辞書に載っている語形から〈日本語の音の用法〉を考える

 

2021年12月12日

アドベントカレンダーというのがあるそうですが、今年は「言語学な人々」というアドベントカレンダーがあって、それにお誘いを頂いてホイホイと乗ってしまいました。

しかし、なんでもギリギリになってしまう私です。

 

adventar.org

私は日本語の研究をしているのですが、3年ほど前だったでしょうか、親元に帰ったときに、八十代の母親が小型の実用辞典を持ってきて見せるのです。これを見ながら字の練習をしていたのだが、ふと気になってページ数を数えてみたら、サ行がいちばん多い、なかでもシがいちばん多いと知った、と。

国語辞典とも言えないような用字辞典的な小型の実用辞典で、インデックスも付いていないものなので、ページ数を数えてみたようですが、その時、「この親にして、この子あり」と思ったのでした。

私は、たしか小学6年生の時に、家にあった国語辞典*1には載ってない言葉が多いように感じて、もっとよい辞典を買ってくれと頼んで買って貰ったのが、『角川国語辞典』でしたが、この辞書は、小口のインデックスが、行ごとではなく、文字ごとになっていたので、シの部が多いことは一目瞭然でした。

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このようなインデックスの使いやすさを知った私は、その後、入手していった辞典にも、時折、インデックスの改良を施しました。

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そんなに手許には残ってないのですが、高校時代に使っていた旺文社古語辞典(昭和44年改訂新版)などは、塗り分けをカ行までで止めています。これは多分、この辞書については、小口ではなく、中身の塗り絵の方に時間をとっていたからでしょう。助詞・助動詞の項目に赤鉛筆で囲いをつけ、和歌・俳句の項には、緑のボールペンで囲いをつけるなどしています。

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それはさておき、この小口を見るだけで、この辞書では、サ行がカ行やア行ほど多くないことが見て取れるでしょう。頁数を数えてみると(足掛け、以下同じ)、ア行が227頁、カ行が236頁、サ行が180頁です。

単独で見ると、カが79頁、シが71頁で、カの方が多く、このことだけ見ると、古語辞典と国語辞典とでは仮名遣が違うので、このようなことが起きるのではないか*2、とも思えますが、カ行全体とサ行全体とでみても、国語辞典と古語辞典は違っていそうですから、これは仮名遣の問題ではないことがわかります。

これは、もちろん、辞典に採録されている語の性格の違いによるわけです。

さて、近代的な国語辞典の始まりとされる『言海』の巻末には、「言海採収語……類別表」というものが載せられています。

dl.ndl.go.jp

以下の所で、表にしてありますが、『言海』に収められた約35,000語について、五十音別にどれだけの数の語が入っているかを、それぞれの語の出自による、和語・漢語・外来語などの違いを示しつつ、数字で表したものです。

docs.google.com

これをみるだけでも、サ行が多いのは漢語であり、和語ではア行・カ行が多いのが分かります。

この表については、

岡島昭浩(2003)「「言海採収語・・・類別表」再読」『国語語彙史の研究』22

という論文を書きましたので、御関心の向きには、お読みいただければと思いますが、この論文では、語形を頭から見るだけでなく、2番目の文字で見たり、最後の文字から見たりしています。ただ、この辞典は、歴史的仮名遣いによるものであるし、収められている語も、明治前期までのものであり、外来語などを見ると、オランダ語からのものが85で、英語からのものが73、と、辞書に載せられる外来語が少ない時期だったことが伺えると思います。もっと新しい資料で、こうしたものを見て行きたくなるわけです。

しかし、『言海』以降の辞書で、このような表を載せてくれているものはというと、小学館の『新選国語辞典』が、全体における漢語・和語・外来語の数は載せているものの、五十音による数は示してくれていません。

