「無人地帯」NoMan's Zone



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  • 「Uちゃんは、もう双葉に戻る気はないみたいね。Y子ちゃんは郡山に移ったけど」
  • 今月のはじめ、警戒区域内における国の除染モデル事業がまもなく開始されるというニュースをテレビで見ながら、母がそう言っていた。

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  • 母と伯母は福島県双葉町の出身だ。祖父の血筋は、江戸からずっと浜通りに住んでいる。
  • 二人の生家は福島第一原子力発電所から5〜6キロほどのところにあり、警戒区域に指定されている(今後は「長期帰還困難区域」とされるようだ)。
  • 母も、伯母も、それぞれ東京の大学へと進学して以後はずっと首都圏で生活しており、共に教員をしていた祖父母も引退後しばらくして双葉を離れ、伯母夫婦が住む埼玉に家を買って死ぬまでそこで暮らしたから、地震が起きたとき、建て替えられた本家に住んでいたのは大叔父のひ孫にあたるUさん夫婦だった。
  • まだ二十代のUさんは夫の実家が東京にあるため、そのまま都内で暮らすつもりだという。浪江町(ここも大半が警戒区域計画的避難区域に指定されている)に住んでいた、Uさんの母であるY子さんは神奈川にある妹夫婦の家に避難していたが、双葉町の職員として働く夫が加須から郡山支所に移動したさい、一緒に仮設住宅へ入ったとのことだった。
  • 母と伯母は故郷の閉塞と保守性を嫌悪し、自ら浜通りを離れたが、UさんやY子さんをはじめとして、双葉群に残った親戚や二人の同級生は、前代未聞の規模で起きた原発事故によって強制的に土地の生活から引き剥がされた。
  • 先の見通しは酷く不透明だ。今後、事態がどのように推移してゆくのか、正確なところは誰にもわからない。

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  • 震災以後、国内外を問わず多くの人々が福島を、地震津波、そして未曾有の核災害に襲われた土地「福島」ではなく、「忌まわしいもの=放射能によって穢され(汚染され)た不浄の場所…「フクシマ」として日本から切り離そうとしているが、監督の藤原氏は春先から現在まで、Twitterやブログでそのようなレイシズムを徹底的に批判し続けている。
  • 愚かな差別主義者たちの玩具として仮構された「フクシマ」を否定し、他の被災地と同様、いまもなお傷み続ける国土としての「福島」と、運命に翻弄される住民の姿を静かに捉えた無人地帯】は、いまだ一向に収まる気配のない混乱への監督の批評、というよりは強い異議でもあるのだろう。
  • 無人地帯】の風景は、地震から一ヶ月後の4月初旬、津波で完全に破壊されたまま放置された請戸の海岸からはじまる。
  • ときおり小さな波が砕ける濁色の海、曇った空の下には、漁港と街の残骸と、瓦礫。瓦礫の中を、ようやく遺体の捜索が許された福島県警が、くすんだ景色の中に不穏な鮮やかさを放つ、あの白い防護服姿で歩いている(まるで幻影が彷徨っているかのように)。ぼんやりとした遠景には、いまや巨大な災厄の城と化した発電所の排気筒。
  • 映像に、津波の被害を話す住民たちの会話が重なり、アルシネ・カンジャンのナレーションが厳かな英語詩の朗読のように響く。
  • (アルシネにあわせて、日本語の字幕が挿入される。その2つの組み合わせは、声高さや性急さから離れ、映画が問うているものの抽象度を大きく高めているように感じられた)
  • そして、カメラは無人地帯」の内部から内部へ、そして飯舘村へと移動を開始する。

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  • 「それだけが、ってわけじゃないけど、退職してから実際に何基も原発が建っていくって状況が嫌だったのもあるみたいよ、お父さんたちが双葉を出た理由には」
  • 「反対するなんて言ってもねえ、大熊と一緒に町をあげて誘致に取り組んでたんだし、いち校長が何か言ってどうにかなるわけもないし、諦めてたみたい 」
  • 事故が起きたあと、伯母と母に、発電所の建設が決まった時期の祖父母の反応について尋ねてみたことがある。伯母の方がよく覚えていた。
  • 伯母が東京の音大生、母はいわき市に下宿する高校生だった昭和三十年代後半、祖父はヒラ教員から管理職に昇進し、それまで主に務めていた双葉近辺から派遣されるかたちで、今や無人地帯」の一部となってしまった飯舘村で小中学校の校長を務めていた。
  • 1960年に日本原子力産業会議へと加盟した福島県浜通りの海岸地帯を最適地に選定し、東京電力が用地買収を始めようとしていた時期だ。世間はまさに高度経済成長のど真ん中。東京オリンピック開催を間近に控えて、浮かれに浮かれていた。
  • 生前に祖父母から(戦時中も含めて)教育者だったころの体験を聞いたことはほとんど無いのだが、自民党よりは社会党共産党を支持するような人たちだったので、二人が誘致に賛成していなかったと聞いても、違和は感じなかった。
  • ただ、当時の双葉郡の寂れ方と言ったらそれはもう大変なもので(震災の前も夕張化する寸前の状態だったが)、まったく何の産業も無い状態のところに議会が「最先端の原電を!」と意気込んでいるのだから、伯母が言うように反対の主張など受け入れられるはずもなく、そもそもリアリティを欠いていただろう。
  • 作品の後半、時折ウッドベースとソプラノの歌唱が装飾する画面に映し出された飯舘村の風景や、避難の準備を終えたので墓参りをしているという男性が話すのを見ていて、いま、祖父母が既に彼岸の人であるのは幸運なことだ、そう思った。人生を終える直前に、自分が嫌悪し遠ざけたものが、実際に故郷へあのような悲劇をもたらすさまを目撃するなど、まったく耐え難いだろうから。

