ツーリング日和19(第44話)真相

 チサは本当のミサも、ミサとボクとの関係も知らない。それは仕方ないと思ってる。それを知っているのはこの世でボクとミサしかいないし、これは二人の永遠の秘密だ。こればっかりはチサにいくら頼まれても話す気はない。

 ミサに人の運命と未来が見えるのは本当だ。だけどな、人の未来も運命もそんな単純なものじゃない。未来とは人が織り成す運命の結果だけど、訪れるべき未来を決める不確定因子が多すぎるんだよ。

 多すぎるからこそ新たな因子を加えることにより、運命を変え未来だって変えることが出来る。ミサが凄いのは運命や未来が見えるだけじゃなく、運命を操る力や、その方法さえ駆使できたことだ。

 たとえばボクが散々やらされたストリーキングだ。あれが具体的にどういう影響を及ぼして運命を変え、未来を変えているかなんてわかりようがないけど、あれをやった結果だけは良く知っている。そりゃ、あれだけやらされればな。

 チサが指摘したボクのチートな能力だけど、そんなものは無いとして良い。あるとしたらボクの性格だ。これは天橋立でチサにカミングアウトされた時に気づいた。あの時のカミングアウトは悲惨どころか、おぞまし過ぎる内容だった。

 あれを聞かされて動揺しない男はいないはずだ。ボクだって動揺しまくった。チサの言う通り、あんなものを聞かされたら軽蔑するだろうし、汚物と見る者が殆どなのは間違っていないと思う。悲しいけど人ってそんなものだもの。

 だけどボクはチサを受け止めることが出来た。それもチサが感じた通り苦渋の決断でもなかった。ボクがどう感じたかって? そうだな、一言にすれば、

「お気の毒に」

 もう済んだことだし、今のチサは違う。立ち直ろうと努力していたし、昔の快活さも戻っていた。悲惨な過去だって、あんなものでもこれからの未来にどこかで役に立ってくれたら良いかなぐらいなんだ。だからチサの過去の経験の話が出てきても昔話を聞くぐらいの感覚しかない。

 ミサが気づいたのはボクのそんな性格で良いはずだ。初めて会った頃のミサは、チサが知っているミサより百倍ぐらいは気難しかった。ミサの持つ能力は凡人からは羨ましがられるけど、一方で凡人からは気色悪がられ、化け物とか、怪物とか、悪魔と見なされてしまう。

 そういう扱いを受け続けたミサは、自分の築いた分厚くて高い城壁に籠り、周囲の者をすべて敵視していた。高校生のミサを見たチサも怖かったそうだけど、あの頃のミサは、う~んと、う~んと、ミサの逆鱗に触れた時ぐらいが普段だったかな。

 だけどボクはちっとも怖くなかった。ミサの能力だって変わった特技を持っているぐらいにしか思ってなかった。そんなものよりボクがミサに強く感じたのは心優しさだった。さすがにどうしてそう感じたかは忘れてしまったけど、とにかくミサへの印象はそっちだったんだ。

 だから友だちになろうとした、いや是が非でも友だちになろうとした。あははは、ミサはトコトン嫌がってたな。他の人ならビビリ上がって二度と近づきたくなくなるような、あからさま過ぎる態度をぶつけまくられたもの。

 でもボクは気にもならなかった。ちょっと気難しい人ぐらいの感想しかなかったんだ。追っ払っても、追っ払ってもまとわりついてくるボクにミサは面食らっていた。それまでミサの周りにそんな人間は一人としていなかったからな。

 ついにミサはボクが近くにいるのを許したんだよ。ボクという存在を認めたで良いと思う。そうだな、

『変わった男もいるものだ』

 こんな感じで良いはず。ミサは誰からも敬遠され、怖れられてはいたけど、心の奥底では寂しかったんだよ。ミサだって人間だ。だから心許せる友だちが欲しかったからだと思う。これはミサが変わる大きなキッカケになった。

 ミサとの関係は友だちから、幼な恋、そして彼氏彼女の関係に進んで行った。さすがに最初から一目惚れしたわけじゃないぞ。ミサの笑顔にハートを射抜かれたのもウソじゃないが、最初の笑顔は・・・思い出してもおかしかった。

 ミサの普段は能面無表情なのだけど、ある日のミサは苦渋に満ちた表情をしていた。腹でも痛むのか、熱でもあって頭が痛いのかと思ったけど、それはミサが無理やり笑顔を作ろうとしていたんだよ。

 それがわかった瞬間にボクのハートは完璧に射抜かれてしまった。だってだよ唯我独尊の権化のミサがボクのために笑顔を作ろうとしたのだから。こんなにいじらしい女はこの世に他にいないと思ったもの。

 それとミサの友だち思いだけど、あれだってボクと付き合ってからだ。だってその前のミサにとって周囲はすべて敵だったもの。ミサは怖がられはいたものの、ミサを敵視しているわけじゃないから、接し方を変えた方が良いって言ったんだ。ミサは、

