2008年私的総括

モダンタイムス (Morning NOVELS)

モダンタイムス (Morning NOVELS)

読書記録は読書メーターを使えば事足りるので、いつしか感想をまったく書かなくなってしまいましたが、せめて年度総括くらいはしておこうか、と。
というわけで、今年発表された作品の個人的ベスト10です(順不同)。

次点は高田郁『出世花』(祥伝社文庫)。三田完『当マイクロフォン』(角川書店)をまだ読んでいないのが悔やまれます。
ミステリに特化するなら、相当苦し紛れですが、

となるでしょうか。次点で湊かなえ『告白』(双葉社)かな。後半の大崩れはやはり看過できず、この位置となります。
『さよなら渓谷』と『ジョニー・ザ・ラビット』は実は嫌いな作品なのですが、それでも無視できない長所を内包した作品だと思うので。
それでは、よいお年をお迎えください。

ジョン・ブラウンの死体

ジョン・ブラウンの死体 世界探偵小説全集 (18)

ジョン・ブラウンの死体 世界探偵小説全集 (18)

世界探偵小説全集第二期配本作品を今頃読んでみる。
シャープなプロット、それに流麗な情景描写を肉付けした本格ミステリの秀作。E・C・R・ロラックというと、これまで一冊も読んだことがないにも関わらず〈小味な作家〉のイメージがあまりに強く、この値段(本体2300円)を払ってまで読む気にはなれないでいた、というのが正直なところ。しかし値段を考えなければ小味な英国女流本格というのは大いに好みではあるので、一念発起して買い求めたが、果たして期待は裏切られなかった。
基本的にポイントはひとつで、それを主軸にして全体を騙しのヴェールで隅々まで覆ってみせるテクニックが素晴らしい。ゴテゴテと謎と仕掛けを盛り込めば良いわけでは決してないのだ。シンプルだからこそ意外性も増すというもので、そのテクニックの見事さは、確かに詐術のマエストロであるアガサ・クリスティーにも比肩する。エルキュール・ポワロより探偵役に華が無い点で大衆的な人気は得にくいかも知れないが、技巧はむしろ華麗とも言える域に達しているのではないか。情景描写の質も高い。
惜しむらくは訳文が生硬、また置き換えるのにもっと的確な日本語が他にあるのではないかと感じられる個所が散見された*1(それにしても、「あんパン」って原書では何と記されてたんだ?)。若い翻訳家を育てることもミステリ界の急務なのではないかと思う。

*1:世界には読むべき作品が無数に存在するので、買い求める以上は「どんな訳でもいいから訳してくれてありがとう」などとは自分は露ほども思わない。

地図男

地図男 (ダ・ヴィンチブックス)

地図男 (ダ・ヴィンチブックス)

第3回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞作。
地図帳に物語を書き散らしながら東京じゅうを徘徊している男を描いた作品。乱暴に言えば、古川日出男的な文章で沙藤一樹的な作品世界を描いている、というイメージか。読み始めた際は、複数の物語の破片がばら撒かれているかのような印象を受けたが、案外整理されて語られるので、実はきわめてわかりやすい話と言える*1
単に複数の物語を垂れ流しているような感もあるので、この裏に作者の冷静な計算が何らかの形で存在しているといいのにな、ないのかな、と思っていたら、あった。ここまではいい。しかし、ここでいきなり〈ダ・ヴィンチ〉購読者が如何にも好みそうなオチを持ってくるとは……かくっ、と膝から力が抜けそうになった(いや、実際に立って読んでいたわけではないですが)。なので褒めない。だからといってダークな方向や残虐趣味に走られても困るけれど……。オリジナリティ溢れる作風のようでいて、実はこの作家独自のオリジナリティはそんなに感じられなかったので(今はまだ小器用にまとまっている印象)、より一層の研鑽を期待したい。ストーリーを牽引する力は問題ないと思うので、今のままでは勿体ない気がした。

