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関東平野ライド〜喧騒無縁、鬼怒川と利根川の合流地点など2024/03/23

 宇都宮での法事の後、斯界の大先達にお願いして、関東平野のライドを組んでいただきました。主として常総市のエリアです。
 地元を知悉されているだけあって、喧騒とは無縁な、小技の効いた、歴史を感じさせる味わい深いコースでした。誠にありがとうございました。

 前日に守谷に入り、ビジネスホテルに宿泊。集合場所までお仲間がクルマで迎えに来られ、大変恐縮しました。その方の自転車を拝見して、びっくり。手間をかけたヒストリックな1台。只者ではありません。

写真:その方の自転車。
写真:ステムに鎮座するネコ

スタートして、鬼怒川の堤防を走ります。鬼怒川といえば有吉佐和子の小説『鬼怒川』で名を馳せたかもしれませんが、その伏流水を用いた宇都宮酒造の「四季桜」など、栃木の清流としての存在も思い起こされます。遙か正面には、雪雲が滞留しているのが見えました。山で雪を落として関東平野は快晴。

写真:鬼怒川に沿って走る

振り返ると遠くに富士山が見える箇所や、コーヒーミルのコレクションが並んでいる、美味なコーヒー店にも案内してもらいました。

快晴の下、水海道の板野家住宅へと小径を繋いで走りました。坂野家住宅は”水海道風土博物館”になっており、見学ができます。まずは、広大な敷地の板塀で自転車を撮影。

写真:先達のTOEI

写真:HIROSEのランドナー
写真:HIROSEの変速機など

写真:水海道の「坂野家住宅」国指定重要文化財

京都周辺には茅葺き民家が相対的に多く残っていますが、これだけの規模のものは知りません。古くから開発された地域では、領地が細分化されて複雑な所有関係であったりして、突出した規模の豪農が存続し難かったのかもしれません。この坂野家は新田開発で豪農としての基礎を固めたとのこと。

写真:坂野家住宅の屋根
写真:坂野家住宅の内部。

欄間や建具の造作も見事でした。

写真:坂野家住宅の門で記念撮影

坂野家住宅を出て、長閑な道を走って昼食場所へ。
写真:ダートの道が残っていました。

昼食の後、「弘経寺(くきょうじ)」へ。

写真:弘経寺の巨木
写真:弘経寺にて
写真:弘経寺の彫り物

鬼怒川が利根川に合流する「剣先」に向かいます。

写真:鬼怒川沿いを快走 (撮影は同行のFさん)

途中で、平地林が残っているところを通りました。平地林は近畿地方に住む者には、とても珍しく感じます。周囲の開発が進む前は、パターソンの絵画のような世界だったのかもしれません。

写真:平地林

しいたけの原木を作っていたけど、福島の原発事故で被害を受けたとのことです。

写真:平地林の中を走る

しばらく走ると、洪水時の遊水池となる広大な農地が現れました。

写真:広大な農地

関東平野ならではのビッグスケールを体感してからは、再び鬼怒川沿いに剣先を目指します。

写真:剣先へ

剣先には模型飛行機用の飛行場がありました。自転車を置き、徒歩で剣先の先端へ。

写真:剣先。左が鬼怒川で右が利根川。

鬼怒川や利根川を源流近くまで遡る自転車ツーリングをしてみたいと思いました。

帰路、メンバーのFさんのご自宅で小休止。
自転車工作部屋には、工夫された本格的な金属加工機械もありました。
購入した部品をチョイスするだけでなく、加工や修理や改良を自分でこなして自分の自転車を作り上げるという、クリエイティブな楽しみ方をされています。機材に関する理解のレベルが違います。今日はそんな方ばかり。




こんな感じで、貴重な体験でした。ありがとうございました。

□走行日:2024年3月3日(日)
□使用自転車:グランボア650Bランドナー(oyakata10号)
□走行エリア:守谷市、常総市の主として鬼怒川沿い
□走行km:46km

☆同行頂いた方のブログを教えてもらいました。このエリアを丁寧に走られており、地域の魅力が伝わります。https://the4thcat.exblog.jp/i13/

