Built to Last: 地球の果てでの思索の跡

~ Seeking Principle of Life after Harvard Business School ~

青年よ大志を抱け

「お前はいいよな、自分の国に沢山のチャンスがあって」

HBSを学年トップで卒業した同僚と、オフィスの食堂で二人でコーヒーを飲んでいたときに言われた。彼は東欧・アジアの境目の小さい国の出身。小さい頃、家の周りで銃声が時々して、怖くて外に出れなかった。これから何をしたらいいのか自分の頭で一生懸命考えて、奨学金を貰って高校からアメリカに出てきて、ハーバード大学に入った。そしてアメリカで世界有数のコンサルティング会社・投資会社で働き、HBSをうちの学年のトップで卒業。そんな彼は、「自分の国は好きだ。でも、仮に自分の国に帰って、一生懸命国を変えたとしても、おそらくそれほどのインパクトは与えられないし、与えることができたとしても世界へのインパクトは微々たるもの。それよりも、これからも沢山のチャンスをもらえそうなアメリカで暫くは働きたいと思う」といっていた。

今の時代、 若年世代が外部環境を嘆こうと思ったらいくら嘆いても足りないくらいだ。世代間格差は大きいし、生産性の向上も昔のようには望めず、移民政策に大幅な変化が無ければ労働力は減少、年金制度は当然のことながら、既にガタガタなバランスシートと、どんどん減少するであろう歳入、どんどん増加するであろう歳出に直面する日本の財政状況はこのままでは破綻する。若者にとっての未来はかなり高い可能性で暗い。

でも、このような状況を客観的に見れる一部の若者の中で「変わらざるを得ない」という危機感が徐々にではあるが醸成されていて、そしてほぼ全員が危機感を持たざるを得ない財政上のイベントもしくは自然災害が我々が生きている時代に少なくとも起きるだろう。もちろんそれ自体は大変残念なことだけれども、明治維新・第二次世界大戦敗戦に続く、100年に一度の、自分の国の歴史に足跡を残し、世の中に大きなインパクトを与えられるまたとないチャンスが我々の世代、そして我々の次の世代に与えられているのである。

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危機感を持ったらやるべきだと思うこと。

①世代間格差を縮めるためにできることをする
世代間格差は、若年層人口の相対的少なさ・若年層の投票率の相対的低さ・一票の格差の3つが理由でおきている。この3つにより、若者の意見が選挙の大勢に影響を与えることは少なく、政治家のインセンティブが歪み、若者が中長期的に利益を得ることよりも、高齢者層が短期的に利益を得る政策をとろうとする結果になってしまう。「考えていない」のではなく、「自分のことを考えると論理的帰結としてそうなってしまう」のである。この状況を解決するために、日本国民である若年層がすぐにできることが二つある。選挙に行くこと、そして一票の格差を合憲とする最高裁判事を国民審査で不信任とすることである。一票の格差是正については、TMIの升永弁護士が中心となって活動されている「一人一票実現会議」がわかりやすいサイト。長期的には移民政策・子供を持つ家庭へのインセンティブ付与・選挙制度変更などが世代間格差を減らす有効な打ち手になるだろうが、これらは結局政治家が動かないと実現できないものである。

②日本を相対的視点で見れるような経験・知識をつける
日本は素晴らしい点も沢山あるし、問題も沢山ある。それは世界中見渡してどの国も同じだ。決して、素晴らしいから何もしなくていいというわけでもなく、問題だらけだからもうどうしようもないというわけでもない。でも、客観的に日本の良いところ・悪いところを自分の言葉で語れることは必要だ。仮に世代間格差の問題が無くなったとしても、その後の戦略を誰も考えられないのでは意味が無い。そのために何をしたら良いのか?自分も勉強中の身で偉そうなことはいえないのだが、今までの短い人生をベースに一番効率的な方法だと思っているのが、旅行・読書・留学である。他の人の意見を排除してしまうような不要なプライドが出来上がってしまう前に、違う考え方にできるだけ触れる時間を増やすべき。年をとってからだと、色々な利害関係が回りについてくるし、自分に一定の自信が無い限り違う意見が怖くなって無理やり排除してしまう。また、それらの経験をベースにして自分なりに全体像を作るためには、論理的思考力及び現在の資本主義社会の構造を俯瞰するためのマクロ経済・企業財務の一定の理解が必要だと思う。

