「一つだけ教えておいてやる、お前はまだ子供だからわからないだろうけどな。世界では嘘は一つしか許されないんだ。フィクションも嘘が二つ以上あるともう茶番。優秀なSF作家はそのことをよくわかっている。だから、市民は政府の不誠実を許さないんだ。世界には嘘は一つしか許されないし、その一つはすでに存在してしまっている。それなのにさらに嘘を繰り返すような事態を炎上させる。世界には生まれさせたときにすでに亡霊にも赦しようのない暴力が働いている。それはすでに炎にされてしまって誰もそれに不満を語らない。だからこそその次の不誠実な暴力の影をもはや誰も許さない。その当事者以外は。オレもお前もその燃えカスの灰をすすって生きていくしかないんだ。死んで消えてしまった後になるまで。」

ボクが人格なのかしきたりなのか迷信なのか構造なのか骨格なのか他の何かなのか、どれもしっくりこなくなってきて、そういう疑いを抱いているパフォーマンスをしているだけだと信じ込ませようとしている人格が存在するんだと言い聞かせて実際そうなのだと納得させようとしているところに、定時のチャイムが流れた。
ボクC「お先に失礼します」
仮面「今日はどこに行くんですか」
ボク「行ってみたいバーがあるんです。場所はまだどこなのか調べてないんですけどね」
仮面「私が調べてお連れいたしましょうか」
ボク「わからないのをなんとなく勘を頼りになんとか見つけるボクの楽しみを奪うのはやめてもらっていいですか」

砂時計には入口が二種類ある。そのうちの一つがバーだ。ボクが社会とつながりのある場所のうちの一つでもある。ボクはそこに行ってそこから帰らず、そこからさらに砂時計に行く。ボクにとってのバーとはいつも一方通行で、出口がない場所だ。普通の酒好きには邪道と言われるであろうくらいに甘ったるくしてもらったフローズンダイキリとまっとうなギムレットとマスターのおすすめのカクテルを飲んで、小さめのピザに少しはちみつをかけて口に含む。クレジットカードで会計を済ませてから砂時計に入る。

砂時計に入ると一定時間のうちにコードを入力しないと、セキュリティ解除の警告音がけたたましく鳴り響く。わざと時間をかけて警告がなるまで待って、管理者の仕事を増やす。管理者から電話がなる。ボクが社会とつながりを持つ最後の瞬間だ。コードを入力し終えると、ボクは砂時計に。

仮面C「」
NakedC「」
NakedC「」
NakedC「上手くいかない」
仮面C「チャンネルが合わない」
仮面C「罪のこわさは。それが埋め合わせされないということです。」
NakedC「償いが与えられないということですか。」
仮面C「大きく言えばそうでしょうね。」
NakedC「小さく言えば。」
仮面C「祈りが変わってしまうこと」
仮面C「水色のガラスを通してみていた時間が、急に透明になったときに」
NakedC「水色の器が見えてしまったときに」
仮面C「そんなものは認知できようができまいがどうでもよいと強がることも」
仮面C「ああ、こんなところに置き忘れていたのかと感動することも」
NakedC「そこに注いだ水に聖性を与えて、あなたに捧げようと力いっぱい天に掲げたとしても」
仮面C「」
仮面C「

ボクC「ボクが何に怒ってあの態度をとったのか、分けも聞かず自分の言いたいことを言って消えてしまった」
悲しいし悔しいけど涙はでないし、とりあえずアレルギー性結膜炎で処方してもらった目薬を差してリアリティーに花を添えよう。
ボクC「ただ、ボクが思ってることにあちらがご立腹ということかどうかもわからないんだけどね。謝罪とか言い訳とか、それがまた何かの炎上材料になるから拒絶なんだろうけど」
いろいろ手遅れで少しループしたらループしていることを忘れてしまうんだろうな。
ボクC「でもずっとバックグランドで回ってるから、人生通して少しづつ負荷は高くなっていってるはずで」
いつかキャパシティー超えてしまうことはないんだろうか。

ボクは電話をするのが怖かった。
どんな調子で話し始めればよいのか想像がつかなかった。
ボクの名前を忘れてしまっているかもしれないし、知らないかもしれない。

昨夜までは、こう言おうと思い浮かんでいたことがもう今になってはどこにもヒントさえなく、少々途方に暮れていた。
光とか影とか、時間の進み具合とか止まり具合とか、ある点からの逆方向の絶対値で自分の立ち位置を確認して、精神のバランスを保っているボクには、今から話さなければいけない関係とつながっていない空間とを始めることで終わってしまうことが、終わることが中断ではなく終わってしまうことになることが他ごとに逃避させる。

songeC「レーヴ、私と貴女は違う。」

嫁さんがダーツを一人黙々と消化している間に、ボクは個室でマンガを読んでいた。
どこに体重をかけて、どんなバランスで、どこを動かさずに、どこに力を入れればいいのか教えてくれたのだが、ボクには元来身体を動かす才能がなく、ボクが諦める前に賢明な彼女の方が先に諦めてくれた。

songeC「私は、地下鉄に乗ったんだ。そして、その車両の中で一番不幸だという根拠のある自信があった。そんなことを考えていたことは覚えている。でも他のことがほとんど思い出せない。あれのせいでそうなってしまったけれど、あれのおかげでこうなれた。塞翁が馬はG・Eで終わるのか、B・Eで終わってしまうのか、それが徐々に怖くなってきた。」

ボクには点々と記憶はあるのだけれど、まるでその間を繋ぐ線は引けそうにもないくらいに個々の印象がなくて、それでもボクの人格はのっぺりと確固とした一つのものに凝縮できるような不可思議な感触で留まっているのです。ある明るいスポットライトの次に無色の長い暗転が差し込まれて、唐突にさらに次のスポットライトが当てられて、気づくとまた暗転に入っているけれども、そのほとんど意味のない舞台にボクはずっと立ち続けている確信がある。

songeC「誰も私をそこから降ろしてくれないのです。そして降りた記憶はないのに、私は今ここに居るのです。」

尊敬している素振りをして、「偉そうなこと言っててもあんたの言ってることやしてしまったことは哲学的に赦されないことなんだよ」という主張しか返していないという、それはただ単に否定というよりももう二三歩は質の悪い冗談でしかない振る舞いではありつつも、しかしながら全方位の天球天秤の一方を確実にしめる有り様であってその空間的な一点がなければ私も彼の方ももうその空間的な存在ではあり得なかったのです。あり得なかった。

もう、私が息をしている彼に触れることはないことが確実になったその宣告を聴くが早いか遅いか、私は生命保険の証書の所在を思い出しつつ、信じられないことに頬を伝う涙の無意識の原因を奥歯を噛み締めながら分析していたのです。この壁を挟んだ彼岸に彼の方が横たわっている、その肌に触れることもできず、何年も読んでいなかった名前をカルテのサインでもう一度思い出したものの、なんだかそれがあれではなかったような変な感覚が正しいような錯覚を正当化してしまいそうな平衡感覚で自分の脚を支えていました。いつのまにか勉強をしなくなって日々をやり過ごすことだけで精一杯になって、だれもそれを非難しなくなるのが自然なことだったように、私たちが肌を重ねる距離感からおたがいの匂いを感じることさえない距離感に落ち着いていったのは、重力に任せて雫が垂直方向に下へ下へと垂れ下がっていくのと同じように。同じでした。