ドキドキぼーいず『じゅんすいなカタチ』 –現代日本に生きる責任–

 劇場に入ってまず、舞台が遠いな、と思った。2メートルは離れているだろうか。通常の小劇場のしつらえより、明らかに遠い。薄明るい舞台中央に位牌が印象的に置かれているのが見えた。舞台上手(かみて)にぶらさがっている綱は首つりを連想させるもので、その形状は禍々しい存在感を発している。

 『じゅんすいなカタチ』は、第6回せんがわ劇場演劇コンクールのグランプリを獲った、ドキドキぼーいずによる受賞記念公演だった。ドキドキぼーいずは、京都造形芸術大学出身の本間広大が2013年に旗揚げ。京都を拠点にして活動する若手の劇団である。

 物語は時間をさかのぼる形で進んでゆき、しおり(ヰトウホノカ)の兄・直樹(佐藤和駿)が自殺したこと、母も死んでいること、そして父(西村貴治)がかつて失踪していたことなどが徐々にわかってくる。クリスマスパーティの夜、テレビの向こうでテロが起きた。父は言う。「最近海外は物騒だね。日本で良かった」。しおりはそれに同調するが、しばらくしてこう呟く。「テロってさ、日本でも起きるのかな」。その言葉に父は「きっと、東京だけだよ」と言い、しおりは安心したような表情をする。その直後、直樹は首をつって死んだ。

 脚本での時間操作に加えて、俳優たちの発話の方法も少し特殊である。登場人物たちは胸のうちを抑え、心とは裏腹の言葉を喋る。また、赤裸裸に心情を吐露したりすることもある。そのたびに俳優は声を張り上げたり、腕を不自然にだらんと垂らしたり、そうかと思えば頭上に向けて高々と差し上げて硬直したりする。揺れ動く人間の心情を描く、特殊な演出だ。観客から遠く離れて設置された舞台とあわせ、観客の安易な感情移入を阻む効果を持っていた。

 しかし私は、そうした目を引く演出以上に、本作の戯曲において、至近距離の問題から遠景の社会情勢までがフラットに扱われていたことに注目したい。せっかくクリスマスケーキを買ってきたのに、誰にも食べてもらえなかった直樹の恋人・愛弓(片岡春奈)の寂しさ。煮え切らない彼氏に愛想を尽かすしおり。一人一人の小さな切なさに追い打ちをかけるように、若者の貧困や介護という社会問題が描かれる。それらは個人の力ではどうにもできないが、個人の生活を著しく浸食するものだ。その背景にさらに、テロや戦争という大きな災いが迫る。直樹と愛弓が働いていたのは、ミサイルの製造工場であった。


写真提供=ドキドキぼーいず(禁無断転載)

 思えば、演劇における「遠景としての戦争」の系譜は長い。1994年の『東京ノート』で平田オリザは、戦争の勃発したヨーロッパから絵画を預かる日本の美術館を舞台にした。そこには平和運動をやっていた学芸員や、徴兵されてヨーロッパに行く男たちが登場する。しかし物語の主旋律はあくまで、東京を訪れた女とその義妹の交流であったり、偶然再会した元恋人同士の複雑な心情を描くことにあった。あるいは2004年の岡田利規『三月の5日間』では、イラク戦争に反対するデモが描かれた。男と女はイラク戦争を頭の片隅に置きながらも、渋谷のラブホテルでセックスを続けた。舞台はいずれも「東京」だった。
 そして2016年。時代を追うにつれてどんどん近づいてきた戦争の足音は、今や日本においてもかつてない切迫感を持っている。重大なのは、「東京」の外へそれがひろがっているということだ。若い作家がそれに向き合う時代が、もう来ている。遠景であり続けたはずの戦争は『じゅんすいなカタチ』でついに、登場人物を自殺に追い込んだ。それも地方都市の、工場勤めの、普通の若者を。

 もちろん、戦争だけが直樹を殺したわけではない。今の日本では、この作品で描かれた様々な問題が、それぞれバラバラなままに襲いかかってくる。



直樹「お母さんな、倒れてたんだよ、ベッドに上半身がもたれてて、あーまたかーって思って、仕方ないなぁって思って、病院連れて行かなくちゃーって思って、思ったのに、身体動かなくてさ、やばいやばい、あと1時間もこのままにしてたら死ぬかもって思ったのに、電話とる気になれなくて。」
愛弓「うん。」
直樹「俺、お母さん、殺しちゃった。」
愛弓「うん。」
直樹「なのに、なんで俺は、今、楽なんだろう。」



 直樹は、介護していた母が脳梗塞を起こしても救急車を呼ばなかった。誰かが死んでしまうことと、積極的に殺しに加担することは違うはずだ。しかし不作為でも人が死ぬし、工場でミサイルをつくっても人が死ぬ。そのことに直樹は、心底絶望したのだろう。



しおり 「ただ、そういう人の傍にいたら、あたしは生きていけないんだなぁって思って、生命の危機みたいなものを感じて、あ、死ぬな、いずれ、こういう人と一緒にいたら、って思って、そういう感覚をね、お兄ちゃんに感じたのね、お母さんが死んだ時あたりに、だからお兄ちゃんの傍にいちゃ、死ぬなって思ったのね。」



 しおりが、最近デモを始めた友だちに感じた危機感と、兄の直樹に感じた恐怖は、「気づいてしまった人間」への本能的な警戒感だった。日本と自分の「未来」を真剣に考えることは恐ろしい。低収入や年金問題、高齢化など、現実に向かい合うほど自分たちの生活がいずれ破綻するとわかってしまう。だから「気づいて」しまった人の側では生きられない。しおりはそう決めて、自分を取り巻く現実を見ないようにした。だが、先に死を選んだのは直樹だった。

 母や、直樹や、ミサイルで殺される遠い国の人々。この作品には、多くの死の影が重くただよう。70年のあいだ空襲にも大量虐殺にもさらされることのなかった日本が、「一瞬にして多くの命が失われる」事態をあらためて意識するようになったのは、2011年の東日本大震災が契機だったと言えよう。昨年、本間が出演し、第60回岸田國士戯曲賞にノミネートされた柳沼昭徳『新・内山』では、戦争での死者と天災での死者を重ねてイメージするような描写があった。戦争も天災も「理不尽な死」という意味では共通するが、人的な原因がある戦争と、誰のせいにもできない自然災害は、本質的には異なるはずである。

 しかし、自分が生き残ったことに責任を感じてしまうことにおいては、戦争と天災は似ている。ラストシーン、スクリーンに映し出される「わたしたちは むせきにんな ひとごろし」という文字を読む。本間も、おそらくは「気づいて」しまっているのだ。息をして、生きているだけで、どこか遠くの人を殺してしまう世の中であることに。死んでいった人たちがいるのに、今も生きている自分が申し訳ない。でも生きたところで先もない。直視するにたえない悲惨な未来しか、私たちには本当に、ないのか?

 そんな問いもむなしく響くほど、この物語では死者も残された人々も救済されないまま終わる。生き残った登場人物は、やるせなさや後悔を抱え続けるだろう。時間を逆行した物語は、これからも日本のどこかで増殖し、再生されつづけるだろう。悲劇は終わらない。それこそが、この国の絶望がまだ底を打っていない証拠であり、25歳の本間広大が見つめる現代なのである。


【筆者略歴】
落 雅季子
1983年東京生まれ。2009年頃より演劇・ダンス評を書き始める。「CoRich舞台芸術まつり!」2014, 2016審査員。金融機関向けのシステムエンジニアを経て、現在はフリー。現在はBricolaQで毎月のおすすめ演劇コーナー(マンスリー・ブリコメンド)やインタビューのシリーズ(セルフ・ナラタージュ)を担当。ドラマトゥルクとして、主宰の藤原ちからと共に遊歩型ツアープロジェクト『演劇クエスト』を各地で創作。インタビュー、座談会、批評文、小説まで幅広い文体で活動中。






【上演記録】
ドキドキぼーいず『じゅんすいなカタチ』

会場
調布市せんがわ劇場
http://www.sengawa-gekijo.jp
日時
3月10日(木)-13日(日) 


Cast
ヰトウホノカ
佐藤和駿
松岡咲子
(以上ドキドキぼーいず)
片岡春奈
西村貴治
諸江翔大朗

Staff
構成・演出       本間広大
照明          鄒樹菁
音響          島崎健史
映像          坂根隆介
舞台美術・宣伝美術   渡部智佳
(以上、ドキドキぼーいず)
舞台監督        稲荷(十中連合)
舞台美術補佐      濱田真希
演出助手        藤野奈緒 / 藤崎沢美
CM          斎藤努
共催          調布市
後援          NPO法人京都舞台芸術協会

企画・製作       ドキドキぼーいず






セルフ・ナラタージュ #05 三浦直之(ロロ)


ロロの演劇は、いつだって少年と少女の出会う瞬間に命をかけ、ポップでキュートな片思いを紡いできた。2015年から始めた高校演劇向けのフォーマットでつくる連作『いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて第三高等学校』(通称『いつ高』)シリーズでは、手練のストーリーテラーとして驚くべき新境地を開拓している。自分ではあらがえない理不尽な恋心。嫌われないか不安になっても、思いがあふれる愛の告白。彼の中にこんこんと湧く恋の言葉は、泉のようにピュアで多くの人の心を潤す。そうかと思えば、「官能教育」シリーズでは、あどけなさが残るゆえに強烈なままの性欲を開示し、観客の度肝を抜いたりもする。
そんなアンビバレントな作家性を持つ三浦直之。『ハンサムな大悟』の、第60回岸田國士戯曲賞ノミネートが発表された直後のある日、彼に会って話を聞くことにした。
(聞き手=落 雅季子)



ロロ集合写真(2016年 撮影:三上ナツコ)


▼三浦少年のひとり遊び

― ご出身は、仙台ですよね。

三浦  仙台市で生まれて、幼稚園のころに女川に引っ越して、小学校三年生の時に、今の実家がある新興住宅地の富谷町に移りました。今年10月で「町」から「市」になるみたいです。今まで地元のこと全然知らなかったんですけど、最近興味が出てきましたね。それは、女川が……津波で、なくなっちゃったから。ここに何があったか、津波のあとの女川を歩いて思い出せなかった経験から、つながってる気がします。

― どんなお子さんだったんですか?

三浦  ちっちゃい男の子って、頭の中でオリジナルの敵をつくって、戦って遊びますよね。うちのお母さんはそれ「ピシピシ」(※「ミラクル」と同じイントネーションで)って呼んでたんですけど(笑)。普通は卒業していくんだけど、俺、中学になるくらいまで部屋で「ピシピシ」やってたんですよ。だから親は心配してた……。さすがに声出してはやらなくなったけど、いまだに、頭の中でのお話つくるのはやってます。

― いまだに、とは?!

三浦  今までわりと普通のことだと思ってたから、あまり話したことないんだけど……。

― ぜひ教えてください……!

三浦  えっと、コレ結構複雑なんだよな……(ぶつぶつ)もう10年くらい、サッカーの物語つくってるんですよ。すごい大河ドラマになってます。最初は、超天才的な10番の男の子の物語だったんだけど、10年続いてるから、主人公がひとりじゃもたなくなってきて、主人公が26歳になった時に、20歳そこそこの選手ふたりが下の世代として出てきたの。彼らひとりひとりの才能は、主人公よりも下なんだけど、ふたりのコンビネーション技なら主人公にも及びうるッ!! みたいな? 俺何の話してんだろ(笑)。主人公がトップ下で、この二人がツートップで日本代表が最強に?! ってところまで進んで、今はこの二人のライバルの、さらに別の二人が主人公の物語になってます。

― おお……初めに登場した10番の選手もまだ存在しているんですか?

三浦  もう日本代表に呼ばれてますね。日本代表はレギュラー争いが厳しいから、細かくひとりひとりの設定や葛藤をつくります。「こいつは兄ちゃんの思いを受け継いでフィールドに立ってる」みたいな葛藤持ったやつらがレギュラー争いしている。ふとした時に、何も意識しないで頭の中で始まるから、自分では今まで普通のことだと思ってた。でも、俺がこうやってお話つくる根本なのかもしれない。

― 子供のころ、いちばん最初にお話をつくったのはいつなんでしょう?

三浦  小学校4・5年生の夏休みに、ポケットモンスターの指人形集めにはまってて。朝ひとりで、指人形を富谷町のいろんなところに置いていくんです。で、友だち呼んで、リアルポケモンをやるんですね。俺がゲームマスターみたいになって、最初のポケモン渡してバトルする。「今日の課題はこいつを倒すことだ。そのためにはこの条件を満たさなければいけない!」みたいな感じで、俺が連れ回すんです。森にいくと草ポケモンがいたり、川の側に水ポケモンがいたり、修行を積むと新しい技を覚えられるとか、ルールを考えて。うん、俺がやったいちばん最初の演劇はこれかな。小学校六年生までやってました。



▼マッピさんのこと

― 三浦さんは読書家で知られていますが、子供の頃から本が好きだったんですか?