INDEX2024/03/22

A:自転車
【A-1】自転車ツーリング
松本から保福寺峠(2017/7):ビアンキ シクロクロス
自転車で帰省:京都-鳥取(2017/6):TREKエモンダ
角島大橋・油谷、長門の半島を巡る(2017/5):グランボア700Cデモンタ
三原から浜田、旧庁舎巡りをしながら中国山地を縦断(2012/7):グランボア650Bデモンタ
丹波丹後の峠巡り~上夜久野から加悦、宮津、福知山(2015/4):グランボア700Cデモンタ
「秘境」祖谷から剣山、穴吹川ツーリング(2016/10):グランボア650Bデモンタ
三江線全駅コンプリート(2016/9):TOEI700Cランドナー
今庄から高倉峠、冠山峠、越前大野、温見峠、樽見鉄道(2016/8):TOEI650Aランドナー
福山から倉吉へ。宮本常一「山の道」の町を訪ねて(2016/7):グランボア650Bデモンタ
2016GW津軽・龍飛崎へ(2016/5):グランボア700Cデモンタ
北上山地、自転車ツーリング(2015/11):TOEI700Cランドナー
とびしま海道・小大下島・しまなみ海道(2015/10):グランボア700Cデモンタ
関東平野ポタリング<宇都宮市郊外)(2015/9):BSモールトン
鳥取市河原町から三徳山経由鹿野町(2015/8):TREKマドン5.2
日原駅<島根県>から相撲ヶ原、錦町<岩国市>(2015/6):グランボア700Cデモンタ
亀山から安楽越、旧東海道を草津へ(2015/6):HONJOレーサー
伊勢神宮五十鈴川上流剣峠(2015/5):TOEI650Aランドナー
紀州 丸山の千枚田 自転車ツーリング(2015/4):HONJOレーサー
丹後半島 自転車ツーリング(2015/4):TREKマドン5.2
佐治谷 辰巳峠 自転車ツーリング(2015/3):TOEI650Aランドナー
佐田岬 自転車ツーリング(2014/11):グランボア700Cデモンタ
米子から奥出雲・亀嵩 自転車ツーリング(2014/11):グランボア650Bデモンタ
秋山郷から松之山温泉、高田(2014/8):TOEI700Cランドナー
映画「白い船」舞台を訪ねて島根半島自転車ツーリング(2014/4):グランボア700Cデモンタ
能登半島 自転車ツーリング(2013/11):グランボア700Cデモンタ
四万十川 沈下橋 自転車ツーリング(2013/5):グランボア700Cデモンタ
北条町駅から智頭町、香住へ(2012/11):グランボア700Cデモンタ
総社から出雲横田、吹屋小学校自転車ツーリング(2011/11):グランボア700cデモンタ
片上鉄道廃線・中国山地ツーリング(2011/5):TOEI700Cランドナー
青崩峠しらびそ峠、秘境駅「金野」(2008/7):TOEI650Aランドナー
天草:寝台特急「なは」&島原鉄道で輪行(2008/2):グランボア650Bデモンタ
江の川&三江線、温泉津、石見銀山(2007/11):TOEI700Cランドナー
対馬ツーリング(2006/3):TOEI700Cランドナー(旧)

【A-2】近郊サイクリング
びわいち(琵琶湖一周) (2015/10)
アワイチ(淡路島一周) (2015/9)
ロードレースの思いで:シマノ鈴鹿と丸岡(2015/8)
練習会で伊賀上野へ(2015/4)

【A-6】所有(した)自転車
眼福・・ラリーグランボア・・金色サンジェなど(2018/3)
グランボア「シュエット」センタ-プルブレーキ(2017/8)
綿Tシャツで自転車に乗る!(2017/8)
キャラダイス バーレイ サドルバック最高!(2017/8)
・TOEI650AランドナーにキャットアイVOLT300アダプター(2017/8)
恐るべし耐久力!キャットアイのライトとソニーの電池(2016/11)
ランドナーとロードレーサーの走行比較の一例 (2016/10)
ボスフリーの不調を回復、油を差すだけ(2016/10)
カーボンとクロモリの乗り味の違いと、自転車の命名についての一考察(2016/10)
キャラダイス バーレイ サドルバック(2016/10)
今はピザ&スパゲティの「エルバ」でオーナー萩原さんにご挨拶:ロードレーサーのフォークの造形のこと(2016/9):CASATIゴールドライン
旅する自転車ランドナーへの誤解。本当に気持ち良い(2016/9)
TREKエモンダとドマーネ(2016/9)
ヤマネの輪行袋:京都のスポーツサイクル「ヤマネ」さんのこと(2016/8)
パールイズミ レーパンの寿命(2016/7)
久々にチューブラタイヤを買う(SOYO製モンテアミアータ)(2016/7)
サイクルキャリアのこと-車載用スーリー(2016/1)
SRAMグリップシフトに改造、コメンサル(2015/12)
重くても魅力的コメンサルCOMMENCAL META HT AM Cr-Mo(Limited)(2015/11)
スペシャライズドM5・MTBをフロントシングルXTR・XT11速に(2015/11)
TOEI650Aに日東キャンピー3(2015/3)
TREK Madon5.2他 自転車の重量(2015/2)
TREK Emonda SL6 納車 (2015/2)

