2010年12月13日

二次創作小説「不良先生ネギま」外伝 本日のN先生 3




      不良先生ネギま! 外伝
          本日のN先生 第三話





 私は、時々自分がどうしようもなく愚かであると自覚することがある。

 今回のこともそうだ。私のためを思って、部長が解り易く指し示してくれた退路すら、私は活かすことが出来なかった。

 ネギ先生には敵がいる。それも強力な個人、あるいは大掛かりな組織、無論その両方という可能性もある。とにかく強敵だ。

 私達一介の中学生如きが、たかが記者の真似事をしている小娘が、立ち向かって無事でいられるはずの無い相手。それが確実に存在している。

 にもかかわらず、私は選んでしまった。

 想像を絶する巨悪。あるいは悪とも限らないのかも知れないが、その巨大な敵と対立する道を、私は選んでしまったのだ。

 他でもない、私が、ネギ先生専属の報道記者となることで。





           まほらタイムス新コーナー 本日のN先生 第一回
                   新任教師の危険な朝!?



 本日よりまほらタイムスにて麻帆良学園中等部に着任した教育実習生、仮名N先生の身の回りに起こったことをご紹介させていただきます。
 着任早々話題となったN先生ですが、先日大言壮語した通り、高度な致死罠を回避してみせるという荒業を私達に見せ付けて下さいました。
 現職忍者の設置した、天井の一角が床を貫くという言葉にするのも難しい罠をあっさり回避して見せたのです。
 それも、誤ってその罠に掛かってしまった女生徒を救出するというおまけ付きで。
 救出された女生徒は、その細くしなやかながらも力強い両腕に引き寄せられたことを、当記者が赤面するほどの熱弁を以て語って下さり、またその罠を仕掛けた当人は忍者であることを否定しつつも、自らの仕掛けた罠をああも容易く回避されたということに驚愕を隠せない様子でした。
 朝から騒動の渦中となったN先生ですが、自らは全く動揺した様子も無く、ただ淡々と罠の採点をするという、常識では測れない様を見せたあと、気絶した女生徒をそのまま保健室まで抱えて行ったようです。

                                (文責、麻帆良学園報道部、N先生専属班。朝倉和美)



 刷り上ったまほらタイムス昼休み版を読み返しつつ、呆れるほど駆け足になった取材を振り返る。

 まずネギ先生が気絶したいいんちょを軽々と抱えて、ウチのクラスの保健委員である和泉亜子に先導されながら保健室に行っている間に、罠を仕掛けた張本人である現職忍者長瀬楓に取材し、いいんちょが引っ掛かったからネギ先生が回避出来たわけでは無いことを確認したのが1時間目の授業中。

「あの罠は、引っ掛かった時点で回避しようにも間に合わないタイミングで転落と落石の速度を合わせておいたものでござる。落とし穴によって足場を奪い、頭上から襲い来る岩で頭蓋を砕くという、確実に獲物を仕留める類いの即死罠でござった。しかもいいんちょ殿はネギ先生よりも長身、岩が直撃する時間はネギ先生の場合よりも早くなるはず。それを考慮すると、先生はいいんちょ殿が引っ掛かる以前に救出に動いていなければ間に合わなかったはずでござる」

「へー、それで先生は罠に気が付いていたってわけ」

「そうでござる。そして拙者は忍者では無いでござる」

「んー、そんなことより他の生徒が引っ掛かる可能性があるのにためらい無く即死罠を仕掛けるアンタが何考えてんのか知りたくなって来たんだけど」

「あ」



 それから、半ば吊るし上げのように取材のような説教のようなことを現職忍者にしていると、先生が帰って来ないうちに1時間目は終わり、これ幸いと逃亡する忍者の逃げ足に一瞬だけ感心する。

 こちらも次の授業が鬼のように厳しいことで有名な新田先生なので、これ以上くどくど言うつもりは無かったのだが、次の授業の準備もせずに教室の外にまで逃げてしまって、あの馬鹿忍者はどうするつもりなのだろうか。

 そんなことを思いながら忍者の席に目をやると、やれやれといった様子で席に着こうとしている忍者本人と目が合った。

 どうやら窓から戻って来たらしい忍者の、瞳がどこにあるのかも解らないくらいに細められた目の奥にあるわずかな動揺を見て取って、彼女が相当に慌てていることを感じながら、とりあえずそれを無視する形で授業の準備に取り掛かった。

 幸か不幸か、その2時間目は何故か新田先生の代わりに瀬流彦先生が教壇に登っていた。いかなる理由かは不明だが、突然の代理ということに戸惑いながら教科書を開く細身の教師に目をやりつつ、私も手元の教科書を手繰り寄せる。

 何が幸運で何が不運なのかと言うと、別に瀬流彦先生を軽んじているわけでは無いのだが、少々準備が遅れても怒られる心配が無いことと、そもそも新田先生が来ないと解っていたのなら、もう少し取材を推し進めることが出来ただろうということだ。

 瀬流彦先生とは、まだ若い優男ふうの青年教師だ。良く言えば生徒思いの、悪く言えば弱腰の、という注釈が付く類いの。

 授業は無理無く進めるタイプ。時折脱線したり、ちょっとしたポカミスをやらかしたりして足りなくなった授業時間を自作のプリントで埋めるのが通例。

 基本的に怒らない。生徒の自主性に任せ、行き過ぎたところを注意して、常にどこか困ったような笑みを顔に浮かべて、授業や指導を執り行っている。

 私はその指導方法に常々疑問を感じていた。新田先生が自己の経験から、入り口で追い返すようにして生徒を危険から遠ざけようとするのに対し、瀬流彦先生は危険の手前で引き返すように忠告するような指導をしているように感じるからだ。

 例えるならそれは、熊の巣穴の前で「熊が出ますよ」と言い、実際に熊が出たら一緒に逃げるようなものだと思う。

 確かにある程度の危険を生徒に感じさせた上で、その危険から生徒を守ることが出来れば、それは危険を教えるという指導において最上級の教育結果だと言えるだろう。

 しかしそれは、危険から確実に生徒を救うことが出来る実力者にだけ可能な指導だということだ。

 瀬流彦先生にはその実力が足りないように思える。それは少なくとも安全な教育で許容出来る範囲を超えてしまうまで生徒を押し留めることが出来ないことで既に明らかだ。年若いせいもあるのだろうが、新田先生ほどには上手く指導出来ていないと言わざるを得ない。

 新田先生が鬼と呼ばれても生徒に厳しく接するのにも理由があるように、瀬流彦先生にもそういった指導をする理由があるのだろう。
 
 しかしそういった教育方針は、指導力が足りないという印象を周囲に与えることにもつながる。確かに生徒受けは良いのかも知れないが、保護者からは不安視されているかも知れない。

 だがそれはこうとも言い換えることが出来る。

 もしも保護者からも信頼されているのだとしたら、それは瀬流彦先生が見た目よりも有能な先生だということだ。

 次の取材対象として調べてみるのも面白いかも知れない。そんなことを思いながら私は、黒板にチョークを走らせながら解説している瀬流彦先生の、どこかたどたどしい授業を受けていた。

――その時の私には知る由も無かったのだが、それは半年もすれば解ってしまうことだった。

 瀬流彦先生は、生徒の危機を救う『力』を持っていたからこそ、生徒を危険に近づけさせていたのだということは。





 そのあと2時間目の半ばで帰って来たいいんちょから聞かされた話――ネギ先生が新田先生に怒られていることと、美辞麗句で飾り尽くされたネギ先生のいいんちょ救出劇のことだ――を、2時間目後の休憩時間が終わることを理由に遮った。

 目の前で困ったような視線を送る瀬流彦先生を最後まで無視して語られた、記事に許された領域よりも遥かに長く語り尽くされたそれを要約し、まだ話し足りないような表情で私を見るいいんちょから隠れるようにして記事を仕上げたのが、3時間目の半ば辺り。

 まほらタイムス昼休み版の締め切りが3時間目前なのにもかかわらず、先生の目を盗んで――3時間目の担当は、目敏い教師が揃っている麻帆良学園でも一二を争うと言われる源しずな先生だった。多分バレていると思うので、あとで説教されることは明白だ――部長のケータイにメール送信するという暴挙に出てまで書き上げた記事なのだが、改めて読んでみると、少々偏向報道になってしまったと思う。