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  • フィルメックスでの上映を観て、このエントリを書くためにYoutubeでまた予告編を観直している。手元には、請戸の海岸で、幼児のぼくが従姉弟たちと遊んでいる写真がある。
  • それが撮影された夏、もう祖父母は埼玉に引っ越していたのだが、なにか親戚を訪ねる用事でもあったのか、伯母一家やぼくらと双葉に滞在していたようだ。既に発電所では六号基までがフル稼働している時期だが、写真に排気筒は写っていない。
  • 伯母は、それ以前も盆休みに双葉へ帰省すると、従姉弟たちを連れてたびたび海岸まで足を運んでいたという。ぼくには、そのような経験も記憶も無い。写真に残された光景を思い出すことさえ、実のところ、できないのだ。幼児期を除けば、大学に入り、祖父母の法事が営まれるまでは浪江や双葉はおろか、福島に足を運んだことさえない。
  • だから、UさんやY子さんはもちろん、母や伯母、あるいは従姉弟たちと同じような感情の距離でこの映像を、そして無人地帯】を観ることはできない。
  • 父祖の土地や家や墓に(とはいえ、正直、それらを重視するような生の価値観を持っているわけでもないのだけれど)核分裂生成物が大量に降り注ぎ、親族が強制避難させられているのだから、震災と事故に対して「国民全体の問題」などという抽象的な枠を大きく超えた当事者性が発生しているのだが、悲嘆や憎悪、怒りよりも、茫然とさせられる何か、静かで深々とした慄然とでも表すべきものに侵食されて、失語に近い感覚に陥っている(そのくせ、いま、このように不明瞭で歯切れの悪い言葉を延々と連ねているのだが)
  • 「トウデンガー」「ゲンシリョクムラガー」「セイフガー」という悲鳴にも近い叫びと呪詛が、あの日以来、日本中から絶え間なく聞こえてくる。事態を構成するそうした具体的な諸要素に関して、無論、様々に考えていることはある。
  • ただ、それとはパラレルな別の回路として、地震津波によって引き起こされた原子力発電所の破壊という連鎖に、巨大な、運命論的な畏怖を感じてしまいもするのだ。
  • 前回のエントリ「Unter Kontrolle / アンダー・コントロールを観て思ったことを書いたとき、パンフレットに寄せられた開沼博のテキストを引用したが、もう一度引いておく。無人地帯】を観たあとでも、改めて、印象深い。


「私たちは原発を嫌悪しながらも、原発を求めてきた。だからこれだけの事態に至った」*1

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  • 結局、作品の内容そのものについてあまり触れないまま、そろそろこのテキストは終わるのだが、多弁を費やす必要はないのかもしれない。原発に対してどういうスタンスを持っていようが、福島と縁故があろうが、なかろうが、「これは観なければならない映画だ」と言うだけで良いのではないか。そんな気もしている。
  • 「これは無論、重大な題材を扱った作品だし、こんなこと言うと不謹慎だと受け取られるかもしれない、皆さんとてもそんな気にならないかもしれない、しかし「無人地帯」はまずもって映画なのです。楽しんで欲しい」
  • 藤原氏は、そのような趣旨のことを、舞台挨拶で述べていた。
  • 「楽しむ」という言葉は、一部から強く反感を買うかもしれない。
  • しかし映画は責め苦に耐えるものではないし、ガーガー鳴る線量計の数字をかざしながら、口ぶりとは裏腹に妙に得意げな顔で恐怖と告発の絶叫を繰り返す「現地からの報告」、そんな無神経さを、「悪の断罪」を免罪符に「消費」しているような人々こそ「愉しんでいる」のだ、「フクシマ」を。
  • 無人地帯】は、2012年ベルリン国際映画祭でインターナショナル・プレミアで上映されるという。国内配給は未だ確定していないとのことだが(もう決まったかもしれないが)、いずれ公開が決まったときには、できるだけ多くの人に観て欲しいと思う。

*1:「歴史」と「現場」の視点から生まれる「原発解体のリアリティ」http://www.imageforum.co.jp/control/news20111104.html 