【A-8】その他自転車の話
【B-1】山行
C:自動車

D:その他

「ある限界集落の記録 昭和二十年代の奥山に生きて」新見市上熊谷指野へ2023/12/09

 自転車でルーラルなエリアを旅するのが好きです。人の手が加わって先人の労働の集積で形成された景観に感じ入ります。
 そこにどんな人が住んでいて、何をして暮らしているのか、かつてどんな暮らしだったのかを知りたくて、関係する本を購入することもしばしばあります。

 そんな日々を過ごす中で、朝日新聞の1面書籍広告に小谷裕幸「ある限界集落の記録 昭和二十年代の奥山に生きて」富山房インターナショナル2023 を見つけ、早速買い求めました。
ある限界集落の記録

 帯のコピーには「消えゆくふるさとへの思い 岡山県中国山地、山あいの小さな集落ーー戦中・戦後、家族が辿った人生と、高度経済成長期以前の生活を、ドイツ文学者が鎮魂の書として綴った貴重な記録」とあります。

 農山漁村をフィールドにした生活歳時記的なエッセーや聞き書き、ルポルタージュや民俗学的記録や論考はこれまでも様々な形で刊行されていますが、リアルにそこで暮らしていた方が学業や就職で巣立った後に、育った集落や人々について他者にわかりやすい形で、主体的具体的に記した本というのに、これまで私は出会ったことがありませんでした。

 筆者は鹿児島大学教授を勤め、ドイツ文学が専門。専門外のテーマだからか、学術書や大学のテキストのようにはなっておらず、自由な立場で伸び伸びと自分の育った集落や人々について書かれています。かといって自分史のようになってしまってはおらず、テーマを外れることなく抑制の効いた構成だと思いました。

 そんな感想をもち、これはぜひ、書かれたフィールドを訪問したいと思い、現地へと向かいました。岡山県新見市(にいみし)上熊谷(かみくまだに)指野(さすの)へ。

*走行日:2023年12月6日(水)
*自転車:グランボア55号ランドナー
*行程:京都自宅6:10=(名神ー中国道)=大佐スマートIC=9:35JR姫新線岩山駅(車デポ)9:50〜11:00指野〜11:40草野〜12:30平吹〜12:45東山〜13:00本誓寺入口〜13:22養鶏場〜13:37大下〜13:55東前寺14:10〜14:45小坂部ダム〜15:25新見市役所横〜16:00岩山駅=(中国道)=17:15津山・あけぼの旅館(泊)
*走行距離:52km
*宿泊:あけぼの旅館(津山市)

岩山駅
写真:JR姫新線岩山駅。1929年に建築され当時の姿を多く残しているとのこと

岩山駅改札
写真:岩山駅改札

岩山駅
写真:岩山駅プラットホーム

岩山
写真:岩山の駅前通り ガソリンスタンド

岩山駅前通り
写真:岩山の駅前通り

岩山駅前メーンストリート
写真:指野へと向かう道

蔵
写真:土壁で窓の大きな蔵があった

岩山駅前で出会った方に、この本のことを話したところ、筆者の同級生の人をよく知っていて「(その人に)電話してあげようか」とおっしゃってくださったが、「お忙しいでしょうし、そこまでは、ありがとうございます」と返答したが、指野への坂道を走っていたところ自動車が止まり(先ほどの方から電話があった)、「自転車ではこの先の坂道はとても登れないだろうから車に乗せてあげる」とその同級生の方。

筆者について、「とても苦労して新見高校から大阪大学に進学し、ドイツ留学もしたが、いまでも帰省したときにはウチに必ず立ち寄ってくれる」と。
何度も車に乗るようにすすめられたが「自転車に乗るのが好きで、坂道も大丈夫ですから」と言って固辞した。
筆者の同級生の方
写真:筆者の同級生の方

指野への道
写真:指野への道

指野道路記念碑
写真:指野道路記念碑

 「指野道路記念碑」があった。指野に電気がついたのは昭和21年(1946年)、道路が通じたのは昭和35年(1960年)。道路はそこそこ傾斜があるが、グランボア55号の28X28ギアで、問題なく走れた。

指野道路記念碑
写真:指野道路記念碑

集落の入り口に石仏が鎮座されていた。
指野の石仏
写真:指野の石仏

指野の集落景観
新見市上熊谷指野

指野
写真:新見市上熊谷指野
指野からみえる山々
写真:指野から望む山々

地形図をみると、指野よりも更に標高の高いところに「草野」という集落があるので行ってみることにした。

草野への道
写真:草野への道
草野への道
写真:草野への道

草野
写真:「草野」耕地の潰廃が進んでいる

もしかして廃村になっていて通い耕作になってしまっているかもしれないと心配したが、郵便配達のバイクと出会い、杞憂であった。近代国家である日本では、全国どんなところにでも人が居住している限り郵便制度を利用できる。

