していきたいと考えている。
(『産業教育学研究』Vol.43-1 2013年1月 p.58)
2012年06月25日
日本のFDに関する3つの提言(5)
中央教育審議会大学分科会大学教育部会(第15回)平成24年5月21日(月曜日)において、私が発表したコメントを紹介していきます。
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それから,提言の3番目ですが,「専任のFD担当者を配置する」ということが大事かと思います。このFDに関する業務は,委員会業務として一般教員が兼務していることも多いのですが,任期も短く,専門性も向上しません。ですから,先ほどのようなコンサルティング活動はできないのです。こういった部署をしっかりとつくるということです。
全学レベルで本気で質保証を考えている人が全学に何人いるかを考えてみて下さい。私どもは24時間365日,愛媛大学の教育の質保証のことを考えているのです。こういうスタッフをどれだけ配置できるかということです。ただし,現状としては,なり手も非常に少ない仕事であります。反発も多く,ストレスも非常にかかる仕事であります。こういう中で,専任の担当者を配置していくというのは非常に難しいのが現状です。
現在,私ども8名のディベロッパーを置いております。潤沢だと思うかもしれませんが,これは先ほどの現状を考えた場合に仕方ないことだと思います。米国では教員200人にディベロッパーが1人ぐらいは必要だという話がありますが,私は今100人に1名ぐらい,質保証のためには必要ではないかと思っております。
私どもは先ほど言ったようにネットワークを組んでおります。四国地区の国立大学がコア校となり,33の高等教育機関をつないでおりますが,大学間が連携しますと,ネットワークが使える研修講師数は増えます。こうやって少ない資源を共有することで,小規模な大学にも講師派遣をすることができるようになります。特に国立大学は地域の大学のFDに貢献する使命があると私自身は思っております。
また,こういったディベロッパーの養成講座とか,FDのファシリテーター養成研修というものも私どもは用意して取り組んでおります。こういった取組もぜひ全国で展開するとよいのではないかと思っております。
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それから,提言の3番目ですが,「専任のFD担当者を配置する」ということが大事かと思います。このFDに関する業務は,委員会業務として一般教員が兼務していることも多いのですが,任期も短く,専門性も向上しません。ですから,先ほどのようなコンサルティング活動はできないのです。こういった部署をしっかりとつくるということです。
全学レベルで本気で質保証を考えている人が全学に何人いるかを考えてみて下さい。私どもは24時間365日,愛媛大学の教育の質保証のことを考えているのです。こういうスタッフをどれだけ配置できるかということです。ただし,現状としては,なり手も非常に少ない仕事であります。反発も多く,ストレスも非常にかかる仕事であります。こういう中で,専任の担当者を配置していくというのは非常に難しいのが現状です。
現在,私ども8名のディベロッパーを置いております。潤沢だと思うかもしれませんが,これは先ほどの現状を考えた場合に仕方ないことだと思います。米国では教員200人にディベロッパーが1人ぐらいは必要だという話がありますが,私は今100人に1名ぐらい,質保証のためには必要ではないかと思っております。
私どもは先ほど言ったようにネットワークを組んでおります。四国地区の国立大学がコア校となり,33の高等教育機関をつないでおりますが,大学間が連携しますと,ネットワークが使える研修講師数は増えます。こうやって少ない資源を共有することで,小規模な大学にも講師派遣をすることができるようになります。特に国立大学は地域の大学のFDに貢献する使命があると私自身は思っております。
また,こういったディベロッパーの養成講座とか,FDのファシリテーター養成研修というものも私どもは用意して取り組んでおります。こういった取組もぜひ全国で展開するとよいのではないかと思っております。
2012年06月24日
日本のFDに関する3つの提言(4)
中央教育審議会大学分科会大学教育部会(第15回)平成24年5月21日(月曜日)において、私が発表したコメントを紹介していきます。
