STAP細胞は「まぐれ」で出来ていたりして

 希望的には、STAP細胞は可能だと思いたいなぁ。そして、小保方さんのラボで、まぐれだったけど、実は成功していたと。

 研究って、一刻一秒でも早く第1発見者の名乗りを上げることが、もっとも重要な世界。小保方さんらのチーム内で、「あれ!? STAP細胞、できちゃったみたい!でも、こんなに簡単にできちゃうなら、早くしないと他の誰かが発見・発表しちゃう!我々がトップじゃ無くなっちゃう!!再現性?できたんだから大丈夫に決まってる。とにかく、論文は体裁が整っていればいいから、一刻も早く執筆、投稿だ!!」みたいな勇み足が、見えないところで行われて。

 でも、そんなことが発覚すると、実は他にもそんなことをやっているのが、目立たないけどバレちゃうから、「論文はさておき、結局の所、STAP細胞はできるの?できないの?」との問いに答えが出てこない。素人的には、そんなストーリーもありうるかな、と。うん、いい加減なテレビドラマなら、人気俳優を起用すれば、できちゃうかも。無理かな?

 小保方チームで、まぐれ当たりにせよ実験が成功していたけれど、その「まぐれ」の状態を作り出せないから再現性が無い。それならば、その「まぐれ」を「本物」にする条件は何なのか?それを明らかにすることこそが、重要な研究なんじゃないかなぁ?ほら、何だか忘れたけど、試験管に不純物が混じっていたんで実権失敗だぁ、と思ったら、そこに重要な発見の鍵があったって言う話もあったはず。

 第1発見者の名声も重要だけど、研究って、やっぱりロマンがあってもいいよね。

転んでもただは起きない−患者だからできること−

 私は躁うつ病患者だけれど、病状が悪化する前に潜り込んで、正社員としてのうのうとしています…。申し訳ない(?)ことだけど…
 
 病気って本当に嫌なことばかり、苦しいし、損ばかりしている。特に、精神疾患の場合は周囲の理解をえるのが難しいため、本当に辛い。

 私の場合、今では多くのうつ病患者さんたちに対しては申し訳ないぐらい、身近によき理解者がいてくれます。そういう方々はとっても大きな宝物です。陳腐なフレーズだけれども。

 でも、10年位前にはかなり違う扱いを受けていました。「いつもサボってばかりいる、ほとんど何もしないで居眠りばかりしている、わがままで人の話を聴かない厄介者」として扱われていました。被害妄想がまったく無いとは言い切れませんが、そういう存在だと見なされていたのは確かだと思います。とある上司からは「お前の面倒を見る気はまったく無い」と断言されたことも。何か事情があって相談に行っても、「そういうことは認められません」「どうして平気でそんな言動をするのか、さっぱり分からない」。そんなことを、大なり小なり言われてきました。しかし、病気のことはなかなか理解してもらえず、また、説明しようとしても機能が大幅に低下した脳みそではそれも叶わない…。私の場合、躁と鬱では考えも言動も大きく変わり、ますます手に負えない。それに輪をかけて、てんかん寛解するまで自分でも不可解な言動を続けていたし。

ただ、幸い私のことを理解してくれる方がおられた。理解しようとして下さる方が。そういう方々の理解と周囲への働きかけが、私にとっての環境を変えて下さいました。

 以下、決して私の「武勇伝」を語りたいわけでは無く、病人だからこそ、できることがあるのでは無いだろうかと考え、実行できたことを紹介します。

病気のことを理解してもらえるようになってくると、時々相談を持ちかけられました。「私の知り合いに、これこれこういう人がいて、病院行きを進めてみようと思うんだけど、どう思う?」と。結局、病院に行かれたもおられたそうですが、その後、治られたと聞いてホッとしています。

周りの理解が得られるようになってくると、(私では無く、)同僚や家族、友人、知人に対する理解を広げて、深めて欲しいと強く感じるようになりました。そして、(躁状態による暴走も手伝ってでしょうが)身近な方々を通じて幹部に対して、メンヘルに関する相談窓口や対応体制の徹底、メンタルヘルスセミナーの開催などを求め、ある程度実現してきました。その後、相談窓口を利用されたかともおられるという話しも伝え聞きました。最近は支社、本社の幹部の方から、「あなたのような病気を持っている方には、どう接したらいいのか?」と尋ねられることもあります。

 病気の最中には難しいでしょうが、治癒してから、あるいは寛解してからは、患者を経験したものだからこそ、できることってあるのだと思います。

 だから、(躁)うつ病仲間の皆さん、病気で失う物はあまりに多いけれど、それに比べれば小さいかも知れないけれど、「転んでもただは起きない」つもりで治療を続けましょうよ。そうでもしなきゃ、やっていられないし。

 最後に、私の好きな言葉を。

「やり直しのきかぬ人生ではあるが、見直すことはできる」

ブランコとバンジージャンプ

 上司と話していたときに、「そういえば、最近は、調子、どうなの?」と尋ねられた。有り体に、「相変わらず、浮き沈みが激しくて…」と言うと、「まあ、そりゃ、誰でもあるからさ。心配するなって」と。