 第一回だからというのと、前日までの悪評を慮ってしまったからか、あるいはネギ先生を貶めようとする何者かに対する牽制のつもりなのか、自分でも良く解らないうちに書いたそれは、ネギ先生に対して妙に好意的な文章になってしまっている。

 これで第二回の記事がネギ先生の悪評なら、上げて落とす効果になってしまうが、まだ記事に出来そうな何かがあったわけでは無いので、現状では悪評になり得る何かが起こらないことを祈ることしか出来ない。

 でも今回の件だって、罠を仕掛けられたのは先生自身が挑発したからだし、いいんちょを助けたのだって先生の身代わりになったようなものだし、それなら助けるのが当然……否、それ以前に、先生が挑発しなければいいんちょも手違いで殺さそうになったりしなかったのだから、全ては先生が悪いのだが。

 そんなことを考えながら、学食の冬メニューであるラザニアサンド――具がラザニアそのもののサンドイッチ。焼き立てからわずかに冷めたくらいが食べごろ。猫舌には少々酷――を食べていると、周囲の空気がわずかに変化した。

 何事かと思い、入り口のほうへ目をやると、見覚えのある二人が連れ立って入って来るところだった。

――否、言い直すべきだろう。

 見覚えのある二人が、抱き合うようにして入って来たと。

 片方は男性、片方は女性だ。男性のほうは幼さを残した少年のような風貌で、傍らにいる女性を支えるようにして歩いている。

 女性のほうは同性である私でさえ見とれるような美貌と、成熟しようとしている見事な曲線を描く肢体を兼ね備えている。足が少々不自由なのだろうか、不安定な足取りで男性に寄りかかるようにして歩いているのが気になった。

 一見すると、男性の背が低い――女性の胸元に届くかどうかという程度の身長しか無いのだ――ため、アンバランスな感じを抱かせる二人だが、男性の支え慣れている様子と、女性の信頼しきっているという様子、そして二人のかもし出す雰囲気がそれを否定する。

 この二人は、今までもこれからも、こうして二人で歩んで行くのだろうと、そう思わせる何かが彼らにはあった。

 芸術家を気取るわけではないが、その絆の深さに思わず感歎の吐息を漏らしていた私は、私に気付いた様子も無く通り過ぎる二人の姿から目を放せずにいた。

 学食メニューを楽しげに選び、食券の自販機に向かい、学食のおばちゃんに食券を渡して、二人で座れる席を探すべく奥のほうへと歩いて行く。

 その一連の動作に不自然さは無く、また同時に過度な遠慮の存在しない、まさに理想的な家族の距離だと思えた。

「そっか……」

 そこで私は何かに気が付いたように小さく呟いていた。

 その時何に気が付いたのかまでは解らなかったが、今にして思えば、二人の関係に得心したからだったのかも知れない。そして同時に、何故私があの小さな教師に関わろうと思ったのかも。

 多分私は。

「そんな顔も出来るんだ……先生は」

 あの二人の護りたいものを、護りたいと、そう思えてしまったから。






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2010年12月10日

二次創作小説「不良先生ネギま」第九話(3)下




      不良先生ネギま!
          第9話    幽霊と魔法生徒と不良品(3)



 滑るようにして近付いてくる、白と黒で彩られた少女の、唯一赤いその瞳。

 その瞳は僕を見上げて、それでいて遥か遠くを見つめているような、言葉で言い表すのが難しい複雑な何かを浮かべていて。

 その瞳をこちらに向けるためにも、僕は問うべきことを頭に浮かべ、それを口にする。

「さよは、これからどうしたい?」

 そんなことを聞かれるとは思っていなかったのか、一瞬さよは戸惑うようにまばたいて、そして――諦めたように微笑んだ。

「もう、無理ですから」

「無理、か」

「はい」

 微笑んだまま、泣き笑いにも似た表情で小さくうなずくさよ。僕の視線から逃れるように、わずかにうつむいたその顔を、下から見上げるように覗き込み――。

「本当に?」

 そう、小さく呟くように、問いを重ねる。

「……何が言いたいんですか?」

「質問しているのは僕のほうだぞ。それとも順を追って問わねば駄目か? さよ、君は何故ここにいる。ここで何をしたい。それともここから出て何かをするのでも良い、僕はさよがこれからどうしたいのかを問い掛けている」

「そんなこと、出来るわけが……無いじゃないですか!」

 さよが感情を解き放ったその一瞬、瓦礫が揺れ、ガラス窓が振動する。霊的振幅が高まり、更に鮮やかさを取り戻す霊体を宙に浮かべて、さよは怒りよりも悲しみに彩られた赤い瞳で、僕を見据えていた。

「だって私、もう死んでるんですよ! 誰にも見えない、誰にも聞こえない! 誰かとおしゃべりすることも、触れることも、それどころかここから離れることさえ出来ないんですよ! そんな私に、何が出来るって言うんですか!」

「本当にそう思っているなら、それでも構わんが」

 言いながら僕は、杖代わりのカバンにすがるようにして身を支える。かろうじてつながっている左足は勿論、無事なはずの右足にも力が入らなくなっているらしく、震える両足は支えが無くては倒れそうなほどだ。が――。

「下りて来いさよ、今から君の思い込みを打ち破る」

 そう、想いを込めて、左手を宙へと伸ばした。





 とさっ、と、軽い音が体を通して耳に響く。

 触れるものは乾いた布のような、冷たくも柔らかい感触。

 その感触に対し、頬で撫で上げるように擦り付けながら首を巡らせて、僕を受け止めたさよを見上げる。

「ほら、触れた」

 倒れかけた僕を受け止めるべく下りて来たさよを見上げたまま、もう逃がさないとばかりに左手をその背に回す。

 そしてぐいと引き寄せる腕に従うように、さよの細い体は抱き寄せられ、僕の腕の中に納まった。

「あ、あの……どうして……」

「不思議か?」

 温もりを吸い取られるような感触に耐えながら、驚き戸惑っているさよに笑いかける。

 魔法使いでも触れ得ぬ霊に何故触れ得るのかと問われれば、答えは簡単だ。それは一言で言うなら――。

「僕だからだ」

 言って、苦笑する。さよの胸の中で何を言っているのかと自嘲を込めて。

 そう、この現象に明確な答えは無い。これに気が付いたのは五歳のころ、僕が魔法と呪法を同時に習得し始めたころのことだ。

 呪術師としての修行の一環に、霊力を扱う修行がある。これは死霊の怨念で発動する類いの呪いを解除するために必要な技術なのだが、基本的には霊力の流れを操作して呪いを発動しないようにするためのものであり、霊に触れるとか、成仏させて解放するとか、そんな気の利いたことは最初から考えてもいない。

 そもそも希薄な霊体に触れることなど、一流の魔法使いでも呪術者でも出来ないことだ。それに何故触れることが出来るのかは、実際にやって見せている僕にも良く解らない。

 元々、霊体を構成している霊力と呪力の間にある、ある種の親和性に着目して研究した結果の副産物に過ぎない技術だ。その研究も三日で頓挫した――否、確か呪術修行が次のステップに進むと同時に、アーニャの母上殿から正式な徒弟見習いとして認めてもらえたことで、そんなことに構っていられなくなったというのが理由だから、どちらかといえば放置だろう。再開の目処は立っていないが――ものなので、結論らしい結論は出ていない。

 確かあのころ考えていた法則は、他人同士の霊力は反発するので、魔力で反発を抑え、呪力で相手の霊力をつかむ感じで。それでもつかめない相手もいるので、そこら辺は要研究。だったはず。

 そしてこれは今まで知らなかったことなのだが、魔力は反発を防ぐと同時に生命力の流出を防ぐ効果も持っていたらしく、魔力の尽きた現状でさよに触れていると、そこからどんどん生命力が吸い取られて行く感じがする。

 今更ながら新しい発見をしたことに奇妙な感慨めいたものを感じながら、僕はさよの、わずかに羞恥の色を増した瞳を見つめて、言葉を続けた。

「今更説明するのもなんだが、僕は魔法使いだ」





 魔法使い。魔法を使い、世界の平和を秘密裏に守護する、そんな団体がこの世界に存在すること。そして、一般人に知られてはならないという掟をかいつまんで聞かせてから、自嘲の色を濃くした笑みを浮かべて見せる。

