4時26分

自分のベッドで寝ていると、ふと目が覚める。寝心地が悪いと思ったら、ベッドの上半分にほとんど横になるようにして寝ていた。当然下半身はベッドの外だ。そりゃ身体も痛いわなと思い身体を起こそうと思うが、ふと人の気配。足元に弟が座っていた。身体が硬直する。動けずにいると弟は自室に戻っていった。な、な、なんだったんだろう。動揺と気持ち悪さを残してまた眠りにつく。しかしまたもや起きる。今度は父親。ドアの隙間からこちらを見ていた。気づいた瞬間びくり。それを見た父親部屋に侵入。あまりの気持ち悪さに私は叫ぶ。小学校から使ってるカラーボックスの中に置いていたぬいぐるみを次々投げ捨て父親にぶつける。怯み退出する父親。ぬいぐるみが欲しいならどれでも持っていけ!ぬいぐるみを棚に戻しながら、このプーさんは高校のときはじめてできた彼氏にもらったんだっけ…。と考えていると、スヌーピーが欲しいと父親。このスヌーピーは誰からもらったんだっけ…と考えてはたと気づく。これはだめ!もうさっさと出てって!強引に扉の外に押しやってピシャリと扉を閉める。父親の手が挟まり、思わず閉める力を弱めた瞬間、隙間からニタリと笑うハゲ面。キモッ!今度はめいっぱいの力で扉を閉める。ばちんと音がして挟まる父親の指と足。これはさすがに痛そうだ。しかし情けは無用。ギリギリと扉を閉める力を強めると諦めたのかようやく退散した。

メロン

 あれ、なんかいいにおい。そう言って和美さんは僕の耳の後ろらへんの髪に顔を近付けた。くすぐったいような心地いいような背中がざわっとする感覚と共に、女の子特有のなんともいえないやわらかいにおいが僕を包む。なんか甘いお菓子みたいなにおいだね。なんか付けてるの?あ、いや朝、美容室、行ってきたから。若干たどたどしく答えた僕は、さぞかし子供っぽく見られただろう。動揺すら悟られているに違いない。いつも行く美容室で最後に付けられるワックスがいつも甘い香りで、そんな香りのワックスがあるのかは知らないがなんとなくメロンっぽい匂いだと僕は思っていて、子供の歯磨き粉みたいでちょっと好きじゃない。慌てて早口でそう付け加えた僕を見て、和美さんは笑いながらもう一度僕の頭に顔を寄せる。さっきよりもっと分かりやすい仕草で鼻を僕の後頭部へ。和美さんの口が僕の首筋をかすめたような気がして、もっと僕は動揺する。あー確かに美味しそうだね。美味しそうという言葉を都合のいいように解釈して僕はさらに動揺する。漫画かなんかだったら顔を真っ赤に塗られていたに違いない表情で、美味しくないよと真顔で返す。その態度が面白かったのか和美さんは僕に負けないくらい顔を真っ赤にして笑った。

ダウニー

コートを羽織るとフードのファーから彼女のにおいがする。びっくりして見ると真横が彼女のコート。

彼女のにおいというか煙草の臭いを嫌う彼女が愛用しているファブリーズのにおいなんだろうけど、彼女を抱きしめたときに薫るから、僕の中では彼女のにおい。

バイト用のハンガーパイプが人数の割に短く、ぎゅうぎゅう詰めになってたのが良かったのだろう。ファーに顔を埋めながら彼女にメール。においで満足してるなら今日行かなくていいよね的なレスに慌てて携帯をぽちぽち。駅に着くまでの5分ですら惜しい。このままにおいが取れなきゃいいのに。意味ないと思いつつ風でかおりが飛ばないようにゆっくりと歩いてみたり。今日は遅くなるから行けないかもと彼女。このコートがあれば平気と打ってもう一度ファーに顔を埋めるとさっきよりにおいが薄れている。思わず袖口を臭うもあんまりにおいはない。やっぱり会いたい。抱きしめたい。と打っては消して会いたいですとひとこと送信。なんとなくもう一度袖口をにおうが無臭。むしろなんか横に座ってるお姉さんの香水のにおいがする。迷わず立って座席は諦める。会えないなら尚更。電車の出入口付近に移動してファーに癒されよう。と思うが微かに残る彼女のにおいが会いたい気持ちを増幅させて、消えゆくにおいになんとなく焦燥感を感じちゃったりして、僕はやっぱり会いたい抱きしめたいと伝える。

