もうすでに、似たような文章をなんども書いているけれども、全く上達したような気にならない。
統一感のない斑な緑の視界を、僕は練るように進んでいた。
木の葉の影に隠れるように先を行く、赤い少女の背中を追って。
常に意識をしなければ見失ってしまうほど、雑多な緑の情報が常に周りから押し寄せてくる。
世界に満ちた緑の中で、ただ赤だけを意識して、追っている。
追うのはそれほど難しくはない。赤い少女は逃げている訳ではないのだ。その存在は小さくてすぐにも世界の緑に埋もれてしまいそうだけれども、少女は僕が跡を追っていることを知っている。だから時折進む速度を緩めたり、殊更大げさに、目立つように動いたりして、追いやすいようにしてくれている。
――ほらほら、早くしないと飲み込まれちゃうよ?
少女は時折振り返り、幼い声で僕を呼ぶ。
わかっている。
一度でも見失ってしまえば、再び見出すのは非常に困難だ。
世界は広大で、とても曖昧で、常に形を変えている。
つながりを見落としてしまえば、あっという間に離れて行ってしまうだろう。
少女と僕の縁は、心当たりのある他のいくつかと比べると、そう大きなものでもないのだ。
だから、この広大な緑の世界の中で、一度はぐれてしまえば、次に巡り会えるのはいつになるのかわからない。縁自体は細くとも確実に存在しているので、二度と巡り会えないなんてことは起こらないだろうけれども。
僕は少女を追って、道を行く。
道は少しずつ太く大きくなっていく。
広がる視界。広がる道幅。地の色は茶。乾いた木の枝の色。
僕らは、世界を飲み込むような巨大な木の、枝の上を歩いている。
世界が広がれば、少女の姿もはっきりとして、跡を追うのも楽になってきた。
けれども油断はできない。
いつどこで何が起こるのか――わからない、この世界では。
はっきりとして、遠くまで見透すことができても、世界の存在自体は依然として曖昧だ。
だから、ちょっとした風に吹かれただけで、簡単に形を変えてしまう。
ぐぅんにゃありと。
言葉にしてみれば、そんな醜悪で、不安を掻き立てるような形容が当てはまる。
誘うように振り向く、少女の顔も――自然なのだが、不自然さはまるで感じないのだが、なぜだかどうしても、それがどんな顔をしていたのか、思い出すことができない。
――思い出せない。
記憶を振り返るように、瞬間瞬間の情景を明確に実像として留めることができない。
遠い遙か昔の記憶を、曖昧な霞の奥に去った思い出を振り返るように、明確な認識を保てない。
今、刹那、瞬間、目の前に在ると言うのに。
何よりも驚くべきは、それを僕自身、不自然に全く感じていないのだ。
驚いている。
そうだ、僕は驚いている。
しかし、現実に赤い少女を追う僕は、僕自身が驚いていることに気づいていない。
何か矛盾している。
少女を追う僕と、それを認識する僕の、意識が乖離している。
俯瞰するように、どこか遙か遠く、高い所から、僕は僕の行動を見下ろしている。
これは――、と気づく。
夢だ。
夢を見ているんだ。僕は。
気づくと、ひとつの単語が浮かび上がる。
明晰夢。
これは夢だと、意識して見る夢。
現実にある自分の存在を意識して、それと確かに別に存在する夢幻の世界を、然りと見る――そのような状態のこと。
現実にある自分にとっては、理屈に合わない、許容し得ない様々な事象。それらに満ちた世界に在り、順応して生きている自分自身を、俯瞰するように見ること。
俯瞰する僕の意識から見れば、この世界は不自然極まりないのだけれども、しかしこの世界を舞台として生きる主人公たる『僕自身』にとっては、違和感など欠片も感じられない、当たり前の世界なのだ。
このような夢は、過去にも見た覚えがある。
同じ夢、ではない。
似たような、夢の中の主人公としての僕と、それを認識する僕の意識が乖離しているという、夢だ。
以前見た夢は、今のこれとは全く違う状況だった、ように思う。
またこことは異なる夢世界を見ていた、ように思う。
実はよく思い出すことができない。そのような気がするだけで、ひょっとすると同じ夢を繰り返し見ているだけなのかもしれない。
夢を俯瞰する僕の意識状態――心理状態が、その時々で異なるために、違う状況だった、と感じているだけなのかもしれない。
夢は所詮夢だ。朝露が日の光に照らされて消えていくように、目が覚めれば記憶の彼方に去ってしまい、もう二度と思い出すことができない。
残るのは、ただ夢を見ていたという、曖昧な感覚だけだ。
だからこの夢が、以前見ていたそれと、本当に違うものなのか、僕に判断する術はない。
けれども、違う夢だろうが、同じ夢だろうが、今はそんなことは関係ない。重要なのは、以前も見た覚えがある、というその感覚だ。事実が実際にどうであろうと、既知であると感じるその感触は、僕の精神状態を安心に保つ。
この状況は知っている。ゆえに安心して良いのだ。
自分に言い聞かせ、心の安寧を維持するのだ。
森の中を、木の枝の上を行く僕は、そんな僕の心の葛藤を知ることもなく、ただ走る。赤い少女を追って走る。
僕はなぜ僕が赤い少女を追っているのかを知らない。そして僕は、僕の中の心の葛藤を知らない。
僕と僕の心の交流ができていない。
走る僕は僕でありながら、何を考えているのかわからない。
どうしてこれが僕になるのだろう。何を考えているのか、何を目指しているのか、その心の内は何もわからないというのに。
けれども、この僕が僕ではないなどという思考は湧いてこなかった。
堅い地を、枝を踏み締めて走る、僕の力強い脈動を感じている。朝靄の中に似た、湿った森の空気を感じている。目の前を揺れる赤い少女の背中の存在も、感じ取っている。
感覚だけは、僕と僕は一致している。
だからどれだけ思考が乖離していたとしても、僕は僕である。それだけは間違いないのだ。
しかし、この夢は何なのだろう。
もうずいぶん、長い間夢を見続けているような気がする。
こんなに長い夢を見るのは初めてだ、と思うのだが、以前見た夢を明確に覚えている訳ではないので、やはりこれは記憶していないだけで、これまでも度々にあった、普遍的なことなのかもしれない。それはそうだ。イレギュラーなことなど、そうそう起こりはしない。それに、長い間夢を見ている、という僕の感覚も、その真偽は疑わしい、と考える。
長い間続けているのは、どこかへ向かって走る赤い少女を追いかける行為のことで、それを行っている僕自身の感覚が夢を見ていると自覚している僕にフィードバックされて、そう錯覚しているだけなのかもしれない。
どちらが正解なのか、わからない。
どちらも正解なのかもしれなかったし、どちらも間違いなのかもしれなかった。
判断材料は足りない。この段階ではどちらとも決められない。
決める必要もない。僕が思ったのはただの疑問であり、明らかにされたからといって何かが変わるというものでもない。どちらであったとしても、どちらでなかったとしても、正解はたった一つだ。世界はひとつの現実に収束されて、在る。
シュレディンガーの猫、なんて言葉が頭に浮かんだ。
意味はわからなかったけれども、なぜだか気分は納得した。
僕にわからないということは、夢の中の僕が知る夢の中の言葉だったのだろう。そして、夢の中では意味の通る言葉なのだ。だから夢の中の僕は思い浮かんだ言葉に納得し、その納得した感情を、俯瞰する僕が感じ取ったのだ。
納得した僕は、その感覚に身を委ね、思考を止めた。
今いる、夢の中の僕に感覚を重ねる。
少女を追っている。
疑問はまだ、体の奥に明確な形を取らずに渦巻いているが、僕の体を包むのは安心感と納得感だ。
だからこの状況に不安はない。
急いで、駆けている。けれども、後を追う僕の存在を意識してくれている。
だからきっと、少女にも余裕はまだ多分に存在し、それが僕の安心感を補強もしているのだろう。
霞のように揺らめく世界を僕らは走る。
大樹の中心へ向かい、真っ直ぐに。
先導する少女は、振り返り僕の様子を見るのと同じくらいの頻度で、空を見上げている。
