カジノロワイヤルの手帖

banの映画感想&小説漫画音楽路上日常雑感。

最近観た映画のメモ(2024年4月)

きのうゴジキンも観てたいそう面白かったんですけど、感想は後日に。

 

 

 

グレムリン』(1984)監督:ジョー・ダンテ

 

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初見。発明狂の父ちゃんがチャイナタウンで買い求めた謎の動物「モグワイ」。大変可愛らしいのですが決して破ってはいけない「モグワイ飼育三つの掟」があるのでした。いわく「光に当てない」「水をかけない」「真夜中を過ぎたら餌をやらない」さもなければ…という掟をきちんと守る映画があるわけもなく、モグワイは増殖して凶悪なグレムリンと化しクリスマスの街で暴れまわるのでした、というお話。

 

1984年公開ですから、映画におけるCGはまだ黎明期ですらなく、いわゆるアナログな特撮(SFX)の全盛期。その技術が極まりかかってたころの映画なので特撮はたしかに凄い。CGとはまた違う質感と、アナログの技術を凝らした匠の技が光ります。モグワイの豊かな表情や目の演技は必見。恐るべき手間がかかってます。今じゃこういうクリーチャーは全部CGで作っちゃう時代になって久しいですが、アナログのこの実在感はCGには出せない「ならでは」の味でしょう。こういう技術っていま継承されてるんですかね。ロスト・テクノロジーにならなきゃいいけど。

 

劇中、やたら外国製品を目の敵にしている退役軍人がいたり、モグワイがチャイナタウンの出だったり、暴れまわるグレムリンがスラムの黒人っぽかったりと、なんとなく当時の文化摩擦を匂わせる描写があってどうしてもそういう点は深読みしてしまいますが、扱いがあまりに無邪気すぎるのであんまり深く考えずに入れたんだろうな〜、と怒る気も起きません。現在なら炎上しちゃって一大事でしょうが当時SNSなんてものはある訳もない。大ヒット映画にもかかわらずリブートの話がとんと聞かれないのはこういう文化的、人種的摩擦を投影しやすい題材だからではないでしょうか。

 

クリスマスの夜の騒動、という点でちょっと既視感があるな〜と思ってましたが、脚本がクリス・コロンバスで、ああこれがのちの『ホーム・アローン』に発展してくのか、と妙に納得。それとフィービー・ケイツはとてもカワイイですね。ただ娯楽映画としてはちょっとゆるい出来で、これがあの悪ふざけ極まるド怪作『グレムリン2 新・種・誕・生』の前作なの?と拍子抜けしましたが、まあいきなり2を観てしまった私がどうかしているのでしょう。

 

 

 

 

ブルース・ブラザーズ2000』(1998)監督:ジョン・ランディス

 

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初見。前作のドタバタから18年。出所したブルース・ブラザーズの片割れエルウッドは兄弟であるジェイクの死を知らされます。一人路傍でうなだれるエルウッドの姿が寂しく悲しい。しかしいろいろあって新しい相棒に孤児のバスターとバーテンのマックを得て、ブルース・ブラザーズ・バンドを再結成するべく散り散りになったかつての仲間を探して騒動をまきおこし…という話。

 

もはやカルト映画となった前作『ブルース・ブラザーズ』ですが、その魅力の大きな部分を担っていたジョン・ベルーシがもうこの世にいないだけにその穴は埋め難く、観ながらここにベルーシがおったらなあ…と無いものねだりをしてしまうのは仕方ないでしょう。とはいえ、前作の登場人物が故人以外全員再登場しているのがうれしく、みんなそれなりに歳をとってますけどまあよくぞ集まってくれた、と同窓会的なうれしさがあり、またちょっとしんみりします。

 

ただ映画としては全然まとまってなくて、エルウッドと孤児の心の交流とか、死んだジェイクへの追慕とか、そういうあって然るべき要素がごっそり抜け落ちてたり、ストーリーの軸にも前作での「孤児院の存続の危機」というような切迫感がなく、最後なんか黒魔術の女王が魔法でなんとかしちゃうぜみたいな適当さで、それでええんか。という気になってしまいそうなところですが…。

 