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2番目の提言は,「FDの内容の拡張,深化」というものです。現在,FDの定義というのは,過去の中教審でも使われております教員の授業内容・方法の改善ということで一般的に解釈されております。実際は,講演会,相互の授業参観,授業アンケートという「日本のFD3点セット」が一般的なのですが,これですと,全くもって教員の多様なニーズには応えられません。そして,今マンネリ化,形式化ということが叫ばれております。新たに手法についても広げていくということが必要かと思います。こちらは,文部科学省が毎年やっている調査なのですが,項目が非常に限定されている。実は,この項目自体が非常に狭いFD活動を誘導しているという可能性もあることをここでは強調しておきたいと思います。
そして,ここで提言したいのは,実は諸外国を見ますと,最も一般的なFDの手法というのは個別のコンサルティングなのです。大学の先生の教えられている科目もさまざま,専門もさまざまです。そういう中で,1対1での授業コンサルティングというものを今後は進めていく必要があるだろうと思いますし,講演型にかわって参加型のワークショップというものも取り入れていく必要があろうかと思います。
また,定義も,今,授業改善と考えられているのですが,今回の御報告を皆さん聞いて分かるとおり,もう一授業のレベルではとどまらないのです。カリキュラムとか,組織改革もまたこのFDの一環として定義に含める必要があろうかと思います。
映像を流していただきたいのですが,私どもが今力を入れております授業コンサルティングに関して,私が日々どのようなことをやっているのかを御覧いただきたいと思います。
御覧いただいて分かるとおり,非常に時間がかかります。FDというのは手間がかかるのです。このようにお一人お一人の先生に個別で対応していくというのが基本だろうと思います。
ということで,現在,授業コンサルティングは,毎学期20名ぐらいの先生に御利用いただいておりますが,まだまだ全学的には認知度が低いと思います。そのほか,さまざまなプログラム等も提供しておりまして,本日,お手元に『研修プログラムガイド2012』という冊子をお配りしているかと思います。これは私どもの愛媛大学単独ではなく,四国地区でネットワークを組んでおりますので,33の大学が連携して,高専も含めてプログラムを共有化しております。こういった冊子で先生たちが改善したいと思ったときに,四国の中でさまざまなプログラムを受けていただく環境を用意しています。
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2番目の提言は,「FDの内容の拡張,深化」というものです。現在,FDの定義というのは,過去の中教審でも使われております教員の授業内容・方法の改善ということで一般的に解釈されております。実際は,講演会,相互の授業参観,授業アンケートという「日本のFD3点セット」が一般的なのですが,これですと,全くもって教員の多様なニーズには応えられません。そして,今マンネリ化,形式化ということが叫ばれております。新たに手法についても広げていくということが必要かと思います。こちらは,文部科学省が毎年やっている調査なのですが,項目が非常に限定されている。実は,この項目自体が非常に狭いFD活動を誘導しているという可能性もあることをここでは強調しておきたいと思います。
そして,ここで提言したいのは,実は諸外国を見ますと,最も一般的なFDの手法というのは個別のコンサルティングなのです。大学の先生の教えられている科目もさまざま,専門もさまざまです。そういう中で,1対1での授業コンサルティングというものを今後は進めていく必要があるだろうと思いますし,講演型にかわって参加型のワークショップというものも取り入れていく必要があろうかと思います。
また,定義も,今,授業改善と考えられているのですが,今回の御報告を皆さん聞いて分かるとおり,もう一授業のレベルではとどまらないのです。カリキュラムとか,組織改革もまたこのFDの一環として定義に含める必要があろうかと思います。
映像を流していただきたいのですが,私どもが今力を入れております授業コンサルティングに関して,私が日々どのようなことをやっているのかを御覧いただきたいと思います。
御覧いただいて分かるとおり,非常に時間がかかります。FDというのは手間がかかるのです。このようにお一人お一人の先生に個別で対応していくというのが基本だろうと思います。
