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  映像研究

新しい場所

・202404171945。帰宅する京王線で書いている。新しい場所での初回の授業が無事に終わる。 声が枯れて、喉が渇き、お腹が空いた。時間調整が難しく、しかし大きなミスはなく、けれどももっと学生から色々な声を聴くこともできたはずだったから、ビギナーであることを考慮しつつの70点と思う。時間調整は課題。時間が余ってぼんやりしてしまうことが恐怖だから詰め込みすぎ、結果的に尻切れることを、いつでもどこでも繰り返している。もう少し巻いたりスライドを削っても良いが、それは連休の宿題にして、ひとまず別の業務に意識を切り替える。静かに打ち上げる。

続準備(リハーサル)

・引き続き家で授業の準備をする火曜日。2日続けて部屋でこのように作業できることは幸福でもある。図版を集めて台本を書きパワーポイントに並べる。パワーポイントと少しずつ仲良くなっている。朝から作業をして昼食、そして午後から夜まで、200分の授業を通して話してみる。一人で部屋で話している様はおかしな光景だろうが、そんなことを気にしている場合ではなかった。これはリハーサル。声の位置を確認するように。夜になり家族が帰宅すれば作業をとめて入浴。ノンアルコールで夕食。ストレッチのち早めの就寝。

準備

・家から一歩も出ることなく朝から夕方まで授業の準備をしていた。授業すると自分が一番勉強するということは本当だと思う。代役と思って準備してきたが、直前まで来て気づいたらカラオケがカバーになっている。振り付けられたものをその通りなぞるのではなく、なぞりながらもその動きが自ずから生まれるならば楽しむことができるのだと思う。

今年はじめて

・今年はじめてジーンズを履いて出かける。数年前に購入したリゾルトのジーンズ。何度も洗ってまだ青い。靴は20年以上前に購入したクラークスのトレック。時々丸洗いする薄汚れたスエード。急いで手に取り被ったセントジェームスのウェッソン(黒)ではもう暑かった。朝から業務へ。体温の調整が難しく午前中は冷えていたが午後にはそれを忘れていた。同僚とわいわい言いながらあっという間に業務の時間が消える。今日も美しい映像を多く見た。緊張の最中で一歩踏み出す身振りは美しい。そのようにして映像を見ていた夕方、閃輝暗点に見舞われる。先週末もそうだった。これは緊張によるものか。睡眠不足か。いずれにせよ心身の不調は頭脳および目にあらわれる。そして不調を通じて見ることを確かめる。気がつけば以前のように鮮明に見ることをしていない。見えていない。それはもう、そういうことなのだろう、と思う。古いカメラのようにレンズは濁る。存在している限りは空気によって、空気中のさまざまな物質によって磨かれる。その傷の蓄積。わたしはわたしの身体を通して世界と出会うしかない。見ることだけでなく、これからずっと、できるようになることがあり、できなくなることがある、のだろうか。それをどう考えるべきか、分からない。分からないが、考えていれば、自分が他者へとひらかれていく感じがある。特に、自分よりも長く生きている他者の方へ。そう考えれば、折り返した感じもある。生きている限りその感じを忘れている。つかれたーと言いながらどしどし階段をのぼってリビングのドアを開ける。朝涼しく昼暖かく夕方は温い。夜はまだ寒いから窓を閉める。窓を閉めてビールを飲む。