つられるように僕も空を見るが、そこには青空はなかった。
白い乳白色の雲が、空全体に広がり、その奥の様子を覆い隠している。お陰で太陽の位置もわからない。雲の中で陽の光は乱反射しているのか、降ってくる光は斑で、方向性すらも正確にはわからない。雲に不純物は少なく、澄んでいた。だから、白色に見えるのだろう。けれども、考えられないほど厚い。
どれほど厚いのか、わからなかった。太陽の存在を曖昧にするほど分厚い雲など、僕は知らなかったし、それほど厚いのに、雨を降らす様子が全くないのも、異常と感じられた。けれども僕は、雲生成のメカニズムについて、詳しいことはほとんど知らない。だから、この雲の状態が正しいのかどうだか、判別することはできない。
けれども、普段ではあり得ない――かもしれない。
それはただの可能性でしかなかったが、そう感じることこそ夢の中にいる証拠なのだと、意識を新たにすることができた。
再び視線を少女の背中に戻す。
周囲の緑は再び深くなり、道も狭くなってきた。
道の真ん中まではみ出てきた、曲がりくねった木の枝を、少女は手で払った。
カチリと。
少女に払われた枝はしなり、勢いを付けて僕に襲いかかってきた。
僕は足を止めて、目の前を通り過ぎていく枝の一振りをやり過ごす。
――危ないな。
文句を言おうとして僕は、少女の姿を見失ったことに気づく。
枝を避けるために止まってしまったのがいけなかったのか、目の前の一本道を進んでいたというのに、少女の姿はもう、どこにもない。緑の奥へ消えてしまった。
つながりが切れたのだ。
そう思った。
はぐれてしまった。だからきっと、偶然が許さない限り、少女と再び巡り会うことはないだろう。
――困った。彼女は道しるべだったのに、どうしたものだか。
ぼやこうとして、僕は強烈な違和感に襲われて、口元を押さえた。――いや、押さえようとした。
声が出ない。
――いや、声は出ているのだ。
それを俯瞰する僕の意識は捕まえることができないのだ。この夢の中の、音を認識できていないのだ。
今更気づくのも間の抜けた話なのだが、思えばこの夢の中にある間中、僕は音を一度として耳にしていない。なのに違和感がなかったのは、夢の中の僕自身は当たり前に音を認識していたからなのだろう。しかし、気づいてしまえばもう忘れることはできない。この短い時間の記憶を思い返せば、今まで気づかなかったことが不思議なほどの違和感に襲われる。
信じられない。
音が全くないことに、気づいていなかったなんて。
しかしこれは現実だ。否定しても始まらない。この世界で僕は、一度も音を聞いていない。
一度も?
本当にそうなのか?
僕は、少女の声を聞かなかったか?
聞いたように思う。振り返り、僕を呼ぶ少女の声。
だが、さらに思い返してみると、それはただ「聞いたように感じた」というレベルの認識にすぎないようにも思う。
わからない。けれども違和感は捨てられない。
音。音。――音だ。
何か見落としがあるような気がする。
盲点が転がっているように思う。
記憶を遡ろうとすると、強烈な印象を残る場面ばかりが浮かんできて、進めることができなくなる。
枝を振り払う少女。振り払われた枝はしなり、少女が通り過ぎた後をすごい勢いで後ろへ飛んでいく。枝を振り払う少女。僕は避ける。足を止める。振り払われる枝。しなる枝。少女の手が、木の枝を――。
カチリ。
そんな音を聞いた。
僕自身も、そう認識している。
何の音だろう。
枝を振り払う音にしては、あまりにもそぐわない、不自然な効果音。
僕はその音に、聞き覚えがあった。
寝ている時はいつも聞いている音だ。
だから聞こえることに違和感がなかった。
今も、ない。
だから今も聞こえているのかもしれない。
聞こえ続けているのかもしれない。
それは、現実世界の僕の枕元にある。
枕元にあるそれは、僕の目覚まし時計。
時計の長針が一つ、一目盛り、たったそれだけ、動く音。
意識しなければ聞こえていることすらも忘れるほど、小さな音。
けれども今もきっと、聞こえている。
カチリと。
■
いつぞやの「異端 −吸血鬼事件−」の流れを汲む新作、の序文。
舞台は同じでも、登場人物は一人しか共通していないけれども。
ようやくストーリーがまとまったので、書き始め。
……暇がほしいなぁ。
境界 −魔法少女事件−
例えば、大人の世界と子供の世界。
何処からどこまでが子供で大人なのか、その境界を見極めるのは難しい。
基準となるものは、それこそ無数にあり、きっと一人一人持っているものも、また異なる。
同じ人物であったとしても、時と場合により、基準は変化する。
境界を特定することは非常に困難であり、また、それ故に特定できたとしても、大した意味を持つ物にはならないだろう。
白黒はっきり付けるべきだとか。
正か負か。正か邪か。合か否か。攻か防か。正義か悪か。
きっと、現実の中じゃ、それらが明確に境界付けられることなんて滅多にないことなのだ。
それどころか、ひどく稀な事象なんだろうと、ぼくは思う。
だからこそ、それらが稀少であるからこそ、明確に示されるその時には貴重なものとされ。そして、重要なものとされ。さらには、正しい物であると、誤解されていくのだろう。
――誤解。
そう、誤解だ。
この世界に、明確な境界など、何一つ存在しない。
嘘だけど。
上げようと思えばそれはいくらでも上げられるけれども。
でもまあ、境界はただの境界であって、そこに境界があること自体には、意味などありはしない。
そこに意味付けするのはあくまでも人間の意識であって、物理的に構築された定義などでは、決してない。
うん、ええと、つまり、何が言いたいのか、何やら脱線しかかっているような気がして、僕自身にも定かではなくなりつつあるのだけれども。ともあれ、一つ。
気負うな。
境界があったとして、それを踏み越えることに必要以上の意味を付加することのないように。
それはただの境界だ。
ただの線にすぎない。
越えた向こうの世界が、これまでいた場所とどんなに違っていたとしても。
違って見えたとしても。それは君が見出す以前から、その境界自体はすでにそこにあった。
境界の内と外。それぞれの世界は君の認識に関わらず、ずっと、ただ君が気付かなかっただけで、そこにあったのだ。
ただ、それだけの線にすぎない。
けっして、君が創り出したものではない。
だから大丈夫。越えることにより、世界すらも変えてしまったかのように、気負うことはない。
変わるのは君だけだ。
ただ、君だけだ。
世界は変わらず、そこにある。
だから安心して、変わっていけ。
忠告めいた言葉になってしまったけれども、これが今の僕の、偽らざる、素直な感想。
この秋、僕は幾度も幾度も世界が変化していく姿を目撃した。
僕がこれまで見ていた世界は世界のほんの表層にすぎないと、この上もなく知ることとなった。
けれども世界は昔から、遙か昔からただそのようにあるだけで、決して姿を変えたわけではないことも、知った。
ただ僕が知らなかっただけ。
それだけだ。
その秋の日々。
幾人かの少女たちと、僕は出会った。
驚くべき少女たちと、僕は出会った。
それもどういうわけか美少女ばかりだったりした。
そのうち何人かとは命の危機にも似た事態に巻き込まれたりして、けっこう親密になったりもした。
人生に三度はあるという、モテ期とやらに突入したのかと錯覚したりもしたが、結局そのうちの誰とも恋仲になることはなく、秋は過ぎ去ってしまったりしたのだけれども。
うう。これでモテ期ストック残数2。
思い返せば何だかすっごくもったいないことをしてしまったような気がする。
ああ、あの時ああしていれば。つーか、あの時のフラグはどこに消えてしまったのだ? イベントも順調に消化して、確実にルートを辿っていると思ったのに。結局はなんだろ。ノーマルエンド、なのかなぁ。ちくしょう。何やってるんだ僕は。もっと接触的に。いや、あそこは誘い受けなセリフを言えばよかったのか? ええい。リセットボタンは何処だ? 分岐まで戻ってセーブデータをロードしろっ!