「僕は魔法使いとしてはそう大したものでは無い。得意なのは破壊全般、苦手なのは修復全般。基本的に戦闘用の魔法しか使えないと思ってくれればいい。そんな僕だが、普通の教師には出来ないことが出来ると自負している」

 ぼんやりと、普通の人なら夢物語と思いそうなことを黙って聞いているさよの、戸惑いと疑問と、そして羞恥が強まっている瞳から目を逸らさずに、伝えるべきことを伝える。

「僕はこうして君に触れることが出来る。見て、聞いて、話すことも出来る。ならばそれ以上のことも、もしかしたら出来るかも知れない」

 興奮のためか、真っ白だった頬に、わずかな朱色を浮かばせて、さよは言葉にならずに震わせる唇をきゅっと引き締め――。

「そんな僕に、君は何を望む?」

「とりあえず、私の胸にほっぺた擦り付けないで下さい」





 床に投げ出されること無く、僕はちゃんとさよの前に座ることが出来た。

 これはある意味貴重なことだ。僕が今まで明日菜や姉さんにされてきたことを思えば、力一杯床に叩き付けられる展開だったはず。

 それを思うと、日本では既に絶滅したとされる大和撫子とは、恐らくさよのような人のことを言うのではないかと推測される。

「手を煩わせて申し訳ない。そして、助けていただいたことに感謝を」

「あ、いえ、ただ夢中だったもので、触れなかったら先生、また怪我をしていたのに……」

 無意識なのか、胸元のセーラータイをくしゃくしゃにいじくり回しながら呟くさよ。僕の視線に気付いたのか、そのしわくちゃになったタイを一生懸命伸ばして元に戻そうとするが、どうしても少しよれたまま、元に戻ることは無かった。そう、まるでそれが実在しているかのように。

 幽霊の外見が死亡時そのままの姿であることが多い理由は、それが最も身近な自己の外見の記憶であるからとされている。それは衣服も同様で、言うなればそれは服を着ているのでは無く、霊体の表皮が行う擬態というのが一番近い。

 幽霊が生前の記憶をどれだけ維持出来るのかというと、個体差はあるものの、想像以上に短い時間でしかない。早ければ数分のうちに記憶の崩壊が始まり、あまり印象に残っていない記憶から順に崩れ落ちるように消えて行く。それは例えるなら砂時計の砂が流れ落ちる様子そのままで、決して元には戻せないそれが全て落ち切ったあとの彼らは、記憶の残滓を抱えて漂う朧な影となって、消滅するまで彷徨い続けることになるのだ。

 にもかかわらず、さよは服のしわといった細かい記憶すら再現する。それは服を揉むとしわになるという常識をまだ覚えているということだ。六十年以上幽霊をしていたはずなのに、何故そこまで細かい記憶を再現出来るのか。

「あ、あの、先生? その、そんなに見つめられると……その……」

 いつしか思考に没入していた意識を呼び戻す声に気が付くと、いつからそうしていたのか、さよは恥ずかしげな様子で、胸元を隠すように両腕を交差させていた。

「それで、さよは僕に何を望む?」

 視線の意味を誤解されたことに気付いた僕は、話を戻すことでごまかした。さよもそう問われて思い出したのか、僕のことをじっと見ると、不安を隠せない様子で、確認するように口を開いた。

「願えば、その……叶えて、くれるのですか……?」

「僕は神様じゃない。かといって悪魔でもない。言っただろう、僕は教師だ。教師とは自分の人生を投げ打ってでも生徒の幸せを第一に行動しなくてはならないと」

「多分それ、間違ってると思います……」

 それは僕も知っている。ただ大仰に言っているだけだが、あながち間違いでもないと思っているだけだ。

「まぁとにかく、何でも叶えようなんて言うことは出来ないが、普通の人より叶えられる内容が多めだと考えてくれればいい。それにこの国には、言うだけならタダという言葉もある。言うことでスッキリするとかな。あとは、言葉にしなければ伝わらない……とか」

 笑みを作り、唯一動く左腕を広げるように動かし、そしていざなうように掌を向けて――どこか大仰な、演劇にも似た仕種で、再びさよに問い掛ける。

「だから伝えてくれないか? 相坂さよ、君は一体何を望んでいるんだ?」

「わた……しは……」 

 戸惑うように、ためらうように、それでいて塞き止めていた想いを解き放つように、さよは自分の願いを口にした。

「皆と、一緒に、また学生生活をしたい、です。友達を作ったり、好きな人の話をしたり……そんな普通の、学生生活を」

「そうか、ならそうしたらいい」

 何事も無いかのように答えて、僕はさよの頬に手を伸ばし、優しく添える。

「その願いなら、叶えることが出来る。恐らくだが、僕だけが」

 熱を失って幾年経ったのか、僕には知る由も無い孤独な日々を象徴するかのような冷たい頬を、そっと撫でる。

「勿論問題はある。多分困難ばかりで得られるものはあまりに少ない、という契約になるだろう。そんな酔狂な契約を、君は望むのか?」

 確認するように問い掛けながら、頬を撫で、髪を梳く。失われた熱を与えようとでもするかのように、その動きを繰り返す。六十年以上誰からもされることの無かっただろうその感触に瞳を潤ませながら、さよは自らの頬を撫でる僕の手をそっと右手で包み込んで――。

「先生の手、暖かい……」

 呟くと、頬を僕の手に軽く摺り寄せた。

 芯まで冷えた僕の手に、極上のシルクにも似た感触が伝わって来る。あまり日の光に晒されたことの無い、赤ん坊のものに近い肌の感触を掌全体に与えながら、代わりに与えられた熱に酔ったかのような、吐息混じりの声でうっとりと目を閉じるさよ。

「信じても、いいですか……?」

 その声に答えるように、その白い顔をそっと抱き寄せる。するとさよは、流石にびっくりした様子で目を開き、先程よりも近付いた僕の顔を不安そうに見つめていた。

「大丈夫だから」

「……あ、はい……」

 もう一度目を閉じるさよ。その血の気を失った唇にそっと唇を重ねて――。





 そして、さよは今もここにいる。

 僕を居場所と定めて、僕と共に在るために。

 僕がしたのは一種の契約だ。僕がある程度の生命力を供給することで、霊体に実体を持たせる代わりに、僕のしもべになるという契約。

 その結果、誰からも見えるようになったさよと、教室の修復に来たあの二人組とが鉢合わせしてしまい、一悶着あったがそれは瑣事だ。

 問題があるとすれば、さよが背負うことになる命という名の莫大な負債と、僕が背負うことになる同額の危機だろう。

 それがどんなものなのかを、さよには既に説明してある。危険過ぎて、呪術師の間ですら禁忌とされて来た人霊との契約もさることながら、契約相手が僕だということで生じる生命の危機――魂を実体化したような今のさよの体は、治癒魔法も含めた普通の治療では治癒しないこと、さよかあるいは僕が死ぬことでさよは昇天すら出来ずに消滅するということ、僕に服従することで僕と共に命を狙われること、僕では姉さんを止められないことなども含めて、思い付く限りの全てをだ。

 そしてさよは、その全てを微笑んだまま受け入れて、その上でありがとうと、僕に礼まで言ったのだ。

 さよの、誰もが叶えようとすれば叶えられるだろう小さな願いは、それほどまでに大きく、そして大切なものだったということなのか。それとも何か他の理由でもあるのか。

 少なくとも、僕はそこにさよの強さを見た。そしてその強さに感服した。せざるを得なかった。

 それは僕にとって初めての敗北になるのだろうが、不思議と悪い気分では無かった。

 それは恐らく、僕の心にすとんと落ち着いた、暖かい何かのせいなのだろうと思う。それが何なのかまでは解らないが。

 さて、そうすると一つ問題が生じる。

 僕としては危険性を並べ立てることで、さよから契約破棄を申し立てて欲しかったのだが、全て笑って受け入れられた時点でそれは確定した。

 この生じた問題とは、僕が死んではならないということだ。

 何を当たり前のことをと言われそうだが、僕自身の今までの行動を振り返ってみると、死ぬような目というものには驚くほど頻繁に、実際に死んだと思えるような出来事も両手の指では足りないほど遭遇している。