三浦  好きでしたね。小学校中学年くらいから、ズッコケ三人組シリーズをひたすら読んでた。ただ、でも小学生の頃はどっちかっていうと読書感想文書くと「うまいね」って言われるのが嬉しかったっていうのが大きかったかも。作文は、ちょっと得意だったから。読んで何か書くと褒められると思って、難しい本も読んでみようと思い出したのが中学です。
でも、中2の頃に、マッピさんっていう同級生に出会って。その人にいろいろ自分の価値観変えられたんですよね……。なんで「マッピさん」って名前なのか、なんで「さん」付けしてるのかもわかんないんだけど(笑)。当時の俺、作文コンクールで賞取ったり、マーチングバンドのリーダーをやったり、優等生だったんですよ。ある時、弁論大会のクラス代表になって、ものすごくエモーショナルに弁論したことがあったんですね。小賢しくて、先生が喜ぶだろうなっていう弁論だったんだけど、マッピさんがそのことをいじってきて、その瞬間すごい恥ずかしいと思った。太宰治の『人間失格』で主人公の道化をみやぶる竹一みたいな存在っていうのかな……。バレてる! って。自分の汚いものを見抜かれたと思って恥ずかしくなって、そこからそういう優等生ぶったことはやめました。それから、マッピさんとすごく遊ぶようになっていった。

― マッピさんは、不良だったの?

三浦  めちゃめちゃおもしろい人だった。やすりで授業中にずっと木を削ってて、綺麗な球体つくって「わあ! マッピさんすごいね!」って俺が言ったり(笑)。昼休みに、体育館でマッピさんがみんな集めて鬼ごっこしたこともあった。「普通の鬼ごっこじゃつまんないから、頭つかむことにしようぜ」ってマッピさんが暴力的なこと言い出して、みんな超痛え! ってなってんだけど、だんだん興奮してきたマッピさんが、鬼でもないのに俺のところに来て、地面にバン!って俺をのしていく、みたいな。すごい変わってる人だったの(笑)。ぜんぜん俺が思いつかない視点からいろんなこと言ってくるし、人生で出会った中ですごく影響受けてると思う。でも、今は会わない。中3になってクラス変わってから、俺が受験勉強始めたんですよね。マッピさんはそういう感じじゃないから、距離できちゃって……。高校上がってからマッピさんと地元のイトーヨーカドーで会った時に「マッピさん!」って声かけたのは覚えてる。その時にマッピさんが「これ俺のバイクなんだ。乗ってみるか?」って言うから、またがって「すごいね、大きいね」とか言ってたらマッピさんが遠く離れたとこでニヤニヤしてて、そしたら全然知らない男の人が来て「てめえ何乗ってんだ」って言われた(苦笑)。……マッピさんには、結構コンプレックス持ってましたね。俺、小学生くらいまで結構全能感あったんだけど、全然違う価値観でめちゃくちゃおもしろい友だちでした。



▼男子校の日々

― その頃は、女の子には興味あったんですか?

三浦  国語の時間の本読みがうまかったから、小4の時に学芸会で主役をやったんだけど、その時が人生マックスのモテ期でしたね。でもいわゆる恋愛感情を持ったことはなくて。中2くらいから突然顔が赤くなって、女の人と敬語でしか喋れなくなった。

― 高校は男子校だったんですよね。

三浦  男子校の3年間、まったく色恋はなかったです。でも、隣のクラスの小池徹平君みたいな可愛い感じのキレイな男の子に疑似恋愛してた。遠くから眺めてただけで、話もしたことなかったけど、彼が楽しそうにしてるのを見るだけで嬉しかった。卒業式で顔真っ赤にしながら「一緒に写真とってもらっていいですか」って頼んだなあ。ギリギリ踏みとどまってた感じですね。今はこうしてネタっぽく言ってるけど、あと何歩か歩くと本当に好きになっちゃうギリギリのところだった。

― その頃は、さっき言ってたような青春小説に耽溺していた?

三浦  中学の頃から太宰治とか読んでたんだけど、一方で山田詠美『僕は勉強ができない』金城一紀レヴォリューションNo.3』っていう青春小説も読んでました。ケーブルテレビの『闘うベストテン』っていう豊崎(由美)さんとか大森(望)さんが議論しあってミステリのベスト10を決める番組があって、そこで豊崎さんの勧めてた舞城王太郎世界は密室でできている。』『煙か土か食い物』と古川日出男『アラビアの夜の種族』を読んだんです。その時に、これは俺が今まで読んで来た小説とちょっと違うなと思ったんですよね。そこから興味がわいて、SFとか海外文学を読むようになりました。それで、高3の冬にイアン・マキューアン『贖罪』に出会うんです。授業中から放課後までぶっ通しで読んじゃって、読み終えた時に俺がめっちゃ泣いてて……残って勉強してたクラスメイトたちが「えっ、どうしたの」みたいな空気になったの覚えてる。

― 今までの小説と何が違ったんでしょうね。

三浦  物語……すげえなって。『贖罪』は、物語で罪は償えるかっていう話なんだけど、物語に対する願いとか希望がこんなにもあるのかって。俺も物語つくろうっていう気持ちが、明確になりましたね。



▼物語は「乗り物」

― 今の話からも、物語に対する尊敬や畏怖がすごく感じられるけれど、物語を表現する手段として演劇を選んだのはいつですか?

三浦  本当は日芸の映画学科に入りたかったんだけど、入れなくて演劇学科入ったんですよね。そこで亀島(一徳)くんとか望月(綾乃)さんとか(篠崎)大悟とか、気が合う同期にも会いました。亀島くんが、授業での俺の話をおもしろがってくれて、三浦くんと作品つくりたいって言ってくれたんです。劇場押さえるところまで行ってたんだけど、俺が行き詰まって逃げ出しちゃって……。それで友だち全部失ったと思って、ずっと引きこもって音信不通になって、実家に1回帰ったあげく、大学戻るって親に嘘ついて、友だちのところ転々としてた。その最中に、戯曲を書こうと思ったんですよね。それこそマキューアンの『贖罪』のイメージで、無碍にしてしまったいろんなものや人たちに向けて贖罪の物語を書こうと思って……。それが(王子小劇場の「筆に覚えあり」を獲った)『家族のこと、その他のたくさんのこと』です。書いてる途中に、とにかく謝るしかないし、許してもらえないならそれでもいいと思って大学に戻ったんですよ。そしたら一番最初に会ったのが亀島くんで。いまだに覚えてるけど「戻ってきてくれて良かった!」って言ってくれた。「三浦くんはクソ人間だけど、俺は三浦くんのことおもしろいと思ってるからまた何かやろうね」って言ってくれて……。書き上げたらその戯曲はおしまいにするつもりだったんだけど、大悟がおもしろいから絶対やろうって言ってくれて、王子小劇場に持って行ったら上演できることになりました。それで、絶対に亀島くんと大悟と一緒にやりたいと思ってその二人に声かけたのがロロの始まりです。

― 三浦さんにとっての物語を支える、物語を物語たらしめるものって何なんでしょう。

三浦  何だろう……物語……。(長考)何なんだろうな…………最近のイメージだと、あるひとつの言葉を見つけるために必要な「乗り物」のイメージかな。物語に乗っからないと、その言葉は見つからない。だから書きたい「物語」はなくて、書きたい「言葉」が何かあるんだと思う。今は、それをずっと目指してるんだと思うんですね。
2014年に『ロミオとジュリエットのこどもたち』をつくった時、乳母の「すべての関係性であなたを愛してますよ。」っていう台詞が書けたんです。その時に「こういうこと自分で書けるんだ!」って、嬉しい驚きがあったんですよね。『ロミオとジュリエット』は、自分にとって初めて既成戯曲の演出だったし、俳優さんにそれぞれの役についてどう考えてるか、いろいろ話を聞いてたんです。その時に(乳母を演じた伊東)沙保さんが、乳母がジュリエットをいかに愛しているかについてそんなことを言ったんですよね。沙保さんがすごいのは「人って普通こんなこと言わないよね」っていう違和感から出発しないこと。共感できるかできないかでキャラクターを捉えず、すんなり受け入れてフラットに寄り添える俳優です。だからあれは、自分で書けたというよりも、半分は沙保さんに書かせてもらったようなものですね。そういうふうに最終的に俺が聞きたい台詞があって、そこに向かっていく形で書いています。


(左)『家族のこと、その他のたくさんのこと』(2009年)    (右)あうるすぽっとプロデュース『ロミオとジュリエットのこどもたち』(2014年 撮影:青木司)


― 自分の今を形づくる、思い出に残る恋ってありますか。

三浦  ありますあります。大学に入って好きな子ができて、運命の人だ! って思ってたんですよね。絶対にこの人と俺は結ばれるって純粋に思ってた。でもそれは実らなくて……そこから5年くらいずっと好きだったのかな。『LOVE』は彼女に失恋した直後に、立ち直るためだけに書いた戯曲だから、今読むとヤバいところもある(苦笑)。ただ、俺が好きだった女の子にとって『LOVE』はまったく嬉しくないと思ったから『LOVE02』は、彼女が喜ぶ話にしたいと思って書いたんです。『LOVE02』で、自分の中の決着がついて、そこから誰かに一目惚れすることはなくなりました。運命の恋はないんだって……。


『LOVE02』(2012年 撮影:三上ナツコ)



▼書評としての「役」?!

― 最近の作品で特にすばらしいと思うのが、三浦さんの書く愛の表現。ヘテロセクシャルホモセクシャルバイセクシャルなどを問わない形になっていて、人を好きになるっていいなという気持ちになれます。

三浦  自分でも不思議なんですよ。前からいろんな恋愛のバリエーションのモチーフは出てきていたけど、最近サラッと溶けて普通のことになった。

― 『ハンサムな大悟』で、大悟くん以外は、俳優本人の性別とは逆の役をやってましたよね。

三浦  このキャラクターを演じるのはこの人がいちばんいいと思って書いているだけなんです。俳優さんを観るのと小説読む行為って、似てる。僕、小説を深く読むことには自信があるんです。だから俳優さんという「テキスト」を読み込むことでは負けないっていう自負があって、読み込んだ俳優さんの「書評」を書くつもりで役を書いてます。あとはやっぱり、触れる触れないの話とかセックスの話を書きたいけど、俳優の性別がそのままだとあまりに直接的になっちゃって、それは俺が本来描きたいセックスから離れちゃうから避けました。大きい理由はその二つです。

― 書評として「役」を書くというのは、よく知っている間柄だからできること?

三浦  一緒にやりたいと思える俳優さんは「この本は俺がいちばんわかる!!」って語りたくなる小説みたいな人です。『いつ高』シリーズに出てもらった新名(基浩)さんと大石(将弘)さんはサンプル『蒲団と達磨』で共演したのがすごく大きい。今の俺は演出家だから、俳優さんと出会うのって「演出家と俳優」の関係になっちゃうんですよね。ロロメンバーは、大事な友だちでもあるから、今後誰かがロロのメンバーになったとしても、俺が演出家になる前に出会った(板橋)駿谷さんと同じ関係性は二度とつくれない。でも新名さんと大石さんとは、そう思ってた俺が、俳優としてイチから関係を結べたのが新鮮で、うれしかった。自分で俳優をやりたいモチベーションはそんなにはないけど、そういう出会いはしたいから、またいつか俳優もやってみたいです。松井(周)さんに会うたびに「サンプルに出たいです!」って言ってたし、ずっと松井さんに抑圧されたいと思ってたから嬉しかった(笑)。松井さんの性欲の話にはすごくシンパシー感じますね。


いつ高シリーズvol.1『いつだって窓際であたしたち』vol.2『校舎、ナイトクルージング』(2015年 撮影|三上ナツコ)



▼性欲が消えて恋だけが残る

― 性愛の話になってきましたね……。人間って、ある年齢から恋と性欲が不可分になってくるけど、三浦さんを見ていると、ピュアな部分と作品に現れる性描写の濃さが対照的に思える。三浦さんにとって、恋と性欲ってどんな関係にありますか?