③考えを伝播させる
最後に、②で感じたこと、①をやってみて感じたことを、友人・知人に伝える。過去3年間殆ど日本に帰っていないので余り感覚がないのだが、少なくとも危機感を持って何とか変えないと長期的には危険な状況になるという考えを持っている若者は増えている気がする。だが、多分、まだ指数関数的に増加する状態にはなっていない。

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悲しいイベントが起きてから動くのではなく、そのとき生まれるチャンスを活かそうという考えを持つ人がどんどん増えるべきだと思うし、結果として日本のガバナンスが変わり、政策が変わり、そんな心配は杞憂でしたということになればそれ以上に嬉しいことは無い。冒頭で紹介した友人はそれこそ死ぬほどの努力をしてここまで這い上がってきているが、我々はそんな努力をせずに目の前にチャンスが転がっているのである。 今の会社では、とある理由でアメリカの政治の話題が毎日のようになされていて、Private Equityの社会に対する貢献は何なのか、本当に自分達は社会にインパクトを与えているのか、といつも考えさせられる状況だ。一歩引いて、死ぬまでに自分はどんな足跡を社会に残すんだろう、とも考えさせられる。 

キャリア決定の三軸

最近HBS1年生やハーバードの学部生の模擬面接を手伝い、キャリア決定に当たりどのような軸を持つ必要があるか自分の中でなんとなく整理できた気がするので記録に残しておこうと思う。今の考えとしては、下記の3つの質問にYesであれば、そのキャリア選択は適切なものだと思う。参考になれば幸いです。

1. Goal:人生のゴールに向かって進んでいるか?
自分が死ぬまでに何を成し遂げたいのか、そのゴールに向かって今のキャリアが役にたつのか、という論点。社会人になったばかりの人や学生の場合はまだ「人生でやりたいこと」が決まっていないこともあると思う。個人的には「仮説」でもいいから人生のゴールをどんなときでも持っているべきだと思うのだが、インプットが少なすぎて仮説すら出てこないという状況もあると思う。「とにかく考えろ!」といわれても決まらないものは決まらない。ヒントになる視点としては、以前HBSのクリステンセン教授が「Happiness」について講演したときの話が大変参考になったので、そのときの気づきをまとめたこちらの記事を見ていただければ参考になるかもしれない。どうしても何も見つからないときは、自分の将来のゴールのオプションを広げてくれるようなキャリアを選ぶのが次点の選択肢となるだろう。例えば経営コンサルタントなどは「論点仮説思考」というどの分野でも使う能力を鍛えられるので、こういう人にオススメである。

2. Fun:日々は楽しいか?
次はその仕事を選択したときの日常業務が楽しいかどうか、というシンプルな質問だが、「楽しめる仕事を選びましょう」といわれてから「いったい何をやれば楽しめるのか」という質問に答が出るまでのギャップが結構大きくアクションに落ちづらい。その場合、自分の知的好奇心・名誉欲・金銭欲のバランスを考えることで考えが一歩前に進むのではないだろうか。例えば「世界の貧困問題解決に貢献したい」というところで思考停止してしまう人は、その背景にある自分の根源的な欲求が何なのか、もう一段考えを深めてみるといいのではないだろうか。言うまでもなく、職業毎にこのバランスは全く違う。自分の「根源的欲求ポートフォリオ」と「職業の満たしてくれる欲のポートフォリオ」のズレが大きいと、絶対に仕事は楽しめない。 (注:また、私はよく理解できないのでうまく整理できないのだが、「急成長する組織で働く」ことによりもたらされる特有の快感があるようで、この部分を重視する人はオポチュニスティックに今後成長しそうな国・セクター・会社での仕事を選択することにより”Fun”を得るようである。)