しかし、最後の対バン対決でライバルとして登場する地元の素人バンドが全部持ってっちゃいました。エリック・クラプトンB.B.キング、ボ・ディドリー、スティーブ・ウィンウッド、アイザック・ヘイズ、グローヴァー・ワシントン・ジュニア、ドクター・ジョンビリー・プレストン、そのほかブルースの重鎮たちが一同に会して繰り広げる一大ジャム!とくにB.B.キングは堂々の貫禄とシャウトでもうサイコー。あのクラプトンもキングの迫力に当てられたのか緊張の面持ちです。こういう豪華にもホドがある顔合わせを見せられたのでもう細かいところはどうでも良くなっちゃった。仮にあなたが草野球の大会に出たとして、来た相手が大谷とイチローと野茂と掛布とバースと王と長嶋だった、という場合どうか。もう試合とか結果とかそんなことはどうでもいいでしょう。そういうことです。

 

というような力技でねじ伏せに来る映画で、そういう意味では大満足。ジェームズ・ブラウンアレサ・フランクリンを始め、ここに出られてるミュージシャンの皆様もだいぶ鬼籍に入られてますし、今となっては貴重な映画でした。

 

 

 

 

 

大脱走』(1963)監督:ジョン・スタージェス

 

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こんな「わー」みたいは場面はないですが

 

初見。いやーこれは懐かしい。小学生のころ「大脱走マーチ」を音楽の時間に縦笛で吹いた思ひ出。これってよその学校でもやってたんですかね?先生の趣味?

 

第二次大戦中。ドイツ軍の捕虜収容所にまた新顔が送られてきます。新顔と言っても脱走の前科だらけの曲者ばかりでした。キリがない脱走に手を焼いたドイツ軍は常習犯どもを一箇所に集めて厳重な監視下に置きます。しかしそんなことぐらいじゃへこたれない猛者どもはさっそく計画を練り、前代未聞の250人脱走を企てるのでしたが…というお話。

 

脱走するやつらが、スティーブ・マックイーンジェームズ・ガーナードナルド・プレザンスリチャード・アッテンボローチャールズ・ブロンソンジェームズ・コバーンデビッド・マッカラムと、んまあどいつもこいつも曲者揃いで、こんな人の言う事などいっこも聞かなさそうな連中が大人しく収容されているわけもありません。義務と権利のように脱走を企てるのでした。この不屈の姿勢がじつにいい。腐らずクヨクヨせずただ自由を求めて前を向く姿がカッコいいのです。

 

しかし250人規模の脱走とあっては計画もまた大きく、トンネルを掘る、逃走用の服をちくちく縫う、身分証を偽造する、などの細かいワザをみせ、それぞれ専任のエキスパートが揃っていたりと人材も充実。それをドイツ軍の監視をかいくぐってコツコツやってくあたりに面白みがあります。みていてだいぶ牧歌的というか、ドイツ軍もちょっと監視の目がゆるくない?なんて思っちゃうのはいろいろ世知辛い現代の視点だからでしょうね。

 

かくていろいろあったものの脱走は一部成功。76人まで脱走に成功した所で計画が発覚してしまいます。ここからは脱走した連中がいかにドイツの捜査網をかいくぐって逃げ延びるかに話が移り、鉄道、自転車、ヒッチハイク、バイク、船など各人散り散りになっての逃避行。マックイーンがバイクで平原を駆け抜ける有名なシーンもここですね。

 

男同士の友情の物語としても熱く、独房仲間を殺されて脱走計画への参加を決意するマックイーン、トンネル掘り師なのに実は閉所恐怖症で(えっ?)挫けそうなところを仲間に励まされるブロンソン、偽造仕事で目を酷使して失明してしまったドナルド・プレザンスが足手まといとして見捨てられそうになったところを、俺がついていくから!とかばって以後ずっと寄り添うジェームズ・ガーナーなど、細かい所で描かれる友情がたいへん熱いのです。しかしドナルド・プレザンスがお姫様ポジションの逃避行ってすごいな。余りに貴重すぎないか。

 

脱走に成功するのはほんの一握りで、殆どは捕らえられたり殺されたりします。しかしそこでウェットに嘆かず、ふてぶてしく次の計画を匂わせるあたりがカラッとしててとってもいいですね。あっという間の3時間弱。不屈の男たちの傑作でした。