草野
写真:草野、郵便配達。

草野
写真:草野:郵便配達が向かったお家

筆者が盆には訪ねた「東前寺」が山を越えた小坂部川の斜面にあるので、そこにも行ってみることにした。
地形図で実線の道路は、未舗装で落ち葉に埋もれていた。かつて使われた歩きの道とは違って後年にできた道であろうが。

東前寺への道
写真:東前寺への道

途中に平吹という集落がある
平吹
写真:平吹
平吹から下る道には自動車のタイヤ跡は見当たらず、日常的に行き来はないのかもしれない

平吹からの道
写真:平吹からの道

東前寺
写真:東前寺
東前寺
写真:東前寺
東前寺
写真:東前寺
東前寺
写真:東前寺
東前寺
写真:東前寺の石像物

東前寺から新見市街への小坂部川ダム美穀湖(みよしこ)沿いの道が、法面崩壊で通行止めになっていたが、通過。通行する車がないからか道路が落ち葉で深く覆われていて、落ち葉に隠れた岩片や石でタイヤのサイドを切らないように緊張しながら走った。
ダム横で、人の気配が全くなく、とても心細かった。

小坂部川ダム沿いの道
写真:小坂部川ダム沿いの落ち葉に埋もれた道

小坂部川ダム
写真:小坂部川ダム
小坂部川ダムからは、断崖絶壁のワインディングロードを走って新見市街へ出、岩山駅に戻った。
小坂部川ダムからの道
写真:小坂部川ダムからの帰路

翌日の行動を勘案し、宿は津山市の「あけぼの旅館」。津山市内で一番古い旅館とのこと。料理も美味しく、誠に良い宿であった。

津山 あけぼの旅館
写真:あけぼの旅館(津山市)

あけぼの旅館
写真:あけぼの旅館の部屋


 走行ログ 走行距離52km(Trail Noteソフトで制作)

おしまい

京都府北桑田郡における草屋根の減少 1984年度卒業論文2023/11/14

 9月に会社の先輩ご夫婦と先輩と旅をしました。私が幹事役だったので、若狭湾の常神半島の民宿に泊まり、翌日は美山町の枕川楼で鮎を頂いてから、茅葺の集落景観で今や一大観光地となった美山町の北村へ。

北村は私の卒業論文のフィールド。地元の方にも随分とお世話になり、茅葺のムラとして脚光を浴びる前、1983年から1984年にかけて調査に伺いました。ちなみに北村が「かやぶきの里」として重要伝統的建造物群保存地区の選定を受けたのは1993年の12月です(全国で36番目)。

大学3回生と4回生時、卒論制作が本当に面白くて、北大路堀川の下宿で、マービン・ゲイの「what's going on」のA面を(まだCDは普及しておらず、レコード)繰り返し聴きながら執筆していたことが思い出されます。

卒論完成後、お世話になった地元の方に卒論のコピーを送ったところ、過分のご評価をいただき、「美山町誌」に私の論文のことが記載されたりしました。

そんなこともあって、地元の方ーー中野文平先生というかやぶきの里の産みの親ともいえる集落再興のキーマンーーを通じて、北村に関心を持った方から、その後も卒論に目を通したい等の依頼がありました。

で、今回、久々に集落内に伺ったところ、たいへんお世話になった方と四半世紀以上ぶりに再会したのですが、開口一番「卒論を読みたい」とおっしゃっていただき、コピーを郵送しました。しかし、改めて見直すのに、手書きの時代であり、なんとも見苦しいので、今回パソコンで本文を打ち直した次第です。

読み直してみるのに稚拙な表現など多々ありますが、手は加えていません。
学術的な評価はともかく、資料的には何かの参考になるかもしれないと思い、恥ずかしながらアップする次第です。プライバシー意識の変化で、今ではこのようなフィールドワークは困難かもしれません。

卒業前の3月、東京学芸大学で開催された「第33回 全国地理学専攻学生卒業論文発表大会」での要旨発表記録も。

大学院に進みたい思いはあったのですが、望外の就職内定が得られ、会社では営業職のサラリーマンとして過ごしました。未発表論文、そのままの内容です。






京都府南丹市美山町北
写真:美山町北 グランボア700cデモンタブル スポルティフ
         (2023年10月撮影)