 幸いにしてその全てを乗り越えて生きている僕だが、無論無傷で乗り越えたことなど一度も無い。だがさよを維持しなくてはならないこれからは、死ぬような目に遭おうともそれを無傷で乗り越えなくてはならないということだ。

 それは何故かと問われたならば、今この時も砂時計のように流れ落ちて行く、僕の生命力が理由だと答えるだろう。

 人霊を維持するためには呪力を、実体化を維持するためには生命力をそれぞれ大量に消費する。その他にも幾つかの力を消耗することや、生きているだけでも消費される力など、あらゆる消費とそれを補う回復力による釣り合いと、実体化と僕の生命維持にちょうど良い釣り合いが保てる供給速度を概算ながら割り出し、幾つかの悲観的な数字を組み込んで計算した結果、三食昼寝と夜八時から朝六時までの十時間を睡眠時間に充てることで、何とか死なない程度にさよを維持出来るとした。

 あの二人が教室を修復している間に書き綴った、それを見つけ出すための計算式が、今も僕の後ろにある黒板を埋め尽くしているのだが、恐らくそれが何のための計算式なのかを理解している者はいないだろう。もし仮にそれを理解出来る者がいるとしたら、それは僕の同類だということだ。

 幸いにして今のところ、この計算式が何なのかを理解している者はこの教室にはいないようだ。勿論そう装っているという可能性もあるが、そこまで考えていては際限が無いというものだ。それに多分、この迂遠な引っ掛けに気付いたとしても、それをわざわざ顔に出してくれるような親切な人なら、最初から隠してなどいないだろうとも思う。

 寝不足のせいか、思考が空回りしている気がする。引っ掛かる相手がいないことを前提に引っ掛け問題を作って、この程度の引っ掛けで尻尾を出す相手なら対処も楽だとか思っていたのだから。

 自己嫌悪にも似た感情から目を逸らすように、唯一自由に動かせる左手で両目を覆う。それでわずかに崩れた体勢を立て直すように、姉さんが優しく支えてくれる。

 その優しい温もりに包まれて、眠ってしまいそうな頭の片隅で、僕は結論めいたことを思い描く。

 先のことは解らない、今は不安しかない、昔は既に消え去った。なら、思い悩むこと自体が無駄なことなのだろう。

 杞憂に杞憂を重ねるよりも、今僕がするべきことは――わずかな時間だけ与えられた、さよの幸せになるかも知れない学園生活を見守っていくこと。

 そう決めて、瞼を覆っていた左手を下ろそうとした時、その問いが僕の耳に届いた。

「それでー、さよちゃん住んでるところはどこー?」

「あ、ネギ先生のベッドです」

 今とてつもない返事をしてなかったか?


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2010年12月09日

二次創作小説「不良先生ネギま」第九話(3)上

 そして、僕はここにいる。

 僕の前には復元された元2‐Aの教室。教室名を表記するプレートが交換されているため、今日から3‐Aの教室になる。

 この学校は学年が繰り上がっても同じ教室を使うという、ある意味珍しい方式を採用している。

 それは恐らくだが、地縛霊であるさよの存在があったからだろう。

 さよの学生生活を再現するためには、クラスメイトが一年ごとで変わってしまうよりも、三年間を同じ顔触れの中で過ごすほうが良いと判断したのだろう。恐らくだがあのガクチョー辺りが。

 さて、そのガクチョーの配慮で再び僕のものとなったこの教室だが、昨夜から今朝にかけて散々破壊したにもかかわらず、三学期の終業式後に見たものと寸分違わず存在している。

 これは修復魔法が、場所の記憶とでも言うべきものから壊れる前の情報を引き出し、周囲の瓦礫などを素材として、情報通りに再現する魔法だからだ。

 勿論、この記憶を読み間違えれば、復元どころか奇怪なオブジェが完成することになる。その辺りの精度は術そのものに織り込まれた観測用の術式と術者の魔力によって変化する……のだが、何故か僕はこの系統が不得意だ。

 術式そのものには問題無いのだが、それは普通の魔法使いが使った場合の話だ。色々と調べた結果、それはどうやら僕の魔力制御法との相性が悪いらしいと言うことが解ったが、術式のどこをどう書き換えれば成功するのかはまだ良く解っていない。

 何故研究が進まないのかと言うと、この魔法は失敗した場合の重ね掛けが不可能に近いからだ。

 聡い者ならば既に理解しているだろうが、この魔法は幾つかの欠点を抱えている。とはいえ、その欠点の源は全て、この魔法が場所の記憶を頼りにしているというその一点に帰結する。

 この魔法は少し前に壊れた物を復元するための魔法なので、本来ならばそれで充分なのかも知れない。しかし、その場所の記憶が薄れた場合、もう元には戻せないということになる。

 場所の記憶が薄れる可能性として、ある程度の時間が経った場合と、その記憶が上書きされた場合の二つが上げられる。

 重ねて言おう、聡い者ならばもう理解しているだろうと。そして、僕がこの魔法を不得意としている理由は、もう察してくれているものだと思う。というか、察してくれ。僕はもう出来ることならこの話題には触れたく無い。

 そういった理由で、ここを復元したのは僕では無く、ビスチェの少女からウルスラ少女に戻ったほうなのだが、僕の目から見ても見事な修復魔法を使い、机や椅子、壁や天井を、かつての姿そのままに再現してくれたのだ。

 ちなみに床は、何故か体操服に着替えて戻って来た小柄な少女のほうが再現した。ウルスラ少女が一緒に復元しようとしたのを頑ななまでに固辞して、自分がやると主張したためだ。床の修復は焦げ跡とヒビを埋め、適度な経年劣化を再現するだけなので、壁や天井と一緒に復元したほうが不自然さを無くすことが出来るというのにもかかわらず、だ。

 しかし最終的には僕もウルスラ少女も折れざるを得なかった。教員や生徒が登校して来る前に復元しなくてはならない以上、ただでさえ不足気味な残り時間と、そのあまりにも頑なな態度から算出された、説得に要する膨大な時間を惜しんだためだ。

 それでも一応、その小柄な少女はウルスラ少女の復元に合わせた修復を成し遂げて見せた。何故か一部分だけ念入りに復元したあと、更に念入りに拭き掃除をするというおまけ付きで。

 そのせいで徹夜を余儀無くされた僕とウルスラ少女は、それぞれ不満を持ってはいたが、それを口にすることはしなかった。

 僕は純粋に疲労が祟って口を開く元気が無かったためだが、僕よりこの小柄な少女と付き合いの長いだろうウルスラ少女の場合は、怒りよりも困惑といった表情で、何を言えば良いのか迷っていたためだろうと思う。

 そんなウルスラ少女を困惑させるほど頑なだった小柄な少女は、何故か泣きながら雑巾掛けを終えると、嗚咽をこらえるように唇を噛み締めたまま僕とウルスラ少女に頭を下げ、そのまま僕の視線から逃げるように教室を飛び出して行った。

 そのあとをウルスラ少女が、僕には目もくれずに追いかけたのが、確か午前六時過ぎだったはずで、僕は姉さんがいるはずの明日菜達の部屋に戻ることを諦め、教員ロッカーに用意してある代えの背広に着替えるべく教室を出た。

 そこで、姉さんと鉢合わせしたところまでは覚えている。あと、結局あのウルスラ少女は僕の上着を返してくれなかったことも。



 失われた記憶に思いを馳せながら教室を見回す。そこにいるのは元通りになった席に着き、思い思いの表情で包帯まみれの僕を見つめる生徒達。

 一部の生徒は入り口に設置したはずのトラップが存在しないためか、怪訝そうな顔で僕や入り口を見ている。そのトラップは昨日僕が使用した後、今朝の復元作業のついでに片付けられたので痕跡すら残っていない。