三浦  …………(長考)いや、一緒なんですけど……えっと、性欲っていうものの終わりがどこなのかわかんないんです。僕、射精っていう経験がないから。夢精は目が覚めたら終わってるし、意図的に「達する」ことがないから、だんだん時間がたつにつれて勝手に収束して終わるしかないんですね……。そうなった時に、相手にどうしてあげればいいのかもわかんないし、俺もどうなりたいかわからない。性欲と行為はセットで、始まりはそこなんだけど、終わる頃にはそのふたつが離れてる感じかな。行為の最中に、スーッて性欲が消えて恋だけが残る。や、でもわかんないですけど……! 向こうを傷付けちゃうんじゃないかなっていうことで自分も自信なくなっちゃうことになりかねないし、それで行為自体が減っていくのが一番良くないのかなって……すごい具体的な悩み(苦笑)

― でも、それは相手を嫌いとか魅力を感じていないからではないですよって、きちんと話せばいいんじゃないかな。恋をした相手にしか性欲を感じない人もいるし、誰とでもできる人もいるから、そうなると恋と性欲は別物だろうなと思うけど、どうなんでしょうね。

三浦  や、ホントに難しいですよね……。

― 性的なことに興味はあるけど、自分自身がセックス経験を積みまくるみたいなことにはならないんですね。

三浦  そうですね。性欲はぜんぜんありますけど、それよりは妄想とか想像の方が好きかもしれない。人と触れ合いたいっていう気持ちは持ってるんだけど……たとえば一緒にいて、相手がすやすや寝てて、その横で本読んでる時間にすごく幸せだなって思うんですよ。一緒にいるっていうことにいちばん幸せを感じて満たされたるんです。向こうが安心してるって感じれた時に幸せを感じれる。全く甲斐性がないからそんな機会はつくれてないんですけど(苦笑)。

― ちなみに、結婚願望などは……?

三浦  最近、子ども欲しい気持ちが強くて。一人暮らししてから、親に対する尊敬がすごく強くなったんです。よく俺をこんなに愛してくれたなって。俺も、自分以上に他者を愛してみたいって思うんです。俺は、どんなふうに他者を思うかって作品を書いてるけど親はそれを実践しててすげえなって気持ちがあるから、自分も親になってみたいです。



▼言葉は行為を越えられるか、行為は言葉を越えられるか

― 三浦さんの世界には、そういうプラトニックな恋もあれば、『ハンサムな大悟』に登場するような愛に満ちたセックスも存在するわけですよね。自分の中にアンビバレントなものを感じません?

三浦  感じますね……。答えになるかわからないけど、『ハンサムな大悟』では、触れることは言葉を越えられるのかとか、言葉を触れることを越えられるのかっていうことを考えてました。

― それは、演劇が負っている宿命のような気がしますね。言葉に対する感度の質問になるのですが、三浦さんは小説を書いてみたいと思ったことはないですか?

三浦  戯曲の言葉は少しずつ書けるようになってきたけど、小説の言葉を俺は書けるかな? って疑問がありますね。演劇を使って書きたい言葉はきっとある気がするけど、小説を使って書きたい言葉があるのか、現時点ではわからない。

― 戯曲を書きたいわけじゃなくて、それを上演して俳優に形にしてもらうことまで含めて、表現したい言葉があるという意味?

三浦  あ、そういうことかな……うん、ちょっと考えますね(しばし考え始める)…………そうそう、思い出した。『朝日を抱きしめてトゥナイト』くらいから、俳優への口づて演出がすごく多くなったんです。台詞をその場で俺が言って、俳優に言ってもらって、聞いてっていうやり取りが増えた。ちなみに『いつ高』は意図的にそれをやめてダイアログを書いてるんですけど……。自分でもどういうふうに行くかわからずに台詞を与えて、俳優の声を聞いて次の言葉を出す。俳優も、台詞を戯曲として印刷して渡されたら、全体の流れを見てどういう言い方をするかってなるけど、どこが台詞の終わりか俺も俳優もわからない不安定な中で出来る言葉を、もう少しつくっていきたい。だから、小説の言葉ではないんですね。この俳優のこの声だから、この言葉が生まれてくるっていう感覚が『朝日〜』くらいからあって。そこに行き過ぎるとよくないと思うんですけど。


『朝日を抱きしめてトゥナイト』(2014年 撮影:三上ナツコ)

― その「戯曲の言葉」が認められて、第60回岸田國士戯曲賞にノミネートされましたね。おめでとうございます。

三浦  これでノミネートもされなかったら、俺は作家として結構難しいだろうなと思いました。ただ、受賞は……うーん。戯曲の完成度っていうことで言うなら、大きな転換期になった作品ではあるけど、自分はこっからだと思ってるから。あれは、こっからの作品の大きな一歩だから……まだたぶん俺もっと書けます。これからきっともっと書けるっていう気持ちですね。本当に、俺、珍しいんですよ。ワクワクしてる。自分が書くことにモチベーションがすごく高い時期なんです。

― 応援してます。今日はありがとうございました!



『ハンサムな大悟』(2015年 撮影|朝岡英輔)

批評やインタビューにたずさわる者のさがとして「この人はどんなことがあっても一生「作家」でいる人だな」というのが、わかることがある。『ハンサムな大悟』『いつ高』シリーズと、2015年の大躍進を見て私は、まさに三浦直之こそ、作家として生まれ、一生作家でありつづける人なのだと確信した。誰に頼まれなくても、何もかも無くしても、彼から物語を奪うことだけはできない。本当に書きたい「言葉」を見つける乗り物である「物語」で、彼がどこまでも走るのを、これからも私はまぶしい気持ちで見つめつづけるだろう。






★過去のセルフ・ナラタージュはこちらから。
第一回 神里雄大(岡崎藝術座)
第二回 大道寺梨乃(快快)
第三回 菅原直樹(OiBokkeShi)
第四回 柴幸男(ままごと)

マンスリー・ブリコメンド 2015年の振り返り

毎月おすすめの演劇を掲載しているこのコーナー。
今年もご愛顧ありがとうございました。
おすすめメンバー+おやすみ中のあの方で、振り返りの5本を選んでみました!!(落)



メンバー紹介

落 雅季子(おち・まきこ)twitter:@maki_co

■落 雅季子の「2015年の5本」

鈴木励滋(すずき・れいじ)twitter:@suzurejio

■鈴木励滋の「2015年の5本」

日夏ユタカ(ひなつ・ゆたか)twitter:@hinatsugurashi

■日夏ユタカの「2015年の5本」


茶河鯛一(ちゃが・たいち)twitter:@chaghatai_khan

■茶河鯛一の「2015年の5本」




落 雅季子の「2015年の5本」

ジエン社『30光年先のガールズエンド』@早稲田どらま館
山本卓卓×北尾亘 ドキュントメント『となり街の知らない踊り子』@STスポット
ロロ『ハンサムな大悟』@こまばアゴラ劇場
OiBokkeShi『老人ハイスクール』@旧内山下小学校
ままごと『ゾウノハナクルーズ』@象の鼻テラス一帯


悩みつつも、もう一度見たいもの、というものさしで選んでみるとこうなった。

『30光年先のガールズエンド』では、1983年生まれの作者本介が、ガールズバンドというモチーフを通して10代という年齢を振り返っていた。何気ない時空の移動がびしっと決まる、切れ味最高の一作。ジエン社には、迷いや自意識というものを、照れないでまっすぐ描くことを続けてほしい。ストレートな中にもおちゃめにひねくれた作家性が滲んでしまうほどには、丁寧に作家として年を重ねていると思うから。

国内外で精力的に活動していた山本卓卓(範宙遊泳)の作品からは、ドキュントメント『となり街の知らない踊り子』を。北尾亘のひとり芝居だったが、踊り手が言いなりになることもなく、演出家が妥協することもなく、自律した状態でコラボレートしていた。人格も時間も超えたタフなパフォーマンスを見た思い。ロマンティックを演じるには、タフじゃないとね。

ロロの『ハンサムな大悟』は、観た翌日も、戯曲を読んで泣いてしまうくらい、戯曲としてたしかな「言葉」で彩られていた。人間関係のよすがとしてのセックスと、生殖のためのセックスの両方をこんなにも肯定的に描けるのは、最強の童貞・三浦直之しかいない。『いつ高』シリーズといい、彼は今、「戯曲」で物語を語れる書き手として、その肩に創作の小鳥が止まってる時期なんだと思う! ピヨ!

3月、11月と、今年二度も岡山にOiBokkeShiを観に行ったおかげで、行こうと思えばどこにだって行けるんだ! という気分になれたのは、来年以降の活動の指針になりそうな気がする。菅原直樹さんにインタビューできたことも大きな収穫だったし、89歳の俳優・おかじいから溢れる、コメディアンとしての魅力と、人生のせつなさは、生涯忘れ得ぬものだ。

『ゾウノハナクルーズ』は、柴幸男とシアターゾウノハナメンバーの爆発力を存分に味わえた大傑作(こういう作品にこそ、この言葉を使いたい!)。シアターゾウノハナは、柴が創作・演出のコントロールを意図的にやらないようにする場として3年かけて成熟してきたように思う。船の中での上演ということで、どうなることかと思って乗り込んだら、光瀬指絵率いる海賊団に乗っ取られたり、インターポールのとっつぁん(青年団山内健司だ)が船を追いかけてきたり、観光ガイドだった女優が実は海賊に宝を奪われたゾウの国の姫だったり……。「うそばなし」として、ひとつひとつの設定のクオリティの高さ、横浜の海の眺めの良さ、すべてが混ざりあって凄まじく楽しい時間だった。

アートフェスティバルが各地で盛況な中、野外での上演を見る機会も増えた。パフォーミングアーツは、上演時間に凝縮して人が集まるから、フェスティバルとしても集客の成果が見えやすいのだろうとも思う。しかし、イレギュラーな状況が起きがちで、設備も何もかも不安定な野外では、戯曲をかっちりと、意図したとおりに上演するのは難しい。環境・観客にどれだけ委ねて、「自分だけの演劇」を手放すことができるか、作り手たちはその懐の深さを試されているのかもしれない。でも劇場の中の演劇でも、劇場の外を歩く演劇でも、結局は「面白い」か「面白くないか」の違いしかないのだ。自分を、社会を、この世界をあたらしく発見できるのであれば、私はどんな場所での演劇だって、観ていきたい。(雅季子)




鈴木励滋の「2015年の5本」

マームとジプシー『ヒダリメノヒダ』@KAAT大スタジオ
山本卓卓×北尾亘 ドキュントメント『となり街の知らない踊り子』@STスポット
うさぎストライプ『いないかもしれない2部作』@こまばアゴラ劇場
甘もの会『わたし今めまいしたわ』@新宿眼科画廊地下スペース
飴屋法水『ブルーシート』@豊島区旧第十中学校


 昨日12月30日、つれ合いと大阪日帰りの旅へ出た。あちこち廻った最後に西成区にあるココルームというカフェを訪れた。「闘争へですか?」と訊かれてよく判らないというつれ合いの反応を見て、店の人は寄せ場としての釜ヶ崎の歴史からココルームのやっていることや「釜ヶ崎芸術大学」のこと、行政のあれこれがストップする年末年始に野宿して餓死や凍死をする者を出さないための「越冬闘争」のことを話してくれた。彼女は次にやってきたお客さんにもいろいろ問われて応えていた。彼女とは詩人でココルームの代表をしている上田假奈代なのだが、彼女に薦められて三角公園の「越冬ステージ」へ、釜ヶ崎芸術大学の合唱部の人々が唄うというのを聴きに出向いた。

 公園に入ると狭山事件の冤罪を訴える支援団体のブースがあり、奥まったところにステージが設けられていて、中央にいくつか炎をあげているドラム缶があり、その周りを中心に多くの人々が集まっていた。ひと組が唄い終えた後、いくつかアピールがあり、進行する主催者らしき男性が釜ヶ崎芸術大学合唱部を紹介した。したのだが、練習会場から到着していないみたいで出てこない。男性は間をつなぐように今年起ったさまざまな政治の残念なもろもろについて語り始めた。それを聞きながら、そしてその後の合唱部の歌声を聴きながら、わたしはココルームの重要さ、芸術の可能性について考えをめぐらせていた。

 もちろん越冬闘争というものが1970年から連綿と続いてきたという、運動に関わるいろんな人々の努力には敬意を抱く。でも、それだからといってわたしが足を運ぶことはなかったと思う。狭山事件と反原発と「戦争法」反対と辺野古の闘争と釜ヶ崎がつながっているのは理解できる。もとより、わたしの日々の実践ともつながっていると感じている。だからこそ、別にそこに行かなくてもともに闘うことはできるのだとも言えてしまう。

 けれど、釜ヶ崎の運動の優先順位が低いということを話したいわけではない。縁をつなぐ人の大切さについて語りたいのだ。

 ステージで活動家たちが訴えたことの多くが圧倒的に「正しい」ものだった。そしてそれはわたしの考えと決して相容れなくもなかったのに、まったくといってよいほど響かなかった。かたや合唱部のひとびとは、歌詞、声、呼吸、動き、表情、それらの総体としての存在そのもので、生きることをとにもかくにも肯定していた。ヘンテコな歌詞できれいではない声でピタリと揃わない呼吸で奇妙な動きだがみんな晴れ晴れとした表情の合唱が、自分が生きていること、あなたが生きていること、あなたもわたしも生きていくことを肯定していた。理屈をひとつもこねなくても、さまざまな社会問題に呼応していた。活動家たちの訴えは、この合唱によって、ようやくいくばくか聴衆のもとに届けられたのではなかったか。