*1:わかりやいのは結構なことだが、それだけに物語の勝手な増殖・膨張という凄味やドライヴ感に欠けた点は残念だったような気もする。

修学旅行は終わらない

修学旅行は終わらない (MF文庫 ダ・ヴィンチ む)

修学旅行は終わらない (MF文庫 ダ・ヴィンチ む)

愛すべき作品なので作者には申し訳ないのだが、もっと面白くなりそうなのにならないという点において、やはりこれは失敗作と考えざるを得ない。
『風の歌、星の口笛』で横溝正史ミステリ大賞を受賞した作家の第三長編。ほぼ同一の時間帯を、視点を変えて何度も繰り返し描くことによって「ああ、あのときこの人はこんなところにいたのか」「この人はこのとき実はこんなことを考えていたのだな」と次々暴いてゆくという、多面的な構成が採用されている*1。映画などでは見掛けるが小説ではほとんど作例が見当たらない構成で、この構成を採用しただけでも野心的な作品とは言えるのだ。だが、いくら視点を変えているとはいえ、同一時間を六回も描いたのはさすがに無理があったのではないか。視点人物を半分程度に減らし、その代わり肝心の内容をもっと充実させてもらいたかったところだ。
また、この作者には理想とする世界観があって(たしか、あだち充が好きだとどこかで読んだような記憶がある)、その世界観を自らの手で実現させるべく頑張っているように思えるのだが、理想とする世界観を乱さないように努力するあまり、逆にその世界観に著しく縛られているのではないか。内容も微温的になりがちで、女子キャラのみならず男子キャラまでも印象が薄いのは、ひとえにこのためではないかという気がしてならない(若手男性作家が描いた男子高生の印象が薄いというケースは割と珍しいことだと思う)。オマージュを否定するわけではないけれど、これは第二長編『たゆたいサニーデイズ』でもぼんやりと感じたことで、決してこの作家には良い結果をもたらさないように思う。借り物ではない、独自の作風を模索してもらいたいと願う。

*1:近年では内田けんじ監督作品〈運命じゃない人〉が、この構成を採用した秀作だった。

ジョーカー・ゲーム

ジョーカー・ゲーム

ジョーカー・ゲーム

結城中佐という魅力的なキャラクターを創造し得たこと、および短編集であるところが成功の要因か。この作品を作者の最高傑作とするのは、『はじまりの島』『饗宴』のような巧緻なミステリを書き上げた柳広司に対し失礼ではないかと躊躇われるものの(ミステリとしては、『ジョーカー・ゲーム』は柳作品の中では軽量級に属する)、読み物としては柳作品の中で最も面白い。面白いので、続編を読みたくなってしまう出来栄えと言える。雰囲気も素晴らしい。
ただし、ミステリとしては、ある種の傑作スパイ小説*1のパターンを並べてみせたような作品集なので、スパイ小説としては「入門編」といったところ。独自の創造性には乏しい印象を受けた。しかし、こうやってスパイ小説の面白さを示した本が売れて、それで別のスパイ小説に手を伸ばす読者が現れてくれるなら、それはそれで良いことではないかと思う(とくに多島斗志之の初期作品にはぜひ手を伸ばしてほしい! ほか、海渡英祐の『白夜の密室』『燃えつきる日々』とか)。
 謎解き的興味で読むなら、「幽霊」「上海」は読んでいるうちに仕掛けが見えてしまい、「ロビンソン」は後出し情報が多すぎるので謎解きとしての評価は躊躇われる。ただ、だからこそ「ロビンソン」は面白くなっているとも言えるのだ。それは、単なる本格ミステリをやってしまったせいで結果として集中最もつまらない出来に終わってしまった巻末短編「XX(ダブルクロス)」の存在を見ても明らかだろう(但し「XX」は結末の結城中佐のひとことが全体を締めていて、それはそれで見事な処理と言える)。この短編集は、やはり読み物として高く評価すべきだろうと思う。個人的には、集中のベストは冒頭の表題作「ジョーカー・ゲーム」です。

