表紙

こちらのblogは、id:chonの書いた小説やその設定資料の置き場になっております。

  • 完結した短編類
  • 他所様に投稿させていただいた作品の再収録
  • 過去に執筆した旧作類
  • 思いついて書き散らかしてみたけどお蔵入りの作品群

などを安置しております。

読み方

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お品書き


なお、現在執筆中のものはこちらにありますのでご覧ください。

更新履歴

2008/03/23 「思い通りにいかないのが世の中なんて割り切りたくないから」追加
2008/01/13 「米内ですがハルノートを受諾しますた」更新
2007/12/2 「米内ですがハルノートを受諾しますた」更新
2007/08/19 「米内ですがハルノートを受諾しますた」更新
2007/7/22 「タマモと桜と優しい奴ら」「米内ですがハルノートを受諾しますた」を追加。
2007/3/26 「初恋の逝く道」収録
2007/3/18 「春の夜の夢」追加
2006/11/27 柳生新次郎・幻界行」追加
2006/1/14 はつせアーカイブスに複製サイト作成。
2006/1/9 「Wiz.hack」を追加。
2005/12/23 「タイトル未定(GS美神二次創作)」「うちにおいでよ」を追加。
2005/12/17 「龍狩人」「ジルフィンの指輪」「レスギンの獅子」「翼のない天使」「Black Daughter」「春夢譚」「烏たちの憂鬱」「来栖川HM物語(偽)」「運命の銃声は三度響く」を追加
2005/12/16 ブログ設置。

Wiz.hackについて

迷宮探索物を書きたくなって、勢いだけで書けるところまで書いた物。ほんの触りしかないのは、熱しやすく冷めやすい筆者の性格を良く表している。
確か、「ソードアート・オンライン」(第一部)を読み終わって急にやる気が盛り上がったんだと思う。ただ、「『F』〜The labyrinth of 1000th〜」の存在は知らなかった。もし知っていたら、もっと影響を受けているはずだから。
舞台設定はほぼウィザードリィそのまま。狂王トレボーと魔術師ワードナ、城塞都市リルガミンなども固有名詞だけ変えて使っている。迷宮の中はローグというかネットハック。25階の城やドラゴン十字路、サブダンジョンなんかの構造はほぼそのままで、当然一番そこはゲヘナまでつながっている。
ストーリー構成としては、主人公が1話毎に入れ替わる短編連作シリーズを考えていた。
迷宮マニアの魔法戦士、サウラ。
その養女で相棒の盗賊戦士、ウェンディ・スー。
盲目の魔女、シェーラ・シエラ。
無口な狂戦士、サ・ゾン。
死の商人、シャムロック。
幇間騎士、アリアノン。
……と、キャラクターについてもそれなりに設定はできていたが、設定を作っただけで満足してしまう悪い癖が出てしまった。
ま、そのうち気が向いたら翻案して書き直そうと思います。

Wiz.hack (1)

その日、俺はちょっと機嫌が悪かった。
端的に言うと、ムカついていた。
訳は後で詳しく説明するが、身近な女二人が、俺のペースをいいようにかき回してくれたのだ。
何度も落ち着こうとしたが、そのたびに、普段気の強うそうな女が目に涙を浮かべて青ざめた顔でこちらを見ている情景と、普段朗らかな娘がひどい剣幕で怒鳴る情景が脳裏に浮かび、どうにも落ち着かない。
いらいらした気分を切り替えるには、気晴らしが必要だ。

普通、いい年した男が憂さ晴らしにすることといったら、飲むか打つか買うかだろう。
龍王のお膝元ベリリオプルには荒くれ者が集っていることだし、その手の娯楽だけには事欠かない。

しかしながら。
黒エールをジョッキで3杯も飲めば頭痛がして、5杯も飲めば飲み食いした分をまとめて払い戻してしまう。
金はあるに越したことはないが、博打好きの叔父が借金こさえてオヤジに押しつけて逃げて以来、1ゴールドだって賭けに使ったことはない。
女なんて以ての外だ。奴らは、男を騙して操るためにあの髪と顔と体を与えられているのだ。下手にそんなのと関係を持ったら、どこまでもつきまとって、雨雲のように俺の人生に影を落とし続けるだろう。仕事以上の関わりは持たないに限る。

