今年の新司法試験論文の出題趣旨を見て

http://www.moj.go.jp/content/000054317.pdf
刑法でちょっときになる部分が二つほどありました。

さらに,甲に対して不作為による殺人罪の成立を肯定するためには,殺意(故意)の検討が必
要となる。甲は,Vの危険な状態を認識しながらも,Vの介護から解放されたいと思う一方で,
長年連れ添ったVを失いたくないという複雑な気持ちを抱き,その間で感情が揺れ動いている
ので,結果の発生に対する認識・認容が必要とする認容説(判例)など自らの立場を明らかに
しながら,具体的事例における当てはめを行うことになる。

故意について,判例は認容説と言われ,全客観的構成要件該当行為の認識及びその結果の認容を必要とする,などと言われますが,実際,判例は認容説ではない,という主張が結構修習してて聞こえるんですよね。
それは,判例のいう認容は,間接事実からの推認の手法によってなされるから,このような事実がある場合には,認容していたことが合理的疑いを超えて推認される,という形をとっているわけですが,ここでいう「このような事実」とは,例えば殺意の場合には,当該行為の死の結果発生の危険性に関する事実があることを認識*1しつつ当該客観的構成要件該当行為をしたという事実から,死の結果発生の危険性を認識しつつ「あえて」当該行為をした,と推認できる,という形になっているわけですから*2,それは,ある事実の認識*3のもとに殺人の実行行為をしたものには,殺意を認める,という形になり,それは実は一種の認識説なのではないか,というような考えだと思われます。

認容の推認の過程を挟むかどうかの違いだけで,要求される事実認定には違いがないので,その区別の実益
がどこにあるのか,という問題がありますが。

さらに,乙丙に対してV死亡の結果の責任を問うためには,乙丙の薬品の投与に係る過失行
為の後に甲の(不作為による殺人行為又は保護責任者遺棄行為という)故意行為が介在してい
る(丙の場合は,それに加えて乙の過失行為も介在している。)ことから,因果関係の有無が
問題となる。因果関係については,相当因果関係説,最近の判例の立場とされる客観的帰属論
的な考え方など見解は様々あるところ,自らのよって立つ考え方を明らかにした上,当てはめ
を行うことになる。その際,介在している甲の行為は,故意行為とはいえ,不作為であって,
因果の流れに物理的に影響を及ぼしたとまでは言い難いという点をどのように評価するかがポ
イントとなろう。


2chなどを見ると,判例を客観的帰属論とするこの出題趣旨は間違っているとか,嘘だなどという書き込みがみられますが*4判例が客観的帰属論かどうかの論説はおいておいて*5,試験委員が,判例を客観的帰属論「的」な考え方とした意味は大きいと思いますね。
受験界において,これで相当因果関係説の受験界における地位は相当に低下するのではないでしょうか。
いまだに予備校本には折衷的相当因果関係説で書いてあって,なんだかよくわからないことになっているのですが。
この間改訂された大塚先生の刑法総論も,因果関係は相当因果関係説で書いてありましたが・・・・


現在の因果関係に関する論争は,客観的相当因果関係説vs客観的帰属論らしいですから,その意味でも折衷的相当因果関係説を中心に書かれているのは,よくわかりませんね。
といっても,僕は最新の予備校本は見ていないから,変わっているかもしれませんが,変わっていないとしても,この出題趣旨を受けて,これから変わっていくと思います。


やはり,出題趣旨を読み込むのは必須ですね。

*1:行為態様に関する認識。これを構成するものとして凶器の形状,凶器の用法,創傷の部位等に関する認識があるとされます。

*2:「あえて」が認容を意味する

*3:加えてその他動機,行為後の事情も考慮しますが,それは補足的事情にとどまります

*4:本気かどうかはわかりませんが

*5:判例は,客観的帰属論だとすると説明しやすいのは確かだと思いますが。

北の地へ,参ります。

 *     +    巛 ヽ
            〒 !   +    。     +    。     *     。
      +    。  |  |
   *     +   / /   イヤッッホォォォオオォオウ!
       ∧_∧ / /
      (´∀` / / +    。     +    。   *     。
      ,-     f
      / ュヘ    | *     +    。     +   。 +
     〈_} )   |
        /    ! +    。     +    +     *
       ./  ,ヘ  |
 ガタン ||| j  / |  | |||