Unter Kontrolle / アンダー・コントロール


■ 映画『アンダー・コントロール』公式サイト




  • 「見よ、原子炉の壮大な美しさ!」「これは反原発サン、怒るわけだ」
  • 渋谷から宮益坂を上って、少し歩いたところにある狭い映画館の一階、壁に貼りつけられた週刊誌のレビューが、冒頭でそんなふうに茶化していた。
  • 今月11日を迎えると、3月の東日本大震災から早くも9ヶ月が経過する。震災に付随して起きたあの福島の出来事はいま現在も「収束」とはほど遠いが、春先のカオティックな様相から比べれば、プラント全体の状態はどうにか沈静化、安定化してきている。
  • それに伴って、原子力発電と、そこに付随する思想的/経済的/政治的な諸問題の是非を巡る人々の対立は事故以前より遥かに先鋭化し、セクト化の様相を強めている。
  • 上記の短い評を書いたライターは、発表媒体にあわせたポジション・トークとして、いわゆる反原発派の一部がこの映画に強い不満を示したと揶揄的に紹介しているわけだが、実際に作品を観ると、文体はともかく、指摘そのものは正鵠を射ているという印象を受けた。
  • ドイツの原子力発電所ドキュメント「Unter Kontrolle / アンダー・コントロールは日本での震災が起きる前に完成した映画だ。公開されている日本版予告編は説明過剰なうえ、編集の恣意性によって実際の作品が持つトーンとはかなり異なっているので、冒頭にリンクしたドイツ語版を観る方が、正確に全体の雰囲気を理解することができる。
  • 全編を通して、作品は奇妙な静けさに満ちている。デジタルではなく、35mmフィルムのシネマスコープサイズ、入念に構図が調整されたシンメトリィな長回しで撮影される原子力発電というシステム」の姿は、淡々と複雑なプラントの説明をする技術者たちのドイツ語の響きも手伝って、しばしば強烈な眠気が観者を襲う。きわめて処理の厄介な核廃棄物保管の実態や、被曝を伴う廃炉原発の解体風景を描写していても、映像はあくまで俯瞰的で、距離を保っている。
  • 「告発的ではなく瞑想的」映画について、ドイツのFAZ紙記者はそう表現していた。
  • 「アンダーコントロール」に登場するのは、「邪悪な核施設」でも「狂気の核マフィア」でもない。監督のザッテルは、「あまりにもイデオロギーに満ちたテーマ」(FAZ紙記者)である原子力発電を、かつては人々を強く魅了した先端技術、だがいまや(少なくともドイツにおいては)「斜陽産業」と化した存在として映し出し、業界に関わる人々や規制機関、発電所「ありのまま」を描くことで、非常に特異な「記録映画」を撮り上げることに成功している。
  • (同じく「原子力発電」をテーマにした映画では、デンマークのコンセプチュアル・アーティスト、マイケル・マドセンが監督した「100,000年後の安全/Into Eternity 」が日本でも公開されているが、音楽、構成、映像、エフェクトなど、全体の仕上げはそちらの方が遥かにテクニカルで、スタイリッシュだ。比べると、アンダー・コントロールはより通常のドキュメントに近いといえる。ちなみに、当blogの過去エントリでも「100,000年後の安全」について取り上げている)
  • 以上の映画的美点の全てに対して「反原発サン」は「怒る」のだ。
  • 作品の「瞑想的」視点そのものが、かれ/彼女たちには許しがたい。原子力発電などという「断罪されるべき」存在を扱っているにも関わらず、声高らかな怒りや糾弾がなく、人類を破滅させる「核」や「放射能」への激しい嫌悪や恐れも感じられないからだ。
  • それらに対しては、「公平」であったり「客観的」であることは許されない。力の限り叫ばなければいけないのだ。間違っても監督がそんなものに感心したり、美的興味を示したりしてはならない。「今年のベルリン映画祭でもっとも魅惑的な未知との遭遇(ターゲスシュピーゲル)とか「狼狽するほど甘美な映像体験」(ポータガム・キノ)を与えるような映像に仕上げるなど、問題外だ。
  • ダメ、ゼッタイ、ニュークリアー!以外は認められないのだ。
  • 「3.11以降、安全を語ることは野蛮である」知人に、そう表明する美術作家がいる。かれの感覚からすれば、核エネルギーを「Unter Kontrolle=制御下=安全」なものとして管理できると確信する人々を批判も弾劾しないこの映画は、ひどく「野蛮」だろう。

神殿としての原子力発電所

  • それにしても、だ。
  • 不謹慎さに躊躇しないならば、あれほどの「事故」が起きたあとだからこそ、核エネルギーを直接的な大破壊に用いるのではなく、「Unter Kontrolle=制御下におく」ことで人類に奉仕させようと試みた原子力発電所という無謀な存在は、暴走した人間の欲望という点において非常に興味深く、危険な好奇心を呼び起こさせる。
  • 「私たちは原発を嫌悪しながらも、原発を求めてきた。だからこれだけの事態に至った」
  • 日本語版のパンフレットで「フクシマ論」の開沼博はそう書いていたが、核という超越的な力を「制御」したいという欲動は、破壊のためにその力を解放しようとする行いより遥かに大それており、宗教的な意志さえ感じさせる。
  • 映画の宣伝文などで、原発「いまや信者を失った教会」であるとか「現代の大聖堂」などと形容されるのは、発電所の建造物が「壮大な美しさ」を持つ大伽藍だからというわけではない。単にオブジェクトとして観察しても(日本の発電所には採用されていないが)あの象徴的な通風冷却塔をはじめとして、確かに巨大プラントが持つ畏怖の気配や機能美をすべて保持してはいるのだが、そうした外観の要素はなんら本質的なものと関係しない。
  • 原発が信仰にまつわる存在である理由は その隠された深奥に核燃料というヒトの領域を超えた力を持つ物質、プロメテウスの火を収めた神殿であるからに他ならない。
  • 神殿の奥で起動という儀式が行われ、幾重もの遮蔽材で覆われた原子炉内で核の「火」が焚かれると、炉の水底には神秘的なチェレンコフの光*1が輝き、連鎖してゆく原子核の分裂が途方も無いエネルギーを生み出す。
  • 「火」は内に秘められていた数多の核放射線を解き放ち、もし直に相対してしまえば「ただちに」人間の肉体を滅ぼしてしまう。誰にもその「火」を消すことはできない。次に呼び覚ます時が来るまで、封印、すなわち「Unter Kontrolle(=制御)」しておくことしかできないのだ。
  • 来日時の講演で、ザッテルは「私の意図としては、いかにこのテクノロジーが「見えない」ものかを描いたつもりです」と述べていたが、まさに原発は、見えてはいけないもの、隠されるべき神聖な宝物に関わる技術なのだ。かれの沈黙に貫かれた映像は、そんな秘められた内実を精密に映し出してもいる。

*1:核崩壊によって発生するβ線が水中で光速を超えたときに放射される。核反応の停止した使用済み燃料プールが青い光で満たされているのもこの現象に由来する

【GOMORRA】退廃と悪徳のミクロコスモス


  • ここ最近、ギリシャが発火点となったユーロ危機が波及しつつあるイタリア。異常な暴言癖にも関わらず、返り咲きも含めて長く政権を維持した奇人宰相ベルルスコーニは退場したものの、生半可なことでは状況の打開など期待できない。危機の要素は、深く国家体制の根幹に食い込んでいる。もはやイタリアを華やかな観光都市群、陽気な太陽と芸術の地という、旅行会社の適当なパンフレットが煽る「だけ」の国だと思っている人は存在しないだろう。
  • GDPでは世界の7位だが、政府債務残高はGDP比120%を超えている。先進国の中でも日本と並んで少子高齢化が激しく進み、若年層の失業率はきわめて高い。ファッションと観光、それとサッカー(!)以外にこれと言って国際的な競争力を持つ産業は存在せず、強力な解雇規制や市民の日常的脱税が停滞の大きな要因となっている。
  • 伝統的な南北格差もますます深刻度を増大させ、最近は不法アフリカ系移民労働者の暴動が起きるなど、南部イタリア諸州は経済的に発展した北部とはまったく違う状況に置かれている(かつてベルルスコーニはそのさまを見て、「最近、どうも街が汚い。ここはアフリカじゃない」「イタリアは多文化国家じゃない」と吐き捨てた)。
  • 加えて、南部では国際的な規模に拡大した犯罪組織の「事業」が社会に大きな影響をもたらしており、無視できない深刻な問題の一つとなっている。