俺という男は、とことん娯楽とは無縁に出来ているらしい。
だから結局、憂さ晴らしにはいつもと変わらず修練所に寄ることになる。
修練所は、龍王トリブルが運命の大迷宮を攻略する兵士を育成するために作った施設がもとだが、今では王立4つに私設7つもある。
とはいっても、どこでもやることは大して変わりない。
剣の腕を鍛え、魔術を教え、生き残る術を叩き込む。
修練所によって得手不得手はあるものの、総じていえば、金と時間と忍耐力さえあれば、迷宮の入り口辺りでコボルトにフクロにされない程度に鍛えてくれる。
大抵の者は、一通りの訓練を終えると、迷宮に挑んでいき、修練所には帰ってこない。
自分の腕を過信して、深入りしすぎて力尽きる者。
危険相応の実入りを得て、迷宮徘徊稼業から足を洗うもの。
迷宮探索をあきらめて、探索者相手に商売に精を出すもの。
いずれにしろ、彼らにはわざわざ修練所に戻ってきて修行し直すような必然がない。
運命の大迷宮に集う者の多くは、彼らなりの一攫千金が目当てであるのだから。

しかし。
少数ではあるが、修練所やそれ以外の場所で技を鍛え直す者もいる。
その一番の理由は、大迷宮の攻略難易度が途中から跳ね上がるからだ。
地下25階、通称「ワードゥラ城」までを、「四分一」と呼ぶ。
呼び名自体は、大迷宮が100層でオーラスだといわれていた頃の名残である。
この「シブイチ」までは、駆け出しの探索者でも、運と実力によってはパーティさえ組まずに切り抜けられる。
だが、余程の者でない限り、そこから先はそう簡単にはいかない。
25階最奥部のワードゥラ城からは、龍がうろつき出すからだ。
とくに25階名物である、3体の龍のブレス攻撃に挟み撃ちにされる「魔の十字路」は、中級以上の手慣れた探索者でも一人で挑むには危険な代物だ。しかも、固定アイテムの出現する宝物庫前なので始末に悪い。
龍対策一つとっても、それまでのやり方を考え直すのに十分だが、ほかにも、罠を解除しないと下に進めなかったり、同時にスイッチを入れないと開かない扉など、こった仕掛けが増えてくるのもやっかいである。
結果として、それまで単独や多くても3人程度の少人数が主流だったパーティ構成は、4〜8人程度のものが増えることになる。
前衛2+回復役+盗賊系を基本に、前衛のボリュームにあわせてサポート系のメンツを入れると、6人前後が妥当だといわれる。それ以上になると、安全性は増すが分け前が薄くなってしまう。

現実の問題として、シブイチのうちに満足のいく額を稼いだやつは、そこで安定した職を探す。
ベリリオプルの迷宮探索者といえば、下手な貴族よりもマシな職が見つかる。何しろ、偏執的に記録好きの龍王は、どの探索者が何階まで到達し、どれだけゴールドを稼ぎ、どんなアイテムを手に入れたのかほとんど記録を持っている。
巷では鼻毛の本数まで知っていると言うやつまでいる。
もちろんモグリも居るだろうが、それらの記録が後々証明付きの経歴、即ち能力のお墨付きになるとなれば、消して悪くない取引だ。例え迷宮での上がりの1割を巻き上げられるとしてもだ。
25階以降は、運が悪くて稼ぎが悪かった者、金以外の目的がある者、そして、迷宮に魅入られて離れられない者だけが残る。

25階より下を、独力で戦い抜ける者は極少数と言っていいだろう。
次に進むための仕掛けを見破り、罠を解除し、入手したアイテムを鑑定し、時には100を超えるモンスターを薙ぎ払わなくてはならない。
生還率を上げ、アイテムとゴールドを効率よく稼ぐには、仲間の腕を慎重に見定める必要がある。
人数を増やせば増やすほど、収穫は悪くなるわけで、当然、一人二役こなせる者はパーティーのメンバーとして価値は高い。
また、千里眼とか回復魔法といった必須の能力を持っている者は、パーティ間の引き合いも強くなる。
一方、多少剣の腕が立ってもそれ以外に能が無いような奴は、次第に敬遠されるようになる。
そうなれば、どうしても専門以外の技術を身につける必要があるし、それを効率よく、少なくとも後は独学で何とかなる程度に学べるのは、修練所を置いてほかにない。