ということで,現在,授業コンサルティングは,毎学期20名ぐらいの先生に御利用いただいておりますが,まだまだ全学的には認知度が低いと思います。そのほか,さまざまなプログラム等も提供しておりまして,本日,お手元に『研修プログラムガイド2012』という冊子をお配りしているかと思います。これは私どもの愛媛大学単独ではなく,四国地区でネットワークを組んでおりますので,33の大学が連携して,高専も含めてプログラムを共有化しております。こういった冊子で先生たちが改善したいと思ったときに,四国の中でさまざまなプログラムを受けていただく環境を用意しています。
2012年06月23日
日本のFDに関する3つの提言(3)
中央教育審議会大学分科会大学教育部会(第15回)平成24年5月21日(月曜日)において、私が発表したコメントを紹介していきます。
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そこで,提言の1番目といたしましては,教員の教育能力証明の必須化ということを提言させていただきたいと思います。この10年間,FDを担当しまして,いろいろなプログラムを提供してきましたが,やはりインセンティブが決定的に不足していることを痛感しています。実は,大学設置基準の中に,大学教授の資格としまして,「大学における教育を担当するにふさわしい教育上の能力を有すると認められる者」と書かれておりますが,その能力が何であって,それをどのように証明しているのかということは全く不明確です。採用,昇進に当たっては,可視化しやすい研究上の能力に比較して,教育上の能力は適正に評価されないためにインセンティブがない,機能していないというのが実態かと思います。
この大学教育を担当するにふさわしい教育上の能力をどのように証明しているのかについて,各大学が情報を公表することを必須化されてはどうかということです。
ただし,これは初等中等教育と異なって,ライセンスがなければ教えられないというものにするかどうかは議論の余地が必要だろうと思います。こういった資格がなくても証明できれば,それはそれで認めるという柔軟性も必要かと思います。例えば教育関連の授賞歴ですとか授業参観記録ですとか授業評価アンケート,こういったものを総合的にまとめたティーチング・ポートフォリオ,あるいは教育能力開発のためのプログラムの修了証明,こういったものが必要だろうと思います。ただ,こういったことを独自に用意できない大学のためには,専門家団体による認証も可能にするといいかと思います。
こちらに示しているのは,各国の大学教員の職能開発の時期別分類です。入職前の大学院生の時期に,主に力を置いているのが米国型であります。それから,入職してから終身雇用権であるテニュアをとるまでの数年間,大抵3年から5年程度ですけれども,この時期に力を入れているのが欧州型。日本の場合は,特にこういった時期を決めておりませんので,ここでは生涯継続型と示しております。
投資効果が一番高いのは,おそらく雇用が決まった初期段階です。テニュアをとるというモチベーションが高い欧州型だと思います。日本型の場合は,雇用されていますので,あまり投資効果はないと思います。参加者の動機も最も低い状況になっておりますので,私としては,どこを対象にするかといったときに,若い方たちを対象にすべきだと考えております。現在,日本の大学の教員の平均年齢は非常に上昇しておりまして,過去最高ということです。ですから,限られた資源をどこに投資するかということを考えた場合には,こちらの若手の層です。残念ながらあと5年で定年されるという方に,無理にFDに参加していただくよりは,先の長い方に投資したほうがいいのではないかというのが私の意見です。
愛媛大学は,数年後を目指して,今,テニュアトラック導入という取組を進めようとしております。採用までの終身雇用権を与えるまでの5年程度の中で,財政的なバックアップと能力開発プログラムを提供することで,将来を通して働いていただける先生たちを育てるという取組を始めたいと思っております。
最初の5年間の中のプログラムとしましては,左側にあります教育能力開発,ここではエデュケーショナル・ディベロップメント,EDと書いておりますが,これを60時間。そして,リサーチ・ディベロップメントと呼ばれる研究能力開発のためのプログラムを20時間,そして,今後,マネジメント能力も全ての教員に身につけてほしいということで,MDプログラム20時間,計100時間程度のプログラムを受講することを必須化したい。そして,そのプログラムが修了した教員に対して修了証明書を出して,そういった方たちに終身雇用権を与えたいという取組を考えております。
