君の中でひとつの終わりを迎えたあの日、
僕はそれの本当の意味を知らずに笑っていた。
君はとても賢いから、あの瞬間には全てわかっていて
僕だけがわかっていなかった。

これが本当の終わり、
もう二度と繋がることのない糸、
たった1枚の紙切れで。
たった1枚の、紙切れで。

君がわかっていたことを、
僕は今になってわかり始めている。
あの日の僕がこっちを見て笑っている。

文学青年(贈り物)

秋はどこか不安定で、もの悲しげな気持ちになってしまう。
日々捲っているはずの本のページに枯葉が落ちてくる。
自然の栞。それはカサリと音を立てて、また風に乗ってどこかへ行ってしまう。
肌寒い風が僕の頬を掠めていく。

この公園はいつだって僕の居場所だ。
春には桜が美しく咲き、
枝の伸びた木が、夏になれば木陰を作ってくれる。
秋にはこうして様々な色をした栞が降ってくる。
しかしさすがに冬になると肌寒いので、僕は冬のこの公園の顔をあまり知らない。

僕が本に手を伸ばし始めたのは、幼少期に少し長い入院をした時からだ。
本の世界に潜り込めば、病室のベッドの上ですらどこにでも行けた。
だから僕はどんどん飲み込むように本を読み漁った。
言葉はどこまでも自由に僕を様々な世界の主人公にしてくれる。
今ではすっかり健康にはなったものの、必ず本を持ち歩いていないと落ち着かない。

猫が目の前を横切っていく。
君たちは冬にどこにいるのだろう。
食事は間に合うのだろうか?
さあ、今日の旅は何処から始まるのだっけ。
読みかけの本のページを再び開いた。

そんな顔で笑わないで

いっそ言ってくれてもいいんだ
「私が手を繋げるのは、ここまでよ」って
それなのに君ったら少し困った顔で笑いながらこの手を手放さないから僕だって手放せない
いっそ僕から口にしようか時折悩んでは怖くて怖くてそんなこと出来ないんだ
とてもじゃないけど君を失うなんておっかなくて出来ないんだ
だから僕は君に願う

(僕の手を手放してもいいよ)

でも本当は繋いでいたくて絡めていたくて少しの隙間もなく繋がっていたくて
どうしたらいいんだろう
聞いたって仕方ないことなんだ
君ったらいつだって困った顔で笑うんだ
僕だってうまく答えを見つけられるほど強くないよ

僕たち何処まで行ってしまうの
きっとあそこから向こうは駄目だよ、駄目だよ

一種の恋文のようなもの

あなたがくださった淡い桜色の願い玉
何処につけようか迷ったのですが
わたしが毎日触れるものに致しました
あなたとお揃いというだけでわたしには願いも何も浮かばなくなるくらい嬉しくて
親指と人差し指の間でコロコロと触れ遊んではあなたに想いを馳せるのです
これは恋文なのでしょうか
そうですね、一種の恋文のようなものです
手紙が一通届くたびにあなたを知ります
わたしはそれに密かに高揚するのです
あなたは知らなくていいの、
わたしだけの特別な愛しい時間
日々をがむしゃらに生きているあなたは時折多遠く、けれど確かに近い温度でそこに在るのでわたしはいつだって微笑めます
あなたとの程よい距離感に安堵しながら、わたしは何度も願い玉を指先で遊ぶ

それは、それでしかない

手のひらのホクロをぼんやりと見つめる
薬指の下にある、小さな小さな黒い点
なんだかこれって「私みたいね」とふと思う
どの皮膚にも染まりきれずに黒点と化すするしかなかった「どうしようもない私」
そしたらたまらなく取りたくなって、これだけは何が何でも守らなければなんて矛盾した感情に襲われてしまったのだから可笑しいね

これはただのホクロ
私じゃない
そんな為に存在しているんじゃない
ただ、これは、薬指の下に存在しているだけ

私は私を愛する代わりに何かを求めすぎるのね
そんな当たり前のことをまともな年齢になってホクロの存在によって知るのだから馬鹿馬鹿しい
何を吸収して今まで生きてきたのよ
(何もかも消化不良なのでしょう?)
ねえ、愛するって、(ここまで言葉にして言葉にならない)

さあお茶にしましょう
今日は何がいい?
こうして意識をそらして私はいつまでもいつまでも呼吸を繰り返すのよ

深夜、川沿い

5月の上旬に君と夜の川沿いを歩いた。
程よく酔っ払っていたはずなのに夜の風はまだ容赦無く僕らの体を冷やし、「寒い!」「寒い!」と語彙力をなくしたように同じ言葉を繰り返してポケットに手を突っ込んで肩を縮めた。

酔っ払っているとなんとなく歩きたくなるのはどうしてなのだろう。
君と何処までもなんの話をするわけでもなく、あてもなくただふらふらと強いて言うなら時間の無駄遣いのような、けれどそれはとても貴重な人生で忘れられない一コマになりそうな時間でついつい「少し歩くか」なんて調子に乗るんだ。

川風が容赦無く僕らの体を叩きつけてきて変な悲鳴が出たりする。
「無理無理無理、帰ろう、また飲もうぜだめだよこれ」なんて君は笑ってそれでも半歩前を歩いているんだから歩きたいのか帰りたいのかまるでわからねぇじゃねぇかなんて心の中で悪態をつく。

「帰ったら焼酎だな。ああでも熱燗も捨てがたいよなぁ」
「明日に響くからやめておこうぜ」
「おまえいつからそんなに立派になっちゃったんだよ」
いつの間にか図体だけ大きくなってしまった僕たちはいつだって隣り合って歩くと中学校の下校の道でくだらない下ネタを話してゲラゲラ笑っていた頃に戻ってしまう。
ジュースが酒になった、学生服がスーツになった、お小遣いが自分たちで稼げるようになった。
他にも社会に出て身につけたものはたくさんあるはずなのに君が隣にいると具体的に何が変わったんだかまるでわからなくなってしまう。

僕が君が結婚なり何なりしたら関係性が変わってしまうのかななんてふと思う。
多分、会う頻度は減るんだろうけど君はいつだって飄々と僕の前に現れてどうしようもない話を繰り返すのだろうなと想像しただけで少しだけ笑ってしまった。
だって僕が結婚したってそうは変わらないだろうなとしか思えないし。

「おい、もう帰ろうぜ!!オレ無理!!!無理無理!お前んちでいいだろ?この前飲んだ焼酎残ってんじゃん!?」
いつだって僕は君の勢いに負けてしまっていいよって笑うのもどうかと思うのだけれどそれが楽しいのだから仕方ない。
「お前3時には帰れよ?」
そうは言っても君は5時ごろまで居座って3時には既にウトウトし出して寝るだろう。
まーたお前んちで寝ちゃったじゃん!なんて慌てて帰っていく姿がありありと思い浮かぶ。

友情がいつまで続くのだろうと考えた時に、幾つになってもくだらない話をし続けられるまでなのだろうなと思った深夜、川沿い。

適切な終わりを僕らは知らない

具体的な解決策のない僕らの未来は
今の僕らの関係性に酷似していて
笑いたくても笑えないね
それでも一時の夢を見るように
遠い遠い何処かへ想いを馳せて
桃源郷に心を着地させる
僕らどこまで行っていたらよかったのだろう
何処が引き返すべきところだったんだろう
「若さ」は狂気だといつか思ったことがある
僕は今狂気を右手に携えて君を抱え込んでいる
まだ手放せない
まだ、あと少し。