最近読んだ本のメモ(2024年4月)

最近、読みたい本が手に入りにくくなってる気が…。

 

 

「毒入りチョコレート事件」アントニイ・バークリー創元推理文庫

 

毒入りチョコレート事件 (創元推理文庫)

 

20年ぶりくらい2回目。6人の好事家によって示される事件の6通りの解決。一つ解決が開陳されるごとに、事件のあらたな一面が明らかにされ、次第に隠れた真相が見えてくる…という凝った趣向。100年も前にこういう前衛ミステリが書かれていたというのはなかなか凄く、近年バークリーの他の著作もつぎつぎ訳され読めるようになってるので、これはぜひ他のも…と思って探したら他の代表作「第二の銃声」も「試行錯誤」も品切れでプレミア価格とは…。ぐぬぬう。

 

 

 

 

 

「探偵小説の鬼 横溝正史:謎の骨格にロマンの衣を着せて」(別冊太陽)

 

探偵小説の鬼 横溝正史: 謎の骨格にロマンの衣を着せて (313;313) (別冊太陽)

 

初読。ムック本ですね。横溝正史という稀代の戯作者の人物像と作品を、詳細な年譜と資料、関係者の回想で浮き彫りにする一冊。特に正史の御息女、お孫さんによる回想録が貴重で、正史と乱歩が久しぶりに会って遊び半分で書いた連句の話などとっても微笑ましい。その他初版本の画像や雑誌掲載時の挿絵、往時の貴重な写真など図版も多く読み応えがあります。序文に小林信彦(名著「横溝正史読本」の編者であり、生前の正史に相当量のインタビューを行って貴重な証言を引き出している)を引っ張り出しているあたりも心にくい。横溝ファンのみならず、日本の「探偵小説」が好きな人は必読。

 

 

 

 

F.W.クロフツ「クロイドン初12時30分」(創元推理文庫

 

クロイドン発12時30分【新訳版】 (創元推理文庫)

 

初読。クロフツといえば「樽」、「樽」と言えばクロフツみたいに言われがちですが、もう一つの代表作とされるのがこれ。ミステリ界では倒叙三大傑作の一角とされています。倒叙といえばコロンボとか古畑任三郎ですが、一口に倒叙といっても「犯人と探偵の頭脳戦」「犯人はどこでミスをしたのか?という興味」「犯罪者の心理」というようにいろいろなアプローチの方法があるわけで、そのやりかたに独自性や旨味があると言えましょう。

 

でこの「クロイドン」なのですが、犯人は1920年代の世界恐慌のあおりで会社が倒産の危機にある経営者。金策に走り回るもついに打つ手がなくなり、有能で忠実な社員を路頭に迷わせる瀬戸際に。先の短い老人よりも、篤実で未来ある社員たちの生活を取るべきではないか!ということで遺産狙いの叔父殺しを決意するのですが、このあたりの犯人の社会的な追い詰められ方はなかなか世知辛く、読んでてつらいものが。犯人にたいしてつい「がんばれー」と声をかけたくなってしまうあたり、なかなかうまい。

 

そこから実際に犯行に至るまでのサスペンス、叔父が死んでからの捜査状況に一喜一憂するあたりの心理描写、窮地に陥ってさらに犯行を重ねる時のポイント・オブ・ノーリターンを越える心理、といったサスペンス描写が秀逸で、ぐいぐい読まされます。

 

最終的には捜査の手が犯人に伸びるわけですが、それ以後は話が法廷劇に移行したり、最後のフレンチ警部の解明がまた詳細かつ丁寧で、いかにして論理的に犯人に目星をつけ地道な捜査を続けていったのか、というあたりの説明がエレガントで、この部分だけは倒叙でありながら本格のような読み味。という盛りだくさんの贅沢なミステリです。とっても面白かった。個人的には「樽」よりこっちが断然好きですね。

 

 

 

 

カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」(ハヤカワepi文庫)

 

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

 

初読。1990年代のイギリス。全寮制の学校で成長してゆく子供たちの青春物語…ですがどことなく現実離れした雰囲気と、どこか普通ではないディティールが積み上げられ、隠された残酷な運命が明らかにされます。

