君は富野喜幸演出『紅ばら・白ばら』を知っているか

富野由悠季監督、82歳の誕生日、令和5年秋の園遊会招待おめでとうございます。

君は富野喜幸演出『紅ばら・白ばら』を知っているか

富野喜幸演出児童向け作品は『しあわせの王子』だけではない

富野由悠季の世界』展において、会場外で『しあわせの王子』が上映されていたことは記憶に新しい。
富野由悠季全仕事』、『富野由悠季の世界』図録にも載っていないが、富野監督の児童向け作品は実はもうひとつある。それが今回紹介する『紅ばら・白ばら』だ。

『紅ばら・白ばら』概要


原作:グリム童話
製作:共立映画社、和光プロダクション
企画:小野国
製作:江川好雄、高橋澄夫
脚本:大島善助
アニメーション:和光プロ
演出:富野喜幸、野村和夫

制作:佐藤光雄
原画:昆進之助
動画:池田純一、島崎おさむ
美術:新井寅雄
背景:アイプロ
色彩設定:若井喜治
仕上:スタジオ ライフ
撮影:佐藤均、角田秀一、武川昌志
上映時間35分
文部科学省選定、厚生労働省中央児童福祉審議会推薦

『しあわせの王子』同様に教育機関向けにリリースされている。
下記の『しあわせの王子』と見比べるとわかる通り、ほぼ同じ座組なので、ハゼドン以降~1974年?前後に同タイミングで制作されたのではないだろうか。もしかしたら他にも富野喜幸演出児童文学作品があるのかもしれない。メディア関係の方々、ぜひ富野監督に取材してほしい。

『しあわせの王子』概要

原作:オスカー・ワイルド
製作:共立映画社
企画:小野国
製作:江川好雄、高橋澄夫
脚本:大島善助
アニメーション:和光プロ
演出:富野喜幸
作画監督:辻伸一
撮影:広野正之、佐藤均
進行:山口信次
原画:野部駿夫、猿山二郎
動画:南家講二、中村孝
美術:ジャック
色彩設定:若井喜治
仕上:水上八重子
音楽:西山真彦
効果:畑中健三
声優:納谷六郎、堀絢子ほか
協力:日本映画教育協会
文部大臣賞、厚生大臣賞、文部省選定、厚生労働省中央児童福祉審議会推薦、第22回教育映画祭最優秀作品賞、優秀映画鑑賞会推薦

実物大νガンダム立像 オープニングセレモニー 富野由悠季監督ビデオメッセージ

実物大νガンダム立像 オープニングセレモニー 富野由悠季監督ビデオメッセージ

www.youtube.com
富野監督ビデオメッセージ部分のみ文字起こししました。

富野 こんばんは。福岡の皆さま、それから配信をご覧の皆さま。ガンダムシリーズの原作であり、総監督を一応やってました、富野由悠季です。今回、三井ショッピングパークらららぽーと福岡開催にあたり、実物大のνガンダムが建設されましたので、ご挨拶させていただきます。
ご覧の通りの大きさになったのは、元々が宇宙空間で建築現場の作業用のロボットとして作ったものです。ですからここで作業する操縦者というかパイロットはひょっとしたら2、3日閉じ込められているかもしれない、ということの可能性もあったので、こういう大きさになってしまいました。
映画の『逆襲のシャア』では、地球の汚染を防ぐためにνガンダムが戦ったためにです、結局特攻作戦になってしまって壊されてしまいました。
今回のνガンダム(RX-93ff)というのは、(オリジナルRX-93の)設計図面は残ってた様なので、それから再現をした、という設定で作られましたので、映画版のνガンダムとはちょっと形が違ってる部分はあります。が、それも大人の事情ということではなくてむしろ今回会場に実物大で建っているものは、戦った後の状態になっています。どういうところが戦った後というのは、映画版との違いを見比べてください(笑)(おそらくカラーリングのこと)。ただ、実際に今言った様なことを想像して作られたものが、実物の実際の形としてこういう風に展示されることができる様になった、という意味では、ものを考え想像するということがこういう実体として手に入れることができる。そしてひょっとしたら動くかもしれないという可能性も示している、というものがガンダムシリーズの結果として現れています。具体的に現在只今横浜でやや動くガンダム、というものが展示されているということも含めて、この大きさのものが動くということがどういうことなのか、ということも想像していただけると嬉しいなと思っています。
ともあれです。一番大事なことはです。絵空事であったものがこういう実際の形にすることができた。それで実際の形にしてみたら、「あれ、アニメで見るのと違う印象、ボリュームがある」と感じる様になりました。実際に動かすことをやってみた時に、大変大きな発見もあります。つまり全長が17mとか18mの大きさのものというのが、素早く動かすということがとてもできないんです。それをむしろ動くガンダムっていうのを作る上で判っていった時に、一番知ったことはどういうことかと言いますと、この大きさのものっていうのは優しく動くんだよ、ということを教えられた。だからそういう意味ではガンダムの様なものが兵器として使われるものでは絶対ない、という風な全く違う視点というものも獲得することができたということです。。今ここにある実物大のνガンダムを見るということで、今言った様なことも想像することができるという意味では、本当にやはり作ってもらわなければ分からないことなんです。本当に作ってもらうことができ、尚且つこういう場所があるから展示することもできるんです。そういうことを可能にしてくれた関係者の方々の作業や努力に対して本当に心からお礼を申し上げます。こういう風なものを見て楽しんでいただくと同時にです。三井ショッピングパークららぽーと福岡にいらしていただいた方々には、所謂体感型のアクティビティのイベントというのもありますので、そういうもので体も動かしながら、ものを想像するということも一生懸命考えてくれる様にしてくれるとありがたいなと思います。そしてお子たちはです、そういうことはできると思ってます。ので、こういう環境を提供してくれて本当に心から感謝申し上げます。ありがとうございました。今日この様な形でご参照くださいまして感謝します。何よりもです、関係者の方には本当に心から御礼申し上げます。ありがとうございました。

富野由悠季監督次々々回作『ヒミコヤマト』情報まとめ

富野由悠季監督次々々回作『ヒミコヤマト』情報まとめ

まとめ

  • 富野、福井、角川春樹の企画『卑弥呼大和』がベース。アニメ版『リーンの翼』のベースでもある。
  • 劇場版『Gのレコンギスタ』後の富野監督新作3本の3本目。おそらくサンライズ1st制作。
  • もし戦艦大和が兵器でなかったらものすごく素晴らしいものになったのではないか、という夢を描く物語。卑弥呼は富野監督考案和名「弥生姫」として登場する。
  • 海底のバラバラになった戦艦大和卑弥呼が再生させるところから始まる。復活した大和が東京に来る。
  • 現代的な登場人物としてYoutuberの女性やブロガー、小保方晴子氏の様な女性が大和に乗り、ヒミコを通して語られる。
  • ラストシーンは決まっていて、『Gのレコンギスタ』の様な内容。福島原発の処理論をやって終わらせる。

以下時系列順にソース。

リーンの翼 オフィシャルガイド Road to Byston Well 富野由悠季×福井晴敏対談

福井 『卑弥呼大和』っていう企画を、監督と角川春樹さんと僕の三者で動かしかけていたじゃないですか。戦艦大和卑弥呼的な、源日本的な何かが取り付いて、現代の東京をしかりにやってくるって話。『卑弥呼大和』っていう企画自体は、諸々あって頓挫したけど(ブログ注:おそらく角川春樹氏の服役)、でも我々三者の間ではくすぶっていたんですよね。それが僕の『ローレライ』や、角川さんの『男たちの大和』、そして『リーンの翼』の源流になっている。
富野 うん。実は『卑弥呼大和』を思いついた時に、バイストン・ウェル的なものをもう少し、今の言い方で言うとリアルなモノにしたかったという思いはありました。バイストン・ウェル的なものが僕の中にあって、そのバイストン・ウェル的なものっていうのは土着の精神なんだろうと。ならば、僕ももうちょっとだけファンタジーの世界を触ってもいいんじゃないかと思う。小田原って罵られようが(笑)。もう少しだけ、日本の風を吹かせたいっていうのはありますね。

富野由悠季の世界 兵庫会場限定展示


のちに富山会場で12枚に倍増展示。

東京新聞 ガンダムの「生みの親」が語る戦争「ミリタリーは妄想、かっこよくない」「小さき者の視点、自覚を」

次の企画に戦争は出てこないが、戦艦大和は出てくる。形にできるか分からないけど。

グレートメカニックG 2020年秋号 富野由悠季監督インタビュー

  • 富野展神戸で展示された「卑弥呼大和」がベース(福井氏関与には言及せず)。卑弥呼大和は東京に向かう大和と自衛隊が戦い、ラスボスの都知事を倒す物語だった
  • 死ぬ前の作品になる。まだ作らせてくれるかわからない
  • もし大和が兵器でなかったらものすごく素晴らしいものになったのではないか、という夢を描く物語。卑弥呼は富野監督考案和名「弥生姫」として登場
  • 太平洋戦争当日の軍人や軍事技術者の考えが大和に凝縮されている。帝国主義の次の発想の答えを入れたい
  • 参考文献「最終結論「邪馬台国」はここにある」

このインタビューでは話題が振られなかったが、『この世界の片隅に』の戦艦大和作画の影響も大きかったと思われる。

富野監督が挙げた参考資料(もしこのAmazonのリンクがアフェリエイト入りのものになっていたら、それははてなの仕様です)

まだ未読ですが、検索してみた限りトンデモ本なのでは? という疑念が……。『教えてください、富野です』の様に、学会のトップランナーにも取材してほしいところ。

富野由悠季の世界 静岡会場 清水銀行Presents 富野由悠季×藤津亮太 静岡に語る in サンライズ

  • 昨日は3本目の新作の企画を考えていて。Gレコ後の2本とは別。ヒミコヤマトこそ今考えてる3本目なんです。2本のタイトルは言えません。2本のタイトルのシナリオが終わったんで、かかり始めてる。まだ形にならない。ラストシーンだけは決まってる。Gレコみたいなもん。福島原発の処理論をやって終わらせる。
  • 20年前の卑弥呼大和は北九州から大和朝廷を作った礎が卑弥呼なんだというルートを想定。卑弥呼大和朝廷を精神的にコントロールしていたら戦艦大和を作った話。
  • ヒミコヤマトは邪馬台国みやま市説で決めた。敵は畿内説の歴史学者。こいつらを黙らせたい。場合によっては中国も敵にしなくちゃいけないことも劇中で起こっている。こう来たか、と思うだろう。現在の日本政府や官僚を全否定しないといけないかも。菅首相は嫌うだろう。
  • ヒミコヤマトにロボットは出ないが卑弥呼戦艦大和をドッキングさせるから巨大ロボットものみたいなもん。『2001年(宇宙の旅)』みたいに作りたい。ヒミコヤマトは海底のバラバラになった戦艦大和卑弥呼が再生させるところから始まる。復活した大和が東京に来る。
  • ヒミコヤマトには現代的な登場人物としてYoutuberの姉ちゃんやブロガーを出すことから始めようと思ってる。小保方さんみたいな人も乗せようかなと思ってる。ヒミコを通して彼らを語る。
  • はじめはヒミコヤマトも卑弥呼大和の様な話でやるつもりだったが、兵庫展示のおかげで大転換した。考え方が変わったのかもしれない。
  • ヒミコヤマトを形にしてみせることで映画界のバカどもに「好きに映画作ってるんじゃねぇよ!」って言いたい。そういう映画を作りたい。乞うご期待。

ガンダム」富野監督が、コロナ禍の子どもに放つ過激なメッセージ

次回作につながるかどうかはわからないが、最近調べているのは「邪馬台国はどこにあったのか」ということだ。辺境の女王である卑弥呼からの使者は、男社会である中国の文官たちからどのように見られていたのか。その文官たちが記した歴史書は、どのくらい信用できるのか。

そういうことを考えて、「トミノが作れるものは、まだあるな」と思っている。

ガンプラEXPO2020 ガンダムカンファレンスステージ

小形P 「『閃光のハサウェイ』を早く作って俺の新作を作れ」と。富野監督自身はガンダムに留まらず、『G-レコ』にも留まらず、最近もう漏れちゃってるんで皆さんご存知の方もいらっしゃると思うんですけど、『G-レコ』の後は3本やるつもりで新作を既に用意してますんで。こないだも「来週一緒にロケハン行こうか」という話をしてたんですけど、いろんな準備が必要なんで、もう少しちゃんと準備をしてからロケハン行くって話をしてました。戦々恐々としてます。

いつの間にか動画非公開に。

富野由悠季の世界 富山会場 卑弥呼大和追加展示

  • 「大和の航路、広島より呉をかすめる」戦闘機のボード
  • 「継卑弥呼 大和浮上に 立ち合う」
  • 「朝日、富士、大和は 絵になりすぎ、、、」
  • 「硬化実体化しつつ三浦半島へ 99/9・4 大和ここより面舵をとる。右舷へ。転進(面舵の必要なし!)」
  • 「継卑弥呼 国家論、官僚論、組織論を承知の上で、 東京都知事に国家改造論を語る。 先進の技術を駆使する頭脳者は、忠臣を 死に至らしめた!! 米国は日本の国粋主義化を恐れた」大和とヘリのボード

なお『卑弥呼大和』は内容から星野之宣ヤマタイカ』と類似する点があり、元々はその映像化企画だったのでは? と思わされる。

『ヒミコヤマト』前の富野監督新作2本について

Gのレコンギスタ』TV版直後のまとめ

なら国際映画祭

御大・富野由悠季が“脱ガンダム”にこだわる理由「作り手は安心したら最後」

――現在『G-レコ』劇場版を鋭意制作中というお話をしていただきましたが、そんな中、監督には次回作の構想なども既にあるのでしょうか?
富野由悠季 『G-レコ』はもうコンテが1年前に終わりましたから、あとは基本的に現場をフォローするだけです。まだ構想段階ですが、実をいうとこの1年は新作の脚本を書いていて、今は二回目の書き直しに入っています。
――それはアニメですか?
富野由悠季 もちろんです。この歳になって今さら実写なんてできねえよ! という言い方もありますけど、もう一つ重要なことは、もう僕は手描きのアニメでいいと思っているわけです。だから、オールCGに切り替えるなんてことはしません。というのは、手描きのアニメの媒体というのは、無くならないような気がしてきているからです。
――手書きアニメの新作は、一体どんな内容になるのでしょうか。
富野由悠季 この前、WOWOWで放送されたメトロポリタン・オペラを観て気づいたんです。「あ、巨大ロボットアニメという枠って、オペラなんだよね」と。どうしてオペラという言い方をしてるかというと、オペラは大舞台で、音楽も役者も使っています。そして、巨大ロボットものという大枠のなかで、ロボットが出てくると“戦闘シーン”があります。最近、映画『逆襲のシャア』(松竹系・1988年公開)を振り返る機会があったんですが、あの作品は戦闘シーンが多すぎるんです。だけど、戦闘シーンはなくちゃいけない。じゃあ、ロボットものの戦闘シーンはなんなんだろうと考えた時、いわゆるオペラでいう“歌うセリフ”のブロックなのだ、ということに気づきました。
――なるほど、分かりやすいです。
富野由悠季 だから、オペラ歌手と同じように、堂々と戦闘シーンをやっていいんだ、と。問題はその中のお話です。つまり、オペラってでかい話をやっているか? と考えると、結局、オペラは男と女が寝るか寝ないかだけで、ほかのことは何もやっていないでしょ(笑)? そこでニュータイプだとか、社会の革新だとかを言ってたら、そりゃ誰も観に来ないと気づいたんですよ。
――今のお話を伺って、新作のシナリオはとてもシンプルなものなのかな? とイメージしました。
富野由悠季 ところが、シンプルにはならない。だって、歌を歌うシーンが多いんだよ(笑)。その寝たか寝ないかの話はどこでやる? まさにそのロボットものの枠の中でやるしかないんですが、そんなロボットものがあるんですか? あるわけない。だって今まで誰もやっていないんだから。今まさにその寝たか寝ないかっていう、つまり体感的なフィーリングを物語の中に入れている最中で、これはこれでとんでもなく難しい。

富野由悠季監督:次回作を語る 「極めて独善的」 「風と共に去りぬ」に負けない自信も

Gのレコンギスタ」は全5部作で、第1部の上映が始まったばかり。制作中だが、富野総監督は次回作を考えているという。「現実問題として制作できるのか? という問題がある。制作の了解がとれなければ、希望でしかない。だから、今の段階で構想があるとは言えません」とも話す。
もちろん、作品は監督一人で作るものではない。一方で、富野総監督は経験から「合意で進んだものがあんまりうまくいくと思っていない」とも考えている。
「あのバカ、やっているよね……と一人が強行突破しなければ作品は大成しない。映画史を見てもそう思う。名作とされている『風と共に去りぬ』は、それほど名作じゃないけど、あの時代にあれができたのは、プロデューサーの強権発動があって、総意があったわけではない。作品はそういうもの」
実は「映画一本分のシナリオを書いちゃったんです」とも明かす。
「3時間を超える映画で、1時間40、50分にまとめられるかな? 極めて独善的なんです。きっと分かりにくいんでしょう。僕はいけると思っている。今、頭の中にある企画は『風と共に去りぬ』に負けない自信があります」