電子辞書であれば、パパッと出せるようにも思えますが、けっこう面倒ですし*3、辞典間の違いを見るには、紙の辞典で頁数を数える、という原始的なやり方が、案外楽しいものです(項目数を数えるのは、電子化されたものでないと、気が遠くなります)。また、重要語は紙幅を割いている可能性も高く、項目数とは違った意味合いを持っているとも考えられます。

 

さきほど、旺文社古語辞典で、「か」の頁数が多いと書きましたが、これは古語辞典すべての性質ではなく、『岩波古語辞典』『小学館古語辞典』『小学館古語大辞典』では、「し」の方が多いのです。『時代別国語辞典 上代編』は、「か」の部が多く、原則として漢語が載らない辞典ですから、これは成る程と思いますが、小西甚一『基本古語辞典』、佐伯梅友三省堂古語辞典』でも、「か」の部が多く、語数の少ない辞典は和語の比率が高いのであろうと推定することになります。(カの部が多い辞典として、東條操『全国方言辞典』もあることを、ついでに書いておきます。)

 

さて、世の中には『外来語辞典』というジャンルの辞書があります(三省堂『コンサイス・カタカナ語辞典』の第五版が、比較的新しいものでしょうか)。この手の辞典では、どの文字で始まる項目が最も多いでしょうか。

英語の辞典では、sで始まるのが多いし、シャ・シュ・ショなどのことも考えると、国語辞典と同様に「し」の部だろうか、と考えた方、残念です。実は私もそう予想してしまったのですが、違います。

答えは「ふ」の部です。原語がFで始まれば、母音がなんであろうが、ファ・フィ・フ・フェ・フォで「ふ」の部に入ります*4。考えてみれば納得できると思います。(戦前最大の外来語辞典である、『萬國新語辞典』(昭和10年、1300ページ超)でも、フが最多です。1300ページの内、130ページほどが、フの部です。また、最大の外来語辞典である、あらかわそおべえ『角川外来語辞典』(初版1534ページ)は、外来語の認定に問題がある部分もありますが*5、これでも、フが最多です。117ページ。)

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逆に、外来語辞典(カタカナ語辞典)で、少ないものは、何でしょう。

「ぬ」が少ないのですが、「よ」「や」「つ」「む」と言ったところも少ないです。英語の発音の少ないところは、少なくなります。ヨの部などは、ヨーロッパという、日本語的な発音(オランダ語由来ではあるのでしょうが)のもの、ドイツ語由来のヨードなど、地名由来のヨークシャーなどを除くと、ヨーグルト、ヨットなどと、もっと少なくなります。ツの部が少ないのも、ツーやツリーなど、トゥで取り入れうるものがツで取り入れられたものを取り除くと*6、英語以外のものが中心になっていることによるのが分かるでしょう。

さて、国語辞典では「る」で始まる語が少ない、というのは、尻取りをしたことがある人なら、誰でも知っていることでしょう。逆に「る」で終わる語は、かなり多いのです。ジャパンナレッジを使って、『日本国語大辞典』を後方検索をすると、「る」で終わる項目は、23745項目で、「う・ん・い・く」に次いで多いです。終止形で辞書に載せる動詞だけでなく、名詞でも「る」で終わるものは少なくなく2868項です。一方、「る」で始まる項目は712項目しかありません*7

そういえば、尻取りのルールで、〈「ん」で終わる言葉を言ってはいけない〉、というものがあります。「ん」で始まる言葉がないからだ、と説明されますが、「っ」で始まる言葉も、同様にない(もしくは極少し)なのに、なぜ、「ッで終わる言葉を言ってはいけない」というルールがないのか、というと、ッで終わる言葉がないからですね。ンで終わる言葉はたくさんあるのに、ッで終わる言葉はありません。「あっ」とか「こらっ」とかがある、というかもしれませんが、「あ」と「あっ」、「こら」と「こらっ」の間には、「イカ(烏賊)」と「イカン(移管)」、「イシ(石)」と「イシン(維新)」のように、意味の区別に役立っていませんから、「あっ」「こらっ」という言葉は、いわば一人前ではないし、尻取りには使わないのが普通でしょう。

