エランシアが終了することだし。

数日前、あるエランシアユーザーの方のブログに以下のような書き込みをさせていただきました。
エランシアの終了が近いことを感じた現エランシアユーザーが、エランシアを盛りたてていこうと盛り上がっているという話を聞いての書き込みです。

『隠居の身ではありますが「エランシアを盛り上げよう」という話で盛り上がっているようなので、僕の方からもエールを送らせていただきたいと思います。

 人間、どうしたって自分にできることしかできないということなんですよね。当たり前だけど。
 kazuyazrcさんはPKであるし、エランシアで通してきたそのプレイスタイルから、エランシア活性化のために対人をメインに考えるのは当然のことだろうと思います。何かを企画するのが好きな人ならイベントをしたり(ナツヤマなんかがそうでした)、僕なら人名辞典などサイトを使って、キムチ製さんなら2chを通して煽る事で、セピィさんのようにまずは自分が楽しんで「ほら、エラってこんなに楽しい」と他の皆にエラの楽しさを再確認してもらうというような方法だってあります。様々な方法があるなかで、共通していえるのは、各人が自分に適した方法をとっているということです。例えば、kazuyazrcさんが人名辞典を使って盛り上げようとしても、PKという立場である以上は、アンチPKの人にとっては書き込みににくいものになるでしょうし、逆に僕が対人を楽しもうと言った所でどうにもならないでしょう。

 そして、中にはそれぞれの方法を批判する、疑問を呈するという方向性もあると思います。たった一つの冴えたやり方なんて存在しないんだから、おかしいと思うことはしっかりおかしいといい、テーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼを繰り返して真理に近づくように、反論を呈することで新しい道が開けることだってあると思います。

 エランシアを盛り上げようとする人間が偉いのではなく、盛り上がる人間がいてこそのエランシア。智に働けば角が立つし、情に掉させば流されるし、意地を通せば窮屈なエラの世ではありますが、エラの世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。矢張り同じようにキーボードを叩いている唯の人なんだ、ということで、みんなで住みよいエランシアを作ってください。

 人名辞典はもうエランシアを盛り上げるという役割を終えてしまったし、僕自身もエランシアを離れて日が経ってしまったのでどうする気にもなれませんが、是非現役プレイヤーの皆さんにはエランシアを楽しんでいて欲しいと思います。



これを書き込んだ段階では「僕はもうエランシアを隠居してしまった身なので、でしゃばっても仕方ないだろう。第三者として応援するだけにとどめよう」と思っていました。
が、少々事情が変わってまいりました。


ネクソンから正式にエランシア終了が告げられたのです。


エランシアが終了するというのであれば、過去の人間でも関係ない。エランシアに関わったことのある人間として、エランシアへのはなむけに何かがしたい。


エランシアの終了を知り、そう思いました。


じゃぁ、何をしようか? 何かするなら、エランシアクロニクルを使うのが一番だろう。
では、エランシアクロニクルを使って何ができるか? いつものように、みんなに投稿してもらうのが一番盛り上がるだろう。
何を投稿してもらおうか? そりゃ、最後なんだからエランシアの思い出だろう。


というわけで、エランシアの思い出を大募集します。
近いうちに新しく、思い出を語れる掲示板とお絵かきBBSとを用意しようと思いますので、ネタをくっていてください。


みんなで思い出を共有しましょう。誰からも投稿がなければ、僕が独りで思い出を語る掲示板ということにします。

It was a dark windy night. エピローグ

 その日から、人気(ひとけ)のない泉のほとりで物思いにふける毎日が始まった。
ぼんやりと彼女のダガーを眺めながら。

名前も聞いてなかったんだよなぁ……。

ダガーの刃には、製作者の銘が刻まれていた。
『オールドスミス』と。
彼女の父さんの名前はオールドスミス、か。
彼女について手がかりになりそうなのは『オールドスミスの娘』ということと『歌がうまい』ということだけ。