 そういえばトラップの残骸を撤去する際に、ウルスラ少女も今の千雨と良く似た怪訝な顔をしていたことをおぼろげながら思い出した。

 トラップに関してはいつも通り、ホームルーム前に採点を終えている。千雨には頭蓋骨を砕くに充分な威力を、ハルナには見事な隠蔽技術を、夕映には槍を撃ち出す際に行われた計算の正確さを、楓には明らかに業物である槍を幾つも用意した調達力を、そして真名には、別々に仕掛けられた二つの罠を連動させ、回避不能にする絶妙のタイミングで発動するように仕掛けたその手腕を、それぞれ褒め称えた。

 その際、設置したはずの罠が事前に撤去されていることをどう思ったのか、ハルナが恐る恐るといった様子で、その怪我は自分たちが仕掛けたトラップによるものなのかと尋ねてきた。

 それに対して僕は、昨日教室に寄ったついでに解除したこと、この怪我は別件での負傷であること、そして仕掛けた生徒達には、昨日改造した時に気が付いた注意点などを短く語り、それによって怪我はしているものの、いつも通りの僕であることを言外に表すことで、心配そうに僕を見ている一部の生徒を安堵させることが出来たようだ。

 しかし、あやかやのどかなどは純粋に心配しているのだろうと解るが、仕掛けた本人である夕映や千雨も、心配そうにしていたのが少々気にはなった。

 とはいえ、千雨の場合は、やりすぎたかといった表情だったので、その心配は僕に向いていないことが丸解りだったが。

 夕映の場合は、すぐに無表情を作ってしまったので良く解らない。その上、僕がいつも通りの様子で教壇を蹴倒したのを見て、呆れたのか安堵したのか、完全に僕を注視しなくなったから尚更解らない。

 内心で小首を傾げながらも、花丸記念の小物入れを出した時、合作の記念に何か作ろうという話になって、それに食いついた和美が集合写真を撮ると言い出したので、とりあえずその疑問は後回しにした。

 写真に関してはとんとん拍子に話が――当然僕に異論は無く、3−Aの中では控えめな部類に入る四人が和美とハルナに押し切られる形で、だが――進み、今は和美が場を仕切るように五人を廊下側の窓を背にして並ばせているところだ。

 夕映は真ん中で恥ずかしそうに、真名は夕映の右で戸惑いがちに、楓は夕映の左でのんびりとした様子で、千雨は右端で右を向いたまま面倒そうに腕を組んで、ハルナはいつもの笑顔で左端に。

 そんな五人の姿をカメラに収めた和美は会心の笑みを浮かべると、昼休みにプリントして持って来ることを約束して、それで撮影会は終わったらしい。

 今にも現像作業に入りそうな和美に、小物入れの天板内にある写真入れに収まるサイズを伝えながら改めて小物入れを五人に配ると、僕は姉さんの手を借りて、いつも通り横倒しにした教壇の上に立った。

 何故姉さんがここにいるのかというと、姉さんを心配させたことに対する罰として、二人羽織の刑――つまり今日一日、僕を後ろから抱きかかえる姉さんを黙認するということ――を言い渡されたからだ。

 この姿を見た教頭は、僕を嫉妬で人が殺せたらという視線で睨んでいたが、怪我を理由に押し通した。そうしなければ僕は――あるいは教頭も――今頃、姉さんの手によって明日の朝日を拝めない状態にされていたことだろう。

 その様子を、シズナ先生は呆れたような顔をして見ていたので、刀に操られていた時のことは覚えていないのではと推測される。人間の形をした何かに成り果てた存在とはいえ、多数の生物を斬殺した記憶など無いほうがいいので、それはそれで良かったと思う。

 その刀は明日菜が回収してくれた。放置しておいては危険だということと、それでも僕にとって大事なものだと、つながりを通して解っていたのだという。

 鞘に納まったそれを毛布に包んで学校に持ち込むというのはどうかと思うが、刀を確保しておいてくれたことは感謝してもし足りない。何故かというと、この刀は魔法協会の規定に抵触するからだ。破壊もしくは封印を義務付けられている伝説級の呪い刀などを所持していると知られたなら、確実に僕の立場は危うくなる。

 そんな危ない橋を渡るようなことをしながら、何故ここにいなくてはならないのかと、僕の合理的な部分が疑問を投げ掛けてくる。

 確かに教師という職業は、僕にとってはあまり利点の無いものなのだが、それでも何故か、もう少しだけこの修行を続けたいと思っている部分もあるのだ。

 今僕が受けているこの修行は、表向きは魔法学校卒業後に与えられる本格的な修行ということになっている。だが実際には、見習いを卒業出来るかどうかを判定する最終試験のようなものだ。

 一般的には占い師や司書、変わったところでは歌手など、それぞれの特性に合わせた修行が与えられ、実践を通じて応用力を身に付けるのが目的なのだが、僕は既にその段階を終えている。それこそが、不登校なのにもかかわらず主席を取ることが出来た理由だろう。

 これは自慢だが、本来なら大規模な研究棟と上級魔法使いを複数集めて執り行う魔法研究を、僕とアーニャの二人で成した上に、一定以上の成果を出しているのだ。

 その際に僕が書いたレポート『効率的魔力運用法とそれに伴う基礎魔法の向上』と『魔力制御と呪文の文法の変化に伴う魔法の変化』と『六つの魔法に関する強化案』は、アーニャと連名で書いた『効率的魔力運用法による四大元素魔法の向上』と並んで、魔法という概念に新風を吹き込んだとか何とか。

 特に効率的魔力運用法に関するレポートが高評価で、恐らくこれが普及すれば、魔法の歴史はB.N.(ネギ前)A.N.(ネギ後)で語られるようになるだろうと、メルディアナの校長でもあるおじいちゃんですら驚嘆したという脅威のレポートだ。

 しかもこれは本来の目的である『僕が魔法を使うには』の派生技術であり、決して発表出来ないそれをごまかすために半ばでっち上げた代物なのだ。これだけでも僕達の研究がどれだけ凄いかは理解出来ると思う。

 勿論そんなレポートが外部に知られるのは危険なので、その前におじいちゃんの手元で差し止められているのだが、その時点で僕の主席卒業とこの奇妙な卒業修行が決まっていたのだろう。

 そんな僕に与えられたこの修行は明らかに魔法使いとしてのものでは無く、なるべく僕に魔法を使わせないためのものだ。何故そんな修行を課せられたのかというと、僕が使う魔法は僕が改変したものなので、それを解析されると、僕が使っている異質な技術に気付かれる可能性があるからだろう。

 それともただ単純に、他人と触れ合う機会を自ら廃していた僕に、人との接し方を学ばせようとしてなのかも知れない。

 確かにこの修行場は、人の気持ちを理解し、演じるためのレパートリーを増やすには絶好の場と言えた。もう少しだけ、この場にいても良いと思えるくらいには。

 あと、話が前後してしまうのだが、忘れる前にここに記しておこう。

 朝のホームルームが始まる少し前に、昨日の後処理に関してダンディから連絡があった。

 まず伊集院兵庫は見合いの席に向かう途中で事故死したという形に出来たこと。悪魔の加護を失ったためか、彼が行っていた悪事の証拠が流出したこと。それによって彼が所属していた企業が傾いたこと。そこに付け込んでその企業を乗っ取り、従業員が路頭に迷うことにだけはならないようにしたこと。それでまた雪広グループが大きくなったことなどを、詳細にして簡略に話してくれた。わずか半日足らずでそれだけの事をしながら儲けを出す辺り、ダンディは伊集院兵庫より遥かにやり手だ。

 余談だが、それで儲けたのならダディと呼ぶ件は保留、と言った途端に泣かれた。





「え〜、僕以外の皆さん、ご無事で何よりです。死にかけたのは僕だけとは重畳至極」

 姉さんに支えてもらいながら、徹夜明けの頭で考えた皮肉たっぷりな、一部の人には皮肉でも何でも無い事実を挨拶代わりに口にする。

包帯まみれで、そんな冗談にもならないようなことを言い出す担任を演ずる僕は、生徒達から戸惑うべきか呆れるべきかというような乾いた空気を引き出せたことを確認してから、間髪入れずに入り口のほうへ呼び掛けた。