もう、だいぶ長くなったので、止めようと思いますが、言語の音には、用法というようなものがあって、どんな具合にでも使えるわけではないのです。それは言語によって異なるのはもちろん、同じ日本語でも、時代によっても*8、方言によっても異なります。

また、位相といいますか、ジャンルによっても変わってきます。擬声語・擬態語については、その範囲を定めるのが難しいですが、辞典に載っているもので数えてみると、山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』でも、小野正弘編『日本語オノマトペ辞典』でも、ヒの部が、カの部、シの部を押さえて、一番多いようです*9。ハ行音特有の清音・濁音・半濁音という3つの違いがオノマトペでは存分に発揮されていることと、ヒャヒュヒョという拗音を有するイ列文字が効いているのだと思われます。

 

ローマ字びきの、日本語辞典や和英辞典の類いにも、触れておきましょう。これは、採録されている語が国語辞典と同じであっても、違う観点で見ることが出来ますね。ヘボン式のローマ字の場合、もっとも多いのはなにかというと、これはkなのです。ヘボン式でも、カ行はすべてk、サ行はすべてsで書かれるのに、なぜ、kの方がsより多くなっているかというと、これは濁音行の数が効いているのでしょうね。

(上田萬年『ローマ字びき国語辞典』)

(福原麟太郎・山岸徳平『ローマ字で引く国語新辞典』 )

 

ポルトガル語に基づくローマ字びきの『日葡辞書』(17世紀初頭)の場合は、Cが最も多くなっています。なお、日本の幕末期に、フランスでこの『日葡辞書』をもとに作られたパジェスの日仏辞書では、フランス語に基づいたローマ字びきになっていて、カクコ・シセがCで写され(キケはk)、Cの部が膨大になっています。全933頁の内、179頁がCで、20%に迫る勢いです。ヘボン和英語林集成*10では、kの部はそれほど多くないのですが(初版で15%ほど)、やはりヘボン式ブリンクリー和英辞典明治29年)などでは、kの部の割合が20%を超えています(1687頁中の343頁)。

 

以上、甚だ中途半端ですが、これで終わります。ちゃんとしたことをするには、文字と音とを、もう少しちゃんと切り分ける必要があるのですが、その辺は、ちゃんとしておりません。お許し下さい。

 

ついでに、なんの考察もしてないので雑学知識なことになってしまうことを書いておきますと、手近にあった辞書でみたところ、中国語辞典のピンインではZで始まるものが多いようで(辞書によってはSが拮抗)、ウェード式だとCが多い。フランス語・スペイン語はc、ドイツ語・イタリア語は英語と同じくs、オランダ語はsとvが拮抗、ラテン語はpが多くcが迫る、ロシア語は圧倒的にП(ペー)、インドネシア語はM、といった感じでした。

ドイツ語とスペイン語は、aの部が結構多いことも目に付きます。その後、ポルトガル語辞典を見てみたら、aが一番多いのでした。大武和三郎『葡和新辞典』

 

さて、このアドベントカレンダーですが、当初、クリスマス関連の12/12ということで、12/12を語路合わせ的に「イフイフ」→「イブイブ」とも読めることから、12/23をイブイブと呼んだりすることについて書こうかとも思ったのですが、大筋は、

kuzan.hatenadiary.jp

に書いてあるし、今更書くこともない、と。

また、日本語の清音・濁音の定義を、「無声音・有声音」というような音声学的な説明を交えずに書いてみる、というのも書きかけましたが、次の機会にします。

*1:今なら「実用辞典」と呼ぶようなものですが、当時は、国語辞典だと認識していました。

*2:歴史的仮名遣いで「かう・かふ」と書かれるものが現代仮名遣いでは「こう」と書かれ、歴史的仮名遣いで「せう・せふ」と書かれるものが現代仮名遣いでは「しょう」と書かれる