NHK ニュースウォッチ9 12/18放送分

公研 2020年8月号 ガンダム監督の「敗北者宣言」【富野由悠季

富野 ロボットものというのは、一つのジャンルでしかなかった。それにもっと別のありようがあるんじゃないか。そのありようを表現するのに、ロボットものが最適なのかと言った時に、そうではないよねと思います。ロボットものは、好きなやつに好きなように作ってみせればいいだけのことであるし、今もう僕にはその興味がないから、単にロボットものをやることは一切考えないという言い方をします。今シナリオを2本持っています。2本ともロボットらしいものが出てきます。それはどうしてかと言うと、富野という映像作家の持ち駒が少ないために、要するにガンダム系のものしか作れない人間になってしまったということで、僕の「敗北者宣言」なんですよ。それでも、ロボットものという枠にハマらない作品もあるんじゃないのということで、できたら人型ロボットが出てこないものを作るために新しいホンを書いています。新作を作りたいと思っても、恋愛ものも作れないし、悲劇も作れない。書く気がしないのではなく、書けないんです。物を作ること、創作とはそういうものなんだ。絶対に自分の色合いを広げられないんだ──ということがわかってしまった。

TOKYO SPEAKEASY 2020年8月20日放送分ゲスト富野由悠季、中村正人

TOKYO SPEAKEASY 2020年8月20日放送分ゲスト富野由悠季中村正人

富野監督と中村さんの過去の対談はこちらを参照。
char-blog.hatenadiary.org
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中村 本当に結構呑んじゃいましたね。
富野 まぁ時間が時間ですからね(深夜1時)。
中村 大丈夫ですか、この時間で。
富野 うん、そういう事で言えば今この時間が一番呑みながら一番やってる時です。
中村 作業してる時はね。呑むのお好きですよね、「健康的に生活を送んなきゃならない」って言って健康的になろうとするんだけども、クリエイティブはやっぱり1時過ぎがやっぱりちょっと僕なんかは調子出てきちゃう。
富野 やっぱり2時、3時くらいまでが一番いい時間。
中村 冴えますよね。一日中考えてて結論出なかったことが1時辺りからパンパンパンパンと入ってきます。
富野 僕の場合もうちょっと違う部分があって。フェードインがダーッと来て。だから2時くらいに一番酔える様にしていきたいなっていう呑み方はしています。
中村 (笑)。そうですか、ほんとに?
富野 はい。そういう意味では……(フェードアウト)。