とかまあ。
後悔先に立たず。
いや、これは物語的には「序」なので、先に立っているのか?
まあいいや。人生に攻略本は存在しない。
いや、書店とかに行けば普通に置いてあるような気もするけれども。
でもあれには「徹底攻略」とか「極限解明」とかの帯が着いていないので、あんまり役には立たないような気もする。
きっと、発売日と同発の「ファーストステップガイド」以下の情報しか乗っていないだろう。発売前後のネットの掲示板ごとく、意図して誤解を誘うデマ情報も多いし。
つかまた、話がずれていっているような気がする。
いや、間違いなくずれている。
どこまで話したかな?
いや、もう話は終わったっけ?
てか、元より話すことなどあったっけな?
わからない。どうでも良いような気がする。
色々中途半端でぐだぐだだけれども。
「色々中途半端よねぇ」
特に親しくなり、物語のほとんど始めから最後までを共にすることになった少女の、ある時の言葉である。
「否定はしない」
大仰にうなずくと、少女は困ったようにうなずいた。
「ま、あたしも人のことは言えないんだけどさ。この中では一番キャラクター性薄くない?」
その言葉にもまた否定はできなかったが。賢明にも僕は口には出さず、頷きもしなかった。
現実的に見てみれば、どちらかといえば僕も彼女も濃いキャラクター性の持ち主と言えるだろう。自画自賛ではなく、自嘲でもなく、純粋にそう思う。ただ、この短期間の騒動中に関わった人々のキャラクター性があまりにも高すぎたのだと。けれども。だからこそ。比較的に見て標準的なキャラクター性の持ち主だったからこそ、強い力に引きずられることもなく、最後まで歩くことができたのだろう。
確認は取れないけれども。
取りようがないけれども。
彼女たちが、結局の所どこの誰だったのか。
その真実の所を僕は誰一人に関したとしても、知ることはなかった。
たとえ似たような、同じ立場にあるような誰かがいたとしても、僕の知っている彼女自身であるとは限らないことを知った。彼女たち自身もまた、自分がどこの誰であるのか、知らなかったのかもしれない。僕が、僕自身がどこの誰であるかを、確信を持って語れないのと同様に。
もしくはそもそも――そんなもの、存在すらしなかったのかもしれない。
始めから。
その始まりの始まりから。
縁がなかったと、言えるだろう。
今回の。
彼女たちとは。
けれどもいつか。
いつかどこかの世界の果てで。
僕がどこかの誰か一人を選ぶことがあるとして。
僕は、その誰かに、何一つ疑問を抱くことなく、信じることができるのだろうか?
わからない。わからないが、考えると、できないような気もする。
する必要も、本当はないのかもしれない。
境界。
僕はこの世界での生き方を、まだ決めかねている。
これはそんな子供の、世界が抱いた疑問に対して、拙いながらも答えを出そうとする。
そんな物語だ。
正答はないのかもしれない。
正直そんな気持ちが、深く濃い。
闇はどこまでも深く、その先を、行く末を見通すことはできない。
けれども、その先にある光を幻視して。
もしくは夢想して。
ただ信じて。
さあ、境界を越える準備ができたなら。
まずは一歩を、踏みだそう。
を書いてみよう。
蒼天の下、二人の少女が旅をしていた。
先を軽やかに歩くのは小柄な少女。白い皮鎧に身を包み、腰には細身の剣を差している。白地のマントには交差した剣の文様。誰にもわかりやすい騎士装束を、少女は誇らしげに着こなしている。
その後を、大きな荷物を背負った長身の少女がのんびりと追っている。同じように白い皮鎧。そして腰には装飾の施された長剣。青地のマントに描かれているであろう文様は、大きな荷物によって隠れて見えない。前を行く少女を穏やかな目で眺めていた。
街道を北へ。ファーダルテ王国へと向かう道。街道に沿うように西へと広がっている森の奥、小高い丘の上に、小さな宿場町があるとの看板が立っていた。二人は顔を見合わせ、笑顔でうなずき合うと、自然に足は街道を逸れ、宿場町へと向かう小道へと進んだ。
森とは言っても、木々の間は十分に開いていて陽の光は地面を自然に照らしている。いくつもの木漏れ日が柔らかく射し込み、地に不可思議な光の文様を描き出して、一種幻想的な雰囲気を作り出していた。
小柄な少女エリス・シェリングは、楽しそうに笑う。
旅行なんて、もう何年もしていなかったのだ。幼い頃から共和騎士団の運営する寄宿舎に入り、集団生活をしていた。騎士団の任務で様々な土地には行ったが、このようにのんびりと時間を気にせず自由気ままに旅をしたなんて記憶は、一度もない。冷静になって考えてみれば、周りの景色は特にめずらしいものでもないのかもしれない。しかし、いつにない気持ちの余裕が、当たり前のはずの景色を、普段よりも深く強く心の中へ映し出させていた。自然と気分も高揚してくる。思わず鼻歌でも歌おうかと、したその時だった。背後から、旅の連れ、七莉・ユートレイトのぼんやりとした声が聞こえてきた。
「カレーが食べたい」
独り言。呟きにも似た、小さな主張。
エリスにはその言葉の意味がわからなかった。
わからなかったので、頭の中に浸された疑問符の導くままに言葉を漏らした。
「はぁ?」
振り向き、やや剣呑な気配を込めて睨みやるが、七莉は全くその視線に気づく様子もなく、顔色を変えず、視線を明後日の方向へ彷徨わせ、言葉を繰り返した。
「カレーが食べたいのですよ」
抑揚のない口調で言われても、気持ちは欠片も伝わってこない。ましてや、単語の意味すらわからなければ尚更のこと。
少し右のこめかみ辺りに痛みを感じながらエリスは嘆息する。
疑問が頭の中を荒れ狂う。
――なに、その「かれぇ」とやらは? 食べたいという動詞を付けている以上、それは食べ物なのだろう。全くエリスの知識にはないものだが、何かしら七莉の思い入れを起こすだけの力を持った食べ物に違いない。果物か野菜か。はたまた動物の肉か、海を泳ぐ魚か、空を舞う鳥か。それとも、未知の調理法を示しているのか。推測を促すような情報は、七莉の口から零れていない。
ならば少しでも情報を手に入れるために、質問をすべきなのだ。
素直に、即急に、躊躇わずに。
いやまてよ、それよりもっと先、いや以前に、根本的な問題があるじゃないか。