3. Rule:自分の規律に反しないか? 
最後に、個人のルール・規律との整合性があるかという論点。自分のゴールに合っていて、日々が楽しさをもたらしてくれる仕事でも、自分のルールに反したものであればその仕事は持続可能ではない。極端な例では、人生のゴールに完璧にマッチした事業を起業して大成功して金銭欲と名誉欲が満たされて日々楽しくても、実はその背後に法律違反をすることで実現していた、という場合は「法律違反をしない」という規律を持っている人にとって(ほぼ全員でしょうが)はこの基準を満たさないことになる。この「規律」は人によって全然違うもので、最後は個人の哲学・倫理観が決定するものだと思う。私がHBSで企業倫理・リーダーシップの授業を受けて最も考えが進んだのはこの点である。

以上を踏まえ、人を無理やり類型化すると、3つのタイプに分かれる気がする。
① 1番目の軸である”Goal”をひたすら突き進む結果重視タイプ ←HBSにくるまでの私。
② 2/3番目の軸である”Rule”・”Fun"を重視するプロセス重視タイプ
③ 全てバランスよく考えて意思決定するタイプ ←今後ありたい姿。
個人差もあると思うのでどれがいいのかはよくわからないが、盲目的に自分の考え方を肯定してくれる考えのみを信じるのではなく、どんな考え方を選択し、捨てているのかを頭に入れて意思決定することが大切だと思う。


この記事を書く背景にあった問題意識の一つは、世の中に大量のキャリア理論がある中、結構な数の人が自分の過去のキャリア意思決定をサポートしてくれる理論だけを取捨選択して自己肯定のツールにしかなっていないのではないか、という点なので、キャリア論として有名な「Career Anchor論」及び「Planned Happenstance理論」の2つと私の考えの繋がりを述べておきたいと思う。

まず、MITのシャイン博士の提唱する「キャリアアンカー論」は上記私の考えと重なる部分が多いのだが、プロセスよりも「ゴール」を偏重している(ように感じる)点及び、一つの軸として「能力」を挙げているところが私の考えと違うように思う。個人的には、一部純粋数学や理論宇宙物理の分野などを除き、必要とされるIQはそれほど高くなく、成果を上げる習慣さえあれば(、、、とはいってもこれが難しいんだが)大抵の職務遂行力は身につけられると思うので、あまり自分の能力の自己認識でキャリア決定を左右するべきではないと思う。

次に、Stanfordのクランボルツ教授がLuck Is No Accident: Making the Most of Happenstance in Your Life and Careerという本でPlanned Happenstance理論として提唱している考え方。「一緒に働いて楽しそうな人にたまたまに誘われた」「この仕事、なんか面白そうだ!」といってキャリアを選択していき、その結果として様々な経験が自分の中にたまり、結果としてその「点」が繋がり、「網」となってキャリアを形成していく、という考え方。この考え方はSteve JobsのStanford University卒業式の際の有名なスピーチでも述べられているJobsの価値観とも近い。個人的にはこの考え方は上記の3番目のFunを強調しすぎていて、このポイントだけでキャリアの意思決定をした場合、Jobsのように大成功した場合はいいが、外部環境の変化などでうまくいかなかった場合、中長期的に自分のキャリアを後悔することになるのではないか、という点が問題点だと思う。

ベンチャーキャピタリストへの道

Thanksgiving休暇。ターキーを同級生の家でご馳走になり、沢山酒を飲み、まだあまり生産活動をしていない。レポートを4つほど書かなくてはならないのに。。。アメリカではBlackFridayと呼ばれるクリスマス商戦の開始日がこの金曜日である。特に必要なものもないので、湧き上がる無駄な買物欲を抑えてボストンにいることにした。