中村 (笑)、キツいですよね。まぁちょっとね。そんな話をするとは思いませんでした。え? 流れてなかったの? 今の話。今の話流れてないみたい(笑)。残念でしたねー(笑)。そんなわけですけど、避けて通れないのがこの状況。どうしてました?
富野 結局、仕事をやるために生きているわけじゃなくて。生きるために仕事をやってただけのことなのよ。だから「こういう作品が作りたい」とか、「アニメが好きだからやってたんでしょ」ってのは嘘八百でね。食ってくためなの。住宅ローンを返済するためにやってたの。
中村 (笑)
富野 それだけのことなの。そして、そのモチベーションがなかったら、なんて言うの? 飽きもせずにアニメのコンテなんかやってられないよね。演出なんかしてられないよね、そんな上等な仕事じゃないんだから。っていう風に舐めてる節があったもん。今度は逆に舐めるんじゃなくって、「あいつがやってるんだったら、あいつを黙らせてやるためにはこういう風に作る」みたいなことで、言ってしまえば創作意欲みたいなものを気が付いた時に、何が起こるかって言うと、自分に創作能力がないってことに気が付くっていう地獄が起こるわけね。
中村 はい、聞いてみましょ、一応。
富野 その繰り返しだったな、っていう。
中村 じゃあやっぱり監督の「殺すぞ」発言というのはその辺から始まったんですかね? やっぱり。
富野 あのね、劇中でもそうなんだけども、「あの野郎、叩っ殺してやろう」っていうくらいに思い込んでいかないと、実を言うと、フィクションは作れない。
中村 うんうん、はい。
富野 で、そのくらいやっぱり気合いを入れなくちゃいけないことが分かってくるわけ。そして、元々の能力のある「作家」と言われている人はね、それをしないでね、どうもできるという才能を持ってる人。
中村 成程。なんか今来ました。
富野 それと後、そういう人ってどういうことかと言うと、資料を読めるとか、過去にかなりの作品を読み込んでいるというデータがあるのね。僕に、やっぱりアニメの仕事を始める前に、それが全くなかったんで。番組任された時にあなたさ、って時に、一番始めに結局……。
中村 アトムでしたっけ?
富野 違う、違います。番組を任されたってのはつまりシリーズの総監督をやらすことになる。って時に一番始めにやったのは、子供に読ませるお話を一切知らない人間だったので、「児童文学の書き方」って本を探してきて、それを読むことから始めた。
中村 うわー……。
富野 その時に本当に地獄だったんだよ。ましてその時にやったのは、手塚先生の原作(青いトリトン)がありながら、この原作は使えないってことだけは判るわけ。
中村 (笑)。それはちょっと何かで読んで。
富野 そう。
中村 それはすげぇなぁって思いますけどね。
富野 その使えない原作を使える様にするための能力っていうのが僕にはない。だから「え? 児童文学の書き方から始める?」っていう三か月くらいの間は本っ当に辛かった。
中村 監督辛い時は持っちゃうんですか? それとも人に当たり散らすとか?
富野 違う違う。籠る時間もないの。つまり、その本を読み切らない限り、手塚治虫の原作を直すとこに行けない訳よ。
中村 成程。
富野 その時、シナリオライターが5人くらい集まってくれて(松岡清治、辻真先宮田雪、松元力、富田宏)。「じゃあどうする?」って話になった時に、「お前が方針出せ」って。「だからこうする」っていうのを嘘でも言う訳ね。嘘でも言いながら「これ違うんじゃないのかな~)って。「これやってまた下らない怪獣ものになっちゃうんだよね」っていう事を言いながらシナリオライターに頼む。すると今度シナリオライターの正体が判ってくる訳。
中村 成程。
富野 「あ、こいつはこの手の作品をやることに関してはプロだけども、つまり、子供に向けて作品を書くってことを何も考えてない。スポンサーとTV局のことしか考えてない」っていうことが分かってきたりする、っていうものとの闘いだったの。
中村 逆に言うと、それらの職業の人たちもやっぱり食うためにはそれ。
富野 全くそうです。
中村 監督も食うためにそれじゃダメと。
富野 だけど、重要なことがあって。食うためにこういう仕事をやってやるということで、実を言うとこれをコツコツやってくと、修行になる、勉強になるかもしれない。だから、ある時から分かったことがあるのは、お金を貰いながら、つまり、貰いながら勉強ができるのはなんてありがたいことなんだろう、っていう時期が数年ありましたね。
中村 たぶん今、そういう考え方の人はすごい少ないかもしれないですね。
富野 ん~、その辺は僕にはもう判らない。
中村 でもチーム(サンライズ1stやG-レコ制作スタッフ)の中にはいっぱいいるでしょ? そこのラストで出た……セクションはよく分かんないですけど。監督の目の前に?
富野 いないいない。
中村 いっぱいいるんじゃないですか?
富野 いない。どうしていないかと言うと、僕の周りにいるのは僕と一緒に仕事をやってた様な年代の人な訳よ。
中村 あ、そうか。
富野 若くないの、もう。うん。で、若くない人たちからの意見をこの10年くらい聞き続けてる訳で。そうすると、「いやぁ僕は今こういう風にしか仕事ができないからねぇ」っていう話を聞かされる。「それで暮らしていくのは大変だよね」「大変なんだけど、何よりも手が動かなくなってくる」
中村 (爆笑)。
富野 「絵が描けない」とかって話になっちゃうのね。
中村 まぁ「眼が見えない」とかね。
富野 そうそう。
中村 ありますよね。
富野 それこそ「病気が出てきた」とかって話が先に出てくる。「50過ぎてもね、この仕事をやってられるってのはありがたいね」ってとこにバン!って行っちゃうから。いわゆる創作の話じゃなくなる訳ね。
中村 総監督のチームでさえそんなこと起きますか?
富野 ……まぁ、これはだって、60過ぎたらはっきり「そっち」しかないよ。
中村 (笑)。そうですか。
富野 だけどそういうことで言ったらそういう年齢に入ってるんだから。
中村 じゃあ僕も61、今年で62ですか。確かにレコーディングの現場にしても、そういう話ばっかですね。
富野 だから現に、ここんとこのそれこそドリカムだから、嫌でもドリカムのライブの映像なんてのを観られる訳よ。嫌でも観られる訳。どうして「嫌でも」って言い方するかって言うと、つい最近見ちゃったからなの。(吉田)美和さんがこの身体、あの身体でね、国立競技場でさ、えっ?ってこれ50過ぎたらこれ止めなくちゃダメよね、っていうところ。
中村 過ぎてやってますからね。
富野 そう。
中村 本当にもう(笑)。
富野 本当、何故これができるんだろうか、っていうのも含めて考えるとね、これは実を言うと悪口になっちゃうのかもしれないけども、吉田美和って業がさせてることなんだろうな、とかってとこに行く。
中村 それは……まぁなんですかね、僕もやっぱり、話ぐっと戻っちゃうけど、「才能がある人」って監督が仰って。例えば僕らも含めて監督は才能の塊だと思ってるけど、そうじゃない見方をするじゃないですか。
富野 はい。
中村 で、「才能がある人」って結構「誰かに勝ちたい」とか、「殺す」って思ってない人が多いですよね。なんか人と比べないっつーか。どうなんですか?
富野 あのねぇ、僕そういう言われ方したことないから本当にびっくりするんだけども。本当に「才能がある人」ってのはそうでしょうね。まさに「唯我独尊なんだお前は」ってことも含めて「え、何? 唯我独尊って何なの? 私自分ができることをこういう風にしか、こういうやり方好きだからやってるのよね」とか、「こういう歌い方って素敵でしょ?」とか、「私が出てくると皆がこっち見てくれるじゃない? だから皆さんに対して私はこうよ、こうよ、こうよ」っていうことしか考えてなくって。
中村 それがたぶん吉田の業というものかもしれない。
富野 そう。するとね、それでものが作れるんだったらそれはまさに才能ってのはそういうもので。才能がない僕みたいな人間がやる時にはどうするかと言うと、「本当、あの野郎ぶっ殺してやろうか!」と思わない限り、絶対にね、物語の発端さえ出てこないのよ。
中村 (笑)。とにかく悔しいとか誰かをやっつけてやる、っていうモチベーションが物語の始まり?
富野 そうです。そういうものが全くないとこで、「お前、作れるものあるだろ」って作りたいものないんだもん。
中村 いや、なんかね、「監督と一緒だ」って言ったらほんと申し訳ないんだけども、僕も実は作りたいものがないんですよ。
富野 うん。
中村 例えば、ドリカムだったら「今好きなことばかりやってるでしょ?」って言われるけど、いや、好きなことって何か、って言うと、やっぱり仕事をいただくこと、いただいた仕事を自分の表現としてお返しすることしかなくて。
富野 全くそう。
中村 種はやっぱり与えて、その種は吉田から与えられることが多いので。それはもちろん、吉田がこういう曲やりたいとか、こういう表現やりたいとか。でも監督にその種を与えるのは誰なんですか?
富野 誰もいなかったから辛かった。
中村 (笑)。泣きそうになってますけど、誰もいなかった?
富野 誰もいなかった。
中村 それは例えば手塚先生?
富野 手塚先生!? 何言ってんの! あれはあの人は、僕が自分が、手塚原作を「これは使えないから、作り変える」ってやった時からライバルだもん。
中村 ……うん、はい。
富野 だから師匠だとも思わないで「手塚をいつか黙らせる!」
中村 (爆笑)。やっぱりそっちに行くんだ。そっちのモチベーションなんだ。
富野 そうでなければ、10年20年、こんな仕事やってられないよ。
中村 あの、音楽業界は本当にアニメの制作の現場の、まぁこういう時代ですから色んな話ありますけども、当時まさに総監督が寝ずに働いていた頃、そういうことですよね?
富野 そういうことです。
中村 地獄ですよ。
富野 だから、本当に才能のある人ってのは、本当に羨ましいと思う。だからこそ、(笑)、ドリカムの曲聴いた時に「あっ、これで出てきて、これで売れて、尚且つこれで千人じゃないんだよね、一万人って単位だよね、二万人って単位に向かってライブをやる。それでやってける面子が二人しかいない? こいつら本っ当、殺してやろうかと思ったもん。
中村 (笑)。いやぁ、今僕、米津(玄師)君にそう思ってますけどね(笑)。
富野 本当、そうなの。
中村 米津君も全部自分でやられますからね、彼も。
富野 そうそう。
中村 ジャケット絵上手でしょ?、ま
富野 上手ですよね。
中村 ビデオも撮れる。元々はYoutuberって言いますかね。ハチっていう。
富野 うん。
中村 ボカロから出てますから。あんな歌上手で、あんなパフォーマンスが素晴らしいのに、最初ボカロですよ? そりゃないだろうって。
富野 そうそう。
中村 後出しジャンケンみたいなもんですよ。
富野 それこそ米津さんに限って言えば「自分自身、いわゆるアレンジ? 全く分かんなかったからよ」って平気で言うじゃない? ちょっと待ってくれよ、ってさ(笑)。
中村 本当にですよね。
富野 ふざけてねぇかって思うもん。
中村 本当ですよ。
富野 だけどあれがまさに才能だ、っていうのが分かる様になってきたし。分かる様になってくると……あぁ、余分な話になりそうだから我慢する(笑)。
中村 今日はもうお互い呑んで喋ってるんだから何でも言ってくださいよ。
富野 だけどよ。
中村 マイク切っちゃいますから、なんかあったら。大丈夫ですよ。
富野 (笑)。典型的に……。
中村 なんか最近辛いことあったんじゃないですか? なんか今日、どうしたんですか?
富野 あぁ、そういうことで言えば、もうこの10年ぐらいずっと辛いもん。
中村 (笑)。
富野 楽しいこと殆どないもん。
中村 そうですよね。分かりますよ。
富野 だから、つまり天才の名前を出して、誰からも文句を言われないただ一人の人がいる訳。モーツァルト。本当この5、6年、僕ね、モーツァルトのね、50(歳)まで聴くとは思ってなかったもん。
中村 うんうん。
富野 「あんな曖昧でよく分かんねぇ曲なんて」って思ったけど。
中村 まぁビートルズもけちょんけちょんに言ってますからね、監督ね(笑)。
富野 だけど、本当この5、6年、ずっとモーツァルト聴いてる。
中村 あのね、僕もモーツァルト……。
富野 それで最近分かってきたことは何かって言うと、楽曲のことは分かんないのよ。モーツァルトがすごいなと思うのは、何書かせても、つまり何作曲させてもちゃんと音楽になってて。煩わしくない。
中村 あのね、本当に仰る通りで。しかもモーツァルト、皆さん聴いてらっしゃる方は素晴らしいピアニストいらっしゃるとと思いますけど、モーツァルト、あれ弾いてますからね自分で。
富野 そうなの。そうするとね、才能ってこれであって、僕、若い時それこそワーグナーなんかさ、嫌いじゃなかったのね。モーツァルト聴く様になって、ああいうわざとらしい曲、ってのがね、ダメになっちゃった(笑)。
中村 (笑)。
富野 っていう地獄を経験しちゃって(笑)。
中村 ビジネス考えてるんですかね? でも僕が見る限り、映画とか伝記しか読んだことないですけど、やっぱりモーツァルトも依頼を受けてすら食うために書いてますよね
富野 そうですよ、全くそうです。
中村 パトロンのために。
富野 全くそうなの。そういう意味で商売人なのよ。そういう意味ですごく俗な奴で。だから僕は「アマデウス」って映画大好きなのは、絶対ね、モーツァルトはあぁだったと思うわけ。
中村 サリエルね。
富野 あのくらい俗物で。俗がね、これができるんだってのが分かってきた時に……あぁ、また余分な話しそうになった。
中村 (笑)。でも監督ね、ちょっと横道逸れますけども、今才能のある人も品格とか求められちゃうじゃないですか。
富野 うん。
中村 それはおかしくないですか?
富野 おかしい。だからモーツァルトなの。
中村 そうなんですよ。だからおかしいですよ。なんで才能のある人が善い人でなくちゃいけない、社会に貢献する人でなくちゃいけない。だってその才能自体が人類のためなのに。良いじゃないですかめちゃくちゃでも。
富野 それもあるし、人間ってね、めちゃくちゃじゃなかったらね、天才的な仕事できないんだよ!
中村 仰る通り。
富野 吉田美和さんそうなの(小声)?
中村 あのー、ここでは言えないですけど、めちゃくちゃです(笑)。めちゃくちゃな僕らにね、監督が依頼してくれた、G-レコのテーマソング。聴いていただきましょう、「G」。
DREAMS COME TRUE 「G」)
中村 という訳で、G-レコのテーマソング聴いていただいてますけども。サーッと流しておいて。今ちょっと言ったんですけど、吉田はこれをちょっと冷静に歌ってるというか。「calm down」と英語で言いますけども。そういう風に歌っているのはすごくね、G-レコの登場人物に似てるなと思って。
富野 はぁー! だからなんだ! 俺気に入ったのは。そこか。
中村 はい。G-レコの登場人物って、普段はそんな燃えてない。
富野 そう、燃えてない。
中村 結構こう、ライトで軽くて。まぁなんか熱血漢でもない。ただ、戦闘とかミッションを与えられたら、もう火の玉の如く戦い、動く訳じゃないですか。それがね、なんか音的に今回出せたな、って。
富野 (拍手)
中村 でも「G-レコの登場人物って不思議な人たちばっかり」って思っていたら、まさに今の人たちなんですよ。皆calm downなんですよ。
富野 へぇー!
中村 意外と冷静で。
富野 うん。
中村 それで一挙に色んな情報を頭に入れてるんで、その分析にも時間がかかるんで。
富野 はぁ~。
中村 感情的になってる暇がないんですよ、今の人たちって。若い人ばかりじゃないですよ? 我々の世代も含めたいわゆるオンラインの人。
富野 分かります。……ほんと中村さんさ、そういう解析すごいね! 上手ね~。
中村 上手(笑)。
富野 僕そういう風に分析できないから、グタグタグタグタしてるんだけども。
中村 だから、監督は才能のあるエリアの人で、僕はそれを吉田と共に今回はフォローするというお仕事をいただいて、毎回ヒヤヒヤしてる訳ですよ(笑)。
富野 そうか~。俺才能あったらもう少し楽してると思うんだけどな。
中村 才能がある人は才能がないで大変でしょうけど。本当にやっぱり、僕何べんも言ってますけどメディアで。素晴らしい主題歌、EDテーマをG-レコは積み重ねてきたじゃないですか。やっぱりファンの中には「ん?」と言う方もいらっしゃる。それは重々承知して、重々分かった上であえて僕らは胸張って、これを劇場用に注ぎ込みたい、という気持ちで作りましたね。
富野 そう。それが分かってるから、今その3本目が、どういう風にするかって、かーなりキツいのよね。
中村 俺訊きたかったんですけど、どうなってるんですか3本目? どうしますコロナ禍?
富野 よく分からない。全然分かんない。
中村 全然よく分かんない(笑)。
富野 ただ、先週、3本目と4本目と5本目のBGMの発注を菅野祐悟さんにして。
中村 菅野さんお元気でした?
富野 元気なんてもんじゃなくて。本当にあの人は元気なんてもんじゃなくて。「米津なんだー!」って人ですからね。
中村 おっ、良いですねぇ。良いですね。
富野 そういう意味ではね、ちょっとびっくりした。そして「なんだ」ってのが僕と違ってて。「だって30秒聴けば判るでしょ? あの人は天才ですよ」って。
中村 仰る通りです。
富野 「だからあの人とどうこうしようと思わないから、俺流に仕事させてください」それで締めたもん。
中村 でも「この野郎」と思ってるのは、そういう天才、時代を区切る、ユーミンさんもそうだし、(中島)みゆきさんもそうだし、宇多田ヒカルちゃんもそうだし、そういう天才たちって、やっぱりもっと影響与えるんですよ、そうやって。それは今の人に一番ウケてるという事象以上に我々クリエイターに。
富野 そうだね。
中村 端っこの人って言っちゃうと菅野さんに怒られちゃうけどさ。でも菅野さんですらインスパイアする訳。定点観測させる。
富野 そうそう。
中村 「米津に比べて俺はこうだから、こういう方法で行くよ」。
富野 だから、本当先週久しぶりで。つまりG-レコの作品のことを考えながら話をしなくちゃいけなかった。せざるを得なかったんで。だからトミノさんも自分でも内心偉ぶりましたもん。
中村 あ、そう。
富野 つまり「この1年、何もやってないのにG-レコってすごいな。色んなこと考えさせる作品だ。だからこうしてくださいよ」って話が菅野祐悟って才能に対して言えた自分って嬉しかったもんね。
中村 でも、客観的に見れたってのすごい良かった。勿論大変な方々、今も戦場で戦ってくださった方々たくさんいる中で、我々こんな呑気に呑みながら話している場合じゃないんですけど、ただまぁ今日は良いか。
富野 っていうだけじゃなくて、この時間がなかったらね、それこそG-レコさっき言った様に作っているのはどういうことかと言うと、人間ね、24時間ピーンとなんて張ってられないもの。
中村 仰る通り。
富野 だからこれで良いんです。良いからこそなの。僕の理想がある訳よ。作り手だったらね、って。実を言うと、秋元(康)さんみたいにずーっと作り手風にしたかったけども、それができてないのを悔しい! っていう。
中村 (爆笑)。コマーシャルに行きましょうか。
(CM)
ホルスト「惑星 第4曲 木星、快楽をもたらす者」)
中村 今日みたいに仕事抜きの機会はあんまりないので、僕が好きな曲を監督と是非聴きたい曲がありまして。
富野 はい。
中村 今鳴ってるやつなんですよ。これがですね、ベルリンフィルなんですけど、ホルストの「惑星」という曲で。平原(綾香)さんで有名になっちゃいましたけど、「Jupiter」って曲なんですよ。これ是非一緒に聴きたかった。これご存知ですか?
富野 少しは知ってます(苦笑)。
中村 あ、そうですか。これですね、まさに宇宙ってこういう音なんだろうな、と。
富野 うん。
中村 まだ人類が宇宙に飛び出てない頃にホルストという作曲家が作ったんですけど。この中でも「火星」も素晴らしいんですけど。
富野 うん。
中村 この組曲で一番最初の。あらゆる映画音楽家の元ネタになっている様な組曲なんですけど。この「Jupiter」ってのがね、まさに僕らが少年時代に見た、あるいはG-レコで宇宙が舞台になっていた時に聞こえてた音だったんですよ。こういう音楽を僕はいつか作りたいと思って。これを今聴いていただいて。「中村こういうの作りたいんだよ」ってプレゼン(笑)。
富野 いや、っていうよりも、すごく実を言うと僕にとっては当たり前だから。
中村 これが?
富野 うん。当たり前の曲調だから。正直びっくりしました。もう少し違うもの、そういう意味で偏見があったんですよね、ドリカムに対して。
中村 ずっとそれ言ってるからね、監督(笑)。もう偏見の塊だから、富野さん。
富野 (笑)。だから、まさに「Jupiter」なんてのは当たり前に宇宙そのものなんだから、良いんだよ。それで逆にこういう記憶が僕の中にあるからなんです。「2001年(宇宙の旅)」は困っちゃった訳。
中村 あぁ~。
富野 「え~これで来られたか」。
中村 あー、そういう意味でね。
富野 そう。
中村 でもこの楽曲ってすごいテクノロジーも感じるんですよね。雄大な自然だけじゃないんですよ、僕の。
富野 分かりますよ。
中村 分かります? だからそれこそ巨大ロボットも見えるし。あらゆるG-レコで登場する。
富野 拡がりそのものが見えるし。もう一つ重要なことがあるのは、景観と言うよりも、水平線と言うのかな、地平線と言うのかな。
中村 まさに。
富野 ズァーッと走ってるのね。そういう見事さというのはあるという意味では、本当にこれは認めます。嫌いな曲ではありませんが……。
中村 あんまり驚かなかったってこと?
富野 うん。さっき言った通り。最近モーツァルトも自然体に(笑)。
中村 もうちょっと驚いてくださいよ。「おう中村こういう曲選んだんだ、いいなお前」とかちょっと言ってくださいよ。
富野 それだって大前提だもん。当たり前で。今更そのことで「お前ら偉いね」なんて言ってたらナメてることになりません?
中村 (笑)。はい、分かりました。でも今日ホルストを選んでたから、さっきモーツァルトの話仰ってた時に、ちょっとビクッとしました。そこか、って。モーツァルトか、って。
富野 それね、自分の中でもなんです。趣味性の問題みたいなことを考えていた時に、自分に一貫したものがなくって。結局皆が一番言ってるモーツァルトに戻らざるを得なかった自分、っていうのは本当に嫌だった、ってこともある訳。
中村 総監督、皆が言うからモーツァルトじゃなくて、モーツァルトだから皆が言ってるじゃないですか。それはもうガンダムと一緒ですよ。
富野 はぁ~。
中村 「巨大ロボットものは結局ガンダムに戻らなくちゃいけなかった」って監督の周り、屍(死)累々ですよ。ねぇ? (小形)プロデューサー、おんなじこと言ってるでしょ?
富野 中村さんってさ、ほんとプロデューサーね(笑)。すごいね。
中村 (笑)。
富野 ほんとお上手。
中村 お上手なのは監督。でも本当に同じこと言ってますよ。屍累々ですよ、巨大ロボットものの監督たちは。
富野 (唸る)
中村 このヤローって言わないでしょうけどね。でもちょっと言ってほしいでしょ?
富野 言ってほしくない。
中村 (笑)。絶対そうだと思った。
富野 強がりじゃなくて、これを基準にしちゃいけないんだよね。やはり僕は……やっぱりなの、大学以後の、つまり20歳以後のことで言うと、やっぱり戯作者になりたかった、っていう、すごくシンプルな思考っていうものを身に着けちゃったのに、結局巨大ロボットものしかやらせてもらえなかった、っていう意味で「手前らぶっ殺してやろうか!」って日本の映画界全部に対して思ってる人間ですから。
中村 でも番組の始まる前、ここに呑みに来る前にね、「巨大ロボット捨てて、トミノがなんとか……」って言ってましたけど(戦艦大和登場予定の新作?)。何を言ってんですか、って感じだね。まだ極めるんじゃないですか?
富野 違う違う違う。結局巨大ロボットっていうギミックを使わせたらほんとに天下一品だろう、っていうまさにそれが縛りになっちゃって。劇なんて作れなくなってしまった、っていう。「戯作をする」ということはそういうことではないんだよ、っていうことが分かった。だから、言ってしまえば……うーん、僕は未だにドストエフスキーは読めないんだけれども……そう、バルザックなんかは読んでガックリくることはあるんだけれども。人を観察する能力が全くなかった、っていうことを知らされて。本当に愕然とするんだよね。
中村 あの、敵対する人がレベルが違いますから(笑)。
富野 あ、そうか。
中村 例えば吉田も今回、「G」でね、シェイクスピア出してますけども。監督とシェイクスピアはきっと同じことを言ってるんだろう、ということで吉田はシェイクスピアを出したんですけども。でも、ちょっと僕今日、監督に久しぶりにお会いできて、でもシェイクスピアもエンタテイメントやりたかった訳ですよね?
富野 そうですよ。
中村 エンタテイメントとして、芝居の中に……。
富野 それから、あともう一つシェイクスピアがあったのは「自分が田舎者なんだけれども、ともかくロンドンにいる連中に少しはね、俺のこと偉いと思ってよ」っていう、そういうね、下心があった。というのは本当によく分かる訳。そういう意味では向上心を持っている、だけど実を言うと自分はこういう風にしか劇を書けない。だから日常芝居がものすごく多いシェイクスピアってつまんない訳よ。長~くって。「こういう風にしか書けない俺」っていうコンプレックスをずっと持ってた人なんじゃないのかな。これまた袋叩きに遭うかもしれない(笑)。
中村 今シェイクスピアを表現したのは富野総監督の気持ちとちょっと被るところあるんじゃないですか? 「俺は巨大ロボットものしかできない」っていう。
富野 分かったから。はっと気が付いた! 別にあの、自分がシェイクスピアと並んで考えていませんからね。世界の文豪と(笑)
中村 世界のトミノですよ。僕おべっか使う必要全くなくてですね。おべっか使ってもなんの得もないですよ僕。もうテーマ曲書かせていただきましたし(笑)。
富野 (笑)
中村 損得全くないところで。今回監督がG-レコで強調してらっしゃったのは、ガンダムっていう先入観なしで観てほしい。逆に言うと、ガンダム知らない人に観てほしい。今の子供たちに観てほしい、っていう意味では僕は年食ってますけども。でも結構同じとこから入ったんですよ。で、あらためてG-レコオリジナル版(TV版)をあえて観ない。まさにポスター(劇場版キービジュアル)ですよ。「ポスターだけ見て、これから感じる音楽書いてくれれば良いんだよ」って言ったのと全く一緒の角度で入って。やっぱりね、G-レコは面白い。でもね、まだね、得体が判らない面白さなの。
富野 そうなの。その辺の典拠が最近ようやく分かる様になった訳。亜阿子さんから昔から言われてたんだけども。「登場人物が多いやつはダメ! 映画っていうのは二人とか三人とか四人、出ても五人まで。G-レコはキャラクターも多すぎる。(ファースト)ガンダムも多すぎる。それダメ。映画になってない」って言われて。本当にすいません、っていうのは、最近本気になって分かる様になったからね。
中村 でもどうです、僕亜阿子さんに逆らう気はなくてですね。何故かと言うと、ドリカムを使えと言ったのは亜阿子さんですから。本当亜阿子さんには感謝してて、監督にはちっとも感謝してない。
富野 はい。
中村 でも、この前もちょっと対談で喋らせていただきましたけども、今、例えばNetflixとかそういう海外ドラマも含めてヒット作っていうのは群集劇とか登場人物が多くて、でもその登場人物を本当に丁寧に描いて。
富野 あ、そう?
中村 そうですよ。例えば、ゾンビ映画でもなんでもいいや。そういう意味ではG-レコはまさにベルリだけを描いてんじゃなくて、ベルリを中心にもしないじゃないですか。
富野 そう。だけど、映画っていうのは2時間以内でピシッと観られて分かるというのが映画なのよ。って言った時に、そういうものに収まってないG-レコってやっぱり映画じゃないのね。
中村 でも今の映画は15秒で分かる映画もあれば、Netflixみたいに10シーズン各話18話とか、そういうので延々見せるのもあって。その劇中の一人として自分を感じてきちゃう訳じゃないですか、例えばそういうのを観てると。
富野 はい。
中村 G-レコはそういう要素いっぱいある、って前の話で。亜阿子さんの意見ももちろんわかりますけども。「今」じゃないですか。
富野 だからこそなの。G-レコは五部作で作っても良いんじゃないのかというのは5年前から思ったし。それを実行させてもらってるんだけれども、やっぱり戯作者としての理想論がある訳ね。高い! シェイクスピアに勝ちたい訳。
中村 もちろんです。
富野 (笑)。
中村 勝ってます。
富野 そういう時に、これでなぁ……というのがあるから。だから今回本当に、「G」の曲をいただいた時に一番びっくりしたのは、本当にあの単語が出てくるっていうことのすごさ。っていう意味では、今の若い人そういう言い方しても分かんないだろうと思うけど、「ドス突き付けられた」って感じがあるからね。
中村 監督は僕の大先輩ですけども、「今の若い人たち」という分類もままならなくなってきて。
富野 はい。
中村 まさにそのオンラインの人類と、オフラインの人類に全く分かれてて。年齢関係なくオンラインとして実績のない人間は尊敬されないというか。尊敬まではいかない、相手にされない。例えばうちの娘に僕がアドバイスしても、僕は動画の編集の仕方も知りませんし(笑)
富野 (笑)
中村 本当、ガジェットの使い方全く分かんないんで。色んなことで人生の先輩として教えても、iphone使えなかったらアウトなんですよ、説得力が。
富野 きっとそうなんでしょうね。今僕の周りにはそういう人がいないから。
中村 そうなんですか。
富野 そういう敗北感がないの。同年齢しかいないんだもの。
中村 でも作画の現場って最終はガジェット使ってますよね?
富野 使っているんだけれども、ああいうもの使ってる奴は他人だもの。他人なんてもんじゃない。スタッフ以下だもん。絶対付き合わない。鉛筆で絵が描ける人としか仕事しなくなっちゃってる(笑)。
中村 何言ってるんですか。宮崎駿さんみたいなこと言わないでください。よく分かんないなぁ、もう。
富野 だってそういう歳だから。年齢には勝てない部分があるんだって(机叩きながら)。
中村 監督、(19)41年生まれじゃないですか。
富野 うん。
中村 ポツダム宣言が45年じゃないですか。
富野 (笑)
中村 もうすごいと思って、俺なんか。現役ですよ? こういう言い方したら軽くなっちゃって誤解を受けて困るけれど、だけど、よく考えたら僕も58なんで、生まれが。ポツダム宣言からたった13年しか経ってないんですよ。今の13年前ってこれ、皆さんどう思います? 昨日のことでしょ?
富野 言われてみりゃそうだよね。だけど今の若い人、ポツダム宣言の話分かんないですよ、絶対に。
中村 いやいや、今検索してますよ。簡単ですよ。
富野 (笑)
中村 あっと言う間に。今「ポツダム宣言」上がってきますから。ガンガン。本当に(笑)。ふざけてる訳じゃなくてね。
富野 全然分かる。
中村 ただ、やっぱりその中で、猛烈な体験をなさってきて。
富野 してない、僕の場合。
中村 それはWikipediaで読みました。
富野 一番の理由ってのは、今8月期だから、要するに終戦記念日みたいなこともあるんで、そういう記事もいっぱい読まざるを得ない訳。読んでてつくづく思うことがあって。「なんでこんな風な日本になってしまったんだろうな」っていうよりも、「なんであんな戦争をやれたんだろうな、すごいよね、気違い沙汰」……あーっ、ごめん!
中村 大丈夫です、大丈夫です。41年生まれなんで普通の言葉です。当時の表現を忠実に今再現してる訳であって。今監督はそういう概念を持ってらっしゃらない。
富野 だけれども、概念を持ってないからこそ、逆に本当にね、謎なんですよね。なんでああまで国力が違うのに、戦争を仕掛けられたんだろうかな、っていうのは常軌を逸してるものではないんですよ。そういうレベルではないのに、実を言うと戦後の問題でよく分かることがあるんだけれども。一番仕掛けた、仕掛け人をした人たちというのは、全部発言をしていない、戦後は。つまり、特攻に行けと言った奴は、いなくなっちゃったの。一切合切いなくなっちゃったの。特攻をさせられて死んだ痛みだけを持った人たちが戦後発言をしてる訳ね。特攻を仕掛けるということを思いついて、それをやることが戦争だと思えて、そして特攻で国に殉じたということで、「立派な戦死なんだ」という言葉遣いを発明する奴がいる訳。
中村 それで救われる方も。
富野 それは当然です。戦死者を家庭内に持っている人たちは皆そうなの。だってそうでなかったら無駄死になんて言ってほしくないもの。問題なのは、死にに行けと言って戦争に勝てるんだったら、死にに行けと言っても良いんだけれども、死にに行けと言った奴が、戦後生き残ってて、ごめんなさいと言った奴は一人もいなくって、軍人恩給を貰ってるんだよ。
中村 ちょっとその辺はですね、番組が終わった後に。僕が振っときながら断ち切るのは申し訳ないんですけども。でもね、僕いつも思うんですよ。例えばG-レコで戦闘シーンあるじゃないですか。それこそついでに死んじゃう人いっぱいいる訳ですよ。あれどうしてくれるんですか? 例えば水戸黄門が「助さん角さん、懲らしめてやりなさい」って言って刃物をピュッと向けた時に、ついでに死んじゃう人いっぱいいる訳です。
富野 そうそう。
中村 これはすごいシリアスな問題だと思うんですよ。どういう風に考えてらっしゃるんですか? 「あれ、やられちゃった」っていう(笑)。いっぱいいるじゃないですか。
富野 「あれ、やられちゃった」という局面を作ったって奴のことをそろそろ本当にお前ら考えろ、っていう部分はもう40年以上前から持ってます。だから偶然ではないんだよね。だから最近のデジタルの加工は本当に腹が立つものがあるのは、平気で人間を飛ばすものね。「お前、人間をここまで飛ばしたら死ぬんだぞ」っていうのを、皆絵面のかっこいい爆発の飛ばされ方をしてる訳。そういう演技論を見せられて、かっこがいいとかいう風に思わせる今のデジタルビデオの環境、極度に酷いと思う。それでじゃあ、ついでにとか、勝手に死んでく人たちのことを無残に死ぬ様にやったら、戦争反対の表現になるかと言うと、その表現をした瞬間に、オンエアが禁止される、公開が禁止されることが起こるから、それをしてはいけない。って時に、我々はそういう具体的な物事に対して正確な判断基準になる材料を持ててるの? って言った時に、今の人たちは持ててないよね。
中村 それは難しいですよ、やっぱり。
富野 東京大震災の時の、震災の後の焼死体の写真でさえも黒塗りになってるか、フレームから切って掲載する様になってしまった時代には、我々はこれ以後、なんて言うのかな、「人の命を大事にしましょう」ってことだけを言葉にしていて済むんだろうか? そろそろ本当に考えなくちゃいけない時期が来てるんじゃないのかな、とも思う。だけども、人権主義に関して、既にもう誰一人反対論を言えなくなってしまっている。
中村 自分自身も?
富野 そう。この3、40年経つんで、正直困ってます。困ってるからこそ、そういうものに反旗を翻す様なものを作れないのかな。
中村 作品でね。
富野 とも思うんだけれども。ってことで今本当に苦労してます。
中村 そんな富野監督がですね、好きな曲をかけようかなと思って。2曲あるんですよね。
富野 あるんだけれども。
中村 最初に考えたのはなんですか?
富野 最初に考えたのは「ハイフン・スタッカート」で、自分の作詞した曲で。G-レコでやった曲なんだけれども。とっても好きなのよね。
中村 じゃあちょっと聴かせてもらいましょうかね。聴いてください。
(ハイフン・スタッカート)
中村 これですね。知ってますよ。アレンジとか監督意見するんですか? 「こういう風にしてくれない?」これも菅野さん?
富野 菅野さん。すごいですよ。歌詞カード渡して、何にも言わないの。それでこの曲ができてくるの。すごいなぁ。
中村 トイレ関係で言えば、やっぱりG-レコですごいのはトイレですよね。コア・ファイターの中にトイレがある。あれすごい。あれ今までの巨大ロボットものにああいうのありました?
富野 いや、一度やってるんですけど。
中村 まさにそうですよね。
富野 何よりも菅野祐悟がすごいのは、あの歌詞カード持ってきて、この曲想で作るっていうのは、もう本当にね……脱帽ものと思ってます。
中村 先ほどのホルストもそうですが、宇宙、壮大さ、サイエンスフィクションという言い方が良いか分からないですが、そういうものに絶対今まで使われなかった東洋と言うか、インドって言うか、バリっぽいと言うか。ただ、バリにしてもインドにしても、宇宙と直接つながってる……。
富野 そういう説明を一切しないのに菅野祐悟はそれやってくるんだよね。
中村 すごいですね。そこでもうピーンときちゃうと言うか。G-レコの地球サイズにしていくと言うか。ちょっと欧米なサイエンスフィクションの描写今まであったけど、インドも含めてマントラ含めての宇宙観。
富野 ここまでパッとくるってのはそりゃすごいよね。
中村 すごいですよね。俺はできないですよ。菅野さんで良かった(笑)。偉そうに言ってるけど(笑)。怒られちゃうな本当に。もう一曲いきましょうか。もう一曲はこの曲です。突然言ったんでスタッフ慌てて。うちの曲なんかアーカイブ入ってませんからね。
富野 (笑)
中村 慌ててSpotifyからとったんじゃないですか今。本当に。昔はレコード部屋に行ってですね、引き抜いて。Spotifyで検索すれば出てきますから。これはドリカムの「うれしはずかし朝帰り」。これは何故です?
富野 要するに衝撃を受けたんですよね。
中村 これ実際にお聴きになったんですか?
富野 聴きました。朝帰りの曲だろ!? なのに何よりもさ、朝帰りをテーマにして、こうまで大々的に元気に歌っちゃう、っていう。つまりシンガーソングライターみたいなのが出てきたってのがまずね、衝撃的だった訳。
中村 まぁ、当時の常識で言うと朝帰りというのは秘めたるものでございます。
富野 そうそう。そういうロマンがない訳(笑)。
中村 (笑)。ありますよ。ロマンあるけど、そうですね、清々しい朝です。
富野 これかぁ! っていう時に、まさに世代間の断絶。
中村 切れ目が入ったんですね。
富野 はい。っていうものを感じて、こういう人たちが出てくるこれ以後の10年20年、どうやって暮らしていこうかと。
中村 (笑)
(CM)
富野 (笑)
中村 いやいやもう、悔しい悔しいで一時間ゆっくりお話しさせていただきましたけれども。もちろんね、ソーシャルディスタンスとりながら、監督の健康にも、私自身もそうですけど。また是非、秋元さんにチャンスいただきましたら。
富野 ほんとそういう意味ではご縁で。だって(笑)、秋元さんって人、僕にとっても妙な関係の人で。
中村 番組では言えない話があるらしいですね。
富野 いや、言えないんじゃなくて。そうじゃないそうじゃない。作詞をやって貰ってるんだよね、変な曲のさ(機動戦士ガンダムZZ OP1「アニメじゃない」)。
中村 今1時間やって気が付きました。秋元ってロボットいるんだね。
富野 端から気が付いてます(笑)。
中村 僕全然気が付かなかった。ここになんか台本が出るのかと思った。違いました。ひどいね、これで俺は仕切ってるんだよ、ってのを証明している。
富野 そうそうそうそう。
中村 ひどい人だねぇ。また是非チャンスがありましたら。
富野 本当に機会があればということで。僕にとっても、本当に中村さんの切り口の考え方? みたいなものが正直本当に勉強になるんで、ありがたいんですよね。ありがたいんだけども、今から聞かされてもね、間に合わないんだよねぇ。