『下郎の戯言など聞く耳など持たんわ』

 こんな感じの反応だったけど、それから敵視するのをやめただけじゃなく、ミサなりに積極的に関わろうとしだしたんだ。そうあのタロット占いだ。それだけじゃない、わざわざ不幸な運命に陥りそうな人を占いに誘い込み、その不幸な運命を避けさせようとした。

 ボクがミサのフリチン要請まで受け入れたのはボクが言い出しっぺだったのは確実にある。せっかくミサが良い方向に変わろうとしていうのを協力する以外にないだろうが。それでもミサはボク以外には能面無表情女だったけど、

『うぬ以外に何故に見せねばならぬ』

 そういうこと。ミサはボクにだけ笑顔を見せていたし、その笑顔も輝くように素敵なものになっていた。この頃には本当に可愛い女になっていた。あんなミサの姿を見れば、誰だってハートを射抜かれたはずだよ。だけどミサには大きなコンプレックスがあった。

 ミサにだって欠点はある。これも客観的に見れば団体さんのようにあったのは認める。ミサはそのことを良く知っていた。良く知っているどころか、人として、女として欠陥品ぐらいに思い込んでたで良いと思う。

 ミサだってボクとの未来を思い描いていたはずだ。遠からぬ日にボクに身を委ね、結ばれ、結婚だ。そして二人で幸せな家庭を作ろうってな。まだ高校生だったから誰でも夢見るし、ミサだって女の子だから考えないはずがない。

 それぐらいミサはボクを愛していた。だけど愛するが余り、自分ではボクを幸せに出来ないと思うようになってしまったと思う。さらに自分が結ばれないなら誰がボクと結ばれるのかの方向にミサは動いてしまったはずだ。

 たく当時のボクなんかガリ勉陰キャのブサメンだったろうが。そんな余計な事を考える必要はカケラもないのにミサは考えてしまったんだ。そんなミサに見えてしまったのがチサの運命と未来だ。

 そうだそうだ。チサを特別の憧れの人としたのはあの明るさ、性格の朗らかさ、愛くるしさもあったけど、だからチサを恋人にしたいと思ったことはないんだ。ミサを変えていく方向性として参考にしようと思っただけ。

 初めてミサに会った時に比べたら高校の頃はボクにしたら別人のように変わってはいたよ。それでもミサを誰より良く知っているはずのボクでも、あのクソややこしいキャラは手に余ることはまだまだあったけどね。

 ボクはもっともっとミサを良い女にしたかったから、そのモデルの一つと考えていたぐらい。ミサがチサのようになるのは途轍もない困難があるし、ミサとチサは別人だ。この辺はまだまだ高校生だったかな。

 そんなチサではあったけど待ち受けている運命はひたすら暗かった。それはミサの言う大いなる流れであり、ミサをもってしてもその流れを変えるのは無理だったはずだ。もしそれが出来るのならミサはどんな手を使ってでも変えようとしたはずなんだ。

 もう一つミサに見えたものがある。運命に翻弄され尽くされた果てにボクと結ばれる今のチサだ。ここもだけどチサをある意味特別視していたボクの心に反応してしまった部分もあったかもしれない。

 ミサはこの二つの未来を必然と信じてしまった気がする。だけどだよ、ミサの見えた二つの未来は蓋然性に大きな差がある。チサの暗い運命はほぼ確実に起こる。これは結果も示している。だけどボクとチサが結ばれるのは多くの未来の局面の一つに過ぎないのだよ。未来に起こりうる可能性の一つに過ぎないってことだ。

 だがミサはボクとチサが結ばれる未来に嫉妬し、同時に諦めを持ってしまった。ここも正確にはそうでないはずだ。ボクの結ばれる相手がチサだからではなく、ミサ以外の女だってことだ。

 ミサの嫉妬と諦めが入り混じった感情はミサを迷走させていた。たとえばだ。あの時にボクとチサを脅しつけてまで結び付けようとしたのがそれだ。ミサの行動は常に謎めいていると言われていたけど、あれはミサなりの行動原理に基づいたもので、それさえ知れば実に合理的かつ冷静、もっと言えばこれでもかの計算尽くで動いているんだ。

 あの時にボクとチサが結ばれるどころか、恋人関係も無理だし、親しい友人関係でさえ遠すぎるのはミサだってわかっていたはずだ。なのにあんな行動に出たのは、未来で結ばれ幸せになれるのなら、あの時に結ばれればチサの暗い運命も回避できるのじゃないかの単なる願望に過ぎないよ。

 そこまではまだ許そう。ボクがミサを恨んでいるのは迷走の果てに暴走しやがったことだ。卒業式の日にミサに別れを告げられたのは本当だけど、実際はあんなあっさりしたものであるはずがないだろうが。

 ボクはミサの申し出に驚いた。あれこれミサは理由を付けたけど出てくるのは怒りしかなかった。なにがボクの事を考えてだ。チサとのそういう未来もあるかもしれないが、運命も未来も変えられるんだよ。ボクとミサで変えられない運命なんてあるものか。