  • 「GOMORRA」は、そうした南部の代表的組織であるカモッラ/Camorraにフォーカスした作品で、2008年のカンヌ国際映画祭グランプリをはじめとして、数々の賞を得ている。原作はロベルト・サヴィアーノのベストセラー・ノンフィクション「死都ゴモラ―世界の裏側を支配する暗黒帝国」(落合信彦も真っ青の邦題!)
  • カモッラ/Camorraはイタリア南部に位置するカンパーニア州、それもナポリ県とカセルタ県を中心に広く暗躍しているイタリア四大組織のひとつに数えられ、ゴッドファーザーで有名になったマフィアと、呼び名は違うが、同質のものだ(イタリアでは、マフィアとはシチリアで活動している犯罪組織を指す)。
  • カモッラがゴッドファーザー世界の古風なギャング組織と異なっている部分は、麻薬取引や管理売春、賭博、武器密輸、闇金融などの伝統的な「シノギ」を超え、移民の人身売買、あらゆる産業廃棄物の不法処理、不動産、流通、食品、IT、偽ブランド、オートクチュール縫製工場への投資など、多様な「事業」へ進出し、それが国際的なスケールに拡大されていることだ。この辺りの事情は日本でも共通していて、幾つものフロント企業を抱える暴力団をイメージすれば分かりやすいだろう(ただし、カモッラはそれとは比較にならないほどの規模を持ち、実際に「暴力」を行使する組織なのだが)。
  • 監督のガッローネがカモッラとそれを取り巻く人々の荒廃した生態に向ける視線は徹底した俯瞰で貫かれ、恐ろしく即物的で淡々としている。サヴィアーノの原作はジャーナリスティックな怒りと正義感に基づく硬質なルポだったが、この映画を支配するトーンはそれと大きく異なっている。
  • あくまで突き放した客観性を失わない、ほとんどカットを割らないその画面には、偉大なる「ゴッドファーザー」の物語に満ちていた大時代的で甘美なロマンティシズムはまったく見当たらず、ブラジルの貧民窟「ファベーラ」に蠢く若いギャングたちの抗争を描いた「シティ・オブ・ゴッド」のような躍動するリズム、生の熱気とも無縁だ。
  • あるのは、きわめて醒めた「目」が捉えた/観察した/記録した、退廃と悪徳のミクロコスモスの姿であり、洗練された手さばきで切り取られ/並べられたその断面図だけだ。
  • 映画は、カモッラをめぐる5つの「出来事」が次々と入れ替わり、また戻り、交錯しながら進んでゆくが、すべての登場人物たちは与えられた役割の大小を問わず、ほとんど内面を持たない。(たとえ呼び名があっても)名前も持たない。
  • 冒頭、レトロで感傷的なメロディのポップスが鳴り響く日焼けサロンの青い光の中、裏切りによって次々と撃ち殺されるカモリスト(カモッラ組員)たち、待遇に不満を覚え、中国人との裏取引に手を染める縫製職人、報復に怯える小心な組織の帳簿役、デ・パルマの「スカーフェイス」を気取って無定見な「やんちゃ」を繰り返したあげく、あっさりと「処理」される若い二人のチンピラ、しゃれたスーツ姿で産廃処理を(「クリーンに!」)請負い、容赦無く不法投棄する企業家と若い従業員……、
  • 誰もが、「GOMORRA」という世界を構成するいち要素であり、部品パーツに過ぎない。平等で、等価で、ただちに交換が可能な存在。
  • 誰の頭が吹き飛ばされようが、誰の放置された死体がドーザーショベルで廃棄物のように処理されようが、誰がゲームから降りようが、本質的な違いはない。また同じような誰かが登場し、誰かを銃撃して世界から退場させ、あるいは自分が退場する/させられる。
  • 世界は泣きも喚きもせず、なにも変わらず明日へと続き、また同じことの繰り返しが繰り返される。
  • ガッローネの完璧な仕事は、その虚無的な構図の全体を類希な美として構築することに成功した。終わりのない世界の背後では、終わりのある映画のエンドロールでふいに鳴り始めるMassive Attackの不穏なサンプリングが、途切れない波音のようにずっと繰り返され続けているのだ。



追記:「エコマフィア」と核事故の日本

  • 映画を構成する5つの物語の中でも、とりわけ今日性を強く持っているのは産業廃棄物処理を不法に請け負う男たちのエピソードだろう。何人かの批評家が指摘している通り、現在の状況下から未来の日本を占う上で非常に示唆的だ。
  • 産廃は麻薬売買、武器密輸と並んでカモッラの大きな収入源であり、国内のみならず、欧州のあちこちから、有毒な産業廃棄物がコンテナやトラックに満載され、南部イタリア諸州に運び込まれ続けている。「処理」はごく単純だ。使われなくなった石切り場に、谷底に、平野に、ドラム缶や圧縮された廃棄物集合体を投棄し、あるいは埋め立てる。
  • ひとつの場所がいっぱいになれば、あるいは「限度を超え」れば、次の場所に埋める。それを繰り返し続ける。かれらの行為は、今やナポリまでをも侵食する事態になっている
  • 地獄のような光景…ゴミに埋もれてしまった世界遺産ナポリ
  • 公的な管理を逃れたその総量はおおよそ14,000,000トン、3ヘクタールの土地に積み上げたと仮定すれば14,600メートルの高さにも達するという。信じがたいことだが、エベレストの約2倍の高さまで「山」は伸びるのだ。
  • 六価クロムカドミウムダイオキシン、水銀、コバルト、モリブデン、鉛、砒素、二酸化硫黄、アスベスト…さまざまな工業加工の残存物、廃液、廃スラグを含むそれらによって土地や農作物は強く汚染され、周辺住民には無視できない健康被害が発生している。
  • しかし、カモッラのボスは自分の領地が腐ってゆくことに狼狽えない、腐らせることに躊躇しない。誰かがボスでいられる時間は長くない。土地より、錬金術が大事なのだ。ゴミを黄金に変える魔法が。
  • 劇中、フランコと呼ばれる産廃業者は涼しげにこう言う。「問題ない。クロムもアスベストも、俺が作ったわけじゃない。そして、こういう糞を引き受けているから、イタリアはヨーロッパの一員でいられるんだ」
  • 加えて、通常の産廃以外に、カモッラはもっと「厄介な」廃棄物の処理も請け負っているのだという。
  • それは何か?答えは一つしかない。核のことだ。カモッラは、さまざまなレベルの放射性廃棄物や核廃棄物の取引にも関わっているとされる。
  • ただし、こちらはイタリア国内ばかりの話ではすまない。ゴミ捨て場は中国、さらにアフリカにも広がっている。