いつかまた会えるといいな。

It was a dark windy night. #5

「へぇ、全然醜くないじゃん。むしろ、かっこいいよ。
 なんだ、期待して損しちゃった。必死になって隠すからどれだけすごいのかと思ってたのに」

僕の素顔をみて彼女はそういった。

「何言ってるんだよ。僕はオークなんだよ? さっき君だっていってたじゃないか。オークは『醜い怪物』だ、って」
「オークが醜く見えるのはその残虐な心のせいだよ。あなたはそんなことないもん。
 とっても優しい顔してる。はい。次はあなたが答える番だよ。なんで命を狙われてるの?」

いいのかな。そんなあっさりと片付けちゃって。
きっと彼女は人間の中でもかなり変わった部類にはいるのだろうな。
僕もオークの中ではかなり変わった部類に入るから、人の事はいえないけど。

「実は僕、オーク族の王子なんだ」
「ふうん」

別に大げさなリアクションを期待していたわけじゃないけど、ここまで反応がないと寂しい。

「あんまり驚かないね」
「うん。あなたみたいなオークが一杯いるとは思えないから……。何か特別なんだろうな、とは思った。実を言うと最初っから気配でオークだな、っていうことはなんとなく気付いてたんだ」
「そうなの?」
「うん。でも、黙って歌を聴いてるし、変わったオークだなぁ、と思って興味があって声かけてみたんだ」

最初っからばれてたのか。

「わかっててわざと『フードをとって』とか『あの男オークだったのかな?』とか『オークは残忍だ。醜い怪物だ』とか言ってたの?」
「うん。あなたが焦ってるのを見るのが楽しかったから」
「君、きっと将来悪女になるよ」

怒るかと思ったら、逆に微笑まれた。

「もうすでにそうかもよ?」

それ以上彼女の顔を見ていられなくて、はるか遠くの方に視線を移す。
これ以上みてると、本当に好きになってしまいそうだ。

「それで、僕を殺そうとしてるのは兄さん達なんだ。王の世代交代が近くて……。次の王は、現王の息子のうちの誰か、っていうことになってる。僕が選ばれるとは思えないけど、可能性はつぶしておこうということなんじゃないかな」
「そっか。王様が決まるまではああいうのと戦わないといけないんだね」
「そういうことになるね」
「じゃぁ、はい」

といいながら、ダガーを突き出す。

「これ、貸してあげる」
「だめだよ。だってこれは君の大切なものじゃないか」
「うん。だから貸すだけ」

僕は首を横にふる。

「僕が死んだら返せなくなる」
「返せるようになるまで死ななければいいじゃない」
「そりゃ僕だってそうしたいけど」
「そうしたいならそうして」

僕は考えた末にこう答えた。

「わかった。死なずにちゃんと返す」
「うん。約束だよ」

そしてまた微笑んだ。
それから少し真剣な顔をして顔を近づけてくる。
僕はまったく動けずにいた……。

「それじゃ、またね」

それだけ言い残すと彼女は行ってしまった。


二人のオークが声をかけてくるまで、彼女の去っていった方向を見ていた。
手が自然と彼女の唇の触れたあたり───右頬にいく。
僕は気付かずつぶやいていた。
「女の子の唇って柔らかいな」

It was a dark windy night. #4

 ぼーっとしていると、どこからか声が聞こえてきた。

「王子! こんなところにいらっしゃったんですか」
「探しましたよ。王子!」

声のする方を見れば、二人のオークがすぐそばまで走ってきていた。

「なんだ、お前らか」
「なんだじゃ、ありませんよ。こっちはどれだけ心配したか」
「それに、ここに倒れてるのは誰ですか?」

さっきの男が倒れているのを見て声を荒げる。

「なんか僕を殺しにきたみたい。返り討ちにしたけど」
「だからいったでしょう! 一人で出歩くのは危ないって」
「そういわないでよ。どうにかなったんだから」
「はぁ」