 なにが自分ではボクを幸せに出来ないだ。二人の幸せは二人で切り開いて作る物だろうが。ボクはミサさえ幸せに出来たら他には何もいらない。たとえそれでボクが不幸になるとしても、それがどうしたって言うんだよ。

 ミサはボクの愛が足りなって言うつもりか。足りなきゃ、ミサの欲しいだけくれてやる。ボクにある愛のすべてを搾り出して注いでやる。それでも足りなきゃ、命なり魂なり好きなものを持って行きやがれ。

 チサには及ばないってなんだよそれ。及ばなければ、及ぶようにし、追い越せば良いだけだろうが。ミサはそれが出来る女だし、ここまでどれだけボクのために変わってくれたと思ってるんだ。誰よりもボクは知ってるぞ。

 血相を変えてミサに詰め寄ったが、ミサの答えは頑なにNOだった。そう、ボクの失恋だ。ボクはミサに初恋をした。ミサはそれに応えてくれた。ミサはこの世で最高の女だった。最高の女との初恋が実れば、これが大輪の花を咲かせるのになんの疑いも持ってなかった。

 ボクはミサと最高の初恋をした。そうだよ、これでボクの人生のすべての恋になるはずだったんだ。そうする気以外は何もなかった。ミサだってそうだっただろうが。なのに、ミサのあんにゃろめはそれをドブに捨てやがったんだよ。この失恋のショックのお蔭で大学受験も落ちた。あんな状態で勉強なんかできるもんか。


 だからチサが推測したような秘術も、ボクのチートな能力なんてものは存在しない。あったのは嫉妬と諦めで暴走したミサの行為だけだ。広い意味でチサにボクを譲ったぐらいは言えるけど、あれはチサの存在がなくても起こったものなんだ。すべてはミサのコンプレックスからの産物だったってこと。

 ミサの予言で当たったのは、チサの大いなる流れによる過酷な運命だけ。あれぐらいはミサなら見えるのはボクも良く知っている。だからチサがボクの事を思い出して運命が変わり始めたのも、コメダで再会したのも偶然に過ぎないよ。

 ついでに言えばボクの離婚だってそうだ。結婚なんか三組に一組は離婚してしまう代物だ。ボクの初婚が三分の一になってしまっただけに過ぎないってこと。いかにミサでもそんな遠い未来の運命を左右なんか出来るものか!

 今でも悔しいのはどうしてミサは自分の運命にその能力を使わなかったんだって。ボクとチサの未来も見えただろうけど、ミサとボクの未来だって見えたはず。それがあんまり喜ばしいものじゃなかったとしてもだ。

 だがな、喜ばしくなかったら喜ばしい方に変えられるのもミサだろうが。それぐらい出来るのは良く知ってるからな。どうしてそうしなかったんだよ。ミサがそうしてくれていたら、ボクの結婚相手はミサだし、ここにいるのもチサじゃなくミサだっただろうが。思い出すたびに腹が立つ。

 それでも、それでもだ。なんだかんだでミサの予言は当たってしまった。こうやってチサと結ばれてしまったからな。ミサは忘れる事なんて絶対にできない初恋の人ではあるけど、さすがに歳月が流れ過ぎてしまった。

 ミサには悪いが、今ボクが全身全霊を込めて愛し、幸せにしたいのはチサだ。ミサがチサをボクに礼として託したと言うのなら、ボクは感謝して受け取らせてもらう。もうそれで良いと思う。

ツーリング日和19(第43話)チサの推測

「コウキを見つけたミサは小躍りして喜んだのじゃないのかな。自分を不幸から救い出して幸せにしてくれるし、そんなコウキを幸せに出来るのは自分しかいないから」

 あのぉ、ミサしかボクを幸せに出来ない能力はチートも度が過ぎて害しかないぞ。

「だからミサはコウキのためにも渾身の愛を傾けたのよ」

 なんだそれ。表情を見せたってやつか。

「あの手の能力の決まりごとに無暗に他人に表情を見せないはありそうじゃない」

 いかにもありそうだけど、

「だからコウキに見せたのは特別の意味があったのよ。だって見せられたコウキは一撃でメロメロになってるじゃない」

 結果としてはそうなった。だったらフリチンをあれだけさせたのは、

「そんなもの決まってるじゃない。あれはミサが見たかったからよ。考えてもみなさいよ。ミサならあんな術を使わなくても救えたはずよ。術の効果も大きかったのはあるとは思うけど、あれはミサからの愛の告白だったのよ」

 難解すぎるだろうが。そんなもの東大入試レベルどころか、ポアンカレ予想とかフェルマーの最終定理の証明クラスだぞ。

「だって見てたのはミサだけでしょ。あれはね、見たからには必ず受け入れるの意思表示以外に取りようがないじゃないの」

 そう受け取る方が難しすぎるだろうが。だってだぞ、自分が愛する男のモノの成長ぶりを何年も何年も観察し続け、それがミサに反応するのまで確認してるのだぞ。

「ミサは嬉しかったんじゃないのかな。自分にあれだけ反応するだけでなく、雄々しく逞しく成長してるのだもの」

 雄々しく逞しくって?