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さて、前々回の記事で予告したように、今回はベンチャーキャピタリストに関するキャリアにつき書いてみたいと思う。よく、「スタートアップの経験がないと駄目」とか「最低限理系の修士はでてないと」という話があるが、本当なのだろうか、という素朴な疑問はVCに興味のある人であれば誰でも持つと思う。そのようないくつかの疑問をインターン先のMD陣や、HBSに来たベンチャーキャピタリストたちに聞いてみた結果をまとめておこうともう。いずれの方も$1B以上のVCファンド(VCでインターンしていたときに業界資料を見て数えてみたが、全米でも50社程度しかない)でMDをやっていた経験があり、実績を出している方々である。(ベンチャーキャピタリストのキャリアについて基本的なことをご存知ない方はまずWikipediaの”Venture Capital firms and funds"セクションをご覧ください。)


①技術のバックグラウンドは深いに越したことはないが、工学部学部レベルの理解があれば最低限はOK
ベンチャーキャピタリストの仕事は商品を作り出すことではなく、商品のポテンシャルを見極め、その価値を引き出す支援をすること。そのためには、「どんな顧客がどのくらい困っているのか」「他の類似技術とどのように違うのか」を徹底的に理解することが重要であり、「何故この技術がこのような効果を出すのか」という点の理解は不要。ただ、例えばITインフラ市場などについての技術の市場性を図るためには、OSI7層モデル(って今でも使われてる概念?)など基本的な学部レベルの知識はきちんと理解していないとどのような”Pain”があるのか論理的に理解することは難しい。よって、自習するにせよ学校で勉強するにせよ、学部レベルの技術知識レベルがあれば大体ことたりる、というのが大方の意見のようである。


②スタートアップの経験はあればプラスだが、必須ではない
ベンチャーキャピタリストとしての競合優位性は、ベンチャーキャピタリストとしての実績があるかどうか(=きちんとリターンをだし、投資家と起業家を満足させたか)であり、スタートアップをやっていたかどうかではない、というのが端的な理由。Kleiner PerkinsのJohn DooreとSequoia CapitalのMichael Moritzは対照的な例である。John DooreはHBS卒業前後から創業期のIntelの様々な部門で働き、スタートアップ時につまづくところを身をもって体験してからベンチャーキャピタリストになった例。一方、Michael Moritzは歴史学部卒業、もともとジャーナリストの出身。にもかかわらず、Google・Paypal・Yahoo・Zapposといった歴史に残るVCディールを担当してきている米VC界の大物である。ただ、1件目の成功案件を作るまでに起業家に信頼されるネタとしてはスタートアップの経験は有効だし、実際アドバイスする立場になったときも、自分の経験をベースにアドバイスできる、というのは明らかにスタートアップ経験者のメリットであろう。


③そもそも、今VC業界に入るかどうかは考え直したほうが良いかもしれない
これは現役ではないVCの人は全員が、現役のVCの人ですら一部の人がいっていたことである。リスクリターンプロファイルが過去10年ほど他のアセットクラスに比べて低迷しており、投資家にとって魅力度が低くなっている。実際、ここ2・3年でVCからの資金流出が進んでしまっているようである。技術好きの人にとっては「楽しすぎる」仕事であるためか、経済的リターンを余り求めずに個人のお金でVCをやっている投資家層が存在することもリターンを下げる一因になっているようである。そのような現状を見たVCの方々は、「もう少し様子を見たほうがいいのではないか。仮に入るなら、トップのファンドじゃないといつなくなるかわからないよ」等のアドバイスをくれた。この点はPE業界とと同じだ。ただ、もしベンチャーキャピタリストという道が自分の夢に合致しているのであれば、リターンがでていようがいまいが関係ないのでは、というのが正直な感想。