 

青春小説とも、ディストピアSFとも、広義のミステリーとも読める本ですが、残酷な設定ながら登場人物は決して抵抗せず(抵抗しないように教育されている?)、ある種の諦観をもって運命を受け入れ、そのなかで精一杯に生きようとします。その心の動きを静かに丁寧に描き、一読忘れがたい印象を残します。

 

限りある人生を懸命に生きようとするいじらしさ、その枷のなかで他者を愛することの美しさと苦しさ。と同時にそれを強いている作中社会の残酷さ。読みながら、その残酷に読者自身も加担しているのではないか、起こっていることは違えど、これを読んでいる自分もどこかの誰かの何かを搾取して生きているのではないか、という気さえしてきます。それはこの小説の中の世界がしっかりと現実世界の延長に根ざしているからで、もしかしたらこういう世界もあり得たかも知れない、と思わせる描写の力によるものでしょう。

 

ラストシーンの儚い光景と、その後の主人公がたどるであろう運命を思うと、涙なくしては読めない一冊。そうさせるだけの細かな心理の動きや、登場人物の心情が書き込まれた優れた小説だと思いました。

最近観た映画のメモ(2024年3月 その3)

デューン 砂の惑星 PART2』(2024)監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ

 

 

現在公開中。第一部で一家を滅ぼされ、身重の母とともに砂漠の民に拾われたアトレイデス家の嗣子ポール(ティモシー・シャラメ)。砂漠の民と同化しながら、仇敵ハルコンネン家への復讐の機会をうかがい、同時に救世主としての宿命にも目覚めるのであった…というお話。

 

うっかり前作の復習を怠って鑑賞に臨んだところ、ベネ・ゲセリット?クウィサッツ・ハデラック??といった用語の意味をすっかり忘れており、脳内記憶庫を大あわてで検索しながらの鑑賞。おかげで内容についていくのが必死だったので、そのへんしっかりおさらいしてから観ましょうね。

 

まず映像は凄いです。広大な砂漠、巨大な砂虫、重厚なメカ、それらが繰り広げるスペクタクルをアートのような美麗なルックで埋め尽くす3時間。眼福です。これは劇場で見る価値があります。IMAXなど、できるだけ設備の整った環境で観るのがおすすめ。

 

しかしどうも一本の映画としてはいまいち乗れず、別に何が悪いわけでもないのになんでだ。やたら長いからかな、とか設定忘れてたからかな、としばらく考えていたのですが、どうもこれはポールの宿命とか心境の変化を読み取り損ねていたためっぽい。

 

ポールは救世主として砂漠の民を率いていく運命を自覚しつつ、しかしその結果多くの民が苦しむ未来が見えている。しかしそれを知らない周囲は彼を救世主として祭り上げようとする。その葛藤をどう乗り越えていくかがドラマのキモ、なのかと思いきや、そこが謎の青い水を飲んでバッチリ覚醒!葛藤スッキリ!となってしまい「ええんかそれで」と感じてしまったところに問題がありそう。内的葛藤を自らの力で止揚するのではなく、薬物で安易に解消してしまったように見える、というのがどうも自分の引っかかったところらしい。

 

この辺、原作を読んでいれば、ドラッグによる自己の拡張とか開放とか、書かれた当時のカウンターカルチャーに根ざした思想が垣間見えるのかもしれませんが、すいません原作読んでないです。話としては限りなく神話っぽいので、そういう葛藤の解消とかなくても全然ええでしょう。神話なんだし。という気もします。そういうのを求める映画でもないだろうと。

 

むしろ、契った彼氏、つまりポールが人混みに流されて変わっていったため最後は自分から離れていくのをやりきれない気持ちで見守るチャニ(ゼンデイヤ)の気持ちを軸に観たほうが、すんなり受容できるかも知れませんね。

 

で、これPART3まであるんかな?ありそうだな〜。

 

 

 

 

ワンダーウーマン』(2017)監督:パティ・ジェンキンス

 

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DCユニバースの映画は全然観たこと無いマンでした。しかしうちの奥さんが執拗におすすめしてくるのと、ネトフリで観られるのが3月末まで!ということで腰を上げて鑑賞に挑んだわけです。

