揺れる蛍の幻 - the chemical light

なんで今日という仕来りがあるのだろう
悲しいことは忘れたいはずなのに
楽しかったあなたとのあの日を想う

                揺れる蛍の幻

眠気覚ましに酸味のあるガムを噛みながらようやく辿り付いた



ボクは罪悪感に襲われる
あなたが怒るんじゃないかとそわそわする
あなたにあいにきてしまった
弱ったときにまた死んでしまったあなたを頼りにきてしまう



見晴らしの良い緑の丘の上



「死んだらそこで寝かせて」



そう言ってた



「そのときはなんでまたこんなところに?不便だよここは」



と半分冗談で返して



「それがいいのよ」



となんだかそんな返し方があなたらしくてボクは妙に納得してしまった
それが正しいような気になった
今ではそれが結局は正しかったんだろうなとも思う
あなただったあなたのいれものが静かに埋められたこの丘に一人
いや二人
ここに来ればいつだって二人っきりになれるのだから
まさかそんな事まで考えていたのかな
いやまさか・・・ね
でもボクには見えてしまうんだ
枯れ果て朽ちた光景が
まるであなたが全ての養分を吸い取っているのか様に
やっぱりここに来ると落ち込んでしまう
わかってはいた
ただ
どうしても



心が沈みきってしまい動けなくなる前に水筒の中身を飲み干す



昔ながらのコーラ



懐かしい味
そもそもそんな昔の味なんて知らないけど



一呼吸してボクはあなたが埋められている真上に寝転んだ
空が深くてボクは空に沈みこんでいった
いや空が落ちて来たのだった
粘度の高いその空はぼたぼたとボクの周りに落ちて
ああ空にヒビが入ったんだついにと思った
ばしゃばしゃと流れ落ちてくる空を浴びながら
あなたの血液の温度を感じた
口を開けると空は喜んで尻尾を振ってボクの中に飛び込んできた
無理やり咥えさせられ喉の奥を突付かれる女優のように
咳き込み涙を流しながら
ボクはひたすらにただひたすらにその喜んで流れ込んでくる空を飲み続けた
もう口を閉じる事もできないし喉が渇いて仕方なかったどこか生臭い味がした
さっきまで真っ青だった空はいつの間にか鮮やかな血の色になっていた
ボクの中一杯に入り込んだ空がボクの中で弾けた血の夕焼けだった空は昼と夜とが一緒になっていた
昼の月と夜の星が蛍みたいにぽわんぽわんと明滅しながらボクの中に飲み込まれて行ったそれらがぱちんぱちんとボクの中で炭酸のように弾けた



ぱしゃっ



小さい小さいとても小さい音がした
それはひとつの灯りもない田舎町の夜に離れた場所の川で魚が飛び跳ねる様な音で聞き逃しても差し支えの無いどこにも響くことのない音
どこにでもあるようでここにしか無い音だけど
何かが引っ掛かる音
虫の知らせ



空が溢れ出してボクとひとつになろうとしているのがわかった
ボクの中で弾けた空がボクの中から溢れ出していた皮膚が熱くて皮膚の下の肉が熱くてボクは全身を掻き毟って風に晒したいと思った
きっとアートみたいに綺麗に秋の風に晒されてきっとあなたはうっとりとそれを眺めながら言うんだありがとうとかって
そんな事を考えていたらボクはいつの間にか空にいた空になっていたボクが寝ていたあなたが埋まっている場所を空から見つめていた
狙いを定めるしなやかな筋肉を持つネコ科の肉食動物のような気分だった



どくんっ・・・



どくんっ・・・



どくんっ・・・



運動会の徒競走ではいつも緊張したけれどわくわくしたあの先生の握る銃が走れの合図を出すのを
その日のそれだけの為に犬のように訓練され犬のように走り犬のように喜ぶ為だけに



ぱあん!