 「正しさ」や「技量」が要らないとは思わないが、正しいだけでも上手いだけでも他者には響かない。わたしが惹かれる表現者は、切実な想いを抱えているのみならず、それを他者に響かせることにこそ貪欲な人たちである。そのためには他者への深い敬意と丁寧な関わりが不可欠である。すぐにでもステージに駆けつけなくてはならなかったのに、一人ひとりにココルームの活動について、相手の反応を見ながら説明をする上田の振る舞いは、まさにそれであった。

 舞台表現、とりわけ演劇において、ここで言う“他者”というのはなにも受け手/観客だけではない。俳優やスタッフもそうだろうし、登場人物も他者である。自己表現への切要なる想いだけでなく、他者に対しても同じように強い志向を感じられた五組を選んだ。上演期間順に並べてある。

 ちなみに、合唱が終わったあとで会場の人々に、釜ヶ崎芸術大学合唱部へのお誘いのチラシが配られていた。(励滋)



日夏ユタカの「2015年の5本」

鈴木ユキオ振付『春の祭典』 (ダンスがみたい!17) @d-倉庫
立教大学現代心理学部映像身体学科 2015年度松田正隆ゼミ卒業制作 『東京ノート』 作・平田オリザ 演出・脚色・福井歩立教大学新座キャンパス6号館2階ロフト1(N623教室)
本牧アートプロジェクト2015 @横浜・本牧エリア一帯
青葉市子×ミロコマチコ『野生の呼び声』@お二人のセッションは、2015年2月にキチムでおこなった『野生の呼び声』以来、二度めです。
山本卓卓×北尾亘 ドキュントメント『となり街の知らない踊り子』@横浜 STスポット


観劇リピート推奨派なのだけれど、昨年2015年はおそろしいほど、繰り返しては観られていない。前半に体調を崩し、体力的、時間的に観劇回数が減ったのが最大の理由。実際、昨年にリピートできたのは、
キラリふじみ レパートリー新作 日韓共同制作『颱風奇譚(たいふうきたん)』演出・多田淳之介
寺山修司生誕80年記念『書を捨てよ町へ出よう』上演台本・演出 藤田貴大
『ブルーシート』作・演出:飴屋法水
くらいだ。

いずれも秋以降に体調が回復してからのリピートで、あらためて繰り返し観るたのしさを感じながら、こういう生活が今年以降もつづけられることを、願う。

そして今年の5本。昨年2015年4月から休止してしまった小劇場レビューマガジン「ワンダーランド」の年末回顧では、毎年のように前記の多田淳之介、藤田貴大、飴屋法水の作品を「私の3本」として選んできたのだが、今年から発表する舞台も替わったこともあり、あえて、べつのアプローチ、新しい出会いを重視して5本を選んでみた。並びは、再演/再現可能性の低さ、みたいなことも踏まえての順番にもなっている。

まずは、鈴木ユキオ振付『春の祭典』。
それぞれのダンサーが上演機会1回だけで『春の祭典』に挑む、という「ダンスがみたい」の企画のなかの1本だが、鈴木ユキオのアプローチはとてつもなく真摯なものだった。20世紀の近代音楽の傑作ともいわれるストラヴィンスキーの『春の祭典』 をいかに21世紀/現代/現在に置換できるに腐心した結果、はじまりは映像中心(と壁作り)で、途中に本人のトークが挟まり、そして壮絶なダンスに至る、というやや異色の構成に。そこで描かれる春は、プラハやアラブなどの革命の春か。対して“いま”は、ベルリンの壁が壊れてなお、冷戦時と変わらぬ寒い冬の時代。かならずくるはずの春を迎えるために自らを生け贄のように捧げるダンスの温度は高く、それが伝わった客席の拍手もまた2015年でもっとも熱を帯びていたように思う。

東京ノート』 は大学生たちの卒業制作。戯曲は平田オリザの『東京ノート』に忠実でありながら、東京デスロック版を踏まえ、観客は観劇中の入退場はもとより、床への直座りも立ち見も、さらには移動も自由に選択できるという上演スタイルだった。
その効果は広々としたロフト/教室で威力を発揮し、さらに大学の図書館を借景としたり、外光も計算ずくで多く取り入れることで、青年団による実際の美術館での上演よりもなお、人が行き交う、文明や文化の交差点でもある美術館という舞台をその場に現出させることに成功していた。
もっとも再演の可能性の低い作品ながら、強く、この次を、この先を観たいと願っている。

今年で3回目となる 『本牧アートプロジェクト 2015』は、本牧地域の元映画館、地区センター、古民家、公園などを舞台に行われた演劇やダンスなどのアートイベント。バスツアーも含めれば、2日間の会期中にすべての作品を見尽くすことはほぼ不可能で、選択や移動に頭を悩ましたりしなければならないところも野外フェスっぽく、楽しい。観られなかった作品の他人の感想を読んで残念がることすらも面白がれる、ならば、だけれども。
1日だけの参加となったが、「play」のもつ“遊び”の部分が刺激される、素晴らしい体験となった。

『野生の呼び声』は、昨年15年には舞台『cocoon』や『レミング〜世界の涯まで連れてって〜』に出演もしている音楽家・青葉市子と、『オオカミがとぶひ』で第18回日本絵本賞大賞を受賞している画家・絵本作家のミロコマチコによる、一夜限りの音楽とライブペインティングのセッション。吉祥寺のカフェがいつしか深い森に染まっていき、じぶんが新しい生き物として生まれ直すかのような、濃密な時間だった。
※2016年1月10日(日)に、名古屋テレビ塔3F特設会場において、ふたりによる二度目のセッション『カイツブリがはこぶもの』の開催が決定している

『となり街の知らない踊り子』はおそらく、山本卓卓のスタイリッシュな演出や、ひとりで何役も、というより街全体を演じきった北尾亘の演技が評価されたり注目されることが多かったかもしれない。ただし、個人的にもっとも魅力的だったのが戯曲。観たかぎり、昨年のナンバーワン、だろう。まさにいまの時代が濃縮された終盤と、世界が反転するラストの素晴らしさ。2016年2月11日と12日にYCC ヨコハマ創造都市センター 3F にて再演されるようなので、くわしくは語らないけれど。(ひなつ)



茶河鯛一の「2015年の5本」

モダンスイマーズ『悲しみよ、消えないでくれ』@東京芸術劇場 シアターイース
中野成樹+フランケンズ『ナカフラ演劇展 vol.2』@シアターノルン
MCR『死んだらさすがに愛しく思え』@ザ・スズナリ
『気づかいルーシー』@東京芸術劇場 シアターイース
こふく劇場『ただいま』@こまばアゴラ劇場


観た順です。

『悲しみよ、消えないでくれ』は、ありきたりな表現ですが、まさに“悲劇と喜劇は表裏一体”を体現した作品でした。
これ以上は、演劇を観る習慣がそれまでなかったというブログ主による、こちらの感想を読んでいただいたほうがその魅力を伝えられる気が。
モダンスイマーズ「悲しみよ、消えないでくれ」を三日連続で見てきたので感想を述べます - この国では犬が
ブログでも言及されていますが、一見正面しか向いていない美術でありながら、三方向から視られることをきちんと意識している演出が印象的でした。

vol.1もそうでしたが、『ナカフラ演劇展』はコース料理になっています。
一品ずつ食べてももちろん美味ですが、次に上演される機会があれば、是非通しでご覧いただきたいと思います。
プログラムとプログラムのそこはかとないつながりを見つける楽しみが味わえます。
vol.2では大田区の道みちにモリエールを重ねてくれました(私が引いたカードの場合)。

多作の人であることもあり、同じパターンを違うシチュエーションで見せることも少なくない櫻井智也ですが、時々本気を出します。
『死んだらさすがに愛しく思え』は以前から題材として暖めていたという実在のシリアルキラーをモデルにした作品。
シリアルキラーを演じた川島潤哉奥田洋平の冷たい狂気も見事でしたが、それを特別なものとして扱わず、現代日本とつなげることで普遍性とシーンの軽快さを獲得しました。

松尾スズキによる『気づかいルーシー』の原作は大人がその気になれば1分で読み終わる短い絵本です。
舞台化の脚本・演出を担ったノゾエ征爾は、原作のシュールなエッセンスを十二分に残しつつ、
気づかいの連鎖が生む一級のシチュエーションコメディを繰り出してきました。
また、田中馨と森ゆにによる生演奏も物語の進行を大いに盛り上げました。

これまでこふく劇場の作品は機会はありながら何となく観てこなかったのですが、今はその不明を深く悔いています。
『ただいま』では、生きるということが日常の積み重ねから成り立っていること、生と死は隣り合っていて決して遠く離れたものではないこと、等々を全編宮崎弁で柔らかく、ユーモラスに描いていました。
音階が意識された発話、そして折々に挿入される歌と音楽性が強く、それが人の生き死にを扱うこの作品の儀式性を高める効果を生んでいます。

以上、特に統一的なテーマはありませんが、特に心が強く揺さぶられたと記憶している作品を選出しました。
来年も(いや、私だけ、今年も、ですが…)このような作品に数多く出会うことができたらいいなと思います。(茶河)




 


 

セルフ・ナラタージュ #04 柴幸男(ままごと)


2010年、柴幸男が岸田國士戯曲賞を受賞した夜のことは今も覚えている。前年に観た『わが星』はラップ、時報のメロディが重要な位置を占める上演形態だったが、インターネットで受賞の速報を目にした時は「やっぱり……」と、新しい風の到来を実感したものだった。
しかし、ままごとはその後1、2年で、東京の小劇場シーンから距離を取るようになる。次の舞台に彼らが選んだのは、瀬戸内海に浮かぶ小豆島だった。私は彼らを追って毎年小豆島をおとずれ、東京から離れた彼らが、自由かつ強靭な作品を生み出すのを目撃してきた。そして、ままごとが島にやってきて3年目の2015年7月、ついに代表作の『わが星』が、小豆島高校の体育館特設ステージで上演されたのだ。
これまでの3年間のあゆみについて、『わが星』上演を終えた翌日に、体育館でのバラシの音が響く中、柴幸男に話を聴くことができた。

(聞き手:落 雅季子 小豆島写真:濱田英明 象の鼻テラス写真:池田美都)




『わが星』小豆島公演


― 3日間の『わが星』公演を終えてみて、手応えはどうでしたか。

柴 とりあえず、観てほしかった島の人にはほぼ来てもらえたので嬉しかったですね。劇場にいざなって、客席に座ってもらうところまでで3年かかりました。小豆島には、ホールはあるんですけど、いわゆる「劇場」はないです。当然、劇場に行く習慣も日常的にはない中で、90分間の現代演劇を観てもらうのは遠い道のりでした。



▼2013年・はじめての小豆島

第2回瀬戸内国際芸術祭は、2013年の春・夏・秋の3会期にわたって、分散して開催された。ままごとはすべての会期に参加し、小豆島にその活動の場をひろげ始めた。


― ままごとと小豆島のかかわりは、2013年3月、瀬戸内国際芸術祭の春会期から始まりましたよね。

柴  春会期はリサーチも兼ねていました。瀬戸内国際芸術祭の感じもぜんぜんわからなくて。瀬戸芸に来る(島外の)人だけがお客さんなのか、どれくらいの人が来るのか、地元の人は観るのか観ないのか……。まず僕らが何者であるかも浸透させなきゃいけなかったし、一か所に人を集めて演劇を観てもらうのは難しいと思っていたので、町を散歩するタイプの「おさんぽ演劇」をつくったんですよね。
とにかく初年度は思いついた人がアイディアを具現化する方法を取りました。リサーチから発表までのサイクルをできるだけ早めて、試行錯誤をした方がいいと思ったんです。それでつくったのが、僕が出演した『赤い灯台』です。いっしー(大石将弘)にも、単独でおさんぽ演劇をつくって上演してもらいました。

 
おさんぽ演劇の様子


― 私は、夏会期に初めて島に来たんですが、その時には、同年のあいちトリエンナーレでつくった『日本の大人』を上演されましたよね。

柴  上演場所だった遊児老館という場所は、もともと島の幼稚園だった場所です。幼稚園をそのまま生かしてあの場所に合うものが上演できましたね。60分くらいでしたけど、お客さんが座って観てるのはすごくおもしろかった。でも客席で小豆島町民だった人は半分より少ないかもしれない。あとは瀬戸芸のお客さんとか、ままごとの観客でした。


 
『日本の大人』公演より



▼転機となった秋会期

― つづく瀬戸内国際芸術祭の秋会期では、どのように作品づくりをしたのでしょうか。


柴  秋会期に、劇団員総出になりました。それまでは演目が「おさんぽ演劇」しかない、手探りの黎明期でした。

― 劇団員以外では、俳優の名児耶ゆりさんも初参加されましたね。名児耶さんを島に誘ったのは誰だったんですか?