目の前の若い剣士が打ち込んでくる木剣を、自分の木剣で軽くいなす。腕の構えは変えずに、手首の返しで受け流す。
「いいか。受け流す時に一番大事なのは、その後攻撃にどう繋げるかだ。」
こちらを興味半分、侮り半分に見ている駆け出しの連中を見やりながら、左手を動かして剣先を相手の喉先にピタリと付ける。
「場数を踏めば誰にでも分かることだが、相手の体勢を崩して隙を作る。剣技に必要なのはただこれだけだ。」
もう一度打ち込ませて別の捌き方を見せる。
熱心に見ている奴もいるが、鼻で笑ってやる奴の方が多い。
一攫千金を狙う奴なら、それくらい自信過剰でないとな。
「へ。俺ならあんな簡単にはやられないけどな。」
小声で言った奴に笑いかける。
「なら、試してみるか?」

王立修練所の良いところは、新たな技能や術の習得に必要な金を、師範として働くことで立て替えられることだ。
もちろん、師範や師範代になるためにはある程度実力が必要だし、審査なんかもあるが、迷宮で生き残った人間なら、何かしら教えるモノを持っているのが普通だ。
俺の場合、主に基本剣技と迷宮構造の座学を教えている。
両方とも、修練所で必ず一度は受ける必修講義だ。
龍王の命令で、迷宮にはいる免許を取るには資格が必要だし、それを取るには修練所で必須講義をいくつか受けるのが手っ取り早い。
これは、ただ通行税を取るより実入りも評判もいいのと、素人が山っ気を出して潜り込み、死体が山積みになってひどい臭いがしたことがあって設けられた制度だ。
ともあれ、必修だけに、聴講者が多い割に講義の時間は少ない。結果、週に2〜3回も講義をすれば、食うには困らない程度の収入になる。
講義の中身も、極々簡単なものだ。
何しろ、龍王とその臣下にしてみれば、実質的に迷宮自体を兵士の養成所にしているように、修練所は使える兵士を選抜するための最初のふるいだ。
まずは、まるで資質のない、コボルドの餌になりそうな奴を挫けさせるように、脅しを掛ける必要がある。
実際、はっきりそう言われてるしな。
俺は、4つの王立修練所の中で中堅になる、パリヤール修練所ではちょっと顔が利く。
この時間の基礎剣技の講座も、無理を言って変わってもらったものだ。

「どうした。元気なのは口だけか?」
さっき大口を叩いた奴は、それでも頑張った方だ。
足をすくわれて顔面スライディングを敢行し、剣をたたき落とされ、組み付こうとして突き飛ばされ、尻餅をつきながらも殺気だった表情を変えていない。
立ち上がりながら木剣を拾って構える。
膝が多少震えているが、最初の時より大分様になってきた。
「気の強さは合格だが……」
腰溜に切っ先を向けて突っ込んでくるのをいなしながら、柄頭を首に叩き込み眠らせてやる。
「もう少し冷静にならないと、10階辺りでハイオークの餌だぜ。」
他の連中を見ると、真剣に見ている奴が若干増えたが、残りは青い顔になっていた。
「言っておくがな。毎月千人からが迷宮に入って、出てくるのはその半分だ。お前らのうち、半分は怪物どもの腹に収まるってわけだ。」
意地の悪そうな顔をして、生徒達の顔を見回す。
「お家に帰るんなら今のうちだぜ?」