大きなため息を一つついた。

「まったくお前がちゃんと見張ってないから」
「俺のせいにするなよ」

言い合ってる二人をよそに、僕は彼女のことを思い出していた。

「人間の女の子っていいな」
「人間の女? あんな生っちょろいのがいいんですか?」
「人間なんて成人しても、ほそっこいまましな。もっと肉付きが良くてむちむちっとしたのがいいよな。人間の女とオークの女じゃ抱き心地が全然違う」
「だよな? 王子は女を抱いたことがないから人間の女がいいとかいってるんですよ」

他にもなにかごちゃごちゃ言ってたみたいだけど、すでに一人の世界に入り込んでいて、二人のいうことはほとんど耳に入ってこない。
彼女との出来事がまだ頭の中をぐるぐると回っていた。

It was a dark windy night. #3

 言葉と同時に携えていたロングスピアの鋒先をこちらに向ける。
僕は男からの攻撃に備えて身をかたくした。
しかし、すぐには仕掛けてこない。
こちらの力量をはかりかねているのだろう。
刹那が永遠に感じられ、その永遠が精神力を少しずつ削りとっていく。
緊迫した空気に耐え切れなくなった僕はこちらから仕掛けることにした。
防御のためにかたくした体を攻撃の態勢へと持っていく。
そうして仕掛けるタイミングをはかっていたら、すぐ横から気勢をそぐ声がした。

「何いってるの? あいつ」

顔は槍を構えたその男の方に向けながら、目だけで彼女の方をみた。
心底不思議そうな顔をしている。

「いや、その、なんか、僕に死んで欲しいみたいだよ」
「ふうん」
「相変わらず興味なさげな返事だね」
「そんなことないよ?」

そんな眠そうな声で言っても説得力皆無だ。

「他人事だと思ってるからそんな呑気な口調なのかもしれないから、念のため言っとくけど……。あいつが正直に僕だけを狙ってくるとは思えない」
「うん。もしかしたら、私を人質に取ろうとするかもしれないね」

一応、状況は把握しているみたいだな。

「そうだよ。だから、もう少し緊迫感を持ってよ」

緊迫感を持ってもらったところで何がどうなるわけではないけど、呑気に構えててあっさり殺されても困る。
必死になれば、彼女だけでも逃げることはできるだろう。

「でもさ、あなたが守ってくれるでしょ?」

僕が……守る?
その余裕は僕がいるからなの?
頼られてるの?
僕が?

「できる限りはそうしたいと思うけど」

今の僕の脅威は、僕を殺すという目の前の男よりも、僕を信頼してくれているこの女の子の方だ。
僕次第でこの女の子が死んでしまう。
その考えは、自分が殺されてしまうことよりも恐ろしい気がした。

「最後のお別れはすみましたか?」

やはり変わらず訛りのひどい汚い声だ。
僕のことを「王子」と呼んでいたからには、人違いやただの物取りではないだろう。

「一体何語喋ってるの?」
「オーク語だよ」
「すごい。オーク語がわかるんだ? それも子供の頃習ったの?」

子供の頃に習ったといえば、習ったということになるかな。
心に浮かんだその答えを口に出すよりも先に男が動いた。
構えた槍を片手に持って一旦引いて振りかぶり、そのまま勢いよく横に薙ぐ。
空気を切り裂く音と共に槍の刃が迫りきた。
彼女の手を引いて後ろに跳ぶ。
彼女は軽く「きゃっ」と悲鳴を上げた。
槍の刃先がぴたりと僕の前で止まる。
そこから刃先は一度引き戻され……次の瞬間にはまっすぐに突きが繰り出されていた。
彼女を左に突き飛ばし、僕は体半分右にかわしてやりすごす。
刃はすぐに引き戻されまた突きが来る。
それもどうにかかわす。
5,6回同じことを繰り返したあたりでようやく男の動きが止まる。
防戦一方じゃ勝てない。
わかってはいるけど、、攻撃に転じる隙がない。
攻撃をすべてかわす自信はある……だが、攻撃を当てる自信はない。
あの男も同じことを考えてるんじゃないだろうか。
これでは永遠に勝負がつかない。