Fishermen turned bandits – Rise of Somali Pirates

  • ソマリア沖といえば、数年前から日本の自衛隊も艦船を派遣・展開して「海賊狩り」に加わっているわけだが、そのソマリア沖の海域には、内戦が勃発した90年代前半から「イタリアやスイスなどの欧州企業」が武装勢力と「合法的に」契約を結び、大量の核廃棄物、医療用放射性廃棄物、各種の産業廃棄物を詰めたドラム缶を投棄し続けていた。
  • 無慈悲な神の気紛れか、隠匿されたはずの「悪徳」は、2004年のスマトラ沖の大津波ソマリア沿岸部に広く打ち上げられ、住民たちに汚染と被ばくの災厄をもたらすことで白日のもとに曝されたが、ソマリアと同じインド洋側に位置する東アフリカ諸国、例えばモザンビークの沖合いでは、現在でも投棄が続いているという。
  • 核廃棄物は、濃度によってその厳重さに程度はあるが、基本的に「埋める」か、「沈める」しか、今のところ最終処理の術はない。
  • そして、処理に際して可能な限り「安全」を保つ為には、それなりのコストと技術が必要になるが、そもそも埋めることも沈めることも、ほとんどの国では国民的なコンセンサスが得られていない。公には。
  • カモッラには、コンセンサスなど関係ない。安全を保つことにも留意しない。
  • だから、問題ない。埋められるところに埋め、沈められるところに沈める。
  • さて、ではなぜかれらの活動が近い未来の日本にとって示唆的なのか?賢明な人、賢明でない人、どちらであっても、答えはすぐに出る。
  • 現在、3月に起きた東日本大震災福島第一原子力発電所の大事故によって、日本の国土には大量の核廃棄物が発生しており、これからも発生し続ける。津波で破壊された家屋と土地の瓦礫の一部さえ、もはやただの瓦礫ではなくなってしまった。
  • 正規の法的手続きを踏む場合、綿密に線量を計測し、適切な炉で焼却してから、埋め立てるべきところに適量を埋め立てることになるが、そうした一連の合意が国内で成立する目処はまったく立っていない。放射性物質による汚染を過剰に怖れるあまり、ほとんどの自治体が仮置きから先の処置を決めることができない。
  • しかし、流せないトイレはいつか詰まるのだ。
  • これまで、イタリアほどではないが、日本でもゴミの不法投棄問題は存在していた。誰がそれを行なっていたかについては深く触れないが、合意が得られないまま、いつまでもトイレが流せないのなら、誰かが「埋められるところに埋め、沈められるところに沈める」人間を使って、厄介を片付けようとするかもしれない。
  • いつか(あるいは、もう)、世界の(あるいは、日本の)どこかの海岸で、それが打ち上げられたりしないと、掘り返した土から「何か」が出てこないと、誰にいえるだろう。