合図がなったボクは力を込めた左手の指が溶けて空になっていたが感覚はあった同じように右足は感覚がなかったが右足があることだけは見えた空であり母なる大地である青を蹴ったハードにカクテルされた世界を蹴りつけたボクの中のそれが力を導いて引き摺りだしてくれていた一斉にボクはあなたが埋まっている丘を目指して飛び込んだ丘は口を大きく開けて涙を流し嗚咽するボクの喉だったそして夏の授業の学校のプールだった消毒液の匂いのする水しぶきをあげて丘が飛び散った赤く緋く紅くあなたまでもう少しもう少しもう少しもうすこしもうすこしもうすこしもうすこしもうすこしだボクの音が高く早く鳴っていくあなたに会えると思うと更に早くなった世界が加速していく鼓動が音楽を奏でるアフリカの灰色の月の下で踊る音だ緑の波が寄せては返す浜辺に魔法みたいにいつまでも燃えて人を誘う炎は強く強く響く太鼓の音だ加速されると共にその音はさらに激しくあなたへあなたへあなたへ届くかもしれないこの音ならぶつっと管が切れるどんっと音が響くぱんっと弾けるぶつっと管が切れるあなたが見えたぶつっと管が切れるどんっと音が響くぱんっと弾けるぶつっと管が切れるぶつっと管が切れるどんっと音が響くぱんっと弾けるぶつっと管が切れる激しく激しくはげしくあなたにあなたへあなたあなたあなたとあなたに響けあなたが見えた見えてみえて見えたぶつっと真っ暗になった




ボクは罪悪感に襲われる
あなたが怒るんじゃないかとそわそわする
あなたにあいにきてしまった
もう戻れないんだと



あらまだ起きてたの
もう眠りなさい眠ったままでいいのよ
何もしなくても時間があなたを変えてくれる
まっしろいせかいにおはよう
朽ちていくせかいにさようなら

遅れてきた彼女

夏が終わるな
深夜の高速を自宅へ向かい走っている最中
脳の端々から泡のように浮き出て来た思案
少しウィンドウを開ける
なんとなく今感じた言葉を確かな現実にしたくて
金属の塊に切り裂かれる空気が悲鳴を上げている
車内に勢いよく雪崩れ込む夏の終わり
鼻腔一杯に吸い込んで私は満足する



誘うような優しい緑に光るSAの看板を見てハンドルをきる
余計なことを考え始めるのは集中力が切れてきた証拠だからだ
熱くなったエンジンを冷ますように宥めるようにキーを回し止める



用を足して深夜の運転手達で賑わっている露店に流れる
そこで軽くパクつきながら何処にでもある自販機で眠気覚ましのコーヒーを買う
また冷め切っていないうちにエンジンを掛ける
調子のいいうちに高速を抜けてしまいたい
食べ物の匂いが車内に溜まってしまった為に大きくウィンドウを開ける
ゆっくりとSAの駐車場を車体に空気を含ませるように横切る
助手席のウィンドウの向こうに水色のワンピースが見えた
スカートが夜の風で揺らいでいる
胸元から上は見えない
なぜかこちらに視線を向けて微笑んでいる気がした
誰に向けるでもなく自分も少し微笑む
ウィンドウを閉める
静かに上がっていくウィンドウに気が引き締まっていく



カウントダウン



また深夜の高速をふさわしいスピードで行く為の秒読み
まるでこれから打ち上げられるロケットのように
助手席のサイドミラーではさっきの女性がこちらに手を振っている
今度は首から上がサイドミラーからは見ることができない
顔が見えたらがっかりするのかもしれない
両腕と頭を失い代わりに美を手に入れた石像を思い出す
そんな事を思わせてくれた彼女に手を振る膝の上で小さく
目の前に迫る合流地点
ほとんど他の車がいないので悠々とハンドルを滑らせる
バックミラーに水色のワンピースが見えた



!?