けれどもその『根本的な問題』に思考が辿り着くより早く、気づけばエリスの口からは疑問が零れ落ちていた。
「……その『かれぇ』って何よ?」
色々な感情を押し殺した低い声に反応してか、七莉はそこで初めてエリスを見た。どこか不思議そうに小首を傾げながら。
「東南の国々の、伝統的な郷土料理ですが?」
当たり前のように言い放った。
こめかみ付近の痛みが酷くなる。断続的に発生し、絶え間ない痛みを頭全体に広げている。
東南――東南の国々。
具体的な名称が出てこなかったことから考えるに、この中央共和連邦の遥か南、ハラム大砂海を越えた向こうにあるというオリントの国々のことだろう。大砂海を越えるのは非常に厳しく、中央共和連邦の国々と東南の国々(オリント)に国交はない。その実在すら定かではない、噂だけの国々。なぜ七莉がそんな国の伝統料理を知っているのか、謎だった。
「……年の功って所かしら」
思わず正直な想いが口から零れてしまった。さすがに聞き咎めてか、七莉は首を動かしてエリスを睨むように見下ろした。
二人ともその身長にこそ差があるものの、外見の年齢には殆ど差がない。叙勲を受けた騎士にしては非常に若く、まだ二十歳を迎えていないように見える。事実、エリスはまだ十七歳を迎えたばかりだった。
七莉は憮然として言う。
「まあ、エリス様。それはあまりにも酷い仰りよう。私はまだ、三十にもなっていません」
憤然と頬をふくらませて、大きな胸を張り上げて威張るように言う。
長身の癖に、拗ねた幼女のような表情をする。エリスはこんな七莉の表情が、少し苦手だった。
十以上も歳が離れていれば年功を口にするのに十分な材料だと思う。だが、何か少し嫌な予感がする。エリスは黙って何も言わないことにした。
「郷土料理って言っても、結構広まってるんですよ? ミレストフィアでは湾岸の、一部の街でしか食べられませんでしたが、エンディミオ辺りでは結構ポピュラーな料理になってます」
「ふうん。そうなんだ?」
知らなかった。
エリスは少し興味を抱いて、どんな料理か想像しようとした。
けれども、七莉からその料理自体について、未だに全く何の情報も得ていないことに気づいて、頭を掻いた。
情報が皆無ならば、想像の働かしようもない。
再び、情報を得ようと質問を仕掛けて、エリスははたと気づいた。
――根本的な問題。
思わず「美味しいの?」と馬鹿な質問をしそうになった自分に気づき、渋面になる。
軽く頭を振って、表情を戻し、どこか感情を押し殺したような声音で問いを発した。
「それ以前に、七莉は食べられないじゃない」
「ええ。私は人間が食べるような物は、食べられません」
人間が食べる物どころか、七莉が何か物を食している様子を、エリスはこれまで一度も見たことがないのだけれども。
七莉は真面目腐った表情でうなずいた。
「ですが、それでも食べたいのです。食べるという感覚を知りたいのです」
「……そうなの」
真摯な様子に、さすがにエリスも少ししんみりとした気持ちになる。
「だから私は人間になりたい……カレーを食べるために!」
ぐっと拳を握り、断言する七莉。
ずいぶんと俗な理由だけど――とエリスは考えたが、その理由が決してそれだけではないと知っている為、何も言わずに聞いていた。
七莉は人間ではない。
昔――彼の大戦よりも以前、今よりももっと、人間と妖精たちが激しく争っていた時代。
自動人形(オートマタ)。
妖精たちの魔術に対抗するために作られた、人工生命体。
心臓の代わりにアェタイトの結晶体を体内に有し、血液の代わりに魔力によって動く擬似生命体。
大気中に満ちたマナを呼気と共に取り入れているために、基本的には自動人形達に食事は必要ない。時折水分を摂取する必要があるくらいだが、それもまた、頻繁には必要ない。
だからきっと、七莉は『味覚』というものの存在を知らないのだろう。
知識として知ってはいても、実感することはないのだろう。同様に、嗅覚というものも、弱いのかもしれない。
「それで……この辺りでその『かれぇ』とやらは食べられるの?」
平然とした調子で、エリスは問い掛けた。
この付近はまだ一応ミレストフィアの領内とはいえども、だいぶ山奥に入っている。先ほどエリスが言った『結構広まっている』地域からはだいぶ外れていた。だが、七莉は不意に不安に顔を歪めると、自信なさげに呟いた。
「え、ええ……たぶん、この付近だと思うのですけれども……」
「――?」
「実はよく覚えてないんです。以前来たのは、何分、大戦の最中でしたし、前のご主人様の護衛で、少人数での強行軍の最中、偶々立ち寄った村でしたから……」
ああなるほど。
前のご主人様。七莉のモデルにもなったフェリシア・ユートレイトの事だろう。大戦終結の立役者の一人。妖精に奪われたファーダルテ王国シバルバーの最後の領主。生きていれば、四十七、八くらいだろうか。まだエリスが子供の頃、幼年学校にも入る以前、十年以上前に何度か会ったことがあるだけ。その時の彼女の印象は、ひどく儚く、霞のように揺らいでいる。
「どんな料理なの?」
「茶色いです」
「……はぁ」
それだけじゃ、全くわからない。
「なんか、特殊な香辛料を色々と組み合わせた、茶色いスープ? ですかね?」
「……ですかねって……知らないわよ」
曖昧すぎて、わからない。ビーフシチューみたいな物かしらと、少し想像する。
「あの味を一度知れば、病み付きになること間違いありません。ぜひエリス様も、一度お試しください」
「味って……あなた、味覚無いじゃないの」
「……そうでした。残念です。あの茶色いどろどろとした液体をライスに掛け、口に含んだ瞬間のご主人様の表情は今でも忘れられません。料理を食べて衝撃を受けているご主人様を見たのは、前にも先にもあの時だけでした」
「へえぇ。それは気になるわね……」
大戦中の強行軍。ろくな物を食べていなかったということもあるのだろうが、フェリシア・ユートレイトと言えば領地を持つ立派な貴族だったはずだ。戦前はさぞかし贅を尽くした料理を日常に食べていたのだろうに。そんな彼女が衝撃に感じるほどの料理とは一体、と想像する。想像した瞬間、エリスはそういえば自分も貴族だったと思いだし、それにしては昔から大して贅沢をしたような記憶がないことに気づき、首を傾げた。
ともあれ、その「かれぇ」とやらはこの先の街にあるのだろうか?