攻めあぐねていると、彼女がいつの間にかすぐ隣に来ていた。

「いい動きするね」

確かにそうだ。鋭い動きをする。
後手にまわっては、やられるのはこちらだろう。
手を読んで行動を予測しておかなければいけない。
もし逆の立場だったら何を狙うか……。

「何を呑気に。敵をほめてる場合じゃないじゃないか」
「ううん。いい動きをしてるのはあなた。でも、なんで相手の間合いで戦ってるの? ロングスピアだよ。懐にもぐりこめたらなんとでもなるんじゃない?」
「それができたら苦労はないよ」
「守りに入ってたら勝てないよ。あなたには有利な点が一つあるんだし強気でいっていいと思う」

有利な点? なんのことだろう?
それより「人質にされるかもしれない」とわかっていながらなんで逃げないんだ。
有利な点どころか明らかに不利じゃないか。
もし彼女の方が狙われたら、さっきまでみたいに避けるだけ、とはいかなくなる。

その時、ちょうど心を見透かしたかのように男は彼女をみた。
槍がゆらりとゆれ刃先が彼女の方を向く。
どうすればいいんだ。

「攻めてっ」
彼女が叫ぶ。
男が突く。
僕が跳ぶ。
3つの出来事がほぼ同時に起きた。
男の槍が彼女に届く前に攻撃を当てないと。
いきなり跳び込んでくるとは思わなかったのだろう。
男はあわてて槍を引き戻そうとして体勢を崩している。
いけるっ。
拳を握り締め渾身の一撃を顔面めがけてはなつ。
男は後ろに吹き飛びそのまま動かなくなった。