もうこれで最後だといいなぁ。

最高裁第一小法廷 平成22.12.16 平成21(受)1097 持分所有権移転登記手続,遺産確認,共有物分割請求本訴,持分所有権移転登記手続請求反訴事件
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20101216145711.pdf

この判例をみて,ちょっと自分の理解があやふやになってきたので,自分の頭の整理のためにここに上げてみます。

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東京都民だからなぁ。

痛いニュース(ノ∀`) : 「夜間はハイビームが基本。知らないドライバー多い」…夜の死亡事故多発で茨城県警が啓発 - ライブドアブログ
県警がドライバーにヘッドライト切り替えによる事故防止を訴えている。
県内で今年10月末現在、夜間に車にはねられ死亡した歩行者は31人。県警交通企画課が原因を分析したところ、うち12人は遠くまで光が届く上向きライト(ハイビーム)なら事故を防げた可能性があったという。

夕暮れ時の交通死亡事故が多発していることから、同課は小まめなライト操作で早めに危険を察知するよう呼び掛けている。

同課によると、夜間に車にはねられ死亡した31人のうち、上向きライトで事故にあった死者は、わずか1人。30人が下向きライト(ロービーム)だった。

「上向きライトが基本ということが、ドライバーに知られていない」。
同課の小山秀夫総括理事官は嘆く。道交法は「夜間に対向車とすれ違うか、他の車両の直後を走行する場合は下向きライトにしなければならない」と規定しており、同課は「通常は上向きライトが基本」と説明する。
http://www.ibaraki-np.co.jp/news/news.php?f_jun=12892329763694

道路運送車両の保安基準の細目を定める告示」で、上向きライトは約100メートル先まで照射、下向きは約40メートル先まで照らすと定められている。同課によると、時速60キロで走行した場合、ブレーキを踏んで停止するまでの距離は約45メートル。下向きライトでは歩行者を発見して急ブレーキを踏んでも間に合わない計算だ。

コメントを見ていると,どうも東京のある程度交通量の多い幹線道路等を想定してコメントしているように見える。
ハイビームが夜間走行の基本なのは,関係法令上明らかだし,教習所の教本にも乗ってる。

334 :名無しさん@十一周年:2010/11/09(火) 15:41:26 id:lWlZtrHA0
デフォルトハイビーム。
至近の先行車、対向車があるときはローに切り替え。
怒田舎の一本道だろうが、大都市の渋滞の中だろうが、
人通りのない住宅地だろうが、原則は同じだ。
常識じゃん。

ウインカーを進路によって操作するのと同様、
ヘッドライトも周りの状況に応じて切り替えろってこった。

この334の通りなのに,対向車がハイビームだったら見えなくて危ないとか,後続車がハイビームだったら見えなくて危ないとか,道交法及び施行令上,ロービームにすべき場合を想定してコメントをしている人が多すぎる。

車同士の事故ではなく,人をはねた,という話だから,対向車とか,後続車のライトが眩しいというのは事案が違うんじゃないかな。


後続車の場合は,先行車にハイビームだと影響を与える距離の場合は,人をはねてしまう場合ってあまりないよね。先行車のライトで視認範囲が増える,というのもあるし。
急な飛び出しとかの可能性はないではないけど,車と車の間に急に飛び出してくるのって,普通は車間が開いている場合だろうから,その場合はハイビームにしても先行車に影響はあまりない。


対向車の場合には蒸発現象があったり,対向車のライトで見える部分が必ずしも自車がみたい範囲と重ならないから同じようにはいえないけど,法令はそういうことも考えて,ハイビームの視認距離とまぶしさのデメリットを比較衡量して規定されていると思う。


交通量の多い道(例えば,幹線道路,車の絶対量が多い都区内)では,基本的に法令上ロービームにすべき例外的条件を常に満たすから,ロービームで通常走ることになって,原則と例外が入れ替わってしまっているだけ。
法令上はハイビームが基本なんだから,基本はハイビームといってもなんにも間違っていないのに,原則と例外が入れ替わっている都会を想定して,基本はロービームとか言っているコメントが多いのはどうかと思う。