 過眠症の話を引き合いに出しかけたが、生憎、そこで電話が鳴った。もっとも、平日でも15時間睡眠、という話しをしたところで、「誰でも、疲れているときはそんなもんだよ」との言葉が返ってきそうだ。

 その時その時の、自分の躁うつレベルと相手のそれとを、一瞬で測定・比較してみせられる、躁うつ測定機が欲しいよ。そう、おでこや耳の穴に当てると、一瞬で体温が測れるような。
 「死んでしまいたいだって?誰だって死にたいと思うことはよくあることだ…どれどれ、見せて見ろ。なに!おい!この数字、いつ線路に飛び込んだっておかしくない値じゃねぇか!1人で来たくなんかさせられるか。速く担当者をよんでこいっ!」

 せめて、「誰にでもある浮き沈み」とはスケールが違うことを理解してもらえるだけでも、かなり楽なんだが。妥当な例えかは分からないが、誰にでもある気持ちの浮き沈みが公園のブランコレベルだとしたら、うつ病患者の気持ちの浮き沈みが、バンジージャンプ級のものだとでも言ったら、イメージしやすくなるだろうか。

鬱状態の私に「大丈夫ですか?どうぞお大事に」

 昨日、あまりに鬱状態がしんどいので、有休を取った。
 電話の向こうからは、「大丈夫ですか?どうぞお大事に」との声をかけて頂いた。
 恐らく、ここ数日間、私が傍目にも鬱状態であることが分かったのだろう。
 また、他の人には、先日、興奮剤が効いていたから鬱だとは気付かれていないだろう、と思っていたら、「多分そうだろうと思っていたよ」と見抜かれていた。傍から見ると、本人よりもよく分かる、なんて言うこともあるのかな。

 いずれにしても、今の会社における私の居場所って、本当に恵まれすぎている。仕事を失わないために、仕事を得るために、うつ病をひたすら隠し通さなくてはならない人達には、本当に申し訳ないぐらい。

 でも、10年ほど前は、私の扱われ方は全然違っていた。いや、違っていて当然だ。あるときには思いつきの言動が目に余り、口を挟むべきでは無い場面でも、平気で口を挟む。あるときには昼休みに「昼寝してくる」と言って自宅に帰ったまま戻ってこない。出勤したら気分が悪いからと言ってソファで爆睡。夕方、「君に残っていられると、私が帰れないから、起きて帰ってくれ」という日々。
 体調が悪いと言っては1週間も2週間も休み続ける。ある日、突然元気に出勤する。目に余る元気さで。傍迷惑な元気さで。それが一週間ほど続いた後、しばらく大人しくなったかと思うと、また1,2週間の欠勤。本当に、やりたい放題だ。理解しろという方が無理だろう。

 それでも、私の病気を理解してくれようとする方々の存在、また、そうした方々から他の方々への働きかけがあったのだろう。今では冒頭のように、鬱状態を気遣って頂けるようになった。

 うつ病などに対して、このように理解してくれる企業が、少しでも早く、少しでも多くなってくれることを願う。

でか過ぎた

デスクトップPCが壊れたんで、その後釜にと、CPUの速さとか、RAMやHDDの容量とかのスペックを重視してこのノートPC選んだけど、ちょっとでか過ぎたなぁ。テーブルの上が狭くて何かと不便。やっぱり、軽さ、小ささも性能のうち、だな。

タブレット端末をスタンドに立てて使うと、場所を取らなくていい感じ。でも、はてな
ハイクする時、引用スターがつけられないのが、残念なんだよなぁ。

そんなに引用スターを付けたいのか、って?はい、付けたいです。だって、「いいこと言ってるなあ。特に、この部分」とか、「そうそう、そうなんだよねえ」とか、「ここ、ツボった!」とか、気軽に伝えられるじゃん。

家でも職場のPC並みの性能で仕事ができるようにと機種選定したけど、実際のところはネットサーフィン、メール、iTunes、「ハイク」、「ダイアリー」が利用目的のほとんどだもんな。時々、Excel、Word。今度買い換える時は、ノートにもタブレットにもなるPCで決まり、かな。

早期覚醒

早期覚醒すると、一刻も早く職場に行きたいという気持ちが抑え難くなる。朝の3時、4時ぐらいに。時には2時ぐらいであっても。それは今も以前も変わらない。

でも、よく考えたら何かが違う。

以前は、次から次へと湧いてくるアイディアを逃したくなくて、仕事がしたくてしたくてたまらなくなっていた。実際に朝の3時に出勤したりしていた。

今は、鬱の時に出来ずに積み上がっている仕事を少しでも片付けたくて、遅れを取り戻したくて、というのが、早く出勤したい理由だ。生活リズムを崩さぬよう、頑張って寝るようにしているが。

今の早期覚醒時の「早く出勤したい病」って、「仕事したい!」じゃなくて、「仕事しなくちゃ!」っていうストレス性のものなのか?

仮にそうだとしたら、どう向き合えばいい?何かいいアイディアはないかな?何かあるはすだよ、きっと。