新大阪

 アジアカップの決勝戦を見ていた。
 少し汗ばんだ下半身が気持ち悪くて目が覚めた。プリキュアの左上の時計がクリアに見えるので、あぁコンタクト付けっぱなしで寝てしまったのだと気付く。もそもそと炬燵から這い出て洗面所でコンタクトを外すとレンズが濁っていて気持ち悪い。少し濯いでケースへ。延長入ったのは覚えているんだけど。どちらが勝ったのか。パソコンやテレビのニュースを見るより先にツイッターを確認する。と思ったけれどTLが全然伸びていないことに違和感。内田がどうとか岡崎がどうとかセルジオと名波がどうとかなにかしらあってもいいと思うけど2:07の「松木『入った!!!』入ってませんwwww」というツイートを最後にぱったり。松木またかよwwwと思いながら炬燵へ戻る。少しうとうとしかけて思い出す。あぁ今日、世界の終わりか。世界の終わりってなんだよ。設定が中二過ぎるよ。ハードボイルドかよ。それでも世界は終わったし、みんなは旅立って私は取り残された。くそっ起きてりゃわたしだけサッカーの結末見れたんじゃね?あ、でも選手も勿論消えたんだろう。人がぱっと消える瞬間テレビ中継って凄いなと思ったけど、それを見る人も消えてんだから一緒か。あーでもやっぱり見たかったな…。
 少し汗ばんだ下半身が気持ち悪くて目が覚めた。寝てしまったようだ。世界が終わったのにのんきなもんだ。テレビは真っ黒。消した覚えはない。テレビ放送がどうやって行われてるか知らないけどテレビは放送しなくなった。他には何が終わったのだろう。これから何をすればいいんだろう。残った人はどのくらいいるんだろう。イケメン男子が残ってたらどうしよう。子供を作って僕たちがアダムとイブになるんだねみたいな感じになるんだろうか。なるんだろうな。どうしよう初めてなのにうまくできるんだろうか。とりあえずシャワーを浴びて、一応ムダ毛の処理をいつもより丁寧にして、髪もいつもより丁寧に乾かして、お気に入りの黒のワンピースにブーツで武装。今日の私はかわいいのよって鼻歌はメルト。イケメン探しの旅にでもでるかと外へ出た瞬間、閑散とした雰囲気に気持ちが萎えた。交差点の向こう、なか卯からバカみたいに浮かれたなかうっでーごーはんをたべっよーという音が大音量で聞こえる。車一台いない。当たり前なんだけどさっきまでプリキュア見てたのに。誰もいないんじゃないかって頭をよぎる。コートかわいいねって言ってくれたガクもいない。俺妹バスが大阪に来るんだってって教えてくれたマコもいない。目を瞑って首をぶんぶん振ってみた。こんな漫画みたいな動きすることがあるなんて思わなかったけどかなりと頭がぼぅっとする。だめだこれ。
 とりあえず向かうは新大阪。最寄り駅だしベランダから電車の走行音が聞こえてきたから動いているはず。イケメンは東京にいるに違いない。やっぱり舞台は大都市じゃないと。空元気?と自問自答するけどすこしだけ本当にわくわくしている自分。でもまずは腹ごしらえ。誰もいないから誰もなにも出してくれない。マネケンのカウンターを乗り越えてワッフルを2個拝借。隣の喫茶店に入ってもぐもぐ食べているとガラスの向こうに男の子みたいな格好をした女の子。びっくりして二度見したけど女の子。同じ年くらい。とぼとぼと歩いててこちらには気付いていない。声を掛けようと思ったけどワッフルが喉に。水で流し込んで、あぁどうせなら紅茶がよかったなとか思いながら、慌てて店の外へ出る。あの…!!!