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そこで,提言の1番目といたしましては,教員の教育能力証明の必須化ということを提言させていただきたいと思います。この10年間,FDを担当しまして,いろいろなプログラムを提供してきましたが,やはりインセンティブが決定的に不足していることを痛感しています。実は,大学設置基準の中に,大学教授の資格としまして,「大学における教育を担当するにふさわしい教育上の能力を有すると認められる者」と書かれておりますが,その能力が何であって,それをどのように証明しているのかということは全く不明確です。採用,昇進に当たっては,可視化しやすい研究上の能力に比較して,教育上の能力は適正に評価されないためにインセンティブがない,機能していないというのが実態かと思います。
この大学教育を担当するにふさわしい教育上の能力をどのように証明しているのかについて,各大学が情報を公表することを必須化されてはどうかということです。
ただし,これは初等中等教育と異なって,ライセンスがなければ教えられないというものにするかどうかは議論の余地が必要だろうと思います。こういった資格がなくても証明できれば,それはそれで認めるという柔軟性も必要かと思います。例えば教育関連の授賞歴ですとか授業参観記録ですとか授業評価アンケート,こういったものを総合的にまとめたティーチング・ポートフォリオ,あるいは教育能力開発のためのプログラムの修了証明,こういったものが必要だろうと思います。ただ,こういったことを独自に用意できない大学のためには,専門家団体による認証も可能にするといいかと思います。
こちらに示しているのは,各国の大学教員の職能開発の時期別分類です。入職前の大学院生の時期に,主に力を置いているのが米国型であります。それから,入職してから終身雇用権であるテニュアをとるまでの数年間,大抵3年から5年程度ですけれども,この時期に力を入れているのが欧州型。日本の場合は,特にこういった時期を決めておりませんので,ここでは生涯継続型と示しております。
投資効果が一番高いのは,おそらく雇用が決まった初期段階です。テニュアをとるというモチベーションが高い欧州型だと思います。日本型の場合は,雇用されていますので,あまり投資効果はないと思います。参加者の動機も最も低い状況になっておりますので,私としては,どこを対象にするかといったときに,若い方たちを対象にすべきだと考えております。現在,日本の大学の教員の平均年齢は非常に上昇しておりまして,過去最高ということです。ですから,限られた資源をどこに投資するかということを考えた場合には,こちらの若手の層です。残念ながらあと5年で定年されるという方に,無理にFDに参加していただくよりは,先の長い方に投資したほうがいいのではないかというのが私の意見です。
愛媛大学は,数年後を目指して,今,テニュアトラック導入という取組を進めようとしております。採用までの終身雇用権を与えるまでの5年程度の中で,財政的なバックアップと能力開発プログラムを提供することで,将来を通して働いていただける先生たちを育てるという取組を始めたいと思っております。
最初の5年間の中のプログラムとしましては,左側にあります教育能力開発,ここではエデュケーショナル・ディベロップメント,EDと書いておりますが,これを60時間。そして,リサーチ・ディベロップメントと呼ばれる研究能力開発のためのプログラムを20時間,そして,今後,マネジメント能力も全ての教員に身につけてほしいということで,MDプログラム20時間,計100時間程度のプログラムを受講することを必須化したい。そして,そのプログラムが修了した教員に対して修了証明書を出して,そういった方たちに終身雇用権を与えたいという取組を考えております。
2012年06月22日
日本のFDに関する3つの提言(2)
中央教育審議会大学分科会大学教育部会(第15回)平成24年5月21日(月曜日)において、私が発表したコメントを紹介していきます。
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もう一つ,「鎖国状態の日本のFD」と書きましたが,諸外国との比較でFDを見たときに,幾つか見えることがあるかと思います。いかがでしょうか。今,こちらスクリーンで提示させている状況なのですが,どこの国のFDの実態を示していると思われるでしょうか。実は,これは1960年代のイギリスの,―イギリスではFDとは言わずスタッフ・ディベロップメントとかつて言っていましたが―,その実態を表した文章と言われております。この文章から分かるとおり,日本のFDの実態というのは,大変遅れをとっていると私は認識しております。