VCファンドのリターンについては、いくつもレポートがでているが、生データとして参考になるのはCalpers(カリフォルニア州職員退職年金基金)の出している各ファンドごとのリターン。経年で同じビンテージのファンドのリターンを比較すると、VCファンド平均リターン(例:California Emerging Venturesと記されているファンド群と思われる)がその他オルタナティブ投資ファンド平均に比べて低いことがなんとなくわかるのではないだろうか(ちなみに2006年以降のファンドはリターンは参考値:Calpersのページの注参照)。スタンフォードの友人によれば、SequoiaやKPCBもここ最近リターンが出なくて困っているようだ。



アメリカでFastest Trackとして認識されている”2-2-2”と呼ばれるキャリアパスがある。Ivy League卒業後、大手コンサル(McK/BCG/Bain)か大手投資銀行(GS/MS)で2年、その後大手PEか大手VCで2年、そしてHBSかStanford GSBで2年過ごし、20代を駆け抜け、その後起業なりPE・VCに戻るなり、それぞれやりたいことをやるキャリア。アメリカでもそれほど人数はいない(各学年で数十名程度?)し、ましてや日本では殆ど聞かないキャリアパスだが、今後日本でも増えてくるのかもしれない。だが、自分の夢・ゴールをきちんと考えずに流れに乗っているだけだと、業界の景気が悪くなってみんなが見向きもしなくなったときに、アイデンティティクライシスが待っている。自分の夢・ゴールに基づき選択したキャリアであれば、そうはならないはず。


リベラルアーツ教育の改革を叫ぶ

前回ベンチャーキャピタリストのキャリアパスについて次のブログで書くと記したが、思うところがありリベラルアーツ教育について書く。キャリアについてはまた次のブログで。。。

面倒な受験勉強を終えてリベラルアーツ教育で知られる大学の理科Ⅰ類に入学したとき、専門進学の前に「数理情報一般」「物質生命一般」などいくつかのカテゴリー毎に選択科目を履修することが要求されていた。配布される数行の科目紹介に対する興味及び単位のとりやすさなどから履修科目を選択していたと思うが、「そもそも何故このような科目群を履修しなくてはいけないと大学が考えているのか」についての説明はなかった。結果、「なんとなく」、自分の好きなコンピュータ系の科目や先輩が面白いといっていた「基礎統計」「記号論理学」といった科目をとった気がする。

今では少しは変わったのかも知れないが、このプロセスでまず間違いなく抜け落ちているプロセスがある。「世界にはこのような問題が存在し、各問題の関係はこのようになっており、各問題のインパクトはこの程度で、解決法を考えるためにこのような学問が存在する」という枠組みを提示し、必修科目・選択科目のイントロになるような授業である。ある程度社会経験をして20代後半となった今では、「何故こういう科目が大学教育のはじめの段階で必要なのか」ということがよくわかるのだが、高校出たての学生にはこのようなイントロなしに科目を選べといわれても、近視眼的選択しかできないと思う(特別優秀な方は違うのかもしれないですが少なくとも凡人の私には難しかった)。あるべきプロセスは、
  1. おぼろげでもいいから全体像の俯瞰をする
  2. その中で興味のある分野を深ぼる
  3. 自分の全体像の理解を深める
  4. 必要があれば興味の範囲を修正し、その分野を深ぼる
というプロセスではないか。このプロセスを経ることで、自分の世界観・価値観が少しずつ明確になっていき、意思決定の軸が形成されるのである。

この問題は特段日本の教育に限ったことではなく、アメリカの大学でもどうやら同じようである。例えば、世界有数のリベラルアーツ教育を行っているHarvardのアングラの学生が取るべき”General Education"の科目群は下記のようになっている。昨晩セクションの旅行でハーバードのアングラ卒の友人二人と話してみたが、やはり「何故このような科目を履修する必要があるのか」という点について解説されることはなかったという。
  • Aesthetic and Interpretive Understanding
  • Culture and Belief
  • Empirical and Mathematical Reasoning
  • Ethical Reasoning
  • Science of Living Systems
  • Science of the Physical Universe
  • Societies of the World
  • The United States in the World
ちなみに、私が実際に教育を受けているハーバードの経営大学院でも、行政大学院でも「経営学・行政学の全体を俯瞰する」講義はない。経営についていえば、組織行動学・マクロ経済・マーケティング・オペレーション・財務・会計・企業倫理といった個別の科目を自分で繋げるしかなく、結果として全体の構造を理解している/しようとしている人は少ない気がする。様々な分野を薄く広く学ぶMBAのようなコースで各科目の繋がりを理解せずに卒業してしまうと、単なる雑学を沢山知っている口だけ達者な人、になってしまう。自分もこの落とし穴に嵌らないようにしたいものである。