七莉の言葉は曖昧で、今一つ信用できない。
「それじゃあ、期待しておきましょうか!」
しかしそれでも、一言で結論を出すと、エリスはやや駆け足で坂道を登っていった。
何にせよ、楽しみがあること自体は、悪いことではないだろう――と。
いろいろと
最近になって再びネット小説などを読みあさり始めています。
そんな感じの日々。
とうとう注目していたネット小説の一つが完結を迎えてしまいました。
WordGearのSword Art Onlineです。
面白い話を書くってことに関して言えば、僕なんか比べものにならないほど、巧い人です。
読んでいる間、ずっとわくわくできた。
ありがとう。
魔法少女 一葉葛の葉の独白
一葉葛の葉は魔法使いである。
先天的なものではなく、後天的なもの。
異世界より来訪した自らを『ドリームダイバー』などと名乗る、謎の意識生命体に憑依されて以来の能力である。
いわゆる「魔法少女」というやつに自分は分類されるのだろう。
葛の葉は分析を開始する。
攻撃系の魔法を使えて、能力をサポートする謎の知的生命体がいる。そして、自分で言うのも何だが、画面写りの栄える美少女である。
それで十分条件を満たしているようにも思えるが、正直の所、設定がいくつか不足していることも否めない。
例えば変身能力がない。
うん。これはある程度、他の能力で代用が効く。変身できないのならば、予めしておけばいいのだ。ようするに変身ってのは、自分の正体が周囲にばれない為に行うんだと思う。アニメとか見てたら「どうしてばれないんだろう?」とか思うこともあるけれども、それはそれで「お約束」ってヤツなのだろう。この場合は「お約束」より、本来の目的を優先してやればいい。魔法を行使している段階で、周囲に葛の葉が葛の葉であるとばれないようにする。その目的さえ達成させてやれば、この問題はクリアされたと見なす、こととしよう。
例えば今年で十六歳である。
うん。アウト。
完全にアウト。
魔法少女の年齢って、小学生以下ではないだろうか?
常識的にというか、伝統的に?
出来ることならば、小学生の低学年であることが望ましいのだろう。
けれども葛の葉は高校一年生。かつて小学生であったことがあろうとも、今現在はあくまでも高校生。
最近、大きなお友達の影響で「この作品の登場人物は全員十八歳以上です」と主張する魔法少女ものも多いと聞く。けれども、それらは一部領域に限定された常識の殻を被った例外、ってやつだと思う。もしくは大人の事情、とか。
清純可憐な乙女を自認する身としては、そのような「タイトルを聞いただけで陵辱色の漂う作品」に主演女優として参画するなどという状況は、ご免被りたい。
しかし伝統的な魔法少女からすれば基準から大きく外れてはいるけれども、幸いの所、葛の葉はまだ十八歳には至っていない。だから葛の葉自身は十八歳以上厳禁な行為から逃れることができる。
だからまあ、年齢云々に関して言えば、百歩譲ってクリアしたと見なしてもいいんじゃないかな?
そう思わなくもない。
しかしまあ、そんなずれた所なんて、些末な問題だ。
そんなことよりもっと決定的な問題がある。決定的に不足している問題がある。
それは。
例えば、敵がいない。
魔法少女の敵たる存在が、どこにもいない。
魔法少女葛の葉には、敵がいないのだ。
直接的にも間接的にも敵は見当たらない。
悪の組織も、異世界からの侵略者も、古代の復活獣なんてものも存在しない。一葉葛の葉の日常はごく一般的なものであり、ありとあらゆる事件事故も日常の範囲を出ることがない。
ならば何故、魔法少女なんかになる羽目になったのか。
その原因は、単なる偶然、もしくは葛の葉とは関わりのない事象の副産物。
だから、目的もない。
何の為に魔法少女となったのか?
原因はあるが目的はない。魔法少女である必然性がない。
葛の葉の魔法は宙を飛び、空を穿つが、その力には何ら指標となるものが存在しない。
はてと。
繰り返し疑問に思う。
何故自分はこんな非常に特異な力を持って此処にいるのか?
自己同一性の問題というか、どうだろう? 明らかに個人が持つにしては特異に過ぎる力を得てしまって、しかしその力を行使すべき対象も見えないとなる。これで悩まないならば、よっぽどの脳天気だと言えるだろう。
葛の葉は義務教育と呼ばれる期間を終え、授業料の支払いが必須である高等教育へと至ったこれまでの人生の中で、一度たりとも宿題を忘れたことはない。即ち、真面目である事を自らに信条として課しているような種類の人間だ。
だから、自分の力に対しても大いに持て余し、日々真面目に悩んでいた。
悩んで悩んで悩み倒し、ある時気付く。
一人で悩んでも、決して結論など出ない。それどころか、ネガティブな思想の沼に嵌ってしまい、出られなくなってしまう恐れすらある。
誰かに相談しよう、と考えた。
しかし、その相談相手は慎重に選ばなくてはならない。葛の葉が自らの状況を受容できているのは、当事者であるからこそだと思っている。正直言ってこんな常識外れの状況など、赤の他人に理解を求めるのはとてもとてもおこがましいことだと思うのだ。葛の葉の突拍子もない言葉を信じ、理解を示してくれる相手でなければ、意味がない。
葛の葉にこの能力を与えた異世界意識生命体のことを考える。
名前は深都と言うらしい。
あまり詳しくその存在のことを考えたことはなかったが、どうにもその存在は相談者としては非常に向いていないように思う。深都の考えていることはだいたい葛の葉にもわかるし、葛の葉の考えていることもだいたい深都に通じている、だろうとは思う。しかしなぜか、それでも葛の葉は、出会ってから一度として正しく意思疎通が出来たことがないように思えるのだった。
例えばAという質問と、Bという質問があるとする。
んで、Aという質問をすれば、Bの質問の回答が返ってきて、Bという質問をすればXの質問の回答が返ってくる。そんな感じの感覚。具体的な質問の形式を取っていなかったとしても、葛の葉と深都の間に交わされる意志の交換は、どこか回路が掛け違っていて正常な様式を得ない。
具体的な例を挙げよう。例えば「今日は暑いわ」と声を掛けると肉じゃがの作り方を力説さる。それならばと料理の話題を振ってみれば「猫はかわいい」と感想を述べられてしまう。それでも、考えていることがわかると感じられるのは、諦めた頃「昨日のドラマはねぇ」と話しかけると「本当に暑かったね」と返され、ああ、これは今朝振った話題じゃないの、と思い出すとか。
なぜか、どういうわけか、同じ言葉を使っている。
だから、言葉を、無駄とも思えるほど多くの掛け違った言葉を交わしていると、いつかは、いつかの質問の答えに行き当たり、ふと漏らした言葉がいつかの答えだったりする。
そんな気の遠くなるような。
会話。
深都のことは、だからだいたいわかっているつもり。
会話が容易には成り立たないこそ、必要以上に多くの言葉を交わす。
それこそ、下手なクラスメイトよりも、多くを。