なぜこういうことになってしまったのかということなのですが,世界的に見ますと,FDの出発点は,1960年代後半の大学紛争であります。この大学紛争を経て,各大学が高等教育センター等を作って,教授法の改善に取り組むという流れが出ました。そして,それに続く70年代,80年代の国際的な不況がまさに大学での授業あるいはカリキュラムを改善する推進力となったわけです。日本は,学生運動への対応は御存じのとおりです。そしてその後,幸か不幸か経済成長が続きました。この結果として,2回のチャンスを日本は逃した。その結果として,国際的な潮流に乗り切れてないというのが現状だろうと思います。
こちらはFDに関する国際的な学会,ICED(国際教育開発連盟)の加盟メンバーを示したものです。ヨーロッパ諸国を中心に現在23カ国,登録,加盟があります。日本は,私もこの立ち上げ人になりましたが,日本高等教育開発協会が2010年に,やっと最近,加わったということです。そのほか,例えばアメリカにはPODというFD担当者の専門団体がありますが,設立は1976年。英国等についても,80年代にこういった団体がつくられて,成熟度の高い取組を進めている。感覚としては,おそらく40年から50年ぐらいの開きがあるのではないだろうかというのが私の実感です。
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もう一つ,「鎖国状態の日本のFD」と書きましたが,諸外国との比較でFDを見たときに,幾つか見えることがあるかと思います。いかがでしょうか。今,こちらスクリーンで提示させている状況なのですが,どこの国のFDの実態を示していると思われるでしょうか。実は,これは1960年代のイギリスの,―イギリスではFDとは言わずスタッフ・ディベロップメントとかつて言っていましたが―,その実態を表した文章と言われております。この文章から分かるとおり,日本のFDの実態というのは,大変遅れをとっていると私は認識しております。
なぜこういうことになってしまったのかということなのですが,世界的に見ますと,FDの出発点は,1960年代後半の大学紛争であります。この大学紛争を経て,各大学が高等教育センター等を作って,教授法の改善に取り組むという流れが出ました。そして,それに続く70年代,80年代の国際的な不況がまさに大学での授業あるいはカリキュラムを改善する推進力となったわけです。日本は,学生運動への対応は御存じのとおりです。そしてその後,幸か不幸か経済成長が続きました。この結果として,2回のチャンスを日本は逃した。その結果として,国際的な潮流に乗り切れてないというのが現状だろうと思います。
こちらはFDに関する国際的な学会,ICED(国際教育開発連盟)の加盟メンバーを示したものです。ヨーロッパ諸国を中心に現在23カ国,登録,加盟があります。日本は,私もこの立ち上げ人になりましたが,日本高等教育開発協会が2010年に,やっと最近,加わったということです。そのほか,例えばアメリカにはPODというFD担当者の専門団体がありますが,設立は1976年。英国等についても,80年代にこういった団体がつくられて,成熟度の高い取組を進めている。感覚としては,おそらく40年から50年ぐらいの開きがあるのではないだろうかというのが私の実感です。
2012年06月21日
日本のFDに関する3つの提言(1)
中央教育審議会大学分科会大学教育部会(第15回)平成24年5月21日(月曜日)において、私が発表したコメントを紹介していきます。
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私からは,日本のFDに関する三つの提言と題しまして報告をさせていただきたいと思います。
まず,私の簡単な自己紹介ですが,FDの専任の担当教員,ファカルティ・ディベロッパーとして,現在,11年目です。学内でFDを担当する人に対して,諸外国ではファカルティ・ディベロッパーという名称がつけられています。
日常的にどのような業務をしているのかということですが,学生向けの授業も年間2コマから3コマ程度担当しておりますが,それ以外の時間というのは,教材の開発,研修講師,教室の設計,コンサルティング,調査研究等に時間をとっておりまして,通常の教員とは異なる業務になっているということです。
本日は,背景となるお話を最初に二つほどさせていただきまして,提言を三つ用意させていただいております。
まず,誰が大学教員の質保証に責任を負っているのかという問いを共有させていただきたいと思います。