柴  ……あれ、どうして名児耶さん誘ったんだっけな?

― のちにお嫁さんになる方なのに(笑)。

柴  いや……「名児耶さんいいんじゃないか説」が何となく劇団内にあったんですよ(笑)。春会期に遊びに来てくれてたし。

― 秋会期では、春会期に始めたことを積極的に町にひろげたんですね。

柴  春と秋に、ほぼ毎日おさんぽ演劇をやりつづけたことで、相当浸透しましたね。ありがたいことにお客さんも毎日ひとりかふたりはいて、決まった時間に必ず上演はできたので。上演している様子を町の人が垣間見てくれて、何かがちゃんと成立してることが伝わった。
決定的に大きかったのは、新菜さんが紙芝居をやっていた時に、とあるおばさんから「うちのおばあちゃんは、足腰が弱くて出られないから、うちまで来て紙芝居をやってほしい」っていう依頼を受けたことですね。ご家族だけだと思って気軽に行ったら、そのおばさんが、まわりの婦人会の人を呼んでくれて、土間に客席がずらっと並んでた(笑)。「こりゃまずい!」ってなって、急いで相談して、1時間くらいの出し物をしたんです。演奏して歌う、紙芝居をする、名児耶さんも踊れるし、『そうめん体操』っていう演目もあるから、上演の構成が組み立てられるレパートリーはあったんですね。その時に土間が「劇場」になった感覚はすごく印象に残ってるし、劇団の中でも、町に活動が届いてる感触が得られた時期だと思います。

 
小豆島というステージになじんでいったままごと



▼横浜・象の鼻テラスにて「演劇とすれ違う」

横浜・象の鼻テラスで、2013年4月から始まった柴幸男のワークショップは、年間を通して継続的に行われ、その年の12月にTheater ZOU-NO-HANA(シアターゾウノハナ)『象はすべてを忘れない』という公演に結実した。それは、象の鼻パークに流れる時間と風景の中に演劇がひょっこり現れるような、ダンスや紙芝居、ラジオやミニ映画をちりばめた新しい上演のかたちだった。翌2014年もTheater ZOU-NO-HANAは開催され、「演劇とすれ違う」をコンセプトに、誰もが演劇を身近に触れられるパフォーミング・パーク(演劇的公園空間)を、象の鼻パーク&象の鼻テラスに生み出した。

 
Theater ZOU-NO-HANA2013の様子


― 2013年春、小豆島の活動と同時期に、横浜・象の鼻テラスでの活動が始まったのは大きいことだと思います。

柴  2013年は、常に小豆島と横浜を往復する感じで、小豆島での成果を象の鼻テラスのワークショップにフィードバックしていきました。12月のワークショップ発表会で、あの方法論をそのまま横浜でやってみようと思ったのは、小豆島で鍛えられたおかげだと思います。もともと、4月の段階では、象の鼻テラスを劇場化して作品をやる方向で動いてたのですが、どんどん分解されて、ああいう催しになりました。

― スイッチが生まれたのも2013年の象の鼻テラスでしたね。

柴  そうなんです。あれは都市型というか、人通りがないと難しい作品なんで。

― 2014年7月には、小豆島でスイッチのワークショップがおこなわれたり、肝試し型のツアースイッチが生まれましたね。

柴  光瀬指絵さん(ニッポンの河川・スイッチ総研)に小豆島スイッチをつくってもらえないかと思って呼んだんですけど、都市じゃないのでかなり難しかったみたいです。2014年の7月は、僕が都合がつかず小豆島に行けなかったんですが、メンバーのみでスイッチの可能性をひろげてくれましたね。ツアー型スイッチの発明があって、それがのちに象の鼻や、六本木アートナイトで上演されたりすることにもなって、相互的な流れが生まれていると思います。



▼2014年・醤の郷+坂手港プロジェクト

― 翌2014年に「アート小豆島・豊島2014醤の郷+坂手港プロジェクト」が開催され、また小豆島に来ることになりましたね。2年目にはどういう変化がありました?

柴  瀬戸芸が開かれた2013年と比べると、観光客の比率がぜんぜん違ったので、町の人をメインでお客さんのターゲットにしました。大きかったのは『うたう火の用心』ですね。2013年秋にも、島に点在する瀬戸芸作品の道案内をする『島めぐりライブ』という弾き語りの催しをやって、音楽ライブしながら町を歩くのが面白かったから、概念(星野概念実験室)さんと宮永(琢生)さんが会議して、「火の用心!」って言えば、島をめぐってもおかしくないんじゃないかって(笑)。坂手地域は消防車が入りづらい地形で、昔から「火の用心」が大事だったみたいなんです。なので、ままごとで火の用心の文句に曲をつけたり、新曲をつくったりしました。拍子木も地元から借りましたよ。歌いながら家のあいだを巡っていくと、ガチャッて玄関あけて「ご苦労さまです」って挨拶してくれる人がいました。「ご苦労さまです」ってことは、火の用心だって伝わってたんですよね。うるさくないように路地では音絞ってましたけど、歌を家の中で聴くっていうのはありだなって。より、町の人のために作品をシフトできた一例だったと思います。火の用心はどの地域にもあるし、スイッチに続く、いろんなところで活用できる作品だと思ってます。
で、さっき言った土間の家のおばちゃんから「今年もやってほしい」ってリクエストもらって、第2回公演もやりました。ほかにも、地域の幼稚園のお泊まり会でのワークショップとか、島の中で僕らが認知されつつ、自分たちの作品を上演している感じの浸透した面白い1年でしたね。2年続けて行ったことで、できる限り島での活動を継続したほうがいいかもしれないと思うようになりました。

 
2014年『港の劇場』の様子


▼作品を「手離す」ということ

― 小豆島や象の鼻テラスでの創作を観ていると、以前のガチガチに固めて演出する柴さんのスタイルからずいぶん変化したなと感じます。メンバーの自主性に委ねて、柴さんは時々アドバイスをしてコントロールする役目に徹していますね。メンバーがつくる作品は、いつ頃から柴さんの手を離れたのですか。

柴  2013年の秋の段階で、ほぼ手は離れていたんですが、さっきお話ししたとおり、2014年の夏、僕のスケジュールが合わなくて島に行けなかったんですよね。1日か2日来て、何となくアドバイスしただけで、肝試しツアースイッチも実際見ていないんです。完全に任せました。

― そういうことが、昔はできなかった?

柴  できなかったですね。想像もできなかった。……でも実は、2012年くらいから、自分の作品への関わり方が、緩やかにほどけていくような感触はあったんです。はえぎわの『ガラパコスパコス〜進化してんのかしてないのか〜』(ノゾエ征爾 作・演出)に出演したのもすごく大きかったですね。他の演出家の仕事の様子を見て、役者側から作品に介入するっていう体験をしたことで、他人に任せても大丈夫なのかなって思いましたね。はえぎわ、すごく楽しくて不思議な経験でした。あのタイミングで俳優をやらせてもらえたのはよかったです。でも、まだ自分の作品を人に委ねるまでではなかったかな……。

― それで自分の演出スタイルだけじゃない可能性がちょっとずつほどけてたところに小豆島に行く話が来たんですね。



▼劇場作品を島の人に

― 一昨年と去年と、『うたう火の用心』やおさんぽ演劇が島の人たちに認知されてきつつも、劇場サイズの『わが星』のようなものを見せたい思いはありました?

柴  ありましたね。やっぱり、一度は大きな作品を見せたかった。そして、それを観ている演劇が好きな人たちを、島の人たちに見せたいというのもありました。

― それはどういう意味ですか?

柴  島の人たち全員に、演劇を好きになってもらいたいわけじゃないし、そんなことはありえない。だけど演劇を好きな人たちがこの世にいて、その人たちは、演劇にすごく価値があると思ってることを知ってほしかった。「私はわからないけど、あの人たちにとっては大事なものらしい」ってことが分かってもらえたら嬉しいなって。

― 今年『わが星』の公演があったことで、3年連続で小豆島に来ることができたんですね。

柴  そうですね。2年間の活動で出会った人たちが足を運んでくれて、嬉しかったですね。人を動かすというのがいちばん難しいし、大変だと思うので、それはすごい結果だったと思います。

― 小豆島には電車がないけれど、『わが星』で山手線が出てくるシーンなどは、どう受け止められたんでしょうね。

柴  それなんですよ! どうなんでしょうね。僕は「山手線」を「船」に置き換えて観てましたよ。フェリーで毎朝高松の高校に通ってる子もいますし、島の人も、そうやって観てくれるんじゃないかなって何となく思いました。


 
島を去るままごとと、見送る島の人々(2013年秋)


▼地域コミュニティとアート

― ある地域で活動するアーティストとして、ままごとはかなり成功してると思うんです。島の人と話す中で、私も「ままごとさん」ってみんなが普通に呼んでいるのをよく聴きます。そういうふうに受け入れられるために、何が重要だったと思いますか。

柴  これについては……よくわかんないことも多いんですけど……運が良かったなとは思います。2013年の瀬戸芸では、他のいろんなアーティストたちがいたので、彼らのリサーチの仕方、町の人とのコミュニケーションの仕方とか、いろんな作品の成立のさせ方を見て、ちょっとずつ使わせてもらった感じはあります。でもやっぱり大きいのは続けることじゃないですかね。一回で結果を出すのは難しいと思うんですよね。

― 町に入って行く過程で困ったことや、トラブルなどはありましたか。

柴  具体的にトラブルになったことはないんですけど、メンバーが参っちゃうというか、どうしていいかわかんなくなっちゃう時はありましたよ。それは、みんなそうです。10日しか滞在しない人も、1か月いる人も、その期間に絶対起こる。自分が何者なのかとか、町の人たちとどう付き合って行けばいいのかとか。人との関わり自体に疲れ果ててしまうことが、みんな一度は起こるんじゃないかなあ……。でも、ままごとではうまくバランス取ってやってきたし、向いてない人は無理する必要ないので距離を取ってもいい。適切な距離の取り方というのは、常に難しい問題です。
僕らは、いろんな町との行き来をしていくから、ちょうどいい関係を保ててる。小さな島では常に人間関係の論理が働くし、逃げ場や個人的な活動を維持することにはストレスがかかる。誰とも話をしたくない日があっても、島の中だとちょっと許されないというか、心配されてしまう。その心配自体が重荷ということはありえますよね。東京に近づけば近づくほど、誰とも挨拶しなくても、部屋に閉じこもっても誰にも心配されない。そうやってそれぞれ勝手に生きていけるように都市は生まれたので。演劇を観るっていうことは、集団で観ていたとしても個人的な活動なんですよね。小豆島でのままごとは、そういう個人の抜け道というか、都市的な部分をアシストするような存在になれたらいいなって考えてます。島の人たちは昼間職場や学校に行ってるけど、歌って芝居してる僕らはどう見ても働いてるように見えない(笑)。そういう存在がいるだけで、可能性が一歩ひろがるイメージが、僕にはあるんです。存在そのものが、小豆島とか、もっと言うなら日本のルールと違うものが存在するんだということを伝えられる。

― 町のすべての人がアート、芸術を必要とするわけじゃなくて、それ以外の楽しみを持ってる人もたくさんいる。それでも、柴さんは芸術をやるわけですよね。

柴  厳密な意味での「芸術」の役割は、既存のものを破壊するとか、問題を投げかけることだと思うので、今起こってる問題や土台を解決するためには、芸術がそもそも役立っちゃいけないと思うんです。それは芸術ではなく、デザインの領域。小豆島でやるぶんには、僕の演劇は芸術である必要はなくて、それよりは道具・ツールとして機能したらいいなという思惑があって、町全体の問題に、演劇を使って変化を起こしたいんですね。町の人に応援してもらったぶん、島外の人を観光に呼ぶとか高校生に見せるとか、行政や町の問題解決のために公演を考えている部分もあります。

― 町の人から「何だ、あんなもの。アートなんて」とか言われたこともあります?