「今日は皆さんに新しいお友達を紹介します。入って来て下さい」

 その言葉を待っていたかのように、からりと小さな音を立てて、扉がゆっくりと開く。

 生徒達の注目が集まる中、そこから入ってきたのは、真白い髪を長く伸ばした、はかなげな美少女で――。

 がつんと、音がした。

「……大丈夫か? さよ」

「へ、平気です……」

 何も無いところで転んだ上に鼻でも打ったのか、倒れたままくぐもった声で返事をするさよを片手で引き上げると、ふらつくその体を支えながらもう一度教壇の上に三人で立つ。

「きょ、今日からお世話になります、相坂、さよ……です」

 感極まったのか、言葉に詰まったさよの背中を優しく叩く。それにうなずいて答え、さよは涙混じりの瞳で皆を見た。

「これから宜しくお願いしますっ!」

 勢い良く、頭を下げた。その綺麗なお辞儀を見ながら、僕は昨日のことを考えていた。



      不良先生ネギま!
          第9話    幽霊と魔法生徒と不良品(3)





tabi3_1999 at 06:13|PermalinkComments(1)TrackBack(0) SS 

2010年06月20日

また引っ越しました。リアルで

タイトル通り、引っ越しました。
このブログ立てた頃にも引っ越していたので、恐らく4年ぶりといったところでしょうか。

その頃からここに来ていただいている皆様ならば、もう悪い予感しかしないのでは無いかと思いますが、ご安心を。


   その予感、全く外れてはいませんので。


とりあえず言い訳をさせていただきますが、今まで資料として私と共に歩んできたネギま全巻が荷物の山から出てくる気配がないのです。

運送業者が勝手に廃棄物扱いしてしまった可能性もある……告訴しても無理か。

といった事情もあり、現在私は荷物の山と格闘中なのですが、それとは別にこのブログをこれからどうするか考える時期になったのではと無いかとも思っていたりもしています。

早い話が、何か別の話でも書こうかなと。

新居の唯一の利点、図書館が近くにあるということを最大限利用して、何かラノベの二次創作でもやろうかと考えたりしています。

以前某所で嘘予告したアレもやろうと思えばできなくもないし。

というわけで唐突ですが、次の更新に何を書くかのアンケートをしたいと思います。

長編予定クロス無し
1:涼宮ハルヒの憂鬱(ネタ的にはキョン子。単純な入れ替えではない予定)
2:とある魔術の禁書目録(詳細未定)

ネギまクロス(正確には不良ネギとのクロス)
3:fate(嘘予告のアレを更にアレンジ予定)
4:ゼロの使い魔(結構スタンダードなクロス予定。そこそこエロい?)

何故この4本かというと、その図書館にそれくらいしか無かったというか、今すぐ書けそうな何かというか、まぁそんな理由です。

あとは5の「いいからさっさと荷物ほどいてネギまを救出しろ。そして不良先生書きやがれ」ですか。

とりあえずコメントに1から5のどれか、あるいは読みたい理由、もしくは全部書けなど、お好きなように書き綴っていただければと思います。

では最後に次回更新は今月中にN先生を予定しております。アンケートにお付き合いいただければ幸いです。

それではまたここでお会いできますように。とらんじっとでした。

tabi3_1999 at 00:12|PermalinkComments(9)TrackBack(0)

2009年12月20日

二次創作小説「不良先生ネギま」第九話(2)


 箒を構え、僕をじっと見据える少女。
 魔法生徒と呼ばれる彼女達は、文字通り魔法を使える生徒達だ。本来なら修行の一環として、僕達魔法先生に監督されつつ何らかの任務に就くか、非常時の予備戦力として投入されることになる。
 基本的に魔法先生は魔法生徒数名を担当し、任務の際は生徒の仕事振りを監視したり、不手際があった場合の穴埋めなどを行いつつ、任務を遂行することになる。
 本当に危険な、あるいは難解な任務の場合は魔法先生数人で解決することになるので、魔法生徒が投入される任務は簡単だと判断されたものが普通だ。
 しかし、魔法先生の数に対して魔法生徒の数が多い場合は、監視の目が行き届かない場合もある。そう、今回のようにだ。
 先程から監視の目を探しているのだが、遠見の魔法や監視役である使い魔などの気配がまるで無いこと、そして暫定とはいえ魔法先生である僕に対する暴行が行われているというのに制止の念話さえ聞こえてこないことから考えると、どうやら彼女達は独断で今回の任務――かどうかも怪しいが――に就いているのだろう。
「ということは、僕が生徒に暴行したとしても、誰も気付かないということか」
 牽制のつもりらしい、無詠唱で放たれた魔法の射手を左手の一振りで弾き散らしながら、威嚇のつもりでそう言い放つ。
 すると少女は途端に顔を青褪めさせて一歩後退ると、手にした箒にすがりつくかのようにかき抱いた。
 どうやら魔法を弾き散らしたことよりも、暴行という言葉を聞いて、僕が言った意味とは違うほうに解釈したことに恐怖したらしい。少し考えれば、身動き出来ない僕にそのようなことが出来るはずも無いと解るだろうに、それすら気付けないほどに怯えた少女は震える声で何かを唱え始めた。
「ももっものみなゃきつくすじょうかのほのお!」
 恐慌状態に陥ったまま、最後の寄る辺として選んだのは、恐らくだが彼女が使える中では最強の攻撃魔法らしい『紅き焔』だった。
 だが舌をもつれさせながら唱えるそれは、必要以上の魔力を流し込みながらも、制御がおろそかになっているため結果に届かず霧散しているという、失敗魔法の見本に成り下がっていた。そんな精神状態で魔法など使えるはずが無いというのにすがったそれは、発動するかどうかすら怪しいものだ。
「はかいのあるじにしてさいせいのしるしよ!」
 『紅き焔』は本来ならば、火の精霊に呼び掛け、高温と爆発によって外郭を破壊して内部を焼き焦がすという、敵を真っ向から打ち倒す威力がある攻撃魔法としては最も簡単な部類に入る魔法だ。
 言い方を変えれば、『紅き焔』は魔法使いが本格的な攻撃力を持ち始める最初の一歩なのだが、それゆえに見習いでは習得を許されず、習得許可が出るのは見習い卒業後に数回の任務をこなしてからというのが一般的だ。
 だが彼女の場合、学生のうちから習得許可が出たのか、それとも僕のように独学で習得したのか。もし許可が出ているのだとしたら、それは有能さの証明であると同時に、無闇に力を振るわない思慮深さを評価されてのことだろうが、今回はそれを完全に見失っていた。
「わがてにやどりててきをくらえ! 『あかきほむら』!!」
 そして、焔が膨れ上がり――



      不良先生ネギま!
          第9話    幽霊と魔法生徒と不良品(2)



「少し、熱かったぞ」
「――っ!」
 歯の根が合わないのか、カチカチと小刻みに歯を鳴らす少女に感想を言ってやる。
「子供のかんしゃくのほうがまだ痛い。もう少し精神修養が必要だな」
 採点しながら、僕は八割方失敗していたにもかかわらず、炎と爆風を喚起せしめた少女の魔力と制御力に賞賛の意を込めて――。
「ものみな焼き尽くす浄化の炎」
 同じ魔法、『紅き焔』を唱えて見せる。それもネギ式ではない、通常の魔力制御でだ。
「破壊の主にして再生の徴よ」
 その魔力の流れを見せ付けるように、殊更ゆっくりと詠唱を続ける。
「我が手に宿りて、敵を喰らえ」
 手本を見せるように、枯渇しかけた魔力を掻き集めるようにして、暴発しそうな魔法とあふれ返りそうな炎の精霊を抑制する。
「『紅き焔』」
 それは直径10メートルを超す巨大な火球となって、僕の眼前に浮いていた。
 手本なのだから、本来の効果と寸分たがわぬようにしたかったのだが、ネギ式では手本にならない以上、普通の魔法制御で唱えるしかなかった。
「解るか? 僕と君の差が。魔力の質と量、制御力、喚起する魔法に対する想像力、そしてそれらを決定付ける意志力。それ以前にあんな言葉で容易く正気を失う君では僕程度にも勝てやしない」
 説教とも挑発ともつかないことを言いながら、喚起した魔法に干渉して威力を減退させる。今のままでは僕達ごとこの階を、あるいは校舎を吹き飛ばしてあまりある威力がこの中に渦巻いているからだ。
 それは決して誇張では無い。魔法学校に張られた強靭なはずの対魔法防御障壁を発火の魔法で打ち破ってしまう僕の魔法だ、本格的な攻撃魔法を解放したならば、そのくらいの威力は確実にあるだろう。勿論、それをここで試すわけにはいかないが。
 それに、こんなものをいつまでも支えているのも無駄な気がする。
 とはいえ、これを消すのも一手間必要だ。一般的に言われる火と水の相殺だが、これだけの火力だと確実に水蒸気爆発を起こす。土や風で火を消す方法は酸素の遮断という点では似ているが、魔法の火に酸素は必要無いことを考えると、消すことは出来そうに無かった。
 一瞬、窓の外に投げ捨てるという方法が頭を過ぎったが、復元魔法が苦手な僕は、それの後始末をすることが出来ない。まさか魔法生徒を口封じするわけにもいかず、それ以前に口封じするつもりなら最初から彼女達にこれを叩き付ければそれで事足りる。
 だから、こうした。