メルセデスベンツ車検(11年目)C180 18万キロ2023/10/20

2012年10月納車のメルセデスベンツc180ワゴンの11年目の車検を通した。

181,322km走行し、12,962.8リットルのガソリンを消費。平均燃費は14.0kmで、9年目車検の平均燃費と全く変化なし。

車検はシュテルン京都(京都マツダ)、購入店ディーラー。

9年目車検のあと、何も問題ないかと思っていたら、2023年6月に冷却水に関する警告灯がメーターに表示され、ディーラーに持って行ったところ、サーモスタットハウジングからの液漏れとの診断結果。修理に9万円かかったが、それ以外に何のトラブルもなく18万キロまできている。走行に困るようなトラブルは新車納車後、一度もない。

今回の車検で結構な金額がかかるかもしれないと覚悟して臨んだが、
自動車重量税+自賠責保険料+車検手数料が69,650円、これを前払いし、
車検後の支払いは208,230円、合計車検総費用277,880円 だった。

内容は、車検基本整備(法定2年点検)、総合検査料(保安基準適合検査)、シャーシスチーム洗浄&下回り錆止め塗装、油圧式ブレーキング・システムのブレーキ・フルード交換、エンジンオイル&フィルター交換、クーラントブースター、フロントアクスルのスタビライザー用スタビライザバーリンゲージ2個の交換、フロントウインドとリアウインドのワイパーブレード交換、エアコンのダストフィルタ交換、エンジン用エアエレメント交換
で 技術料130,130円、部品代74,800円の合計208,230円。

代車に2000キロしか走っていないC220dワゴンを貸してくれたが、走りは11年前のc180で何の不満もなく、操作性やメンテナンス等を勘案しても、いくらお金があったとしても新車に買い替えたいとは全く思わなかった。大切に乗り続けたい。

丹波の秋 黒豆買いに2023/10/19

丹波の秋。収穫の秋。丹波松茸はなかなか手に入らないが、黒豆は現地に行けば可能。
居酒屋によくある冷凍枝豆とは全くの別物。真に美味しい。10月の数週間だけしか出荷されない。
近接する京都市内でも、スーパーマーケット等には出回らないと思う。

昨年末に会社の選択定年を選んだ元同僚の最終出勤日、たまたま私も出勤していて、「これからはこういうことで・・」と名刺を頂いた。

そこには「丹波篠山産 黒豆生産者」とあった。数年前、裸一貫黒豆生産の弟子入りを果たし、今では現地に拠点も構えて本格的に栽培されているとのこと。

秋晴れの一日、その方のところへ黒豆を分けてもらいに出かけた。
久々にお会いしたその方は、会社員の頃よりも断然爽やかなよい顔になっていた(失礼!)。

農は偉大なり。

丹波黒豆を分けてもらいに
写真:黒豆生産者になった元同僚

・走行日:2023年10月18日(水)
・自転車:グランボア55号ランドナー
・走行距離:111km
・峠:老ノ坂(219m)、天引峠(324m)、原山峠(348m)、六丁峠(181m)
・行程:自宅(京都市右京区)9:00〜9:48老ノ坂〜10:47養玄寺〜11:38天引薬師堂〜12:00天引峠〜12:19安口13:25〜13:28福住駅跡〜14:01原山峠〜14:29園部国道9号交差点〜15:05三俣川〜15:36請田神社〜15:55保津峡林道ピーク〜16:16六丁峠〜16:29広沢池周回観光道路交差〜16:42I’s Bicycle16:52〜17:02自宅

 平日の国道9号老ノ坂を走るのは、実は初めて。やはり交通量が多かった。王子から旧道に入る。旧道沿いの亀岡の街は、趣がある。国道沿いのチェーン店や量販店が林立するバイパス的景観を亀岡だと思っていたら大間違い。
 
 湯の花温泉のところから国道372(デカンショ街道)へ。バイパス化されている372号ではなく、旧道を繋いで走る。実に良い旧道が残っているのに、自転車でも新道を走る人が多い。旅情を求めるのではなく、トレーニングとしての走りなのだろうか。

丹波の秋
写真:丹波の秋・亀岡郊外にて

刈り取った稲を乾かしている民家に出会う。ヤギが長閑に草を食んでいた。
ヤギ
写真:長閑に暮らしていると思われるヤギ

毎年、この道を走るときには養玄寺で一服する。

養玄寺
写真:養玄寺

クボタの農業用車両があった

クボタの農業用ビーグル
写真:クボタの農業用ビーグル

旧道沿いには造り酒屋があったりする。

平田酒造場 琉璃の誉
写真:平田酒造場「琉璃誉」

司馬遼太郎が「街道をゆく」で絶賛していた天引(あまびき)の集落。薬師堂がある。

天引の薬師堂
写真:天引の薬師堂

天引峠はトンネルではなく、旧道(半分廃道のよう)を走った。亀岡側からの登りは、思ったより長かったが、篠山への下りは、あっという間。

天引峠 旧道
写真:天引峠

目指す福住地区は、伝統的建造物群保存地区になっている。看板は上が南になっている。京都や亀岡方面は左。

福住 伝統的建造物群保存地区 説明
写真:伝統的建造物群保存地区の説明板(丹波篠山市福住)