柴  や、みんな言ってます(笑)。初期の頃は特にそうだったんですけど、で、2つ思ったことがあって、何だろう……だから……(しばし長考)……そう言ってる人たちは、僕らが小豆島でやることを知ってくれてるからまだいいと思ってますね。「俺はわかんないから」って、言葉で言ってくれる人は、まだ表に出てきてくれている。で、そういう人たちも、自分の興味に合う作品に出会うと、いいとかおもしろいとか、言うんですよね。だからまったく遮断してる人は少ないと思います。むしろ、島にいて生活してるんだけど、家から出てこなくて僕らとまったくすれ違わない人たちはどうしてるのかなって想像しますね。もちろん、全員と出会わなきゃいけないわけじゃないけど……。
もう1つは、みんなが鑑賞者にならなくてもいいと思うんです。人の作品に興味ない人も、「じゃ、おじさんは何やってるんですか?」って話を訊くと、すごい喋ってくれる(笑)。人の話を黙って聴くよりも言いたいことがたくさんある人をむりやり鑑賞者にする必要はなくて、「あんなの俺だってできるよ!」って言って、自分でやっちゃうほうがいいと思うんです。観客を観客で居させつづけようとするのは、演劇を独占的な感覚で捉えてるし、ある種の権力構造があるというか、つくる側が権力を持っていて、観る側がそれを享受するという発想につながる気がします。だから喋りたい人たちに、演劇をしてもらえないかなって思いますね。やりたがってくれるかはわからないですけど、観るより何かアウトプットしたいっていう気持ちが潜在的にはあると思うんで。僕らみたいな未知の人に昔話をする人はやっぱり、知ってほしいんですよ。そういうおじさんたちの方がよっぽど表現欲求持ってると思います。

― それが、来年以降に構想があるという小豆島の劇団ですね。

柴  そうなんですよ! できるのかなあ(笑)。できるといいなあ。



▼演劇を「クックパッド」に!

― 今後は、三重県文化会館でのミエ・ユース演劇ラボなどの場で、市民の人に、演劇をつくるための考えどころを教える機会も増えそうですね。

柴  やっぱり人がつくってるのを見るのが楽しいですね、最近は。だから「観客」を増やそうという発想自体、もういらないかなと思ってまして。「観劇人口」よりは「演劇人口」を増やして、誰でも演劇ができる状況にしていった方がおもしろいと僕は思うんです。その中でトップレベルのプロはいるんですけど。たとえば、サッカー人気は「観客人口」が増えたからじゃなくて、「サッカーやったことある人口」が増えてるからだと思うんですよね。総人口が増えれば結果的にお客さんも増えると思いますし、みんながやれる簡単なことなんだよってことを言う人間がいてもいいんだと思います。演劇ワークショップって、ちょっとお料理教室的につくって、最後の調味料だけとか盛り付けだけを手伝って、「あら、私がつくるのとは違うわ〜」と言ってるのもあると思うんで、もっと根本のレシピから公開していく、クックパッドみたいなことをしたいんです。演劇をつくるのは集団の問題で、本当に難しいので、そこをレシピ化できるのはプロの仕事。僕が試行錯誤してきた創作の過程を、もう少し順序だててフローチャートにして、他の人も使えるようにシェアできないかと。それをさらに、他の人もこうやったとか、俺はこうだとかバリエーションが増えるように。

― クックパッドで言う「つくれぽ」ですね!

柴  戯曲をネットに公開しても、演劇人口は増えないと思うんですよ。だからクックパッド的に、「(1)人を3人用意します (2)ふたりがいる所にもうひとりが来ます (3)話し合って、ひとりが出て行きます……」みたいなことを、レシピにできそうな気がするんだけどなあ。それも、小豆島に来て、演劇は90分じゃなきゃいけないとかいう発想から解放されたのはすごく大きいですね。90分のものは、料理で言うとフルコースみたいになっちゃうんで。でも一品だったら料理が下手な人でもつくれるでしょう。そういう、一品料理みたいな演劇がつくれる状況はおもしろいと思う。



▼「結婚」という変化


― 今年大きくプライベートでも変化がありましたね。ご結婚と、名児耶さんの妊娠おめでとうございます。島の方々は、結婚を伝えた時どう言ってくれました?

柴  みんなおめでとうって(照れ笑い)。結婚や子どもが生まれるニュースは、島ではすごく嬉しいことっていうか、東京のそれとは重みが違います。ものすごく歓迎すべきことで、僕らも島での経験を通してそれがわかったので、小豆島の人たちにはぜひ報告したいと思ったんです。

― お子さんが生まれることについて、昨日のアフタートークで「誰かが生まれて死ぬ、今はその先を考えてる」とおっしゃってたけど、それはお子さんができたこととも関連しているんですか。

柴  子どものことよりも、どちらかというと、この先数十年の世の中とか、自分自身が気になってる。子どもが今の自分の年になるまでは、何となく自分の経験で見通しが立つんですけど、今から自分が父親くらいまでの年になるこれからの30年間はどういうことを考えていけばいいのか意識するようになりました。具体的にせよ抽象的にせよ、老年期というものを掘り下げていきたいなと思ってますね。

― 自分の結婚は、若い時からイメージしてました?

柴  僕ですか? いやあー、結婚しなさそうだなと思ってましたね……。

― でも、なさったんですね。

柴  そうですね(笑)。それも、2012年以降、人に委ねて任せる考え方になったのはすごく大きいです。人生で、しっかり他人と関わっていかないといけないんじゃないかってことを……思ってしまいましたね。別にね、思わないでもいいと思うんです。生涯芸術家でいたいんだったら、孤独を選んだ方がいい。やっぱり絆って、鎖だから。人と関われば関わるほどしがらみが増えて、できることは減っていくんですね。それこそ子どもが生まれちゃったら面倒を見なきゃいけない。自分ひとりだったら、エネルギーを全部作品に使っても誰にも迷惑かけないし、いいんですけど……。そういう意味でも僕は、もともと僕は芸術家になりたかったわけじゃないんだろうなって。少しモードが変わってしまったなっていうのはあります。でも、そういう道の方が……自分にとっては必要なのかもしれないということは考えましたね。だから人と関わって、小豆島にも来るようになったし、作品を人に任せるようになったし、結婚もしたんじゃないかと思います。

― 芸術家になりたかったわけじゃないなら、何になりたかったんでしょうね。

柴  何になりたかったんでしょうね。わかんないですね。憧れは……研究者とか宗教家……。僧侶とか? ブッダの時代の仏教では、僧侶は家族関係をすべて断つんですよ。奥さんも取らない。生涯何も残さず、誰とも関係を持たず、自分の真理の探究に行くわけです。それはかっこいいなって思います。本当に何かを突き詰めたいんだとしたら、そうせざるを得ないんだろうと思いますけど、難しいなと思いますね。……うん、そうはなりきれなかったですね。そこまで僕は、自分を、強く持てなかったです。

― ……そのことについて、後悔はあります?

柴  そうですね……。最近は適材適所だなって考えてて、僕の適所はそこじゃなかった。でも昔はそうなりたいと思っていたがゆえの、マイナス面の方が大きかったので、いさぎよく路線を変更することのほうが、僕にとっても周りにとってもいい効果があると思って。……寂しさはありますけど、いい方向に進むように動いてるなと思います。

― 3年前からやや距離を置いてきた、東京小劇場市場の中心のことは今どう思っていますか。

柴  大変そうではありますけど……自分はそこには行けなかったので。行きたい気持ちもちょっと……ありましたし、以前はそこにいる人がうらやましかったりとか、自分と比較してしまってたと思うんですけど、……やっぱり、自分の道はそれじゃなかったんだと思いますね。逆に、東京であと1、2年無理してやってたら危なかったと思う。それこそ劇団とか僕自身、活動できない状況になってた可能性は非常に高かったから、いい時期に自分自身を見極めることができたと思ってます。


― 最後に、これからの野望を教えてください。

柴  野望ですか?! さっきも言ったように、自分の演劇づくりの方法を道具化して、世に展開したいっていうのがありますね。世界征服と言ってもいい。誰がその道具をつくったのか、だんだんわかんなくなってもいいんです。みんながみんな、パッと演劇をつくれる世の中になることを想像するのは、ワクワクしますね。まあ、みんなはさすがに無理でも、スポーツが得意な子がいるように、「演劇勘」があるやつ。こいつの言うとおりに劇をつくってると行き詰まらないって認知されてるやつが、教室にひとり、職場にひとりっていう状況をつくれたら嬉しいんですけどねえ。

― 体育の時間にこいつがいると勝てる! みたいな。

柴  ありますね。今は、演劇づくりがリーダーシップ論と一緒になっちゃってるところがあるんで。それとは別に、運動神経みたいな、演劇神経が存在するのは、大学で授業しながらいろんな子を見ていて思う。彼らが必ずしも優れた俳優になれるわけじゃないんだけど。演劇勘がいい子が、僕の道具を使って簡単に劇を組み立てることを、僕の知らないところで同時多発的に起こせたらいいなと今は夢見ています。



ままごとが初めての小豆島公演を終えてから数か月。今年もTheater ZOU-NO-HANAの季節がやってきた。12月第1週からの公演に向けた公開制作も大詰めの11月最後の日、柴幸男と名児耶ゆりの長男となる男の子が生まれたというニュースが飛び込んできた。
名児耶ゆりのTwitterにアップされた写真に映った柴幸男は、マスクと白衣に身を包み、おだやかな表情で妻と子どもに頬を寄せていた。彼は「孤高の演出家」になることをあきらめたのだろうか? そうではなく「他者とともに生き、ともに創作する演出家」になることをみずから決断したのではないだろうか? 柴幸男の思い描く未来は、これから誰も見たことのない新しい地平へ、演劇を押し広げていくに違いない。
柴さん、名児耶さん、そして赤ちゃん。本当におめでとうございます。





★過去のセルフ・ナラタージュはこちらから。
第一回 神里雄大(岡崎藝術座)
第二回 大道寺梨乃(快快)
第三回 菅原直樹(OiBokkeShi)

マンスリー・ブリコメンド(2015年12月)

12月のマンスリー・ブリコメンドです。
おすすめ演劇のコーナー、コンセプトはこちらです。


年の暮れの最後まで、気の抜けない観劇カレンダーになっております。今年もご愛顧ありがとうございました!(落 雅季子)



今月のブリコメンド&メンバー紹介

落 雅季子(おち・まきこ)

1983年生まれ。BricolaQドラマトゥルク。劇評を書きながら各地で『演劇クエスト』製作に携わる。「こりっち舞台芸術まつり!2014春」審査員など。 twitter:@maki_co
■12月のブリコメンダー出没警報・注意報
■本牧アートプロジェクト




鈴木励滋(すずき・れいじ)

1973年3月群馬県高崎市生まれ。地域作業所カプカプ(http://kapukapu.org/hikarigaoka/)所長を務めつつ、演劇やダンスの批評も書く。『生きるための試行 エイブル・アートの実験』(フィルムアート社)や劇団ハイバイのツアーパンフに寄稿。 twitter:@suzurejio
■12月のブリコメンダー出没警報・注意報




茶河鯛一(ちゃが・たいち)

東京都杉並区生まれ、八王子市在住。小劇場を観たり、近年はよくわからないながらコンテンポラリーダンスも観たりしています。名前についてはスルー推奨。(主に)観劇予定ブログ→ http://hachiojitheater.seesaa.net/ twitter:@chaghatai_khan
■12月のブリコメンダー出没警報・注意報





本牧アートプロジェクト

12月12日(土)〜12月13日(日)@HONMOKU AREA-2周辺
http://honmoku-art.jp/2015/


12月12日(土)・13日(日)におこなわれる本牧アートプロジェクト2015。演目については、プログラムディレクターである藤原がここここで語ってますので、ブリコメンドでは「遊び方」「歩き方」をご紹介します!

チケットの買い方
チケットの取扱いはローソンチケットこのページです。買い方が難しいという評判もあるみたいですが、何度もやれば慣れます。発券の時の名前漢字変換がめんどくさいけど、あれはカタカナのままでぜんぜん大丈夫だから! 予約番号さえ持っていけば心配いりません。コンビニでのAmazon商品引取の方がよっぽど難しいです。私、引き取り方分からなすぎて返品になっちゃったことあるもん。すぐそこの、コンビニのレジ裏に荷物あるのに。いまだに受け取れてない。カード決済してるのに、再受取りの手配方法もわからない! Amazon

さて、気を取り直して本牧チケットです。チケットは3種類。


A)一日パスポート
料金:各日3,500円(地元の方向けの本牧割引2,500円)

❶JKアニコチェ & 多田淳之介『GOVERNMENT』
❷石神夏希『ギブ・ミー・チョコレート!』
❸武田 力『踊り念仏』 ※12/12(土)のみ
❹内木里美『こどもディスコ』 ※12/13(日)のみ
❺テラミチ健一朗『メリーゴーランドがやってきた!』

上記のプログラムをごらんいただけるパスポートです。
まずはHONMOKU AREA-2 総合受付にいらしてね。
ワワフラミンゴは入ってません。



B)ワワフラミンゴ『本牧げんかん』
料金:1,500円

日程:12月12日(土)15:00/16:30
12月13日(日)12:00/14:00/16:00
会場:豆松カフェ(横浜市営バス「間門」より徒歩2分)

ワワフラミンゴ演目のみの単品チケットです。お茶菓子つき!