「あら、言わなかったっけ。コウキのは雄々しくて逞しいし、チサをあれだけ夢中にさせてるじゃない」

 男を知り過ぎているチサが言うと恐ろしいほどの説得力があるな。それでもだぞ、見た目で大きさとかはわかっても、それがどれだけの威力と言うか、効果があるかはいくらチサでもわからないだろうが。

「まあね。女が男に喜ぶのは大きさだけじゃないのはコウキの言う通りよ。究極的には、二人のモロモロすべてを合わせた相性になるよ」

 だろ、だろ。チサはボクに満足したけど、元嫁はそうでなかったもの。だからミサだって実際に結ばれないとわかるはずが、

「普通はね。でもそれさえミサは見えたはず」

 あのなぁ。ミサはボクと頑張った結果まで見てたと言うのかよ。そんなもの誰が見たいと・・・

「女なら見たいはずよ。ヴァージンだってああなるのが夢よ。童貞だって女をヒイヒイ言わせるのを夢見るでしょ」

 そこまでモロに言うか。本音と言えば本音ではあるけど、ミサはボクの竿振りを見ながらそんな事を考えるどころか、その結果まで見てたなんて。それでもだ。何度も言うけど、まだ高校生だし処女だぞ。

 いくら結婚相手にする気でも、自分を見て反応してる男を見て喜ぶってあり得るか。それもだぞ、それが自分に入ってくるのを想像して満足する女なんて・・・ウルトラ変人のミサならあり得るか。

「やっぱり高校の時は無理だったで良いと思う。チサだってコウキを彼氏にする気は起りようがなかったし、コウキに至ってはミサしか見てなかったじゃない」

 そ、そうだったよな。

「ミサがチサに施した術は、高校の時にチサに希望の救いがあることを示し、それがコウキだと教える事だったはず」

 じゃあ、あの時にチサがボクを選んでたら、

「それがあり得ないのはミサも良く知っていたはずよ。あれはチサがコウキを選ばなかった後悔をいつの日か引き起こすための布石みたいな術だったのよ」

 ならば、

「チサのあの運命も避けられないものだってこと」

 あれはいくらなんでも酷過ぎるだろうが。

「酷過ぎただけじゃなく、あのままで終わる運命でもあったのよ。そこまでミサは見えてた。だけどね、そこまで堕ちてやっとコウキに救われる女になれるのもミサには見えたはず」

 あのな。そこまで遠大な術をミサがチサを救い出すために施したって言うつもりか。そりゃ、ミサの術の底が知れないのはわかるとしても、いくら何でもだろうが。

「ミサでもそこまでしないと救われないのがチサだった」

 それにしてもチサが救われるまでが余りに辛くて長すぎる。どれだけの日々をチサが過ごす羽目になってしまったことか。

「それぐらいチサに背負わされた運命は重かったのよ。だからこそミサはそこに最後のチャンスを見たはずなんだ」

 そう言うけど、

「あそこまでになれば救えるのはコウキしかいなくなる。そのコウキがチサを救うには不幸な女だと心の底から思うのが能力発動のトリガーじゃない。コウキはそうなってくれたし、チサも最後の条件であるコウキを愛するようになってるじゃない」

 結果としてそうも見れなくもないけど、

「そうしか見れないじゃないの。こんなものはミサしか出来ないよ」

 チサの推測は起こった事実を説明するには合理的だし、論理的なのは認める。チサがそう考え、そう納得するなら、それはそれで良いとは思う。でもな、それはあくまでもチサが知ってる範囲に過ぎないよ。あの頃に本当は何が起こっていたかなんて誰も知らないもの。

ツーリング日和19(第42話)チートな男

 チサはしばらく考え込んでいたけど、

「やっとわかった気がする。ミサはコウキを恋人として選んだ。いや恋人どころか結婚相手として選んだはず」

 そんなことがあるものか。ボクだってミサを恋人とするのはご遠慮したかったけど、ミサだってガリ勉陰キャでブサメンのボクを選ぶ理由がないじゃないか。

「ミサがコウキを選んだのは一度結ばれたら自分しか見ず、あらん限りの愛を傾けてくれる男だからよ」

 ボクが離婚しているのを忘れてるぞ。初婚は物の見事に失敗してる。

「ミサは女の運命を変えるために男と組み合わせる秘術があるとしてたよね。その男も女の運命を変えられる男じゃないとダメだって。さらにそんな男は滅多にいないともしてた」

 ミサはそう言ってたけど、

「あれは男の方にも、そう出来る女と組み合わせるのが必要だったのよ。コウキの元嫁はそうじゃなかっただけ」

 わかりにくいな。誰でも幸せに出来ないのは離婚したから実証済だけど。

「コウキが真の実力を発揮できるのは不幸な女だ」

 チサはそうだけどミサは・・・あんにゃろめに幸せとか不幸せって感覚があったのだろうか。

「ミサは自分の不幸に気が付いてたのよ。ミサには人の運命を見通せる天与の能力がある。でもさぁ、そんなものが見えてしまうって不幸なことじゃない。だからミサはその不幸を避けさせようと懸命だったのよ」