さて、イタイケな若人(年食ったのもいるが)をいたぶって機嫌も直ったので、そのムカついた理由について思い出してみよう。

今朝のことだ。
行きつけの口入れ屋に顔を出したところ、看板娘のリーニィに呼び止められた。
俺向きの依頼があるという。
「ミズラ神殿からアイテム奪取の依頼なんだけどさぁ、カムドの珠って知ってる?」
知ってるとも。持ってるだけで女運金運出世運何でもござれの現世利益ばっちりな宝珠だ。権勢欲旺盛なミズラ教の信者なら喉から手が出るほどほしがるだろうな。
「んでさぁ、なんでも神託で宵待ちの谷にそれがあるって事なのよ。坊さん達、10万ゴールド出すって言ってるんだけど、場所が場所だからさ。」
宵待ちの谷は、大迷宮の46階から分岐するサブダンジョンだ。
数こそ少ないが、魔獣系の強力なモンスターが要所を守っているし、何よりたちの悪い仕掛けが多い。
しかも、薄暗くて湿っぽくい上、むやみに広い。おまけに、今まで大したお宝が出て来ていない。
結果、ほとんどの探索者がまたいで通るのが慣例となっている。
150階近くまで制覇された大迷宮の中で、未だに完全踏破されていないサブダンジョンの一つとして有名だ。
もっとも、50を超えるサブダンジョンの中で、この谷が有名になったのには理由がある。
谷の奥にある神殿に、男女一組でしか挑めない仕掛けがあるのだ。
「恋人達の回廊」というふざけた名前を冠したこの仕掛けは、男女が交互にスイッチを動かして進むようになっている。
しかも、モンスターを一対一で倒さないと開かない扉があるらしい。
数ヶ月前、中堅どころのちょっと名の知れた探索者のコンビが、ここで死人を出した。
騎士とプリーストの組み合わせで、それぞれ結構な手練れだったのだが、プリーストがインキュバスに倒され、遺体回収に賞金が掛けられて、一時期話題になった。
結局、付き合っていたその二人は、気まずくなって別れたそうで、それ以来、別名「別れの回廊」と呼ばれるようになったとか。

「でもさ、あんたとスーちゃんなら、本気になれば何が出てきてもチョロいでしょ?」
「………。スーとはパーティ解消した。」
「えええっ!どうしてよ!!」

龍狩人について

こちらに掲載している作品の中では一番続きを書く可能性があるもの。
龍王に太刀打ちできるのが龍王の一族しかいなかったら、龍王の子供をさらって勇者に仕立てたりするかも……というコンセプト。
んで、主人公は龍王に勝ったものの、それによって引き起こされた天変地異や動乱の責任をおっかぶされてスケープゴートにされた。しかし、また龍の被害が増えると、人々は龍を倒せる勇者として主人公を担ぎ出す。人々の身勝手さを身にしみて知っている主人公は、彼らに復讐を企てるが……。
最強主人公の断罪系ストーリーで、18禁ハーレム要素もありという、いわゆる"最低要素"満載の作品になる予定。「これなんてエロゲ」状態。

龍狩人(序章)

 あの伝説的な戦い、竜王バルナグと龍斬皇エリフの一騎打ちと竜王の最後、そして、竜王の呪詛によって起こった天変地異、その一連の事件からすでに70年以上の月日が流れている。今となっては、ほぼすべての関係者が来世への階を上っており、当時の真実を解き明かす術もないが、大地は荒れ狂い、海は裂け、空は暗雲と雷に満ちた、あの地獄の日々を世界にもたらしたのが、竜王の断末魔であることは疑うべくもない。
 バルナグの呪詛の意味は、当時の人々にとってこう捉えられた。即ち、邪龍を打ち倒した張本人、龍斬皇エリフへの恨み辛みのとばっちりが世界に向けられたのだと。故に、亡国の王子である龍斬皇とその師父たる賢者アメルオを讃えるものは、その後パッタリと途絶え、二人は流浪の果てに失意のうちに亡くなったという。竜王の真の呪詛が、龍斬皇自身が守護してきた相手であるはずの人々に疎まれ、味方であるはずの人から追われることにこそあったと、少数の賢者が知り得たのは、すでに二人の終の棲家さえわからなくなった後のことであった。
 その後、うち続く天変地異と、竜王の殺害がもたらした魔物への秩序の消滅は、12の諸族が争う乱世を現出させた。そこかしこで踏みつけにされる人々の怨嗟の声は、自ずから元凶たる龍斬皇、いや、そのころから龍呪皇と呼ばれるようになったエリフ王子に向けられるようになった。為政者にとって、物言わぬかつての英雄は世の不合理を押しつけるにうってつけの相手であった。
 かくて、この世の悪の元凶は、魔の統率者たる竜王から、竜王を殺めてこの世に無秩序と暗黒をもたらした呪われし王子に様変わりしたのである。