「すごいじゃない。一撃必殺ね」
「必殺って……。殺してはいないけどね」

振り返ると、彼女は体を九の字に曲げていた。
腹の辺りから槍が生えている。

「刺されたのか」

あわてて彼女の元に走り寄る。
槍の刃先が見えない。
それだけ深くもぐりこんでいるということだろう。
でも、槍の長さを考えたら貫通しててもおかしくないのだが……。

「傷口を見せて」

腹に手を伸ばそうとしたとき予想外のことが起きた。
ぱしりという乾いた音と頬の激痛。

「触るな、すけべ」
「え、で、でも……」
「大丈夫。怪我なんてしてないよ」
「でも、槍が……」
「だから、大丈夫だって。ほら」

といって、槍の先をこちらに見せる。

「あれ?」

刃先がない……?
松でできた槍が途中ですっぱりと切られている。
彼女は地面から何かを拾い上げた。

「これこれ」
と、いって見せられたのは、ダガーと槍の先っぽ。
槍の先を受け取って、切られた部分とを合わせてみるとぴったりとあった。

「切れ味がよすぎるのも困り物ね。ダガーではじくだけのつもりだったのに、すっぱりきれちゃった」

いくら切れ味がよくても普通切れない。
その切れ味に見合った腕もないと。

「槍の先っぽを切り飛ばしても、そのままの勢いで突かれそうになったから、あわててダガーをすてて両手で槍をつかんで勢いを殺したの」

そうか。さっきあの男が槍を引き戻そうとして体勢を崩したのは彼女が槍の先っぽをつかんでいたからか。
もはや人間業じゃないな……。

「私がいった『あなたの有利な点』っていうは、私も戦力になるってことよ」

なんだよ、それ……。

「嘘つき」

まず心に浮かんだのはその言葉だった。

「なにがよ」
「結構腕が立つくせに……。隙だらけで全然そんな様子みせなかったじゃないか。それに尤もらしく『子供の頃剣の稽古とかしたかった』とかいっちゃって」

さっき、ぼーっとしてたのも、敵を油断させるためだったんだ。

「こっちは本気で君を守らなきゃって必死になってたのに」
「でも、ほら。誰かに頼られるのも悪くない気分でしょ? 頑張ろうって気にならない?」

悪い気はしなかった。それは認める。
必死になれたのも頼られてる、と思ったからだ。それも認める。
でも、それ以上に……。

「すごく怖かった。僕次第で僕以外の誰かが傷つくことが」
「何をいってるの。それが責任感っていう奴でしょ。いつでもそれから逃げるわけにはいかないよ。もっと強気でいこうよ、強気で」
「そりゃそうなんだけど」
「それから、私は嘘つきじゃない。隙だらけに感じたのはあなたがそれだけ未熟だってことよ。それに子供の頃剣の稽古をしたかったのは本当。実際に剣の稽古を始めたのはパパがいなくなってからだけど」
「そっか。僕は子供の頃からずっとやってるけど、多分、君には勝てないだろうな。あの切り口をみただけでもわかる。本当にへこむよ」

なんだか今までやってきたことが全て無駄に思えてきた。

「私がどれだけ死ぬ気で稽古したか知りもしないで、勝手にへこまないで。嫌々やった十何年よりも真剣にやった数年の方が上にきまってる。才能がないとか、いくらやってもだめとか言う前にあなたも死ぬ気でやってみなさいよ」
「別に才能がないとか、いくらやってもだめとまではいってないけど」
「それにあなたは剣だけじゃなくて、色々勉強してきたんでしょ? いいじゃないの。例え、剣くらいできなくても」
「うん……」

またもとの静寂が戻ってきた。
さっきの男もまだしばらく起きてこないだろう。

「そのダガー。すごく切れ味いいんだね」
「うん。実はこれパパが作ったんだ。
 パパが家を出るときに護身用として置いていってくれた」
「君のお父さんって鍛冶屋さんなの?」
「そうだよ。今は何か研究のために何人かの弟子と離れ島にすんでるけどね」
「ああ、それで『お父さんがいない』っていってたのか」
「そうそう。それでね、お父さんはロランシア一の鍛冶屋なんだよ。今でも、お父さんの作品を求めてプロの戦士が尋ねて来るくらい。だからそういう人たちに頼んで剣の稽古をつけてもらってるんだ」
「ちょっと見せてもらってもいい? そのダガー
「いいよ。はい」

なるほど。かなりの業物だな。
正直言ってダガーのよしあしなんて、切れ味でしかわからないと思っていたが、これは違う。
持った瞬間に手になじむ。
軽く振ってみるとそのことがさらによくわかる。
重心の関係だろうか。
意識しなくても自然と体に負担のかからない振りになる。

「さすがロランシア一の鍛冶屋っていうだけはあるね」
ダガーを彼女の手に返す。

「でしょー」

機嫌の良い返事が返ってくる。
本当にお父さんが好きなんだな。

「で、単刀直入に聞くけど、何で命を狙われてたの?」
「本当に単刀直入だね」
「フードで顔を隠してるのと関係アリ?」

……全部話してしまってもいいんだけど、折角良い雰囲気なのに嫌われたくない。
どうしたらいいだろう。

「言いたくないなら無理にはきかないよ」

悩んだ結果、一つ質問をしてみることにした。

「オークについてどれだけのことを知ってる?」
「え? あ、そうか、あの男、オーク語喋ってたんだっけ。あなたと同じでフードで顔隠してるからよくわからなかったけど……。あいつオークだったのかな?」
「うん。多分そうだよ」
「なんで、オークに命狙われてるのよ」
「質問してるのは僕だよ。オークについてどれだけ知ってるの?」
「強気ね。えーっと、そうね一般的に言われてるのは『夜行性の亜人種。豚の顔を持つ醜い怪物。知能は低く、残忍で好戦的』って、感じかな」