富野監督が「俺」と言っているところは、普段人前で演出家として演出している状態ではなく、素が出ているのかもしれない(しかしそれすら演出かもしれない)。

DREAMS COME TRUE 中村正人のENERGY for ALL 8/30放送分

TOKYO SPEAKEASY 2020年8月20日放送分の富野監督の話の後日談。

中村 僕は決してMC力がある訳ではなくて。富野総監督は僕より16年ぐらいの先輩なんですけど、僕がティーンエイジャーの頃から、20代30代含めてなんですけど、まさに富野監督の世代が、富野総監督とか宮崎駿さんとか、いわゆる日本のアニメ黎明期、そういう時代の0から1を創ってきた人たち。僕らのそのぐらいの音楽界で言うとYMOの三人、細野晴臣さんとか坂本龍一さんとか。そういう先輩たちに憧れてただひたすらやってきた僕にとってはですよ。こうやって富野総監督とお話できることだけでもワクワクしちゃうんですよ。本当に嬉しい。一言一言が素直に僕らにとっては神の言葉なんで。その言葉をできるだけ僕も解釈したいし、喋りながら追いついてい行こうとはしてるんですけど。まぁそのプロセスがああいうラジオ番組になって、皆さんにも面白いと思ってもらえればこれはもう幸いなんです。ただただ僕が富野さんと喋っていることが嬉しくて。そんな気持ちがたぶんラジオ番組に出てきて、こういう感想がいただけるのかなと思ってますけど。
GOW 以前富野監督がエネマサに遊びに来てくださった時とまた違うストーリーと言うか。
中村 そうだね。そういう楽しい雰囲気がね、伝わってくれたのは嬉しいと思います。