だからこそ、相談相手としては成り立たないと、強く思ってしまう。
なぜならば、そもそも深都には――――
後回し。
葛の葉に、相談相手は少ない。
母は病死。父は事故死。そして兄も。
――まあ、兄の存在は、理解者としてはともかく、相談者としては対象外だろう。
兄の一葉時の瀬は、母と父の遺言を聞いてか、葛の葉の言葉ならば何でも無条件に信じてしまう。そして、その存在全てを全力で肯定する。それは葛の葉の存在を支える上で非常に大きな力となるのだけれども、葛の葉自身の迷いすらもそのまま受け入れられてしまうので、会話相手としては自分がもう一人いるようなものなので物足りない。
「ねえ、お兄ちゃん。この服似合ってるかしら?」
「勿論だよ。葛の葉には、そういう華やかな感じのがよく似合うね」
「こっちはちょっと似合わない?」
「うーん。少し大人っぽすぎるかもしれないな。けれど、ちょっと着崩した感じにすれば良い感じになるかもな」
しかも、兄の肯定はただ単純にその場の葛の葉の言葉に合わせているだけではなく、しっかりと的を射た答えを返してくるから油断がならない。隙がない。
きっと兄ならば、葛の葉の迷いを受け入れ、肯定し、それに見合った建設的な意見を打ち出してくれるのだろう。吐き気がする。葛の葉は、肯定が欲しいわけじゃない。肯定が返ってくるとわかっている言葉が欲しいわけじゃない。時には否定し、より迷わせるような意見――そんな不確定な言葉を、意見を、求めているのだ。
それを中学からの親友である七草瑞穂に言ってみた。
「いやいや、くーちゃん。それはお兄さんと話をしないということに、何だかんだ言って理由を付けようとしているだけではないの?」
「そ、そんなことないですわよ?」
「別にあなたのお兄さんは単純なイエスマンってわけじゃないんでしょ? どんな時でも味方でいてくれるって、かなり理想的なお兄さんじゃない? 何が不満なのよ」
「その理想的、って所が納得いかないと言いますか……」
葛の葉は一応の所否定してみたが、声に動揺が現れていることは自覚していた。
「それにしてもくーちゃん。否定されたいなんて、あなたマゾですか?」
「マゾって……瑞穂ちゃん」
「うんうん。端で見ててもお兄さんのあなたに対する愛情は異常だものね。愛情とは逆の意味で、あなたは否定的な感情に飢えているのよ。ああ、もっと私を否定して。底辺を這いずり回る無能者のごとく罵倒して! 道ばたに転がる路傍の石のような冷めた目で見つめてっ!」
陶酔したような表情で身をくねらせる瑞穂は、怖かった。
思わず後退ると、不意に瑞穂は真面目な表情に戻る。
「というわけで、あなたのお兄さんに変わって私が罵って上げる。この淫乱雌豚。その無駄に大きな胸は何なの? 男を誘惑し、喜ばすことしか考えていないって主張しているわね。羨まし……じゃなくて、このクズっ!」
「……それにどう答えろと。てか『クズ』って言うな」
一瞬、背筋にぞくりとした甘い痺れが走ったのは、何かの偶然か気のせいだと思いたい。
そんな瑞穂と親友になって、今年でまあ、六年になるわけだけど。
今でも瑞穂はこんな変な人で、交わす会話もあの頃とあまり変わりはない。
時々何故に親友なんてやってんだろうと悩むこともあるけれども。そんな葛の葉の悩みをどこからか聞きつけてきた幼馴染みにして元彼の瀬波樹紀が言うには「類友」とのことだった。
それを言うならば樹紀、あなたも同類だろうと思うのだが。
ようするに自分の周りには変人しか集まらないのだろうかと、葛の葉はまた違った悩みに囚われるのだった。
悩んでばかりもいられないので、葛の葉は何度が行動に移そうと画策してみたことがある。
いや、もっと幼い頃は、考えるより先に行動に移っていたような気がする。
そもそも自らの魔法についてこんなにも深く考え込むようになったのは、生徒と呼ばれる時期に入ってからであって、初めて魔法について自覚した頃は、もっと自分は行動的だったように思うのだ。
異世界生命体である深都が、葛の葉に初めて憑依したのは、葛の葉が九歳の頃だった。
うん。この頃ならば誰にはばかることもなく魔法少女を名乗れる年代ではあるのだが、しかし逆に葛の葉の自覚的には、魔法少女の「ま」の字も頭の中には存在していなかった。何故ならば、というか、当初の葛の葉は、魔法を使えなかった。正確に言えば、魔法を使えることを知らなかった。
ある日ある時、葛の葉の頭の中に見知らぬ意識が住み着いた。その意識はどうやら、葛の葉の持つ時間とは別の時間を生きている生物らしく、言葉は通じるのだが話がどうにも通じない。時系列に沿った会話を構築できない。葛の葉は非常に混乱し、恐怖し、ついには高熱を出して寝込んでしまった。
「頭の中で何かがよくわからないことを喋ってる」
そう主張を始めた幼い葛の葉を、周囲の人はどう受け止めたのか?
主張とほぼ間を置かず、熱を出して寝込んでしまったことがよかったのか悪かったのか、ただ熱に浮かされて幻覚を語っている、とだけ捉えられていた。
今思えば――と葛の葉は回想する。
深都が憑依したからこそ――その為に脳の活動が急激に活発になったとかなんとかそんな理由で、葛の葉の体は、脳は、オーバーヒートするみたいに耐えきれず、熱を出して寝込んでしまったのだろう。だから、熱はきっと必然で、周囲の人々の反応も当然で。故に、葛の葉以外の誰もが、真実を知る機会を、自然と逸することになったのだろう。
まるで仕組まれたみたいに。
無論それは、ただの偶然なのだろうけれども。
自らが魔法使いになっていることに葛の葉が気付くのは、実は十歳になってからだったりする。
何かが自分の頭の中に降りてきて、何やら言葉を発していることには気付いていたのだが、それが特定の意識を持っているのだと気付いたのも、同じ頃だった。なんでそんなに時間が掛かったかと言えば、その意識が別に葛の葉と意思の疎通を図ろうとはしていなかったからだろう。
断片的な言葉が頭の中に降りてくることはあったのだが、精々それは一文節程度で、意味のある言葉として成しているとは――当初の葛の葉には思えなかった。だがそれでも、一年もの永きに渡って『言葉』を受けていれば、不確かながらもある程度の構成は読み取れるようになる。
葛の葉の認識に拠れば、先にそれに興味を持ち、問い掛けたのは葛の葉の方だったように思う。
時系列に寄らないただの文節が、相手の存在への問い掛けに変化していったのは、いつの頃からだろうか?
――あなたは誰?
――樹上世界アルボス。夢の霧に最も近い、最果ての世界。
――名前は?
――ここは通過される世界。目的地へと向かう途上。
――どこから来たの?
――夢見る黄金を回収しなくてはならない。
――何をしに来たの?
――曖昧を排除しなくては、すべては霧に返ってしまう。
質問と回答は結ばれず、言葉はただ出鱈目に積み上げられるだけ。
まるで壊れた機械のように、意味のない言葉を呟いている。
だが、何が切っ掛けだったのか、ある時、不意に気付いた。
ある日の質問と回答。
――どうなっているの?
