『夢売るふたり』 ‐‐‐ 「持たざる人間」の悲しい復讐ものがたり

 

『夢売るふたり』を観てきた。

面白かったなーと映画館を後にして、ガストでひとり安ワインを飲みながら反芻しているうちに急激にこみ上げてきてとても困った。泣き崩れないように踏ん張ってどうにか会計をすませ、電柱という電柱に寄りかかりながら号泣して帰った。
この映画、とても悲しくて苦しいお話じゃないか…。

あらすじ

故郷の博多から上京して10年、小料理屋を構える板前の寛也(阿部サダヲ)と、接客しながら寛也の店を支える妻・里子(松たか子)。小さいながらも「いい店」と評判だったが、厨房の火が燃えうつり火事になってしまう。
どん底から這い上がってふたたび店を構えられるようにバイトする里子と、ウジウジ悩んで酒ばかり飲んでる寛也。開店資金をためようにも、職人気質の寛也は「やとわれ」の立場だとうまくゆかない。

相変わらず酒ばかり食らっていた寛也は、不倫相手の死に目に会えず遺族から「手切れ金」を渡されてヤケクソになったかつての客・玲子に出会い、勢いでヤッた挙句、その手切れ金をもらってしまう。里子には速攻でバレて厳しい追及にあうが、タガが外れた里子は発想を転換して「寂しい女からは金が取れる」と、結婚詐欺を企てることになる。

 <以下、ネタバレあり>

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 弱音ばっかりで情けない部分もあるが板前としての矜持と夢のある寛也と、しっかりもので「できた嫁」だが、寛也の夢に乗っかることしかできない里子。

自転車で二人乗りしたり、「コロスぞー」なんてじゃれあったり、居間で寝てしまった里子の足を寛也の足の上にのせて、ポテポテとベッドに運んだり。すごく仲睦まじい夫婦としての姿が描かれるけど、決してふたりは(性的に)触れ合わない。キスもしない。
凡庸なお話だったら、結婚詐欺のかたわらで夫婦間の絆を表現するためにズルズル、ベタベタのセックス描写をいれそうなものだけど。

寛也の夢がなくなれば、里子の夢も終わる。だけどふたりが同じ方向を向いている限り、セックスなんてしなくてもふたりの関係は強固だ。
だから結婚詐欺の標的にされた女たちと寛也が深い関係になろうとも、里子はひるまない。ちょっと女扱いされたぐらいで簡単にほだされてしまう女たちを、里子は嘲っているみたいだった。

だけど、オリンピック出場を目指すひとみ(巨体)の容姿を「かわいそう」となじってみても、詐欺とはいえ寛也と実際に関係しているのはひとみで、ひとりで自分を慰めているのは里子のほうだ。そして、他人にはない才能をもつひとみに寛也が素直なリスペクトの眼差しを贈ることに、里子は密かにいらだっている。
それでも、手を緩めることなくどんどん詐欺の手口を巧妙化させてゆくさまは、自分や寛也をいくところまで追い込んで、わざと痛めつけて、罰しているようにすら思える。

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 そしてとうとう張りつめていたものが決壊しそうになる最後。
あのとき、急展開が起こらなければ、どうなったんだろう。寛也は夢を捨てて、「子ども」に象徴される家族のぬくもりみたいなものを選んだんだろうか。

ふたりが同じ方向を見ているのか否か、とても余韻を残すラストシーン。
この映画は、最後まで寛也の夢に執着し続け、自分の人生を生きたくても生きられなかった里子の悲しいリベンジストーリーだと思った。

 

映画ブログをはじめます

年始に「映画ブログを開設する」と誓いを立てたにも関わらず手がつけられずにいたのですが、日々こぼれおちる雑感みたいなものを書き留めておきたいと思ったので、重い腰を上げて映画ブログをはじめます。
感動した、大好きな映画たちについては、きっとあまり書けないと思います。かわりにどこか引っ掛かりを感じた映画について、感じた事の断片を書き留めていきます。