 

もうなんというか、ガル・ガドットちょうステキ!ガル・ガドットかっこいい!以外の感想が出てこない。容姿、立ち居振る舞い、決めポーズ、どれをとっても女神ぃ!としか思えない。なのでわりとゆるめのプロットとかCGの臭いが微妙にとれないアクションとかパンチのない悪役とか、そういうのはどうでもいいからガル・ガドット出しなさい!出したか!よし!とこれだけで納得できてしまう。これくらい高出力の役者がいるとそれだけで満足できちゃう映画ってあるんだなあ…と感無量です。

 

そんなガル・ガドットの光芒の影になり男性陣はだいぶ存在感がうすいのですが、クリス・パインは気の良いあんちゃんオーラを放っていて良かった(語彙力)。

 

 

 

『007/ゴールドフィンガー』(1964)監督:ガイ・ハミルトン

 

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4〜5年ぶり、通して観るのはこれで5、6回目かな?ご存知007の映画のフォーマットを確立させたシリーズの重要作。さすがに60年前の映画だけあっていろいろ時代を感じますね。ボンド側も悪役側もなんというか、鷹揚というかコセコセしてないというか、今の目でみるといろいろ詰め甘くね?と思っちゃいますが、そこはクラシックな味わいとして賞翫したいところ。

 

七代目ボンドがアーロン・テイラー=ジョンソンに決まりそうで、撮影開始は秒読み、時代設定は冷戦の頃(つまり一種の時代劇ですね)になるかも、なんて噂もあるので、もしかしたら「ゴールドフィンガー」もリメイクされたりして、そうなったら細部を見比べて、みたいな楽しみかたもできるかも知れませんね。

 

最近読んだ本のメモ(2024年3月)

面白くても読んでると眠くなるのはなぜですか。歳ですか。

 

 

 

「ザ・キンクス」(1)榎本俊二(ワイドKC)

 

ザ・キンクス(1) (コミックDAYSコミックス)

 

初読。超絶のエログロ「えの素」、底なしの深淵「ムーたち」に続く榎本俊二の家族ギャグマンガ。人は死なないし脱がないし分身もしない、という日常の範疇にギリギリ踏みとどまりながら、しかしどこかワンダーな世界に読者を連れて行きます。話の面白さに加えて、シンプルかつ繊細な描線が生み出す愛しい世界、躍動感ある構図とポーズと書き文字で描かれる一コマ一コマがすごい。漫画なのに音が聞こえ動きが見えてきます。かと思えばときおり見せる狂気をはらんだ何か。コマ運びのテンポも痛快。そして一見ぐーたらに見えてやるときはやるパンクなお母さんがちょう素敵。傑作なのでこれはヒットしてほしい。売れろ〜!そしてはやく2巻を!

 

 

 

 

 

 

「死の接吻」アイラ・レヴィン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

死の接吻 (ハヤカワ・ミステリ文庫 20-1)

 

34年ぶり2回目。久しぶりすぎてすっかり細部を忘れてました。(以下ネタバレしてませんよ)。どうせなら何もかもすっかり忘れて読みたかった…。意外な展開に思わずうわっと叫んでしまうミステリの名作。財産目当てに富豪の娘三姉妹に接近していくモラルの欠落した男の倒叙ミステリですが、第一部では男を「彼」とすることにより、視点の変わる第二部では「彼」の正体が誰かを探す犯人当てになる贅沢な構成がすごい。そこからサスペンスフルな第三部に流れ込んで劇的なクライマックスに至る描写も力が入っており、当時23歳の若者が書いたとは思えない完成度。…というような前知識以外は一切仕入れずに読んでギャッとなってほしい一冊。

 

 

 

ドグラ・マグラ夢野久作(角川文庫)

 

ドグラ・マグラ(上) (角川文庫 緑 366-3)

ドグラ・マグラ(下) (角川文庫 緑 366-4)

このギョッとする装丁もすっかりおなじみ

 