――時間と空間がずれている。
それが果たして、正しく結ばれる質問と回答であったのか?
わからない。
けれどもその時その瞬間、確かに会話は成立しているように思い、葛の葉は少し驚き、戸惑い、一瞬止まってしまった。
慌てたように言葉を継いだ。
――時間と空間?
――僕の名前は深都。
しかし問答が成り立っているように感じられたのはその瞬間のみで、再び無関係なものに戻っていった。そう感じられた。
わずかな時間、葛の葉は悩み。
そして次の瞬間、前触れもなく気付いた。
――えっ?
――ドリーム・ダイバー。夢を渡る者。夢の海に潜る者。
次いで頭の中に降りてきた彼の言葉は、いつかずっと昔、彼に向けて投げかけたある一つの質問と結びついた。
いつのことだか覚えてはいないが、ずいぶんと以前、葛の葉は彼に向けて、その言葉が回答と成りうる質問を投げかけていたことを思い出した。
遠い回答。
質問は遠く離れたいつか、答えと出会う。
その時葛の葉は初めて、質問者と自分との在る時間がずれているのではないかと、疑問を覚えた。
質問者――ドリーム・ダイバー・深都?――その回答の時間と葛の葉の時間。バラバラに交錯して、質問と回答をバラバラに配置している。お互いの間に流れている時間が一定ではなく、順序も出鱈目。故に質問も回答も、時系列には依らず、順番すらも護らずに配置される。けれども、葛の葉は、そのことを深く考えることはできなかった。
考える間もなく、深都はある時、言葉を投げかける。
――君は誰?
深都からの、初めての質問。
いや、本当はもっと昔から質問は投げかけられていたのかもしれない。
けれども、それが葛の葉の下に辿り着いたのは、その時が初めて。
――わ、私は、葛の葉。一葉葛の葉。
慌てたように返した回答は。
――単性生殖の両生類……ならぬ両性類……くすくすっ。
全く意味のわからない言葉によって、脱力させられた。
脱力して、それ以上何を考えるでもなく、葛の葉は不貞寝した。
しかしともあれ、そのことが切っ掛けとなり、少しずつ葛の葉は、深都と名乗る謎の存在について知るようになっていく。
時系列に依らなさすぎて、互いに一方通行にしかならないけれども。けれども一年二年と、長い間言葉を積み上げるにつれて、互いに親密さのようなものを感じられるようになっていった。
時間の流れも、順序もずれている。とは言うものの、一年も二年もずれているわけではなく、精々二、三週間程度のずれしかないことにも気付いた。同一期間内に同じ質問を繰り返すなどをして、意思の疎通を得やすくするテクニックも覚えた。
彼の名前は深都。性別不明。年齢はおそらく十代。ドリーム・ダイバーといって、夢を介して並行世界を渡る技術を持つ者。夢を持って介入するのは、並行世界に於ける自分自身。正確にはかつて自分自身であると解釈できた者。異世界同根者。正確には並行世界間では決して情報の授受はできない為に、たとえ夢と消える幻であろうとも、情報の授受が成立した時点でその世界は並行世界の前提条件から脱落する。故に渡るのは並行世界ではない。その辺の言葉の意味は、深都自身も理解していない。夢を渡る目的は『夢見る黄金』なるアイテムを持ち出した犯罪者を捕らえること。それは夢の世界の王になるための錬金術的媒介。一つの世界の現実的特性を強化する代わりに、周辺の世界群を夢の霧へと返してしまいかねない、非常に危険なアイテム。犯罪者の名は『ユン』という。『深き夢の黄金』を手に入れた錬金術士。ユンは夢の奥へと逃亡している。深都はそれを追う。しかし、葛の葉の世界は目的地ではない。目的となる世界へ移動する途上の、中間世界。敵はこの世界にはいない。
「つまり、この世界は物語の舞台にはならないってこと」
結論を言葉にしてみれば、酷く落胆を覚えた。
残念。
深都はただ、この世界を通過するだけで。
通過するだけだからきっと、それ故に時間軸も上手く同期されない。
この世界では、何も起こらない。
この世界には世界を滅亡に導くような犯罪者は存在しない。
深都という訳のわからない存在に対しての葛の葉の役割と言えば、ただ単に、会話にならない会話を交わす、狭間の存在。お互いに毒にも薬にもなりはしないだろう。
それにしては。
おそらく一方的なことなのだろうが。
深都が原因となり葛の葉に宿った力は、あまりにも大きなものだった。
それは恐らく、深都にとっても意図しない、どころか考慮にすら値しない、現象だったのだろう。
元々それは、深都の世界で流行っていた、ある現代物RPGの、呪文であったらしい。
つまり、葛の葉から見れば未知と不可思議の固まりであろう深都の世界にとってみても、それは創作物――フィクションにすぎないものだったのだ。
「なのにどうしてなのかしら?」
何の気なしに、なぞった言葉。
右掌を天に突き出して、深都の伝える言葉をなぞり、最後につぶやいた。
「Ray……」
一拍の静寂。
その直後、右手が何か、重たいものを支えていることに気付いた。
気付いた瞬間には、それは掌を飛び立っていた。
光が。
空を貫いた。
天へと真っ直ぐに伸びた光の柱は、気を抜くとすぐに消えた。
あんぐりと口を大きく開けて、空へと右手を掲げたまま葛の葉は、消えた光の軌跡を見上げる。
雲一つ無い青空。
痕跡は、すでにない。
「えっと……」
言葉もない。
「……何これ?」
答える者もいない。
葛の葉には勿論のこと。言葉を葛の葉に与えた深都ですら、想定していなかった事態。
それはそうだろう。単なるコンピュータゲームの装飾にすぎない魔法の呪文が、現実にも作用するなんて、誰が考えるだろう? 深都の世界では、それは事実、ただのコンピュータゲーム内にだけ通用する、架空の魔法にすぎなかったのだ。そのはずなのだ。きっと葛の葉以上に深都の方こそ驚いていたに違いない。
「え? 何? 気のせい?」
ひとりごちるが、応える声もない。いるのかいないのか、頭の中、深都の反応もない。
考えて、答えはいつものようにでなくて、ならば行動だと、呪文を唱えようとする。
「……レ、えっと」
唱えようとした寸前で逡巡。
唱えて呪文が現出して、はたしてどうなる?
レイは、閃光魔法は、派手で目立つ。
人通りの少ない街外れの公園とはいえ、何回も同じ事を繰り返していれば、いずれは誰かに見つかるだろう。何かそれは危険だ。何が危険なのかよくわからないけれども、まずいことのような気がする。見つかるべきではないと、自分の中の誰かが言っている。深都ではない。多分常識だとか世間体だとかの、その類のもの。心の声。
閃光魔法は使うべきではない。ならば、それ以外の、地味な目立たない魔法で、その存在を確認すればいい。
「って事なんだろうけれども」
残念なことに、葛の葉は、閃光魔法以外の呪文を知らなかった。
「ねえ、深都。ちょっと教えてくれない?」
頭の中に尋ねる。
はたして得られた答えは。
――王様が盗んだ時間の為に、やがて忙しさに殺されるんだ。
いつものように、とてもとてもずれた答えだった。
一体これはいつの質問に対する答えなのだろう?