それに,記事は茨城県警の話だよね。
実際の茨城県の交通事情は知らないけど,東京都下でも,中央線のない道路では対向車も,同一方向に進む車もいない道路なんてざらにあるけど。
少なくともうちの地元では夜間ハイビームで走ることなんてざらにある。
時間が遅くなればなおさら。
だから,ハイビームが基本というのがおかしいとはなおさら言えないと思う。


さらにいえば,なんとなくだけど,切り替えというものを想定しないでコメントしているようにも思える。
基本ということは,ずっとハイビームで,あるいはロービームで走り続けるものだ,みたいな。
でも,状況に応じてハイローをこまめに切り替えることを道交法関係法令は想定している。
面倒,みたいなのは車を運転する危険性の認識が甘いんじゃないかな。

同課によると、夜間に車にはねられ死亡した31人のうち、上向きライトで事故にあった
死者は、わずか1人。30人が下向きライト(ロービーム)だった。

これを捉えて,統計マジックとかコメントしている人もいるけど,ちゃんと記事の冒頭で

県内で今年10月末現在、夜間に車にはねられ死亡した歩行者は31人。県警交通企画課が原因を分析したところ、うち12人は遠くまで光が届く上向きライト(ハイビーム)なら事故を防げた可能性があったという。

と,ハイビームでなかった31件全部がハイビームじゃないから事故になったなどとは言ってなく,ハイビームなら防げたかどうかの分析もしてるから,単なる統計マジックではない。

ただ,

夕暮れ時の交通死亡事故が多発していることから

とあるが,夕暮時=黄昏時=誰そ彼時,はそもそもライトの効果が上がりにくい時間帯だから,ハイビームにすることにどれだけ効果があるのかはよくわからない。
これはハイビームでも事故が防げなかった19件に入っているのかもしれない。

※387. Posted by   2010年11月10日 00:50
すべての人がハイビームとロービームを使い分けられるなら何の問題も無いはずなんだよな、これ。
なのに対向車がいるのにハイビームのままとか、一部の危険な奴がいるからこんな訳の解らん論争になる。

おかしなコメントがあふれるのは,これが原因なんじゃないかな。

道路交通法

(車両等の灯火)

第五十二条  車両等は、夜間(日没時から日出時までの時間をいう。以下この条及び第六十三条の九第二項において同じ。)、道路にあるときは、政令で定めるところにより、前照灯、車幅灯、尾灯その他の灯火をつけなければならない。政令で定める場合においては、夜間以外の時間にあつても、同様とする。

2  車両等が、夜間(前項後段の場合を含む。)、他の車両等と行き違う場合又は他の車両等の直後を進行する場合において、他の車両等の交通を妨げるおそれがあるときは、車両等の運転者は、政令で定めるところにより、灯火を消し、灯火の光度を減ずる等灯火を操作しなければならない

(罰則 第一項については第百二十条第一項第五号、同条第二項 第二項については第百二十条第一項第八号、同条第二項)

道路交通法施行令

(他の車両等と行き違う場合等の燈火の操作)

第二十条  法第五十二条第二項 の規定による燈火の操作は、次の各号に掲げる区分に従い、それぞれ当該各号に定める方法によつて行うものとする。

一  車両の保安基準に関する規定に定める走行用前照灯で光度が一万カンデラを超えるものをつけ、車両の保安基準に関する規定に定めるすれ違い用前照灯又は前部霧灯を備える自動車 すれ違い用前照灯又は前部霧灯のいずれかをつけて走行用前照灯を消すこと。

二  光度が一万カンデラを超える前照燈をつけている自動車(前号に掲げる自動車を除く。) 前照燈の光度を減じ、又はその照射方向を下向きとすること。

三  光度が一万カンデラを超える前照燈をつけている原動機付自転車 前照燈の光度を減じ、又はその照射方向を下向きとすること。

四  トロリーバス 前照燈の光度を減じ、又はその照射方向を下向きとすること。

立ち読みは犯罪か

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101030-00000113-san-soci
http://atsupeugeot.seesaa.net/article/17123826.html
本屋での立ち読みは泥棒と変わんないだろと言われました。 - 自分は本が好き... - Yahoo!知恵袋