*3:ジャパンナレッジの『日本国語大辞典』の項目検索は、異形からも引けるので重複があります。例えば、「っ」で始まるものを検索すると、名詞が1つ見付かりますが、これは、「きり」の「【二】(副助)」の「促音が入って「っきり」となる場合も多い」がヒットしているのであって、「っきり」の「(副助詞「きり(切)」の変化したもの)→きり(切)【二】【三】」もカウントされています。なお、「っ」で始まる項目を検索したら表示される3つの子項目の内、2つ「 いぬ 骨(ほね)折(お)って鷹(たか)にとられる」「りゅうすい一度(ひとたび)去(さ)ってまた返(かえ)らず」は誤入であろうと思われます。

*4:pのものも(後続音が[u]のものだけでなく、plやprで始まるものも)、bのものも「ふ」の部に入ります

*5:「ふく」が中国語「風feng」に由来するというなどの、与謝野鉄幹の語源説をそのまま書いているなど。

*6:このあたり、時代的なもので書こうとしましたが、ツイッターの存在に気づいて、止めました。

*7:

https://docs.google.com/spreadsheets/d/1VRkICc-wnnl-VUxp-IAlZDW5jHgFw9lk5KWjTho-av0/edit?usp=sharing

*8:「かは」「かほ」が、「カワ」「カオ」と発音されるようになるような、ハ行転呼の現象のことを、奥村三雄は有坂秀世の考え方に従って、「音韻の用法の変化」と書いています(『講座国語史』大修館)。

*9:小野正弘『日本語オノマトペ辞典』にはコラムのページがあるので、数えにくいのですが、ホの部も多いのが目に付きます。

*10:いわゆるヘボン式ローマ字が使われるのは三版からで、それまでは初版・二版では若干、異なりますが、いずれにせよ英語における発音とアルファベットの関係に基づいて、日本語にアルファベットを当てています。

かつての文庫解説 松本修『どんくさいおかんがキレるみたいな。―方言が標準語になるまで 』

2013年松本修さんの文庫『どんくさいおかんがキレるみたいな──方言標準語になるまで』*1が出る際に、その「解説」を書いたのですが、新潮文庫書目からは外れてしまったようです。


それで、その時の「解説」を公開することに致しました。


新潮文庫にちゃんとある、松本さんの『全国アホ・バカ分布考』への言及もありますし、

全国アホ・バカ分布考―はるかなる言葉の旅路 (新潮文庫)

全国アホ・バカ分布考―はるかなる言葉の旅路 (新潮文庫)