DREAMS COME TRUE 中村正人のENERGY for ALL 2020年2月23日放送分 ゲスト富野由悠季監督

DREAMS COME TRUE 中村正人のENERGY for ALL 2020年2月23日放送分 ゲスト富野由悠季監督

富野監督と中村さんの接触篇はこちらを参照。
char-blog.hatenadiary.org

GOW 今日はエネマサ100回目の放送ということで、スペシャルな日なんですよね。そんなスペシャルな日にふさわしいスペシャルなゲストにお越しいただいております。ガンダムの生みの親、アニメーション界のレジェンド、富野由悠季総監督です。
富野 ははははは。レジェンドの富野ですよ! 生まれて初めて言った(笑)。
中村 今日初のサンプルいただきました。これはやっぱり総監督のファンにとっては嬉しいです。すごいTwitterで上がってましたから。「富野監督が来るぞ」ということで。
GOW メッセージも届いているということなんですよ。
中村 「余計なこと言わなきゃいいな」とか、「ラジオでどんな暴言を吐くんだろうか」とか、みんな楽しみにしてますから。
富野 (吹き出す)あのね、お前らさぁ。年寄りにそういう期待しちゃだめよ、もう。そういう意味では良いお爺ちゃんになろうって努力してるんだから。
中村 そういう宣言もありましたから、どこまで我慢できるか。ちょっと聴いてみましょうね。
(プロフィール紹介)
中村 虫プロ入った時は入社試験みたいなのは受けたんですか?
富野 面接試験だけはありました(笑)。
中村 そうですか。
富野 三行広告っていうのを新聞に虫プロが一度だけ出したことがあって。たまたま大学が近くだったから「面接だけだったら受けられる」って受けに行ったら。就職活動一切やってない11月の面接だったので「これ落ちたらどうしよう」とか思ったんだけども。ありがたいことに「3月から来い」って通知をもらったんで。それっきり就活もしないで虫プロに行っちゃったっていう。「ほんとにここでやってけれるのかな」っていう不安はありましたけども「まぁ働かないよりは良いんだよね」ってことだけで入ったっていう。本当にね、かなり最低限度のレベルで社会人になったっていう。そして虫プロに入ったらもっと酷かった。
中村 (笑)これから聞いてきましょう。今日は2月の23日なんで就職でね、色々考えている方もいらっしゃりますけども、ま、何とかなるっていうかね。
富野 なんでそう思えたのか自分でも分からないんだけども「なんとかなるんじゃないのかな」とは思っていたのかもしれない。ただ、今思い出した。面接だけだからマズい、少なくとも演出志望ではあるのだから短編の絵コンテくらい作って持っていた方が良いんじゃないのか、って持って用意して行ったんですよ。二日くらいで描いたものを。
中村 すごい。見てみたいそれ(笑)。
富野 行ったらびっくりしたことがあるんだけども。大学時代の、つまり映画学科とか放送学科の先輩がね、もう2、3人就職してたの。それを知らなかったの。「えっ、そうか、ウチの大学を出るとこんなところにしか就職できないのか」っていう言い方もある。逆に言うと一年前に入ってる連中、つまり鉄腕アトムの一年目のオンエアの時から仕事やってるわけ。顔見知りの先輩がいたんでコンテ見せたら「こんなの見せちゃダメ、俺が見ても酷いからやめとけ」。
中村 (笑)
富野 それで面接だけ受けた。
中村 さぁそしてGOWも見てたライディーン。フィリピンで見てたの?
GOW そうなんですよ。ライディーンも見てましたし、機動戦士ガンダム
富野 あのさぁ、本当そういう話、サンライズとか広告代理店からおよそ聞いたことがないわけ。
中村 (笑)
GOW 海外でやってましたよ。タガログ語になって。私たちは日曜日の朝それを見て。JAPANのMANGAは素晴らしいという話をしてましたよ。みんなで。
富野 えー。
中村 既にインターナショナルです。
GOW そうですよ。
富野 既にインターナショナルというのを本当に実感したのは去年なの。今までね、それほど実感してなかった。去年ようやくパリとニューヨークで受け方を見てて。ニューヨークの一応名誉市民みたいな賞状貰いましたもん。TOMINO YOSHIYUKI。それから「GUNDAM DAYにする」ってんで。その時にニューヨーク市議会議員、37、8かな、の人もガンダム見てたって。ガンダムでニューヨークを救ってくれてありがとう、って。どんな話だったっけ(ガンダムのガルマ話)。全然思い出せない。
中村 (笑)彼らにとってはその一言一句を覚えているでしょうね。
富野 そうそうそう。本当にね。国内で言われている様な人気とは違う形で。アニメが始めだって目線でしか見てない人たちにとってはアニメとしての評価論しかなかったのが、そうではないというのが本当に去年つくづく教えてもらえて。ありがたかった。
中村 GOWは僕らよりずっとジェネレーション若いですから。
富野 もちろん。
中村 こうやって全世代、全世界で見られていた。ガンダムめっちゃ流行ったんだってね。
GOW そうなんです。すごく流行りましたし。海外の考え方としては漫画は子供のものというイメージがあったんですけど。
富野 もちろん。
GOW ガンダムとかライディーンを経て大人も見る様になってきたというのが今の世界のアニメーションに対しての(評価)。そういうのを始めたのが日本のアニメーションだったりするのかなと思いますね。
富野 それは意識しましたし、意識しましたからこそ逆に40年経っちゃうとアニメを子供戻りさせなくちゃいけない、っていうことも起こっている。今のアニメのレベルで大人が見ているのっておかしいよ。これでもう袋叩きになります。
中村・GOW (笑)
中村 そんなことない。子供に伝えようということで作ったのが「Gのレコンギスタ」。
富野 そう。
GOW そのテーマソングを歌ってるのがDREAMS COME TRUEということなんですね。
富野 ふふふ。本当にどうもありがとうございます。
中村 こちらこそ本当にどうもありがとうございます。
GOW そもそもどんな経緯だったんですか?
富野 経緯なんか全然なくて。
GOW ない?
富野 うちの奥さんの一言で。
GOW そうだったんです?
富野 そうです。
GOW あらま!
富野 Gのレコンギスタっていう作品コンセプトに対しては、今までの旧来使われてるガンダム系のシリアスっぽい、大人向けの曲ではダメだ。そういう意味では楽曲としては作りこみはあるんだけども、大人向けの曲ではなく楽しい曲。だけど楽しいかと言って明るけりゃ良いのか。50年前の子供向け番組の様な曲も作る気はなかった。いやぁ~ってなった時に奥さんの亜阿子さんが「ドリカムしかいないじゃないの」って言われて。奥さんは芸能界のことも何も知りませんし、まして去年のドリカムのスケジュールなんか知らないわけ。だから平気で言うわけ。去年のあの秋以降のところ、頼めるわけないでしょ(笑)。っていうのは流石に少しくらい知ってるわけ。なもんでしょうがない、ダメ元で声を掛けてみよう。声を掛けたら請けていただけた。本当にありがたかった。
中村 でも本来はこの話するんだったら今日亜阿子さん呼んだ方が良いんですよ、監督。
GOW (笑)
中村 亜阿子さんにここに座っていただいた方が僕はよかったわけ。
富野 言い出しっぺだから。TVの時はあまり評判は良くなかったんだけども、作り方としては自身があったんで、映画版やるぞって言ったら何故かプロダクション(サンライズ)も乗ってくれて。映画を5本分やらせろということで1本目を作り終わる頃に、音楽編成みたいなものがちょっと気になった。映画五本分でさ、TV版のまんまでやるっていうのはすごく無精だと思いません? 無精な感覚が見えるのが嫌で。こちらの無精をファンに気取られない様にする為にはどうするかっていうことを考えた。
中村 (笑)
富野 その魂胆は亜阿子さんには説明してないんだけども、映画の一本目のポスターを見た時に、このポスターの雰囲気のものをとにかく楽曲として広めていく様にしたいんだよね、って言ったらその回答が「ドリカムしかいない、他にはいない」。だからもう70過ぎた人のね、おばあちゃんの意見はあんまり当てにはならないのじゃないかなと思ったんだけども。
中村 今僕が代わりに謝っておきます(笑)。
富野 だけど僕にとって亜阿子さんって人は、ときどきね、命拾いしてくれる様なことをね、ズケズケ言う人で。そういう意味では信じて良い。まして今回の場合にドリカムが請けてくれたわけだから。もうこれで何も考えないで五部作全体のボリュームというものに見合うものになるのじゃないのかな。という風には思ってる。吉田美和ってのは僕にとってはね、この辺光輝いているの。「この辺」っては僕の頭の上に大きくです。
GOW 曲を聴いたとき、どんな心境でしたか?
富野 ちょっと難しいんですよ。というのは仕上がった楽曲で貰ったわけじゃないわけです。このボーカルの歌詞聴いてるとどうもこの英語の歌詞、この発音なに? 気になる! 後で結局ピャッって聞こえてるところは「Shakespeare」だった。もう勘でやるしかないから、ピャッとか抜かしておいて聞こえるところだけで音楽合わせの画像とか作ったわけ。エンディングロールのところで。最終的に吉田美和さんの声が聞こえるボーカルはめこんだら……(笑)。
GOW グーが出ましたよ!
中村 ダブルOKが出ました。
富野 だから本当にその実態が分かった時に、この歌詞を作るのって本当に力仕事だった。よくこの固有名詞を持ってこれたな。これはやはり天才的って今流に言うと天才じゃないよね。神がかってる。普通さ、歌の歌詞に「Shakespeare」って入れます? 固有名詞。シェイクスピアかぁ……。ところが、その一言があるお陰で、G-レコの物語が三千年とか四千年の時間を乗り越えるだけのテーマ性を持ったものなんですよ、ということを歌いこんでくれてるのね。だからそういう言葉を見つけるのか引き出すのか、降りてくるのを待ってた一か月半くらいの時間があったのは想像がつくわけ。
中村 そうですね。
富野 これ大変なことやってたなぁ……。っていう意味ではあの歌詞を作詞なさった方には本当に尊敬するなんてもんじゃないのよ、もう百回くらい抱いちゃう。
GOW (感嘆)
富野 このくらい話をしないと。いやぁ……こんなもんだよねってサラサラっと聞こえちゃうんですよ。
中村 (笑)
富野 歌詞カード戻って、これかなりすごい曲だよ。今回のGのレコンギスタの根本的な精神ということろに触ってるんですよ。だけどこういうのを打ち合わせもなしでね、なんでこれを思いつけたのか。ってのは単純に神がかってるとか天才とか今流行り言葉しないの全然。あの子すごい! ごめんなさい、「子」じゃないね。
中村・GOW (笑)
DREAMS COME TRUE「G」)
GOW リスナーの皆さんから富野総監督に色々と質問が来ているので、読み上げていきたいと思います。まずは「富野さんのルーツになったアニメ、アニメじゃなくてもいいので教えてください。どんなもの見て吸収したらガンダムの様な作品ができるのか、とっても気になります」。
富野 僕の子供の頃にはガンダムの様なものはなかったわけですので、SF映画というものが流行り始めた頃、何本かの映画があるんです。そういうものを見ていて、小学校5年生くらいから高1ぐらいまで、なんでみんなこんな下手なんだろう。
中村 SF映画が?
富野 SF映画が。映画として面白くない。僕はロケットが飛んでるところが見たい。だけどロケットもロクに飛んでない。だけど映画として見始めるとロケットが飛んでるだけじゃダメなんだよね、ってところも分かってくる。というのが反面教師になってますね。映画を見ても全肯定をしない子だった。常に「これ気に入らない」「これ気に入らない」……。だから一番はじめのゴジラも見ているんだけども、はぁ……(溜息)。こんな作りかよ。
中村 (笑)
富野 っていうのに行っちゃうわけ。ゴジラがいけない。何故いけないかと言うと、ゴジラのカットと、普通の人間が映っているカットの画質が違いすぎる。これ映画としてのバランスが悪いというところにドンと行くんだよ。小学校5年で。だから宇宙人が出てくるロケットみたいなものは、「この宇宙人と似合わないよね、ロケットに乗って来る様な宇宙人がモンスターの様であるわけがない」というところにドンと行くわけ。要するにSF映画がまさに特撮映画でしかなくて。「映画」じゃない。映画にしたい。何が出てこようが映画にしたいと思う様になってきたんで、巨大ロボットもののアニメをやる様になってから、「これを映画にするぞ」ということを一番考えて、ガンダムで試してみた、というのがある。だから逆に言うと困ったことがあるのは、そういう映画を作る為には面白い話を作らなくちゃいけない、っていうところに行くわけです。それはもう大学時代には判ってくるんだけども、そうなってきたときに、自分の中にある文才とか文学士になる様なセンスを持ってない、戯曲が何だか分からない、というところにいっちゃって地獄が起こった。そうすると鉄腕アトムのTV番組の仕事みたいなのをやってるとちょうど良い。ってところがあって。それで3年ぐらい鉄腕アトムを作り続ける、というところにいくわけ。
中村 例えば原作の手塚さんの思想と共感するところと反発するところあるじゃないですか。
富野 うん。
中村 それって制作上どういう風にクリアしたんですか?
富野 そういうことはね、考えている暇がなかった! 1年目くらいの時に手塚先生が流石に視聴率が下がってきたときに、「ダメなんだよね」って。「ルーチンワークで仕事やってもらっちゃ困るんだよね」って。「もっとアイデアを出してもらわなくちゃ困る」っていう風に言われているわけ。僕もそれの時に24になってるんだけど、「ルーチンワーク」という言葉が判らなかったんだよね。当然調べました。あ、成程ね、ということが判った。アイデアは出せないという自分にも気が付いた。じゃあどうするかって言うと、アイデアをSFライターと言われている人たちから貰うわけ。するとこの人たちのホンがつまらない。アイデアは良いんだけどつまらない。劇になっていない。劇にしてみせるぞ、というところでシナリオライターのシナリオに手を入れる様になって。映画的に劇を仕込むということはこういうことだろう、ということで僕はしょっちゅうある時期からシナリオライターと大喧嘩です。だってシナリオ変えちゃうんだもん平気で。
中村 作品を考えるってそういうことですよ。
GOW 続いて「以前、富野監督はアニメ業界に入りたい若者に対して、アニメは見ない方が良い、と発言されていたのがとても印象に残っています。アニメを作りたいんだったら、文芸、演劇、物語など様々なもの、アニメ以外のコンテンツに熱中した方が良いと。今は昔と違ってライトなアニメが増えてきていると感じるのですが、富野監督はどう感じていますか?
富野 アニメを見ていると、アニメの情報しか入らないわけだから、アニメに乗ったところでのアイデアしかきっと思いつかないだろう。むしろ新しいアイデアとか新しい事業を始める人たちの話を聞いてて分かることがあるのは、世界一周しろよ、それだけの話です。二年半ぐらいで世界一周してみたら五年後くらいには化けるだろう。そういう体験論が一番大事なこと。で、ライトなアニメが増えてきたというのも、作り手側にも生活感がなくなったからライトな作品が増えてるだけ。だけどアニメというのは元々ライトなものなんだから、ライトで良いんですよ。良いんだけれども、折角大勢の人が見る様な媒体になったんだから、だったらもう少しだけね、良い物語を提供する様になって欲しいですね、そういう言い方はあります。そうすると、今回の「G」で吉田美和さんが既に言っている通りです。シェイクスピアを潰すぞ、くらいのことは考えて欲しい。
GOW 「ガンダムは世界中にファンがいます。海外の人々の心を掴んだのは、ガンダムのどんなところだと思いますか?」
富野 こういう質問はしょっちゅう受けるんだけども、当事者に分かるわけがないじゃないですか。
中村 (笑)
富野 分かりませんよ。
GOW 元々世界にウケる為にやってるわけじゃないんですよね?
富野 いや、映画にする、ってときには世界中に売るつもりでやってました。「日本国内だけの興行で終わって本当に悔しい」とか思って、何で海外売りをしないんだろうかって「映画関係者のこいつら、センス悪すぎんだよね!」って思ってました。
中村 今はちょっと違いますよね。
富野 今は違う。
中村 作品が思ったよりも世界の人々に伝わり、浸透していた。
富野 そう。
中村 やっぱ嬉しかったんじゃないですか?
富野 当たり前です。嬉しくないなんてことはなくて嬉しいんですよ。嬉しいから悔しいのは、自分の作品の力として40年かけなければできなかった。これは悔しい。
中村 今までは劇場行かなければならなかったとか、TVで見るしかないとか、アーカイブがVHSしかない時代が、今リマスターされて、また良い意味で変更を加えてひとつの作品としてアップデートできる時代になってるじゃないですか。
富野 はい。
中村 そういう意味ではこれからまだまだ可能性ありますよ。慰めてるわけじゃないですよ?
富野 それに関しては実を言うと予定に入ってて。ようやくこれだよね~。
中村 これから評価の対象もそういうのが出てきますよ。レジェンダリー・アーティストじゃないですけど。過去のものをリメイク、リイシューしたもので評価が出ることは絶対あり得るので。
富野 それを自覚するから、困ってることが起こってる。
中村 (笑)何困ってるんですか。
富野 それは過去の作品に対しての評価なんです。だったら現在のところでの人気に対しての、次のメッセージ、次の物語なりを提供しなくちゃいけないというのがプロでしょ。今自分の中にそれを持ってないというのは悔しい。G-レコで多少打算を持ってやってる部分があるんで、まだヌケヌケと作り続けているんだけども、今G-レコの後のものが欲しい。それを今持てない自分が悔しい。それがプロでしょ?
中村 もちろんです。僕もG-レコの仕事がなかったら、本当に新曲書く気全くなかったんですよ。過去のアーカイブだけで食っていこうと、変な、こんなこと言ったらアーティストとして最低ですけど。
富野 分かりますよ。
中村 もっと伝わってないものを伝えていこうと。ちょっとG-レコの発想と同じところにもいて。過去の作品を動画でバンバンバンバンUPしたりして。それに対しての解説をもう一回穿り返したりして。G-レコ作って久々に音楽作る喜びに浸ったんですよ。吉田と。吉田と偶然電話して、「俺「G」一日一万回くらい聴いてんだよね、嬉しくて」って言ったら「私もそうなの」って。「こんな気持ち久しぶり」って。創作で生み出した作品を何万回も聴きたくなっちゃう気持ち。はい、グーいただきました。監督にはそろそろ帰っていただきましょう。でないとこの番組がですね、年鑑富野総監督の特集で終わってしまうおそれがあるんで。
富野 とんでもございません、お邪魔しました。失礼します。
(番組ラスト)
中村 総監督も色んなところでお話なされてますけど、今日はまぁ僕がいたせいか、あるいはGOWの魅力があったせいか、監督としては非常にまとまって分かりやすい話でした(笑)。

関連
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大晦日だよ!ガンチャン年越しスペシャル 富野由悠季監督インタビュー

晦日だよ!ガンチャン年越しスペシャ富野由悠季監督インタビュー

アーカイブされないということで文字起こししました。

年始の挨拶

富野 令和がようやく2年になりました。この一年もまた40周年以後の次の135年に向かって皆で頑張っていきましょう。

2019年の振り返り

富野 僕はあまり意識してなかったのですが、機動戦士ガンダム40周年の年だったということと、ニューヨーク市からGUNDAM DAYという日を11/25にいただきました。ニューヨーク市議会が認めてるんですよ。個人的なものじゃないんです。ようやく一般的に認知され始めてきたなという感じがする。だけどまだニューヨーク市だけだから。ワールドワイドにGUNDAM DAYを設置してくれない限り、安心はできません。実を言うとやはり東京でとか日本で思ってるガンダムファンと皮膚感が違うんです。とても素直です。子供っぽいんです、まだ。子供心があったおかげでGのレコンギスタの上映をした後の反応、拍手の仕方が日本と全然違う。子供っぽい、無邪気、素直。単純に「面白い」って言ってくれる。新しいファン層なり新しい世代とコンタクトを取りたいと思ってるから。ものを作るとか表現をするということはそういうことができるわけ。歳を取ってると自分自身が若返ることができると実感できる。特にこの一年、映画化の作業を始めていって、本当にできる様になって自分でもびっくりしてます。だから逆に言うとこまってることもある。悔しいけどやっぱり劣化していく経験を今確実にしているから。ちょっと悔しいなと思ってます。だから新しい次の世代がそれをきちんと引き受けて、こういうものなんだよね、つまりGレコでやったことはこういうことなんだから、ということを受け継いでくれる人が出てくれば良いなとか。それからガンダムが戦記ものなら戦記ものとしてこれ以後、ビジネスになるためのスタイルとしてどうなのか、ということで言うとスターウォーズでもなければかつてのガンダムでもないもっと違うスタイルってものを開発してほしい。それができるのがこういう映像作品でもあるし、小説でも舞台でも良いんだけど、そういうものを作っていけるわけだから。一番大事なことがあるのは、一番古いガンダム的なものに囚われてて良いのか? みたいなことは絶えず思う様にしてほしい。僕は既にGのレコンギスタでやってるから、Gのレコンギスタを参考にしてくれ、そういう言い方もできるし。自分でもまさかこういう話し方になるとは思わなかったんだけども、そういう意味ではじいちゃん頑張ってるなって自分でも話してて感心してる(笑)。(50周年に向けての希望が)Gレコではっきりしてるので。2、30年はGレコで保つなと思ってます。つまり30年くらいのスパンのガイドラインをGレコの中に封じ込めたつもりだから。

劇場版Gレコ2について

富野 Gのレコンギスタの2部がじゃあどういうものなの?って言うと、2部で特別なものはありません。環境問題の話は5部までひっくるめての大テーマとして取り上げてるものだから。2部で言えるかというと全く言えないです。言えないんだけども、1部と同じ様に……うーん。メカアニメとしてこんなようなものもあるんだよ、と楽しさだけは間違いなくあるから、そういう意味では観ておいて損はないんじゃないですか、という言い方しかできません。僕はアニメってそれで良いと思ってるからそうしてます。

劇場版テーマソングについて

富野 ドリカムらしい曲なんだけども、かなりこれいくかなと思えてる。フフフ。仕上がりになってる気がする。ファンとしては。劇場で聴いてやって下さい。ただ、ひとつだけ嫌なことやってます。フルバージョンは使いません。全部聴きたかったらCD買ってね(笑)。ただね、すごい混ざった。かなりね、スルスルスルスル~、全く分からなくてBGMがずーっと。そしてなんでここでいきなり(吉田)美和さんのボーカルが入ってるのと。さっきからずーっとイントロながれてたじゃないですか、という構成になっている。
今更言う気はありません。「Gのレコンギスタ観て」とか。「ガンダム40周年以後の135年を見てくれ」とは言いません。135年生きられる人はいないわけですから。ただ、作品というのは我々以上に長生きするんですよね。上手でしょ(笑)。

富野由悠季の世界 兵庫会場 富野監督トークイベントレポ

富野監督、78歳のお誕生日おめでとうございます。
運良く開会式・内覧会以外の兵庫会場イベントに行けましたので、内容を紹介。

10/11 富野由悠季監督作品リレー上映ガンダムF91 富野監督舞台挨拶

富野 F91をここで観ないといけないのはとっても嫌な気持ちです。
兵庫県立美術館小林 この後何が嫌なのかお話いただきます。
富野 話すつもりはない(会場笑)。


富野 学芸員は「富野由悠季の世界ってこうなんだよね」って勝手に妄想して指示を出す編集やディレクターの立場になります。福岡とは全然イメージが違う。「富野のロボットものってこうなんだよね」と塊で重さの見える展示だったんです。よくもひとりで飽きもせずこれだけロボットものやってて目出度い人だねって。兵庫は塊で見えてた「巨大ロボットものしかやってないオジサン」がこんなこと考えてたのかという考える道筋みたいなものが見える様になっている。並んでるものは多少追加があるだけで殆ど変わってないんです。福岡の山口さんは観念とか理想論を課題として考えるおおざっぱなところがある。この人は語り口が違う。よく言えばディティールが良く見える。どっちが良いかは全く別問題で当事者の僕はどちらも良い。


小林 F91は「家族と戦争」というセクションで紹介してます。そのものズバリだなと。意識されていたのでしょうか。
富野 確認するけど逆シャアの後だよね? 確認は家族論と関係があって。逆シャアまでは国家規模で展開していたためにロボットアニメには似合わないんじゃないかなと思い始めた。国家論は堂々と言えるので作り方としてはズルい。映画の性能を考えた時に、映画というものは基本的に恋愛ものでなくてはならないと僕自身思います。どういうことかと言うと、恋愛ものは男と女ひとりずついれば良い。だけどいくらなんでもそこまで落とし込めない、二人だけでは劇が成立しないのが「富野由悠季」っていう変なお爺ちゃんなので。せめて家族で人の関係性を考える。身近な話を意識して考える。意識して考えたためにF91という失敗作ができてしまった(会場笑)。


小林 F91冒頭はスピルバーグの「宇宙戦争」に感覚が似てるパニックムービー。
富野 「宇宙戦争」観た時にはF91パクられたなって思いました(会場笑)。そのくらい自惚れてます。冒頭の当時のアニメーターの力っては本当にすごかった。特に動画家。よくもこんな面倒なデザインを億劫がらずに、線のいっぱいあるクレヨンしんちゃんみたいなキャラクターじゃないのを枚数平気で動かしてくれてる。感動しました。冒頭は「実写並」とは言わせません。キャラクターがきちんと動いている、作画のブレがない。本当のアニメーターたちを誉めていただきたい。こういう風なものがあるから、現在の京アニまでの流れがあるんだよという自惚れがある。本当に感謝しています。


小林 CVには現在の社会情勢の予見がある。
富野 自分の子供をいじめることができる親は、僕はお話だけの存在だと思ってた。現実には一つ二つでない事例が国内でも見られる様になっちゃった。家族というのは親という立場の大人がきちんと親をやるという意識を持たないと、家族ってなんとなくできるもんじゃないんだよね、とF91企画時に気が付いた。だからこそ鉄仮面みたいなキャラクターを作ったし、気に入ってはいるんです。僕の場合他の作品でもそうなんですが、キャラクターの絵面が気に入ってしまうとそれに安心して失敗してしまう傾向がある。ターンエーガンダムでも変なガンダムを作ってくれたお陰で周りからは袋叩きに逢った訳です。袋叩きを跳ね返すことだけに集中してしまうとああいう間違いをおかす。しょっちゅうやってるんです。F91の後半、観られたものじゃないんだよね。「トミノが作ったものは偉いんだから観ろ」とは口が曲がっても言えません。その書き込みがあったら本当に殺すぞ(会場笑)。
小林 出ましたね。
富野 これ書くんでしょ(会場笑)。
小林 話題騒然。


小林 当時「お母ちゃん」って言う人あまりいなかったなと。
富野 えっ!? そうなんだ。


富野 昔の人はコンビニやスーパーがなくてもそれなりに子供をぐれさせないで育てられた。現代はもっと上手にできなくちゃいけないのに何で我々はできなくなってしまったのだろうか、F91という具体的事例があるから喋れるんですよ。事例がなければ観念論的な話になってしまう。