最大の問題は、「世界にはこのような問題が存在し、各問題の関係はこのようになっており、各問題のインパクトはこの程度で、解決法を考えるためにこのような学問が存在する」ということを教えられる人がおそらく余りいないことだと思う。 例えばJared Diamond・Thomas Friedman・Bill Gates・Al Gore・Michael Sandelの5人にこの論点で授業をやってもらえると最高のイントロになると思うが、同じレベルの教授陣を各大学に期待するのは無理がある。しかし、だからといって何もしないという理由にはならない。経済のフラット化・国際政治の多極化が進み、沢山の価値観が入り乱れる中、自分の価値観・世界観を自分の頭で形成できる若者を増やさないと、その国は濁流に飲み込まれるだけである。


"The value of an education in a liberal arts college is not the learning of many facts but the training of the mind to think something that cannot be learned from textbooks."

—Albert Einstein

注: 上記の絵はローマ時代の教養として認識されていた7科目(grammar, logic, rhetoric, geometry, arithmetic, astronomy, music)を表したものである。

 

VC投資 vs PE投資

久々の更新。2年生が始まって2ヶ月が経った。
別に忙しいわけではないが、最近エネルギーレベルが下がっている気がする。
贅沢な悩みだけど、皆と飲みに行ったり騒いだりするより、静かに一人で本を読んでいたり思索に耽りたい気分になることが多い。いいことなのか、悪いことなのか。。。

さて、 先日のブログに書いた通り、この夏はかなりの時間を前職のニューヨークオフィスで過ごしたのだが、その後ボストンに戻ってZipcar・Second Life・iAdなどに投資している/いたベンチャーキャピタルで3週間のインターンをした。自分のゴールである「日本に眠る技術資産のポテンシャルを開花させる」にあたり、PEだけでなく、VCも一つの有力な手段だという仮説を持っていたので、その違い等を理解するためアメリカのベンチャーキャピタルではMBA期間中のどこかで働きたいとずっと思っていた。

たった3週間だけだったが、起業家のプレゼンに出席させてもらい、その後の投資メモを書かせてもらい、DDコールに混ぜてもらい、バリュエーションモデルを学び、タームシート・交渉プロセスを弁護士に教えてもらい、投資先のグローバル展開戦略立案を手伝わせてもらった。更にインターン期間中にたまたまExitが一つあり、結局ソーシングからエグジットまでの一通りのプロセスを濃密に学ぶことが出来た3週間だった。MD3名とも議論する時間を頂き、かなり現場感を持ってこのヴェールに包まれた業界を知ることができた気がするので、今日はまずVC投資とPE投資のテクニカルな違いにつき、簡単に学びをまとめておこうと思う。(投資に興味のない方にとってはつまらない内容かと思います。すみません)

  VS 


「未公開株投資」という分野で括られるVC投資とPE投資の違いは、突き詰めると投資する会社のステージの違いだけなのだが、もう少し詳細に記すと、
  • PE投資:営業・投資キャッシュフローのリスクが低いアセットに限界までレバーをかけて投資をし、それぞれの投資からMoney on Moneyで0.8-5倍程度のリターンを出し、結果としてファンド全体としてのMoMが3倍前後になるビジネス
  • VC投資:営業・投資キャッシュフローのリスクが高いアセットにレバレッジゼロで投資して、10-20件中1つMoMが10倍を超え、数個MoM 1-5倍になり、残りはMoM 0倍になって、ファンド全体としてのMoMが2-5倍前後になるビジネス
というのが大まかにとらえた差となる気がする(ここ2・3年はこれらの数字からかけ離れた状況だが)。この差に起因して、①デューディリジェンスの肝、②ディールストラクチャリングの肝が異なってくる(その他細かい差は割愛)。