C)スペシャルバスツアー『ラクラク本牧旅行』
料金:7,500円

日程:12月12日(土)11:00出発〜16:00解散
❶JKアニコチェ & 多田淳之介『GOVERNMENT』
❷ワワフラミンゴ『本牧げんかん』
❸武田 力『踊り念仏』
❹テラミチ健一朗『メリーゴーランドがやってきた!』
+
小泉真希、斎藤淳子、北川麗(以上、中野成樹+フランケンズ)という3人のバスガイドと一緒に旅ができる
+
本牧のとっておき寄り道コース
+
みんなで食べるお弁当!

石神夏希『ギブ・ミー・チョコレート』は、町中を歩くプログラムなのでお楽しみいただけないのですが、バスガイド三人娘のおもてなし演出は石神夏希によるものです。私も、演出助手として(12年ぶりの演出助手です。人に歴史あり……)たずさわっていますので、ぜひぜひ遊びにきてくださいね。



番外編・おすすめのお店

本牧に来たらここでお食事するのがおすすめ! というお店をご紹介。

TOAST neighborhood bakery(バス停「上野町」)は、小さなお店ですが焼き菓子、ジャムなどのセレクトがおしゃれ。シンプルな角形食パンやクロワッサンはもちろん、ペストリー類も凝っていてついつい買い過ぎてしまいます。

HONMOKU AREA-2近辺でランチをするなら、ハンバーガーショップhasamu(バス停「和田山口」)でぜひ。タコライスなど、ごはん系もあります。ベーコンバーガー、アボカドバーガーなど、ちょっとリッチに決めてもいいかも。玉家(バス停「本牧原」)は、「日中友好食処」という看板のとおり、和食や中華など、一品料理が充実。激辛ラーメンがあるのですが(名前失念。メニュー見ればおわかりいただけると思います)それが絶品です。

ティータイムまでゆったり過ごしたいなら、ハローカフェ(バス停「三の谷」)。野菜が食べたい時も絶対ここ! 7種の野菜のペペロンチーノや、野菜たっぷりカレー、季節の野菜プレート(たぶん冬はレンコンです)などなど、心と体の栄養補給ができるお店です。

夜は中華のお店をふたつセレクト。李園(バス停「千代崎町」)ではぜひともトマトタンメンを。と言っても、カレー風味のパイコーチャーハンといつも迷うんだよなあ……。清心(バス停「小港」)も、にぎやかだけどこぢんまりしたいいお店です。私は、餃子などの点心はここが好きです。

深夜まで遊びたいならIG(バス停「本牧一丁目」)へ。ここの四角いピザを知らずして、本牧の食は語れません。ここは私が本牧でいちばん好きなお店。もしかしたら、お先にカウンターの奥で飲んでいるかも。その時はぜひ、声をかけてね。一期一会のさかずき、酌み交わしましょう。(雅季子)




12月のブリコメンダー出没警報・注意報

※警報は★、注意報は☆、それ以外は▼になっています。




11月26日(木)〜12月6日(日)
シベリア少女鉄道『Are you ready? Yes,I am.』
駅前劇場(下北沢)
http://www.siberia.jp/




11月27日(金)〜12月7日(月)
鳥公園『緑子の部屋』
こまばアゴラ劇場駒場東大前)
http://www.bird-park.info/




11月30日(月)〜12月28日(月)
シス・カンパニー『才原警部の終わらない明日』
世田谷パブリックシアター三軒茶屋
http://www.siscompany.com/saibara/




12月1日(火)〜12月5日(土)
東京ELECTROCK STAIRS『傑作は西に死す』
吉祥寺シアター(吉祥寺)
http://www.tokyoelectrock.com/




12月2日(水)〜12月6日(日)
新聞家『川のもつれホー』
CLASKA The 8th Galllery(学芸大学)
http://sinbunka.com/



12月3日(木)〜 全国ツアー開始 ※日程詳細はHP参照
岡崎藝術座『イスラ!イスラ!イスラ!』
熊本・早川倉庫(呉服町)、京都・京都芸術センター(四条)、東京・早稲田どらま館(早稲田)、横浜・STスポット(横浜)
http://okazaki-art-theatre.com/
地球規模で自由に駆けめぐる神里雄大の最新作。日本初演の地が熊本。雅季子



12月4日(金)
鳥公園×リクウズルーム『待つこと、こらえること』
こまばアゴラ劇場駒場東大前)
http://www.bird-park.info/
前売完売に加えて私用のために観られません…。(茶河)
わたしも仕事で観られません……。(励滋)




12月4日(金)〜12月6日(日)
F/T15『ブルーシート』
豊島区 旧第十中学校(千川・江古田)
http://www.festival-tokyo.jp/15/program/blue-sheet/
作・演出:飴屋法水




12月4日(金)〜12月13日(日)
城山羊の会『水仙の花 narcissus』
三鷹市芸術文化センター 星のホール(三鷹
http://shiroyaginokai.com/




12月4日(金)〜12月14日(月)
範宙遊泳『われらの血がしょうたい』
のげシャーレ(桜木町
http://www.hanchu-yuei.com/




12月4日(金)〜12月23日(水・祝)*期間中の金土日祝日のみ公演
ままごと×象の鼻テラス『THEATER ZOU-NO-HANA 2015』
象の鼻テラス、象の鼻パークなど(日本大通り
http://theaterzou2015.tumblr.com/




12月5日(土)
『Dialog / Dance / Diary −身体とイメージをめぐる演劇祭 in 立教』
立教大学新座キャンパス(志木|新座)
https://twitter.com/RikkyoTheatFes



12月5日(土)〜12月14日(月)
青☆組『海の五線譜』
アトリエ春風舎(小竹向原
http://www.aogumi.org/




12月5日(土)〜12月14日(月)
KAKUTA『痕跡《あとあと》』
シアタートラム(三軒茶屋
http://www.kakuta.tv/




12月5日(土)〜12月27日(日)
寺山修司×藤田貴大『書を捨てよ町へ出よう』
東京芸術劇場 シアターイースト(池袋)
https://www.geigeki.jp/performance/theater097/




12月5日(土)〜12月27日(日)
ナイロン100℃『消失』
本多劇場(下北沢)
http://www.sillywalk.com/nylon/




12月6日(日)〜12月20日(日)
音楽劇『レミング〜世界の涯まで連れてって〜』
東京芸術劇場 プレイハウス(池袋)
http://www.parco-play.com/web/play/lemming2015/
作:寺山修司 演出:松本雄吉




12月6日(日)〜12月30日(日)
『ツインズ』
PARCO劇場(渋谷)
http://www.parco-play.com/web/program/twins/
作・演出:長塚圭史




12月7日(月)
土方巽「病める舞姫」をテキストにした公演』
森下スタジオA(森下)
http://bodyartslabo.com/wwfes2015/festival/maihime.html
土方の著書をもとにした二つのソロ。東野祥子VS捩子ぴじん!(励滋)




12月8日(火)〜12月13日(日)
ほりぶん『得て』
ムーブ町屋 ハイビジョンルーム(町屋)
http://horibun333.tumblr.com/
作・演出:鎌田順也



12月10日(木)〜12月13日(日)
『TUSK TUSK』
あうるすぽっと東池袋
http://www.owlspot.jp/performance/151210.html
作:ポリー・ステナム、翻訳:小田島恒志、小田島則子、演出:谷賢一
育児放棄が題材とのこと。はるかぜちゃんこと春名風花が出演。(雅季子)




12月11日(金)〜12月13日(日)
劇団幕星 旗揚げ公演『俺が読む哲学の嘘』
中野スタジオあくとれ(中野)
http://maxstar.jp/gekidan/
作:櫻井智也(MCR/ドリルチョコレート)演出:関村俊介(あひるなんちゃら)




12月12日(土)〜12月13日(日)
本牧アートプロジェクト2015
横浜・本牧エリア一帯
http://honmoku-art.jp/2015/
JK アニコチェ&多田淳之介 石神夏希 ワワフラミンゴ 他



12月13日(日)
『指名コンペ|unbuildbody』
森下スタジオA(森下)
http://bodyartslabo.com/wwfes2015/festival/unbuildbody.html
「身体が建築になることは可能だろうか? この問いに対し、建築家から提案された身体を素材とした実際の建築設計プランを、ボディビルダーを交えながら構造設計も踏まえ精査する。身体のための建築か、あるいは建築のための身体か。」いったい何を言っているんだろう。プレゼンと審査もあるらしい。建築と身体となると、あの方も関わっているらしい。キュレーターは田村友一郎。(励滋)




12月8日(火)〜12月13日(日)
宝積有香プロデュース公演『前向きな人たち』
Atelier fanfare 高円寺(高円寺)
http://www.hosyaku.jp/
宝積の原作をうさぎストライプの大池容子が脚本化し演出も手がける。まず選択肢に入らない類だが、大池となると話は別だ。(励滋)




12月16日(水)〜12月20日(日)
クリウィムバアニー『dbdqpbdb』
nitehi works(黄金町|日ノ出町
http://crewimburnny.net/




12月16日(水)〜12月20日(日)
紛争地域から生まれた演劇7
東京芸術劇場 アトリエウエスト(池袋)
http://iti-japan.or.jp/conflict/
ナイジェリア、フィリピン、シリアで生まれた演劇を日本人の演出でリーディング。詳しい演目と日程はリンク先を。(雅季子)




12月17日(木)〜12月24日(木)
『タニノとドワーフ達によるカントールに捧げるオマージュ』
東京芸術劇場 アトリエイースト(池袋)
http://www.geigeki.jp/performance/theater104/104-3/
作・演出:タニノクロウ




12月18日(金)〜12月20日(日)
Intro『食卓全景』
王子小劇場(王子)
http://www.intro-sapporo.com/




12月19日(土)〜12月20日(日)
なかないで、毒きのこちゃん『おそば!カウントダウン!年末ドラマスペシャル!!!』
道心(南阿佐ヶ谷
https://twitter.com/@sasameeee
今度はそば屋でやるらしい……(励滋)
そば屋公演は6月に続いて多分2回目の試み。(茶河)



12月19日(土)〜12月23日(水・祝)
こふく劇場『ただいま』
こまばアゴラ劇場駒場東大前)
http://www.cofuku.com/
宮崎で25年かぁ。しばらく見逃していたのでぜひ観たい。(励滋)




12月21日(月)〜12月23日(水・祝)
アマヤドリ 冬のみちくさ公演『うそつき』『ジョシ』『紙風船
スタジオ空洞(池袋)
http://amayadori.co.jp/



12月22日(火)〜12月23日(水・祝)
世田谷美術館パフォーマンス・シリーズ トランス/エントランス vol.14
福留麻里ソロダンス『そこで眠る、これを起こす、ここに起こされる』
世田谷美術館 エントランス・ホール(用賀)
http://www.setagayaartmuseum.or.jp/




12月22日(火)〜12月31日(木)
pit北/区域閉館公演 パラドックス定数『東京裁判
pit北/区域(王子)
http://www.pdx-c.com/




12月23日(水・祝)〜12月27日(日)
monophonic orchestra『浮遊』
キッド・アイラック・アート・ホール(明大前)
http://monophonicorchestra.com/




12月24日(木)〜12月25日(金)
松田弘子ソロダンス公演『そろそろソロを』
StudioGOO(千歳烏山
https://twitter.com/mchkhrk
青年団の松田さん、コンテンポラリーダンスの客席でよくお見かけします。(茶河)




12月25日(金)〜12月27日(日)
年の瀬小景ス 2015
RAFT(東中野
http://raftweb.info/
27日は早くに完売必至と読みます。(茶河)




12月27日(日)〜12月29日(火)
高校演劇サミット 2015
こまばアゴラ劇場駒場東大前)
http://summit.koko-engeki.info/
今年は3校とも観ようと思います。(茶河)




12月31日(木)〜1月6日(水)
青年団リンク ホエイ『珈琲法要』
こまばアゴラ劇場駒場東大前)
http://whey-theater.tumblr.com/
31日は22時開演、年越しイベントもあるらしい。(励滋)





 

マンスリー・ブリコメンド(2015年11月)

11月のマンスリー・ブリコメンドです。
おすすめ演劇のコーナー、コンセプトはこちらです。


みなさんスケジュールの空きはありますか? 11月は30日までしかありませんよ! 準備はいいですねー?!(落)



今月のブリコメンド&メンバー紹介

落 雅季子(おち・まきこ)

1983年生まれ。BricolaQドラマトゥルク。劇評を書きながら各地で『演劇クエスト』製作に携わる。「こりっち舞台芸術まつり!2014春」審査員など。 twitter:@maki_co
■11月のブリコメンダー出没警報・注意報
■F/T15スペシャル!