この解説にも、それなりの意味はあるでしょう。

 松本修さんは、二刀流の人と言っていいだろう。敏腕テレビプロデューサーであり、『全国アホバカ分布考』のような著書を持つ、という意味では、もちろんそうだろうが、ここでは、言葉の調査において、二刀流の人、ということを言いたいのである。
 大学国語学研究室というところには、テレビ番組に携わる人からしばしば質問電話がかかってくる。その多くは、ほんの少し辞書などの基本ツールを見れば解決する(ないしは解決の糸口がつかめる)ものか、あまりに漠然としすぎていて何とも答えようのないものである。
 本などをみて分らないことを問うのではなく、ともかく電話して聞いてみようというものである。取材というのは、人に対してするものであって、書物に直接するなど、まだるっこしいことはしない、という態度を感じるのである。
 ところが、松本さんは、テレビの人でありながら、書物と人と、両方からうまく取材している。そうした意味で二刀流なのである。
 「探偵!ナイトスクープ」のプロデューサーとして知られている松本さんが、我々日本語研究者に知られるようになったのは、「探偵!ナイトスクープ」で、「全国アホ・バカ分布図の完成」が放送された一九九一年五月二四日あたりからであろう。その日はちょうど、日本方言研究会関西地区で開かれる、二年に一度の日であった。春と秋に全国各地で開催されているが、四回に一度、関西地区で開かれるのである。その際に夜の放送のことが伝わり、全国から関西に集まっていた方言研究者たちが、宿泊先のホテルなどでこの番組を見たようである。私は残念ながら、同じ大学で開かれていた別の研究会で研究発表をしていたこともあって、そのことを知らずに番組を見なかったのだが、翌日にそのことを知人から聞いて残念に思ったものである。九〇年一月に放送された「アホとバカの境界線」を見ていただけに、である。
 その次の方言研究会(九一年秋)では、松本さんが発表なさった。当時はまだ、手書き文字だけで構成されている発表資料も多い時代だったが、カラーで印刷されたアホバカ分布図が配られたことに、我々、予算の少ない人文系の研究者は驚いた。発表内容も、人海戦術ともいえそうな郵便による調査に加えて、当時はまだ高かった市外電話を掛けまくったように見える調査、情報を吸い寄せるマスコミの力など、マスコミの人がこのようなことを調べると、こんなにも早く一定の成果を挙げることが出来るのか、という印象を抱いた。
 その二年後の夏に『全国アホバカ分布考』の単行本を自宅近くの書店で見つけて早速に読んだが、その大きな発展に驚いた。発表時には通り一遍だったように思われた文献の調査が進んでいたように思えたからである。
 言葉歴史をたどるのには、どうしても文献の調査が必要である。文献と言っても、言葉歴史が書いてある参考文献ではなく、問題にしている言葉が実際に使われている一次文献のことである。松本さんは、徳川宗賢先生などに相談したこともあってであろうが、文献から言葉を探す必要性を認識して、書籍化にあたってそこを補ったようだ。東京古書店電話をして、目指す言葉が載っていそうな文献が収められている書物を、次々に買っていく様子は、乏しい予算で研究している我身を悲しくさせたが、大きく共感した部分があった。言葉を求めるために、書物索引があれば、そこで求める言葉を探す習慣が付いてしまったというあたりである。そして書店の店頭で、なにげなくその習慣を実行したことによって、重要な使用例を見出す。
 このようなことは確かにある。たまたま開いた本に、気にしている言葉使用例が見つかる、というのは、その言葉に対して敏感になっているから目にはいるのだろうが、そういう言葉探しの不思議な体験があるのである。そのような体験自体はしばしばあるのだが、そのことを記録した文章はいくらもあるものではなく、そのような本として、『アホバカ分布考』を学生さんに勧めることも多い。
 『アホバカ分布考』を出版した後も、松本さんの言葉に対する探究心は持続し発展している。国語語彙史研究会という語彙歴史を研究する会にも、しばしば参加なさって、発表もされている。方言分布から出発した松本さんの研究が、文献を利用した研究へと発展しているのだ。