 しかしながら、世の人々が都合よく忘れ去っている事実があった。エリフ王子は唯一龍を殺せる戦士として育てられ、神々と12種族の祝福を受けた不老不滅の存在であること。死せる竜王の力はこの世のあちこちにばら播かれ、多くの龍とその亜種が生まれたこと。そして、本当に有力な龍を倒す力を持つものは、その後一度として人々の前に現れなかったこと。
 龍呪皇を恨む声の中で、龍呪皇を救世主として祀るもの達が現れ、その再来を望む声が静かに力を増していったのは、為政者にもいかな英雄にも退治しきれない災禍の体現者、龍の存在があったためであろう。

 一方では「闇をもたらすもの」として悪の体現者と目され、一方では再来すべき「救世主」として祈りの対象となる。そんな神にも似た扱いを受ける、伝説上の人物エリフ王子。しかしながら、その彼が未だこの地上に存在する現実の人物であり、辺境の深山で慎ましくも生活していようとは、想像するものは誰一人としていなかったのである。


 かつて、善意と自己犠牲をもって人々に相対し、悪意と身勝手を持って人々に追われた英雄を、人々が再び身勝手にも必要とする時が迫っていた。犬さえも恩には忠義を仇には牙もて返す。ならばこの英雄が返すものは何であるか。人々はそれぞれ身をもって代償を支払い、因果応報の言辞を深く理解することになるだろう。

龍狩人(1)

第1章 坑道の小戦姫

第1話

 オルザンク山と言えば、大陸西方のヨロテア地方の中でも最も西に位置する峻厳な霊峰であり、昔は行者や導師の修行の場として知られていたものである。しかし、”滅びの日”と呼ばれる天変地異の結果、三方を切り立った崖に囲まれる半島になった上、小規模ながら噴火も起こったため、今では人跡も絶え、すっかりと野生の王国と化していた。
 そんな、人も通わぬ道無き山中を、今一人の少女が黙々と歩いていた。身の丈は4尺5寸程度だが、玄武岩の露頭を踏みしめて歩く足取りはしっかり、ゆったりとしており、並々ならぬ鍛錬の様を窺わせる。背には定寸を遙かに超える3尺もの大太刀を担ぎ、全身を薄い墨色の衣で覆っている。頭を覆った薄布から覗くその容貌は、白く端正な一見人形めいた美しさをたたえる中、額を覆う艶やかな銀髪の下で二つの碧い瞳だけが炯々と光を宿していた。
 彼女は、かんかんと照りつける日差しをものともせずに、一心不乱に岩場を上り続ける。盛り上がる手足の筋肉と、躍動する乳房と臀部の肉付きは、少女というよりは鍛え上げられた成年女性のそれだ。全体的に小作りであることを除けば。
 白い顔を上気させて岩山を登り切ると、彼女は辺りを見回して足を止めると、忌々しげに足下を2度3度と踏みつけた。薄赤色に染められた米粒の山が蹴散らされ、小さな飛沫となってあたりに飛んだ。
「いったい、どうなっているの。この山は!」
 彼女がとある手がかりを元にこの山系へと踏み入って数日。肝心の人物を捜し当てるどころか、完全に迷子になる始末。今も、自分が残した目印を見つけ、いらだたしさに声を上げずにはいられなかった。
「これは、結界か……。」
岩に腰を下ろし、あたりを見渡す少女の目に映る景色は、数日前と全く代わり映えのしない岩とわずかな草花の景色だ。登り続けているにもかかわらず、一向に植生が変わる様子がない。これまで気づかなかったが、どう考えても人返しの結界が張られていると考えるほか無い。
「どうやら、全くの外れではないみたいね。」
結界にいいようにあしらわれていたことに怒りは感じるが、逆に考えれば、結界を張って何かを隠したい人間の意志が確かに存在する証明でもある。全くの無人の山中を無為に彷徨っていたと考えるよりは、僅かでも慰められる結論である。
 いつの間にか、あたりを照らす光は西日になり、少しずつ赤みを増していた。ふぅ、と一つため息をついた彼女は、どこか横になれそうな岩陰を探し始めた。結界の対策を考えるにしても、行動するのは明日にしよう。今日はもう十分に疲労を蓄積してしまっている。問題の人物を捜し当てるまで長丁場になりそうだ。
「……どうせ、このまま帰るわけにはいかないのだし。」
ふと漏れた独り言は、あたりを赤く染める光に吸い込まれて消えた。


