遠海事件: 佐藤誠はなぜ首を切断したのか? (光文社文庫)

遠海事件: 佐藤誠はなぜ首を切断したのか? (光文社文庫)

佐藤誠。有能な書店員であったと共に、八十六件の殺人を自供した殺人鬼。その犯罪は、いつも完璧に計画的で、死体を含めた証拠隠滅も徹底していた。ただ一つの例外を除いては―。なぜ彼は遺体の首を切断するに至ったのか?遠海市で起きた異常な事件の真相、そして伝説に彩られた佐藤誠の実像に緻密に迫る!気鋭の著者が挑発的に放つ驚異の傑作!

犯罪実録物風のミステリ。

その殺人が行われたのかどうかさえも分からなくしてしまうほどの完璧な死体処理と証拠隠滅で86件もの殺人を重ねてきた佐藤誠。彼は有能な書店員として社会にも溶け込んでいた。という設定なら、実際になぜそれほどの殺人を犯すことになったのか、どうやって証拠隠滅を図ったのか、そしてなぜそのような男が逮捕されるに至ったのか、というようなところが描かれると思うのだが、このミステリはそうではない。86件もの殺人の中のただ一つの例外について、唯一彼が死体を処理せず、首を切り落としただけで放置した事件の謎について描かれている。

はっきり言って、この小説の謎の中で最もどうでもいいことについて書かれているのだ!おまけにここに記載した以外にも読者が知りたい謎を提示しておきながら!!!何なのいったいもう!とはいえ、この小説はとにかくいびつで不思議な面白さがある。こんなミステリは初めて。どうやらほかの作品とのつながりもあるようなので読んでみなくちゃな。

ミッドナイト・ミートトレイン 真夜中の人肉列車 血の本(1) (血の本) (集英社文庫)

ミッドナイト・ミートトレイン 真夜中の人肉列車 血の本(1) (血の本) (集英社文庫)

血を抜かれ、毛をそられ、逆さ吊りにされた全裸の死体が4つ、地下鉄の震動に合わせて揺れている。カウフマンは恐怖におののいた。肉切り包丁を手に、死体を処理している男こそ、《地下鉄内連続惨殺事件》の真犯人だ!この殺人鬼マホガニーは、人肉を食う奇妙な集団に、人間の体を提供する役目を担っていた。屍肉と血の海のなかで、カウフマンとマホガニーの死闘が始まる。極彩色のスプラッタ・ストーリーを通して、大都会の底なしの恐怖と神秘を描く表題作ほか、4編を収録。世界幻想文学賞、英国幻想文学賞受賞作。

表紙が気持ち悪すぎる…!

表題作が一番スプラッター度が高くて好き。B級ホラー映画そのもののような視覚的な文章。スプラッタ描写がたくさんあっても、登場人物の苦痛の表現がされないので怖くはないというところがまさしくB級映画っぽくて面白いところ。人ならざる者、人知を超えた存在が出てくるところがバーカーっぽい。

『豚の血ブルース』は陰湿な暴力に染まった少年補導センターでどんな鬼畜な所業が?と思っていると、いつの間にか煙に巻かれ異世界にたどり着いてしまう。しかしこれは生理的嫌悪感を感じるな…。蛆とか糞とかそっち系なので。

『丘に、町が』は私にとっては全く想定の範囲外の作品でビジュアルが浮かばなかったのだけれど、解説でボッシュゴヤの幻想絵画を思わせると書かれていたのを読んでからすんなりイメージがわくようになった。

『ジャクリーン・エス』と比べると、ユーモラスな作品が多かった。『下級悪魔とジャック』は悪魔が可愛いかったし、『セックスと死と星あかり』のアンデット劇団は想像したら笑ってしまう。バーカーの引き出しの多さが垣間見える。血の本シリーズは全部読みたい。

パリ近郊の静かな町。36歳のエリーズは爆弾テロに巻き込まれて全身麻痺に陥り、目も見えず、口もきけなくなった。そんな彼女がある日、幼い少女から奇妙な話を聞かされる。「森の死神」が次々に男の子を殺していると。やがて少女の話が真実らしいとわかるが、エリーズにはなすすべがない。そしてサイコキラーの魔手が彼女にも!

『マーチ博士の四人の息子』が面白かったので、二冊目のオベール。

すっごく面白かった!指先しか動かせず目も見えず話もできない女性を(巻き込まれがたとはいえ)ヒロインに据えて、連続殺人事件の謎解きをさせるとはなんて斬新な!
このエリーズという女性、不幸な事故で体が不自由になり恋人も失ったのだけれども、その悲しみといらだちを抱えつつも、とてもたくましくユーモアがある素敵な女性で、共感せずにはいられない。まさに手も足も出ない状態の彼女に危険が及ぶ時にはドキドキするし、彼女が「この手が動けば!」と思えばこちらももどかしく焦れた気持ちになり、最後までドキドキと楽しむことができた。
『マーチ博士の四人の息子』と比較しても、登場人物が人間味を持って描かれていて伏線も行かされているので、謎解きとしてもとても面白い。細部にこだわるガチガチのミステリーと比べれば大雑把ではあるけど、私にはちょうどよかった。続編があるようなのでそっちも読むつもり。

林の中の古びた洋館――それが私立野々宮図書館だ。ここに所蔵されている本は、どれも犯罪や事件に関係のあった本ばかり。殺人現場で被害者が抱いていた本や、連続殺人犯が愛読していた本、首吊り自殺の踏み台として使われた本など……。この一風変わった図書館に住み込みで勤めることになった松永三記子。彼女が書庫の本を手に取ると、その本にまつわる不思議な出来事が次々と起こるのだった。一冊の「本」が引き起こす様々な事件を描く連作小説集。