どんな質問をすればこんな答えが返ってくるのだろう?
全く想像がつかない。
いつかわかるんだろうけれども。
/fragment/
夢を見て目を覚ますと時間の感覚がバラバラになり、過去から未来へと続く時間軸上で迷子になる。
そんな感覚。
一本道のはずなのにどうしてだろう、と葛の葉は浮かび上がる。
たった今、羊水の中から浮き上がったばかりのような気もするし、目を開ければ皺を年輪のように重ねた自分の手が見えるような気もする。
記憶は曖昧。
意識すると、すべては霞に消える。
深く追えば、生まれてから死ぬまでの、全ての記憶が瞬間瞬間を実感として見えるようにも思えたが。そう考えた瞬間、背筋にひどく冷たく重たい感覚が、体の隅々から滲み出るように絡みついてきて、動けなくなった。
「……は、あ、あぁっ」
重たいものを吐き出すかのように、肺の中から息を絞り出す。
同時に零れた声は、思いの外若い感じがして、ほっと胸を撫で下ろす。
――自分は何に、安堵しているのか?
そんな疑問が、頭に浮かぶ。
ゆっくりと体を起こす。凝り固まった体を解すために伸びをすると、白いシーツが肌から滑り落ちる。
白い。
白い部屋だった。
清潔さと殺風景の、丁度中間くらいの印象の、物の少ない部屋だった。
白い壁紙。白いカーテン。フローリングも白っぽければ、ベッド、テレビ、ボードといった家具までもが白く塗られていた。その白は全てが同一のものではない。統一感を損ねない程度の、雑多さがあった。
此処はいつだろう?
記憶にない場所だったが、それより強く感じたのは時の不在だった。
時間がない。
少ない、といった意味ではなく、存在しない。
零の時間。
この場には時間が存在しない。
強い目眩を感じて、額を押さえる。
頭の中心で、何かがうねっている感覚。
痺れるような痛みが断続的に続いている。しかしその傷みも、ゆっくりと小さくなり消えていこうとしていた。
消えていく痛みに、耳を澄ますように、感覚を集中させる。
どこか寂しげな。どこか儚げな。
滲む視界。
白い世界が、歪んでいる。
ずっと、ずっと、額に手を当てながら、意識を深く潜り込ませていく。しかし、それでも痛みを追えなくなった頃、微かな衣擦れが、意識の外から潜り込むように聞こえてきた。
はっとして顔を上げる。
白いカーテンの隙間から射し込んだ月光が、一人の少年の影を映す。表情は逆光になっていて見えない。けれども、微笑んでいるのだと、感じられた。
少年の名前が頭に浮かぶ。
自然とこぼれ落ちた言葉は、しかし、頭に浮かんだ少年の名前ではなかった。
「……お兄ちゃん」
名前ではなく記号。もしくは称号の類のモノ。
少年の名前を口ずさんだ記憶が無いことを、葛の葉はひどく哀しいことだと、感じた。
(……時の瀬)
心の中で、その名を口ずさむ。
一葉時の瀬。それが彼の名前。葛の葉のよく知る、彼の名前。
意識する時は、いつもその名前が頭に浮かぶ。けれども、言葉としては決して表に出てくることはない。
彼の友人が、当たり前のように彼の名を呼ぶのを、葛の葉はいつも羨ましく思っていた。
皆には当たり前のように許されても、その名を呼ぶことは、葛の葉には決して許されないことなのだ。
――そういう問題ではないと。問題が違うと。わかってはいたけれども。
けれども、同じ事なのだ。
事実として葛の葉は彼の名を口にすることはない。
「どうした、葛の葉。眠れないのか?」
彼は当たり前のように、葛の葉の名を呼ぶというのに。
葛の葉は彼の心底心配そうな声音に、笑いかけた。
「いいえ。眠ってました。お兄ちゃんこそ……」
眠れないのでは?
その質問を最後まで口にすることはできなかった。
月光に照らされた兄の影が、あまりにも儚げに見えてしまったから。
白いカーテン。白い部屋。白いベッドに白いシーツ。
いつもと違う部屋に、緊張もある。
葛の葉はわりと低血圧の方で、寝付きはともかく寝起きはさほどよくない。なのにこれほどあっさりと寝起きから意識を覚醒できたのは、現実へ意識を浮かび上がらせることができたのは、ごく浅い眠りに居たからではないかと、思う。
眠れないのは誰なのか。考えようとする。
夢を見るのは誰なのか。考えようとする。
昼間に見る夢と夜中に見る夢。
どちらが上等であり、下等であるとか、そんな話ではなく。純粋に、言葉は同じでも、形は同じでも、それら二つは違うものだという事実。
葛の葉が見るものは朝のものか、夜のものか。
時の瀬が見るものは朝のものか、夜のものか。
そして、夢を見るという、その行為自体が、はたして許されるものなのか?
夢を見るだけの時間が、残されているのか?
存在しないはずの時の中で起こる疑問。
疑問が浮かび上がり、やがて心を覆い、思考を停止させてしまう。
考えるのは。
考えようとするのは、兄、時の瀬のこと。
「お兄ちゃん……」
つぶやきに、時の瀬は微笑むことで、返事とした。
「お兄ちゃんは何故、お兄ちゃんなの?」
意味のない問いかけ。当たり前の問い掛け。明確な答えを求めているわけではなく、ただ、質問という行為のための質問。だから、期待などしていなかった。けれども。
「僕が葛の葉のことを信じているからね。そして葛の葉は、それに応えてくれるから」
「……あたしが、応えている?」
「ああ。僕を『お兄ちゃん』と、君にだけに使用を許された、言葉で呼んでくれる。だから――」
どことなく夢を見るような時の瀬の返答は、正直少し難しくて、理解できそうにもないと感じられた。それで、どうして理由になるのか。時の瀬の思考が、時の瀬の中でどう整理され、昇華されているのかわからなかった。けれども。
「あたしだけに、許された?」
時の瀬に対する「お兄ちゃん」という記号。称号。それは葛の葉のみに使うことを許されている。
仲間はずれではなく。
それは、葛の葉の考え方と逆の思考。
目から鱗が落ちるような、強い戸惑いを覚えた。
「……そう」
返した言葉は、そっけないほどのものだったけれども。
「……そう、考えれば良かったんだ」
強い想いを、吐き出すように込めた。
その想いは、後悔に似ている。
現在進行形の事象に対する、後悔。
まだ、此処は、世界の途上だ。
道から外れたり、道自体が途切れたりでもしない限りは、修正の効く、事象だ。
なのに何故、この想いは、こんなにも、後悔に酷似しているのか。
ああ、何故ならば、これは夢だから。
夜の眠りの中で見る、ただの夢にすぎないのだから。
過ぎてしまった年月を思い悩む、ただの夢なのだから。
夢の中で流れる言葉は、全てが全て、すでに在るもの。在ったもの。
その事実を思い出して。
そうして葛の葉は、目を覚ます。
時の在位する、現在へと向かい、覚醒する。