 おかげで、フリチンで何度も走らされた。

「ミサはそんな自分に女の幸せなどあり得ないと思っていたはず。でもね、ミサだって女なのよ」

 ミサが生物学的に女なのは認める。

「自分の運命を変え、女の幸せを与えてくれる男としてコウキを選んだはず」

 ちょっと待て。どういうことだ。

「ミサがコウキと結ばれたらあの能力は消えたはず。ミサの不幸の原因はそこだからね。それを消し去る力がコウキにあるはずなんだ。そしてコウキは結ばれたミサに渾身の愛を捧げ尽くしてくれるじゃない」

 男と結ばれたらミサのあの能力が衰えたり、消えたりする可能性があるのはまだ認めよう。あの手の巫女的な能力の前提は、たいていは処女だからな。だけどだよ、どうやってあの能面無表情女のミサに恋愛感情を抱くって言うんだ。

「良く言うよ、それはこの世でコウキだけが知ってるじゃないの」

 しまった、それもチサに話してしまっていた。ああそうだよ、ミサは能面無表情女だったが、ボクと二人の時にだけ表情を見せていた。

「可愛かったのでしょ。だからハートを撃ち抜かれてベタ惚れしたのでしょ」

 誘導尋問に嵌められた。ああ白状するよ。ミサは能面無表情女だが掛け値なしの美人だ。スタイルだってあの服というか装束の上からしかわからないけど素晴らしいはずだ。信じられないかもしれないけど、笑えばそれこそ天使のように可愛いんだよ。

「やっぱりそうだったんだ」

 だがな、ミサの真価はそこじゃない。そんなものミサの上っ面を見てるだけだ。

「そんなミサを見れるだけでもレアな気がするけど」

 うるさい。否定はしないけど、ボクがミサに惚れたのはなによりその心だ。ミサは友だち思いだし、本当に心優しいんだ。

「口ぶりとは裏腹に本当に友だち思いなのと心優しいのはチサも感じてた」

 そりゃ、取っ付きにくいなんてレベルじゃない塩対応だし、上から目線の権化のような何時代の人間かと思うほどの物言いだし、取り扱うのがクソややこしいウルトラ変人キャラだったけど、そんなものを余裕で吹き飛ばす魅力がミサにはあった。

 ああそうだよ、ボクはそんなミサに欲情していた変態だ。ミサに恋人と認めてもらい付き合いたかった変人だ。ミサと結ばれて、結婚してミサを幸せにすることを夢見ていた変わり者だ。あの頃のボクはミサこそがすべて、ボクはミサに恋焦がれていた。

「思っていた通りだ。コウキの初恋の人はミサだったんだ」

 ミサの笑顔を見た瞬間に恋に落ちたよ。

「いつだったの?」

 そんなもの初めて見た時だ。

「それって、まさか小学校の時から」

 その通りだよ。あの日からミサに夢中になり、ミサがボクのすべてになった。だからミサのためならなんでもできた。それでミサが満足し、喜んでくれるならフリチンだって出来た。さすがにフリチンは抵抗もあったけど、ミサの願いだぞ、ミサがそうして欲しいと言ってるものを断れるはずがないだろう。

「それって、高校までに既に・・・」

 反応するに決まってるだろう。愛しのミサに見られてるのだぞ。それで反応しない訳があるものか。そんな姿を見られるのは恥ずかしいなんてものじゃなかったが、もし反応できてなかったらミサへの愛の裏切りになるじゃないか。

 チサが憧れの特別の人だったのはウソじゃないが、チサには悪いがそれだけの人だった。だからイワケン事件もすっかり忘れていた。それぐらいしか興味が無かったんだよ。ボクが見ていたのはミサだけだ。

 ミサはとにかくあのキャラだから怖がられていたし、敬遠もされていた。でもさ、本当のミサはそうじゃない。だから悔しかったんだよ。だから世界中の男がミサを怖がり敬遠しようとも、ボクだけはミサを絶対に幸せにしようと思ってたんだ。ミサはそうされるべき女なんだよ。

「ああやっぱりそうだったんだ。ミサに見えたコウキの能力はそれのはず。コウキには女の運命を変える力が秘められている。それはコウキがその女が不幸になっていると感じ、それを自分が愛することで救おうと思った時にのみ発揮される」