赤川次郎さんの作品読むのって25年ぶりくらいかな?中高生のころ、コバルト文庫から出てた吸血鬼シリーズ、三毛猫ホームズシリーズ、映画になった「セーラー服と機関銃」、「幽霊列車」「死者の学園祭」「晴れ、時々殺人」などなど、いっぱい読んだなぁ。懐かしい。

余談はさておき、この作品。 幽霊が出るのはともかくとして、いわくつきの本ばかり集めた図書館が舞台で、主人公はそこそこ危険な目に合うし、殺人事件も起こるし、考えてみると結構ヘビーになっても不思議じゃない内容。だけど、めちゃくちゃライト。 重くなりがちなディテールをすべてそぎ取って、さらにライトに味付けしたような。この軽さこそが赤川次郎なんだろう。 最近の重厚なミステリにちょっと疲れたところだったので、新鮮で楽しかった。

ジャクリーン・エス with 腐肉の晩餐 血の本(2) (血の本) (集英社文庫)

ジャクリーン・エス with 腐肉の晩餐 血の本(2) (血の本) (集英社文庫)

生ある者を暗黒の世界へ引きずりこむ女、ジャクリーン・エス。裏切られた愛ゆえか、超能力で男の肉体を冷酷無惨に破壊する!恐るべきリアリティで描きあげた血も凍る鮮血のスプラッタ・ホラー。

『もっと厭な物語』つながりでクライヴ・バーガーを読んでみる。
「血の本」などという恐ろしげなシリーズなので(表紙もめっちゃ怖いし…!)、スプラッタ満載なのかと思っていたけど、文学的な香りもする幻想的な部分とB級ホラーが融合した独特の読み心地でした。

『もっと厭な物語』にも載っていた『腐肉の晩餐』が一番いいかな。心理的な違和感がどんどん膨らんでラストは悪夢的なスプラッタ描写というバランスがすごくいい。
『地獄の競技会』は残虐シーンとレースの結果のユーモラスさの対比がおもしろい。
『ジャクリーン・エス』はラストシーンは美しく、胸がむかつくような男たちの殺され方もいいのだけれど、ジャクリーンがヴァッシ―のそばから離れて何をしたかったのかよくわからなくて消化不良。
『父たちの皮膚』は聖書をもとにしたSFっぽいストーリー、なんだよ、男が悪いんじゃん!
『新・モルグ街の殺人』、自分の過去の行動が自分の与り知らないところで最悪の展開を見せていた…というところで、最近読んだジュリアン・バーンズ『終わりの感覚』を思い出した。哀しい中に滑稽さがある。

え?これで終わり?みたいなところもあったけど、どれも全く違った二つの要素が合わさって不思議で奇妙な味を出しているのが面白い。病みつきになりそう!

九時から五時までの男 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

九時から五時までの男 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

サラリーマン同様にスーツ姿で9時から5時まで勤めるキースラー氏には、妻にも言えない秘密がある。いつものように仕事先に赴いた彼はおもむろに手袋をはめ、用意した包帯をガソリンに侵していった…氏の危険で魅惑的な仕事ぶりを描いた表題作ほか、高齢化社会の恐るべき解決法を提示した「ブレッシントン計画」、死刑執行人が跡継ぎ息子に仕事の心得を伝える「伜の質問」など、奇妙な味の名手が綴る傑作揃いの全10篇。

『もっと厭な物語』に収録されていた「ロバート」が気に入ったのでこちらも読んでみた。どれもこれも冷や汗をかかされたりニヤリとさせられたりの奇妙な味が素晴らしい粒ぞろいの10の短編。

特に「ブレッシントン計画」のいじわるさったらたまらない!超高齢化社会の現在の日本だからこそ身につまされるところもあるけど、人間の心って繊細でもろいのか図太くて頑丈なのかわからないなぁってところがすごく面白い。

「神様の思し召し」や「不当な疑惑」、「蚤をたずねて」の人を喰った感じも好きだし、「伜の質問」みたいな思わず自分の胸に手を当てたくなるような、足元がぐらつくような感覚に襲われるのも好きだし、「九時から五時までの男」のユーモアあるラストも素晴らしいし、「運命の日」はエリン的世界そのもののようだし、本当にどこをとっても楽しめる作品集だった。

様々な種類の「恐怖」を小説ならではの技巧で追求した戦慄すべき名編たちを収める。わが国のアンソロジー文学史に画期をなす一冊。

『もっと厭な物語』のあと、もう少し厭な物語を読んでいたくてこちらをチョイス。今の気分にぴったりの厭なアンソロジーでした。もともと昭和44年に出版されたものの復刊ということで、暗くジメジメした昭和の空気がなんともいえないのです。もうそれだけで背中がぞくぞくする感じ。

編者の筒井康隆も解説で語っているのですが、子どもの出てくる話が多く、そして怖い。特に、結城昌治 「孤独なカラス」、曾野綾子「長く暗い冬」が本当に怖い。恐ろしく不気味で可哀想でどこにも救いがない。子どもの出てくる話が怖いのは、全く未知の得体の知れないものよりも、知っていると思っていたものが実は最も得体のしれないものだった、という怖さなのかなと思う。

とにかく粒ぞろいのアンソロジーでどれを読んでもハズレはないけど、特に印象に残ったのは上記の二作。そして、「くだんのはは」は震災後の今読んで改めてぞっとするし、「頭の中の昏い唄」は生理的に嫌なのに好き。