 かつて、言葉は「地を這うように伝播する」と言われ、そのことがアホバカ分布に見えるような同心円型の分布を生んだのだが、今、言葉は、空からばらまかれるように伝わるのが中心となった。言葉を空からばらまいているのはテレビを中心としたマスコミである。そのテレビの中にいる松本さんが本書で取り組んだのが、テレビラジオが広げた言葉である。
 しかし、本書でも、松本さんは次のように書く。
今こそ文献の扉を開けて、過去への旅に出なくてはなるまい。
 ただ、松本さんは文献を探るだけの人ではない。『アホバカ分布考』では、主に日本語研究者との縁で調査を進めていったが、本書では、言葉を作った人・広めた人との縁を求めている。テレビ局のプロデューサーであるので、その縁が繋がるのである。
 用例探しの喜びを知っている松本さんが、松本さんのような立場の人でなければ、おいそれとは会えないような人から情報を得ながら、取材しているのである。面白くない訳がない。日本語変化に関わってきた人たちを探したいという松本さんの思いが伝わってくる。
 本書は、いわゆる「業界」の言葉が、いかに普通の人間の言葉に入り込んでいるかを考証しているものである。
 確かに、そういうことはある。かつて規範的な標準語アナウンサーが担っていたが、現在は、芸人と呼ばれる人たちの話し方がモデルとなっているようで、我々教師の話し方も「あの先生、滑舌が悪くてよくカムし、話は滑る」などと評されたりする……
 などと、印象だけで述べるようなものでは、この本はない。
 比較的近い過去のことは、印象や記憶に基づいて書かれることも多いのだが、記憶だけは不確かである。現に、本書の中でも、松本さんが、過去文献から得られた情報を提示することで、証言者の記憶が甦ったり、その文献文章からだけは読み取れないことがらを、当事者の記憶を甦らせることによって鮮明にするなど、記憶と記録を突き合わせることで、取り上げられた言葉が、どのように人々に意識され、どのように広がっていったのかが見えてくるのである。
    *
 本書では、主に、「マジ」「みたいな。」「キレる」「おかん」が扱われていて、これに対して、日本語史研究者としてコメントしたいと思うのだが、あまり紙幅がないので、一部だけ。
 「みたいな」については、私などは、上接するものの多様化に気を取られていた。つまり「〜を見たような」から変化した「みたいな」が、古い形では名詞に続く「名詞みたいな」というものから、動詞形容詞にも続くようになり(「はしるみたいな」)、さらに文を受けるようになった(「〈なにやってんだ〉みたいな言い方」)、という流れである。
 ここで松本さんが問題にするのは、「みたいな。」を使った新しい表現法といってよいだろう。単語ではなく句を「みたいな。」で受けて、そこで文を終わらせる表現法である。句を受けるというよりも、セリフと言った方がよいだろうか。
  「セリフ」、みたいな。
という形である。このような言い方が、とんねるずによって広げられたことについては、既に指摘がある。早くは、『89年版ことばのくずかご』筑摩書房*2)で、武藤康史氏が「言語面におけるとんねるずの圧倒的な影響力」と書く中で指摘しているし、ラサール石井笑うとは何事だ』(徳間書店一九九四年*3)でも同様である。石井氏は「言葉をつくった人と、流行らせた人が往々にして違う」と書いているが、松本さんは、「みたいな。」について、その源流を探っている。その源流探しにあたって、私がネット上の「ことば会議室」に「ギョーカイ風の言い方としては古くからあったのだろうけれど、活字化されている」比較的古い例ではないかと記しておいた*4渥美清氏の談話に目を止めていただいたのが嬉しい。私は、小林信彦『おかしな男 渥美清』(新潮文庫*5)に引用されているのを引いたのだが(なお、この本には、渥美清の「みたいな」を繰り出してくる話術の趣についても言及がある)、松本さんは、引用元の『キネマ旬報』を入手され、さらに、『キネマ旬報』をバックナンバーへとさかのぼって行かれ、意外に古い用例を見せてくれる。
 「キレる」の中で触れられる「ぷっつん」の類。これを、効果音としてではなく、口頭で発することについては、片岡鶴太郎にさきがける例として、『ひょっこりひょうたん島』での「プツン」の使用例ちくま文庫版の第三巻*6三二一頁)がある。
 「マジ」「おかん」は、ともに江戸時代に使われていた言葉なのに日常言語から姿を消していたものが、後に〈お笑い〉によって復活を遂げた、という魅力的な語誌を示していただいた。