立ち読みは権利か,というと当然そんなことはない。
売却前の物の所有権は,売主にあるのは通常なので(他人物売買は一般的ではない。所有権留保とかされてるかもしれないが),その使用収益処分権は,売主である書店(法人でない場合はそのオーナー)にあり,書店が買わないやつには中は一切みせたくない,といえばそれで終わり。
現状の立ち読みは,書店の(黙示の)承諾によってなされているものに過ぎない。
ただ,実際には,購入する商品を確かめるということは,多くの売買でなされているので,俯瞰してみれば,その承諾はよくあるべき慣習とも言えなくはない。


書籍特有の問題は,商品を確かめる=中を見るという行為が,本来の書籍の効用享受と完全に合致してしまう,ということである。
例えば,PCを購入しようとして,その使用感を確かめるために一時使用したとしても,PCの効用享受とは,継続的使用にあるから,本来の効用享受はなされていない。
それはあくまでも試用に過ぎず,試用しても客に効用を享受する余地が十分に残る。


一方,書籍は,一読するのが本来の効用享受なので,一度試し読みされてしまえば,効用は享受されてしまう。
この場合は,購入した場合に比して,何度も読み返すという効用がわずかに残るが,それは全読者に共通する効用足りえない*1


この点は,飲食物に近い。試しに全部食べさせてしまえば,効用は残らない。
そこで,商品の確認と,効用の残存を両立させるために,試食があるように,一部の試し読み,というものが考えられることになる。
例えば,活字の本は,読了に時間がかかるので,立ち読みですべて読むのには時間と根気がかかり,期せずして試し読み的立ち読みになることになる。
しかし,漫画や写真等を多用した雑誌など,読了に時間が掛からない書籍はそうは行かないことになる。
そこで,例えば,一部の書店では,漫画に関しては,冒頭数十ページのみを読めるようにしてあったり,お試し用として一部のページだけを抜き出したブックレットをおいてあったりする。


だが,これをすべての本にするのは手間がかかる問題もある。まあ,新刊漫画だけやっているようではあるが。


さて,余談はこのぐらいにして,本命の立ち読みの犯罪性だが
窃盗罪に当たらないことはおそらく争いがないだろう。

刑法
(窃盗)
第235条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

となっており,窃盗罪の客体は財物に限られている。
財物とは,有体物が原則で,唯一,刑法245条で,電気が財物と擬制されているに過ぎない。

(電気)
第245条 この章の罪については、電気は、財物とみなす。

すると,有体物でないもの,情報等を盗む行為は,窃盗罪には当たらない。
これを利益窃盗というが,不可罰である。
罪刑法定主義から,刑罰の対象は法律で定められている必要があるところ,利益窃盗に該当する犯罪は何ら規定されていないからである。


窃取とは,他人の所持(占有)している財物をその人の意思によらないで取得することであり,財物に対する自己又は第三者の占有を設定すれば既遂に達する*2


立ち読みでは,占有という支配の状態*3は,未だ店側にあり,客には写っていないから,財物の占有の取得はない。
とすると,客が取得しているものは,本に記載されている情報であって,情報は財物ではないから,利益窃盗に過ぎない。
したがって,窃盗罪を構成しない。


ただ,立ち読みによって本をボロボロにする行為は,器物損壊罪を構成しうるが,故意が必要である*4


刑法的には,立ち読み行為は,ここが限界だろう。
一方著作権法を考えても
複製権,上演権・演奏権・上映権・口述権,公衆送信権等,翻訳権、翻案権等,展示権,頒布権,譲渡権,貸与権といった,著作権支分権や著作者人格権を何か侵害しているかというと・・・・・
著作権法上,使用権というものは規定されていないし。


法的には立ち読みは現状でこの程度のもの,ということである。
店側で自己工夫するしかないであろう。


それにしても,マナー違反(道徳規範のレベル),民事法ないし行政法規違反,犯罪(広義の刑法違反)は区別して論じて欲しいものである。
制裁がまるで異なるのであるから。

*1:陳列用,コレクション的な効用もあるにはある

*2:のが通説である

*3:窃盗罪では事実上の支配に限られる

*4:もちろん,未必で足りるので,立ち読み行為の認識と,本を損壊する結果の認容で良い。認容説に立つと。