ガンマ線のように「美術」はあなたを変える




  • 6日の日曜日、後輩や知人の作品を観るため、大学院を出て以来はじめて多摩美術大学の学園祭に出かけた。
  • 同行した美大と縁のない友人が、一通り「美大という場所を回りたい」と言ったので、東と北の絵画棟、デザイン棟、彫刻棟、新しい芸学&情報デザイン棟、それにクラブハウスや模擬店など構内をぶらぶらと歩きまわった。自分の制作と展示の受付で疲れ果て、あとは模擬店で適当に酒を飲んで終わっていた学生時代より、ずっと丹念に展示作品を観た気がする。
  • 美大生という特殊な属性をまとったイキモノを一度にこれほど大量に目にする機会は他にそうはないのだけれど、印象的なのは、一般大学(これも曖昧模糊とした呼称だが)の学生集団と比べて、彼彼女たちの群体から「若さ」ではなく、浮世離れした「幼さ」を強く感じるということだ。それはいわゆる「純粋芸術」の分野に近づけば近づくほど顕著になる。肯定的に言えば「ナイーブさ」であり、率直に表現すればきわめて幼稚だということ。
  • テレビ、小説、漫画などのメディアで、ゲージツカな学生はひどく「奇態な」ふるまいを行うエキセントリックなイメージがいまだに支配的だが、実際の学生にそんな人間はほとんどいない。花本はぐみや森田忍みたいな「天才」も存在しない(いや、ときには「期待」に応えるような人物も確かに存在するけれど…)
  • むしろ、高い学費を反映してか、経済的に安定した家庭を持つ、「育ちのよい」人間も多いし、全体的に内向的で、大人しい。個々人が自分の表現/制作/発表にのみ過剰に囚われることで外部世界と遊離し、次第に無関心となる部分が大きく、結果として、美術の外にいる他者との共感能力や社会性を殺ぐことになっている。それが「幼さ」を感じさせる要因かもしれない。
  • 似た部分を、昔、友人が通っていた某音楽大学の学園祭に出かけたときにも感じた。中高校生のように模擬店でキャッキャと焼きそばを作っている姿は、もっと分かりやすく、健全で明るいものだったが。
  • だから、必然的に「政治化」された学生がほとんど存在しない。さすがに学生運動の全盛期には一部の学生(のちの学長、高橋史朗氏を含む)と教授たちがバリケード封鎖などのアクションを起こしていたのだが、遥か昔の話で、周縁的なものだ。
  • 乱立する大量の作品を興味深そうに眺める友人が卒業した大学は、21世紀になっても革マル派(!)が同好会の予算差配の権利を全て抑え、検閲まで存在するというトンでもない状態だったらしいが、そこまで過剰な場所と比べなくとも、学生総会がほとんど機能していないとか(…参加者数を言えないほどの惨状、、、というか、誰も開催自体を知らないし、興味もない…)、学生自治会のような組織が存在しないに等しいとか、無料の学バスが廃止されると決まったときより、「学祭で酒を禁止する」という規定ができそうになったときだけ大騒ぎになったとか、現在から過去の様々な状況を見れば、政治への意欲の低さは十分に把握できる。基本的に、自分がつくるものと周辺の事象にしか関心が無いのだ。
  • 以上の見方が雑な主観であることは十分に理解しているし、繰り返しになるがときに例外的な人もいるわけだが、それにしても、自分が属していたときからその印象が大きく変わることはない。
  • しばらくぶりに目にする大学周辺の荒涼/殺伐とした風景と、この季節に構内の空気に満ちている独特の陰気さ、コンクリ打ちのアトリエに重く澱んだ空気はとても懐かしかった。
  • 多摩美は八王子の奥地、橋本との境界線という「郊外的」立地条件や、山登りに近い勾配の上に建ち、工場のような設備も持つ特殊な構内構造、加えて(世間的には)わけの分からないものを四六時中作り、(世間的には)わけの分からない符丁で会話をする人間が溢れていることから、「鑓水サティアンなどと自嘲する関係者もいる(そろそろ新入生には「サティアン」なんて言っても通用しなくなっているんだろうか?)
  • 十数年かけた敷地と校舎の大拡張工事が終わりつつある現在でこそ、各種設備も充実し、小奇麗になってはいるが、70年代前半に世田谷から校舎を移した当初は、中心となる数棟以外は各所が工事中であり、プレハブのようなアトリエばかりだったという。当時の新入生だった方々と話すと、「はじめて見たとき、森の中の精神病院かと思って、ショックだった」などと語る人もいて、確かに、記録写真を見ると誰もそれを大げさだとは思わないだろう。
  • 展示の雰囲気は、全体的に良くも悪くも以前のままだった。ぼくが在籍していたころと何も変わらなかった。各自が好きなものを好きなようにつくっていて、グループでそれを大雑把に並べているだけだった。震災が学生たちの作品に影響を及ぼしている様子も、ほとんど確認できなかった。
  • 防護服姿でサーベイメータを持ってうろつきまわったり、チラシを配ってデモをしている人々もいなかった。牧歌的な学祭風景を歩きながら、ぼくは、自分がいま学生だったら、あのときの思考様式からするに、まず間違いなく放射能原発を取り扱った作品を展示していただろう、などと痛々しく想像した。
  • 政治、文芸、科学、社会学、ジャーナリズムの言葉は3月以降まさに空気が一変した感があるのだけれど、アートの世界は少し違う(いや、ひょっとしたら単にぼくが知らないだけかもしれないが)。
  • チャリティという次元でならば、一般社会程度にはさまざまなワークショップなど復興支援の試みが実行に移されているけれど、「いまアートにできること」「ポスト3.11」など、あちこちで連発される「芸術上の」スローガンは、実態をまるで伴わない、きわめて空虚なかけ声に過ぎない。
  • ひととおり後輩たちの作品も見終えて友人と橋本駅へ向かうバスに乗ると、からだのあちこちや首筋がこわばり、頭も重いことに気づく。
  • 出来不出来にかかわらず、大量の作品に接したあとはいつも極度の疲労に襲われる。最近はほとんど美術の展示に出かけないので、「美術の鑑賞というものはとても疲れる行為だったっけなあ」そんな風にぼんやりと考えていた。
  • 千人単位の「私/ぼく」「自我」「絶叫」(だから、私を、見て!)のエネルギーを全身に浴びているのだから、当然のことなのかもしれない。
  • それはもしかすると、古民家やスーパーの地下にひっそりと「封印」された高密度の核物質が放ち続けていた強力なガンマ線が、秘かに居住者や店員や客たちの細胞を貫き、DNAを切断していたように、作品を観る者の身体に干渉し、影響しているのかもしれない(「美術」の曝露!)。
  • そうであるなら、たしかに、美術は「あなたを変える」のだ。

Beautiful Piano Improvisation by Tony Perez






  • 数日前、Youtubeをフラフラ彷徨っていたら、素晴らしい「セッション」を見つけた。
  • キューバハバナ市街、老朽化した民家の一室でラフに撮影された、しかしまるで映画のように美しい1幕。
  • ピアノを弾いているのは、彼の国に多数存在する優秀な奏者の中でも最上の部類に入るテクニシャン、トニー・ペレス(残念ながら、いまはもう島にいないみたいだが)、激しくドライブするその演奏の横で軽々と、実に楽しげに、喋るように歌っているのは、同じくキューバを代表するトランペッター、フリート・パドロン
  • この記録映像がどういう理由で撮影されたのかはもう一つよく分からないが、撮影者たちも掛け合いに参加するモントゥーノ部分や、爆撃のように次々と和音を飛ばすトゥンバオを挟み込んだトニー・ペレスの演奏は素晴らしいとしか形容できない(単なるビデオ録音であることと、ピアノ本体の問題で高音がひどく金属的になっているのが残念)。とてもピアノ一台とは思えないほど強力に躍動するリズムとメロディに、背筋と脳を痺れさせる音の波の快感に、恍惚となる。うっとりと、陶酔する。
  • ペレス、フリート、それに撮影者や外野のごく自然な演奏への反応、振る舞い、それ自体が見る側の気分を浮き立たせる。ぼくは巷間でよく語られるイメージほどキューバ人が日本人より音楽を愛しているとは全く思っていないのだが、けれど確かにかれらの一部の層はシンプルに「音」そのものを楽しむことの本質が何であるかを、「からだ」で分かっている。
  • この動画は、そのことを、「音楽を楽しむ」ことの高度なありさまの一つのかたちを教えてくれる。