 闇の帳が落ち、山は虫の鳴き声と風になびく草木のざわめきに満たされる。毛布に身を覆い横たわる少女が眠りに落ちる姿を、僅かに離れた岩の上から見下ろす影が一つ。
 長身痩躯に腰まである黒髪、そして、少女を静かに見据える瞳。黒い瞳には12色の光彩が散らばり、不思議な輝きを湛えている。そこにあるのは穏やかだが、決して和かではない表情。
 どこか虚無を宿したそれは、醒めた眼差しで少女をしばし眺めた後、夜の闇に再び消えた。


 結界の存在に気づいてから、さらに3日が過ぎた。
 あれから彼女は、人返しの結界を形成している呪印を一つ一つ虱潰しに潰していった。結界を破らずに抜けたり、結界自体を無効化する術は知らなかったが、戦向きの術を覚えるために囓った魔術が幸いしたか、呪印自体を見分けることはできた。しかし、その数が半端ではなかった。一日目に14個、二日目に36個、三日目には15個を壊し、まだいくつか呪印は残るものの結界の効力はようやく失われた。その間食糧は尽き、水こそ小川を見つけて補給できたが、歩けば歩くほど空きっ腹に響くようで、少女は幾分うつろな表情で歩みを進めていた。
「……これで、もう一段、結界でも、あれば、行き倒れて、山猫の、餌、確定だわ。」
 荒い息の間から漏れる自嘲の言葉も、かすれ気味で弱々しい。もっとも、この険しい山中を十日近くも彷徨して、まだ歩き回れる体力はとても普通の少女のそれではない。
 彼女がひときわ大きな岩山を回り込んで、稜線の向こう側をのぞき込むと、景観は大きく変化を見せていた。岩山の麓に、豊かな木々に囲まれた湖と河、その湖畔には岩壁に寄りかかるように、しっかりとした家屋が2棟。河には水車小屋まである。そしてその向こうには断崖と、それを囲む鮮やかな海の蒼。それまでの黒々とした岩とまばらな灌木だらけの景色からは、まるで趣を異にしていた。
「!……やった。」
 その風景に一瞬息をのんだ少女は、安堵の表情を浮かべてへたり込む。少なくとも飢え死には免れられそうだ。そう考えた瞬間、張りつめていた緊張が抜けたのか、急激に眠気が襲ってきた。目の前の光景から色が抜け、目の焦点が一カ所に定まらない。
「あ、やば……。」
そういえば、丸二日以上何も食べていないし、前寝たのは確か……。
 少女の意識が途絶え、その姿が倒れ伏すと、かなり離れた岩山から人影が走り寄る。その姿は数日前から彼女を監視していたこの山の主であった。男は、6尺を超えるその身に気を失った少女を担ぎ上げると、目の前の我が家に向けて降りていった。


「グキュルルゥゥ〜〜」
ひどく切なげな腹の虫の鳴き声に、少女は目を覚ました。見慣れない天井に驚いて辺りを見回すと、見覚えのない民家の一室だ。この西方ではほとんど見かけない、板敷きの床に障子戸の作りだ。転じて自分を見下ろすと、フカフカとした布団に寝かされている。
「!!」
ガバッと布団をまくって、警戒するように佩刀を探すがどこにもない。立ち上がろうとして、自分の着衣が見慣れない衣服、それも、素肌に浴衣一枚という姿に声を上げようとして……
「キュルゥゥ〜〜〜」
再び鳴り響いた己の腹の虫に、赤面しながらへたり込んだ。
恥ずかしいやら、お腹が空いたやら、混乱する彼女の思考にさらに追い打ちがかかる。
「……どうやら話を聞くよりは、まず食事を出した方が良さそうだな。」
「…え!?」
いつの間にか障子戸が開き、戸口から窮屈そうに覗き込んだ人影が、苦笑を浮かべて彼女を眺めていた。年の頃二十歳かそこら。ひどく整った容貌に困ったような苦笑を浮かべているが、彼女の視線はその上の瞳に釘付けになった。深い深淵を湛えた瞳には、いくつもの色彩が溶け合い、貫くような鋭い眼光の中に揶揄と好奇心の輝きを投じている。
(目を、離せない。)
陶然と見つめる少女の様子に、長身の男はいぶかしげな視線を向けると、まぁいいか、とばかりに肩をすくめて背を向ける。
「食事を用意してある。こっちだ。」
はっとして立ち上がった少女は、板張りの廊下を進む長身の背を追った。