鈴木励滋(すずき・れいじ)

1973年3月群馬県高崎市生まれ。地域作業所カプカプ(http://kapukapu.org/hikarigaoka/)所長を務めつつ、演劇やダンスの批評も書く。『生きるための試行 エイブル・アートの実験』(フィルムアート社)や劇団ハイバイのツアーパンフに寄稿。 twitter:@suzurejio
■11月のブリコメンダー出没警報・注意報
■F/T15スペシャル!




茶河鯛一(ちゃが・たいち)

東京都杉並区生まれ、八王子市在住。小劇場を観たり、近年はよくわからないながらコンテンポラリーダンスも観たりしています。名前についてはスルー推奨。(主に)観劇予定ブログ→ http://hachiojitheater.seesaa.net/ twitter:@chaghatai_khan
■11月のブリコメンダー出没警報・注意報
■F/T15スペシャル!





11月のブリコメンダー出没警報・注意報

※警報は★、注意報は☆、それ以外は▼になっています。



11月4日(水)〜11月8日(日)
女の子には内緒『手のひらコロニー』
blanclass(井土ヶ谷)
http://niha-naisho.info/



11月4日(水)〜11月10日(火)
くちびるの会『カイコ』
SPACE 雑遊(新宿三丁目
http://kuchibirunokai.jp/




11月5日(木)〜11月8日(日)
Theater Company〈ARICA〉『Ne ANTA』
シアタートラム(三軒茶屋
http://www.aricatheatercompany.com/
山崎広太と安藤朋子。(励滋)



11月5日(木)〜11月18日(水)
青年団 平田オリザ演劇展 vol.5
こまばアゴラ劇場駒場東大前)
http://www.seinendan.org/
『この生は受け入れがたし』『走りながら眠れ』『忠臣蔵・武士編』『忠臣蔵・OL編』『ヤルタ会談』の5作品。(茶河)


11月6日(金)〜11月8日(日)
劇団山の手事情社『タイタス・アンドロニカス』
吉祥寺シアター(吉祥寺)
http://www.yamanote-j.org/
シェイクスピアのドロドロしたの。好物な演目。(励滋)


11月6日(金)〜11月29日(日)
オレアナ
PARCO劇場(渋谷)
http://www.parco-play.com/web/program/oleanna/




11月7日(土)
カナガワ リ・古典プロジェクト『大山まうで舞をどり』
大山阿夫利神社伊勢原
http://magcul.net/focus/re_coten2015/
総合演出・舞台美術:杉原邦生
スイッチ総研も参戦。(茶河)


11月7日(土)〜11月8日(日)
劇団 Sakura Farm『女生徒』
学習院女子大学 やわらぎホール(西早稲田
http://pafe-gwc.org/
志賀亮史(百景社)の演出。(励滋)




11月8日(日)
小暮香帆 新作ソロ公演『ミモザ
superdeluxe(六本木)
http://kogurekaho.com/




11月11日(水)〜11月15日(日)
MCR『我が猥褻、罪なき罪』
駅前劇場(下北沢)
http://www.mc-r.com/




11月12日(木)〜11月16日(月)
劇団山の手事情社女殺油地獄
吉祥寺シアター(吉祥寺)
http://www.yamanote-j.org/
近松門左衛門のドロドロしたの。好物な演目。(励滋)



11月13日(金)
森鴎外記念館でコンテンポラリーダンス Vol.3 『鴎外Girls』
森鴎外記念館(千駄木
http://moriogai-kinenkan.jp/modules/event/?smode=Daily&action=View&event_id=0000000419
年の差ダンスユニット、おやつテーブルが森鴎外記念館のあちらこちらでおどると聞いて。出演はおださちこ、齋藤優衣、まえだまなみ、まりの、他。(雅季子)




11月13日(金)〜11月14日(土)
アガリスクエンターテイメント『ナイゲン(全国版)』
新宿FACE
http://www.agarisk.com/
10月の東京試演会、京都公演を経て戻ってきたアガリスクエンターテイメント。現代のシチュエーションコメディの旗手。(雅季子)




11月12日(木)〜11月23日(月・祝)
ロロ『いつだって窓際であたしたち』
STスポット(横浜)
http://lolowebsite.sub.jp/



11月14日(土)〜11月15日(日)
キャンディ&キャンディ『てんぷらCATS』
急な坂スタジオ(日ノ出町桜木町
http://candymmsy.wix.com/candy
総合演出:野上絹代 音楽:糸井幸之介 振付:岩渕貞太 脚本:田上豊 衣装:臼井梨恵 藤谷香子 ものまね指導:武谷公雄 出演:白神ももこ 中林舞
12日の武谷さんによるものまね指導の公開製作にもできれば行きたい。(茶河)



11月14日(土)〜11月29日(日)
『スポケーンの左手』
シアタートラム(三軒茶屋
http://www.stagegate.jp/stagegate/performance/2015/sponkane/
作:マーティン・マクドナー 演出:小川絵梨子 出演:蒼井優 岡本健一 成河 中嶋しゅう




11月16日(月)〜11月18日(水)
大長編 男肉 du Soleil『がんばれ!モグラーズ〜キミとボクの小宇宙(リトルスターウォーズ)〜』
駅前劇場(下北沢)
http://oniku-du-soleil.boy.jp/




11月16日(月)〜11月18日(水)
高木珠里の百物語『怪談牡丹燈籠』
新宿眼科画廊 スペース地下(東新宿新宿三丁目
http://100.takagijuri.com/
構成・演出:村井雄




11月19日(木)〜11月30日(月)
ブス会*『お母さんが一緒』
ザ・スズナリ(下北沢)
http://busukai.com/




11月20日(金)
「Who Dance ? 振付のアクチュアリティ」展
contact Gonzo『訓練されていない素人のための振付コンセプト001/002』
早稲田大学小野記念講堂(早稲田)
http://www.waseda.jp/enpaku/ex/3678/



11月20日(金)〜11月22日(日)
iaku『walk in closet』
吉祥寺シアター(吉祥寺)
http://www.yokoyama-iaku.com/



11月20日(金)〜11月25日(水)
中野成樹+フランケンズ『ロボットの未来・改(またはつながらない星と星)』
アキバナビスペース(秋葉原
http://frankens.net/
初演はとても余韻の残る作品だったが、さらに進化/深化する予感。(励滋)
フルスペック、買うべきや、買わざるべきや。(茶河)


11月20日(金)〜11月25日(水)
五反田団『記憶の化け物 』(仮)
アトリエヘリコプター(大崎・五反田)
http://gotandadan.jimdo.com/




11月20日(金)〜11月29日(日)
『死刑執行中 脱獄進行中』
銀河劇場(天王洲アイル
http://ssds-st.com/
原作:荒木比呂彦 構成・演出・振付:長谷川寧




11月21日(土)〜11月23日(月・祝)
TERATOTERA祭り2015 贅沢貧乏『みんなよるがこわい』
三鷹北口共同ビル(三鷹
http://teratotera.jp/event/matsuri2015/



11月21日(土)〜11月23日(月・祝)
渡辺源四郎商店『クリスマス解放戦線』
こまばアゴラ劇場駒場東大前)
http://www.nabegen.com/



11月21日(土)〜11月24日(火)
劇団しようよ『ドナドナによろしく』
武蔵野芸能劇場(吉祥寺)
http://www.gkd-444.com/



11月21日(土)〜11月29日(日)
オーストラ・マコンドー『チック』
ギャラリーLE DECO(渋谷)
http://www.austra.tv/
俳優で観ない派ですが、後藤剛範は気になる。(励滋)




11月26日(木)〜11月29日(日)
東葛スポーツ『ウラGBB』
SOBO(神保町)
http://www.tokatsusports.com/
『God Bless Baseball』でドラマトゥルク(ネタ出し)を務めた金山寿甲が没ネタを披露してくれるのか。(茶河)




11月26日(木)〜12月1日(火)
青年団若手自主企画 綾門企画『汗と涙の結晶を破壊』
アトリエ春風舎(小竹向原
http://www.seinendan.org/link/2015/09/4644




11月26日(木)〜12月6日(日)
シベリア少女鉄道『Are you ready? Yes,I am.』
駅前劇場(下北沢)
http://www.siberia.jp/




11月27日(金)〜11月29日(日)
篠田千明『非劇』
吉祥寺シアター(吉祥寺)
http://shinodachiharu.com/




11月27日(金)〜12月7日(月)
鳥公園『緑子の部屋』
こまばアゴラ劇場駒場東大前)
http://www.bird-park.info/
初演では私には珍しくリピートした作品。(茶河)
わたしもリピートした。とても楽しみ。(励滋)




11月28日(土)
学習院女子大学パフォーミングアーツフェスティバル2015
学習院歌舞伎女子大学『妹背山婦女庭君に関する考察』
学習院女子大学西早稲田
http://pafe-gwc.org/
作・演出:山内晶
女子大の構内に正々堂々と入れるチャンスだ!(茶河)


11月28日(土)〜11月29日(日)
尾花藍子ダンスカンパニーときかたち『線を重ねて水が輝くなら』
STスポット(横浜)
http://apiece7.blogspot.jp/




11月28日(土)〜29日(日)
OiBokkeShi『老人ハイスクール』《岡山公演》
旧内山下小学校
JR岡山駅より路面電車岡山電気軌道東山本線岡山駅前」乗車。「城下」にて下車。徒歩約5分
https://www.facebook.com/oibokkeshi/?pnref=story
岡山県での公演をご紹介!!
「老いと演劇」をかかげるOiBokkeShiの第2回公演。
菅原直樹のインタビューはセルフナラタージュ第三回をぜひぜひ、お読みください。
和気公演はなんと無料! 12月13日(日)14:00の一回のみ!
会場は岡山県立和気閑谷高等学校で、山陽本線「JR和気駅」北口より徒歩約7分(雅季子)




11月30日(月)〜12月28日(月)
シス・カンパニー『才原警部の終わらない明日』
世田谷パブリックシアター三軒茶屋
http://www.siscompany.com/saibara/
同じ福田雄一堤真一の組み合わせだった『バンデラスと憂鬱な珈琲』では笑いすぎておなか痛くなった。(茶河)




フェスティバル・トーキョー2015スペシャル!

秋の池袋をいろどる演劇フェスティバル、F/Tことフェスティバル/トーキョー。
たくさんの演目の中からブリコメンダーたちが出没するのは……?
公式情報、チケットなどはこちらのホームページから!



10月31日(土)〜 11月3日(火・祝)
SPAC – 静岡県舞台芸術センター『真夏の夜の夢
にしすがも創造舎(西巣鴨
http://www.festival-tokyo.jp/15/program/spac/




11月7日 (土)
岡田利規×高橋源一郎「ぼくたちの野球論」
ラカグ2F soko(神楽坂)
http://peatix.com/event/125250
『God Bless Baseball』公演記念イベントのトーク。F/T公式ページには載ってません。ラカグは新潮社の元倉庫を改装したスペースで、入っている店舗もすごくおしゃれ。雑貨、洋服の合間に本がディスプレイしてあったりして。(雅季子)




11月14日(土)〜11月15日(日)・12月4日(金)〜12月6日(日)
『ブルーシート』
豊島区 旧第十中学校(千川・江古田)
http://www.festival-tokyo.jp/15/program/blue-sheet/
作・演出:飴屋法水




11月19日(木)〜11月22日(日)
ゲーテ・インスティトゥー卜韓国×NOLGONG『Being Faust ? Enter Mephisto』
東京芸術劇場 シアターイースト(池袋)
http://www.festival-tokyo.jp/15/program/being-faust/
スマホタブレットのアプリで観客が参加する作品らしい。(茶河)



11月19日(木)〜11月29日(日)
『God Bless Baseball
あうるすぽっと東池袋
http://www.festival-tokyo.jp/15/program/god-bless-baseball/
作・演出:岡田利規




11月20日(金)〜11月28日(土)
地点×空間現代『ミステリヤ・ブッフ』
にしすがも創造舎(西巣鴨
http://www.festival-tokyo.jp/15/program/chiten/




11月21日(土)〜 11月23日(月・祝)
アンジェリ力・リデル『地上に広がる大空(ウェンディ・シンドローム)』
東京芸術劇場 プレイハウス(池袋)
http://www.festival-tokyo.jp/15/program/wendys-syndrome/
昨年、ドイツのマンハイムでこれを観てきた藤原ちから氏が「やばいマジやばい」とボキャ貧に陥ってたので、良さはぜんぜん伝わらなかったけど、たぶん「良い」「悪い」とかいう次元じゃないんだと想像してる。……こわ楽しみ。ボキャ貧でない藤原氏のレコメンドはこちらです。(雅季子)




11月26日(木)〜11月29日(日)
『颱風奇譚 태풍기담』
東京芸術劇場 シアターイースト(池袋)
http://www.festival-tokyo.jp/15/program/typhoon/
作:ソン・ギウン 演出:多田淳之介