そっか。そうだよね。

「ごめん。そろそろ帰らなきゃ。夜があけてきた」

実際、空が白じんできている。
このまま、何もいわずに別れるのがお互いのためだ。
そう思ってそのまま「さよなら」と一言告げて立ち去ろうとしたら、しっかりと手をつかまれた。
その手を振り払おうと彼女の方を向いたとき、さっきまでやんでいた風がまた吹き始める。
風でフードが外れそうになる。
あわてて抑えようとしたけど手をつかまれていてそれもできない。
そのとき、特に強い風が吹いて、フードが完全に外れた。

そうして、僕の素顔を彼女に見られることになってしまった。
人ではない……オークの顔を。

It was a dark windy night. #2

 彼女はうーん、と少し考えてから「なんとなく、かな」と、ほほえみながら答えた。

「そっか。なんとなくか」
「うん。なんとなく」

なんとなくで気配を読まれたんじゃ、戦士や暗殺者の商売あがったりだよ。
……いや、そうじゃないか。単に僕が未熟なだけだな。
プロの戦士や暗殺者なら、そう易々と気配を読まれたりはしないに違いない。

「おっかしいなぁ。気配を隠すのは、結構得意なつもりだったんだけど」
動揺を悟られないために、軽くおどけた口調で言ってみる。
口にしてみると、本当に自分自身が”大した事じゃないと思っている”ように思えてくる。

小さな頃から戦士としての教育を受けてきて、最近ようやくものになってきたと思い始めた所だったのに。
戦いの稽古よりも異種族語の勉強をしてる方が好きだったし、実際優秀な戦士でもないけど、それでもある程度の自信はあった。
だけど、所詮はそんなもんだったんだ。

「あまり落ち込まないでね。私こういうの得意だから」
僕の心を見透かしたように言う。

「子供の頃から、父さんの仕事の関係でうちには戦士の人がよく出入りしてて、そういう人たちと遊ぶことが多かったから、気配をよむのとかって自然と身に付いちゃった」
「そういう問題なの?」
「だって、聞いてよ! その中にいつも遊んでくれるお兄ちゃんがいたんだけど、一緒に隠れんぼしたら本気で気配消して隠れるのよ? そんなの子供に見つけられるわけないじゃない。だからね、そのお兄ちゃんのおかげで、気配をよむのだけはうまくなった。あの頃は、楽しかったな」

 嬉しそうに子供時代を語る彼女の横顔をぼーっと眺めながら、自分の子供時代を思い出していた。

物心が付いた頃には、剣を握っていた。
英才教育っていうんだろうな。
大剣、槍、短剣、弓と一通りの武器の使い方の訓練を受けた。
共通語だけでなく、ユーク族みたいな他の種族特有の言葉も習ったりもした。
その他に、エランシアの歴史、神学、自然科学、兵法学……色々なことを覚えさせられた。
遊んで楽しかったというようなあまり記憶はない。

「どうしたの?」

顔をあげると彼女がこちらを向いていた。
フードの奥にある顔を見られなかったか少し不安になりながら慌てて海の方を向く。

「いや、ちょっと子供の頃を思い出してて」
「隠れんぼとかした?」
「した覚えないな。剣の稽古とか言葉の勉強とか、そんなのばかりさせられてた」
「楽しかった?」
「どうだろ。楽しいとか、楽しくないとかよりも、ただ目の前に出された課題をこなしていくだけな感じだったから」
「ふーん」

軽く空を見上げながら、適応な相づちを返す。

「興味なさげだね」
「ううん。そんなことないよ。じゃぁ、なんて返事すればよかった? 同情されたかった? 自由に遊べなくて可哀想だね、って言ってもらいたかった?」
「そういうわけじゃないけど……。同情して欲しそうだった?」
「ううん。でも、不満そうだった」
「そんなに不満そうだった?」
「うん。とっても」
「そうかな」
「そうだよ」