 少女を別の部屋に案内してちゃぶ台の席に着かせると、男は隣室の台所からおもむろに配膳し始めた。お茶碗に白米、莢隠元とジャガイモのみそ汁、鰹と茄子の煮付け、竹の子と山菜の煮物、冷やした枇杷の実、箸と匙、湯飲みに冷えた水。男は、見慣れない膳に面食らう少女の向かいにあぐらをかいて座ると、自分の目の前の膳に手をつけ始めた。
「遠慮せずに食べろ。二日食べていないだろう。」
「え?」
当惑する少女をよそに箸を進める男。少女は二度三度男の手つきを見つめると、見よう見まねで箸を使い始めた。しかし、握り方がおかしいのかうまく使えない。
「待て。」
「あ!」
男は四苦八苦する少女の手を取り、箸を持つ手をつき直す。あまりに自然な動きに抗う間もなく手を握られてしまった少女は、男の説明に頷きながらも俯いて頬を朱に染めていた。
「あ、ありがとう。」
礼を言う少女に軽くほほえみ返すと、男はおもむろに食事を再開した。少女も慣れない手つきで箸を操り、目の前の膳を平らげていった。見慣れない料理は、少女の慣れ親しんだ味とはずいぶんと違ったが、薄味ながら深みのある味付けは少女の舌にも好ましく感じられた。
 二人がすべての皿を空にし、腹が幾分落ち着いたところで、男が口を開いた。
「名前は?」
「え?」
唐突な呼びかけに少女が戸惑うと、男は再び名前を問うた。
「小人族の長、ラヨロのイズルオが娘、ヒヅルと申します。」
少女、いや、小人族の戦姫が丁寧に答えると、男は落ち着いた声で返す。
「私は、夕影。遙か東の生まれだが、今はこうしてオルザンク山で隠者のようにして暮らしている。」
「わたしは、あなたのお力をお借り…」
ヒヅルが話し始めると、夕影はそれを押しとどめた。
「今日はもう遅いし、お前さんも疲れている。今晩はゆっくり休むがいい。話は明日伺おう。」
「しかし!」
「十日もかけて探したのだ。たかが一日延びても、どうと言うことは無かろう?」
「……わかりました。」
「では湯へ案内しよう。こちらへ」
夕影は、すっと立ち上がるとヒヅルを廊下の奥へと誘った。


 湯殿は別棟の外れに隣接しており、半屋内の露天風呂となっていた。石で組んだ広い湯船に、温度の高い湧泉と河の水を引き込んでいる。母屋と別棟の作りも人里離れた隠者の住処と思えない作りであったが、この温泉にはヒヅルも驚かされた。地下に住み、鉱山を一族で営む小人族にとって、温泉は最大の娯楽の一つだ。だからこそこの湯殿が、どれほど贅沢なものかわかる。差し渡し三丈四方もある広々とした湯殿からは、海に向けて開けた眺望が見渡せる。ヒヅルは思わず感嘆の声を上げた。
「凄い!!凄すぎるわ!!」
「喜んでもらえてなによりだ。ここに客を迎えるのは初めてなんでね。」
「ね!すぐ入ってもいい?!」
「ああ、好きに使ってくれ。着替えは用意しておく。」
夕影が苦笑しながら出て行くのを一瞥して、ヒヅルは浴衣を無造作に脱いで脱衣室に放り込んだ。
「えっへっへ〜。こんなお風呂がこの世にあるなんて〜♪」
白い肌に湯を打ちながら、喜色満面のヒヅル。その脳裏からは、ここを訪れた目的が少しずつ溶け出しているようにも見えた。