 「マジ」については、谷間の時代のものとして、小林信彦1960年日記』(白夜書房一九八五年*7)の六一年五月二〇日に「イヤミではなく、マジのようで」という用例があるのをたまたま見つけたので、芸人と交渉のあった人の用例としてここに書き付けておく。
 「おかん」については、下層の人たちに残っていた、ということであるが、大阪方言研究者の牧村史陽から、「中流以下の大阪人」の言葉であるとされた(『大阪弁善哉』六月書房一九五六年*8 )、八住利雄脚本の、映画夫婦善哉』には見える(織田作之助原作にはない)。落語の類以外の用例として、折口信夫の「生き口を問ふ女」(大正一一年)の用例も補っておこう。また「おかん」は関西の周辺部にもあった。さらに言えば、関西だけではなく、九州などにもある(『日本方言大辞典小学館など参照。この辞書方言は主に過去方言集などから拾ったものである)。そして、そのことは、松本さんも、語彙史研究会の懇親会などで話されていたのだが、本書には反映されていない。
 本書でも引用される井上史雄氏の〈新方言〉の研究で指摘されるのだが、東京において周辺部の言葉流入しているという現象がある。それと同じように、関西においても、周辺部の言葉(ないし位相のことなる言葉)が、関西中央部に流入してきた例として「おかん」があるとも考えられる(かつて中央部でも使われていた言葉であったが)。
 オカンとは言うがオトンとは言わない、という状態に大阪言葉がかつて有ったことが本書では示されている。その理由については、父親と母親の立場の違いに由来するという考え方が書かれている。これは、岸江信介ほか『大阪のことば地図』(和泉書院二〇〇九年*9 )でも、同様の考えが示されているが、音声の面から説明することも可能である。これは、オバンとは言うがオジンとは言わない、という方言があれば、同じ理由で説明できるものである。つまり、オカーサン・オバーサンと、ア段の音が連続すれば、サから変化したハが脱落することも有りうるけれど、オトーサン・オジーサンのような、ア段に比べて狭い母音が来た後に来る、サ・ハというア段音は脱落しにくいのである(アナタはアンタになるのに、ソナタをソンタとは普通言わない)。
 ただし、オカンが本当にオカーサン→オカーハンなどから変化したものなのか、オバンがオバーサン→オバーハンから来たものなのかは検討が必要だろうと思う。つまり、サン・ハンのない、オカー・オバーから、オカン・オバンが出た可能性なども考えないと行けないのである。オバーサンがオバサンよりも短くなってしまう、という妙な現象を説明するためにも、である。このあたりは、なかなか複雑で、前掲の『日本方言大辞典』の、「おじー」・「おばー」のあたりを開いてみれば、その複雑さの一端を感じていただけるだろう。特に「おじー」については、辞書の項目を立てる際に「祖父・爺」と「小父」を区別することをあきらめざるを得なかった様子が見えるのである。本書で、オジンが「小父さん」と解されて広がったことをも思わせる。
 言葉変化は複雑だが、その複雑さをほぐして見せてくれるのは嬉しい。「日本語の奥深さ」などともったいをつけるのではなく、解きほぐしてくれると本当にありがたい。本書を手に取った人が、言葉変化について感心を持っていただき、その人ならではの探索をしてもらいたいと思う。たとえば、テレビラジオ音声は十分には残っていないが、個人が録音したものがあるはずで、そのようなものを使って言葉歴史の探索をする人が出てきてくれないか、という期待もありつつ、この文章を終わる(この「〜という〜もありつつ」も、芸人さん由来の言葉ではないか、という気がするのですが、いかがでしょう)。
 (平成二十五年三月、大阪大学教授〈国語学〉)

*1:単行本の時は『お笑い日本語革命』

*2:

ことばのくずかご〈89年版〉

ことばのくずかご〈89年版〉

*3:

*4:http://kotobakai.seesaa.net/article/8238293.html#422

*5:いまは、ちくま文庫

*6:

*7:ちくま文庫

1960年代日記 (ちくま文庫)

1960年代日記 (ちくま文庫)

*8:

大阪弁善哉 (1958年) (六月新書)

大阪弁善哉 (1958年) (六月新書)

*9:

大阪のことば地図 (上方文庫別巻シリーズ 2)

大阪のことば地図 (上方文庫別巻シリーズ 2)