①DDの肝
  • PE投資:事業・会計・法務・税務・環境など多岐の分野に渡りキャッシュフローのリスクを可能な限り細かーーーーく把握し、バリュエーションのブレが少なくなるようにすることが肝(企業価値が数%変わっただけでEquity Valueが10-20%かわってしまう)。
  • VC投資:バリュエーションのブレはかなり大きいという前提で、キャッシュフローは殆ど気にしないが、あたった時のリターンが10倍以上になるような案件かどうかを評価することが肝。ターゲットになっている市場規模がどのくらいになるか、という点が特に重要。他の要素はコントローラブルだが、市場はそうではないので。言葉で書くと簡単だが、これをきちんとやるためにはターゲットとしている市場の定義をしっかり行う必要があり、そのために対象企業の持つ技術の付加価値をきちんと理解する能力が必要。 →MoM10倍案件の源泉
②ストラクチャリングの肝
  • PE投資:公開企業に対する普通株投資(により買収・非公開化)が基本で、価格以外のところで既存株主に対してリスク移転は余り容易ではないが、他にリスクをシェアできる当事者が多数存在する。特に、銀行へのリスク移転及び、弁護士・会計士からのオピニオンをきちんととって可能な限り投資家側のリスクを下げることが肝。
  • VC投資:銀行などは介在せず、弁護士・会計士にリスクを移転しようにもアセットが殆どないスタートアップでは限界がある。よって、基本的にはVCから起業家へのリスク移転しかできない。そのような状況下、バリュエーションのブレが大きいという前提で、多種多様なダウンサイドプロテクションの仕組みがタームシートにちりばめられている。まずそもそも普通株ではなく優先株投資が基本。その他、例えばLiquidation Preferenceと呼ばれるVC投資で一般的な条項は、企業価値が一定以下の場合、元本返済した上に更に同じ額(2倍・3倍ということも)をVCに渡す、というPE投資のタームシートでは(少なくとも私は)1回も見たことのない条項。 →MoM1-5倍案件の源泉
2つ目の点は余り知られていないところかも知れないが、結果を出しているVCは起業家に対するネゴシエーションパワーも強く、こういう部分がかなりしっかりしているんだと思う。20件中1つの10-20倍の大当たりがあっても、他が全てMoM 0倍ではファンド全体としてリターンはマイナスになってしまうのである。

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上記では無味乾燥なテクニカルな差について書いたが、VCという仕事は技術が好きな人間にとってはたまらない仕事である。何せ毎日毎日次から次へと新しい技術を含んだビジネスプランに目を通せるのである。そして市場が開けているかどうか、毎日明るい将来を想像しながらDDが出来るのである。元コンピュータオタクとしては毎日が楽しくてしょうがなかった。

問題は、日本においてどちらが社会に対するインパクトが大きいか、という点。「日本において眠っている技術資産は成熟企業・新興企業のどちらに多いのか?」という点及び、「仮に大企業に眠っているとしたときにPEとVCどちらのスキルセットがそのポテンシャルを開花させるのに適しているか?」の2点が未だに自分のなかで論点として残っており、これに答えが出ないとどちらがインパクトが大きいのかわからない。次の投稿では、MDとの議論等を踏まえて見えてきたベンチャーキャピタリストというキャリアパスについての学びを記そうと思う。

最後に、このインターンをする前、期間中、そしてその後もこのVCにいらっしゃるHBSの先輩方(特にK賀さん・Andy・K森さん)に大変お世話になりました。どうも有難うございました!
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