非通知

 エアコンが切れた部屋で半裸で汗だくで寝ていたら携帯電話が鳴る。非通知番号。電話の向こうで若い女の声。寝ぼけながらもあぁそういえば前にも一度誰だか分かる?分からない。分かんない?分からないから名乗ってよ。本当に分からないの?という会話を知らない番号から掛かってきたのを思い出す。同じ女かな?僕はベッドにうつ伏せのまま考える。明日会おうよ。女は言う。誰か分からないんだ。本当に分からないから名乗ってくれないか。僕は知り合いなら非通知で掛けてくるわけないだろうと思いながらも相手に問い詰める。……ユミ。ユミ?うん。僕はその名前に心当たりがあり過ぎて困惑する。今の彼女も、その前の前の彼女も、一番長く続いた彼女の名前もユミ。一度だけ、いや三度か寝た京都の女の子の名前もユミ。京都の?うーん……なぜそこで言葉を濁すのだろう。僕の知っているユミならまず非通知で掛けてくるはずがないし、だからこそ京都の?と問い掛けてしまった自分の浅はかさを情けなく思った。そして悪戯なら京都のユミを騙ればいいのに、彼女は濁した。一体どちらのユミさんだろうか。明日、会おうよ。もう一度彼女は言う。だけど僕は君がどこのユミだか分からない。からかっているのか?会おうの意味が分からない。会ってどうするんだろう。知らない相手と会うことができるのか。色々と頭の中で考えたけれど、いいよと僕は承諾する。電話の向こうでユミが少し驚いたような声を出す。僕はそのままじゃぁ明日2時にイーマの地下でと一昨日ユミと待ち合わせた場所を指示する。絶対来てよ?ユミが言う。分かった。僕は電話を切り時計を見る。21:50。悪戯電話をする時間か?と少し考える。イーマの下で待ち合わせてそこから僕はどうするんだろうか。ユミが観たいと言っていたレオナルドディカプリオの映画でも観るのか。知らない女と?そもそもユミは来るのか。考えるのが面倒になってエアコンを3時間タイマーにセットしてもう一度寝る。

男女間の友情

 それって男女間の友情ってやつですか!?
 創作鶏料理のチェーン店で向かい側に座る女の子が言う。僕は一瞬ことばの意味が読み取れず止まる。ほんの少しの間をおいてううんどうだろうとことばを濁す。
 それって男女って関係あるの?結局は人対人なんだから単なる友情でよくない?男女間だと友情が生まれにくいってこと?まだ頭の中では思考が続くが会話は止まる。すぐに別の話題に切り替わって僕と僕の友人の話は宙に消える。
 横にいる僕の友人と付き合うことになった目の前にいる僕の友人。シルバーウィークの最終日、突然飲みに呼び出されたのはその報告だったわけだが、学生のようにはしゃぐ目の前の女の子が何故か痛々しく思え僕はほんの少しだけ嫌悪する。あぁそうか男子と女子はセックスができるから、だから友情に繋がりにくいということか。
 セックスをすると友情がなくなってしまうのだろうか。僕はそんな一般常識も分からないくらい倫理観がおかしくなっているのだろうか。何かのきっかけでセックスしてしまったら今まで通りの関係でいられなくなるということなのだろうか。
 それはね友情じゃなくてセフレって言うんじゃないの?セフレに友情があるといけないの?
 あぁそういえばこういう話をいつかしたことがあった。僕はセフレなんていないけれど、呼べば来てセックスをする僕の友人との間には友情はないのだろうか。
 そのお友達は岸谷さんのこと好きってことはないんですか。
 僕は一瞬ことばの意味が読み取れず止まる。ほんの少し間をおいてないだろうとことばを返す。そうなのかなぁ。一緒にいたり話したりするのが楽で何でも話せる関係でセックスもする。こういう相手を親友と位置付けるのはおかしいんだろうか。
 君の感覚ではおかしくないのかもしれないけれど、その女の子のいう世間一般の感覚からするとおかしいんじゃないの。そう君は言う。君はどう思ってるの。
 尋ねたものの君は何も言わない。僕はほんの少しだけ考えて、考えるのをやめる。