 なんかチート過ぎる能力だな。じゃあ、どうして初婚は失敗したんだ。

「元嫁を不幸と感じなかったからよ。だから救う気も起らず、コウキの能力も発動されなかった」

 たしかにそうだったけど離婚まで行くか。

「コウキがその能力を発揮して愛せば、不幸な境遇にいる女を幸せに出来る。だけどね、そうじゃない場合はその能力が邪魔して不幸になってしまう」

 おいおい、それはいくらなんでもだろ、だったらボクは平凡に恋をして、平凡に結婚したら不幸になる運命しかないって言うのかよ。

「そのはずよ。だからミサは自分が幸せになるためにコウキを選んだ」

 ミサがボクと結ばれ結婚したら幸せになるのは良いとしてボクはどうなるんだ。

「もちろんコウキも幸せになる。コウキの能力は選ばれた女のみを救い幸せにし、選ばれた女と結ばれた時のみ幸せになれる」

 それってチート過ぎるだろうが。そのボクの能力とやらが発揮されるのにもう他の条件は無いよな。

「まだあるよ。ミサはこうも言ってたよね。あの秘術は選ばれた不幸な女が自分の意志でコウキを選ぶ必要としてるのよ」

 それもミサは言ってた。だったらさ、その選ばれた女ってのは、どれだけいるんだよ。

「コウキと同じぐらいじゃないの」

 えっ、えっ、

「ミサはそういう男が見えるじゃない。だけどミサでも見つけられたのはコウキだけだったはず」

 そんなに少ないのかよ。

「だってだよ、チサが選ばれた女になるためには、奴隷屋敷を生き残り、売春婦をやり、前科者になり、ホテトル嬢で男を搾りまくってやっとじゃない。あそこまで経験して選ばれた女の資格をチサも手に入れた」

 あのな、そんなに資格を取るのにハードルが高いのかよ。そんなもの一生のうちにいるかいないかレベルだぞ。

ツーリング日和19(第41話)変人

 ミサとは手を繋ぐどころか、肌にさえ触れたことはない。チサは忘れたのか、

「そう言えばミサはフォークダンスに参加していなかったような・・・それどころか体育の授業はすべて見学だったよね」

 ああそうだ。ミサは体操服にさえ着替えたことがないんだよ。それ以前に買いもしてないはず。あんにゃろめは、

『わらわは好まぬ』

 これだけの理由ですべてパスしやがったんだ。体育はすべて見学だったけど、ミサのあんにゃろめはグランドにも出てこず教室にいたんだよ。プール授業もそうだ。さらにだ、身体計測や、内科検診も、

『わらわは嫌いじゃ』

 これで済ませてやがった。信じられないと思うけど小学校からそうだったんだ。だからミサの本当の身長も体重も誰も知らないことになる。だから水着姿はもちろん、女子だってミサの下着姿さえ見た者はいないはずだ。

「言われてみればチサも見たことないな」

 それもだぞ、それを教師連中でさえ、さも当然のように受け入れてた。そうだな、校門事件を覚えてるか。

「ああそれ見てた」

 新任の教頭が赴任したのだけど、前任校で荒れ気味の学校を建て直した功績を評価されての栄転だかなんだかで、そのためか風紀の取り締まりに異常に熱心だった。あの事件が起こったのは朝の校門での服装チェック。

「物差しまで使って異常に細かいものだったのよ」

 そこに登校してきたのがミサだ。うちの高校だって制服があるし、教頭もその制服を基準に服装チェックをしていたのだけど、

「そうだった、そうだった。ミサは制服なんか着て来ないもの」

 それ以前に制服すら買っていないはずだ。だから当然のように教頭に見咎められたのだけどミサは、

『わらわの出で立ちに下郎めが何を申す。うぬは目障りじゃ、二度とわらわの前に現れるでない』

 おいおいなんだけど、教頭の顔は真っ青どころか土気色になり崩れ落ち、

「救急車が呼ばれたけど心筋梗塞って聞いたわよ。あれってミサがやったのよね」

 そんなものわかるはずがないだろうが。もっともあれに近いことは何度もあったから、教師連中からも祟り神のように恐れられていた。

「修学旅行も来てないよね」

 ああそうだ。あれだって高校だけでなく小学校も、中学もそうだった。野外活動みたいなのもすべてパス。それでも気まぐれのように参加したものもあったけど、あれはミサの服が基準だった気がしてる。

 ミサの服は夏でも手首までビッチリ覆う長袖に手袋までしてやがった。スカートではあったけど足首まで余裕で届くロングだ。クソ暑い夏でもフード付きの引きずるようなマントを羽織っていて、靴は膝まであるぐらいのロングブーツを履いていた。

「タロット占いするのにピッタリだったけど」

 まあな。それはともかくあんな服で参加出来て、ミサの気まぐれが起こった時だけ参加していたで良いと思う。

「夏は暑くなかったのかなぁ」

 それもわからない。ミサだって人だから暑いはずなのだけど、汗一つ見たことがない。それでも夏の方がまだ薄着ではあった気だけはする。だって冬はこれでもかの重武装だったから寒がりだったのはありそうだ。


 良く言えば自由人だけど、はっきり言わなくても唯我独尊の権化みたいなもの。教師連中だってミサからすれば、その辺に生えている雑草とか石ころみたいなもので、よくあれであの高校に入学できたかと言うか、なんのために学校に来ているかわからないあんにゃろめだった。