 どかん。と、先程の少女が放った『紅き焔』に似た爆発音が校舎中に響いた。
 目の前には小柄な少女。腰が抜けたのか、床にぺたりとお尻を付けるように座り込んでいる。
 その手前、爪先から5センチほど先の床には、直径にして約3メートルの範囲で切り取ったかのようにくっきりと、真っ黒い焦げ跡が刻み込まれていた。
 無論だが、そこにあったはずの机や椅子は跡形も無く粉砕されている。
 それは僕が放った『紅き焔』を処理した痕跡なのだが、もう少し被害を抑えることが出来なかったのだろうかと自問する。
 何をしたのかというと、簡易な異界化結界を展開したあと、そこに『紅き焔』を放り込んで爆発させたのだ。これは魔法学校でも普通に使われる危険な魔法の処理方法なのだが、結界の力が魔法よりも弱い場合、今回のようにこちらの世界にも被害が生じる。
 だが、それでも仕方が無いと言わざるを得ない。『紅き焔』を維持したまま展開した結界だ、不備があったとしてもそれは当然だろう。それどころか逆にあの程度の結界でここまで『紅き焔』を押さえ込めたことを誇っても良いだろうとさえ思う。どちらも僕の魔法なので自画自賛にしかならないが。
「さて、質問はあるかね?」
 顔面蒼白で涙目になって床を濡らしている小柄な少女に、僕はしかつめらしい顔で、それこそ教師のように問い掛ける。
「ありますわ」
 かつん、と、足音を響かせて。
「遅延魔法とは異なる方式で魔法を同時行使する上に、使用された魔力に対してありえないほどに大きな結果を導き出す、不可解なほど緻密な魔法制御。それなのにもかかわらず、発動した魔法は暴走手前にも思えるという矛盾」
 闇の中から踏み出す、ウルスラ少女――否、今は何故か、黒いビスチェドレスのような衣装に身を包んでいる。
「あなたの魔法は一見無駄だらけです。それなのにもかかわらず、一流以上の技術でそれを行使する」
 闇に映える長い金髪を背に流し、放心状態の少女を庇うように、更に一歩前に出るビスチェの少女は、強い意志を秘めた瞳で僕を見据えた。
「噂通りのセクハラ男なのに超一流の魔法使いなのか、それともただの偶然か、あるいは本当に『偉大なる魔法使い』足り得る人なのか」
 息苦しさを覚えたのか、僕の後ろで縮こまっているさよが身動ぎする。それと同時に、周囲の魔力がビスチェの少女に流れて行くのを感じる。
 何か大きな魔法を使うつもりなのか。そう思った僕が、右足に力を込めて立ち上がろうとしたその時――。
「これで見極めさせていただきます。私の持つ全てで」
 そして、巨大な影が立ち上がる。



 黒いビスチェ姿を包むように立ち上がる、黒衣の巨影。それは先程までいた彼女の使い魔と良く似ているが一回り大きく、また同時に頑強さを備えているだろうことが窺える。
 決定的に異なる点は、ひるがえる黒衣の下には何も無く、頭と両腕、腹までの上半身以外に体と呼べそうなものは存在していないこと。
 そしてもう一つ、その白い仮面の奥に見え隠れする気配。明確な意思の発露とでも言えそうな、目の前の少女のものと良く似た瞳が、僕を見据えて放さないこと。
「これが私の持つ最強の力」
 呟きながら、両手を広げる。その動きと連動しているのか、背後の影が一抱えはありそうな太い腕を、少女と同じ動きで広げる。
「操影術、近接戦闘最強の奥義で、お相手させていただきます」 
 そして、意外と早い踏み込みで僕の前に――!?
「さよ、下がって」
「無、無理です〜、腰が抜けて……」
 後ろからかすかな声で紡がれるさよの泣き言を聞きながら、僕は右足に力を込めて前へと踏み出す。それを狙ってか、大砲のように繰り出された右の拳を、畳んだ左腕で受け流す。
 骨がきしみ、肉が削れる痛みを熱として感じながら、弾き飛ばされそうな体を右足一つで支える。そして微力ながらも攻撃を逸らすために、倒れ込むようにしてその腕を外側へと押し込もうとした。
 その時、傷付いたことで初めてこれが戦いなのだと自覚したかのように、僕の両手に宿る力が目覚めた。
 左手に宿る呪力の発動体は、既に発動していた自動再生呪法の効果を高めて傷を消し、右手に宿る魔力の発動体は、僕から吸い上げた魔力を渋々ながら身体強化として吐き出す。
 その二つの力は切断された僕の右腕と左足をつなぐ仮初の骨となって、一時的ながらも僕に自由な動きを取り戻させた。
 力を取り戻した四肢は添え木をへし折り、ギプスを砕きながら、流されそうな体を支え、差し向けられた暴力に抗うために振るわれる。
 例えば今、互いに崩した体勢を立て直すと同時に、追撃として用意されていた左の拳を正面から受け止める力として。
 ずしりと響く拳の直撃を、先程とは異なり微動だにせず受け止める僕に、ビスチェの少女は驚きを隠せない。その一瞬の隙を突いて、受け止めた左手を取って引き寄せ、そして――引き抜くように力ずくでぶん投げた。
『きゃあぁぁぁぁっ!!』
 ビスチェの少女とさよの悲鳴が響く中、背負い投げの途中で手を放されたように飛んで行った少女は、そのまま受身も取れずに教室の後方へと叩き付けられ、机や椅子を巻き込みながら壁に激突した。
 その巨体を叩き付けた割には、建物があまり震えなかったことから、あの巨影がクッションになったのだろうと思う。そしてそれは、まだ原型を留めていた机や椅子を押し潰しながら立ち上がるその姿が証明していた。
「やってくれましたね。ですがこの程度で勝ったと思わないで――」
 何か言おうとしているビスチェの少女を無視して、僕は追撃の拳を巨影に叩き込むべく突進する。
 わずかな魔力をやりくりして発動させた最低レベルの身体強化では、戦車の装甲版をへこませる程度の魔力パンチしか撃つことが出来ない。そのうえこの魔法はあと数秒で効果が失われる。あのシブチンが、一度吸い上げた魔力をこれ以上返してはくれないだろう――それどころか、こうしてわずかでも魔力を返してくれたことが奇跡に等しい――ことは、否というほど理解しているつもりだ。
 だから、身体強化が続いている今のうちに、あの影を叩きのめさなくてはならないのだが……。
「くっ、問答無用ということですかっ!」
「問答無用なのはそちらのほうだろうが」
 ビスチェの少女を守るように構えられた両腕が、僕の打撃の一切を先読みし、的確に阻むのだ。しかもその強度は見た目以上、そのうえ破損部分を自動で復元さえしている。
 1秒で数発の拳を叩き込むことで得られたその情報から、この腕を潜り抜けるのは難しいということを理解する。この防御は恐らく自動防御の類なのだろう、ビスチェの少女自身の動きに連動するとはいえ、彼女の技量でこの連打を防ぐことは出来ないはずだ。
 そしてその自動防御を直接操作しているのは、巨影の頭部に宿る意思なのだろう。あれは少女の補助脳としての働きをすると同時に、相手の敵意を察知してそれを自動的に防ぐのだろう。それは少女の不意を突いたにもかかわらず防がれたことで証明されたようなものだ。
 ならば、どうする?
 多分これは使い魔の一種だ。術者の無意識に、影という媒体を使って形を与え、契約している精霊にその補佐をさせて、少女に足りない格闘戦に必要な能力を与える代物だ。
 あの黒いビスチェドレスも、術者を守る鎧であると同時に影に意思を伝える導体としての効果があるのだろう。だからこそ、あの巨影は少女の意思を受けることが出来るし、少女の意のままに動くことが出来るのだ。
 これは難題だ。もし仮に使い魔の頭部を破壊したならば、恐らく重大な後遺症が術者に残るだろう。無意識を殺されて正気でいられた者は、僕の記憶の中には存在しない。そういう意味では、初撃で頭部を破壊しなかった幸運を互いに喜ぶべきだろう。
 では、どうすればいい?
 恐らくだが、最も安全な手段は術者を気絶させることだろう。魔法を維持出来なくさせることで、巨影を消滅させることが出来るはずだ。
 だが、そうする手段が無い。術者に対する攻撃は全てあの巨影が阻み、巨影自身を破壊することも困難、それでいてそのどちらも殺してはならないのだ。魔法が使えない――否、たとえ使えたとしても、気絶で済ますには威力が大き過ぎる僕の魔法で安全に少女を気絶させることなど出来るはずが無い。
 とすると、やはり、あれしかないか。
 そう、何でも無いことのように呟く僕自身にうんざりする。気軽に言ってくれるものだと、我がことながら実に忌々しい。
 これからのことを思えば、出来ることなら避けたかった手段がある。あれなら多分確実に成功するだろう。ただし、その後が非常に問題だと、今から断言出来るほどに厄介なあれだ。
 しかし、他にしゅだんがっ!
 と、その時、複数の細い何かが僕を背後から襲った。