福住の街並み

福住

福住
写真2点:福住の街並み

安口(はだかす=集落名)にある、元同僚の家に到着。黒豆を分けて頂く。
昼ごはんもご馳走になってしまい、かたじけない。
会社勤めの時よりも、ずいぶん良い顔になっていらっしゃった。

安口を「はだかす」と何故読むのかは、丹波新聞の記事にはこうある。

丹波黒豆

黒豆の「さや取り機」も導入されている。

黒豆さや取り機
写真:黒豆さや取り機

リアルにお忙しい中おじゃましてしまい、辞する。
近くに国鉄篠山線(廃線)の終着駅であった福住駅跡があるので、見に行く。

国鉄篠山線 福住駅跡

篠山線福住駅跡 説明版

写真:福住駅跡

帰路は天引峠ではなく原山峠を通ってみた。なんと、峠のピークから園部側は未舗装路だった。部分的ではなく、麓のムラに出るまでずっと。なかなか面白い。

原山峠
写真:原山峠

原山峠からの道

原山峠道
写真:原山峠道

峠を下って園部に出て、亀岡盆地の北端の道を走る

亀岡盆地の道
写真:亀岡盆地の道

保津峡沿いに、いつもの六丁峠を通って、奥嵯峨へ。
保津峡は水量が減少していた。
保津峡沿いの道
写真:保津峡沿いに走る

保津峡に合流する清滝川
写真:清滝川。保津川との合流地点付近。

いつものように広沢池の周りを走り、I’s Bicycleに立ち寄って帰宅した。

広沢池
写真:広沢池。正面に愛宕山。


I’s Bicycle
写真:I’s Bicycle

*走行ログ

   おしまい

サンツアー1992年カタログ_SUNTOUR 1992CATALOG2023/10/10

自転車部屋の押入れを整理していて、1992年のサンツアーカタログを発掘。
今は亡きサンツアー、興味ある方は下記リンクより。

サンツアー1992年カタログ


ケルビム今野真一さんのコラム「自転車、真実の探究」2023/09/27

先日、いつもの峠でのStrava算定タイムにおいて、クロモリオールドイタリアンレーサー(クランクはカンパの鉄ムク3アーム50×42で後ろは5速13〜23)の記録が自分史上2位だったことに驚いた、ということを書きました。

軽い自転車が良いのか?ということを常々思っており、そんな中で、ケルビムの今野さんが自転車雑誌「サイクルスポーツ」のweb版に書かれている、「軽さは正義か?」というコラムに出会いました。

もう2年近く前にアップされているので読まれた方も少なくないことでしょう。コメントできる立場にありませんが、私の実感とも相違しません。

コラムを読んで思ったのは、私のオールドイタリアンレーサーのフレームは「柔らかい」ので高いギヤ比でも踏むことができたのかもしれないということ。硬いカーボンフレームにまさか鉄ムク3アームのカンパで大きなギアを付ける人はいないだろうが、それだととても乗れたものではなかったのかもしれない。最近のレーサーの後ろギアが巨大になっているのは、楽をするためでなくて、カーボンフレームが硬いので、それへの対応ということも、なるほどなるほど・・・。

サイクルスポーツも大したものだと思いました。専門メディアの存在意義を感じました。

webメディアなので、いつリンク先が削除されるかわかりませんが、あまりにも面白くてためになるコラムなので、この場で連載のリンクを貼らせてもらいます。














2023年 第38回 乗鞍ヒルクライム リザルト分析2023/09/04

16年ぶりに乗鞍ヒルクライムに出走した。全長20.5km、標高差1260mを登る、自転車タイムトライアルレース。
2023乗鞍ヒルクライム

1990年29歳の時に初参加し、6年連続出走したが、子育てもあって暫し中断、2001年2002年に復活したが、東京転勤で中断、2005年と2007年に再復活したが、その頃は登山に注力していたり、東京から戻ってから変わった所属チームでは乗鞍にチーム参戦していないこともあって、16年もご無沙汰した次第。

で結果は1時間44分15秒。一般男子61〜70歳クラスで完走406人中141位、順位比34.7%。同クラス1位は1:09:37なので、タイム差34:38、タイム比149.7%だった。トップの1.5倍かかっている。総完走者数3158名中では1853位、総合順位比58.7%。男女すべての完走者中、半分より1割ほど下といったところ。