「勉強も嫌いだったのよね」

 ああそうだ。予習復習は愚か宿題だって小学校からやったことがないはず。

「夏休みとかの宿題とかは。読書感想文とか、小学生なら朝顔の観察日記とかあったじゃない」

 そんなもの、

『わらわは好まぬ』

 これで終わりだよ。

「授業中に当てられたりは? やっぱり『わかりません』で済ませてたの」

 チサは高二の時からだから知らないのか。ミサのプライドは異常なんてものじゃないぐらい高いから『わかりません』なんて答えるものか。あんにゃろめは、

『それがわらわに物を聞く態度か。もう良い、下がっておれ』

 これでその授業は終わりだよ。

「いくらなんでも・・・それって小学校の時からなんでしょ」

 ああそうだ。そりゃ、反発した教師もいたけど校門事件になっただけ。だから教師連中に祟り神のように恐れられていたんだって。そういうのは申し送りされるから何度も起こったわけじゃないけど、それを知らないとか、信じなかった教師は悲劇に見舞われてた。


 ミサのあんにゃろめはとにかく好き嫌いが多かった。とりあえず問答無用で大嫌いだったのは、

「教師は敵視してたね」

 ああそうだった。教師と言うかミサを上から見下ろすような言動とか、態度を取ろうとした者は悉く血祭りに上げられた。教師と生徒はどうしたって上下関係になるけど、そんなものはミサには関係ないからな。

 それ以外も嫌いなものはあったけど、その基準がまさに複雑怪奇過ぎるのだよな。好きはともかく、嫌いとなると、どれだけの被害が出るかわからないぐらい。ミサなりの基準はあったようでダブスタはなかったはずだけど、誰だってミサの嫌いに判定されたくないじゃないか。

「そ、そうよね」

 あれは地雷原を歩いているようなものだった。ボクはミサを比較的良く知っている方だと思ってるけど、ボクですら、どうしてこんなところに地雷があるのかわからないのがミサだ。だから地雷を踏んでエライ目に合わされた犠牲者はいくらでもいる。

「ああわかる、ミサの逆鱗に触れた時はどれだけ怖かったか」

 そうなる。怒ると言っても無表情だけど、そうだな、口調がいつもよりキツくなるぐらいかな。それでも聞かされただけで誰もが震え上がっていた。小便チビってたのも多かったもの。

「足元に水たまりが出来てたよ」

 もちろんミサだって闇雲に怒りをぶちまけまける訳じゃない、ミサの逆鱗にさえ触れなければ、

「どちらかと言わなくても物静かな方だった」

 物静かと言っても教室の隅っこで目立たないようにしているのじゃなく、そうだな、あれは見下ろしてるとか睥睨してたと思う。

「それでも頼まれればタロット占いはやってくれたのよね。あれだけ気難しいのによくやってくれたと思うもの」

 そう見えるよな。あれはミサに言わせると、

『頼まれたからやるのではない。あの者がわらわに救いを求める必然から来ておるのじゃ。その願いを無碍になど出来るものか』

 だから占った後が、そりゃ、もう大変だったんだよ。

「なるほど! あの豪快な竿振り術をさせられるってことね」

 そういうことだ。だからミサがタロット占いを始めたら絶望感しか無かったもの。あれこそ逃れられない運命だったからな。とにかくミサは存在するだけで奇人というよりウルトラ級の変人だった。

「だからどうやってお付き合いしているのか不思議だったのよね」

 だから付き合っていないって。どうやったらミサとイチャイチャなんて出来るんだよ。

ツーリング日和19(第40話)秘術の実態

「ところでさぁ、ミサが誰かの不幸を防ぐ術ってなにをやらされてたの」

 あんなもの話したくない。

「聞かせてよ。チサのお願い」

 卑怯だぞ。そんな上目遣いで頼まれたら断れないじゃないか。あれはまさにトンデモだった、簡単なやつなら安来節だ。

「それって泥鰌すくい?」

 ああそうだ、あれをみんなの前でやらされた。それも成績だけは優等生のボクにだぞ。

「他には」

 腹芸って言って、お腹に人の顔を描いて踊るのもあった。でもそんなものは大したものじゃない。ミサがなぜか異常に好んだのはストリーキングだ。

「それって裸で走るやつ」

 ああそうだ。さすがに街中を走らされるのじゃなく、人目がまずないところでやらされたけど、それでも屋外だから誰に見られるか分かったものじゃないから、恥ずかしいなんてものじゃなかった。せめてパンツだけは許してくれと頼み込んだけど、