小林 先ほど監督に「違うよ」って怒られたんですが、セシリーって置かれたポジションがキエルと割と近い存在というシークエンスがある。
富野 そういう意味では同じかもしれない。F91の時とキエルを演出していた時に違う部分があって。女性の自立を曖昧に考えていた。そういう意味ではセシリーをきちんとヒロインにしきれなかった。ラストを恋愛映画風にして逃げ切ったつもりでいたけど逃げ切れなかったのがF91。ラストシーンをよくやってくれたとアニメーターには感謝します。あの線の多い宇宙服の回転は演出家が怒鳴ってもできるもんじゃないんです。宮崎駿監督と違って自分で原画を描く力はありません。アニメーターたちはすごいということを思い出していただければ、彼らにとっての勲章になります。まとめ方上手いでしょ(会場拍手)? 当時の富野はスタッフに対する感謝が足りなかったんだよね。思い出す訳ね。だから来るの嫌だった。ラストシーンまで観てね。本当に良いんだから。


富野 限定カラーF91の色指定は全然覚えてません。

青春ラジメニア 10/12放送分富野監督インタビュー

富野 福岡展は簡単には喜ばないといけない、しかしうかつには喜べない。


富野 今回学芸員にも気がつかなかったことがわかった。(後の会場の)後出しじゃんけんの方が勝つ。


富野 作品ではない僕の原稿ではなく、本当に見てほしいのは動画。最終的にはDVDを揃えるしかないのよね。


僕の思っている美術館とは違う。切り口が違う。世界初の試み。


富野 富野展を見て、YouTubeの様にUPしっぱなしではなく過程を見て動画の性能に気付いて次世代のクリエイターが10人生まれてくれたらうれしい。僕にとってのプラスではありません。あと5、6年で死ぬから。


富野 (キングゲイナーOPについて)請け負い仕事と指名仕事、そこでまず勝負が始まる。田中先生を指名した訳じゃないんです。大人の事情。この人知らない。リストもらって「こいつ黙らせよう」って。


富野 勢いだけで自爆した様な楽曲もある。聴けば分かります。残る曲はヌケヌケと残ります。


富野 田中先生の印象は変わりません。めんどくせぇなって。流せない。嫌だけど好きな人です。


O野 富野監督とは何度かご一緒したことがあります。向こうと丹下桜のイベントの打ち上げが同じ場所だったとかで。面白い人。


南 富野さんはガンダム以外もやってるのにガンダムガンダム言われるので「ガンダムがライバル」って言ってて。


南 富野監督と打ち合わせが2分半程あったんですけど、覚えてらっしゃらないことは「覚えてない」ってピシッと言わはるんで。たくさん質問あったんですけどなんでカットしたかと言うと「覚えてない」で終わったからなんです。
岩崎 そりゃそうですよね。

10/27 劇場版Gのレコンギスタ 関西最速先行上映 富野監督アフタートーク

小林学芸員 劇場版G-レコいかがでしたか(会場拍手)?
富野 そういう返事を強要しない(会場笑)。お世辞でなくて良いですよ。この歳になると何言われても平気だから。


富野 SNS(おそらくスマホ)で映画を観たと思ったら大間違いです。当然SNSではなく大画面に合わせてコンテを切っていますが、距離感みたいなものを絶えず意識しています。13インチとかで見てほしくないというのが昔からありまして、映画にしたい映画にしたいと思ってた。久しぶりに見せてもらって、ベルリってのはこんなにも生真面目なんだ、やだなという問題。映像処理はだいたい予定通りなんだけど、キャラクターの造形は違って見えてくるという難しさの方がはるかに大きい。あまり意識してなかったけど、ベルリは養母をかなり好きな子なんだな。実を言うと新発見なんです。母と子の関係がこの尺で見えてびっくりしてます。TVの時は意識して長くとってたのを映画は刈り込んでいるんです。それでも皮膚感が見えてくるのは役者の力だろうな。オンリー録りでなく相方がいないと困るという要求もありまして。役者さんがそういう風に思ってくれる。ただの巨大ロボット戦闘ものじゃないんだなと教えられた。正直今回の仕事は幸せ感を感じています。このカットのアニメーターも意識して作画してくれてることもあります。大画面だと発見できて嬉しいですね。


小林 今回ノレドかわいいな~と。
富野 それは嘘で、前々からかわいいんですよ(会場笑)。
小林 僕はアイーダ派だったんで。
富野 TV版と印象違うなって方も多いと思います。比較して見てる嫌な評論家みたいな奴もいるんです。残念なことに評論家というのは現場での動画の繋がり方を感覚的に分かっていません。TV版ではカッティングが上手くいってなかったのもあります。動きを綺麗に繋いだ為に2cutが1cutに見えることがあります。優しく触る、激しくひっぱたかれたという強弱がつけられる。編集が悪いと優しく見えないことが起こるんです。そういうことが映画版で全体的にあるんでびっくりしました、TVでは繋がってなかったビグローバーとタワーと宇宙の距離感が繋がったと言われました。クラウンと教会のレーザーも繋がって見えたとも言われましたが、実はTVと変わってないんです。クラウンの電気が点いているからなんです。TVでは忘れててクラウンに人が乗っている印象がなかったんです。ここで大問題が起きます。さっき言ったことの半分が嘘になります。カットの繋ぎだけでなく、想像を喚起させるものが画面にないと分かんなくなるんです。TV版の不出来なところをかなり変えてます。トータルに変えないと映画には対応できない。最低限度の戦闘シーンのカット運びで済ませなくちゃいけない。今回も絶えず考えましたが、大変僕の悪い癖で一度戦闘シーンが始まるとちっともカットが減らない。アニメーターには罵られています。


富野 クラウンに電気を点けさせろというのが映画版を作らせろという一番目の理由のひとつになってます。G-セルフ(実際はG-レコと発言していた)の目は二番目です。もうひとつ、ナットに彩色を施したのは、僕に宇宙のものはホワイト一色という刷り込みがある訳です。(マイクノイズ)僕は絶えずノイズを出している。G-レコの物語にはノイズをたくさん入れています。ガンダムじゃないから。そういうところがガンダムファンの年寄りには分からない。「ガンダムじゃないから面白くない」と平気で言います。そういう人は見なくていい。そういうお父さんお母さん方には子供たちに見せると良いと言うのは、刷り込みがないからです。ナットの件はTVの時気づきました。映画としては大失敗なわけで、徹底的に直さなくちゃいけない。G-セルフの目は(劇場版コンテの)最後の4、5本で気がついて。なんではじめからG-セルフに目がなかったのか。ガンダムに目がないという刷り込みがある訳です。僕はガンダムファンの年寄りを「バカでチョンのお前らは想像力がない」とは口が曲がっても言えない。お前が何にも気がついてねぇじゃねぇか、ということですいません。本当にこれは謝罪します。このレベルの間違いは本当に気を付けなければならない。目玉を入れるリテイクが発生する訳です。撮影部から猛反対が来ると思ったわけ。そしたら何の反応もなかった。仕事として黙って言いなりにやってるだけなんです。若い人は信用しちゃいけませんよ。何一つ言ってくれませんからね。若い人からしてみれば「あのジジィ、権力を傘に命令して、命令通りにやって何が文句ある」って絶対言いますから。リテイクします、と言った時に「ハイ」すら言わなかったからね。「抜けてたからこっちもやっときました」だもん。誉められないと同時に年寄りだからと言って見識ぶってたらとんでもない間違いで。絶対足元に穴掘られてるんだから(会場笑)。1/1ガンダムには目があるので「良いですね」って言っててこれよ。経験律というのはとんでもない落とし穴がある。気を付けなければいけないという作り方をしてます。どういうことかと言うと、今回OPには目玉を入れてません。こういうミスをしましたごめんなさいという証拠を残してます(会場笑)。年寄りの凡例です。事例を見て若い方はこういうミスをしないでくれ。


富野 アニメだから何でもやっても良い訳ではなく、物語世界を作ったなら世界のルールを決めたら守らなくちゃいけない。そこで大問題。お前程度の思ったものが本当に新しいか? 世界中の映画見てる? 本当に新しいものは天才にしかできないことなんです。ガンダムに40年くらいがあり、僕は10年前にガンダムを作るのを止めた。その10年に時代のギャップがあって。なんで今世界で一番力のある人が自分のことしか考えなくて。アメリカとか中国とか。具体的固有名詞はこの二つしか挙げません。ヤバいから(会場笑)。統治をすることができるのか考えました。ガンダムでNTの話を作ってみたけど、NTになるハウツーをやらなかった為にNTの政治家が現れなかった。本当に申し訳ないなと思う。でもロボットもので政治家の教育なんてできるわけねぇだろって。できる訳ないからああいう様な人たちが世界のトップにいるんです。だけど本当にそうなんだろうか。子供たちが環境問題に声を挙げて国連で演説している。次に15~16歳の子が発現することで世界の潮流が変わるかもしれない。だったら巨大ロボットものでもできたはずだろ。だけど結局僕は「アニメだから」で逃げたんだろうと思います。そういう状況を見てヤバいよと思いG-レコの物語を作りました。そういう意味では天才ではないです。アートの世界の天才はある日突然出るんです。間違いなく天才で、世界中のものを全部チェックしたかの様なものを打ち出してくる。最近の天才を知らないから、僕の時代の天才を1グループ挙げておきます。ビートルズみたいなものです。ああいう出方をする。当時10年くらいビートルズはクソだと思ってました。分かんなかったから。LPがなくなるころ気付いて買いました。その程度の人間です。時代と共に出てくる才能にひれ伏さないといけないのが大衆。自分がものを作る側で「自分の作ったものが世界を支配できる」と言うならば最低でも新海アニメくらい作ってみせなきゃダメなんだ。100億超えてみせなきゃダメなんだ。力、実行力、感覚、センスを持たなきゃいけないんだよ、ということだけは覚えておいてほしい。アニメが好きなだけで作っちゃだめ。メカ、巨大ロボットものが好きなだけで作っちゃだめ。そんなもので巨大ロボットものなんて作れねぇんだよ。だけどそういう映画が多い訳です。一番端的に悪口を言うタイトルがあります「トランスフォーマー」です。あれだけバンバン変形してさ、楽しいか? 映画になってるか? 変形が増えるほどつまんなくなってる。あれが「映画」なんです。逆に言うと映画はあれができるんです。せっかくお金とマンパワー使って作るんなら、もうちょっと楽しいもの作ったら? お前らだけが楽しんでるもの作ってもしょうがねぇだろ。映画は不特定多数の人に観てもらえるものです。子供から年寄りまで。男女関係なく面白いと思えるものを作れるのが「映画」。小説は読解力が、演劇は好きに特化されていく。詩歌はもっとセンスが問われる。


富野 ショパン展を覗いてみてちょっとびっくりしました。ショパンのことはほとんど知りません。学校授業の最低限しか知りません。ベートーベンの方がカッコいいよねっていう程度の理解です。ショパン展行って下さい(ダイレクトマーケティング)。楽譜が展示されています。「好きだけで書いてないなこの人」と読めます。感情に流されてない。あんなに細かく構成されているとは思わなかった。書き込みの手数の多さ。表現は思いの丈だけでは絶対に作れないんです。気分だけでやってるバスキアみたいなのが芸術家なのか。123億が気に入らないのね。下手だとも酷いとも思ってない。出生とか感情の爆発は分かる。そういう意味ではそれなりの値段はつけていいけど、作品論だけなら1000万いかないでしょう。バーチャルな経済。
根差すべきものがなくてコピーやってたらすぐバレるぞ。とにかく肝に命じていなくちゃいけない。
小林 映画も複製芸術のひとつの。
富野 真骨頂ですね。映画の性能のひとつで、コピーすることで誰でも広く見られる様になっている。一見誰でもやれる安手の表現媒体だと思われてる。本当にそうなのか考える必要がある。


富野 映画で(生きて)行くのであれば文芸というものを知らなくてはならない。つまり劇、戯作者にならなくちゃいけない。それから小説家という立場に立って原作を提供する立場にならなければ映画は撮れない。


富野 ファーストガンダムの兵器を作っているお父さんと、それに乗って戦わなくてはいけない僕、という関係性、というキャラクターを立たせて物語を作ったのはガンダムが初めてかもしれない。そういう視点で評価してくれた人は今日現在まで誰もいません。リアルタイムの50代はそういう視点では見ていません。君たちはガンダムファンだから論外です。物語見てないから。映画を作る=ドラマを作る、単純にそれだけなんです。


富野 「七人の侍」はそれなりに評価してますが、全部が良いなんて口が曲がっても言えません。ラスト30分が長すぎます。後ろ30分は切れよ。ちょうど良い長さで推薦できる映画ありますか、と言うとよくわからなかったけどこれは名作だったんだよね。DVD出てるから観ろ! 小津安二郎の「東京物語」。これは名作です。どういう名作かと言うと、話はごくつまらないです。日常的な。それを見せるために映画の技法をこれだけ使ってるか、と見事な映画です。小津安二郎の映画はこれを見始めたら最後まで見ちゃいますよ。日本間の畳の上で立って行く。それから歩く。立つ、座る、それから何かをする。このカッティング……これは舌を巻く程すごいよ。これは覚えておいてください。これを覚えた上で見てください。そうしないと見過ごすから、お前ら。どういうことかと言うと、動画を見慣れている人は見過ごすけど、小津安二郎の時代は動画の撮影をしていないんですよ。1cut1cutいちいち立って座って歩かせて。この流れ全部1cutずつ撮って全部繋いでいる。あれやってみせられるってんならやってもらおうじゃないか、ってくらいすごい。でもちっともすごく見えないから。もう一度あえて言っとく。日本間の畳の上でやってる挙動だからアクションシーンなんかどこにもないの。なのにするするすると。日本人ってのはああいう挙動が着物でできたんだよね。そのスピード感を一度気が付いたらたまりませんよ。映画ってのはそういうところから入っていく。その上で東京物語の持っているとっても切ないね……老夫婦の話があるんです。子供たちが結局お父さんお母さんを捨ててっちゃうかもしれない話。だけどまだ死ねない。東京物語は世界的にベスト100じゃなくてベスト20に入っている映画です。そういうことから黒澤の映画がどれ程酷いものか分かれ! という言い方もあります。日本人のあの世代の所作ごとの持っている綺麗さというのは、それはすごいですよ。我々がどんなに乱雑に日常を過ごしているかということを反省していただきたい。だけどすいません、僕にはできません(会場笑)。


質疑応答1 宗教とエネルギーを接続した理由
富野 (基本的に既出なのでカット)スコード教の宗教的タブーに疑問を持ってくれる世代が出てくれるとありがたい。(キャピタル設定理由)一度絶滅しかけてた人類にはエネルギーを触らせない。地球から取り出すエネルギーがひょっとしたらなくなっているかもしれない。太陽パネルを張ればいいじゃないか? 10年前までは僕もそう思ってました。はたと思ったことがあります。気候変動の問題が出てくる。サハラ砂漠からアマゾン地帯まで全部パネルを張ったら、きっと天候のコントロールができなくなるのじゃないのか。太陽パネルを張ることがそれほど善的なものだと思えなくなってきたのもあってフォトンバッテリーという絶対に完成しないだろうエネルギーを設定した。エネルギーは太陽光があることの象徴なんです。地球内で生成できるエネルギーには限度がある。本来エネルギーはそういうところから発想しなくちゃいけないんだけど、風力発電太陽光パネルでなんとなく「再生可能エネルギー」と言ってるけど、この数十年の迷信かもしれないんだよ。あんまり吹聴することが良いことだとは思えない。国連で演説する様な高校生(グレタ・トゥーンベリ)から怒鳴られる。


質疑応答2 ノレドやフラウ、ファとか主人公と一緒となっている女の子はどうして結ばれないのか
富野 そんなの知るか(会場笑)! なんなんでしょうね。僕がきっと嫉妬深いからでしょうね。メインの二人は絶対引っ付けない。そういう潜在的欲求というかいじめ癖があるのかもしれない。作者が一番の問題かもしれない。ベルリにしてもノレドにしても今回劇場版で肉付きが付いたかもしれないと思っている部分があるんです。さっきの言い方は半分は冗談なんですけど、半分は本当で。ご本人に訊いてみてください、としか言えない。理想がありましてね、そういう風に言える様なキャラクターを作っておきたい。絵空事のまんまで終わらせたくないという欲があります。そういう風な意見が出てくるということは、ノレドも上手くいったんだろうなと思う。


富野 G-レコ一般公開のことで、記者の方に伝えたことがあります。「ガンダムでなかったらガンダムファンのお母さんお父さんに言ってほしいことがあるんじゃないですか」と言われたことがある。「それはある。もうガンダムファンのお父さんお母さんはGレコは絶対分からないから観る必要はない。ただ、お子さんたちには観せてやってほしい。お父さんお母さんが分からないことの問題をきっと見付けてきて唸るはずだから。それだけで良いからそういう機会を与えてやってほしいな」と答えておきました。「ガンダムじゃないらしいんだよね、だけどとりあえず観ると面白いから観ときな」という勧め方はしていただきたいな。騙されたと思って観たらとりあえず最後まで観ることができるかもしれない構成にはしているつもり。お子たちには伝えていただきたい。
小林 親子で観に行ってもいいですね。
富野 そりゃあ無理だって(会場笑)。

上泉雄一のええなぁ! 10/27放送分ゲスト富野由悠季監督

富野 東映がアニメをやると言って、ディズニーみたいなのだと思ってたら中国の白蛇伝。これアニメじゃないでしょ。偏見だけど。大ヒットしなかったのに喉元すぎればで、ここ1年で大名作になるのね。問題意識のない人たちの評価。