これまでの自己最高記録は第7回1992年31歳のときの1:16:45、クラストップとのタイム差12:01、タイム比118.6%。

今回のタイムは自己最高記録の136%。私の知っているヒルクライムの得意な人の自己最高記録は1時間07分程。60歳代半ばになっても1時間19分程なので、往時の118%。私は、やはり2倍くらい衰えている。

年齢による衰えよりも練習量の減少(ツーリングだけで競技用の練習はやっていない)が大きいだろうと思っている。チーム練習に参加していた頃は、同クラスのトップとのタイム比が130%以内に収まっていたので。

乗鞍ヒルクライム 過去成績
表:2023乗鞍ヒルクライム過去成績(クリックして拡大)

ちなみに妻は1990年の第5回に1:44:08、1991年の第6回に1:38:44で完走しているので、当時の彼女よりも、現在の私は遅い。しかも当時は今よりもコースが1.5km、標高差120m大きかったのだ。

もしもチャンピオンクラスに出走していたとしたら、私のタイム(1:44:15)では完走146人中144位。後ろの人はメカトラブルか何かと推察されるので、実質的にドンケツであろう。まあ、当然。

2023乗鞍ヒルクライム 下山
写真:下山の途中で

多くの人は年齢による衰えが気になるようである。個人差が大きいのでなんともいえないが、今回の大会でクラス別(チャンピオン以外は年齢別になっている)に考察してみた。
2023乗鞍 クラス別タイム
表:2023乗鞍ヒルクライム クラス別考察(クリックして拡大)

各クラスのトップを比較すると
1)チャンピオン(全年齢)0:55:16
2)一般男子C(31~40歳)0:58:56
3)一般男子B(21~30歳)1:00:03
4)一般男子D(41~45歳)1:00:05
5)一般男子E(46~50歳)1:01:09
6)一般男子A(16~20歳)1:01:46
7)一般男子F(51~60歳)1:04:16
8)一般女子(全年齢) 1:05:35
9)一般男子G(61~70歳)1:09:37
10)一般男子H(71歳以上)1:20:03

上記の結果から考察するのに
・45歳までは年齢関係なく互角。
・40歳代後半になると、僅かに差がつくが20歳以下の少年には負けない。
・60歳まではちょっと落ちるが女子よりは速い。
・61歳以上になると、かなり落ちる。定年を迎えて練習量を増やした人もいると思うが。女子よりも相当遅い。
・71歳以上になると、更に遅くなる。今回もかつてロードレースですごい成績を残し続けていた人が、今の私と同じ位のタイムになっていた。病気をされたとか、別の要因があるかもしれないが。
・とはいえ、今回の私のタイムは71歳以上のトップの人の3割も遅い。

久々にレース参戦した6月の「岩木山ヒルクライム(15km、標高差940m)」では、トップの178%のタイムでゴールした。
乗鞍のトップを1時間として同率178%の1時間46分を想定タイムとしたので、まあ妥当なところ、これが今の実力。中間地点通過は45分だったので、「行けるかも」と一瞬思ったが、やはり後半にタレた。

感覚的には岩木山のレースの方が断然苦しかった。スカイラインのゲートまでの傾斜が緩いところの距離がそこそこあり、平均傾斜では乗鞍よりも緩いデータとなるが、リアル山登り部分はきつかった。

乗鞍は71歳になってから、また出走したい。

2023乗鞍ヒルクライム 下山
写真:下山は寒いのでレインウエアを着用

ロードバイクとランドナーの登坂区間タイム実績比較2023/08/01


神明峠 グランボアランドナー
写真:登坂のタイム比較をした神明峠。2023/7/31撮影。グランボア10号ランドナー

私の場合、ロードバイクで走ってもランドナーで走っても、登坂の区間タイムの差は車種の違いに規定されるものではないということが判った。ロードバイクで走ったほうがランドナーよりも速いと思っていたのだが、そうとは言い切れないことが。

※タイムはキャットアイのサイクルメーターでオートストップモードで測定。ルート上で信号待にかかる頻度は少ないが、オートストップなので同条件とみなす。

毎回、自分にとって気持ち良いちょっと頑張るツーリングペースで走っているのだが、そのような過去データをStravaにアップしての考察。もちろん、計測実験のために走ってきたわけではないし、科学的な検証に耐えうるものではないが、今回の結果だけをみても驚いている次第。

