鞄に二冊

少しでも空き時間ができると、本が読みたくなる。

「幸福の王子」

2009年4月7日刊。文庫書き下ろし。「ベストフレンド」「正義の味方」カサブランカ・ハウス」「GO TO HELL」「水玉少女」「幸福の王子」の6編所収。主人公の年齢や立場はさまざまだが、すべて女性という点で共通している(「GO TO HELL」は微妙)。

蔵書の再読。第一話を読み終わったところでかつて読んだ記憶が蘇り、読み進めるのに躊躇したが、読了した。読後の感想としてはとてもよかった。

「正義の味方」は自分の子どもがいじめに加担していることを知った母親を描いている。当人は罪悪感を持っておらず、周囲も事件を隠蔽しようとする。

我が家には子どもがいない。いる人を羨ましく思ったことがないではないが、もし子が生まれていたら自分は親たりえたか、と考えると「無理無理無理」と思ってしまう。それは、何の問題もなく素直に育ってくれる可能性は高くはないからだ。いじめに遭って不登校になったりしても困るが、逆に、いじめっ子になったらどうしよう。そして相手が自殺したりしたら。自分にできることは何もなく、ただただ呆然とするしかないのではないか。本作も、親がどうしたらいいかわからないところで終わっており、救いがない。

「GO TO HELL」では未成年と援助交際(現在ならパパ活か)をする夫と、それに気づいた妻のやりとりが描かれる。夫も酷いと思うが、妻の態度も同情できない。

この二編はいろいろ考えさせられ、小説としての出来が悪いわけではないが、後味の悪い作品ではある。一方、それに挟まれた「カサブランカ・ハウス」は、マンションの自治会役員を押し付けられ、最初はイヤイヤ参加していたものの、だんだん意義に目覚めやる気を出していく女性の話で、とても興味深い。心と部屋のドアを固く閉じて周囲の介入を許さなかった「芳川さん」という年輩の女性が、主人公に(のみ)徐々に気を許すようになり、最後はこの女性に励まされて人生の大きな決断をするところはよかった。

「水玉少女」はトランス女性だったということかな。

冒頭の「ベストフレンド」とラストを飾る「幸福の王子」はラブストーリー。ラブストーリーのつもりで書いたのかどうかはわからないが、一級品のラブストーリー。だから一冊読み終わったあとの読後感はとてもいい。圭ちゃんは遺産相続を放棄することなく、受け取ればよかったと思うがな。看病も介護もせず、資産が転がり込んでくるのを待っていただけの弟にくれてやることはなかった。それは雪ちゃんの遺志を継ぐことでもあると思うが……



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「百面装のシノブさん」

  • 原作・矢薙、作画・きたむらましゅう「百面装のシノブさん」

2020年1月2日刊。連作短編集。68ページ。

テイストは矢薙なのだがやけに絵がきれいだなと思ったら、本作は作画が別人だった。しかもきたむらましゅう。「ここほれ墓穴ちゃん」を気に入って全巻持っているが、感想を書こう書こうと思いつつ今日まで書いていなかったのは残念。

主人公のダイスケの家系に代々仕えている忍者シノブ。「若」を守るべく常日頃寄り添っているのだが……

シノブはダイスケが好きだが、特殊能力と特殊思考回路を持っているがためにその行動は突飛なものとなり、ダイスケが苦悩するという忍者系ラブコメ



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「悪霊を退治する人の話」(全2巻)

  • 矢薙「悪霊を退治する人の話」

1巻は2020年4月29日刊、2巻は2020年6月18日刊。1巻は104ページ、2巻は92ページ。

主人公・聖太陽は悪霊に憑かれて困っている人から悪霊を祓ってくれるが、その悪霊を脅して配下とし、自分の目的のために利用するのだった……例えば、対象者だけに聞こえる足音を発生させる悪霊は、目の見えない人に取り憑いて盲導犬代わりに。生物の身体を乗っ取り操ることができる悪霊は、リハビリ中の患者に取り憑いてリハビリを支えるように。……

継母に対してどうしても「お母さん」と言えない女の子が、その言葉を言うために悪霊の力を借りに来る話が秀逸。

禍々しい設定と主人公の禍々しい表情とは裏腹に、悪霊がストレートな善行をするようになる話。ギャップ萌え。聖太陽に憧れて悪霊退治を手伝うショウコの存在も可愛い。

1巻は連作短編だが、2巻は、1巻それぞれのエピソードを繋ぎ合わせて一つの話にしたもの。なかなかよくできており、特にショウコの正体がなかなか考えさせるが、没になったとのことでネーム状態なのが残念である。これ、誰か別の漫画家が漫画化しないかな。



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「小袖日記」

  • 柴田よしき「小袖日記」(文春文庫)

単行本は2007年4月1日刊。文庫は2010年7月9日刊。恐らく新装版が2022年4月に刊行されたものと思われる。連作短編集。

蔵書の再読。当時も面白く読んだ記憶があるが、「光る君へ」を視聴中の今、この本が発掘されたのは偶然ではなかったような気がする。一気に読み、最後は感動して涙を流した。