5〜6年ぶり、通読は7〜8回目かな。書かれた当時の日本語文章の形式を網羅し尽くそうとしているかのような、多種多彩な文章。独白、会話、阿呆陀羅経、随筆、談話、演説、論文、活弁、シナリオ、調査書類、インタビュー、古文、新聞記事、短歌、書き置き…。特に文語で書かれた部分が読み進める上でのハードルとなってますが、それ以外の部分は流れ出る呪文のような久作調でリーダビリティそのものは実は高いのです。問題は、一体今自分は何を読まされているのか、この文章はこの物語の中でいったいどのような役割を担っているのか、ということを把握して読むのが難しいこと(特に初読時)。なので理解のためには再読三読を要求されますが、それだけの魅力が詰まった小説です。

 

 

 

「長いお別れ」レイモンド・チャンドラー(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

長いお別れ ハヤカワ・ミステリ文庫 HM 7

 

ちょっと訳あって10年ぶりくらい3回目の通読。ハードボイルドの真髄は筋を通すことだと教えてくれる一冊。

 

最近観た映画のメモ(2024年3月 その2)

アカデミー賞は毎年楽しみですけど、いらん騒動抜きでみたいですね

 

 

 

『内海の輪』(1971)監督:斎藤耕一

 

<あの頃映画> 内海の輪 [DVD]

 

初見。松山で呉服屋の女将をやっている岩下志麻。東京で考古学者をやり義父の力で将来も安泰な中尾彬。二人は互いに配偶者がいながらダブル不倫生活を満喫していました。今度岡山で発掘調査があるから出てこないか。あらじゃあ尾道あたりでしっぽりと。二人はウキウキしながらそれぞれの家庭を欺いて密会旅行を楽しみますが、出先で嫉妬深いお手伝いさんに不倫現場を激写されたあたりから関係に暗雲が垂れこめます。楽しいはずの旅行が砂を飲んだみたいな重苦しい雰囲気に変わり、男愛しさのあまり「家庭も将来も捨てて自分と一緒になって!あとついでにお腹には赤ちゃんが」とベトついてくる岩下に中尾はうざい指数がデンジャーゾーンに突入。自分の将来を守るために岩下の殺害を決意して…というお話。

 

岩下志麻中尾彬という日本映画界でも屈指の顔圧を誇る二大俳優が、ゴジラVSコングもかくやの目力対決を繰り広げるこの映画。原作が松本清張の不倫サスペンスだけあって結末はハッピーになろうはずもなく、最初は毛ほどもなかったほころびが、展開につれて次第に取り返しのつかない亀裂に広がってゆくその過程を存分に味わえる居心地の悪いメロドラマとなっています。「不倫旅行の途中で知り合いにバッタリ」「旅程の延長を妻に電話で言い訳」といった不倫ヒヤリハット事例に肝を冷やしながら、確実に近づいてくる破滅への階段。「妊娠」の一言でその階段に乗っている自分に気づいた中尾の心境の変化と、それを察する岩下の演技の斬り合いがこの映画のキモです。

 

宿でひとしきり揉めたあと、ひとりスンスン泣きながらご飯を食べる岩下のいじけた後ろ姿にコクがあり、いじらしさや愚かしさや愛の深さを背中で表現している名演技です。しかし翌朝姿を消した中尾を追って近くの山林を半狂乱で探し回り、勢い余って崖をよじ登り始めるのはどうなのか。『影の車』で見せた熱いオロオロ演技を超える取り乱し演技はさすがの迫力ですが、松林のそばを走り回るシーンからカットがピッと変わったらもう崖に張り付いているというモンタージュエイゼンシュテインも予測不能の効果です。飲んでいたお茶が霧状になります。

 

というようなどうかしてる感はありつつも、主演二人のぶつかり合いで最後まで魅せるサスペンスでした。あなたもアイラインが涙で融けて墨流しみたいになってる岩下志麻の眼光で射すくめられるとよいでしょう。この迫力にはさすがの中尾彬も食われ気味でしたよ。

 

 

 

博士の異常な愛情』(1964)監督:スタンリー・キューブリック

 

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32年ぶりくらい二回目。冷戦真っ只中の米軍ではとある将校が陰謀論に染まった結果共産主義者の抹殺を決意。指揮系統をガン無視してソ連付近を哨戒しているB-52に核攻撃を命令します。それを知った米国首脳部がいかにして事態を収拾するかを皮肉たっぷりに描いたブラックコメディです。