 一瞬、意識が飛んでいたらしい。気が付いた時には、既に僕は何か細いもので宙吊りにされていた。
 良く見るとそれは、巨影の飾りだと思っていた黒いリボンかベルトか、とにかく細長い帯状のもので、巨影はそれを触手のように動かして僕を背後から貫き、宙吊りにしているのだと気付いた。
 幾ら魔法で強化されている体でも、鉄板を穿つ槍にも似たそれを受けてはひとたまりも無い。そもそも防御障壁が無い現状でそれを防ぐことなど出来るはずも無かったのだ。
 そう思った瞬間、身体強化の魔法が切れた。右腕と左足を支えていた魔力が途切れ、糸の切れた操り人形のように力無く垂れ下がる。
 痛みは、それほどでも無かった。
 自動再生呪法が限界まで高まっているのを感じるが、呪力が必要最低限を割り込む前に停止させる。これで僕はそこらの子供以下の、無力な怪我人でしか無くなったわけだ。
 それでも、痛みは感じなかった。もう痛みなど感じられないくらいにこの体は傷付いているのか。それとも――。
「正直、驚きました」
 吊り下げられた僕の体をそっと下ろしながら、ビスチェの少女が小さく呟く。
「あれだけの重傷を負っていながら、わずかな魔力でここまで戦える人など、この麻帆良でも三人いるかどうか」
 感心とも呆れとも付かない声で呟きながら、ビスチェの少女が近付いて来る。それは僕が気絶していると思っているからか、それとももう抵抗出来ないと思っているからかは解らない。
 そのまま少女は僕の傍らに膝を突くと、傷の様子を見るためか、僕に向かって手を伸ばす。
 その手を、僕は優しく取ると――。
「えっ?」
 そのまま引き寄せ、その額に口付けた。



「なっ、ななナナあっ……」
 まず驚き、そして顔を赤らめて飛び退こうとしたビスチェの少女の、その瞳が急速に焦点を失い、そのまま僕に向かって倒れ込んだ。
「……なにを……した……の……?」
 半ば混濁した意識で、それでも僕を見据えようと視線を送る少女に、僕は黙ったまま上着を脱いで少女に羽織らせた。意識が途絶えつつある今、彼女を守る巨影とビスチェが消滅し始めているからだ。
 勿論僕の着ていた上着程度では、彼女の体を全て覆うことなど出来るはずも無い。それどころか二度の激戦で穴だらけになった僕の上着から覗く白い素肌は、逆に扇情的にも見えて――僕は慌てて目を逸らすことしか出来なかった。
 さて僕が一体何をしたのかというと、単にいつものあれ――呪力を介在した口付けをしただけだ。今回は精神に直接影響を与え、意識を失わせるという効果を乗せたのだが、ある程度警戒されていたためか、予想した通り即気絶とはいかなかった。
 ちなみに何故口付けなのかと問われたならば、不意を突いた上に口付けされたことによる二重の驚愕が心に隙を作るからと答えるだろう。特に今回のような、敵意に反応して防御または反撃して来る相手にはかなり有効な手段と言えた。何故なら僕は、例え相手が敵だったとしても、口付ける相手に敵意を持つことが出来ないからだ。
 今回も、僕をここまで追い詰めた相手に敬意を表して、といった建前で――否、どちらかというと気絶させようというほうが建前、というより明らかについでだ。敬意だとか気絶させようとか、そんな理由で口付ける気にはならないからだ。
 では本音は? と問われたら多分何も答えることは出来ないだろう。そんなことは解らない、ただ、そう思えた。今僕が言えるとしたらそれだけだ。
 そして僕は少女の意識が完全に途絶えたのを確認してからその体を抱え上げ、先程から腰を抜かしたままの小柄な少女に向き直る。
 小柄な少女は蒼白だった顔を真っ赤に染めて、何故かスカートを押さえてモジモジしていた。どう見ても恥ずかしがっているようにしか見えないが、何を恥ずかしがっているのかまでは解らない。
「一つ聞くが、着替えはあるのか?」
「ふぁっ!!?」
 僕の腕の中で昏倒している少女の着替えについて尋ねたのだが、小柄な少女は一瞬で耳どころか首筋まで真っ赤に染め、スカートを押さえたまま膝を丸めて奇声を上げると、子供のように泣き出した。
「ふぇ……ふぇぇぇぇん」
 困った。古来よりこの国には泣く子と地蔵には敵わないという言葉があるらしい。要はこちらの言うことに耳を傾けない相手を説得する方法は皆無だと言いたいのだろうが、何故地蔵なのだろう。石仏を説得しようなどと考える酔狂者がそういるはずも無いのだが。
 それはともかく、泣く子はとりあえずあやせばいいのだ。
 だからその頭を軽く抱き寄せ、優しく撫でてやる。本来なら動かないはずの右腕に術を掛けて無理矢理動かしているので、かなりぎこちない動きになったが、それでも少しは気持ちを落ち着かせる効果があったらしく、泣き声はだんだん小さなものになっていった。



 幸いにして、小柄な少女の立ち直りは速かった。泣き止むまで慰めたあと、先程から気絶しているほぼ全裸の少女の着替えについて問い直すと、廊下で脱ぎ捨てたらしいウルスラの制服を持って来てくれた。
 どうやらこの全裸少女も、自分の術の欠点――服を身に付けたまま使い魔をまとうと、着ていた服が破裂するのと、術が解けると全裸になってしまうことだ――を理解しているらしく、ちゃんと着る物が無事なようにしておいたわけだ。
 その二人は、今はいない。身繕いをするために、隣の教室に行くように言って追い出したからだ。
 勿論このまま帰すつもりは無い。これから壊れた教室の修復を手伝わせる――というか、全部任せるつもりだ。何故なら僕は基本的に壊す以外のことは出来ないからだ――ので、ウルスラ少女に戻りつつある相方が目を覚ましたら戻って来るように言い含めたのもそのためだ。
 それなら何故追い出したのかというと――。
「大丈夫か、さよ」
「ふぁ……ふぁい……」
 最低限残しておいた呪力で隠蔽用の結界を構築しながら、魔法戦闘のさなか、教室の隅で怯えていたさよを呼び戻す。
 僕はこれから、さよに尋ねなくてはならない。さよのこれからを決める重要な質問と、それが意味することを伝えた上で。
 涙目で僕を見上げるさよの、ぼんやりと発光している赤い瞳を見つめながら、僕はその質問を口にした。



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