富野 ジオンが中世だとしたらZは近世にズラしただけ。


富野 高畑監督もぶきっちょ、ひとつのイズムにハマっちゃったから。自由度を持っていないのが僕がONE PIECEに勝てない理由のひとつ。


富野 子供と一緒に(富野由悠季の世界に)来て「本物」を見せてやってほしい。

10/31 富野由悠季監督作品リレー上映イデオン 富野監督舞台挨拶

富野 おはようございます、富野です。長丁場になりますけど我慢していただきたい。何を見ているかと言うと、皆さん方の年齢層を見ております(会場笑)。歳を召した方はさっさとお帰りになった方が良いんじゃないかと。自分がこういう歳になったからです。


富野 ごらんの様なデザインで落ち込みます。落ち込みましたからキレまして。「映画らしい話」にするならこうするしかねぇだろう、というところで「皆殺しのトミノ」の汚名を着ることになりました。あまり冷静ではなかった、というのが回顧としてあります。


岡本学芸員 冷戦の空気感が反映されているのでは。
富野 今になってみればそう考えてみることもできます。先述の通りきちんと考えがあってやっていた訳ではないです。


富野 アニメや映画がありがたいのは、ヒーロー、ヒロインの恋愛が成立していれば異星人であろうがなかろうが関係なくって。観客が恋愛劇を観るのが基本として映画というのは成立している。イデオンもその部分を正面に持ってくれば良いだろう。必殺兵器な訳です。


富野 「なんで子供が巨大ロボットを操縦できるんですか」って質問は本当にいっぱいあるけど、おもちゃ屋さんがいるんだから、それを変えたら降りちゃうんだよ。それだけの条件です。物語の必然性は一切合切ない訳ね。イデオンは上手くいかない苦しみがずっとあって終わってく。苦しみがあるからです。皆殺しにするまで話が終わらねぇよね、っていう。イデオンの物語は僕の作家性ではなく今言った様な気分だけで作って終わらせるしかなかった。


富野 TV版のラスト、子供たちもおかしいよね、って気づく訳です。「おもちゃ屋がスポンサーだからこうなったんだよね」「視聴率が取れないからこうなったんだよね」「元々のイデオンとソロシップのデザインが悪かったからこうなったんだよね」その落とし前をつけるという劇場版を作る意味ができた。


富野 TV版のイデオンにはガンダムと同じ様に狂信的なファンがいまして。こういうEDを迎えると思っていない人たちがいっぱいいたおかげで、そういう人たちから嫌われました。「皆殺しのトミノ」を言い出したのはあいつらの訳で。スペースオペラができるんじゃないのかと期待していたらしい。それが裏切られてしまったという感触があるらしい。今年になって当時の視聴者に聞きました。40年経つとどうもこいつら忘れてる。その後の評価に便乗して「富野の代表作だ」なんて平気で言う人もいる。おじいちゃんは怒ってます(笑)。


富野 イデという絶対力を設定しないと映画的に一気に終わらせられない。延々と戦闘シーンが続いちゃう。映画って90分以内におさめられないといけないんです。120分超えちゃうのはほとんど外道だと思ってるくらいの人間です。作劇的な都合です。重厚と言われるのも映画を作るための方便だったのもなきにしもあらず。ただ、作品として今になってもイデオンがそれなりに評価されているのも、すぎやま先生がああいう音楽を作ってくれて。神話的な厚みを作ってくれたことで救われているんじゃないのかなとつくづく感じます。すぎやま節がいまだにゲーム以上に鳴っていると僕は思ってます。


富野 発動篇は湖川のプロダクション(ビィーボォー)がメインで頑張ってくれた。映画版として作画を頑張ってくれたので、一応の格好をとってる。僕ひとりが頑張ってた訳ではなくて。僕はスタジオの中でキレて怒鳴り散らしていれば良い立場だった。当時の若いスタッフで後半の様な作画ができたのは本当にありがたいと思ってます。ただ、デジタルを使っていないアナログ的な画面で、作品の手触りとしては好きなんですが、ポケモンショックの問題があって。発動篇はTVでの一切の公開が禁止になってしまった。


富野 3年前と去年もイデオンを通して見ている。


富野 現代でも基本的に通用する話。40年間に科学技術が進歩しているが、進歩に則ったくらいに人類が進化しているのか。つまりニュータイプになっているのか。なっていないよね。イデオンで行われた様なことが起こってしまうところにますます来ているのではないか。人間の知恵の在り方、国家統治論に対して経済人や政治家たちがそういうところに目が向いてない。イデオンが語っているんじゃないのかと一人勝手に思っています。そういう論調を持った作品を、それこそ巨大ロボットものです。おもちゃ屋さんの手先で作った様な作品かもしれないものが生み出すことができた。ありがたかったと思う。今言った様な背景でなければ、僕の様な人間はこういう話を作れなかった。そういう意味では外圧ではなくて、条件付けをされると人間というのは何か仕事ができるんじゃないのか。イデオンがあったからこそ作り直している「Gのレコンギスタ」で現代以後の未来を視るにはどういう風に考えなくちゃいけないのか、という課題に対して、自分自身で回答を出せないまでも、今の子供たちに問題点を提示できる作品を作れた。という意味ではおもちゃ屋さんがあったおかげで、ガンプラがあったおかげで、こういう物語をこういう状況で上乗せすることができた。そういう意味では力をいただいていると思います。その力は全部マイナスに見える要因でできている部分がある。解決策を見つけなきゃいけないんだけど、大人たちには見つけられない。16歳のグレタさんが地球温暖化に声を挙げた。そういうことに対して大人が何をしなければいけないのか、本気になって考えなくてはならない時代になってしまった。ひょっとしたら40年前より酷いかもしれない。冷戦より状況が酷いかもしれない。なのに国内のニュースでご存知の通りです。温暖化余波でしょう、台風がこれだけ来ている。温暖化余波でなく大人たちがだらしなくなってるために安倍内閣でこれだけ次々と大臣が辞めてくる。大人が正気になっていないんじゃないのかな。(話)止めます。余分な話は絶対するなって言われてた(会場笑)。どうも生き急いでいる様なのでこういう話ついついしたくなっちゃう。お若い方、なんとか頑張って大人たちを粛清してやってください、と言うのも大人なんで困った。

11/2 富野由悠季の世界 兵庫会場記念トークイベント「富野由悠季監督に質問です。」

富野 (挨拶もそこそこに)質問がものすごい数あるのね。本当に困ってるわけ。急ごう。

質問1 富野展の誉めるところとダメなところ
富野 誉めるところは6学芸員です。この説明をするとあっという間に時間が過ぎるんで説明はしません(会場笑)。このテンポで行ったら終わんないんだもん。とても手厳しいダメ出しがあって。富野由悠季が一番影響を受けたものを展示しなくちゃいけなかったがその部分が全くない。僕が小学校高学年~中学校で観たSF映画の資料が全くない。僕はそれに一番影響を受けてガンダムの様な作品を作ることになった。展示をしてくれと依頼しましたが、現在DVDも手に入らない状況が続いている。僕の本当の意味でのバックグラウンドが見えない。今みたいな説明をするとあっという間に時間が経つわけ。次に行こう。


質問2 少年時代に影響を受けたものは
富野 少年時代とは「初恋をした頃」という言い方があります。その時に初恋をした人が、文学少女だと思ってたらアスリートでショックを受けて絶望しました。


質問3 「母」のモデルはお母様でしょうか。
富野 当然モデルは母です。奥さんからは「マザコンだ、マザコンだ」と言われています。そういう母でした。次。


質問4 手塚治虫先生との思い出は
富野 具体的なエピソードはありませんがひとつだけ覚えていることがあります。あるミーティングで手塚治虫が「俺、絵が描けないんだよね」って嘆いたセリフを本人から聞いております。


質問5 東映虫プロの系譜の監督が多いのは何故ですか
富野 嫌でも応でもTVシリーズを作らなければならなかった。作るスタッフがいた。各パートがオンエアの状況を知っていた。環境がスタッフを育てていた。今のデジタル環境はスタッフを育てていないかもしれない、と言いたい。これ以上は時間が掛かるので言いません。はい次!

質問6 ライディーンの思い出
富野 第1話のダビングが終わって、東北新社の創業者の植村伴次郎さんから呼びつけられて。「こんな下手なダビングなんなんだ、リテイクしろ」って言われて。翌日真っ青になってリテイクしたのがライディーンの第1話です。


質問7 ペリーヌなど名作劇場の思い出
富野 名作もので基本的に気をつけているのは、ロボットものの気をつけ方とは全く違います。日常の所作ごとの手順というのをきちんと描いていくことを基本的に気をつけています。努力はしましたが、全部演出、作画として描かれているとも思えない。逆に上手なアニメーターのおかげで助かったこともいっぱいあります。


質問8 異形のエイリアンものをやらない理由
富野 いると思ってないからです。


質問9 なぜ人型兵器なのか
富野 おもちゃでしかないからです。


質問10 「優しさ」とは
富野 ものすごく簡単なことです。目の前にいる人、この人はどういう風に思っているのか想像してあげることです。


質問11 ヒット作の共通点とは
富野 そんなの知ってりゃこんなに苦労しません(会場笑)。


質問12 制作スタッフのチームワークについて
富野 プロダクションで制作しているので基本的な苦労はありません。元々共同作業を承知のスタッフが集まっています。その中での仕事の出来不出来は当然ありますが、それほど大きな障害ではありません。それなりの能力のある方が集まっていますから。この10年で言うと苦労はありません。それ以上の苦労は別にありますが2~30分で説明できません。


質問13 群像劇の作り方
富野 この質問をする人は創作能力がありませんと断定できます。きっと自分の好きな人を登場させたいと思っています。順序が逆なんです。人が居るためには社会が要るんです。世間を見れば嫌が応でも判るのに、それを全部排除しようとして物語を作ろうとするところに、基本的に想像力がないと言い切れます。


質問14 聖地巡礼向け作品は?
富野 作品を観ていないので挙げられません。


質問15 作品舞台としてロケしたい場所
富野 基本的に知ってる土地を使う訳ですから、皆さん方の出身地や馴染みの場所を舞台にせざるを得ないんじゃないか。どういうことかと言うと、日常の中のドラマの素材に気をつけて見ていれば作家的素養も生まれるのではないか。当たり前のものを当たり前のものとして受け入れて暮らしていくだけでは日常生活者です。クリエイターやアーティストは暮らしきっていません。全部に対して不満や好きなど感情が乗っかるものなんです。のせることができなければ基本的にクリエイターになることは不可能だと思います。実をいうとそういう人たちはそんなに多くはない。学校教育も嘘をつくんです。一般人にそういう想像力はありません。なのにそういう教育を受けていくと自分たちもアーティストになれると思って人生を間違っていく例をいっぱい見ました。


質問16 苦労した作品やシーン
富野 そういう質問に対してはムカッとするんで(会場笑)。全部ですよ。自分が作ったもの全部。そういう思い入れがない作品は基本的にクズですね。僕の場合、人気があろうがなかろうが同じ様に接してきたので全部可愛い子供です。特定のものを取り立てることができにくい人間です。


質問17 印象残っているロボット殺陣
富野 ありません。


質問18 劇場版ガンダム前後でロボットものへの考え方の変化
富野 全くありません。


質問19 ガンダムイデオンと打ちきりにあったのにも関わらず制作できた理由
富野 TVアニメ、スポンサー、時間枠、そういう規制全部に腹が立ってるからやれるんです。それだけのことです。


質問20 イデオンの狂気の理由
富野 スタッフは狂気を持ってません。極めて冷静に作画をしてくれました。本当に感謝します。狂ってたのは僕だけです(会場笑)


質問21 イデオンラストの波濤が実写な理由
富野 こういう質問には本当に困ります。答えようがないからです。これ以上説明すると角が立ちますので説明しません。


質問22 主人公に冷たい理由
富野 とてもびっくりする視点です。僕の作品のメインキャラは皆自立をしている人たちですから、構ってる暇がなくて。彼らが勝手に物語以降も生きているだろうと思ってます。そういう人たちを追っかけてどうします? 絵空事のキャラクターに肉付けがつくと完全に別の人格になるんです。彼らが僕の方を向いてくれません。僕が手を伸ばせばきっと逃げていく様な女たちがいっぱいいただろうし。それがクールに見えているのかもしれません。人の付き合いってそんなもんですよ。あなたが死ぬまで見てくれる様な「善い人」でないと。そういう覚悟をつけろ!


質問23 ネーミング理由
富野 そういうボキャブラリーしか持ってない幅の狭さを自覚します。


質問24 思い入れのあるキャラ
富野 ありません。自分の作ったキャラクターをなんでそんなに憎んでいられるか。悪人キャラでもそうです。上手く造形ができたら「しめた!」と思うだけです。その部分が一番欠けている創作力。作家として失敗だった自覚があります。


質問25 ララァ、ラライヤ、ロランに血縁はあるのか
富野 作品が好きになってしまうとそういう風に見えてしまうんだな。ひとりの人間作っているので同質性が炙り出されることを教えられた。本当は違うキャラクターを作りたいが、こういう系譜に陥ってしまうのは僕の癖なのでしょうね。ちょっと残念だなという指摘を受けている。自分としては全く別キャラクターを作っているつもり。本当は分かってほしいと言いたいけど、そういう風に作れていなかったと本当に残念に思ってます。


質問26 ロランとラライヤが金魚な理由
富野 僕が金魚しか知らないから。最近このキャラクターを知ってれば使いたかったものがあります。ニュージーランドのハッピーヘン。最近TVで見て、こっち使いたかったなという後悔、自分の趣味性の狭さの自己嫌悪に陥る。


質問27 女性キャラの造形で意識したこと、時代によって変化したこと
富野 自分の都合の良い他人なんていないんですよ。ドラマを作るにあたって何十人もの他人を使わなくちゃいけない。女性も全部自分の好きなタイプの……今迂闊にタイトル言いそうになった。同じ様な顔、目、声してるねーちゃんばっかとり囲まれて何が楽しいの(過去発言と合わせるとラブライブ!か?)? アニメであっても娯楽であっても、自分の都合の良い人だけを集めること程つまらない仕事はないとむしろ思ってるくらいです。作家になりたいんだったら僕のやってきた人物配置を容認しなくちゃいけないんじゃないの。あなたの作りたいものは既に皆がやってるんだから。10年後に好まれている女性キャラクターなのか、お前今から想像してるのか? そういう目線を持って次の時代のクリエイターになっていただきたい。


質問28 女性キャラは奥様から影響されていますか
富野 されてる訳ないじゃない(会場笑)! その前から出来上がってる性格なんだから。


質問29 結婚以降の家族構成の変化は作品に影響があったのか
質問30 G-レコの家族描写が真っ当な理由
富野 孫の顔を見る様になれば多少はあります。より明快に意識が言葉になったのは、大人ってのは子供に責任を持たなくちゃいけない。責任を持ってる大人がどれだけいるのか。自分が死ぬまでの立身出世と稼ぎが勝負な大人が多いんじゃないのか。今朝のTVでも何でこうまで小学校が荒れているのか。教員たちも業務をこなすというところに行っちゃってる。責任を持った行為ではないと言い切れます。大人は次世代に責任を持つべきなんだ。一番上の孫がそろそろ小学校を卒業する年齢。自分自身が訓練されてきたので、僕はGのレコンギスタを作りました。


質問31 主人公が子供な理由
富野スポンサーへのサービスです。


質問32 これからの子供に求められるスキル
富野 我々大人の杓子定規な考えを子供に押し付けることはしない。「気をつけてPCもスマホも与えていますよ」っていうのがステレオタイプなんですよ、押し付けなんですよ。皆がやってることが一番責任を果たしていないんです。


質問33 7歳の息子にオススメの富野作品
富野 強いてお子さんに見せる必要はない。子供が気がついて見る様になった時に制ししない。押し付けることは基本的に避けていただきたい。


質問34 子供の見る番組に下品だ過激だと親が規制することの是非
富野 自分たちの子供時代を思い出していただきたい。親が規制する番組を見てたでしょ。子供の自意識は止められないと覚悟していただきたい。ただ、放任してはいけない絶対例を挙げます。世界的なアスリート、アーティストは7歳から習い事をしています。「レベルが違うから」と放任するのは弱者の逃げ口上。どちらを採るかは皆さんの問題です。


質問35 小学校教員です。問題行動を起こす子と対等に話すにはどうすれば良いか、自信をつけさせるには
富野 わかりません。ただ、自分自身の経験から思うことは、本人が興味を持つこと、不満の原因を発見することが必要かもしれない。本人が変わらなきゃいけない。


質問36 Zの時にアムロ以外に軟禁されていたNTはいたのか(8歳)
富野 8歳の子供からそういう質問されると本当に頭痛。ディティールを追っかけてる暇ないんで。映画に映ってることしか考えてないんで知りません(会場笑)。ただ、絶対それはいるはずです。


質問37 民主主義、社会主義もすっとばして貴族主義に衝撃を受けた。なぜ描いたのか
富野 貴族という言葉をこの方はとても崇高な意味でとらえているのかもしれない。現在の経済格差はかつての貴族なんてもんじゃないですよ。現代中流階級は16世紀貴族並の生活をしているんです。エアコンやコンビニは貴族にはない。でも建物はみじめ。有産階級、権力を持っている人たち、悪い固有名詞を挙げるとオリンピック組織委員会。あいつらの金持ちのこと考えるとかつての貴族、屁でもないよ。


質問38 Vガンダムってなんで見ちゃいけないんですか(会場笑)
富野 病気になるからです(会場爆笑)


質問39 ターンエーガンダム風と共に去りぬを意識していたのか。雰囲気を感じた
富野 同感です。似てしまうんでしょうねぇ、という部分は自分の創作力が足りなかったと思ってます。全くなぞってないんです。意識してはずしてるんですけどね。同じセットを使ってます。使い方が全然違います。