 

いや面白いんですよ。アメリカ大統領が困ってソ連首相に電話するんですが、今にも世界が破滅しそうなのに初めて文通相手に電話するみたいなぎこちなさだったりして、こういうセリフのおかしさが際立ってるんですが、やはり言葉のギャグだけあって、真価は英語ネイティブの人じゃないと味わい尽くせないのでは…という気もします。

 

それより、事件の原因が陰謀論大好きな目覚めちゃったお方、というあたりが2024年の今日的にアツく、こういうひとが政府や軍の中枢にいることが割とあり得る話となってきたのもあって、おかしさを通り越して薄ら寒い。かつてギャグとして描かれた狂った状況が今は現実に近いというこの恐ろしさ。冒頭の「こんなことはぜったいないのであんしんしてください 米軍」という意味のテロップがもはや虚しいという体たらく。そういう意味で今観るべき映画なのではと思います。急に放送したNHK-BS、ナイスです。以前から思ってましたが編成にやっぱりメッセージを込めてるのでしょうかね?いいぞ!

 

 

 

『ARGYLLE/アーガイル』(2024)監督:マシュー・ヴォーン

 

 

現在公開中。エリーはスパイ小説「アーガイル」が大人気のベストセラー作家。ある日列車に乗っていたところ突然襲撃を受け、自称スパイの男エイダンに救われます。どうやら自作のスパイ小説が何の加減か現実になりつつあり、著者であるエリー自身が狙われているらしい。えっどういうこと?と思う間もなく次々と送られてくる刺客。エイダンは見た目はパッとしないおじさんですが、腕は立つのでエリーを守ります。しかし彼自身もなにかを隠しているらしい。そしてアッと驚く真相が…。

 

X-MEN:ファースト・ジェネレーション』『キングスマン』でスパイ映画への深い愛を示し「こいつは信頼できるぜ!」と一部好事家からの支持をガッチリ得ていたマシュー・ヴォーンの新作はまたまたスパイ映画。予告編を見るかぎり、なんかハーレクイン・ロマンみたいな話だな〜、女流作家とスパイってなに?『ロマンシング・ストーン 秘宝の谷』かな?と勝手に想像していました。

 

しかし…始まってみると、どうも話がハッキリしない。架空であるはずのスパイ小説が現実になっていくという話ですが、いったい何故そうなっているのか、一体いま映画の中で何が起こっているのか、観ていていまひとつピンとこない。そうでなくても「ヒロインとスパイとの逃避行」みたいなコテコテのラブロマンスなのでは、と思われ、これは…マシューやっちまったか?もしかしたらいま自分はものすごい地雷を踏んでいるのか…?と鑑賞しながら顔が真顔になってしまうわけです。

 

ただし、中盤までは。

 

ここから先は重大なネタバレになるので語りませんが、ちょうど映画も後半に入る辺りで話の真相が語られ、なるほど、そういうことだったか!と膝を打ってから映画は俄然持ち直しました。話としては以後が本番でエンジンもフル回転なのですが、ちょっとでも見せるとネタバレになってしまう以上予告編でも触れられないので宣伝の人は頭を抱えたんじゃないか。こっから先が見せ場たっぷりなのにねえ…。

 

キングスマン』でキレキレのアクションを見せたマシュー・ヴォーンの手腕は健在で、後半の「煙幕ダンス」「原油ス◯◯ト」とかもうさいこう!ギャハハ!と大笑いですし、エリー役のブライス・ダラス・ハワードも大変チャーミングなんですが、しかしこれやっぱり予告編には出せないよねえ…。むずかしいよねえ…。興行もあちらじゃパッとしなかったみたいですし、続編の話が立ち消えになっちゃわないか心配です。

 

というわけで、鑑賞後は大変満足したわけですが、前半の語り口の未整理さ、何が起こっているのか観客を置き去りにしがちなところが惜しかったですね。ところどころ作りが荒っぽいのも勿体ない。なお、予告編では猫があちこちに出てきて、しかも扱いが雑なのでご心配の向きもあろうかと思いますが、猫は死なないので安心して御覧ください。

 

 

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