すぐに後部座席を見るが誰もいない



おかしなものを乗せてしまったかな
長く車を乗っていればこんなこともある
特に気にもしなかった
それよりも怖いのは恐怖に囚われた時の人的ミスだ
するとシフトレバーに置いた手に冷たい感触
明らかに人の手のそれ



それでも私は横は見ない
山道の合間であるこの道路はカーブと上がり下がりが頻繁にある為に予断を極力排除しなければならないからだ
するとありえない位置から女がするりと私の前に
女は水色のワンピースさながらの肌の色をしている
長く漆黒の髪
目を瞑ったまま唇を重ねてくる
冷たい爬虫類を思わせる舌
恋人同士のキスが終わったようにゆっくりと目を開ける女






「あ ごめん違った 君じゃないや」






あの時私は多分こうなるとわかっていたのかもしれない
彼女の瞳を結局見ることはできなかった
きっと美しいのだろう
私は水色のワンピースを着た女性を今日も深夜のSAで待つ

好きなもの

壁に映った月明り

深夜に目が覚めてのそのそとトイレへ向かう
ユニットバスの窓から月明かりが静かに入ってきている
壁に格子が掛かった窓の形に月の光が切り取られて貼り付けられている
この明りが好きだ
蛍光灯や豆球の明りなどの人工的な明りとは比べ物にならないほど安心する
眠気眼でぼ〜っと歩く僕に
「こんな時間に起きたのか」
とか
「怖い夢でもみたの?」
とか聞いてくる
それは男性だったり女性だったり子供だったりお年寄りだったりする
深夜にしか会えないなんだか不思議で秘密めいた出会い


きみと寝る夜

呼吸するようにゆっくりと瞬きを繰り返すきみの瞳
感情をあまりださない夜の冷たさみたいなきみの表情
まばたきのタイミングが支配するシーツの上
互いに目を見ながらまばたきしかしないまま
穏やかそうなきみのまばたき
二人では大きすぎるベッド
朝になると大抵きみは遠くで背中を向けて眠りこけている
肌を合わせて寝ているきみをこっちへ向ける
眠ったまま腕を絡ませてくるきみ


バンクしたカーヴ

100kmから120km位で気持ちよく曲がれるカーヴ
タイヤから伝わる路面の感触
吸い付くようなタイヤ
走る喜びがタイヤから伝わる
膝の上にある右手でハンドルを僅かに動かす
車体に加重されフレームがぎしっと音をたてる
それは苦しげな音ではなくて
むしろこれ位が丁度良いと言わんばかり
そして車体と一体になった僕は思い描いたそのままの
速度で
ラインで
気持ちで
その大好きなカーヴを走り抜ける

屍 -かばね-

不思議な事
理解できない事
その辺りに転がっている奇跡



その中のひとつに蘇った屍がある
彼らは別に人を襲ったりはしない
なぜ蘇るかはわからないが彼らはほとんど害をなせない
無論モンスターなどでもない
人間と彼らの決定的な違いは鮮度だ
彼らは新しく細胞が生まれる事はない
生命のロスタイムみたいなものなのだろう
戦争の多いこの国の悲しい伝説
或る時はその伝説が戦いに疲れた人を鼓舞し
或る時はその伝説が戦いに悲しむ人を慰める



そんな事を汗をかかなくなった腕を見つめながら思い出していた
今日の暑さを考えると直に腐り始めてしまうだろう
残された時間は少ない
僅かなリソースをどう使うか
僅かな兵力で戦果を最大化させる
今までもやって来た事だ
こんな事を考えている寸陰すら惜しい
やりたい事は特にないが会いたい人なら・・・



そうだ



きみに会いに行こう



月並な事しか思いつかないのは死んでいるからではなく
私がどこまでも退屈で凡庸な人間という事なのだろう
それでもこんな最後の時は退屈でも凡庸でもない
死ぬとわかると人間変わるものなのか(もう既に死んでいるのだが・・・)
今までにだって死ぬ気になったり微力を尽くした事もあるが
こんなにも目の前をクリアに感じたことはなかった
タクシーを止めて行き先を伝える