多くの要素が詰め込まれた贅沢な作品だが、そのためにどういう話かを一言で言うのがとても困難でもある。基本的には歴史ミステリーだろう。物語は「小袖」なる人物の一人称で語られる。一般に「紫式部」と呼ばれる女性(作中では香子と呼ばれている)に仕える女房(でいいのかな)である。この香子がいわばホームズで、小袖はワトソン。宮中で起きた事件を香子が解決し、小袖はそれをわれわれ読者に伝えてくれるという構成である。

さらに、香子はその事件をもとに物語を紡ぎ出し、源氏物語として公表する。もちろん事実そのままでは差しさわりがあるから、大幅に内容を変えることになる。ということは、現在の私達が「源氏物語」として読んでいる話は、実際にはこういうことだったんですよ、という二重の謎解きになっている。むろん自分は源氏物語など知らないから、後段は味わうことができないが、知っている人は面白く読めるだろう。

また、タイムスリップものというSF小説でもある。この小袖は、実は現代(平成20年頃か)の三十路のOLなのである。雷に打たれ、気づいたら平安時代に飛ばされていた。ただし肉体そのものが飛んだのではなく、魂(?)だけが小袖というこの時代を生きる18歳の少女に宿った、という、少々ヤヤコシイことになっている。現代の知識と感覚を持った人間が、とにもかくにも平安時代に適応して暮らして行こうとしている。だから源氏物語の筋も(ある程度)知っているし、つい有り物を使ってアイスクリームを作って見せたりする。最後は、元の時代に戻れるのか!? という展開になる。

もうひとつ、フェミニズム小説でもある。自分は漠然と、この時代は妻問婚であることから、女性の力が強かったと漠然と考えていたのだが、小袖によれば「とんでもない」ということになる。この時代の女性の立場がいかに弱いものであったか、小袖は折に触れて力説する。小袖はそれを「仕方のないこと」と受け入れたりはせず、無論世の中を変える力などないけれど、自身ができる範囲で可哀相な女性の味方になろうとする。力強い女性の話でもあるのだ。

それにしても、エピローグの最後の数行は、泣ける。

「神への生贄に捧げられた少女の話」

  • 矢薙「神への生贄に捧げられた少女の話」

2020年5月6日刊。短編集。134ページ。

表題作は、日照りが続いたために神に生贄としてささげられた少女の話。受け取った神が言う。

しかしなぁ……生贄が必要と我が思われているのにわりと傷ついたしこんな子ども捧げるとか引くわ……

日照りのせいなら雨降らせるよ、と言って雨を降らせる。失礼ながら、なぜ今まで雨を降らせなかったのですか? との質問には「ごめん寝てた」。なかなか楽しい神なのだ。

ほのぼの系ハートウォーミングコメディ、とでもいうか? 残酷な描写は一切なし、結末に向けて一切ブレない。確実にほっこりする作品。



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「夢中の彼女」

  • 矢薙「夢中の彼女」

2020年9月1日刊。64ページ。

ソウジは毎晩夢を見た。それはだいたい10年後くらいの自分で、職業は様々だが、常にユイという新婚の妻がそばにいること。早寝を心掛け、夢の中の生活を楽しみにしていたが、ある時、ユイが殺人を犯した場面に居合わせてしまう。ユイというのは架空の人物ではなく、実在する人物で、その人も毎晩同じ夢を見ているのではないかと気づいたソウジは、この夢は10年後の予知夢ではないかと考えた。そこでユイの殺人を阻止するため、ソウジは――

なんとも奇想天外かつダイナミックな物語だ。いろいろ怪しいところがあるが、意外と辻褄は合っている。事件を阻止するため、ソウジ(とユイ)が取った行動が素晴らしい。結構やばいタイト・ロープだったと思うが、トラブルなく渡り切ったのは、少々ご都合主義だが、スピード感が勝っている。

このような育てられ方をした子は、心にいろいろと傷を負っていて、作中のユイのように明るく素直ではいられないのではと思うが、これは「夢の中のソウジ」の存在が大きかったのかも知れない。母親がどうなったかも気になるところだが、うまく話が付いたと考えるべきだろう。

最後はもちろん現実にソウジとユイが結ばれて終わる。二人が恋人として付き合い始めたのは、いつからなんだろうな。



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「没落お嬢様を拾う話」

  • 矢薙「没落お嬢様を拾う話」

2022年3月9日刊。66ページ。

マモルは大富豪の堂道家で執事として働いていたが、そこの家の娘ヒナを女性として意識するようになってしまい、そのような邪な心を持っていては執事が務まらないと退職を決意。その直後、堂道剛毅が不正融資、所得隠しなどで逮捕されるという事態に。ヒナは家にいられずマモルのアパートに避難してきた。同居生活が始まるが……

実はヒナもマモルのことが好きだったというよくある話なのだが、展開はぶっ飛んでいる。ぶっ飛んではいるけれど、二人の互いを思う気持ちはピュアで美しい。前半がマモル視点で展開し、後半がヒナ視点で話が畳まれていく構成も見事。



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