左側の図は,よく御覧になっているかと思います。大学の進学率が上がってきているという話ですが,右側は,本務教員数の推移ということで,現在,大学の教員数で申しますと17万7,000人という数字です。これに短大も足しますと18万6,000人という数の大学教員がいるわけです。この数字としましては,幼稚園教員よりも多い,そして高等学校の先生,中学校の先生にも非常に近い数字になっています。
このうち採用前にどのような状況にあったのかというのが文部科学省の調査でも明らかになっております。学部とか大学院の修了者数は減っておりまして,それ以外の民間企業とか,臨床医の方,こういった社会人経験をされている方たちが非常に多く参入されてきています。
こうした大学教員の能力に関しましては,以前から様々な指摘があります。「大学教員は教育職であるにも関わらず,教員の養成機関である大学院で教育の専門職としての訓練も受けず,大学教授職にかかわる専門知識も技術もなしに,いきなり大学教員の現場に立たされた」と。これは『資格を持たない最後の専門職』という言い方で,これまでよく言われてきていることでありますが,特にこういった社会人経験の方たちは,その時点では教育についてはアマチュアと見るべきだろうと言われている方もおられます。社会人型の教員を多く採用する大学,大学院の場合は,より積極的に教育について学ぶ機会を用意したり,教育者としての訓練ができる機会を用意すべきだろうという指摘もあります。
ここで申し上げたいことは,「学生の大衆化」ということがよく言われますが,一方で「教員の大衆化」ということがダブルで進んでいるということなのです。一体,この「教員の大衆化」に対しては,国レベルあるいは各大学レベルでどのような対策をとってきて,誰がこの問題に責任を負っているのかということを我々は考えなければいけないのではないかと思います。
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私からは,日本のFDに関する三つの提言と題しまして報告をさせていただきたいと思います。
まず,私の簡単な自己紹介ですが,FDの専任の担当教員,ファカルティ・ディベロッパーとして,現在,11年目です。学内でFDを担当する人に対して,諸外国ではファカルティ・ディベロッパーという名称がつけられています。
日常的にどのような業務をしているのかということですが,学生向けの授業も年間2コマから3コマ程度担当しておりますが,それ以外の時間というのは,教材の開発,研修講師,教室の設計,コンサルティング,調査研究等に時間をとっておりまして,通常の教員とは異なる業務になっているということです。
本日は,背景となるお話を最初に二つほどさせていただきまして,提言を三つ用意させていただいております。
まず,誰が大学教員の質保証に責任を負っているのかという問いを共有させていただきたいと思います。
左側の図は,よく御覧になっているかと思います。大学の進学率が上がってきているという話ですが,右側は,本務教員数の推移ということで,現在,大学の教員数で申しますと17万7,000人という数字です。これに短大も足しますと18万6,000人という数の大学教員がいるわけです。この数字としましては,幼稚園教員よりも多い,そして高等学校の先生,中学校の先生にも非常に近い数字になっています。
このうち採用前にどのような状況にあったのかというのが文部科学省の調査でも明らかになっております。学部とか大学院の修了者数は減っておりまして,それ以外の民間企業とか,臨床医の方,こういった社会人経験をされている方たちが非常に多く参入されてきています。
こうした大学教員の能力に関しましては,以前から様々な指摘があります。「大学教員は教育職であるにも関わらず,教員の養成機関である大学院で教育の専門職としての訓練も受けず,大学教授職にかかわる専門知識も技術もなしに,いきなり大学教員の現場に立たされた」と。これは『資格を持たない最後の専門職』という言い方で,これまでよく言われてきていることでありますが,特にこういった社会人経験の方たちは,その時点では教育についてはアマチュアと見るべきだろうと言われている方もおられます。社会人型の教員を多く採用する大学,大学院の場合は,より積極的に教育について学ぶ機会を用意したり,教育者としての訓練ができる機会を用意すべきだろうという指摘もあります。
ここで申し上げたいことは,「学生の大衆化」ということがよく言われますが,一方で「教員の大衆化」ということがダブルで進んでいるということなのです。一体,この「教員の大衆化」に対しては,国レベルあるいは各大学レベルでどのような対策をとってきて,誰がこの問題に責任を負っているのかということを我々は考えなければいけないのではないかと思います。