僕も彼女と同じく空を見上げてみる。
空は真っ暗で星一つ見えない。

「私もしたかった。剣の稽古とか」
「強くなりたかった?」
「ううん、ただお父さんの役に立ちたかった。そうしたら、きっと、今もお父さんの側にいれたのに」
「お父さん、今側にいないの?」

聞いちゃまずかったかな、とも思ったけど聞いてしまったものは仕方がない。

「うん」

僕の心配をよそに、こともなげにうなずく。
長い髪がふわりとゆれた。

「でも今日一日だけ帰ってくるんだ。最初さ、お父さんがどこかに行ってしまってすごく寂しかった。でも、時間が経つにつれ、一人の寂しさにも少しずつ慣れてきた。一人になってから、しないといけないことが増えたし、したいこともあったし……。お父さんのことを考える時間がどんどん減っていって、最近ではもうどうでも良くなってたんだ。だけど、久しぶりに会うことになった時、すごく嬉しかった。嬉しすぎるくらい嬉しい。こんなにも嬉しいと感じるなんて思わなかった」
「きっと寂しさに慣れたんじゃなくて、自分でも気づかないところで我慢してたんだね」
「多分……そうだと思う。分からないよね、自分の気持ちなのに」
「うん」

さざなみの音と木々のざわめき以外何も聞こえない。
ずっと同じ体勢で座っているのに疲れて足をのばすと、のばした先に落ちていた乾いた小枝がおれてぽきりと音を立てた。
今ここには、自ら音を立てる存在は僕ら以外居ない。
世界中で起きているのは僕たち二人だけのような気がしてくる。

「あなたもさ、本当は子供の頃もっと遊びたかったんじゃないの?」
「そう……かもしれない。でも、どっちにしても、そのことを言う相手がいなかったんだ。例えそんな気持ちがあって、自分でそのことに気づいていても状況はそう変わってないような気がする」
「お父さんとかお母さんとかにいえなかった?」
「いえなかった。いうわけにはいかなかった。母さんのために頑張ってたから。僕には兄さんが二人いて、それぞれ母親が違うんだ。いつも母さんは、頑張れ、兄達に負けるな、ってそればっかりいってた。何が勝ちで何が負けなんだかよくわからないけど。もし僕が負けたら、それは僕の母さんが兄さんたちの母親に負けたことになるんだ。そしたら、きっと母さんは父さんに捨てられる。それが分かってたから、母さんは僕に頑張れっていってたんだ」
「それじゃ、お父さんにもいうわけにはいかないね」
「うん。母さんのこともそうだし、そうでなくても、父さんには嫌われてたからね。可愛がって貰った覚えないし……それどころか、まともに話をしたことすらあんまりない」
「もしかしたら、あなたに頑張れ、っていってたのは、”あなたのお母さんがお父さんに愛される方法”じゃなくて、”あなたがお父さんに愛される方法”だと思ってたのかもしれないね」
「つまり、母さんは”母さんの為に”じゃなくて”僕自身の為に”、頑張れっていってたってこと?」
「そうそう」
「母さんの肩を持つんだね」
「うん、だって私、女だもん」

それが理由として成り立つのかどうかどうかわからないけど、えらく自信たっぷりに言うから、僕は特に何も言えずにいた。

「でも、本当は私が何も言うことはないんだけどね。きっと、親が一番あなたのことを考えてくれてるから、他人が口を出す事じゃないと思うんだ。お父さんに可愛がってもらった覚えがないっていうけど、それだってお父さんなりの考えが何かあったのかもしれないし。夫婦喧嘩は犬も喰わないっていうけどさ、親子喧嘩だってそうだと思う。ただ、親子の場合は明らかな上下関係があるから、違う感じがするけど。あれ? でも、夫婦でも上下関係が明らかな場合もあるかな?」