『下郎めがわらわの術に意見するか。すべて脱がなければ友垣を見捨てることになるのじゃぞ。うぬはその程度の卑しい心しか持たぬと言うのか!』

 やらされたよ。靴下まで脱いで素っ裸でミサが満足するまで走らされた。

「それってミサも見てたの」

 見てたよ。というかミサしか見ていない。それも見てたなんてものじゃない。ミサのあんにゃろめは、

『振りが少し足りぬが、されど今のうぬならこれが限界じゃ。それでもなんとかなるであろう』

 信じられるか! フリチンがどう動くかまでしっかり観察してやがったんだよ。チサはなにか考え込んでから、

「それって玉振りの秘術かな」

 あのな、それは玉振りじゃなく魂振りだし、やらされたのは竿振りだろうが。

「そうなんだけど、魂振りは体を震動させることで魂を活性化させ霊力を蘇らせたり高めたりする秘術よ」

 魂振りは古神道からあるはずだけど、今でも宮中祭祀の鎮魂祭で行われるってマジかよ。だからと言っていくら竿振ったって、

「ミサの秘術は二つの要素があると思うの。一つは羞恥心の活用」

 そりゃ恥ずかしいなんてものじゃなかった。ミサしか見ていないとは言えスッポンポンのフリチンだぞ。

「そこに意味があったのよ。だって羞恥心が極限まで高まるでしょ」

 あのな、極限を突き抜けるぐらい高まるわい。

「そうしておいての竿振りじゃない」

 羞恥心にまみれながら竿振ったら何か起こると言うんだよ。

「古来より陽根には霊力があると考えられ、日本だけでなく世界各地で祀られてるじゃない。それを震動させるのだから霊力が高まるに決まってる。より大きく震動させるためにはフリチンでなければならないし、そこに強い羞恥心を加えることでさらに効果を高めたはず」

 いかにも意味がありそうに解説してるけど、やらされたのはミサの前でやらされたストリーキングだぞ。あんなもの三流芸人だってやらない珍芸だ。

「いつまでやらされたの」

 言いたくない。これだけはチサにいくら頼まれても、

「聞かせてよ。コウキのすべてを知りたいの」

 違うだろ。ボクのすべてじゃなく野次馬としての興味だろうが。だからその上目遣いはやめてくれ、

「チサのお願い」

 なんてこった。ストリーキングは小学校からやらされたが、中学でも続き高校でもやらされた。

「高校の時ならコウキは反応してたんじゃない」

 これ以上は聞くな。誰にだって話したくないことぐらいあるだろうが。

「チサのお願い」

 まただ。その縋るような上目遣いは頼むからやめてくれ。ちくしょう、今日はなんて日だ。こんなものチサにカミングアウトする代物じゃないだろうが。

「お願い」

 高校ともなれば思春期の真っただ中だぞ。別にミサの前じゃなくても女の子に見られながらフリチンをさせられれば反応してしまうじゃないか。そりゃ情けないと言うか、みじめなぐらい反応していた。

 そうやって反応していることを知られるだけでも、恥ずかしさが胸に突き刺さるどころか、突き破って風穴が空いたよ。それでもミサのあんにゃろめは情け容赦なくやらせやがった。しかもだぞ、ミサだって高校生の女の子だぞ。それなのに、

『やはり益荒男はこうであらねばならぬ。こうであってこそ大いなる流れを変える力を得られるというものじゃ』

 女子高生があんなものを冷ややかに見れる方がおかしいだろうが。普通なら悲鳴を挙げて逃げるとか、せめて顔を覆うとか、目をそむけるものだ。それなのに、それなのに一部始終をまるで科学者のように観察しやがった。

「そこまで反応していたら、さぞや豪快な竿振りだったのでしょうね」

 チサ! お前まで・・・そっか、そっか、チサにはそれぐらい見飽きるぐらい見てるか。それでもまだ高校生だったんだぞ。

「だから効果があったのじゃないかな。魂振りの震動は大きい方が良いはずだもの。こんなことをしてくれる人だからミサはコウキを選んだはずよ」

 どこか間違ってるぞ。ボクだってやりたくてやった訳じゃない。あんのもの進んでやったら露出狂だろうが。そんな趣味は断じてない。

「でもやったんでしょ」

 仕方ないだろうが。ミサの命令だぞ。

「ミサの命令だからでしょ」

 なんか話の流れがおかしいぞ、

「やっぱりあの噂は本当だったんだ」

 なんの噂だよ。

「コウキとミサが付き合ってる噂よ。竿振りの秘術なんてミサの彼氏じゃなかったら出来ないもの」

 あのな、彼氏にだって出来るものか。だいたいだぞ、彼氏にそんな破廉恥なことをさせる彼女がどこにいるって言うんだよ。ボクはマゾじゃないぞ。もっともミサにはサドがありそうだけど、

「でもさぁ、そこまで出来るってお互いのすべてを知っていないと無理だよ。ミサだって肌を許した相手だからそこまで頼めたし、そんなミサの頼みだからコウキも断れなかったのでしょ。そこまでの関係だったとはさすがに意外だったな」

 チサの説明は合理的なところがあるのは認める。あんなものを彼氏にやらせるのはともかく、それぐらい深い関係でなければ頼まれたって出来るものじゃないからな。だけどな、ミサとは深い関係どころか付き合ってもいない。そもそも手さえ握ったこともあるものか。

「手を握るぐらいはあるでしょ。たとえばさ、体育祭のフォークダンスならあるじゃない。それも定番のように中学ぐらいからオクラホマミキサーだったじゃない。恋人とか関係なしに、どう考えたって一度ぐらいはあるはずよ」

 あのな、ミサはそんなに甘い女じゃない。