質問40 6歳の息子がTV版G-レコ最終戦を理解して解説してくれました。子供の理解力を見込んでいるのでしょうか、それとも息子が天才なんでしょうか(会場笑)
富野 見込んでます。コンテ、編集時僕も訳がわかんなくなりました。今の世代の子は動画で内容を理解することに訓練されています。子供だからと舐めちゃいけない、むしろ子供の方が解像度が高い。ボケちゃった大人が現場に入ってきて子供を舐めるんです。トランスフォーマーみたいなバカな映画が作られるんです。


質問41 子供の頃の富野作品は理解できたのに最近の作品は理解しにくい
富野 大人になって判断力が劣化した側面もあるかもしれませんが、別の側面もあります。大人に場合。なまじかつてのものが好きだったりすると、その既成事実に囚われて目の前の論理を理解したくないという心理が働きます。それがガンダムの場合、制作側にも起こっています。僕自身もそうなんです。ガンダムの呪縛に囚われてしまって、Gのレコンギスタでもガンダムと同じようなことをやっていたりする。そういうものを映画版で整理されているので、見やすくなった。画像を見ているだけで理解できる様になった。TV版Gレコは旧ガンダムファンから基本的に袋叩き、総スカンくいました。「全くわからない」。困ったことに「ガンダム Gのレコンギスタ」と告知をした訳です。僕は許してません。営業が勝手にやってます。分かんない告知をしたらそりゃ分かんなくなります。


質問42 9歳の娘がG-レコに関心を持ってくれない。ロボットものが好きじゃない。映画に誘うアイデアは?
富野 本人が好きじゃなかったら押し付けちゃだめ。メカが出てきた瞬間に見たくない女の子がいるのは当然です。僕は孫たちに見せません。押し付けません。気がついて見てくれればいいんだけど、きっとそういうことはないだろうな。じいちゃんとしては泣いてます。


質問43 「映像の原則」再改定の予定はありますか。
富野 「習い性で仕事をやるのは危険だぞ」を追加したいがわざわざ再版する様なことでもないと思ってます。


質問44 声優を決める時に重要視すること
富野 絵は決まってる訳です。合う人を探す、それだけです。それ以上は一切ありません。さっき言った、声が高い人だけ集められるのは、耳を持ってないんじゃないのか。


質問45 阿久悠氏から習った手法や作詞で気をつけていることとは? 気に入ってる歌詞は?
富野 阿久悠さんとは具体的な話をしていません。実を言うとハウツーは伝えられないんです。その人固有のものですから。結局物語を考えるんだよね。作詞の回答はこれが全てです。それで想像できなかったらそういう仕事辞めろ。全部ケースバイケース。気に入ってる歌詞は「いい日旅立ち」です。本当はもっと好きな歌詞があるけど忘れてます。


質問46 世界観が決まっていれば歌詞はサラサラ書けるんですか
富野 サラサラ書ける奴がいたら連れてきてほしい。


質問47 アニメーション制作過程で好きな行程
富野 (全体ストーリーの)エンディングにとっかかれたら幸せです。その時は自分天才だと思ってます。


質問48 モチベーション維持方法
富野 仕事をこなしたからです。仕事でなければモチベーションが出る訳がない。そのくらい怠け者です。


質問49 世代を超えて響くアニメの共通点
富野 呆れるくらいつまらない回答を用意しました。希望とか夢のあるもの。それが達成できるという嘘を子供たちに見せることが共通点。


質問50 若いうちにこれだけは読め!という作品
富野 僕に実行できなかったけど実感できます。世界名作全集、日本と世界、できたら両方200冊読め!


質問51 作品制作におけるイデアの様なものはあるのか
富野 変わることのないイデアの様なものがあるべきなんです。そういうものを表現していくべきだと思ってます。日本語で言うと「善きこと」です。善きことを示す、ということに尽きる。これについては山ほど言いたいことがあります。


質問52 監督の衣装がおしゃれですがスタイリストがついているのか
富野 雇うとお金がかかるのよね。そういう面倒なことはやってません。全部私服です。愛人いませんから奥さんの見立てです。


質問53 好きな食べ物
富野 基本的に食べ物に興味がないので一切合財食べ物のことは分かりません。作品の食べ物が美味しそうなのはその時の担当アニメーターが大騒ぎしているからです。本当頭痛。


質問54 仕事後のくつろぎと睡眠時間
富野 いつも睡眠不足だと思ってるけど女房に「いつも寝てる癖に!」って言われてますのでよく分かりません。くつろぎの時間はこの歳まであまり持ったことがない。この10年は払わずに済んでいるけど、3ヶ月後の住宅ローンを払うのが安心だった訳です。くつろいでたら殺されます。


質問55 影響を受けた芸術家
富野 穏当な固有名詞を挙げるしかない。ゴッホクリムト


質問56 尊敬する歴史上の人物
富野 全く知りませんので挙げられません。1冊や2冊の評伝くらいでは信用しちゃいけない。まだ見つけていないのが本当のところかも。宝塚劇場を作った小林一三さんは偉いとは思う。あの当時レヴューをビジネスにできる想像力はなまじのものじゃない。だけどその部分で尊敬できる人にあげられるか?


質問57 一番幸せだと感じた出来事
富野 完全にこの観客に媚びてる回答を見付けました。「今です」(会場拍手)。


質問58 宇宙に行ってみたいですか
富野 行きたくありません。2日以上はきっと飽きる。地球と月が見えなくなったらこわいですよ。そのことを口にする宇宙飛行士はいません。そういうものに税金が使われるのに絶対反対です。


質問59 宇宙移民の前に宇宙で子供を産む実験がされると思うが、その子供は何人になるか
富野 こういう人は存在することがないと思ってます。おそらく1000年ないと思う。あり得るとしたら人類は全滅してます。


質問60 今注目しているテクノロジー
富野 海洋中のマイクロプラスチックを除去する技術。かなり深刻です。


質問61 現在のテクノロジーを知ってたら物語が変わるものはありますか。スマホなど
富野 あまり変わってるとも思いません。SNSで世界中の人たちと友達になれるみたいな話があったりして。Facebookは平気で嘘をつく。フォロワー=友達か? むしろ友達が少なくなっている、孤立している子たちが増えているんですよね。SNSのおかげで。今まで技術の進歩で人間は少しは幸せになったかもしれない。もう幸せの総量が増えることがない。人類は道具ほど進歩していない。進化から取り残されている。道具に勝ったつもりになった奴らって誰だか知ってます? 開発した奴らだけですよ。彼らに献金してるんです。


質問62 今後の作品に人工知能は登場するのか
富野 出てこないと思います。


質問63 若手科学者への忠言
富野 技術をどう行使するのか、社会に対しきちんと作用するのか絶えず疑え。技術は社会に対して優しくなければならないと提唱されていた方がいます。島秀雄さんです。


質問64 ターンエーよりG-レコの方が若々しい
富野 孫以下の世代に問題を気づかせるには嘘ついて楽しいGレコだから観てよと思って作ってます。


質問65 次回作の構想について
富野 物語を考えていく時に一直線に考えると、G-レコの次はますます過激になっていくでしょう。この歳になるとおかげ様でそういう病に陥ることがなくなりました。優しいものを作っていきたいなと思います。僕の場合はガンダムの後にイデオン作ったのね(会場笑)。「そうなったらイデオンだろう」って言われたら、それはさぁ……。一直線で考えるとそうなんです。そうではないと思いますけども。この次に何があるかはよく分かりません。この質問者は想像力がないなと思います。あと3日もしたら78にもなろう人捕まえてね、「おじいちゃんさぁ、次何作るの?」ってよく訊くよね(会場笑)。こういうところにリアリズムを見ていないガキ!という気がしますので、こういう質問はやめていただきたい。


質問66 没企画でこれは展示したかったという作品
富野 ……ないですね。没企画はちゃんとした企画になってないからでしょう。


質問67 印象に残っている仕事仲間
富野 高畑監督が結局一番色んな意味での影響が響いている方だな。接触は多くなかったけど。ハイジ、三千里、アンはTVシリーズで作品としてまとまってるかと言うと多少疑問があり名作とは言いづらいけど、学びは深かった。


質問68 別の仕事をしようと思ったことは?
富野 ありがたいことにありませんでした。アニメが一番僕の体質にも合ってたんではないか。


質問69 想像以上に苦労した作品
富野 概ね想像のやや上くらいで大変でした。


質問70 一番わくわくした作品
富野 あまりないな。


質問71 今後のロボットアニメについて
富野 考えたくもない(会場笑)。


質問72 何かひとつやり直せるなら
富野 そういう発想は絵空事だから口にはできないな。ただ、自分が孫世代のために本当は一番しなくちゃいけない仕事を考えました。悔しいけど農業しかない。絶対に死なないで済むかもしれない。高層マンションの家庭菜園の奴ら、お前らマンションの連中食わせられるのかよと本当に思います。農業というのは本当に過酷で、それなりに恵まれた、一族郎党を養える土地、子供の頃からの能力が必要。自分がなんて脆弱な人間なんだと自覚します。やはり基本は農業で自給自足をしていくのが原則だろう。日本は海に隣接しているので次にやるのが漁業。両方が兼業できる漁師さんになりたかった。それくらいの認識を持たなくちゃならない。オリンピックなんかやってる暇ないんだよね。台風で被災したブルーシートで暮らしている人たちの対策を考えなくちゃいけない。札幌マラソンも関係ないんですよね。あの人たちのことはどうすんのよ。なきものとして国家が動いているでしょ。これが国家ですか。我々大人は無残なのかもしれない。人類が瓦解していくのをただみていくだけなのかもしれない。オリンピック返上がまず第一にあるべきなのではないか。この部分は削除しろよと言いたいけど拡散しましょう(会場笑)。


質問73 今回の展覧会で富野監督の名が映像史に残ることが一層確実となった。後世へのメッセージは
富野 自己満足させられるという意味ではありがたい。発狂しないで死んでいける。もうひとつ重要なのは、「富野由悠季の世界」ではなく、富野由悠季の世界を描く上でこれだけの集団が集まったからできた。デジタルの世界でも全部が自動入力ではなくプログラマーの存在がある。ビッグデータから取り出せるということにいまだに信用していないことがある。電力どうすんの? 遮断を想定に入れてるの? 世界中に点在としゃらくさいことを技術者は平気で言うんですよ。テロ集団に襲われてミノフスキー粒子を撒かれたらどうすんの? そういうところまで想像して対応してるのか、いまだに信用できない。自動運転、リニアモーターカーもそうです。社会全体への「善きもの」なのか。「道徳律」なんですよ。人が本能的に共同社会で生きていく上で軸になる芯を確立したのは道徳なんです。道徳に則っているのか。道徳に則ったデジタル技術の論を展開した人はほとんどいません。遂に最近知りました。マルクス・ガブリエルというドイツの哲学者です。この方の本が出てますので参考までに読んでください。


質問74 歳を重ねて変わったと実感できる点
富野 いい人になったかもしれない(笑)
(ここで事前に示し会わせていた、ハッピーバースデイディアよしゆき、プレゼントに富野展デザイナーの非売品78歳Tシャツ)
富野 本当にありがとうございます。この会場の皆さん方に媚びてるかもしれない、「今が一番幸せなんだよ」ってのは、やっぱり嘘じゃないんですよ(会場拍手、退場) 。

11/2 富野由悠季監督作品リレー上映 逆襲のシャア 富野監督舞台挨拶

富野 年寄りを出迎えるにあたってニヤニヤする必要ないんですよ(会場笑)。どう考えたって僕なら77のジジイにニコニコ出迎える気にはならなかった。無理する必要ありません。俺帰るって場合も絶対に叱りませんし、後ろから殴りもしません(会場笑)。


富野 元町映画館について思うことはあります。このサイズの限定された空間、スクリーンの置き方含めてすごく上手だな。一番後ろが観やすいだろうなと想像がつきます。この規模の映画館を全く知らない訳じゃなくて。一番前で観たらスクリーン見えねぇよ、くらいいっぱいある訳で。お世辞でなく上手に建て込んだなと感じます。実は昨日見に来ました。よくやってくれたなぁ、こういう人がいないと、やれやれ(会場拍手)。


富野 (ここだけは見ろというシーン、カットは?)あるわけないじゃない(会場笑)。と言うのは、「ここが良かった」「あそこが良かった」と言われた映画は失格なんです。映画というのは本当にこわくて、全体を観た時に「得したな」「観て良かった」これが最大の評価です。一ヶ所に囚われてそこだけが良く見える、役者だけ見ていたりするのは最悪で、それは映画を観たことにはならないんですよ。そういうことがあるから今みたいな答え方になります。嫌味でもなんでもなくて。全編で観た印象でしか説明できないんです。だから、欠点を言うとラストシーンをああいう風にしか作れなかった、という意味での自分の力量がなかったと自覚する。最後の光は黒い紙に針で孔を開けて撮影するんです。あそこは半分以上僕が開けてます。誰もやってくれる人いないんだもん。本当はこういう質感でなくディズニーみたいに光をいれたいんだけど「もう嫌だ」って止めたんです。そういうことひとつ見ても「なんかなぁ、クオリティがなぁ」というのはある。


富野 (観て何が起こってるか分からなかった)最近観直してみて、よくわかんなかった(会場笑)。


富野 (観る歳、立場で見方が変わる)その感覚は僕の感覚と全く同じなんです。するっと観ることができない時があって。「こうなんだよね」と囚われると次のシーンがわかんなくなる時がある。映画としては必ずしも酷い映画だなと思うと同時に、本当に強がりです、映画ってこういう風にも作れるんだという部分があって。多角的に観られる性能を持っているらしい。アニメじゃなくてもろリアルに映画やってるんだ。巨大ロボットものここまで映画を作れてトミノは偉いなと思ってます。自画自賛です。10年ぐらい前から自分が作った仕事だと見てない部分があって、作品として独立してるんです。「この当時のトミノはこう考えていくいてこういう誤解があってこんな風にしか作れなかったんだ」と映画っぽく見える。一度観始めると困るのは最後までみちゃう。優れた映画とは言えませんが、一応映画になっている。作っていて良かったな。


富野 (富野由悠季の世界)見る必要はありません。時間が掛かるばっかりで大変だし、見るものは殆どないんだから。


富野 (逆シャアで意識した当時の出来事はあるのか)ありません。時代と対照して考えた、回顧したことがないので説明できません。ただ、作品を発表するにあたり絶えず時代に影響されたのは事実です。批判的に見たり好きな事件があったりして、作品に嫌が応でも反映されてしまう。僕の場合はそういう影響がかなり大きいと思ってます。「狂ってるんじゃねぇか」という部分は画面に出ている。それが狭い作品になってしまっている部分がある。そういう気分があるからこそそれぞれの時代を批判的に見ている部分がある。世の中と無縁なところでアニメを作ってるんじゃないんだよ、というところはご承知おきしていただきたい。


質疑応答1 ザ・ナックやサザビーの名前の由来
富野 本当につまらない質問ですね(会場笑)。(質問者が応援うちわを持っている)笑えない。少なくともね、自分以外の人が10人以上いたら社会性を持った質問をしろよ。その程度の質問なので答える気もありません。答えたらしらけるもん。その時の気分でネーミングしているから当時のことは思い出せねぇよ。偉ぶって言います。俺、逆襲のシャアしか作ってない人間じゃないもん。まともな質問じゃないと受け付けない。
参考:富野監督応援うちわ


質疑応答2 女性キャラのセリフが女性から見ても生々しい。モデル等あるのか
富野 先に説明することがあります。純然たる男性、女性というセックスが分化している人はそれほど多くない様です。だいたいがバイセクシャル的に両方の要素を持っているのが一般的な様です。という話をしておかないと誤解されるからで、僕は基本的に自分の中の女性性を自覚する時期がありました。それが小学校上級生か中学校かは分からないけど、そういう要素があったと自覚してます。シナリオを書く様になってはっきり自覚して、ものすごく命拾いした。キャラクターを作る時に両方の要素があって書けたんだな。だから他のアニメの女の子が大っ嫌いです(会場笑)! 全部おんなじ声で顔で、なんでこれで女性かと思うんだろうか。おそらく作り手がフラストレーション溜まってて、いつも女の子のお尻を追いかけてるからああいう風になるんだろうなと邪推してます(会場笑)。このレベルの質問なら追加して構いませんよ。


質疑応答3 ハサウェイは当時の若者を投射したキャラクターなのか
富野 ハサウェイのモデルは全くおりません。が、作る上でものすごく深刻に考えました。概ねのファンに知られているブライトさんとミライさんの子供だという大前提があるわけです。大前提を満たす子はどういう風にティーンエイジャーの時代を迎えたのか。ひとつふたつの凡例じゃないんです。ものすごく真剣に考えました。偏屈、向上心を持った子であろう。ひょっとしたらファーザーコンプレックス、マザーコンプレックス両方を持っているかもしれない。要素を組み合わせて僕の場合ハサウェイはああいうキャラクターになった。そういうハサウェイを逆襲のシャアで造形したおかげでその後閃光のハサウェイっていうノベルスが書けた。そういう意味ではおそらく当時のティーンエイジャーの立ち振舞いを意識してトータルでまとめたもの、だけど最終的にはブライトさんとミライさんの二人に育てられた子の持ってる鬱屈感があるのはと想像しました。


富野 逆襲のシャアは子供たちにと一般的に構えたつもりはなかったんですが、ハサウェイの造形を回顧させてもらうと、「普通の映画」としての作り方をしたかったのが基本的なテーマとしてあった。あったからこそ「ガンダム」に成りきらない「逆襲のシャア」という作品があったんじゃないかと自覚してます。


富野 チェーンは成功したキャラクター。


富野 あと2、30年、逆襲のシャアも生き延びるでしょう。


富野 (記念写真撮影時)そのうちわ(富野監督応援うちわ)は写させるな(笑)! 大人のやることではないでしょ。実はこのうちわ、かなり気に入ってるのね(笑)。