「冷房を少し強くしてもらえますか?今日暑くて」



運転手は無言のまま冷房の強さを変えてくれる
過ぎ行く並木が懐かしい景色に変わっていく
走馬灯のように流れる風景
仕事帰りのつまらない帰り道がこんなにも美しく思える日が来るなんて
何もかもが後の祭り
その方が私らしいなとも思う



自宅前までどうにか辿り着けた



外の暑さで内臓は腐り嫌な匂いが毛穴から漏れる
膿を溜め込んだ皮の袋
腐り堕ちて溜まった内臓が下腹部を膨らませる
焼肉とビールをお腹一杯食べたときのようだ



ドアの向こう聞こえる気配



・・・カチ



まるで何かを察するように廊下に慎ましく響く開錠音
その音は何かの始まりの音であり終わりの音
目の前にきみが現れた



刹那周りの音が全て消え失せ
初めてきみを見た時のように
最後にきみを見た時のように
渦を巻いて混ざり弾け空間と時間が曲がり絡まる
驚いた顔のきみ
瞳孔が大きく開く
顔も見えないが多分私だとわかったのだろう
重たく垂れ下がる手を伸ばす



ドサッ
バチャバチャと音を立てて手首から先がコンクリートの廊下に落ちて飛び散る
まるで腐った卵を落としたみたいだ


・・・



時間切れか



声・・・



もうでないな



愛してた



ここで倒れたら片付けるの大変そうだ



遠くへ行かねば



のろのろと背を向ける私に



「あなたなんでしょう?」



隠し事がばれたときのような冷や汗が流れる

「ち・・と見・・・・わ・・から」

「あ・・き・・・・・・しょう?」

「かえ・・・・・・・・・がとう」



もう声も聞こえない
振り向くこともできないだろう
きみは凛とした姿勢で
大きな瞳に涙を溜めているのかもしれない
最後まで悲しませてしまったな
こんな形で力尽きる私を許してほしい





崩れていく私の居た世界が
匂いが消え
空気の感覚が消え
目の前が無に染み込む
確かに感じていたきみが消えて
色の褪せた世界をも炎に焼けて爛れていく
あったものが消えくっきりと残るひとつの感覚
これが・・・死ぬという事か




死んでからも動くことができる
人間のリサイクル
戦争を低コストで行う為の仕事だった
リサイクルするにはあるものが必要不可欠だった
「愛」だ
古臭いし馬鹿げてると思うのだがそうと結論付けるしかなかった
戦争に勝ちたいという思いでも駄目
愛しい人を殺された恨みでもいまひとつ
私は私が愛した人を戦地に送る
それが私の愛の形
ネクロマンサーだなんて可愛げのない名前で呼ばれることもあるけれど
愛するあなたは永遠になるだけ
男の細胞をひとつ試験管に落とす
部屋にはいくつものあなたの一部が保存されている



あなたの大きな手



あなたの血管の浮いた腕



あなたの首筋



あなたの憂いた瞳



そしてそれらが私以外には誰に目にも触れなくなる
そう思うと背中から脳にぞくぞくとなんともいえない快感が走り私は絶頂を迎えそうになる



「好きよあなた」
「あなたを感じる」

喉の渇き

昨日のあなたが居なくなってもう随分経つ
心の中にもあなたはもう居ない
あなたと別れてから
あなたを早く忘れたかった
あなたを二度と忘れないと強く思った
大切にしてきたあの時の今は今も額縁に飾ってあるのに
遥かから流れ着く何かを今日もじっと待ってる
この砂浜でしゃがみ込んだままで
うんざりする空の明快な青さ
肌を焦がす太陽に心のシミののような汗が噴く
拭いながら触れた自分の髪
今日ののあなたが髪を撫でてくれた事を思い出して喉の渇きに気付く
ゴクリと喉を鳴らすとその輪郭をあなたがなぞった様な気がした
あなたに会いたい今すぐ会いたいあなたを味わいたい
ゴクゴクと喉を鳴らしてあなたを飲み干したい
このあなたを求めて赤く渇いた口に喉にあなたを注いで