*1:スパイ小説といっても、たとえばグレアム・グリーンヒューマン・ファクター』やジョン・ル・カレの諸作のように文学的で重厚なものから、ロバート・リテル、マイケル・バー=ゾウハーのようにどんでん返しを主軸に据えた遊び心の強いものまでいろいろあり、『ジョーカー・ゲーム』は後者のグループに属する。エリック・アンブラーブライアン・フリーマントルまで含めて語り出すと異様に長くなってしまうため、これは飽くまで乱暴な分け方だと考えていただきたい。

告白

告白

告白

留保つきでの称賛。
第29回小説推理新人賞受賞作「聖職者」を連作化し、結果的にひとつの長編に仕立てた作品。読ませる力が圧倒的で、成程これはたしかに凄い、このままいけば絶賛に値する出来だと思ったのだが、読み進めるにしたがって残念ながら少し評価が萎んでしまった。
ひとつの復讐が波紋を広げる過程が描かれる。第一話「聖職者」のラストで明かされる復讐方法はなかなか凄絶で、これだけでも称賛に値するが、第二話以降の展開もまた素晴らしい。復讐の遂行に対し読者が感じただろう歪んだ爽快感を、作者は鮮やかに否定してみせるのだ。単純な善悪評価だけで世の中は成立しないということを示しているかのようで、見事だと思いながら読んでいたのだが、第四話以降この作品は、B級娯楽作品的な面白さに走りすぎたように感じられる(簡単に言えば「悪ノリしちゃいましたね」という感じ)。詳しくは書けないが、第五話で語り手を務める少年、この少年に自己の内面を語らせるべきではなかったのではないか。この少年の心の裡は伏せておいたほうが小説としての深みは増したのではないか。また、第二話の語りの信憑性を第五話で揺るがせたことにより、客観的な事実を語る者が誰もいなくなってしまった点も気にかかる*1。そこまで人工的な話にしなくてもいいのにな、という展開にどんどんなって、結末まで読み終えたときは、なんだかちょっと苦笑してしまった。
無類に面白いことは間違いないが、もっと上を目指せる書き手だと思う。今後に大いに期待したい。

*1:これは、語りの信頼性をどこまでも否定するための作為とも受け取れるが(本書にそういった側面があることは明らか)、作者はこの点では、そこまでは考えていなかったように思える。

野球の国のアリス

野球の国のアリス (ミステリーランド)

野球の国のアリス (ミステリーランド)

ミステリーランド配本作品で、北村薫宇山日出臣に捧げた作品が、まったくミステリではなかったことにいちばん驚かされた。
『盤上の敵』を書いたあと、北村薫はきわめて私的な作品を書き続けるようになったという印象がある*1。本書もそうだ。北村薫が好きなもの、興味を持っているものが作品内に鏤められ、ひとつの作品を構成している。なだぎ武のネタまでがこっそり(?)引用されている。ただ、この作者と興味の方向性が一致しない場合、残念ながら読書は甚だ退屈なものとなる。今回は、こちらが野球に対しまったく興味がないためか、前半はまるで楽しめなかった。しかしさすがに北村薫というべきか、それでは終わらず、後半になり宇佐木さん(冒頭に登場する不思議な人物)がふたたび登場してからはなんとなく話も盛り上がってきて、それなりに楽しく読み終えることができた。
だから読後感も悪くはなかったのだが、しかしストーリーがしっかり存在するにもかかわらず、印象としては「半分小説、半分エッセイ」を読んだような感覚で(やはり作者の興味が露出しているからか)、正直これで良いのかしら、とも思ってしまった。もっとも子どもなら虚心に楽しめるかも知れないが。

*1:『六の宮の姫君』など、もともとそういう傾向の強い書き手ではあったが。