ヤン・ハイネ著「オールロードバイク・レボリューション」山と渓谷社2022年で述べられている内容と齟齬がない印象をもった。

自転車は軽ければ良く走るわけではないということも。一定のレベル以上の材料と工作精度で作られているという前提において。

以下、今回このようなことを考察した経緯を述べる。

今年の夏は酷暑で、京都ではもう1週間以上、日陰の百葉箱で計測する最高気温が35度以上の日々が続いている。39度なんていう日もあった。

そんなわけで家から近い涼しいコースしか走れず、保津峡から愛宕山の山麓を回って周山街道という、いつもの「宕陰」コースばかり走っている。
自転車をその日の気分に合わせて選んで走るのだが、パナソニックのチタンで2日連続走ったところ、コース上にある神明峠の通過タイムと、いつも写真を撮る「河原家住宅」の到着タイムが2日とも同じだった。(いつも河原家住宅までは自宅から休憩等なし)
河原家住宅
写真:河原家住宅。2023/7/30撮影。自転車はPanasonicチタン。

全部同じペースで走っているわけではないのだろうが、ポイントとなる2箇所が一緒なのは不思議だ。メーターを見て、ペースを調整したのではない。
 
同じ自転車で2日連続同じタイムというのなら、それが現在の自分のペース。タイムトライアル的に走っているわけではなく(そんな走りはできない)、自分にとって気持ち良いペースで走っているだけなのだが。
それならば、自転車の種類を変えて、ランドナーで走ったらどういう結果になるだろうと興味がわいた。

次の日は愛宕山の千日詣があって午前中早めに帰宅したいので、ランドナーでは神明峠往復で走ってみた。

すると、なんと不思議なことに、自宅から神明峠までのタイムが56分で、昨日一昨日のパナチタンと同じであった。秒単位でもほぼ同じ。

ランドナーに贔屓して、昨日よりも速く走ろうとしたのではない。但し、軽いギアを多用して楽することは慎み、ロードバイクと同じような負荷がかかるように心がけた。タイムを調整して走ったのでは意味がないので、メーターは、六丁峠と水尾で見ただけで、神明峠の登りでは見ないようにした。

なんとなく、ランドナーはロードバイクより遅いと思っていたのだが、意外な結果となった。
正直、信じられなかった。

この3日間だけで結論付けるのは納得感がないので、過去データでも比較してみようと思った。
方法としては、これまで神明峠を通過した走行ログを「Strava」(web上に走行ログをアップして走行記録や他人とのタイム比較ができるアプリ)にアップ。
走行ログはこれまでもスマホの「スーパー地形」アプリで毎回gpx形式でとっている。

神明峠を通過するコース上に、Stravaで設定されている比較考察可能な区間は3つあった。
区間名「神明峠」7.76km、比高384m、平均斜度4.9%。同じ区間名だが「神明峠」5.43km、比高303m、平均斜度5.5%、「府道50号線climb」1.43km、比高162m、平均斜度11.3%。

2020年5月から2023年7月までの31件を時系列的にまとめたのが下の表。

 表1:2020年5月から23年7月までの31件の神明峠走行実績

全ての走行データがStravaの計測区間にアウトプットされた「府道50号線climb」で所要時間の短い順にソートしてみた。
 
 表2:「府道50号線climbでソートした表

タイム順にソートしたところ、車種は混在している。

もちろん、走行時期が異なるので、身体能力や体調や気候条件も違っており、同じ土俵で比較するには無理があるが、ロードバイクで走ればいつでも速かったわけではないことは明確。

なんとなくタイムの速い「第一集団」にロードバイクでの記録が集まり、遅れた「第二集団」がランドナーでの記録かとイメージしていたが、集団は形成されず、混在している。

ロードバイクで走る時は、走る意欲があって体調の良い時、ランドナーで走る時は淡々と速く走ろうとは思わず走ることが多いので、上の表以上に、ロードバイクとランドナーの差は少ないのかもしれない。

過去実績ではこのようでしたという印象論に過ぎない話ではあるが、自分の中ではその結果に驚いている。

追記

2023年9月1日にグランボア イタリアンレーサーで走ったところ、カーボンロードバイクのタイムと変わりなかった。

グランボア イタリアンロード
写真:グランボア イタリアンロードレーサー

鉄ムクのカンパ3アームクランク50x42 13〜23の5速。もちろん、クロモリ。
ホイールはアルミのグランボアリムの手組み。
カーボンロードのホイールは、デュラエース。重量差は歴然。

カンパ鉄3アームチェーンホイール
写真:カンパ鉄3アーム チェーンホイール

こんな自転車は趣味のもので走らないと思う人がいるかもしれないが、神明峠まで55分、河原家住宅まで1時間13分で、カーボンロードと変わらなかった。

Stravaにデータを入れたところ、「神明峠」区間で、私の中でベスト2位だった。これも、ある意味、予想しなかった結果。

但し42x23では六丁峠の最後の直線登りがダンシングでもギリギリ。もっと長かったら足をついてしまうかもしれない。