 湯から上がったヒヅルは、つやを取り戻した銀髪を腰まで下ろし、夕影の用意したとおぼしき浴衣に身を包んだ。青地に黄色い百合を描いた浴衣が、上気した白い肌に映える。幸せげにほほえむ表情と、裾を気にした楚々とした立ち居振る舞いが、健康的な色気を醸し出している。
 湯殿から戻ってきたヒヅルを、夕影は得意げにみた。目見当で寸法を合わせた浴衣が、ヒヅルの背格好にピタリと合っていたからだ。
「湯加減はどうだったかな。」
「結構な湯加減ね。少し温めでゆったりできたわ。」
「茶の間、……さっき食事した部屋に冷たい水を入れてある。少し暑気を払ってから休んだ方がいい。」
「ありがとう。なんだか迷惑かけてしまって。」
今更だが、訳も言わずにいきなり上がり込んで世話をかけさせている自分が恥ずかしくなったのか、顔を俯かせるヒヅル。
「気にしないでくれ。ここを建ててから初めての客だからな。私も嬉しいんだ。」
「……あなたは一体」
ヒヅルの言葉に、夕影は言いにくそうに苦笑を漏らす。
「話は明日にしよう。私はまだやることがあるので、先に休んでくれ。」
「え、ええ。」
「部屋はわかるか?」
「ええ、大丈夫。」
「わかった。では、ゆっくりお休み。」
「お休み。」
夕影が笑みを漏らしてヒヅルに挨拶する。ヒヅルも笑顔で返す。踵を返して廊下の奥へ消える夕影の背に、ヒヅルは問いたげな視線をかすかに送るが、答えはなかった。


 ヒヅルが客間に戻り、布団の枕元をみると、先ほどはなかった佩刀が置いてあった。ほっと息をついて大太刀を手に取ると、鯉口を切って刀身を引き出す。この数日で減っていた刀油が張り直してある。また、かすかに浮かび始めていた身錆も落としてあった。夕影が手入れしたのだろうが、ヒヅル自身よりも適切な手入れが施されている。自分の愛刀を自分より知っているような気がして、かすかに嫉妬に似た気持ちが浮かび上がる。
 それにしても、夕影とはどういう男だろうか。ほんの数時間共にいただけで、ヒヅルの思考はあの長身の男のことで満たされている。結界は何のためにあったのか。彼女を追い返さずに招き入れたのはなぜか。炊事も裁縫も達者にこなす上、どうやら大工としても職人並みのようだ。また、刀剣の扱いにも詳しい。なぜそれほど多芸なのか。
 だが、それらの疑問よりも、ヒヅルの脳裏から離れない疑問があった。彼は隠者だと言った。ならばなぜ時折寂しげな苦笑を浮かべるのか。なぜ、「客が来るのが嬉しい」のか。なぜ、この家はこんなに広いのか。
 訳もなく浮かぶ疑問を考えるうち、胸が苦しくなる。なぜ、夕影の顔を思い浮かべると鼓動が早くなり、息が詰まるのか。
 疲れがヒヅルの思考を眠りの沼に引きずり込むまで、小柄な戦姫の胸はいつもより早めの鼓動を刻み続けた。


 別棟の廊下の奥に、普段開けられることのない扉がある。夕影はその奥、岩山にくりぬかれた洞穴の入り口で、中を見下ろしながら一人物思いにふけっていた。眼前には彼の工房が広がっている。手前の方には日用雑貨である鍋釜や、ちょっと見何に使うのかわからない道具などが置いてあるが、奥には無数の甲冑や武具が置かれている。ここは、彼が師から受け継いだ、龍狩りのための英知が詰まった場所だ。不滅の存在として恐れられる龍を滅ぼす。そのためだけに集められ、研究され、作り上げられた道具は、いまはその役にも供されず静かに眠っている。
「師父。どうやら時が近づいたようです。」
夕影、いや、龍斬皇エリフは一人つぶやく。
「私は、彼らを許せません。さりとて、彼らを見限ることもできないのです。」