追記:

トニー・ペレスキューバ人には珍しく(?)スタジオアルバムも非常に優れているが、やはりライブ盤の方がより濃密な演奏をしている。過剰なほど饒舌な音の渦の中でも常に旋律の美しさが失われないのが印象的。


  

「嘆き」より「希望」を語ることについて

  • 少し古いニュース(?)だが、小説家の金原ひとみが、被曝を懸念して子供と岡山に疎開しているという話を知った。東京には戻りたくないそうだ。


 【制御されている私たち 原発推進の内なる空気 金原ひとみ(東京新聞)

  • この短いテキストは非常に切迫した調子であり、やや無防備とも思えるほど、むき出しの動揺と恐怖に支配されている。
  • 三月に起きた、巨大地震と大津波をきっかけとする福島の原子力発電所におけるシビア・アクシデント以降、ネットではこうした内容の(そして、もっともっと混乱し、憎悪にまみれた)ブログエントリやツイートを頻繁に見かけるようになった。
  • 彼女の行動は多くの人よりはるかに過剰だが、いま幼い子供を持つ親たちが抱く懸念は、大なり小なり金原と似通ったものだろうと思う。言ってみれば、ごく当たり前の感情だ。ごく当たり前なのだけれども、いち私人を超え、文学者という立場で公器に書く内容とすれば、また違った意味性を持ってしまう。この女性の社会や国家に対する視点、想像力、倫理の有様が示されてしまう。それは「平時」であれば顕在化もせず、問われることもなかった類のものだが、「非常時」は、色々なことを露わにしてしまう。
  • 「平気じゃないかもしれない」から「東京には戻りたくない」し、岡山に避難した上でなお「九州のものか輸入もの」しか子供には食べさせないと、多少なりと名が知られた小説家が新聞で告白してしまったのだ。現在の東京にさえ生命の懸念から留まることができない彼女にとって(これは意地悪な指摘だとは思うが)、数千万の東日本の国民はすべて「危険とされる場所に住む人々」であり、「疎開は国が全面的に援助し、生活を保障」される必要があるのだ。そして、それは「誰にでも分かるはずのことができない」状態なのだ。
  • いまだに避難しない/する気がさらさらない、ぼくも含めた多くの日本人は「既に放射能の危険性を考えなくなった人」であり、「失業を理由に逃げられない人、人事が恐こわくて何もできない人」、何かに「制御」された、「主人すらいない奴隷」なのだ。
  • 「空気を読み、その空気を共にする仲間たちと作り上げた現実に囚とらわれた人々」と書く金原にとっては、もしかするとこのテキスト自体が、そうした現象への疑義、批判なのだろうか。意図的な空気破壊であり、誠実さの表明なのだろうか。
  • 福島に残ってる人は、家族の命より日銭が大事な人」とのたまうニワンゴの取締役と同じように、警鐘のつもりなのかもしれない。
  • あの強烈に悪夢的な出来事を経て、現在、原発原子力行政について積極的に発言している文学者や批評家、学者と呼ばれる人たちの一部は、政府や財界や電力会社を、自分たちとは無関係な、(戯画的なまでに)邪悪な「敵」として(しばしば飛躍した陰謀論も交えて)攻撃している。そして、金原のテキスト結論部のように、日本の社会とその(無慈悲な、人々を制御する)システムに憤り、極度の不信と悲嘆に沈んでいる。
  • すべてが、というわけではないけれど、彼彼女達の言葉の大半はとても虚無的で、上ずっている。眼に触れるたびに、それらにこそ、暗澹たる気持ちにさせられる。震災以前に、彼彼女たちがその存在を稀有なものだと認知される根拠だった理性や知性は、どこに消え去ってしまったのか。苛立ちと恐怖から、ヒステリーを起こした子供のように取り乱して「巨悪」を罵り、また、安易に、まるで他人ごとのように戦後日本や近代社会を否定し、勝手に絶望したあげく、あまつさえ「反文明」を唱え始めたりする。そんなバカげたナイーブさには白けた感情しか湧いてこない。特に、大学の教員でもある人たちが終末論にも近い投げやりな暴言をネットで書いていたりするのを見ると、二の句が告げなくなってしまう。
  • 「騙されていた!」「許せない!」とただ絶叫しても、夢が醒めたりはしない。津波で破壊された土地に残された莫大な瓦礫や、広く国土に降り注いだ核分裂生成物が消え失せることもない。日本の社会は、大きな財政危機を抱えながら、これから先も長く長く現実として目の前に存在し続ける震災および核事故の影響に対処し続けなくてはならないし、核施設を管理していかなければならない。
  • 致命的な危機管理能力不全を露した原子力行政や、電力会社のお粗末な安全意識を批判すること、事故処理の責任逃れの為に情報の開示を渋り、サボタージュを繰り返し、あげく、相変わらず政争に明け暮れる政府機関に強く是正を求めるのも当然必要なことだけれど、それにしても、いま語られるべきなのは状況を前進させるための具体的な提言や行動だ。立派な「インテリ」(嫌味で言っている)が、わざわざ公のメディアで自らの属する社会そのものを否定し、情緒的に「嘆いて」いるだけとは、なんとも無残なことだと思う。彼彼女たちの放つ呪詛や怨嗟は、読み手を確実に蝕んでゆく。
  • 人の口に蓋をする権利はないし、誰が何を言おうと自由だが、そのような言葉に価値を認めたくはない。これから、言葉を扱う人間は、不正確さや不確実性、欺瞞、見当違いな部分を含むことがあっても、震災直後に村上龍がニューヨーク・タイムズ紙上で表明したように、希望について語るべきなのだ。安易な、偽物の言葉やイメージは無力で、悲惨なまでに滑稽だが、それでも尚、嘆きや絶望ではなく、希望を見出す言葉を探すべきなのだ。
  • 少なくとも、ぼくはそう信じている。

「ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で」



ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で
http://www.cinemarise.com/theater/archives/films/2008004.html



  • 前回のシネマライズ上映時には見逃していた作品。
  • 月の頭、後輩に誘われふいと気が向いて観ることにしたのだが、予想以上に濃密で刺激的な内容だった。
  • ダーガー畢生の大伽藍「非現実の王国で」の挿絵をデジタル加工技術でリミテッドアニメーションとして再現するパート、自伝を基にして書き起こしたダーガーの一人称と実際の写真や映像素材を組み合わせて生涯を再現するパート、それら2つを絡みあわせた構成はとても巧みで、かつての隣人たちがインタビューで語るダーガーの、各々で「食い違う」姿は、かれの謎めいた、怪異なイメージを魅力的に強めている。
  • アウトサイダー・アート】として俗に括られる作品とその作者は、世界の多数の人々とは「ズレた」、彼ら独自の「パラレルな世界」の価値観に基づき、純粋に「作りたいものを、ただ作りたいから作っている」という見方で語られることが多い。
  • 実際、多くの作者は精神疾患か、それに近い症状を抱えており、間違った認識だとは思わないが、ダーガーのあまりに特異な創造性は、そうした分かりやすい理解の枠からはるかに逸脱するスケールを持っている。
  • ヘンリー・ダーガーの生涯を分析した文献が外国語でどのぐらい存在しているのか把握していないし、研究者には常識的なことなのかもしれないが、「非現実の王国で」が書かれた背景にキリスト教に基づく強い宗教的な動機があるという部分には非常に驚かされた。
  • ぼくには、そこが一番印象的だった。
  • 映画でダーガーが(ラリー・パインの声で)曖昧に語るところから、おそらくかれは己のペドファイル的欲望の代償行為として、あのように長大な物語と巨大な挿絵を常軌を逸した情熱で書き続けていたのだが、同時にそこには超越者の、神の存在があったという。書く/描く行為は信仰の実践でもあったという。毎日欠かさず通っていた教会のミサにおける祈りとも通底するものでもあったという。
  • ダーガーのその行為は「世界」と関わることがなかった。ダーガーは「世界」を積極的に拒絶していた。幼児期に父親と引き離され、救貧院へと放り込まれてから死ぬまでのほとんどのあいだ徹底的に孤独だった。けれど、若いころから教会に対して執拗に孤児との養子縁組を求め、老いるまでそれは続いた。
  • なぜだかは分からないが、それも「物語」を書くことと同様に、自身の救済へとつながる信仰上の「善行」だったのだ。
  • ダーガーは「作りたいものをただ作っていただけ」ではなかった。純粋な衝動と同時に、混沌とした、澱んだ、なまなましい人間としての欲望があった。
  • しかし、いつまでたってもダーガーが報われることはなかった。
  • 晩年、かれはアパートの自室で執拗に神を罵っていたという。「罵って」いたのだ。なぜ自分は救われないのか、望みが叶うことがないのか、と。絶対者を問い詰めていた。対話と救済を求めていた。それは、「物語」の展開にも大きく干渉していた。すでに書き上がっていた「結末」が変化し、いわゆるバッドエンディングが追加されることになった。ダーガーは老齢を迎え、人生の崖っぷちにきて、神に、超越者に怒っていた。絶望していた。
  • 「かれの部屋自体が【非現実の王国】だったのよ。あの場所が、かれにとって世界のすべてだった」
  • 大家だったキヨコ・ラーナーはそう語っていた。閉ざされた「王国」に引きこもり、得体のしれない妄執の具現化に一生を捧げた、神を罵倒する老人……。
  • 物語としては魅力的なビジョンだが、それはあくまで老人が創り上げたものが他に類を見ない規模、濃密さを持っているからでもある。
  • 遺されたものが陳腐な紙芝居、落書き、御伽噺、あるいは退屈極まる「芸術」だった場合、それは単に落伍者のひとつの「記録」にしか過ぎず、その生が照らし返されることもない。
  • 以前、朝日新聞の夕刊だったかに、若い頃から半ば世捨て人的に絵を描き続けてほとんど発表もせず、病で孤独に死んだ画家の老人の回顧展がおこなわれ、友人有志によって画集が発表されたというニュースが報じられていた。
  • 老人はずっと清掃員の仕事で生計を立てていた。アパートに保管してあった、老人が生涯に描きためていた作品は、ひどく凡庸な「芸術」だった。技術も、ビジョンも、悪い意味での通俗の観念に留まっていた。日曜画家の域から一歩も出ていなかった。
  • 一生をかけた結果が、夥しい素人芸の山だったのだ。
  • その記事を読んだとき、ひどく憂鬱になったのを覚えている。創作を志した人間の生涯を賭した成果がまったく取るに足らないものであることなど、少し反芻思考すればごくありふれた話ではあるのだが、背筋が怖気立ったのを覚えている。老人には、認められない隠棲の才人というストーリーは当てはまらない。それは「悲劇」ですらない。作品が訴えかけられないゴッホは、ただの非社会的な、宗教気違いの変人でしかない。
  • 久しぶりにダーガーの圧倒的に狂った妄念世界の凄みを見せつけられると、ぼくは、感嘆と同時にどうしてもこの老人のような存在についても考えてしまう。それは多くの、未だ世間的な認知とは程遠い、自己の行為への疑念に囚われ続けながら(思考を停止して)ものを創っている人間に、ある程度は共通する感覚ではないか。