そういって一人でクスリと笑う。
僕もつられて少し笑ってしまった。
彼女の無邪気な笑顔を見てると、フードをとって僕の姿を正直にさらけ出したい気になる。
このまま自分の顔すら見せないでいるのは、騙しているような気がして心苦しい。
でも、きっとこのフードをとって僕の醜い姿を見せたら逃げていってしまうに違いない。

「でも、世の中って広いから子供に全く愛情をもてない親もいるかもしれない。あなたの両親がどうだかはわからないけど……。あなたの素直さをみてたら、きっと愛されて育てられたんだろうな、と思う」
「なんか悟ってるね。君もしかして子供いるの?」
「それ、当然冗談できいてるのよね?」

半分くらいは。
心の中ではそう思っていたけど、声のあまりの冷たさに冗談でもそう答えることがためらわれた。

「もちろん、100%冗談だよ」
「なら、よし」

満足げにうなずき、少し間をおいてからまた口を開いた。

「あなたのお父さんがあなたを愛していたかどうかはわからないけど、何人もの女性に子供を産ませた、ってのは万死に値するね」

軽い口調で随分なことをいう。

「そうかな?」
「そうです。もしかしてあなたも何人もの女性に手を出そうなんて考えてるんじゃないでしょうね?」

そんなこと考えてないよ、と答えたかったけどその時間は与えられなかった。

「もし、そうなら、悲しむ女性がうまれる前に今この場で抹殺しとく」
「し、しないって」

言葉と同時に首をぶんぶんとふる。

「なら、よし」

何の話してたかわからなくなっちゃったじゃないか。
またしばらく空白の時ができた。
たまに彼女の横顔を盗み見る。
何度目かの時に目があった……様な気がした。
フードの蔭になって僕の顔をはっきり見ることはできないから、正確には目があってはいないはずだ。

「ねぇ、ずっと思ってたんだけど、なんで顔隠してるの? 誰かに追われてるの? 城からこっそり抜け出してきたお忍び中の王子様とか? 監獄からこっそり抜け出してきた指名手配中の犯罪者とか?」

いつか聞かれるんじゃないかと、思ってたけどやっぱり聞かれたか。
王子様か、犯罪者か。冗談で言ったんだろうけど、半分ずつ正解だ。
城からこっそり抜け出してきた指名手配中の犯罪者、もしくは、監獄からこっそり抜け出してきたお忍び中の王子様、っていったほうが近いかも知れない。

「人に見せられる様な顔じゃないからだよ」
「そのフードとってよ」

こっちを向いて、今にもフードに手を伸ばして来そうな勢いだ。
座ったままじゃ、不意をつかれたらよけきれないので、危険を感じて立ち上がる。

「だから、駄目だって。僕の話聞いてないでしょ」
「うん。聞いてない。いいじゃん。少しくらい」
座ったままで、僕を見上げて平然と言い放つ。

「少しとかそういう問題じゃないし」
「”人に見せられる様な顔じゃない”って何よ」
「見たらきっと逃げ出す位に醜いから」
「そんなに醜いの? そんなこといわれたらすごい気になる。見せてよ」
「駄目だ、ってば」

これではずっと平行線だ。
彼女が立ち上がって、何か口を開きかけたときに、後ろに気配を感じた。
彼女も気づいたらしく、意識がそちらに向く。

「誰か来たね」
「みたいだね」
「こんな時間にうろうろしてるって絶対まともな奴じゃないよね」

自分のことを棚に上げてそんなことをいう。
そのあまりの棚への上げっぷりに少し驚いたが、そんな事にいちいちつっこみをいれていられるほど、呑気な状況ではなさそうだ。
その新たな気配は、殺気をみなぎらせている。
その気配の方に向き直り、出方をうかがう。

「ようやくお見つけいたしましたよ。王子様」
ひどい訛りの入った汚い声だ。
言葉こそ丁寧だが、そこには嘲りの様なものしか感じ取れなかった。

「申し訳ございませんが、ここで死んで頂きます」